ワイルドフライト賞の受賞から、数日。
スペースホープの旅行事業部は。
以前とはまるで違う種類の忙しさに包まれていた。
「はい、スペースホープ旅行事業部です」
「ありがとうございます。ご希望の日程ですが――」
「団体でのご利用ですね。人数は何名様でしょうか?」
「現在、大変多くのお問い合わせをいただいておりますので、正式な回答まで少々お時間を――」
電話。
メール。
オンライン予約。
企業からの問い合わせ。
学校。
団体。
個人旅行。
予約窓口を増員しても。
まだ。
追いつかない。
ほんの少し前まで。
フロアで聞こえていたのは。
訓練の声。
シュミレーションの打ち合わせ。
次の一便をどう取るか。
どう信用を戻すか。
そんな話ばかりだった。
今は。
「この日、二便同時です!」
「こっちはハワード財閥旅行会社からの応援乗務員待ちです!」
「仮予約、もう一件入りました!」
「待って、それ以上入れるなら先に編成確認して!」
仕事をどう取るか。
ではなく。
入ってきた仕事を。
どう安全に回すか。
そこへ。
問題が移っていた。
エリンは。
そんなフロアを。
少し離れたところから眺めていた。
嬉しい。
もちろん。
嬉しい。
ただ。
頭の中にあるのは。
目の前の予約だけではなかった。
「……来週か」
小さく呟く。
手元の端末。
そこに。
五人分の名前が並んでいる。
来週。
スペースホープへ入社する。
新規採用の乗務員。
五名。
◇
スペースホープが。
自社で新しい乗務員を採用する。
随分。
久しぶりのことだった。
再建を始めた頃。
新たに人を入れる余裕などなかった。
今いる人間を。
どう育て。
どう配置し。
どう会社を立て直すか。
それだけで。
精一杯だった。
だが。
予約が戻った。
便が増えた。
今度は。
人が足りない。
だから。
新規採用。
会社にとって。
非常に良い兆候だ。
しかし。
エリンにとって。
人を採る。
ということは。
頭数が増える。
だけではない。
「誰が教えるか……」
教育。
そこが。
何より大事だった。
最初に。
何を仕事だと思うか。
誰を見て学ぶか。
何を当たり前にするか。
新人時代の数か月は。
その後の乗務員人生を。
かなり大きく左右する。
少なくとも。
エリン自身は。
そう考えている。
自分が全部見る?
違う。
それでは。
今までと同じ。
ミラ。
ラン。
シルヴィア。
三人なら。
当然。
教えられる。
むしろ。
十分すぎる。
だが。
エリンが考えていたのは。
少し違った。
端末。
二人の名前。
クミコ。
マユ。
「……うん」
一度。
頷く。
「やっぱり、この二人ね」
◇
「ミラ、ラン、シルヴィア」
午前。
三人を。
小会議スペースへ呼んだ。
「少しいい?」
「はい」
ミラ。
「大丈夫です」
ラン。
「どうしました?」
シルヴィア。
三人が。
エリンの前へ座る。
エリンは。
五人の新入社員名簿を。
テーブルへ表示した。
「来週から」
ミラが。
すぐ理解する。
「新人さん達ですね」
「ええ」
「五名でしたよね?」
ラン。
「そう」
シルヴィアも。
名簿へ目を落とす。
「乗務員採用ですか?」
「全員そうよ」
「教育計画の相談ですか?」
「ええ」
エリンは。
三人を見る。
「教育係」
一拍。
「クミコとマユに任せようと思ってる」
三人。
一瞬。
黙った。
否定。
驚き。
というより。
考えている沈黙。
「どう思う?」
エリンが尋ねる。
最初に。
ミラ。
「私は、いいと思います」
即答に近かった。
「本当に?」
「はい」
ミラは。
少し考えながら続ける。
「クミコは」
「うん」
「自分が分からなかった時のことを、まだ覚えてますから」
エリン。
少しだけ目を細める。
「そうね」
「最初から何でも出来た人が教えるより」
ミラは言う。
「どうして出来ないのか、分かることもあると思います」
「それに」
ランが続けた。
「クミコは人に声を掛けるのを怖がらないでしょう?」
「ええ」
「新人が黙っていたら」
少し笑う。
「放っておかないと思います」
エリンも。
少し笑う。
「確かに」
「ただ」
ランが付け加える。
「張り切りすぎる可能性はあります」
「そこなのよね」
エリン。
すぐ同意。
「全部教えようとして、全部自分で見ようとする」
ミラも。
苦笑する。
「ありそうですね」
「だからマユ」
エリンが言う。
シルヴィアが。
そこで。
小さく頷いた。
「いい組み合わせだと思います」
「そう?」
「はい」
シルヴィアは。
静かに説明する。
「マユはクミコほど前へ出るタイプではありません。でも人が困っている時に、かなり早く気づきます」
「ええ」
「それと自分の分からないことを」
少し考える。
「誤魔化さない」
エリンは。
その言葉に。
小さく頷いた。
それは。
新人を教える上で。
かなり大事なこと。
分からないのに。
先輩だから。
答えなければいけない。
それで。
間違ったことを教えるくらいなら。
「ちょっと待って、確認するね」
と言える人間の方が。
ずっといい。
「クミコが前に立つ。マユが横と後ろを見る」
シルヴィアが言う。
「相性はいいと思います」
「ランは?」
エリンが聞く。
「賛成です」
ランも迷わなかった。
「むしろ」
「うん」
「二人のためにもなると思います」
エリンが。
少し笑う。
「私もそう思ったの」
「誰かに教えると」
ランは続ける。
「自分が曖昧に覚えていたことが分かりますから」
「そうね」
自分では。
出来ている。
何となくやっている。
それを。
人へ説明しようとすると。
急に。
言葉にならない。
なぜ。
その立ち位置なのか。
なぜ。
そのタイミングで声を掛けるのか。
なぜ。
その順番で確認するのか。
人へ教える。
ということは。
自分の仕事を。
もう一度。
分解して。
見直すことでもある。
「それに」
ミラが。
少しだけ嬉しそうに言う。
「クミコとマユも」
「もう」
一拍。
「教えてもらうだけの側じゃないと思います」
エリンは。
その言葉を。
しばらく。
聞いていた。
「……そうね」
そして。
静かに。
頷いた。
「じゃあ」
決める。
「二人に頼むわ」
◇
「クミコ」
「はい!」
「マユ」
「はい」
午後になる少し前。
エリンが。
二人へ声を掛けた。
「少し来て」
二人。
同時に。
顔を見る。
「……何でしょう」
クミコが。
少し不安そう。
「私達、何かしました?」
