サヴァイヴ(オリジナル小説)   作:一塔

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教える側へ

 ワイルドフライト賞の受賞から、数日。

 

 スペースホープの旅行事業部は。

 

 以前とはまるで違う種類の忙しさに包まれていた。

 

「はい、スペースホープ旅行事業部です」

 

「ありがとうございます。ご希望の日程ですが――」

 

「団体でのご利用ですね。人数は何名様でしょうか?」

 

「現在、大変多くのお問い合わせをいただいておりますので、正式な回答まで少々お時間を――」

 

 電話。

 

 メール。

 

 オンライン予約。

 

 企業からの問い合わせ。

 

 学校。

 

 団体。

 

 個人旅行。

 

 予約窓口を増員しても。

 

 まだ。

 

 追いつかない。

 

 ほんの少し前まで。

 

 フロアで聞こえていたのは。

 

 訓練の声。

 

 シュミレーションの打ち合わせ。

 

 次の一便をどう取るか。

 

 どう信用を戻すか。

 

 そんな話ばかりだった。

 

 今は。

 

「この日、二便同時です!」

 

「こっちはハワード財閥旅行会社からの応援乗務員待ちです!」

 

「仮予約、もう一件入りました!」

 

「待って、それ以上入れるなら先に編成確認して!」

 

 仕事をどう取るか。

 

 ではなく。

 

 入ってきた仕事を。

 

 どう安全に回すか。

 

 そこへ。

 

 問題が移っていた。

 

 エリンは。

 

 そんなフロアを。

 

 少し離れたところから眺めていた。

 

 嬉しい。

 

 もちろん。

 

 嬉しい。

 

 ただ。

 

 頭の中にあるのは。

 

 目の前の予約だけではなかった。

 

「……来週か」

 

 小さく呟く。

 

 手元の端末。

 

 そこに。

 

 五人分の名前が並んでいる。

 

 来週。

 

 スペースホープへ入社する。

 

 新規採用の乗務員。

 

 五名。

 

 ◇

 

 スペースホープが。

 

 自社で新しい乗務員を採用する。

 

 随分。

 

 久しぶりのことだった。

 

 再建を始めた頃。

 

 新たに人を入れる余裕などなかった。

 

 今いる人間を。

 

 どう育て。

 

 どう配置し。

 

 どう会社を立て直すか。

 

 それだけで。

 

 精一杯だった。

 

 だが。

 

 予約が戻った。

 

 便が増えた。

 

 今度は。

 

 人が足りない。

 

 だから。

 

 新規採用。

 

 会社にとって。

 

 非常に良い兆候だ。

 

 しかし。

 

 エリンにとって。

 

 人を採る。

 

 ということは。

 

 頭数が増える。

 

 だけではない。

 

「誰が教えるか……」

 

 教育。

 

 そこが。

 

 何より大事だった。

 

 最初に。

 

 何を仕事だと思うか。

 

 誰を見て学ぶか。

 

 何を当たり前にするか。

 

 新人時代の数か月は。

 

 その後の乗務員人生を。

 

 かなり大きく左右する。

 

 少なくとも。

 

 エリン自身は。

 

 そう考えている。

 

 自分が全部見る?

 

 違う。

 

 それでは。

 

 今までと同じ。

 

 ミラ。

 

 ラン。

 

 シルヴィア。

 

 三人なら。

 

 当然。

 

 教えられる。

 

 むしろ。

 

 十分すぎる。

 

 だが。

 

 エリンが考えていたのは。

 

 少し違った。

 

 端末。

 

 二人の名前。

 

 クミコ。

 

 マユ。

 

「……うん」

 

 一度。

 

 頷く。

 

「やっぱり、この二人ね」

 

 ◇

 

「ミラ、ラン、シルヴィア」

 

 午前。

 

 三人を。

 

 小会議スペースへ呼んだ。

 

「少しいい?」

 

「はい」

 

 ミラ。

 

「大丈夫です」

 

 ラン。

 

「どうしました?」

 

 シルヴィア。

 

 三人が。

 

 エリンの前へ座る。

 

 エリンは。

 

 五人の新入社員名簿を。

 

 テーブルへ表示した。

 

「来週から」

 

 ミラが。

 

 すぐ理解する。

 

「新人さん達ですね」

 

「ええ」

 

「五名でしたよね?」

 

 ラン。

 

「そう」

 

 シルヴィアも。

 

 名簿へ目を落とす。

 

「乗務員採用ですか?」

 

「全員そうよ」

 

「教育計画の相談ですか?」

 

「ええ」

 

 エリンは。

 

 三人を見る。

 

「教育係」

 

 一拍。

 

「クミコとマユに任せようと思ってる」

 

 三人。

 

 一瞬。

 

 黙った。

 

 否定。

 

 驚き。

 

 というより。

 

 考えている沈黙。

 

「どう思う?」

 

 エリンが尋ねる。

 

 最初に。

 

 ミラ。

 

「私は、いいと思います」

 

 即答に近かった。

 

「本当に?」

 

「はい」

 

 ミラは。

 

 少し考えながら続ける。

 

「クミコは」

 

「うん」

 

「自分が分からなかった時のことを、まだ覚えてますから」

 

 エリン。

 

 少しだけ目を細める。

 

「そうね」

 

「最初から何でも出来た人が教えるより」

 

 ミラは言う。

 

「どうして出来ないのか、分かることもあると思います」

 

「それに」

 

 ランが続けた。

 

「クミコは人に声を掛けるのを怖がらないでしょう?」

 

「ええ」

 

「新人が黙っていたら」

 

 少し笑う。

 

「放っておかないと思います」

 

 エリンも。

 

 少し笑う。

 

「確かに」

 

「ただ」

 

 ランが付け加える。

 

「張り切りすぎる可能性はあります」

 

「そこなのよね」

 

 エリン。

 

 すぐ同意。

 

「全部教えようとして、全部自分で見ようとする」

 

 ミラも。

 

 苦笑する。

 

「ありそうですね」

 

「だからマユ」

 

 エリンが言う。

 

 シルヴィアが。

 

 そこで。

 

 小さく頷いた。

 

「いい組み合わせだと思います」

 

「そう?」

 

「はい」

 

 シルヴィアは。

 

 静かに説明する。

 

「マユはクミコほど前へ出るタイプではありません。でも人が困っている時に、かなり早く気づきます」

 

「ええ」

 

「それと自分の分からないことを」

 

 少し考える。

 

「誤魔化さない」

 

 エリンは。

 

 その言葉に。

 

 小さく頷いた。

 

 それは。

 

 新人を教える上で。

 

 かなり大事なこと。

 

 分からないのに。

 

 先輩だから。

 

 答えなければいけない。

 

 それで。

 

 間違ったことを教えるくらいなら。

 

「ちょっと待って、確認するね」

 

 と言える人間の方が。

 

 ずっといい。

 

「クミコが前に立つ。マユが横と後ろを見る」

 

 シルヴィアが言う。

 

「相性はいいと思います」

 

「ランは?」

 

 エリンが聞く。

 

「賛成です」

 

 ランも迷わなかった。

 

「むしろ」

 

「うん」

 

「二人のためにもなると思います」

 

 エリンが。

 

 少し笑う。

 

「私もそう思ったの」

 

「誰かに教えると」

 

 ランは続ける。

 

「自分が曖昧に覚えていたことが分かりますから」

 

「そうね」

 

 自分では。

 

 出来ている。

 

 何となくやっている。

 

 それを。

 

 人へ説明しようとすると。

 

 急に。

 

 言葉にならない。

 

 なぜ。

 

 その立ち位置なのか。

 

 なぜ。

 

 そのタイミングで声を掛けるのか。

 

 なぜ。

 

 その順番で確認するのか。

 

 人へ教える。

 

 ということは。

 

 自分の仕事を。

 

 もう一度。

 

 分解して。

 

 見直すことでもある。

 

「それに」

 

 ミラが。

 

 少しだけ嬉しそうに言う。

 

「クミコとマユも」

 

「もう」

 

 一拍。

 

「教えてもらうだけの側じゃないと思います」

 

 エリンは。

 

 その言葉を。

 

 しばらく。

 

 聞いていた。

 

「……そうね」

 

 そして。

 

 静かに。

 

 頷いた。

 

「じゃあ」

 

 決める。

 

「二人に頼むわ」

 

 ◇

 

「クミコ」

 

「はい!」

 

「マユ」

 

「はい」

 

 午後になる少し前。

 

 エリンが。

 

 二人へ声を掛けた。

 

「少し来て」

 

 二人。

 

 同時に。

 

 顔を見る。

 

「……何でしょう」

 

 クミコが。

 

 少し不安そう。

 

「私達、何かしました?」

 

 マユも。

 

 静かだが。

 

 同じことを考えている。

 

「何で最初に怒られると思うのよ」

 

 エリンが呆れる。

 

「いえ」

 

 クミコ。

 

「エリンさんに二人だけで呼ばれるとちょっと緊張します」

 

 マユも頷く。

 

「私もです」

 

「そんな怖い?」

 

 二人。

 

 少し。

 

 答えない。

 

「……」

 

「何、その沈黙」

 

「いえ!」

 

「何でもありません!」

 

「そこ揃うのね」

 

 エリンは。

 

 小さく笑った。

 

 二人を。

 

