午後。
スペースホープ旅行事業部の一角にある来客用打ち合わせ室。
テーブルの上には、来週予定されているファッション雑誌撮影の資料が広げられていた。
衣装案。
撮影順。
集合写真の構図。
個人カット。
スペースホープの制服を使った誌面。
宇宙船の客室を模したセット。
さらには、ワイルドフライト賞受賞企業として簡単なインタビューまで。
先日の企画段階から比べれば。
かなり具体的になっている。
「では」
エリンは。
最後のページを確認し。
資料を閉じた。
「こちらとしては、この内容で問題ありません」
「ありがとうございます」
向かい。
例のファッション雑誌企業の社長の息子。
最近。
何かにつけて。
スペースホープへ足を運ぶようになった青年だった。
「衣装については」
エリンが続ける。
「本人達へ最終確認をお願いします」
「もちろんです」
「特に」
一枚。
衣装案。
「ホーネットは喜んで着ると思いますけど」
「はい」
「ハズキやマユは、派手すぎるものだと嫌がるかもしれません」
「その場合は変更出来るようにします」
「お願いします」
「メイクについても、本人の希望を優先します」
「それなら安心です」
エリン。
小さく笑う。
「あと」
「はい」
「仕事中を再現する写真について」
エリンの表情が。
少しだけ真面目になる。
「安全確認の手順は崩さないでください」
「分かりました」
「写真として見栄えがいいからと」
「はい」
「実際にはあり得ない立ち位置や動作をしてしまうと」
一拍。
「これから乗務員を目指す子が見た時、誤解しますから」
青年は。
素直に頷いた。
「そこは、エリンさんに監修していただきたいと思っています」
「私が?」
「はい」
「雑誌の撮影監修なんて初めてですよ」
「だからこそです」
「……?」
「実際に現場へ立っている方に見ていただく方が」
「……ああ」
エリン。
納得。
「それなら分かりました」
青年は。
そんなエリンを。
少しだけ。
長く見ていた。
◇
企画の打ち合わせ。
約一時間。
最終確認まで終了した。
エリンは。
腕時計を見る。
「これで全部ですね」
「はい」
「ありがとうございました」
席を立つ。
「それでは」
一礼。
「来週の撮影、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
青年も立ち上がる。
「よろしくお願いします」
本来なら。
ここで。
終了。
資料を片付け。
先方を見送る。
それだけだった。
だが。
「エリンさん」
「はい?」
青年は。
帰ろうとしなかった。
「少しだけ」
「何でしょう?」
「今回の撮影」
「はい」
「エリンさんご自身は」
一拍。
「楽しみですか?」
「私?」
「はい」
エリンは。
少し考える。
「そうですね……」
正直。
自分が撮られる。
という部分だけなら。
あまり。
楽しみではない。
「皆が楽しそうなので」
一拍。
「それを見るのは楽しみです」
「エリンさん自身は?」
「私は」
苦笑。
「カメラに慣れてないので」
「そうなんですか?」
「乗務員として取材を受けるのとは違うでしょう?」
「確かに」
「しかも」
一度。
衣装案を見る。
「こういう服まで着ることになるとは思ってませんでした」
そこには。
普段の制服とは。
全く違う。
淡い色を基調とした。
少し華やかな衣装。
露出こそ多くない。
だが。
エリン自身なら。
まず選ばないタイプ。
「似合うと思います」
青年が。
すぐに言った。
「……」
エリン。
少し笑う。
「ありがとうございます」
「本当に」
「はい」
「たぶん」
一拍。
「撮影現場でも、一番目立つと思います」
「それは困ります」
「どうしてですか?」
「皆で撮るんですから」
「でも」
青年は。
少し踏み込む。
「エリンさんは」
一拍。
「特別ですから」
エリンの表情が。
ほんの少し。
止まった。
特別。
その言葉。
数日前。
ククルが。
真正面から。
言った。
――エリンさんとリュウジさんは、特別な存在じゃないですか!