マユも。
静かだが。
同じことを考えている。
「何で最初に怒られると思うのよ」
エリンが呆れる。
「いえ」
クミコ。
「エリンさんに二人だけで呼ばれるとちょっと緊張します」
マユも頷く。
「私もです」
「そんな怖い?」
二人。
少し。
答えない。
「……」
「何、その沈黙」
「いえ!」
「何でもありません!」
「そこ揃うのね」
エリンは。
小さく笑った。
二人を。
打ち合わせテーブルへ。
「来週」
「はい」
「新しい子達が入ってくるのは知ってる?」
「はい」
クミコ。
「五人ですよね」
マユも答える。
「そう」
エリンは。
二人を見る。
「その五人」
「はい」
「教育係」
一拍。
「二人にお願いしようと思ってる」
「……」
「……」
綺麗に。
二人とも。
止まった。
「え?」
クミコ。
少し遅れて。
「私達ですか?」
マユ。
「そうよ」
「……」
クミコは。
本当に自分達を指しているのか確認するように。
一度。
周囲を見る。
「ミラさんとか」
「うん」
「ランさんとか」
「うん」
「シルヴィアさんじゃなくて?」
「三人にも相談したわよ」
クミコ。
目を大きくする。
「何て?」
「賛成」
「……」
マユも。
少し驚いた。
「皆さんが?」
「ええ」
「でも」
クミコが。
困ったように。
「私、まだ教えてもらうこといっぱいあります」
「知ってる」
「副パーサーにもなってないですし」
「それも知ってる」
「じゃあ」
「だからよ」
エリンが。
静かに言った。
クミコが止まる。
「完成してる人に頼んでるんじゃない」
「……」
「二人にも」
「この仕事で成長してほしいから頼んでるの」
マユが。
エリンを見る。
「私達のためでもあるんですか?」
「もちろん」
「新人教育って」
エリンは続ける。
「新人だけが教わる場じゃないわよ。教える側も自分が本当に理解出来てるのか、全部出る」
クミコが。
少し。
表情を引き締める。
「それに」
エリンは。
二人へ言う。
「五人全部を、二人だけで抱える必要はない。分からないこと、判断に困ること、新人への言い方が分からないこと、全部」
一拍。
「私達に聞いて。ミラも、ランも、シルヴィアも、もちろん私もいる」
「……はい」
「教育係だからって、急に何でも知ってる先輩にならなくていい」
マユの。
少し強張っていた肩が。
僅かに下がる。
「一緒に考えてあげられる先輩になればいいの」
その言葉。
二人へ。
静かに落ちた。
「どう?」
一拍。
「やってみる?」
クミコは。
すぐには答えなかった。
マユを見る。
マユも。
クミコを見る。
不安。
ある。
自分達でいいのか。
怖い。
失敗したら。
間違ったことを教えたら。
でも。
同時に。
嬉しかった。
エリン。
ミラ。
ラン。
シルヴィア。
あの人達が。
自分達なら。
新人を任せてもいい。
そう思ってくれた。
やがて。
クミコが。
ゆっくり。
息を吸う。
「……やります」
エリンは。
何も言わず。
マユを見る。
マユも。
少しだけ。
緊張した顔。
でも。
「私も」
一拍。
「やってみたいです」
「そう」
エリンの顔が。
少し。
柔らかくなる。
「じゃあお願いするわ」
「はい!」
「はい」
「ただし」
二人の背筋が。
同時に伸びる。
「最初から張り切りすぎない」
クミコ。
目を逸らす。
「……はい」
「特にクミコ」
「やっぱり私ですか」
「貴方よ」
マユが。
小さく笑う。
「マユも」
「はい」
「クミコを止めることばかり考えない」
「え?」
「貴方は止め役だけじゃない。自分でも前に立つ」
マユの表情が。
少し変わる。
「二人で教育係。クミコが主で、マユが補助、じゃない」
「……はい」
「二人とも」
一拍。
「先輩になるの」
その言葉に。
二人とも。
もう一度。
静かに頷いた。
「はい」
◇
昼。
時計が。
ちょうど十二時を少し過ぎた頃。
「エリンさん」
受付から。
内線。
「はい?」
『お客様がお見えです』
「誰?」
『先日、雑誌の打ち合わせで伺った企業の方です』
「……雑誌?」
一瞬。
考える。
「ああ」
先日の。
宇宙事業とファッション。
そして。
何故か。
自分達が表紙に出ることになった。
あの企画。
「どなた?」
『社長のご子息です』
「……」
エリンの眉が。
僅かに上がる。
「一人?」
『はい』
「分かった」
端末を閉じる。
「行ってくるわ」
幸い。
というべきか。
今。
ホーネットはいない。
外部施設へ確認に出ている。
ユウコ。
ナツキも。
予約側の補助。
クミコとマユは。
先ほどの新人教育資料を確認中。
ミドリ達も。
それぞれ別業務。
フロア全員の前で。
「ファッション雑誌の人が来た!」
となるより。
ずっといい。
「静かに済みそう」
エリンは。
本気でそう思っていた。
◇
受付。
「あ」
先日の青年。
ファッション誌企業の社長の息子。
今日は。
先日のような会議用の資料ケースだけではない。
片手には。
紙袋。
「こんにちは」
「こんにちは」
エリンが頭を下げる。
「わざわざどうしたんですか?」
「先日の表紙企画の件で」
「何か変更が?」
「いえ」
青年は。
少し緊張しながら。
「具体的な撮影内容がまとまってきましたので」
「ああ」
エリン。
納得。
「でしたら会議室取りますね」
「あ」
「はい?」
「その前に」
青年が。
紙袋を差し出す。
「これ」
「……?」
「先日はありがとうございました」
「手土産?」
「はい」
「そんな」
エリンが。
少し困ったように笑う。
「お気遣いいただかなくても」
「いえ」
「こちらからお願いしている企画ですから」
「でも」
「本当に大したものではないので」
大したものではない。
と言いながら。
包装。
明らかに。
それなりの店。
エリンは。
これ以上断る方が。
かえって失礼だと判断。
「では」
一礼。
「ありがとうございます」
青年の顔が。
分かりやすく。
少し明るくなる。
「いえ!」
「……?」
やはり。
元気な人なのだろう。
エリンは。
その程度にしか思わない。
「会議室は――」
「エリンさん」
「はい」
「もしよろしければ」
一度。
言葉を選ぶ。
「昼食、まだですよね?」
「まだですけど」
「昼食を取りながら」
一拍。
「打ち合わせしませんか?」
「……」
エリン。
少しだけ。
目を瞬く。
「昼食?」
「はい」
「打ち合わせを?」
「はい」
「……」
おかしくはない。
