五人の新人
ワイルドフライト賞の受賞から続いていた慌ただしさが、少しも収まらないまま。
スペースホープに、新しい朝が来た。
ただし、その日の旅行事業部には、いつもの予約対応やフライト準備とは少し違う緊張が漂っていた。
久しぶりの新規採用。
しかも、入社するのは五人。
その五人の経歴が社内へ知られた頃から、乗務員達の間では何度も同じ話題が繰り返されていた。
「……本当に今日からなのよね」
ユウコが、シミュレーションルームの外から中を覗きながら言った。
「そうみたい」
ナツキも、その横から室内を見る。
「でも、改めて見るとすごいよね」
「何が?」
「五人とも」
ユウコが手元の簡易資料を見た。
一人目。
ルド。
名門乗務員学校、アフロディ。
首席卒業。
二人目。
エア。
有名乗務員学校、テレジア。
首席卒業。
三人目。
スズカ。
同じくテレジア。
次席卒業。
四人目。
ナリタ。
有名乗務員学校、イマジン。
首席卒業。
そして。
五人目。
シャワー。
イマジン。
次席卒業。
「首席、首席、次席、首席、次席」
ホーネットが後ろから資料を覗き込んで、率直に言った。
「何これ」
「履歴」
シルヴィアが答える。
「いや、それは分かってるよ」
ホーネットは顔を上げた。
「何でこの五人がまとめてスペースホープに来るの?」
「それは私も少し気になってる」
ミラが言う。
「でしょ?」
「うん」
隣のランも頷いた。
「アフロディの首席なら、卒業前に複数社から声がかかっていてもおかしくないよね」
「テレジアも同じ」
ミラが続ける。
「イマジンだって、毎年大手にかなり入ってる」
「つまり」
ホーネットが少し大げさに腕を組む。
「五人とも普通に即戦力候補」
「学校を出たばかりだから、実務では新人よ」
シルヴィアが冷静に訂正する。
「分かってるって。でも基礎教育からやり直すような人達じゃないでしょ?」
「それはそうね」
シルヴィアも否定しなかった。
少し離れたところで。
エリンも。
黙ってシミュレーションルームの中を見ていた。
五人の履歴は、もちろん採用段階から把握している。
筆記。
実技。
緊急対応。
接客。
安全知識。
どれも高水準。
学校内の成績だけを見るなら。
今のスペースホープへ入社してきた新人の中では、間違いなく異例だった。
けれど。
エリンが気にしているのは。
そこではなかった。
「学校で出来ることと」
小さく呟く。
「現場で出来ることは別だから」
ミラがエリンを見る。
「はい」
「それに」
エリンは室内を見る。
新人五人ではなく。
その前に立つ。
二人へ。
「今日、一番緊張してるのはあの二人でしょうね」
◇
シミュレーションルーム。
「……じゃ、じゃあ」
クミコが。
一度。
小さく息を吸った。
隣では。
マユも、普段より明らかに表情が硬い。
五人。
その目の前に。
教育係として。
クミコ。
マユ。
二人が立っていた。
まだ。
自分達がエリンやミラ達から教わっていた頃の感覚が、完全に消えたわけではない。
それなのに。
今日から。
目の前の五人にとっては。
自分達が先輩になる。
しかも。
経歴を見れば。
全員。
とんでもなく優秀。
クミコは。
ちらり。
五人を見る。
ルド。
背筋を伸ばして立っている。
姿勢。
綺麗。
視線。
落ち着いている。
人の話を聞く時の表情も柔らかい。
ただ。
何となく。
この五人の中心に立つなら彼女なのだろう。
そう感じさせる雰囲気があった。
隣。
エア。
ルドと同じように。
人をまとめる側の空気。
ただし。
ルドより少し鋭い。
表情は優しい。
でも。
視線の置き方。
立ち姿。
返事。
一つ一つに。
曖昧なものを嫌いそうな気配がある。
その隣。
スズカ。
静か。
柔らかい。
緊張感のある室内でも、彼女の周囲だけ少し空気が穏やかに見える。
口数は多くなさそう。
ただ。
全員の様子を。
よく見ている。
ナリタ。
こちらは。
明らかに口数が少ない。
表情もほとんど変わらない。
冷たい。
というより。
必要以上に言葉を使わない。
そんな印象。
最後。
シャワー。
「……」
見るからに。
緊張している。
背筋は伸ばしている。
でも。
指先。
僅かに落ち着かない。
五人の中で。
一番。
表情へ出ている。
「……」
クミコは。
そこで。
さらに緊張した。
――何で私なんだろう。
ほんの少し前まで。
自分だって。
エリンの前で緊張して。
定期便が決まれば青ざめて。
失敗して。
怒られて。
その繰り返しだった。
それが。
アフロディ首席。
テレジア首席と次席。
イマジン首席と次席。
そんな五人を。
自分が教える。
「クミコ」
隣。
マユの小さな声。
「うん?」
「並んでもらわないと」
「……あ」
クミコ。
我に返る。
そうだった。
まず。
始めないといけない。
「じゃあ」
今度こそ。
少し声を張った。
「皆、前に並んで」