「……」
「エリンさん?」
「あ」
我に返る。
「ごめんなさい」
「いえ」
「ちょっと」
一拍。
「最近、その言葉を聞いたので」
「特別、ですか?」
「ええ」
「どなたに?」
「……」
エリン。
言おうとして。
止める。
「知り合いに」
「そうなんですね」
青年は。
少しだけ。
興味を持つ。
「どんな意味で?」
「……」
エリン。
そこで。
ようやく。
違和感を覚えた。
撮影の話。
終わった。
企画の話。
終わった。
なのに。
会話が。
自分自身の話へ。
少しずつ。
広がっている。
青年が。
何度も来る。
お菓子。
花。
昼食。
ククル。
――口説かれてますよ。
ホーネット達。
皆。
同じような顔をしていた。
「……」
エリンは。
青年を見る。
青年。
少し緊張している。
でも。
明らかに。
自分との会話を終わらせたくなさそう。
そこで。
エリンは。
初めて。
心の中で。
思った。
――これが。
――口説いてるっていうのかしら。
「……ふふ」
思わず。
小さく。
苦笑。
「どうしました?」
「いえ」
「何か?」
「何でもないです」
エリンは。
少しだけ。
困ったような笑み。
本当に。
自分に。
そういう意図があるのか。
まだ。
確信はない。
ただ。
以前のように。
〝熱心な人〟
だけでは。
処理出来なくなってきた。
◇
その時。
コンコン。
扉。
「どうぞ」
エリンが答える。
「失礼します」
入ってきたのは。
ミラ。
トレイ。
紅茶。
コーヒー。
「追加のお飲み物をお持ちしました」
「ありがとう、ミラ」
「いえ」
ミラは。
テーブルへ。
一つずつ。
飲み物を置く。
そして。
衣装案。
目に入る。
「あ」
「何?」
エリン。
ミラは。
資料を少し覗く。
「これ」
「うん」
写真。
エリン用の衣装。
先ほど見ていた。
少し華やかな服。
ミラの顔が。
少しだけ。
楽しそうになる。
「エリンチーフ」
「……」
エリン。
一瞬。
意味を理解出来ない。
「こんな可愛いお洋服、着るんですね」
「……」
一拍。
「エリンチーフ?」
エリン。
ゆっくり。
ミラを見る。
普段。
ミラは。
絶対に。
そう呼ばない。
スペースホープでは。
「エリンさん」
それが。
いつもの呼び方。
チーフパーサーとして。
敬意はある。
でも。
わざわざ。
「エリンチーフ」
なんて。
呼ばない。
「どうしたの、急に」
「何がですか?」
ミラ。
とても。
自然な顔。
「その呼び方」
「エリンチーフですか?」
「そう」
「チーフパーサーですから」
「それはそうだけど」
「何かおかしいですか?」
「……」
おかしい。
ものすごく。
おかしい。
エリンの目。
少し細くなる。
「ミラ」
「はい?」
「何か企んでる?」
「まさか」
笑顔。
絶対。
何かある。
そして。
ミラは。
エリン用衣装。
もう一度見る。
「でも」
一拍。
「本当に似合いそうですね」
「そう?」
「はい」
紅茶を。
エリンの前へ。
置く。
「彼が喜びますね」
一拍。
「エリンチーフ」
「……っ!?」
エリン。
ちょうど。
紅茶。
一口。
飲んだ瞬間。
「ごほっ!」
「エリンさん!?」
青年。
驚く。
「ごほっ、ごほっ……!」
変なところへ。
入った。
「だ、大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫……!」
エリン。
片手。
口元。
もう片手。
胸。
「ミ、ミラ……!」
「はい?」
ミラ。
完全に。
分かっている顔。
「貴方……!」
「どうしました?」
「どうしましたじゃない……!」
咳。
もう一度。
「ごほっ」
ミラが。
何食わぬ顔で。
水を差し出す。
「お水どうぞ」
「誰のせいよ!」
「紅茶では?」
「違う!」
◇
青年は。
当然。
聞き逃していなかった。
「……彼?」
エリンの咳が。
止まりかける。
「……」
青年。
ミラを見る。
「彼、とは?」
ミラは。
エリンを見る。
一瞬。
視線。
合う。
エリン。
その目。