取引先との。
ランチミーティング。
よくある。
自分が。
誰かと二人で食事に行く。
という部分を除けば。
何も。
不自然ではない。
「お時間が難しければ」
「いえ」
エリンは。
時計を見る。
「一時間くらいなら」
「本当ですか?」
「ええ」
「ありがとうございます!」
また。
反応が大きい。
エリンが。
少しだけ苦笑する。
「そんなに喜ぶことですか?」
「い、いえ」
「?」
「打ち合わせ出来てよかったという意味です」
「そう」
納得。
「じゃあ」
紙袋を受付へ一度預ける。
「行きましょうか」
「はい!」
◇
そして。
その二人が。
スペースホープの正面入口から。
一緒に出ていく。
まさに。
その瞬間。
「……あれ?」
少し離れたところ。
ちょうど。
昼休憩へ向かおうとしていた。
ユウコ。
ナツキ。
二人が。
足を止めた。
「ユウコ」
「なに?」
「今の」
「……エリンさん?」
「だよね」
エリン。
その隣。
男性。
しかも。
若い。
スーツ。
見るからに。
取引先の人間。
「誰だろう?」
ユウコが。
少し首を傾げる。
「知らない」
ナツキ。
でも。
二人とも。
目は。
まだ。
二人の背中を追っている。
「二人で出かけたね」
「見れば分かる」
「お昼よね」
「お昼だね」
「男の人と」
「……」
ナツキが。
ゆっくり。
ユウコを見る。
「何?」
「別に」
「何よ?」
「私、何も言ってないよ」
「顔が言ってる」
「ユウコも同じ顔」
「私も?」
「うん」
二人。
もう一度。
エリン達が消えた方向を見る。
「……」
「……」
そして。
ほぼ同時に。
「戻る?」
「戻ろうか」
本来。
昼休みへ出るはずだった二人が。
フロアへ。
戻った。
◇
一方。
エリンは。
本当に。
何も考えていなかった。
「撮影は二パターンを想定しています」
「はい」
近くのレストラン。
昼食。
テーブル上。
青年が。
企画資料を開く。
「一つは」
端末。
宇宙船客室を模した背景。
「実際の制服に近い状態」
「これは分かります」
「もう一つは」
ページ。
ファッション誌らしい。
かなり洗練された衣装案。
「各乗務員の個性を残しながら宇宙旅行をイメージした衣装を」
「……」
エリン。
見る。
「これ」
「はい」
「結構派手ですね」
「そうですか?」
「私達、これ着るんですか?」
「候補です」
「……」
少し。
後悔。
皆でならいい。
そう言った。
確かに言った。
ただ。
まさか。
普段の制服以外まで。
こんなに。
本格的に用意されるとは。
「ホーネットが喜びそう……」
「ホーネットさん?」
「うちの乗務員です」
「ああ」
「一人だけ」
苦笑。
「撮影って聞いたらテンションが上がりそうな子がいるので」
青年が笑う。
「楽しい方なんですね」
「楽しいというか」
一瞬考える。
「自由ですね」
「なるほど」
「シルヴィアがいつも大変です」
「シルヴィアさん?」
「ええ」
自然に。
スペースホープの話になる。
ミラ。
ラン。
シルヴィア。
ホーネット。
ユウコ。
ナツキ。
クミコ。
マユ。
サリー。
アズサ。
ミドリ。
ハズキ。
話している。
エリン自身は。
楽しそうだった。
青年は。
企画の話をしながら。
その表情を見る。
そして。
ますます。
惹かれていく。
でも。
エリンは。
何一つ。
気づかない。
◇
一時間後。
「それでは」
スペースホープ入口。
「今日はありがとうございました」
青年が頭を下げる。
「こちらこそ」
エリン。
「衣装案は皆にも見せておきます」
「お願いします」
「ただ」
「はい」
「本人達が嫌がる衣装は無しでお願いしますね」
「もちろんです」
「そこは絶対」
エリンの声。
少しだけ強い。
「分かりました」
「じゃあ」
一礼。
「失礼します」
「エリンさん」
「はい?」
「また」
「……?」
一拍。
「打ち合わせに来てもいいですか?」
「もちろん」
仕事の話だとしか。
思っていない。
「必要ならいつでも」
「ありがとうございます」
青年は。
嬉しそうに。
去っていく。
エリンは。
その背中を。
少しだけ不思議そうに見た。
「……熱心な人ね」
本当に。
それだけ。
◇
自動扉。
開く。
「ただいま――」
エリンが。
旅行事業部のフロアへ入った瞬間。
「エリンさん!!」
「わっ!」
声。
大きい。
誰?
いや。
何?
フロア。
全員。
こちらを見ている。
ホーネットまで。
もう帰ってきていた。
しかも。
ものすごく。
楽しそうな顔。
「な、何?」
「何じゃないよ!」
ホーネット。
「聞いたよ!」
「何を?」
「雑誌!」
「……」
エリン。
止まる。
「あ」
「表紙!」
ミドリ。
「エリンさん、ファッション雑誌の表紙になるんですよね!?」
「違うわよ!」
即答。
「違うんですか!?」
クミコ。
「違う!」
「でも表紙って!」
アズサ。
「だから!」
エリン。
慌てて。
手を上げる。
「私一人じゃない!」
「え?」
「皆で!」
一拍。
「皆で映るって話!」
フロア。
静か。
そして。
「ええええっ!?」
今度は。
別の意味。
「私達も!?」
クミコ。
「皆ってどこまで!?」
ミドリ。
「衣装あるんですか!?」
アズサ。
「メイクもですか!?」
サリー。
「待って!」
エリン。
「順番!」
ホーネットは。
満面の笑み。
「やった!」
「何が?」
「撮影!」
「まだ正式な衣装決まってないわよ」
「絶対着る!」
「先に見てから言いなさい」
「エリンは何着るの?」
「知らない」
「ドレス?」
「違う」
「本当に?」
「何で嬉しそうなのよ」
シルヴィアが。
横から。
こめかみを押さえる。
「ホーネット」
「何?」
「少し静かにして」
「だって雑誌だよ?」
「分かってるから」
ミラとラン。
少し離れた場所で。
もう。
笑っている。
「エリンさん」
ラン。
「どうやら静かには済まなかったですね」
「何で知ってるの?」
「顔を見れば分かります」
「……」
エリン。
深いため息。
「誰から聞いたのよ」
一瞬。
皆。
ある方向を見る。
そこ。
ユウコ。
ナツキ。
二人。
ちょっと。
気まずそう。
「……」
エリンの目が。
細くなる。
「ユウコ」
「はい」
「ナツキ」
「はい」
「何言ったの?」
二人。
顔を見合わせる。
「雑誌のことは」
ユウコ。
「広報の方から聞きました」
「……」
それなら。
まあ。
いい。
「ただ」
ナツキが。