 打ち合わせテーブルへ。

 

「来週」

 

「はい」

 

「新しい子達が入ってくるのは知ってる?」

 

「はい」

 

 クミコ。

 

「五人ですよね」

 

 マユも答える。

 

「そう」

 

 エリンは。

 

 二人を見る。

 

「その五人」

 

「はい」

 

「教育係」

 

 一拍。

 

「二人にお願いしようと思ってる」

 

「……」

 

「……」

 

 綺麗に。

 

 二人とも。

 

 止まった。

 

「え?」

 

 クミコ。

 

 少し遅れて。

 

「私達ですか?」

 

 マユ。

 

「そうよ」

 

「……」

 

 クミコは。

 

 本当に自分達を指しているのか確認するように。

 

 一度。

 

 周囲を見る。

 

「ミラさんとか」

 

「うん」

 

「ランさんとか」

 

「うん」

 

「シルヴィアさんじゃなくて?」

 

「三人にも相談したわよ」

 

 クミコ。

 

 目を大きくする。

 

「何て?」

 

「賛成」

 

「……」

 

 マユも。

 

 少し驚いた。

 

「皆さんが?」

 

「ええ」

 

「でも」

 

 クミコが。

 

 困ったように。

 

「私、まだ教えてもらうこといっぱいあります」

 

「知ってる」

 

「副パーサーにもなってないですし」

 

「それも知ってる」

 

「じゃあ」

 

「だからよ」

 

 エリンが。

 

 静かに言った。

 

 クミコが止まる。

 

「完成してる人に頼んでるんじゃない」

 

「……」

 

「二人にも」

 

「この仕事で成長してほしいから頼んでるの」

 

 マユが。

 

 エリンを見る。

 

「私達のためでもあるんですか?」

 

「もちろん」

 

「新人教育って」

 

 エリンは続ける。

 

「新人だけが教わる場じゃないわよ。教える側も自分が本当に理解出来てるのか、全部出る」

 

 クミコが。

 

 少し。

 

 表情を引き締める。

 

「それに」

 

 エリンは。

 

 二人へ言う。

 

「五人全部を、二人だけで抱える必要はない。分からないこと、判断に困ること、新人への言い方が分からないこと、全部」

 

 一拍。

 

「私達に聞いて。ミラも、ランも、シルヴィアも、もちろん私もいる」

 

「……はい」

 

「教育係だからって、急に何でも知ってる先輩にならなくていい」

 

 マユの。

 

 少し強張っていた肩が。

 

 僅かに下がる。

 

「一緒に考えてあげられる先輩になればいいの」

 

 その言葉。

 

 二人へ。

 

 静かに落ちた。

 

「どう?」

 

 一拍。

 

「やってみる?」

 

 クミコは。

 

 すぐには答えなかった。

 

 マユを見る。

 

 マユも。

 

 クミコを見る。

 

 不安。

 

 ある。

 

 自分達でいいのか。

 

 怖い。

 

 失敗したら。

 

 間違ったことを教えたら。

 

 でも。

 

 同時に。

 

 嬉しかった。

 

 エリン。

 

 ミラ。

 

 ラン。

 

 シルヴィア。

 

 あの人達が。

 

 自分達なら。

 

 新人を任せてもいい。

 

 そう思ってくれた。

 

 やがて。

 

 クミコが。

 

 ゆっくり。

 

 息を吸う。

 

「……やります」

 

 エリンは。

 

 何も言わず。

 

 マユを見る。

 

 マユも。

 

 少しだけ。

 

 緊張した顔。

 

 でも。

 

「私も」

 

 一拍。

 

「やってみたいです」

 

「そう」

 

 エリンの顔が。

 

 少し。

 

 柔らかくなる。

 

「じゃあお願いするわ」

 

「はい!」

 

「はい」

 

「ただし」

 

 二人の背筋が。

 

 同時に伸びる。

 

「最初から張り切りすぎない」

 

 クミコ。

 

 目を逸らす。

 

「……はい」

 

「特にクミコ」

 

「やっぱり私ですか」

 

「貴方よ」

 

 マユが。

 

 小さく笑う。

 

「マユも」

 

「はい」

 

「クミコを止めることばかり考えない」

 

「え?」

 

「貴方は止め役だけじゃない。自分でも前に立つ」

 

 マユの表情が。

 

 少し変わる。

 

「二人で教育係。クミコが主で、マユが補助、じゃない」

 

「……はい」

 

「二人とも」

 

 一拍。

 

「先輩になるの」

 

 その言葉に。

 

 二人とも。

 

 もう一度。

 

 静かに頷いた。

 

「はい」

 

 ◇

 

 昼。

 

 時計が。

 

 ちょうど十二時を少し過ぎた頃。

 

「エリンさん」

 

 受付から。

 

 内線。

 

「はい?」

 

『お客様がお見えです』

 

「誰?」

 

『先日、雑誌の打ち合わせで伺った企業の方です』

 

「……雑誌?」

 

 一瞬。

 

 考える。

 

「ああ」

 

 先日の。

 

 宇宙事業とファッション。

 

 そして。

 

 何故か。

 

 自分達が表紙に出ることになった。

 

 あの企画。

 

「どなた?」

 

『社長のご子息です』

 

「……」

 

 エリンの眉が。

 

 僅かに上がる。

 

「一人?」

 

『はい』

 

「分かった」

 

 端末を閉じる。

 

「行ってくるわ」

 

 幸い。

 

 というべきか。

 

 今。

 

 ホーネットはいない。

 

 外部施設へ確認に出ている。

 

 ユウコ。

 

 ナツキも。

 

 予約側の補助。

 

 クミコとマユは。

 

 先ほどの新人教育資料を確認中。

 

 ミドリ達も。

 

 それぞれ別業務。

 

 フロア全員の前で。

 

「ファッション雑誌の人が来た!」

 

 となるより。

 

 ずっといい。

 

「静かに済みそう」

 

 エリンは。

 

 本気でそう思っていた。

 

 ◇

 

 受付。

 

「あ」

 

 先日の青年。

 

 ファッション誌企業の社長の息子。

 

 今日は。

 

 先日のような会議用の資料ケースだけではない。

 

 片手には。

 

 紙袋。

 

「こんにちは」

 

「こんにちは」

 

 エリンが頭を下げる。

 

「わざわざどうしたんですか?」

 

「先日の表紙企画の件で」

 

「何か変更が?」

 

「いえ」

 

 青年は。

 

 少し緊張しながら。

 

「具体的な撮影内容がまとまってきましたので」

 

「ああ」

 

 エリン。

 

 納得。

 

「でしたら会議室取りますね」

 

「あ」

 

「はい?」

 

「その前に」

 

 青年が。

 

 紙袋を差し出す。

 

「これ」

 

「……?」

 

「先日はありがとうございました」

 

「手土産?」

 

「はい」

 

「そんな」

 

 エリンが。

 

 少し困ったように笑う。

 

「お気遣いいただかなくても」

 

「いえ」

 

「こちらからお願いしている企画ですから」

 

「でも」

 

「本当に大したものではないので」

 

 大したものではない。

 

 と言いながら。

 

 包装。

 

 明らかに。

 

 それなりの店。

 

 エリンは。

 

 これ以上断る方が。

 

 かえって失礼だと判断。

 

「では」

 

 一礼。

 

「ありがとうございます」

 

 青年の顔が。

 

 分かりやすく。

 

 少し明るくなる。

 

「いえ!」

 

「……?」

 

 やはり。

 

 元気な人なのだろう。

 

 エリンは。

 

 その程度にしか思わない。

 

「会議室は――」

 

「エリンさん」

 

「はい」

 

「もしよろしければ」

 

 一度。

 

 言葉を選ぶ。

 

「昼食、まだですよね?」

 

「まだですけど」

 

「昼食を取りながら」

 

 一拍。

 

「打ち合わせしませんか?」

 

「……」

 

 エリン。

 

 少しだけ。

 

 目を瞬く。

 

「昼食?」

 

「はい」

 

「打ち合わせを?」

 

「はい」

 

「……」

 

 おかしくはない。

 

 取引先との。

 

 ランチミーティング。

 

 よくある。

 

 自分が。

 

 誰かと二人で食事に行く。

 

 という部分を除けば。

 

 何も。

 

 不自然ではない。

 

「お時間が難しければ」

 

「いえ」

 

 エリンは。

 

 時計を見る。

 

「一時間くらいなら」

 

「本当ですか?」

 

「ええ」

 

「ありがとうございます!」

 

 また。

 

 反応が大きい。

 

 エリンが。

 

 少しだけ苦笑する。

 

「そんなに喜ぶことですか?」

 

「い、いえ」

 

「?」

 

「打ち合わせ出来てよかったという意味です」

 

「そう」

 

 納得。

 

「じゃあ」

 

 紙袋を受付へ一度預ける。

 

「行きましょうか」

 

「はい!」

 

 ◇

 

 そして。

 

 その二人が。

 

 スペースホープの正面入口から。

 

 一緒に出ていく。

 

 まさに。

 

 その瞬間。

 

「……あれ?」

 

 少し離れたところ。

 

 ちょうど。

 

 昼休憩へ向かおうとしていた。

 

 ユウコ。

 

 ナツキ。

 

 二人が。

 

 足を止めた。

 

「ユウコ」

 

「なに?」

 

「今の」

 