――余計なこと言わないで。
完全に。
そう言っている。
ミラ。
にこっ。
「S級パイロットの」
一拍。
「リュウジ氏ですよ」
「ミラ!」
エリン。
即座。
声。
少し大きい。
「リュウジ氏……」
青年が。
名前を繰り返す。
知らないわけではない。
S級パイロット。
リュウジ。
宇宙航空業界。
旅行業界。
航宙関係者なら。
名前くらいは聞いたことがある。
「S級パイロットのリュウジさん?」
「はい」
ミラ。
きちんと。
取引先へ答える。
「現在は未探索領域の調査にも関わっていらっしゃいます」
「そうなんですね」
青年。
そして。
エリンへ。
視線。
「エリンさんとは……?」
「……」
エリン。
困る。
「ミラ」
「はい?」
「仕事戻らなくていいの?」
「戻ります」
まだ。
戻らない。
「じゃあその前に」
ミラ。
青年へ。
「エリンさんとリュウジさんは」
「ミラ!」
「長いお付き合いなんです」
「言い方!」
エリン。
さらに。
困る。
青年。
ますます。
表情が。
少し固くなる。
「お付き合い……」
「違います!」
エリン。
そこだけ。
即答。
「そういう意味じゃないです」
「あ」
青年。
「そうなんですね」
「ええ」
エリン。
少しだけ。
安堵。
しかし。
青年は。
次。
「では」
一拍。
「どんなご関係なんですか?」
「……」
エリン。
止まる。
◇
普通なら。
簡単。
同僚。
友人。
昔からの知り合い。
仕事仲間。
全部。
間違いではない。
でも。
どれか一つ。
それだけで。
説明しようとすると。
妙に。
違う。
リュウジ。
昔。
別々の道。
時間。
再会。
また。
同じ船。
同じ仕事。
自分が。
もう一度乗務員へ戻る。
その理由。
リュウジを。
一人で。
未探索領域へ行かせられなかった。
魔のゾーン。
無茶すれば。
怒る。
食べなければ。
気になる。
寝てなければ。
止める。
逆に。
自分が。
無茶をすれば。
リュウジも。
止める。
ククル。
――大切じゃないんですか?
あの日。
自分は。
答えた。
――大切よ。
「……」
エリンは。
紅茶。
カップ。
ゆっくり。
置いた。
「そうなのですか?」
青年が。
もう一度。
静かに聞く。
その声。
少しだけ。
緊張。
「リュウジさんという方が」
一拍。
「エリンさんにとって、特別な方なんですか?」
「……え?」
エリン。
また。
困る。
「特別っていうか……」
視線。
少し。
泳ぐ。
「あ、その……」
ミラ。
横。
静か。
口。
出さない。
ただ。
見ている。
「リュウジとは」
一拍。
「昔から色々あって……仕事もそれ以外も……まあ」
エリン。
自分でも。
何を説明しているのか。
分からなくなってくる。
「簡単に説明するのは難しいんですけど」
「はい」
「……」
そこで。
エリン。
諦めた。
変に。
関係性へ名前を付けるから。
難しくなる。
だったら。
自分が。
確実に。
言えることだけ。
「ええ」
一拍。
「大切な人です」
◇
静か。
打ち合わせ室。
エリン自身。
言った後。
ほんの僅かに。
目を大きくする。
――大切な人。
ククルへ。
「大切よ」
とは言った。
でも。
こうして。
外部の人間へ。
リュウジのことを。
〝大切な人〟
と。
言葉にした。
思った以上に。
その言葉。
重い。
「……」
青年。
少しだけ。
表情を変える。
「そう……なんですね」
「はい」
エリン。
少し。
困った笑顔。
「別に」
一拍。
「恋人とかそういう意味ではないんですけど」
言いながら。
何故。
わざわざ。
そこを否定しているのか。
自分でも。
分からない。
「でも」
一度。
言葉を止める。
「私にとって」
今度は。
ちゃんと。
「大切な人なのは、本当です」
「……」
青年は。
数秒。
黙った。
そして。
「分かりました」
少しだけ。
笑う。
「教えてくださって、ありがとうございます」
「いえ」
エリン。
少し。
居心地悪そう。
「何だか」
「はい?」
「変な話になりましたね」