少しだけ。
口元を緩める。
「それ以外も」
「それ以外?」
嫌な予感。
ホーネットが。
待ってました。
という顔。
「エリン」
「何?」
「男の人と」
一拍。
「お昼行ったんだって?」
「……」
エリン。
完全停止。
「は?」
「聞いたよ」
「誰から」
視線。
ユウコ。
ナツキ。
「私達」
ユウコが。
素直に。
「見ました」
「何を?」
「エリンさんが男の人と一緒に会社から出ていくところを」
ナツキが続ける。
「ちょうどお昼でしたので」
「……」
エリン。
一瞬。
何のことか。
本当に分かっていない。
それから。
「ああ!」
手を叩く。
「雑誌の人」
「雑誌の人?」
ホーネット。
やたら楽しそう。
「社長の息子さんよ」
「息子!?」
ミドリ。
反応。
余計に大きい。
「えっ!?」
クミコ。
「社長の息子さんと二人でお昼!?」
「だから」
エリンが。
慌てる。
「打ち合わせ」
「昼食しながら?」
ホーネット。
「そうよ!」
「二人で?」
「そうだけど」
「へぇ~」
「何、その顔」
ホーネット。
にやにや。
クミコ達も。
明らかに。
興味津々。
「ただの打ち合わせよ」
エリン。
少し顔が赤い。
恥ずかしい。
というより。
何故。
こんなことで。
自分が囲まれているのか。
理解出来ない。
「それ以外」
一拍。
「何かあるの?」
真顔。
フロア。
静か。
「……」
「……」
ホーネットが。
ゆっくり。
シルヴィアを見る。
シルヴィアも。
エリンを見る。
ミラ。
ラン。
ユウコ。
ナツキ。
クミコ。
皆。
同じような顔。
「何?」
エリン。
本当に。
分かっていない。
「あるの?」
「いや」
ホーネット。
少し笑いを堪えながら。
「エリンが分かってないなら」
「何を?」
「いいよ」
「何がいいのよ!」
ミラが。
くすっと笑う。
「エリンさん」
「何?」
「向こうの方から」
「仕事以外の話はされませんでした?」
「仕事以外?」
「はい」
「……」
エリン。
考える。
「手土産もらった」
全員。
「……」
「あと」
「はい」
「また打ち合わせに来ていいですかって」
フロア。
さらに。
静か。
ホーネットが。
両手で顔を覆う。
「何?」
「いやぁ」
「何なのよ!」
ユウコが。
少し遠慮がちに。
「エリンさん」
「何?」
「その方」
「はい」
「エリンさんのこと」
一拍。
「かなり気に入ってるんじゃないですか?」
「仕事で?」
「……」
ナツキが。
ユウコの腕を。
軽く叩いた。
「もういいよ」
「何で?」
「本人がこれだから」
「これって何!?」
ホーネットが。
とうとう。
声を上げて笑う。
「もうエリン面白すぎ!」
「何がよ!」
「全部!」
「説明しなさい!」
◇
その時。
クミコ。
急に。
思い出す。
「でも!」
「何?」
エリン。
「それより表紙ですよ!」
「話戻った」
ランが。
静かに呟く。
「エリンさん!」
クミコ。
目が。
完全に輝いている。
「私達も出るんですよね!?」
「候補としてね」
「本当に!?」
「だから」
エリンは。
少しだけ。
観念する。
「先方はワイルドフライト賞を受けたスペースホープと宇宙事業、それにファッションを組み合わせたいって。制服の機能性とか、働いてる姿とか、そういう特集」
「衣装は?」
ミドリ。
「ある」
「やった!」
「まだ着るって決めてない!」
「写真あります?」
「あるけど」
「見たい!」
「私も!」
「私もです!」
一気に。
エリンの周囲へ。
人。
人。
人。
「近い!」
「エリンさん見せてください!」
「分かったから!」
「これ!?」
「派手!」
「可愛い!」
「ホーネットさん絶対好きそう!」
「好き!」
「ほら!」
完全に。
大騒ぎ。
シルヴィア。
少し離れて。
ため息。
でも。
笑っている。
「これでは仕事にならないわね」
ミラが。
「まあ、今日くらいは」
ランも。
「受賞してから、こういう話ばかりね」
「そうね以前なら考えられなかった」
ミラが。
少しだけ。
その言葉に。
静かになる。
以前。
スペースホープに。
こんな話は。
来なかった。
雑誌。
取材。
表紙。
新人採用。
予約殺到。
応援を呼ばなければ。
便が回らない。
その全て。
数か月前には。
想像出来なかった。
◇
「待って待って!」
エリンが。
ようやく。
皆を止める。
「いい?」
「はい!」
返事。
妙に揃う。
「まだ正式に全部決まったわけじゃない」
「はい」
「出たくない人に無理に撮影させることもしない」
「はい」
「衣装も本人が嫌なら断っていい」
「はい」
「業務優先」
「はい」
「それから」
一拍。
「私一人を表紙にする話じゃないから!」
ホーネット。
「分かってるって」
「じゃあ何でさっきから私ばっかり言うの?」
「だって」
一拍。
「最初はエリン一人を表紙にしたかったんでしょ?」
「……」
エリン。
止まる。
「そうだけど」
「ほら」
「それは企画上でしょう?」
「本当にそうかなぁ」
「ホーネット!」
また。
笑い。
「仕事戻りなさい!」
「はーい」
「ユウコとナツキも!」
「はい!」
「はい」
でも。
二人。
戻りながら。
小声。
「本当に気づいてないんですね」
ユウコ。
「たぶん」
ナツキ。
「すごいですね」
「こういうところはね」
「何話してるの?」
遠くから。
エリン。
二人。
「何でもありません!」
◇
そして。
エリンは。
少し乱れたフロアを。
なんとか。
仕事へ戻していく。
「クミコ、マユ」
「はい!」
「はい」
「新人教育の資料は?」
「今から確認します!」
「ならそっち」
「はい!」
「雑誌より新人」
「はい!」
クミコ。
一度。
歩き出す。
でも。
振り返る。
「エリンさん」
「何?」
「新人さん達にも」
「何?」
「エリンさんが雑誌の表紙になるって教えていいですか?」
「駄目!」
「何でですか!?」
「仕事に関係ないでしょう!」
フロア。
また笑う。
マユも。
小さく。
口元を押さえていた。
「クミコ」
「はい」
「新人の前では」
一拍。
「今より落ち着きなさい」
「……はい」
そこだけ。
少し。
先輩の顔に戻る。
エリンも。
それを見て。
少しだけ笑った。
「頼りにしてるからね」
「……はい!」
今度の返事は。
さっきとは。
少し違う。
マユにも。
「マユも」
「はい」
「クミコが暴走したら」
「止めます」
「違う」
「え?」
「二人で考える」