「……エリンさん?」

 

「だよね」

 

 エリン。

 

 その隣。

 

 男性。

 

 しかも。

 

 若い。

 

 スーツ。

 

 見るからに。

 

 取引先の人間。

 

「誰だろう?」

 

 ユウコが。

 

 少し首を傾げる。

 

「知らない」

 

 ナツキ。

 

 でも。

 

 二人とも。

 

 目は。

 

 まだ。

 

 二人の背中を追っている。

 

「二人で出かけたね」

 

「見れば分かる」

 

「お昼よね」

 

「お昼だね」

 

「男の人と」

 

「……」

 

 ナツキが。

 

 ゆっくり。

 

 ユウコを見る。

 

「何?」

 

「別に」

 

「何よ?」

 

「私、何も言ってないよ」

 

「顔が言ってる」

 

「ユウコも同じ顔」

 

「私も?」

 

「うん」

 

 二人。

 

 もう一度。

 

 エリン達が消えた方向を見る。

 

「……」

 

「……」

 

 そして。

 

 ほぼ同時に。

 

「戻る?」

 

「戻ろうか」

 

 本来。

 

 昼休みへ出るはずだった二人が。

 

 フロアへ。

 

 戻った。

 

 ◇

 

 一方。

 

 エリンは。

 

 本当に。

 

 何も考えていなかった。

 

「撮影は二パターンを想定しています」

 

「はい」

 

 近くのレストラン。

 

 昼食。

 

 テーブル上。

 

 青年が。

 

 企画資料を開く。

 

「一つは」

 

 端末。

 

 宇宙船客室を模した背景。

 

「実際の制服に近い状態」

 

「これは分かります」

 

「もう一つは」

 

 ページ。

 

 ファッション誌らしい。

 

 かなり洗練された衣装案。

 

「各乗務員の個性を残しながら宇宙旅行をイメージした衣装を」

 

「……」

 

 エリン。

 

 見る。

 

「これ」

 

「はい」

 

「結構派手ですね」

 

「そうですか?」

 

「私達、これ着るんですか?」

 

「候補です」

 

「……」

 

 少し。

 

 後悔。

 

 皆でならいい。

 

 そう言った。

 

 確かに言った。

 

 ただ。

 

 まさか。

 

 普段の制服以外まで。

 

 こんなに。

 

 本格的に用意されるとは。

 

「ホーネットが喜びそう……」

 

「ホーネットさん?」

 

「うちの乗務員です」

 

「ああ」

 

「一人だけ」

 

 苦笑。

 

「撮影って聞いたらテンションが上がりそうな子がいるので」

 

 青年が笑う。

 

「楽しい方なんですね」

 

「楽しいというか」

 

 一瞬考える。

 

「自由ですね」

 

「なるほど」

 

「シルヴィアがいつも大変です」

 

「シルヴィアさん?」

 

「ええ」

 

 自然に。

 

 スペースホープの話になる。

 

 ミラ。

 

 ラン。

 

 シルヴィア。

 

 ホーネット。

 

 ユウコ。

 

 ナツキ。

 

 クミコ。

 

 マユ。

 

 サリー。

 

 アズサ。

 

 ミドリ。

 

 ハズキ。

 

 話している。

 

 エリン自身は。

 

 楽しそうだった。

 

 青年は。

 

 企画の話をしながら。

 

 その表情を見る。

 

 そして。

 

 ますます。

 

 惹かれていく。

 

 でも。

 

 エリンは。

 

 何一つ。

 

 気づかない。

 

 ◇

 

 一時間後。

 

「それでは」

 

 スペースホープ入口。

 

「今日はありがとうございました」

 

 青年が頭を下げる。

 

「こちらこそ」

 

 エリン。

 

「衣装案は皆にも見せておきます」

 

「お願いします」

 

「ただ」

 

「はい」

 

「本人達が嫌がる衣装は無しでお願いしますね」

 

「もちろんです」

 

「そこは絶対」

 

 エリンの声。

 

 少しだけ強い。

 

「分かりました」

 

「じゃあ」

 

 一礼。

 

「失礼します」

 

「エリンさん」

 

「はい?」

 

「また」

 

「……?」

 

 一拍。

 

「打ち合わせに来てもいいですか?」

 

「もちろん」

 

 仕事の話だとしか。

 

 思っていない。

 

「必要ならいつでも」

 

「ありがとうございます」

 

 青年は。

 

 嬉しそうに。

 

 去っていく。

 

 エリンは。

 

 その背中を。

 

 少しだけ不思議そうに見た。

 

「……熱心な人ね」

 

 本当に。

 

 それだけ。

 

 ◇

 

 自動扉。

 

 開く。

 

「ただいま――」

 

 エリンが。

 

 旅行事業部のフロアへ入った瞬間。

 

「エリンさん!!」

 

「わっ!」

 

 声。

 

 大きい。

 

 誰?

 

 いや。

 

 何?

 

 フロア。

 

 全員。

 

 こちらを見ている。

 

 ホーネットまで。

 

 もう帰ってきていた。

 

 しかも。

 

 ものすごく。

 

 楽しそうな顔。

 

「な、何?」

 

「何じゃないよ!」

 

 ホーネット。

 

「聞いたよ!」

 

「何を?」

 

「雑誌!」

 

「……」

 

 エリン。

 

 止まる。

 

「あ」

 

「表紙!」

 

 ミドリ。

 

「エリンさん、ファッション雑誌の表紙になるんですよね!?」

 

「違うわよ!」

 

 即答。

 

「違うんですか!?」

 

 クミコ。

 

「違う!」

 

「でも表紙って!」

 

 アズサ。

 

「だから!」

 

 エリン。

 

 慌てて。

 

 手を上げる。

 

「私一人じゃない!」

 

「え?」

 

「皆で!」

 

 一拍。

 

「皆で映るって話!」

 

 フロア。

 

 静か。

 

 そして。

 

「ええええっ!?」

 

 今度は。

 

 別の意味。

 

「私達も!?」

 

 クミコ。

 

「皆ってどこまで!?」

 

 ミドリ。

 

「衣装あるんですか!?」

 

 アズサ。

 

「メイクもですか!?」

 

 サリー。

 

「待って!」

 

 エリン。

 

「順番!」

 

 ホーネットは。

 

 満面の笑み。

 

「やった!」

 

「何が?」

 

「撮影!」

 

「まだ正式な衣装決まってないわよ」

 

「絶対着る!」

 

「先に見てから言いなさい」

 

「エリンは何着るの?」

 

「知らない」

 

「ドレス?」

 

「違う」

 

「本当に?」

 

「何で嬉しそうなのよ」

 

 シルヴィアが。

 

 横から。

 

 こめかみを押さえる。

 

「ホーネット」

 

「何?」

 

「少し静かにして」

 

「だって雑誌だよ?」

 

「分かってるから」

 

 ミラとラン。

 

 少し離れた場所で。

 

 もう。

 

 笑っている。

 

「エリンさん」

 

 ラン。

 

「どうやら静かには済まなかったですね」

 

「何で知ってるの?」

 

「顔を見れば分かります」

 

「……」

 

 エリン。

 

 深いため息。

 

「誰から聞いたのよ」

 

 一瞬。

 

 皆。

 

 ある方向を見る。

 

 そこ。

 

 ユウコ。

 

 ナツキ。

 

 二人。

 

 ちょっと。

 

 気まずそう。

 

「……」

 

 エリンの目が。

 

 細くなる。

 

「ユウコ」

 

「はい」

 

「ナツキ」

 

「はい」

 

「何言ったの?」

 

 二人。

 

 顔を見合わせる。

 

「雑誌のことは」

 

 ユウコ。

 

「広報の方から聞きました」

 

「……」

 

 それなら。

 

 まあ。

 

 いい。

 

「ただ」

 

 ナツキが。

 

 少しだけ。

 

 口元を緩める。

 

「それ以外も」

 

「それ以外?」

 

 嫌な予感。

 

 ホーネットが。

 

 待ってました。

 

 という顔。

 

「エリン」

 

「何?」

 

「男の人と」

 

 一拍。

 

「お昼行ったんだって?」

 

「……」

 

 エリン。

 

 完全停止。

 

「は?」

 

「聞いたよ」

 

「誰から」

 

 視線。

 

 ユウコ。

 

 ナツキ。

 

「私達」

 

 ユウコが。

 

 素直に。

 

「見ました」

 

「何を?」

 

「エリンさんが男の人と一緒に会社から出ていくところを」

 

 ナツキが続ける。

 

「ちょうどお昼でしたので」

 

「……」

 

 エリン。

 

 一瞬。

 

 何のことか。

 

 本当に分かっていない。

 

 それから。

 

「ああ!」

 

 手を叩く。

 

「雑誌の人」

 

「雑誌の人?」

 

 ホーネット。

 

 やたら楽しそう。

 

「社長の息子さんよ」

 

「息子!?」

 

 ミドリ。

 

 反応。

 

 余計に大きい。

 

「えっ!?」

 

 クミコ。

 

「社長の息子さんと二人でお昼!?」

 

「だから」

 

 エリンが。

 

 慌てる。

 

「打ち合わせ」

 

「昼食しながら?」

 

 ホーネット。

 

「そうよ!」

 

「二人で?」

 

「そうだけど」

 

「へぇ~」

 