「そうですね」
◇
その横。
ミラ。
「……」
ものすごく。
嬉しそう。
エリン。
まだ。
気づいていない。
ミラは。
青年から見えない位置。
胸元。
小さく。
拳。
ぐっ。
ガッツポーズ。
――言った。
――エリンさんが。
――自分から。
――大切な人って。
ミラ。
顔。
かなり。
満足。
エリン。
横目。
「……ミラ」
「はい?」
拳。
即座に。
戻る。
「今」
「何でしょう?」
「何かした?」
「いえ」
「本当に?」
「はい」
ミラ。
笑顔。
「では」
トレイ。
持つ。
「私は仕事へ戻りますね」
「待って」
「はい?」
「何で今日だけエリンチーフなの?」
「……」
一拍。
「気分です」
「嘘」
「失礼します」
「ミラ!」
ミラ。
逃げる。
扉。
開ける。
「ごゆっくり」
「もう打ち合わせ終わってる!」
「そうでしたね」
にこっ。
扉。
閉じる。
◇
廊下。
扉が。
完全に。
閉じた瞬間。
ミラ。
「……よし」
小声。
もう一度。
ガッツポーズ。
ちょうど。
そこへ。
ラン。
「ミラ?」
「あ」
「何してるの?」
「ラン」
「うん」
ミラ。
満面。
「言っちゃった」
「何を?」
「エリンさん」
「うん」
「リュウジさんのこと」
一拍。
「〝大切な人です〟って」
「……」
ラン。
固まる。
「本人が?」
「うん」
「自分から?」
「うん」
「誰に?」
「例の方に」
「……」
ラン。
数秒。
「ミラ」
「うん?」
「何したの?」
「少しだけ」
一拍。
「背中押した」
「少し?」
「少し」
「絶対少しじゃないでしょ」
ミラ。
笑う。
「でも」
一拍。
「嘘は言ってないよ」
「まあ……」
ラン。
打ち合わせ室を見る。
「それはそうなんだろうけど」
◇
一方。
室内。
ミラがいなくなったことで。
妙に。
静かになった。
「……」
エリン。
紅茶。
一口。
今度は。
慎重に。
飲む。
青年は。
少しだけ。
考えている。
「エリンさん」
「はい?」
「その」
一拍。
「リュウジさんという方とは」
「はい」
「よく会われるんですか?」
「最近は」
エリン。
少し考える。
「そうでもないです」
「そうなんですか」
「今、未探索領域の調査があるので」
「忙しい方なんですね」
「ええ」
「危険なお仕事なんですか?」
エリン。
一瞬。
表情。
変わる。
「……危険です」
さっきまで。
少し照れて。
困っていた人。
でも。
リュウジの仕事。
その話になると。
目。
真剣。
「かなり」
「心配ですか?」
「……」
エリン。
答える前。
少し。
止まる。
以前なら。
「仕事だから」
「皆心配してます」
そう。
逃げたかもしれない。
でも。
さっき。
自分で。
〝大切な人〟。
言った。
「ええ」
素直に。
「心配です」
「そうですか」
「ただ」
「はい」
「本人も分かってるので」
一拍。
「私が心配しすぎても仕方ないんですけど」
ほんの少し。
苦笑。
「それでも」
青年。
「心配になる?」
「なりますね」
エリン。
即答。
そこで。
自分。
気づく。
少し。
照れる。
「……何か」
「はい?」
「私」
一拍。
「リュウジの話ばかりしてますね」
「そうですね」
「……」
青年。
少し苦笑。
「とてもよく分かりました」
「何が?」
「エリンさんにとって」
一拍。
「大切な方なんだなと」
「……」
また。
頬。
少し。
熱い。
「そういう言い方されると」
「すみません」
「いえ」
「でも」
「?」
「少し羨ましいです」
「……何がですか?」
「それだけ」
青年。
言葉を選ぶ。
「誰かに大切だと思ってもらえることが」
「……」
エリンは。
そこで。
ようやく。
青年の顔を。
きちんと見た。
今まで。
熱心な取引先。
雑誌企画担当者。
社長の息子。
それだけ。
でも。
ククル。
ホーネット。
ミラ。
皆が。
同じことを言う。
何度も来る。
手土産。
花。
食事。
そして今。
この言葉。
――少し羨ましいです。
「……」
エリン。