「……」
一瞬。
マユは。
午前の言葉を思い出す。
補助ではない。
二人とも。
先輩になる。
「はい」
静かに。
でも。
はっきり。
「分かりました」
◇
予約が増えた。
新しい仕事が来た。
新人が入る。
雑誌から声が掛かる。
取引先の息子が。
なぜか。
エリンへ手土産を持ってくる。
そして。
本人だけ。
その意味を。
まるで分かっていない。
スペースホープは。
ワイルドフライト賞を境に。
本当に。
目に見える速さで。
変わり始めていた。
けれど。
その中心にいるエリンが。
一番大切にしていたことは。
以前と。
何も変わらない。
「新人五人」
端末を見ながら。
小さく呟く。
「最初の一週間が大事ね」
雑誌より。
表紙より。
予約数より。
エリンの頭は。
もう。
来週やってくる。
まだ顔も知らない。
五人の新人乗務員のことで。
いっぱいになっていた。
その少し離れたところで。
ホーネットが。
シルヴィアへ小声で言う。
「ねぇ」
「何?」
「あれ」
エリンを見る。
「絶対、自分が口説かれてるって気づいてないよね」
「……そうね」
シルヴィアは。
少しだけ。
呆れたように笑う。
「でも」
「何?」
「今は放っておきましょう」
「何で?」
「どうせ」
一拍。
「本人が気づく前に、周りが大騒ぎするから」
ホーネットが。
にやり。
「それもそうだね」
そして。
その予言だけは。
おそらく。
間違っていなかった。
――――
ファッション雑誌の打ち合わせから。
数日。
スペースホープの旅行事業部では。
一つ。
妙な〝恒例行事〟が出来つつあった。
「エリンさん。お客様です」
「誰?」
「先日の雑誌会社の方です」
「……また?」
エリンが。
端末から顔を上げる。
受付の向こう。
立っていたのは。
例の。
ファッション雑誌企業の社長の息子。
「こんにちは」
「こんにちは」
青年は。
いつものように。
少し嬉しそうにエリンを見る。
「今日はどうしたんですか?」
「近くまで来たので」
「近く?」
「はい」
「ついでに」
一拍。
「先日の衣装案について、少しだけ確認させていただこうと思いまして」
「ああ」
エリンは。
何の疑いもなく頷く。
「でしたら、こちらで」
そして。
青年の手。
紙袋。
「……また?」
「はい」
「これは?」
「近くに美味しい焼き菓子のお店がありまして」
「そんな」
エリン。
苦笑。
「毎回持ってこなくていいですよ」
「本当に大したものではありませんので」
「この前も同じこと言ってましたよね?」
「そうでしたか?」
「言いました」
エリンは困りながらも。
結局。
受け取る。
「ありがとうございます」
「いえ」
青年の表情が。
ぱっと。
明るくなる。
◇
別の日。
「エリンさん」
「はい?」
「お客様です」
「……」
エリン。
受付を見る。
例の青年。
今日は。
花束。
「……何で?」
「先日の撮影衣装の色味を」
「花は?」
「打ち合わせ先に飾られていたものが綺麗だったので」
「買ってきたんですか?」
「はい」
「私に?」
「はい」
「……」
エリン。
本気で困る。
「会社に飾ってもいい?」
「もちろんです」
「ありがとう」
「エリンさんに似合うと思って選びました」
「?」
一拍。
「この色?」
「はい」
エリンは花を見る。
「そう?」
「はい」
「じゃあ、応接スペースに飾りましょうか」
「……はい」
青年。
少しだけ。
複雑。
エリン本人へ渡した。
なのに。
会社の応接スペースへ飾られる。
しかし。
エリンは。
その意味に。
全く気づいていない。
◇
さらに。
別の日。
「エリンさん」
「今日は何?」
「確認事項が一つ」
「メールじゃ駄目だったの?」
「直接お話した方が早いかと思いまして」
「そう?」
「はい」
紙箱。
「……それは?」
「チョコレートです」
「また?」
「差し入れです」
「本当に毎回いらないですよ」
「皆さんで召し上がってください」
「ああ」
エリン。
そこで。
納得。
「皆でなら、ありがとう」
青年。
「……」
「?」
「いえ」
◇
旅行事業部のフロアでは。
もう。
完全に。
認識されていた。
「今日で何回目?」
ホーネット。
「今週三回目ですね」
ユウコ。
「先週から数えると?」
ナツキ。
「六回くらい?」
ミドリ。
「もっとじゃない?」
アズサ。
「花まで持ってきたよね」
サリー。
「持ってきました」
マユ。
クミコが。
遠く。
エリンと青年が話しているところを見る。
「積極的ですよね……」
皆。
「うん」
ほぼ同時。
シルヴィアが。
端末から顔を上げる。
「皆、仕事は?」
「してます!」
クミコ。
「今はちょっと」
ホーネット。
「観察」
「仕事ではないわね」
「職場環境の把握」
「もっと違う」
シルヴィア。
冷静。
だが。
本人も。
状況は分かっている。
ミラとラン。
少し離れたところ。
「エリンさん」
ランが。
小声。
「本当に気づいてないんですね」
「たぶん」
ミラも。
苦笑する。
「全部〝仕事に熱心な人〟で処理してる」
「すごいですね」
「エリンさんだからね」
◇
「では、またご連絡します」
「はい」
その日も。
青年が。
頭を下げる。
「わざわざありがとうございました」
「いえ」
「今度から本当に手土産はいらないですからね」
「分かりました」
「本当に?」
「努力します」
「努力することじゃないでしょう?」
エリンが笑う。
青年も。
笑う。
「では」
「気をつけて」
青年が。
フロアを出ていった。
自動扉。
閉じる。
「……」
そして。
その扉が。
ほとんど。
入れ違いで。
もう一度開いた。
「エリンさーん!」
明るい。
元気な声。
エリンの顔が。
今度は。
はっきり。
嬉しそうに変わった。
「ククル!」
赤い髪。
ポニーテール。
ハワード財閥旅行会社の制服。
大きなバッグ。
そして。
相変わらず。
フロアに入った瞬間から。
存在感がある。
「いらっしゃい」
エリンが。
自然に歩み寄る。
「久しぶり」
「はい!」
今回。
ハワード財閥旅行会社から。
スペースホープへ応援に入る乗務員達。
その代表。
事前調整を行う担当者として。
ククルが来ることになっていた。
「道、大丈夫だった?」
「大丈夫です!」
「荷物多くない?」
「資料と制服と、あとちょっとだけお土産です!」
「またお土産?」
エリンが笑う。
ククルは。
そんなエリンの前へ。