「何、その顔」

 

 ホーネット。

 

 にやにや。

 

 クミコ達も。

 

 明らかに。

 

 興味津々。

 

「ただの打ち合わせよ」

 

 エリン。

 

 少し顔が赤い。

 

 恥ずかしい。

 

 というより。

 

 何故。

 

 こんなことで。

 

 自分が囲まれているのか。

 

 理解出来ない。

 

「それ以外」

 

 一拍。

 

「何かあるの?」

 

 真顔。

 

 フロア。

 

 静か。

 

「……」

 

「……」

 

 ホーネットが。

 

 ゆっくり。

 

 シルヴィアを見る。

 

 シルヴィアも。

 

 エリンを見る。

 

 ミラ。

 

 ラン。

 

 ユウコ。

 

 ナツキ。

 

 クミコ。

 

 皆。

 

 同じような顔。

 

「何?」

 

 エリン。

 

 本当に。

 

 分かっていない。

 

「あるの?」

 

「いや」

 

 ホーネット。

 

 少し笑いを堪えながら。

 

「エリンが分かってないなら」

 

「何を?」

 

「いいよ」

 

「何がいいのよ!」

 

 ミラが。

 

 くすっと笑う。

 

「エリンさん」

 

「何?」

 

「向こうの方から」

 

「仕事以外の話はされませんでした?」

 

「仕事以外?」

 

「はい」

 

「……」

 

 エリン。

 

 考える。

 

「手土産もらった」

 

 全員。

 

「……」

 

「あと」

 

「はい」

 

「また打ち合わせに来ていいですかって」

 

 フロア。

 

 さらに。

 

 静か。

 

 ホーネットが。

 

 両手で顔を覆う。

 

「何?」

 

「いやぁ」

 

「何なのよ!」

 

 ユウコが。

 

 少し遠慮がちに。

 

「エリンさん」

 

「何?」

 

「その方」

 

「はい」

 

「エリンさんのこと」

 

 一拍。

 

「かなり気に入ってるんじゃないですか?」

 

「仕事で?」

 

「……」

 

 ナツキが。

 

 ユウコの腕を。

 

 軽く叩いた。

 

「もういいよ」

 

「何で?」

 

「本人がこれだから」

 

「これって何!?」

 

 ホーネットが。

 

 とうとう。

 

 声を上げて笑う。

 

「もうエリン面白すぎ!」

 

「何がよ!」

 

「全部!」

 

「説明しなさい!」

 

 ◇

 

 その時。

 

 クミコ。

 

 急に。

 

 思い出す。

 

「でも!」

 

「何?」

 

 エリン。

 

「それより表紙ですよ!」

 

「話戻った」

 

 ランが。

 

 静かに呟く。

 

「エリンさん!」

 

 クミコ。

 

 目が。

 

 完全に輝いている。

 

「私達も出るんですよね!?」

 

「候補としてね」

 

「本当に!?」

 

「だから」

 

 エリンは。

 

 少しだけ。

 

 観念する。

 

「先方はワイルドフライト賞を受けたスペースホープと宇宙事業、それにファッションを組み合わせたいって。制服の機能性とか、働いてる姿とか、そういう特集」

 

「衣装は?」

 

 ミドリ。

 

「ある」

 

「やった!」

 

「まだ着るって決めてない!」

 

「写真あります?」

 

「あるけど」

 

「見たい!」

 

「私も!」

 

「私もです!」

 

 一気に。

 

 エリンの周囲へ。

 

 人。

 

 人。

 

 人。

 

「近い!」

 

「エリンさん見せてください!」

 

「分かったから!」

 

「これ!?」

 

「派手!」

 

「可愛い!」

 

「ホーネットさん絶対好きそう!」

 

「好き!」

 

「ほら!」

 

 完全に。

 

 大騒ぎ。

 

 シルヴィア。

 

 少し離れて。

 

 ため息。

 

 でも。

 

 笑っている。

 

「これでは仕事にならないわね」

 

 ミラが。

 

「まあ、今日くらいは」

 

 ランも。

 

「受賞してから、こういう話ばかりね」

 

「そうね以前なら考えられなかった」

 

 ミラが。

 

 少しだけ。

 

 その言葉に。

 

 静かになる。

 

 以前。

 

 スペースホープに。

 

 こんな話は。

 

 来なかった。

 

 雑誌。

 

 取材。

 

 表紙。

 

 新人採用。

 

 予約殺到。

 

 応援を呼ばなければ。

 

 便が回らない。

 

 その全て。

 

 数か月前には。

 

 想像出来なかった。

 

 ◇

 

「待って待って!」

 

 エリンが。

 

 ようやく。

 

 皆を止める。

 

「いい?」

 

「はい!」

 

 返事。

 

 妙に揃う。

 

「まだ正式に全部決まったわけじゃない」

 

「はい」

 

「出たくない人に無理に撮影させることもしない」

 

「はい」

 

「衣装も本人が嫌なら断っていい」

 

「はい」

 

「業務優先」

 

「はい」

 

「それから」

 

 一拍。

 

「私一人を表紙にする話じゃないから!」

 

 ホーネット。

 

「分かってるって」

 

「じゃあ何でさっきから私ばっかり言うの?」

 

「だって」

 

 一拍。

 

「最初はエリン一人を表紙にしたかったんでしょ?」

 

「……」

 

 エリン。

 

 止まる。

 

「そうだけど」

 

「ほら」

 

「それは企画上でしょう?」

 

「本当にそうかなぁ」

 

「ホーネット!」

 

 また。

 

 笑い。

 

「仕事戻りなさい!」

 

「はーい」

 

「ユウコとナツキも!」

 

「はい!」

 

「はい」

 

 でも。

 

 二人。

 

 戻りながら。

 

 小声。

 

「本当に気づいてないんですね」

 

 ユウコ。

 

「たぶん」

 

 ナツキ。

 

「すごいですね」

 

「こういうところはね」

 

「何話してるの?」

 

 遠くから。

 

 エリン。

 

 二人。

 

「何でもありません!」

 

 ◇

 

 そして。

 

 エリンは。

 

 少し乱れたフロアを。

 

 なんとか。

 

 仕事へ戻していく。

 

「クミコ、マユ」

 

「はい!」

 

「はい」

 

「新人教育の資料は?」

 

「今から確認します!」

 

「ならそっち」

 

「はい!」

 

「雑誌より新人」

 

「はい!」

 

 クミコ。

 

 一度。

 

 歩き出す。

 

 でも。

 

 振り返る。

 

「エリンさん」

 

「何?」

 

「新人さん達にも」

 

「何?」

 

「エリンさんが雑誌の表紙になるって教えていいですか?」

 

「駄目!」

 

「何でですか!?」

 

「仕事に関係ないでしょう!」

 

 フロア。

 

 また笑う。

 

 マユも。

 

 小さく。

 

 口元を押さえていた。

 

「クミコ」

 

「はい」

 

「新人の前では」

 

 一拍。

 

「今より落ち着きなさい」

 

「……はい」

 

 そこだけ。

 

 少し。

 

 先輩の顔に戻る。

 

 エリンも。

 

 それを見て。

 

 少しだけ笑った。

 

「頼りにしてるからね」

 

「……はい!」

 

 今度の返事は。

 

 さっきとは。

 

 少し違う。

 

 マユにも。

 

「マユも」

 

「はい」

 

「クミコが暴走したら」

 

「止めます」

 

「違う」

 

「え?」

 

「二人で考える」

 

「……」

 

 一瞬。

 

 マユは。

 

 午前の言葉を思い出す。

 

 補助ではない。

 

 二人とも。

 

 先輩になる。

 

「はい」

 

 静かに。

 

 でも。

 

 はっきり。

 

「分かりました」

 

 ◇

 

 予約が増えた。

 

 新しい仕事が来た。

 

 新人が入る。

 

 雑誌から声が掛かる。

 

 取引先の息子が。

 

 なぜか。

 

 エリンへ手土産を持ってくる。

 

 そして。

 

 本人だけ。

 

 その意味を。

 

 まるで分かっていない。

 

 スペースホープは。

 

 ワイルドフライト賞を境に。

 

 本当に。

 

 目に見える速さで。

 

 変わり始めていた。

 

 けれど。

 

 その中心にいるエリンが。

 

 一番大切にしていたことは。

 

 以前と。

 

 何も変わらない。

 

「新人五人」

 

 端末を見ながら。

 

 小さく呟く。

 

「最初の一週間が大事ね」

 

 雑誌より。

 

 表紙より。

 

 予約数より。

 

 エリンの頭は。

 

 もう。

 

 来週やってくる。

 

 まだ顔も知らない。

 

 五人の新人乗務員のことで。

 

 いっぱいになっていた。

 

 その少し離れたところで。

 

 ホーネットが。

 

 シルヴィアへ小声で言う。

 

「ねぇ」

 

「何?」

 

「あれ」

 

 エリンを見る。

 

「絶対、自分が口説かれてるって気づいてないよね」

 

「……そうね」

 

 シルヴィアは。

 

 少しだけ。

 

 呆れたように笑う。

 

「でも」

 

「何?」

 

「今は放っておきましょう」

 

「何で?」

 

「どうせ」

 

 一拍。

 

「本人が気づく前に、周りが大騒ぎするから」

 

 ホーネットが。

 

 にやり。

 