ようやく。
ほぼ。
理解した。
――ああ。
――やっぱり。
――これ。
――そういうことなのね。
でも。
不思議と。
嫌ではなかった。
ただ。
同じ意味で。
返せない。
それだけは。
はっきりしていた。
「ありがとうございます」
エリンは。
穏やかに言った。
「そう言ってもらえるのは」
一拍。
「嬉しいです」
青年の顔。
少し明るくなる。
「でも」
エリン。
続ける。
「私は」
一瞬。
言葉。
選ぶ。
そして。
「今」
一拍。
「仕事もスペースホープもそれから」
少し。
リュウジ。
頭に浮かぶ。
「大切にしたい人達もたくさんいるので」
青年。
静かに聞く。
「誰かと」
一拍。
「そういう関係になることは今は」
柔らかく。
「考えていません」
きっぱり。
でも。
冷たくはない。
青年は。
少しだけ。
寂しそうに。
それでも。
笑った。
「分かりました」
「すみません」
「謝らないでください」
「……はい」
「ただ」
「はい?」
「撮影は」
一拍。
「全力でやらせてください」
エリン。
少し笑う。
「それはお願いします」
「はい」
◇
その後。
青年を。
エントランスまで。
見送る。
「それでは」
「はい」
「来週」
「よろしくお願いします」
「こちらこそ」
一礼。
青年。
帰る。
自動扉。
閉じる。
「……」
エリン。
一人。
少し。
息。
吐く。
「はぁ……」
口説かれる。
自分が。
今まで。
全く。
気づいていなかった。
「ククルの言う通りだったじゃない……」
小声。
そして。
もう一つ。
今日。
自分が。
言った言葉。
――大切な人です。
「……」
リュウジ。
思い浮かべる。
「……大切な人、か」
口に出してみる。
今度は。
さっきより。
恥ずかしい。
「……」
周囲。
誰も。
いない。
確認。
「……まあ」
一拍。
「嘘じゃないし」
そう。
小さく。
言った。
◇
旅行事業部。
戻る。
扉。
開く。
「ただいま」
「おかえりなさい、エリンさん」
ミラ。
いつも通り。
笑顔。
「……」
エリン。
じっと。
見る。
「何でしょう?」
「ミラ」
「はい」
「さっき」
「はい」
「何で」
一拍。
「〝彼が喜びますね〟なんて言ったの?」
周囲。
仕事。
している。
はずの。
何人か。
耳。
動く。
ミラ。
少し笑う。
「だって」
一拍。
「喜ばれると思ったので」
「誰が?」
「リュウジさんが」
「何で?」
「エリンさんが可愛い服を着るからです」
「……」
エリン。
頬。
また。
少し赤い。
「リュウジ、そういうこと、気にしないと思うけど」
ミラ。
少し。
首。
傾ける。
「本当に?」
「……」
「エリンさん」
「何?」
「今日」
一拍。
「大切な人って」
エリン。
「ミラ!」
フロア。
何人か。
顔。
上がる。
ホーネット。
すぐ反応。
「何!?」
「何でもない!」
「今〝大切な人〟って聞こえた!」
「聞こえてない!」
「聞こえた!」
ユウコ。
「私も聞こえました」
ナツキ。
「私もです」
「二人まで!」
クミコ。
「誰が大切な人なんですか?」
「クミコ!」
ミドリ。
「リュウジさん!?」
「何で分かるのよ!」
一瞬。
エリン。
自分で。
言ってから。
止まる。
フロア。
静か。
ホーネット。
にやり。
「今」
一拍。
「答え言ったね」
「……」
エリン。
完全に。
固まる。
ミラ。
後ろ。
もう一度。
小さく。
拳。
ぐっ。
「ミラ!」
「はい?」
「それやめなさい!」
「何のことでしょう?」
「ガッツポーズ!」
「してません」
「したでしょう!」
フロア。
笑い。
エリンは。
額を押さえた。
「もう……」
でも。
口元。
少しだけ。
笑っている。
自分でも。
まだ。
関係に。
名前なんて。
付けられない。
リュウジと。
恋人。
ではない。
夫婦。
もちろん違う。
ただ。
今日。
誰かに聞かれて。
自分の口から。
自然に出た。
――大切な人。
それだけは。
もう。
否定する必要がないのかもしれなかった。