まっすぐ。
近づく。
そして。
「エリンさん!」
「何?」
「ワイルドフライト賞!」
両手。
広げる。
「おめでとうございますっ!!」
「わっ!」
ぎゅっ。
エリンへ。
勢いよく。
抱きついた。
「ク、ククル?」
「すごいです!」
「ちょっと」
「本当におめでとうございます!」
「ありがとう」
エリンは。
驚きながらも。
すぐに笑う。
「でも」
「はい!」
「皆で取った賞よ」
「それ、エリンさん絶対言うと思ってました!」
「だって本当でしょう?」
「はい!」
ククルが。
一度。
離れる。
そして。
真顔。
「エリンさん」
「何?」
「一応」
一拍。
「カイエとエマの分も頼まれてるので」
「……何を?」
「あと二回」
両腕を開く。
「抱きしめてもいいですか?」
「……」
エリン。
一瞬。
止まる。
そして。
吹き出した。
「何それ」
「カイエが〝私の分もお願い〟って」
「カイエが?」
「はい!」
「本当に?」
「……半分くらい私が言わせました」
「でしょうね」
エリン。
笑う。
「エマは?」
「〝私の分も〟って普通に言ってました」
「エマ……」
懐かしそうに。
少し柔らかい顔。
「二人とも元気?」
「元気です!」
「そう」
「なので!」
ククル。
もう一度。
腕を広げる。
「二回!」
エリンが。
少し考える。
そして。
「私だけじゃなくて」
「はい?」
「皆にもしてあげて」
フロア。
「……」
嫌な予感。
エリンは。
後ろを振り返る。
「スペースホープの皆で取った賞だから」
「……」
「おめでとうって」
笑顔。
「皆にも言ってあげて」
ククルの顔。
一気に。
輝く。
「はいっ!」
フロア。
「え?」
クミコ。
「待って」
ナツキ。
「まさか」
ユウコ。
ホーネットだけ。
「面白そう!」
「ホーネット!?」
ククル。
もう。
止まらない。
「クミコ!」
「えっ!?」
「ワイルドフライト賞!」
ぎゅっ。
「おめでとう!」
「わっ!」
クミコ。
顔。
真っ赤。
「ありがとうございます!」
「マユ!」
「私もですか?」
「もちろん!」
ぎゅっ。
「おめでとう!」
「ありがとうございます……!」
「ユウコ!」
「ちょっと待ってください!」
「おめでとう!」
ぎゅっ。
「ナツキ!」
「来ますよね……」
「おめでとう!」
「ありがとうございます!」
「サリー!」
「はい!」
「おめでとう!」
「ありがとうございます!」
「アズサ!」
「わぁ!」
「おめでとう!」
「ミドリ!」
「お願いします!」
「お願いするの!?」
エリン。
笑う。
「おめでとう!」
「やったー!」
「ハズキ!」
「はい」
「おめでとう!」
「ありがとうございます」
そして。
「ホーネット!」
「私も!?」
「もちろん!」
「よし来い!」
「おめでとう!」
ぎゅっ。
「ククル、元気だねぇ!」
「ホーネットも!」
「褒められた?」
「たぶん!」
シルヴィア。
その光景を見ながら。
若干。
身構えている。
「シルヴィアさん!」
「……来ると思った」
「おめでとうございます!」
「ありがとう、ククル」
抱きしめられる。
そして。
「ミラ!」
「はい?」
「おめでとう!」
「ありがとうございます、ククルさん」
ぎゅっ。
「ラン!」
「はい」
「おめでとう!」
「ありがとうございます」
二人にも。
順番。
最後。
ククルは。
フロア中央。
「皆!」
大きな声。
「本当に!」
一拍。
「ワイルドフライト賞、おめでとう!」
「ありがとう!」
フロア。
拍手。
エリンは。
その中心で。
嬉しそうに笑っていた。
◇
「そうだ!」
一段落。
ククルが。
バッグを開く。
「エリンさん」
「何?」
「これ」
小箱。
「社長からです」
「社長?」
「はい」
「〝皆で使ってくれ〟って」
「……?」
エリンが受け取る。
「あと」
ククルが。
少し声を落とす。
「〝よく頑張った〟って言ってました」
「……」
その一言。
エリンの表情が。
ほんの少し。
止まった。
昨日。
いや。
少し前。
ペルシアがクルーズ達へ言った。
――心配する前に。
――エリンがしたことを褒めてあげなさい。
もちろん。
エリンは。
そんな話を知らない。
「……そう」
小さく。
でも。
嬉しそうに。
「ありがとう」
箱を開ける。
「……え?」
券。
何枚も。
ハワード財閥グループ。
系列レストラン。
ホテル。
飲食施設。
共通食事券。
「これ」
エリン。
金額を見る。
「……二十万?」
「はい!」
「二十万円分!?」
「皆で使ってくださいって」
「こんなに?」
「頑張ったからじゃないですか?」
「いや」
エリン。
少し困る。
「さすがに多くない?」
「エリンさん」
「何?」
「クルーズ総帥基準です」
「……」
「たぶん普通です」
「普通じゃないと思う」
ククルが笑う。
「じゃあ」
「皆で打ち上げに使おうよ!」
ホーネット。
遠くから。
「賛成!」
「まだ話に入らないで!」
エリン。
即座。
笑い。
「とにかく」
エリンは。
箱を大事に閉じる。
「ありがとうって」
一拍。
「社長に伝えておくわ」
「はい!」
「ちゃんと」
「はい!」
「私だけじゃなくて」
また。
ククルが。
エリンの先を読む。
「〝皆が喜んでました〟ですね?」
「そう」
「分かりました!」
◇
その時。
ククルが。
ふと。
エリンの机を見る。
「……あ」
花。
以前。
青年が持ってきた。
淡い色の花束。
応接スペースへ飾ろうとしていたが。
広報担当から。
「せっかくエリンさん宛なんですから」
と言われ。
結局。
何本か。
エリンの机にも飾られていた。
「綺麗ですね」
ククルが。
自然に近づく。
「これ」
「ん?」
「どうしたんですか?」
「花?」
「はい」
「もらったの」
エリン。
何でもない顔。
「……誰にです?」
ククル。
声。
ほんの少し。
変わる。
「雑誌会社の人」
「雑誌会社?」
「ファッション雑誌の」
「ああ!」
「社長の息子さん」
「……」
ククル。
止まる。
ゆっくり。
エリンを見る。
花を見る。
エリン。
何の違和感もない顔。
「それだけじゃないですよ」
答えたのは。
ミラ。
「ミラ?」
エリン。
「何?」
「ククル」
ミラが。
少し楽しそうに。
「聞きたいですか?」
「うん」
ククル。
即答。
「ミラ」
エリン。
嫌な予感。
ミラは。
もう。
話し始める。
「最初は」
「うん」
「取引先の打ち合わせで」