「それもそうだね」

 

 そして。

 

 その予言だけは。

 

 おそらく。

 

 間違っていなかった。

 

 

――――

 

 

 ファッション雑誌の打ち合わせから。

 

 数日。

 

 スペースホープの旅行事業部では。

 

 一つ。

 

 妙な〝恒例行事〟が出来つつあった。

 

「エリンさん。お客様です」

 

「誰?」

 

「先日の雑誌会社の方です」

 

「……また?」

 

 エリンが。

 

 端末から顔を上げる。

 

 受付の向こう。

 

 立っていたのは。

 

 例の。

 

 ファッション雑誌企業の社長の息子。

 

「こんにちは」

 

「こんにちは」

 

 青年は。

 

 いつものように。

 

 少し嬉しそうにエリンを見る。

 

「今日はどうしたんですか?」

 

「近くまで来たので」

 

「近く?」

 

「はい」

 

「ついでに」

 

 一拍。

 

「先日の衣装案について、少しだけ確認させていただこうと思いまして」

 

「ああ」

 

 エリンは。

 

 何の疑いもなく頷く。

 

「でしたら、こちらで」

 

 そして。

 

 青年の手。

 

 紙袋。

 

「……また?」

 

「はい」

 

「これは?」

 

「近くに美味しい焼き菓子のお店がありまして」

 

「そんな」

 

 エリン。

 

 苦笑。

 

「毎回持ってこなくていいですよ」

 

「本当に大したものではありませんので」

 

「この前も同じこと言ってましたよね?」

 

「そうでしたか?」

 

「言いました」

 

 エリンは困りながらも。

 

 結局。

 

 受け取る。

 

「ありがとうございます」

 

「いえ」

 

 青年の表情が。

 

 ぱっと。

 

 明るくなる。

 

 ◇

 

 別の日。

 

「エリンさん」

 

「はい?」

 

「お客様です」

 

「……」

 

 エリン。

 

 受付を見る。

 

 例の青年。

 

 今日は。

 

 花束。

 

「……何で?」

 

「先日の撮影衣装の色味を」

 

「花は?」

 

「打ち合わせ先に飾られていたものが綺麗だったので」

 

「買ってきたんですか?」

 

「はい」

 

「私に?」

 

「はい」

 

「……」

 

 エリン。

 

 本気で困る。

 

「会社に飾ってもいい?」

 

「もちろんです」

 

「ありがとう」

 

「エリンさんに似合うと思って選びました」

 

「?」

 

 一拍。

 

「この色?」

 

「はい」

 

 エリンは花を見る。

 

「そう?」

 

「はい」

 

「じゃあ、応接スペースに飾りましょうか」

 

「……はい」

 

 青年。

 

 少しだけ。

 

 複雑。

 

 エリン本人へ渡した。

 

 なのに。

 

 会社の応接スペースへ飾られる。

 

 しかし。

 

 エリンは。

 

 その意味に。

 

 全く気づいていない。

 

 ◇

 

 さらに。

 

 別の日。

 

「エリンさん」

 

「今日は何?」

 

「確認事項が一つ」

 

「メールじゃ駄目だったの?」

 

「直接お話した方が早いかと思いまして」

 

「そう?」

 

「はい」

 

 紙箱。

 

「……それは?」

 

「チョコレートです」

 

「また?」

 

「差し入れです」

 

「本当に毎回いらないですよ」

 

「皆さんで召し上がってください」

 

「ああ」

 

 エリン。

 

 そこで。

 

 納得。

 

「皆でなら、ありがとう」

 

 青年。

 

「……」

 

「?」

 

「いえ」

 

 ◇

 

 旅行事業部のフロアでは。

 

 もう。

 

 完全に。

 

 認識されていた。

 

「今日で何回目?」

 

 ホーネット。

 

「今週三回目ですね」

 

 ユウコ。

 

「先週から数えると?」

 

 ナツキ。

 

「六回くらい?」

 

 ミドリ。

 

「もっとじゃない?」

 

 アズサ。

 

「花まで持ってきたよね」

 

 サリー。

 

「持ってきました」

 

 マユ。

 

 クミコが。

 

 遠く。

 

 エリンと青年が話しているところを見る。

 

「積極的ですよね……」

 

 皆。

 

「うん」

 

 ほぼ同時。

 

 シルヴィアが。

 

 端末から顔を上げる。

 

「皆、仕事は?」

 

「してます!」

 

 クミコ。

 

「今はちょっと」

 

 ホーネット。

 

「観察」

 

「仕事ではないわね」

 

「職場環境の把握」

 

「もっと違う」

 

 シルヴィア。

 

 冷静。

 

 だが。

 

 本人も。

 

 状況は分かっている。

 

 ミラとラン。

 

 少し離れたところ。

 

「エリンさん」

 

 ランが。

 

 小声。

 

「本当に気づいてないんですね」

 

「たぶん」

 

 ミラも。

 

 苦笑する。

 

「全部〝仕事に熱心な人〟で処理してる」

 

「すごいですね」

 

「エリンさんだからね」

 

 ◇

 

「では、またご連絡します」

 

「はい」

 

 その日も。

 

 青年が。

 

 頭を下げる。

 

「わざわざありがとうございました」

 

「いえ」

 

「今度から本当に手土産はいらないですからね」

 

「分かりました」

 

「本当に?」

 

「努力します」

 

「努力することじゃないでしょう?」

 

 エリンが笑う。

 

 青年も。

 

 笑う。

 

「では」

 

「気をつけて」

 

 青年が。

 

 フロアを出ていった。

 

 自動扉。

 

 閉じる。

 

「……」

 

 そして。

 

 その扉が。

 

 ほとんど。

 

 入れ違いで。

 

 もう一度開いた。

 

「エリンさーん!」

 

 明るい。

 

 元気な声。

 

 エリンの顔が。

 

 今度は。

 

 はっきり。

 

 嬉しそうに変わった。

 

「ククル!」

 

 赤い髪。

 

 ポニーテール。

 

 ハワード財閥旅行会社の制服。

 

 大きなバッグ。

 

 そして。

 

 相変わらず。

 

 フロアに入った瞬間から。

 

 存在感がある。

 

「いらっしゃい」

 

 エリンが。

 

 自然に歩み寄る。

 

「久しぶり」

 

「はい!」

 

 今回。

 

 ハワード財閥旅行会社から。

 

 スペースホープへ応援に入る乗務員達。

 

 その代表。

 

 事前調整を行う担当者として。

 

 ククルが来ることになっていた。

 

「道、大丈夫だった?」

 

「大丈夫です!」

 

「荷物多くない?」

 

「資料と制服と、あとちょっとだけお土産です!」

 

「またお土産?」

 

 エリンが笑う。

 

 ククルは。

 

 そんなエリンの前へ。

 

 まっすぐ。

 

 近づく。

 

 そして。

 

「エリンさん!」

 

「何?」

 

「ワイルドフライト賞!」

 

 両手。

 

 広げる。

 

「おめでとうございますっ!!」

 

「わっ!」

 

 ぎゅっ。

 

 エリンへ。

 

 勢いよく。

 

 抱きついた。

 

「ク、ククル?」

 

「すごいです!」

 

「ちょっと」

 

「本当におめでとうございます!」

 

「ありがとう」

 

 エリンは。

 

 驚きながらも。

 

 すぐに笑う。

 

「でも」

 

「はい!」

 

「皆で取った賞よ」

 

「それ、エリンさん絶対言うと思ってました!」

 

「だって本当でしょう?」

 

「はい!」

 

 ククルが。

 

 一度。

 

 離れる。

 

 そして。

 

 真顔。

 

「エリンさん」

 

「何?」

 

「一応」

 

 一拍。

 

「カイエとエマの分も頼まれてるので」

 

「……何を?」

 

「あと二回」

 

 両腕を開く。

 

「抱きしめてもいいですか?」

 

「……」

 

 エリン。

 

 一瞬。

 

 止まる。

 

 そして。

 

 吹き出した。

 

「何それ」

 

「カイエが〝私の分もお願い〟って」

 

「カイエが?」

 

「はい!」

 

「本当に?」

 

「……半分くらい私が言わせました」

 

「でしょうね」

 

 エリン。

 

 笑う。

 

「エマは?」

 

「〝私の分も〟って普通に言ってました」

 

「エマ……」

 

 懐かしそうに。

 

 少し柔らかい顔。

 

「二人とも元気?」

 

「元気です!」

 

「そう」

 

「なので!」

 

 ククル。

 

 もう一度。

 

 腕を広げる。

 

「二回!」

 

 エリンが。

 

 少し考える。

 

 そして。

 

「私だけじゃなくて」

 

「はい?」

 

「皆にもしてあげて」

 

 フロア。

 

「……」

 

 嫌な予感。

 

 エリンは。

 

 後ろを振り返る。

 

「スペースホープの皆で取った賞だから」

 

「……」

 

「おめでとうって」

 

 笑顔。

 

「皆にも言ってあげて」

 

 ククルの顔。

 

 一気に。

 

 輝く。

 

「はいっ!」

 

 フロア。

 

「え?」

 

 クミコ。

 

「待って」

 

 ナツキ。

 

「まさか」

 

 ユウコ。

 

 ホーネットだけ。

 

「面白そう!」

 

「ホーネット!?」

 

 ククル。

 

 もう。

 

 止まらない。

 

「クミコ!」

 

「えっ!?」

 

「ワイルドフライト賞!」

 

 ぎゅっ。

 

「おめでとう!」

 

「わっ!」

 

 クミコ。

 

 顔。

 

 真っ赤。

 

「ありがとうございます!」

 

「マユ!」

 

「私もですか?」

 

「もちろん!」

 

 ぎゅっ。

 

「おめでとう!」

 

「ありがとうございます……!」

 

「ユウコ!」

 

「ちょっと待ってください!」

 

「おめでとう!」

 

 ぎゅっ。

 

「ナツキ!」

 

「来ますよね……」

 

「おめでとう!」

 

「ありがとうございます!」

 

「サリー!」

 

「はい!」

 

「おめでとう!」

 

「ありがとうございます!」

 

「アズサ!」

 

「わぁ!」

 

「おめでとう!」

 

「ミドリ!」

 

「お願いします!」

 

「お願いするの!?」

 

 エリン。

 

 笑う。

 

「おめでとう!」

 

「やったー!」

 

「ハズキ!」

 

「はい」

 

「おめでとう!」

 

「ありがとうございます」

 

 そして。

 

「ホーネット!」

 

「私も!?」

 

「もちろん!」

 

「よし来い!」

 

「おめでとう!」

 

 ぎゅっ。

 

「ククル、元気だねぇ!」

 

「ホーネットも!」

 

「褒められた?」

 

「たぶん!」

 

 シルヴィア。

 

 その光景を見ながら。

 

 若干。

 

 身構えている。

 

「シルヴィアさん!」

 

「……来ると思った」

 

「おめでとうございます!」

 

「ありがとう、ククル」

 

 抱きしめられる。

 

 そして。

 

「ミラ!」

 

「はい?」

 

「おめでとう!」

 

「ありがとうございます、ククルさん」

 

 ぎゅっ。

 

「ラン!」

 

「はい」

 

「おめでとう!」

 

「ありがとうございます」

 

 二人にも。

 

 順番。

 

 最後。

 

 ククルは。

 

 フロア中央。

 

「皆!」

 

 大きな声。

 

「本当に!」

 

 一拍。

 

「ワイルドフライト賞、おめでとう!」

 

「ありがとう!」

 

 フロア。

 

 拍手。

 

 エリンは。

 

 その中心で。

 

 嬉しそうに笑っていた。

 

 ◇

 

「そうだ!」

 

 一段落。

 

 ククルが。

 

 バッグを開く。

 

「エリンさん」

 

「何?」

 

「これ」

 

 小箱。

 

「社長からです」

 

「社長?」

 

「はい」

 

「〝皆で使ってくれ〟って」

 

「……?」

 

 エリンが受け取る。

 

「あと」

 

 ククルが。

 

 少し声を落とす。

 

「〝よく頑張った〟って言ってました」

 

「……」

 

 その一言。

 

 エリンの表情が。

 

 ほんの少し。

 

 止まった。

 

 昨日。

 

 いや。

 

 少し前。

 

 ペルシアがクルーズ達へ言った。

 

 ――心配する前に。

 

 ――エリンがしたことを褒めてあげなさい。

 

 もちろん。

 

 エリンは。

 

 そんな話を知らない。

 

「……そう」

 

 小さく。

 

 でも。

 

 嬉しそうに。

 

「ありがとう」

 

 箱を開ける。

 

「……え?」

 

 券。

 

 何枚も。

 

 ハワード財閥グループ。

 

 系列レストラン。

 

 ホテル。

 

 飲食施設。

 

 共通食事券。

 

「これ」

 

 エリン。

 

 金額を見る。

 

「……二十万?」

 

「はい!」

 

「二十万円分!?」

 

「皆で使ってくださいって」

 

「こんなに?」

 

「頑張ったからじゃないですか?」

 

「いや」

 

 エリン。

 

 少し困る。

 

「さすがに多くない?」

 

「エリンさん」

 

「何?」

 

「クルーズ総帥基準です」

 

「……」

 

「たぶん普通です」

 

「普通じゃないと思う」

 

 ククルが笑う。

 

「じゃあ」

 

「皆で打ち上げに使おうよ!」

 

 ホーネット。

 

 遠くから。

 

「賛成!」

 

「まだ話に入らないで!」

 

 エリン。

 

 即座。

 

 笑い。

 

「とにかく」

 

 エリンは。

 

 箱を大事に閉じる。

 

「ありがとうって」

 

 一拍。

 

「社長に伝えておくわ」

 

「はい!」

 

「ちゃんと」

 

「はい!」

 

「私だけじゃなくて」

 

 また。

 

 ククルが。

 

 エリンの先を読む。

 

「〝皆が喜んでました〟ですね?」

 

「そう」

 

「分かりました!」

 

 ◇

 

 その時。

 

 ククルが。

 

 ふと。

 

 エリンの机を見る。

 

「……あ」

 

 花。

 

 以前。

 

 青年が持ってきた。

 

 淡い色の花束。

 

 応接スペースへ飾ろうとしていたが。

 

 広報担当から。

 

「せっかくエリンさん宛なんですから」

 

 と言われ。

 

 結局。

 

 何本か。

 

 エリンの机にも飾られていた。

 

「綺麗ですね」

 

 ククルが。

 

 自然に近づく。

 

「これ」

 

「ん?」

 

「どうしたんですか?」

 

「花?」

 

「はい」

 

「もらったの」

 

 エリン。

 

 何でもない顔。

 

「……誰にです?」

 

 ククル。

 

 声。

 

 ほんの少し。

 

 変わる。

 

「雑誌会社の人」

 

「雑誌会社?」

 

「ファッション雑誌の」

 

「ああ!」

 

「社長の息子さん」

 

「……」

 

 ククル。

 

 止まる。

 

 ゆっくり。

 

 エリンを見る。

 

 花を見る。

 

 エリン。

 

 何の違和感もない顔。

 

「それだけじゃないですよ」

 

 答えたのは。

 

 ミラ。

 

「ミラ?」

 

 エリン。

 

「何?」

 

「ククル」

 

 ミラが。

 

 少し楽しそうに。

 

「聞きたいですか?」

 

「うん」

 

 ククル。

 

 即答。

 

「ミラ」

 

 エリン。

 

 嫌な予感。

 

 ミラは。

 

 もう。

 

 話し始める。

 

「最初は」

 

「うん」

 

「取引先の打ち合わせで」

 

「うん」

 

「先方の社長の息子さんが、エリンさんを見て」

 

「うん」

 

「雑誌の表紙をお願いしたんです」

 

「……」

 

 ククル。

 

 目。

 

 少し大きくなる。

 

「それで最近、近くへ来たから、軽い確認があるから、企画書を届けに来たから」

 

 ランも。

 

 自然に加わる。

 

「色々理由をつけて、何度も来られてるんです」

 

「何度も?」

 

 ククル。

 

 エリンを見る。

 

「何度もってほどじゃないでしょう?」

 

 フロア。

 

 何人か。

 

「何度もです」

 

 揃う。

 

「……」

 

 エリン。

 

 少し不満。

 

「しかも」

 

 ミラ。

 

「来るたびにお菓子」

 

 ユウコ。

 

「チョコ」

 

 ナツキ。

 

「焼き菓子」

 

 クミコ。

 

「花」

 

 サリー。

 

「手土産」

 

 マユ。

 

「そして」

 

 ホーネットが。

 

 一番楽しそうに。

 

「エリンと二人でランチ!」

 

「それは打ち合わせでしょう!」

 

 エリン。

 

 すぐ反論。

 

 ククル。

 

「……」

 

 完全に。

 

 理解した。

 

「エリンさん」

 

「何?」

 

「それ」

 

 一拍。

 

「口説かれてますよ」

 

「……は?」

 

 フロア。

 

 静か。

 

 エリン。

 

 本当に。

 

 意味が分からない。

 

「誰が?」

 

 ククル。

 

 目を丸くする。

 

「エリンさんがです!」

 

「誰に?」

 

「その人にです!」

 

「何で?」

 

「何で!?」

 

 ククル。

 

 逆に。

 

 聞き返す。

 

「だって!」

 

 一つ。

 

「何度も会いに来る!」

 

 二つ。

 

「毎回お菓子!」

 

 三つ。

 

「花!」

 

 四つ。

 

「二人でお昼!」

 

 五つ。

 

「エリンさんだけ最初に表紙へ誘う!」

 

 両手。

 

 広げる。

 

「どう考えてもそうですよ!」

 

「いや」

 

 エリン。

 

 本気で考える。

 

「熱心な人なんじゃない?」

 

 フロア。

 

 全員。

 

 深い。

 

 沈黙。

 

 ホーネット。

 

 机へ。

 

 頭。

 

「エリン……」

 

 シルヴィア。

 

 額。

 

 押さえる。

 

 ミラ。

 

 苦笑。

 

 ラン。

 

 少し遠い目。

 

「何よ」

 

 エリン。

 

「皆して」

 

 ククルは。

 

 エリンへ。

 

 一歩。

 

 近づく。

 

「エリンさん!」

 

「はい」

 

「ちゃんと言った方がいいですよ!」

 

「何を?」

 

「だって!」

 

 一拍。

 

「エリンさんにはリュウジさんっていう人がいるんですから!」

 