「うん」
「先方の社長の息子さんが、エリンさんを見て」
「うん」
「雑誌の表紙をお願いしたんです」
「……」
ククル。
目。
少し大きくなる。
「それで最近、近くへ来たから、軽い確認があるから、企画書を届けに来たから」
ランも。
自然に加わる。
「色々理由をつけて、何度も来られてるんです」
「何度も?」
ククル。
エリンを見る。
「何度もってほどじゃないでしょう?」
フロア。
何人か。
「何度もです」
揃う。
「……」
エリン。
少し不満。
「しかも」
ミラ。
「来るたびにお菓子」
ユウコ。
「チョコ」
ナツキ。
「焼き菓子」
クミコ。
「花」
サリー。
「手土産」
マユ。
「そして」
ホーネットが。
一番楽しそうに。
「エリンと二人でランチ!」
「それは打ち合わせでしょう!」
エリン。
すぐ反論。
ククル。
「……」
完全に。
理解した。
「エリンさん」
「何?」
「それ」
一拍。
「口説かれてますよ」
「……は?」
フロア。
静か。
エリン。
本当に。
意味が分からない。
「誰が?」
ククル。
目を丸くする。
「エリンさんがです!」
「誰に?」
「その人にです!」
「何で?」
「何で!?」
ククル。
逆に。
聞き返す。
「だって!」
一つ。
「何度も会いに来る!」
二つ。
「毎回お菓子!」
三つ。
「花!」
四つ。
「二人でお昼!」
五つ。
「エリンさんだけ最初に表紙へ誘う!」
両手。
広げる。
「どう考えてもそうですよ!」
「いや」
エリン。
本気で考える。
「熱心な人なんじゃない?」
フロア。
全員。
深い。
沈黙。
ホーネット。
机へ。
頭。
「エリン……」
シルヴィア。
額。
押さえる。
ミラ。
苦笑。
ラン。
少し遠い目。
「何よ」
エリン。
「皆して」
ククルは。
エリンへ。
一歩。
近づく。
「エリンさん!」
「はい」
「ちゃんと言った方がいいですよ!」
「何を?」
「だって!」
一拍。
「エリンさんにはリュウジさんっていう人がいるんですから!」
「…………」
エリン。
完全に。
停止。
「……どうして」
ゆっくり。
「そこにリュウジが出てくるの?」
「えっ!?」
「何を言うの?」
「ええっ!?」
今度は。
ククルが。
本気で。
驚く。
「エリンさん!」
「何?」
「本気ですか!?」
「だから何が?」
「リュウジさんですよ!?」
「分かってるわよ」
「リュウジさん!」
「二回言わなくても分かる!」
「じゃあ!」
ククル。
真正面。
「エリンさんとリュウジさんって!」
一拍。
息。
吸う。
「特別な存在じゃないですか!」
フロア。
静止。
完全に。
仕事の手も。
何人か。
止まった。
「……ククル」
エリン。
少し。
頬に。
熱。
「声大きい」
「だって!」
「だってじゃない」
「本当のことです!」
「……」
「私!」
ククル。
元気。
真っ直ぐ。
「ずっと見てきました!」
エリンが。
少し。
目を瞬く。
「ドルトムントの十四班でも!」
「……」
「ハワード財閥旅行会社へ来てからも!」
「……」
「リュウジさん」
ククルは。
指を折る。
「エリンさんが言ったこと、ちゃんと聞くじゃないですか!」
「それは仕事で――」
「ペルシアさんの言うことは半分しか聞かないのに!」
「それはペルシアが無茶言うからでしょ」
「でも!」
「何?」
「エリンさんが無茶すると!」
一拍。
「リュウジさん、止めるじゃないですか!」
「……」
「エリンさんも!」
もう一本。
「リュウジさんが無茶したら!」
「止めるわよ」
「ほら!」
「それは普通でしょう?」
「普通じゃないです!」
「何でよ」
ククル。
ますます。
真っ直ぐ。
「リュウジさん」
「はい」
「エリンさんが何を考えてるか」
「……」
「言われる前に分かってる時あるじゃないですか!」
エリン。
少し黙る。
「エリンさんだって」
「……」
「リュウジさんが何も言わない時」
「……」
「いつも」
一拍。
「〝どうしたの?〟って聞くでしょう?」
「それは」
「皆にやってる?」
ククル。
真正面。
「やってるわよ」
「同じですか?」
「……」
「リュウジさんと」
一拍。
「全く同じですか?」
答え。
少し。
遅れた。
「……それは」
ククル。
「ほらぁ!」
「何よ!」
エリン。
顔。
少し赤い。
「それに!」
ククル。
止まらない。
「昔、クリスマスの時!」
「何?」
「ユイちゃんのケーキ!」
「……?」
「リュウジさんが取ろうとしたら!」
「私が止めたわね」
「もう夫婦みたいでした!」
「それ前にも言ったわよね!?」
「今でも思ってます!」
「ククル!」
フロア。
笑い。
◇
「でも」
ククルは。
そこで。
少しだけ。
声を落とした。
元気さは。
そのまま。
でも。
からかいだけではない。
「本当に」
「……」
「私」
一拍。
「そう思ってます」
エリンも。
少し。
表情を変える。
「エリンさんと」
「うん」
「リュウジさんは」
ククルは。
言葉を選ぶ。
「何ていうか、恋人とか、付き合ってるとか、そういうのは」
一瞬。
「私には分かりません」
そこは。
勝手に。
決めない。
「でも」
ククルは。
エリンを見る。
「お互いに」
一拍。
「特別ですよ」
「……」
「だって、何年経っても、場所が変わっても、仕事が変わっても、何かあったら、結局」
一拍。
「お互いのところに戻るじゃないですか」
フロアの空気が。
少しだけ。
変わる。
「リュウジさんが危ないところへ行く時、エリンさん、放っておけないでしょう?」
「……」
「エリンさんが、もう一度、乗務員として飛ぶって決めた時も」
一拍。
「リュウジさんを一人で行かせられないからでしたよね」
エリンの目が。
少し。
揺れる。
ククルは。
その時のことを。
詳しく全部知っているわけではない。
でも。
後から。
十四班で。
何度も。
聞いた。
見た。
感じた。
「リュウジさんもエリンさんが困ってたら、絶対」
一拍。
「見て見ぬふりしないですよ」
「……」
「だから」
ククルは。
笑った。
真っ直ぐ。
明るく。
「特別です」
エリンは。
何も言えなかった。
否定しようと思えば。
出来る。
恋人ではない。
交際しているわけでもない。
約束をしたわけでもない。
それでも。
――特別ではない。
そう言おうとすると。
言葉が。
出ない。
リュウジ。
自分にとって。
ただの同僚?
違う。
ただの友人?