「…………」

 

 エリン。

 

 完全に。

 

 停止。

 

「……どうして」

 

 ゆっくり。

 

「そこにリュウジが出てくるの?」

 

「えっ!?」

 

「何を言うの?」

 

「ええっ!?」

 

 今度は。

 

 ククルが。

 

 本気で。

 

 驚く。

 

「エリンさん!」

 

「何?」

 

「本気ですか!?」

 

「だから何が?」

 

「リュウジさんですよ!?」

 

「分かってるわよ」

 

「リュウジさん!」

 

「二回言わなくても分かる!」

 

「じゃあ!」

 

 ククル。

 

 真正面。

 

「エリンさんとリュウジさんって!」

 

 一拍。

 

 息。

 

 吸う。

 

「特別な存在じゃないですか!」

 

 

 フロア。

 

 静止。

 

 完全に。

 

 仕事の手も。

 

 何人か。

 

 止まった。

 

「……ククル」

 

 エリン。

 

 少し。

 

 頬に。

 

 熱。

 

「声大きい」

 

「だって!」

 

「だってじゃない」

 

「本当のことです!」

 

「……」

 

「私!」

 

 ククル。

 

 元気。

 

 真っ直ぐ。

 

「ずっと見てきました!」

 

 エリンが。

 

 少し。

 

 目を瞬く。

 

「ドルトムントの十四班でも!」

 

「……」

 

「ハワード財閥旅行会社へ来てからも!」

 

「……」

 

「リュウジさん」

 

 ククルは。

 

 指を折る。

 

「エリンさんが言ったこと、ちゃんと聞くじゃないですか!」

 

「それは仕事で――」

 

「ペルシアさんの言うことは半分しか聞かないのに!」

 

「それはペルシアが無茶言うからでしょ」

 

「でも!」

 

「何?」

 

「エリンさんが無茶すると!」

 

 一拍。

 

「リュウジさん、止めるじゃないですか!」

 

「……」

 

「エリンさんも!」

 

 もう一本。

 

「リュウジさんが無茶したら!」

 

「止めるわよ」

 

「ほら!」

 

「それは普通でしょう?」

 

「普通じゃないです!」

 

「何でよ」

 

 ククル。

 

 ますます。

 

 真っ直ぐ。

 

「リュウジさん」

 

「はい」

 

「エリンさんが何を考えてるか」

 

「……」

 

「言われる前に分かってる時あるじゃないですか!」

 

 エリン。

 

 少し黙る。

 

「エリンさんだって」

 

「……」

 

「リュウジさんが何も言わない時」

 

「……」

 

「いつも」

 

 一拍。

 

「〝どうしたの?〟って聞くでしょう?」

 

「それは」

 

「皆にやってる?」

 

 ククル。

 

 真正面。

 

「やってるわよ」

 

「同じですか?」

 

「……」

 

「リュウジさんと」

 

 一拍。

 

「全く同じですか?」

 

 答え。

 

 少し。

 

 遅れた。

 

「……それは」

 

 ククル。

 

「ほらぁ!」

 

「何よ!」

 

 エリン。

 

 顔。

 

 少し赤い。

 

「それに!」

 

 ククル。

 

 止まらない。

 

「昔、クリスマスの時!」

 

「何?」

 

「ユイちゃんのケーキ!」

 

「……?」

 

「リュウジさんが取ろうとしたら!」

 

「私が止めたわね」

 

「もう夫婦みたいでした!」

 

「それ前にも言ったわよね!?」

 

「今でも思ってます!」

 

「ククル!」

 

 フロア。

 

 笑い。

 

 ◇

 

「でも」

 

 ククルは。

 

 そこで。

 

 少しだけ。

 

 声を落とした。

 

 元気さは。

 

 そのまま。

 

 でも。

 

 からかいだけではない。

 

「本当に」

 

「……」

 

「私」

 

 一拍。

 

「そう思ってます」

 

 エリンも。

 

 少し。

 

 表情を変える。

 

「エリンさんと」

 

「うん」

 

「リュウジさんは」

 

 ククルは。

 

 言葉を選ぶ。

 

「何ていうか、恋人とか、付き合ってるとか、そういうのは」

 

 一瞬。

 

「私には分かりません」

 

 そこは。

 

 勝手に。

 

 決めない。

 

「でも」

 

 ククルは。

 

 エリンを見る。

 

「お互いに」

 

 一拍。

 

「特別ですよ」

 

「……」

 

「だって、何年経っても、場所が変わっても、仕事が変わっても、何かあったら、結局」

 

 一拍。

 

「お互いのところに戻るじゃないですか」

 

 フロアの空気が。

 

 少しだけ。

 

 変わる。

 

「リュウジさんが危ないところへ行く時、エリンさん、放っておけないでしょう?」

 

「……」

 

「エリンさんが、もう一度、乗務員として飛ぶって決めた時も」

 

 一拍。

 

「リュウジさんを一人で行かせられないからでしたよね」

 

 エリンの目が。

 

 少し。

 

 揺れる。

 

 ククルは。

 

 その時のことを。

 

 詳しく全部知っているわけではない。

 

 でも。

 

 後から。

 

 十四班で。

 

 何度も。

 

 聞いた。

 

 見た。

 

 感じた。

 

「リュウジさんもエリンさんが困ってたら、絶対」

 

 一拍。

 

「見て見ぬふりしないですよ」

 

「……」

 

「だから」

 

 ククルは。

 

 笑った。

 

 真っ直ぐ。

 

 明るく。

 

「特別です」

 

 エリンは。

 

 何も言えなかった。

 

 否定しようと思えば。

 

 出来る。

 

 恋人ではない。

 

 交際しているわけでもない。

 

 約束をしたわけでもない。

 

 それでも。

 

 ――特別ではない。

 

 そう言おうとすると。

 

 言葉が。

 

 出ない。

 

 リュウジ。

 

 自分にとって。

 

 ただの同僚?

 

 違う。

 

 ただの友人?

 

 それだけでもない。

 

 昔。

 

 命を預けた。

 

 今。

 

 また。

 

 一緒に働いている。

 

 自分が。

 

 乗務員へ戻る理由の。

 

 一つになった。

 

 何度も。

 

 心配して。

 

 怒って。

 

 支えて。

 

 支えられた。

 

「……」

 

 エリンは。

 

 少し。

 

 視線を逸らす。

 

「ククル」

 

「はい!」

 

「仕事の打ち合わせしに来たんじゃなかった?」

 

「そうです!」

 

「じゃあ仕事しましょう」

 

「逃げましたね!」

 

「逃げてない!」

 

 即答。

 

「じゃあ」

 

「何?」

 

「リュウジさんが特別じゃないって言えます?」

 

「……」

 

 一秒。

 

 二秒。

 

「……ククル」

 

「はい?」

 

「今日」

 

 一拍。

 

「応援の人数、一人減らす?」

 

「職権乱用です!」

 

 フロア。

 

 大笑い。

 

 ◇

 

「よし!」

 

 ククルが。

 

 急に。

 

 端末を取り出す。

 

 エリン。

 

 嫌な予感。

 

「何するの?」

 

「リュウジさんに電話しましょう!」

 

「何で!?」

 

「確認します!」

 

「何を!?」

 

「リュウジさんに!」

 

 一拍。

 

「エリンさんが特別か!」

 

「しなくていい!!」

 

 エリン。

 

 即座に。

 

 ククルの端末を押さえる。

 

「エリンさん!」

 

「駄目!」

 

「一回だけ!」

 

「何の一回よ!」

 

「すぐ終わります!」

 

「終わるわけないでしょう!」

 

 ホーネット。

 

「やろう!」

 

「ホーネット!」

 

「面白そう!」

 

「面白さで人に電話しない!」

 

 ユウコ。

 

 口元。

 

 押さえている。

 

 ナツキ。

 

 横。

 

 肩。

 

 震えている。

 

 クミコ。

 

「私もちょっと聞いてみたい……」

 

「クミコ!?」

 

「すみません!」

 

 ミドリ。

 

「テレビ電話にしましょう!」

 

「悪化させない!」

 

 アズサ。

 

「エリンさん、顔赤いです」

 

「赤くない!」

 

 サリー。

 

「少し赤いです」

 

「サリーまで!」

 

 ◇

 

「ククル」

 

「はい!」

 

「端末しまいなさい」

 

「でも」

 

「しまう」

 

「はい……」

 

 しゅん。

 

 ククル。

 

 端末。

 

 しまう。

 

 エリン。

 

 息。

 

「まったく……」

 

 でも。

 

 ククル。

 

 まだ。

 

 諦めていない。

 

「じゃあ」

 

「何?」

 

「エリンさんから電話してください」

 

「何でよ!」

 

「普通に!」

 

「何を話すの?」

 

「〝今日ククルが来たわよ〟とか」

 

「それだけ?」

 

「はい」

 

「それならメールでいいでしょう?」

 

「駄目です!」

 

「何で!?」

 

「声!」

 

「声?」

 

「リュウジさんの声聞いた時」

 

 一拍。

 

「エリンさんの顔がどうなるか見たいので!」

 

「ククル!」

 

 エリン。

 

 とうとう。

 

 ククルの頬を。

 

 両側から。

 

 軽くつまむ。

 

「いひゃいれふ!」

 

「調子乗りすぎ!」

 

「ふみまへん!」

 

「本当に?」

 

「はい!」

 

 離す。

 

 ククル。

 

 頬。

 

 さする。

 

「エリンさん、昔より容赦ないです」

 

「誰のせいよ」

 

「でも元気そうでよかったです」

 

「……」

 

 エリン。

 

 少し。

 

 止まる。

 

 ククル。

 

 笑う。

 

「最近」

 

 一拍。

 

「忙しいって聞いてたので」

 

「そうね」

 

「スペースホープ予約いっぱいなんですよね」

 

「ええ」

 

「新人さんも入る」

 

「そう」

 

「雑誌もある」

 

「……それは今忘れて」

 

「それに」

 

 少し笑う。

 

「リュウジさん達の調査も気にしてる」

 

「……」

 

「エリンさん」

 

 一拍。

 

「また何でも一人で考えすぎてないかなって」

 

 さっきまでの。

 

 恋愛話。

 

 だけではない。

 

 ククルは。

 

 本当に。

 

 エリンを。

 

 見に来たのだ。

 

「だから」

 

「うん」

 

「会えてよかったです」

 

 エリンの顔。

 

 柔らかくなる。

 

「ありがとう」

 

「はい」

 

「カイエとエマにも」

 

「うん」

 

「元気だったって伝えて」

 

「分かりました!」

 

 ◇

 

「でも」

 

 ククル。

 

 また。

 

 花を見る。

 

「何?」

 

「やっぱり」

 

 一拍。

 

「その人には言った方がいいと思います」

 

「だから何を?」

 

「リュウジさんのこと」

 

「何て?」

 

「……」

 

 ククル。

 

 少し考える。

 

 そして。

 

 いつもの。

 

 真正面。

 

「私には」

 

 一拍。

 

「大切な人がいます」

 

「……」

 

「って」

 

「…………」

 

 エリン。

 

 完全に。

 

 固まった。

 

 フロア。

 

 また。

 

 静か。

 

「ククル」

 

「はい!」

 

「私とリュウジ」

 

 一拍。

 

「そういう関係じゃないから」

 

「じゃあ」

 

 即答。

 

「大切じゃないんですか?」

 

「それとこれとは――」

 

 エリン。

 

 止まる。

 

 ククル。

 

 待つ。

 

 ホーネット。

 

 待つ。

 

 ミラ。

 

 ラン。

 

 シルヴィア。

 

 ユウコ。

 

 ナツキ。

 

 クミコ。

 

 マユ。

 

 皆。

 

 妙に。

 

 静か。

 

「……大切よ」

 

 小さい。

 

 でも。

 

 はっきり。

 

 エリンが言った。

 

 ククルの顔。

 

 一気に。

 

 明るくなる。

 

「ほら!」

 

「何が〝ほら〟よ!」

 

「大切なんじゃないですか!」

 

「大切だからって!」

 

「特別!」

 

「ククル!」

 

「リュウジさんに電話!」

 

「戻らない!」

 

 また。

 

 フロア。

 

 笑い声。

 

 ◇

 

 しばらくして。

 

 ようやく。

 

 本来の打ち合わせ。

 

「今回」

 

 エリンが。

 

 大型端末へ。

 

 編成表。

 

「スペースホープ単独では」

 

「はい」

 

「二班までしか安全に組めない」

 

 ククル。

 

 今度は。

 

 完全に。

 

 乗務員の顔。

 

「はい」

 

「三便目」

 

「ハワード財閥旅行会社側からチーフパーサークラス一名、副パーサークラス二名、一般乗務員数名。これだけ出せれば、かなり安定します」

 

 エリンが。

 

 少し。

 

 目を丸くする。

 

「そこまで?」

 

「はい」

 

「大丈夫なの?」

 

「向こうの便」

 

「調整済みです」

 

「本当に?」

 

「はい」

 

「……やっぱり今回、協力的すぎない?」

 

 ククル。

 

 一瞬。

 

 目を逸らす。

 

 昨夜。

 

 ではない。

 

 少し前。

 

 クルーズ達が。

 

 ペルシアへ。

 

 エリンの今後について相談した。

 

 その話。

 

 ククル自身。

 

 詳細までは聞いていない。

 

 ただ。

 

「スペースホープをここまでにしたエリンへ、出来る限り協力しろ」

 

 という。

 

 会社上層部の空気が。

 

 以前より。

 

 明らかに強くなっているのは分かる。

 

「いいことじゃないですか?」

 

 ククル。

 

 笑顔。

 

「それ」

 

 エリン。

 

「何か知ってる?」

 

「知りません!」

 

「目逸らした」

 

「逸らしてません!」

 

「ククル」

 

「はい!」

 

「目見て」

 

「……」

 

「ほら」

 

「私は何も知りません!」

 

「怪しい」

 

「本当です!」

 

 ◇

 

 打ち合わせ。

 

 終了。

 

「じゃあ」

 

 ククルが。

 

 立ち上がる。

 

「応援編成、向こうで最終確認してきます!」

 

「お願い」

 

「はい!」

 

「皆にもよろしく」

 

「分かりました」

 

「カイエ」

 

「はい」

 

「エマ」

 

「伝えます」

 

 ククル。

 

 荷物。

 

 持つ。

 

 そして。

 

 もう一度。

 

 エリンの机。

 

 花。

 

 見る。

 

「……エリンさん」

 

「何?」

 

「本当に」

 

「何?」

 

「気をつけてくださいね」

 

「何に?」

 

「……」

 

 ククル。

 

 頭。

 

 抱えそうになる。

 

「もういいです」

 

「何なのよ」

 

 扉へ。

 

 歩く。

 

 でも。

 

 途中。

 

 振り返る。

 

「エリンさん!」

 

「何?」

 

「リュウジさん!」

 

「だから何!」

 

「大事にしてくださいね!」

 

「……」

 

 エリン。

 

 また。

 

 頬。

 

 僅かに。

 

 赤くなる。

 

「余計なお世話!」

 

「はーい!」

 

 元気よく。

 

 ククル。

 

 去る。

 

 自動扉。

 

 閉まる。

 

 ◇

 

 静寂。

 

「……」

 

 エリンが。

 

 ゆっくり。

 

 振り返る。

 

 フロア。

 

 全員。

 

 仕事。

 

 している。

 

 ように見える。

 

「……皆」

 

 誰も。

 

 顔を上げない。

 

「聞いてたでしょう」

 

 ホーネット。

 

「何を?」

 

「今まで全部!」

 

「私は仕事してたよ?」

 

「嘘」

 

 ユウコ。

 

 端末。

 

 見る。

 

「私は予約処理を」

 

「画面止まってる」

 

「……」

 

 ナツキ。

 

「私は――」

 

「笑ってる」

 

「……」

 

 クミコ。

 

 マユ。

 

 目。

 

 合わせない。

 

「もう!」

 

 エリンは。

 

 自席へ戻る。

 

 椅子へ座る。

 

 そして。

 

 机の花。

 

 目に入る。

 

「……」

 

 青年。

 

 何度も来る。

 

 手土産。

 

 花。

 

 昼食。

 

 表紙。

 

 ククルの言葉。

 

 ――口説かれてますよ。

 

「……まさかね」

 

 小さく。

 

 呟く。

 

 そして。

 

 もう一つ。

 

 ――エリンさんとリュウジさんって、特別な存在じゃないですか!

 

「……」

 

 リュウジ。

 

 その名前。

 

 思い浮かべるだけで。

 

 さっきより。

 

 少し。

 

 胸の奥。

 

 落ち着かない。

 

「……何で」

 

 額。

 

 押さえる。

 

「リュウジが出てくるのよ……」

 

 皆。

 

 何も言わない。

 

 だが。

 

 ククルが。

 

 ほんの少し前。

 

 真正面から言い切った。

 

 ――特別です。

 

 その意味を。

 

 エリン本人より。

 

 周りの方が。

 

 ずっと。

 

 よく分かっているようだった。

 

 

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幼馴染にフラれたので旅に出ることにした(作者:イグアナ)(原作:ポケットモンスター)

ポケモンバトルが強い人が好きという幼馴染(オリキャラ)に振り向いてもらうために何年も死ぬほど特訓したけど、その幼馴染が強すぎてポケモンバトルに一度も勝てずに振られてしまったので、すっぱりと諦めた後に旅に出ることにしたお話。▼なお振り向いてもらうために特訓しすぎてとんでもなく強くなっているが、本人にその自覚はない模様。▼※追記1▼何故かこの作品の三次創作を書い…


総合評価:45325/評価:8.82/連載:132話/更新日時:2026年08月13日(木) 17:57 小説情報

ドMだからついでに仲間庇ってたら全員病んでた(作者:恒例行事)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

【第11回カクヨムコンテストプロ作家部門特別賞・コミカライズ賞受賞しました】▼損耗率80%越えの異常職業、『肉壁』。▼冒険者パーティーの中でも最も粗雑に扱われる消耗品扱いの職業において絶対的な強さを誇るフィン・デビュラはドマゾだった。▼痛いのが気持ちいい。▼死ぬかもしれない恐怖がたまらない。▼日頃からアドレナリン&ドーパミン中毒で脳がぶっ壊れてる彼は出会った…


総合評価:16243/評価:9.15/連載:236話/更新日時:2026年08月18日(火) 21:00 小説情報


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