それだけでもない。
昔。
命を預けた。
今。
また。
一緒に働いている。
自分が。
乗務員へ戻る理由の。
一つになった。
何度も。
心配して。
怒って。
支えて。
支えられた。
「……」
エリンは。
少し。
視線を逸らす。
「ククル」
「はい!」
「仕事の打ち合わせしに来たんじゃなかった?」
「そうです!」
「じゃあ仕事しましょう」
「逃げましたね!」
「逃げてない!」
即答。
「じゃあ」
「何?」
「リュウジさんが特別じゃないって言えます?」
「……」
一秒。
二秒。
「……ククル」
「はい?」
「今日」
一拍。
「応援の人数、一人減らす?」
「職権乱用です!」
フロア。
大笑い。
◇
「よし!」
ククルが。
急に。
端末を取り出す。
エリン。
嫌な予感。
「何するの?」
「リュウジさんに電話しましょう!」
「何で!?」
「確認します!」
「何を!?」
「リュウジさんに!」
一拍。
「エリンさんが特別か!」
「しなくていい!!」
エリン。
即座に。
ククルの端末を押さえる。
「エリンさん!」
「駄目!」
「一回だけ!」
「何の一回よ!」
「すぐ終わります!」
「終わるわけないでしょう!」
ホーネット。
「やろう!」
「ホーネット!」
「面白そう!」
「面白さで人に電話しない!」
ユウコ。
口元。
押さえている。
ナツキ。
横。
肩。
震えている。
クミコ。
「私もちょっと聞いてみたい……」
「クミコ!?」
「すみません!」
ミドリ。
「テレビ電話にしましょう!」
「悪化させない!」
アズサ。
「エリンさん、顔赤いです」
「赤くない!」
サリー。
「少し赤いです」
「サリーまで!」
◇
「ククル」
「はい!」
「端末しまいなさい」
「でも」
「しまう」
「はい……」
しゅん。
ククル。
端末。
しまう。
エリン。
息。
「まったく……」
でも。
ククル。
まだ。
諦めていない。
「じゃあ」
「何?」
「エリンさんから電話してください」
「何でよ!」
「普通に!」
「何を話すの?」
「〝今日ククルが来たわよ〟とか」
「それだけ?」
「はい」
「それならメールでいいでしょう?」
「駄目です!」
「何で!?」
「声!」
「声?」
「リュウジさんの声聞いた時」
一拍。
「エリンさんの顔がどうなるか見たいので!」
「ククル!」
エリン。
とうとう。
ククルの頬を。
両側から。
軽くつまむ。
「いひゃいれふ!」
「調子乗りすぎ!」
「ふみまへん!」
「本当に?」
「はい!」
離す。
ククル。
頬。
さする。
「エリンさん、昔より容赦ないです」
「誰のせいよ」
「でも元気そうでよかったです」
「……」
エリン。
少し。
止まる。
ククル。
笑う。
「最近」
一拍。
「忙しいって聞いてたので」
「そうね」
「スペースホープ予約いっぱいなんですよね」
「ええ」
「新人さんも入る」
「そう」
「雑誌もある」
「……それは今忘れて」
「それに」
少し笑う。
「リュウジさん達の調査も気にしてる」
「……」
「エリンさん」
一拍。
「また何でも一人で考えすぎてないかなって」
さっきまでの。
恋愛話。
だけではない。
ククルは。
本当に。
エリンを。
見に来たのだ。
「だから」
「うん」
「会えてよかったです」
エリンの顔。
柔らかくなる。
「ありがとう」
「はい」
「カイエとエマにも」
「うん」
「元気だったって伝えて」
「分かりました!」
◇
「でも」
ククル。
また。
花を見る。
「何?」
「やっぱり」
一拍。
「その人には言った方がいいと思います」
「だから何を?」
「リュウジさんのこと」
「何て?」
「……」
ククル。
少し考える。
そして。
いつもの。
真正面。
「私には」
一拍。
「大切な人がいます」
「……」
「って」
「…………」
エリン。
完全に。
固まった。
フロア。
また。
静か。
「ククル」
「はい!」
「私とリュウジ」
一拍。
「そういう関係じゃないから」
「じゃあ」
即答。
「大切じゃないんですか?」
「それとこれとは――」
エリン。
止まる。
ククル。
待つ。
ホーネット。
待つ。
ミラ。
ラン。
シルヴィア。
ユウコ。
ナツキ。
クミコ。
マユ。
皆。
妙に。
静か。
「……大切よ」
小さい。
でも。
はっきり。
エリンが言った。
ククルの顔。
一気に。
明るくなる。
「ほら!」
「何が〝ほら〟よ!」
「大切なんじゃないですか!」
「大切だからって!」
「特別!」
「ククル!」
「リュウジさんに電話!」
「戻らない!」
また。
フロア。
笑い声。
◇
しばらくして。
ようやく。
本来の打ち合わせ。
「今回」
エリンが。
大型端末へ。
編成表。
「スペースホープ単独では」
「はい」
「二班までしか安全に組めない」
ククル。
今度は。
完全に。
乗務員の顔。
「はい」
「三便目」
「ハワード財閥旅行会社側からチーフパーサークラス一名、副パーサークラス二名、一般乗務員数名。これだけ出せれば、かなり安定します」
エリンが。
少し。
目を丸くする。
「そこまで?」
「はい」
「大丈夫なの?」
「向こうの便」
「調整済みです」
「本当に?」
「はい」
「……やっぱり今回、協力的すぎない?」
ククル。
一瞬。
目を逸らす。
昨夜。
ではない。
少し前。
クルーズ達が。
ペルシアへ。
エリンの今後について相談した。
その話。
ククル自身。
詳細までは聞いていない。
ただ。
「スペースホープをここまでにしたエリンへ、出来る限り協力しろ」
という。
会社上層部の空気が。
以前より。
明らかに強くなっているのは分かる。
「いいことじゃないですか?」
ククル。
笑顔。
「それ」
エリン。
「何か知ってる?」
「知りません!」
「目逸らした」
「逸らしてません!」
「ククル」
「はい!」
「目見て」
「……」
「ほら」
「私は何も知りません!」
「怪しい」
「本当です!」
◇
打ち合わせ。
終了。
「じゃあ」
ククルが。
立ち上がる。
「応援編成、向こうで最終確認してきます!」
「お願い」
「はい!」
「皆にもよろしく」
「分かりました」
「カイエ」
「はい」
「エマ」
「伝えます」
ククル。
荷物。
持つ。
そして。
もう一度。
エリンの机。
花。
見る。
「……エリンさん」
「何?」
「本当に」
「何?」
「気をつけてくださいね」
「何に?」
「……」
ククル。
頭。
抱えそうになる。
「もういいです」
「何なのよ」
扉へ。
歩く。
でも。
途中。
振り返る。
「エリンさん!」
「何?」
「リュウジさん!」
「だから何!」
「大事にしてくださいね!」
「……」
エリン。
また。
頬。
僅かに。
赤くなる。
「余計なお世話!」
「はーい!」
元気よく。
ククル。
去る。
自動扉。
閉まる。
◇
静寂。
「……」
エリンが。
ゆっくり。
振り返る。
フロア。
全員。
仕事。
している。
ように見える。
「……皆」
誰も。
顔を上げない。
「聞いてたでしょう」
ホーネット。
「何を?」
「今まで全部!」
「私は仕事してたよ?」
「嘘」
ユウコ。
端末。
見る。
「私は予約処理を」
「画面止まってる」
「……」
ナツキ。
「私は――」
「笑ってる」
「……」
クミコ。
マユ。
目。
合わせない。
「もう!」
エリンは。
自席へ戻る。
椅子へ座る。
そして。
机の花。
目に入る。
「……」
青年。
何度も来る。
手土産。
花。
昼食。
表紙。
ククルの言葉。
――口説かれてますよ。
「……まさかね」
小さく。
呟く。
そして。
もう一つ。
――エリンさんとリュウジさんって、特別な存在じゃないですか!
「……」
リュウジ。
その名前。
思い浮かべるだけで。
さっきより。
少し。
胸の奥。
落ち着かない。
「……何で」
額。
押さえる。
「リュウジが出てくるのよ……」
皆。
何も言わない。
だが。
ククルが。
ほんの少し前。
真正面から言い切った。
――特別です。
その意味を。
エリン本人より。
周りの方が。
ずっと。
よく分かっているようだった。