「はい」
最初に返事をしたのはルドだった。
「分かりました」
柔らかい声。
すぐに一歩動き。
「皆、並ぼう」
自然に。
他の四人へ声を掛ける。
命令っぽくない。
でも。
誰も迷わない。
「はい」
エアも動く。
「ここでいいですね」
「うん」
スズカも穏やかに位置を整える。
ナリタは無言で一歩移動。
「わ、私ここで大丈夫ですか?」
シャワーだけ。
少し慌てる。
「シャワー」
ルドが。
優しく言った。
「もう少しこっち」
「あ、はい」
「それで大丈夫」
「ありがとう」
五人。
すぐ。
横一列。
しかも。
間隔まで。
ほぼ均等。
「……」
クミコ。
思う。
――早い。
マユも。
同じことを感じたらしい。
ほんの少しだけ。
目が合う。
いつもの新人相手なら。
「もう少し詰めて」
「そこ空いてる」
「前揃えて」
そんなところから。
言うこともある。
でも。
言う前に。
終わった。
◇
外側。
観察スペース。
「綺麗」
ランが言った。
「うん」
ミラも頷く。
「もう立ち方から違う」
「アフロディ、テレジア、イマジンだからねぇ」
ホーネット。
「でも」
シルヴィアが。
五人ではなく。
クミコとマユを見ていた。
「ここからでしょうね」
エリンも。
小さく頷いた。
「そうね」
学校で。
整列出来る。
基本動作が出来る。
接客用語を知っている。
緊急対応の手順を知っている。
それは。
確かに大事。
でも。
スペースホープが。
ここまで育ててきた乗務員達が学んだものは。
それだけではない。
事故になる前の。
小さな変化。
乗客の顔。
隣で働く乗務員の疲れ。
言葉になる前の違和感。
自分一人で抱えないこと。
分からなければ。
確認すること。
止まるべき時に。
止まること。
そして。
自分より。
全体を見ること。
そこは。
これからだった。
◇
「改めて」
クミコが言う。
「今日から教育を担当するクミコです」
緊張はしている。
でも。
声。
ちゃんと出た。
「こっちはマユ」
マユが。
軽く頭を下げる。
「マユです。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
五人。
綺麗に返す。
「……」
クミコ。
一瞬。
次の言葉。
飛びそうになる。
五人の返事が。
あまりにも揃っていたから。
「クミコ」
マユ。
小声。
「うん、分かってる」
クミコ。
少しだけ。
息。
吐く。
「最初に言っておくけど」
五人。
見る。
「皆の学校とか」
一拍。
「成績とか」
五人の表情。
少し変わる。
「もちろん知ってる」
ルド。
静かに聞く。
「アフロディ首席」
クミコがルドを見る。
「はい」
「テレジア首席」
エア。
「はい」
「次席」
スズカ。
「はい」
「イマジン首席」
ナリタ。
「はい」
短い。
「次席」
シャワー。
「は、はい!」
少し大きい。
クミコ。
ほんの少し笑う。
「そんな緊張しなくていいよ」
「す、すみません」
「謝らなくていいから」
「はい……」
少しだけ。
空気が緩む。
「ただ」
クミコは続ける。
「ここでは」
一拍。
「一回、それは横に置いてほしい」
エアの目が。
ほんの少し。
鋭くなる。
嫌な意味ではない。
意図を。
聞こうとしている。
「学校の成績を評価しないという意味ですか?」
声は優しい。
でも。
言葉。
はっきり。
クミコ。
少し。
緊張。
でも。
「違う」
答えた。
「評価はするよ」
「皆がそこまで頑張ってきた結果だから」
エア。
黙って聞く。
「でも」
「ここに入ったら」
一拍。
「五人とも新人」
エア。
少しだけ。
目を細める。
「……はい」
「嫌な言い方だった?」
「いいえ」
エア。
すぐ。
首を振る。
「むしろ、はっきり言ってもらった方が助かります」
「そう?」
「はい」
そして。
ほんの少し。
笑う。
「私もそのつもりで来ています」
柔らかい。
ただ。
言い切るところ。
きっぱり。
クミコ。
少し。
安心。
「ならよかった」
◇
「私も同じです」
ルドが。
穏やかに続いた。
「アフロディで首席だったことは、自分が努力した結果なので大切にしています」
「うん」
「でも」
一拍。
「それでここでも最初から出来るとは思ってません」
口調。
柔らかい。
でも。
言葉に。
芯。
「出来なければ教えてください。間違っていれば」
小さく笑う。
「ちゃんと叱ってください」
クミコ。
一瞬。
ルドを見る。
怒る時は。
この人。
きっと。
きちんと怒る。
でも。
同時に。
怒られることからも。
逃げない人なのだろう。
「分かった」
クミコ。
少し笑う。
「遠慮なく言うね」
「お願いします」
◇
スズカが。
静かに口を開いた。
「私も」
皆。
見る。
「学校で習ったことと」
一拍。
「会社で必要なことは、同じではないと思っています」
声。
穏やか。
聞いていて。
妙に落ち着く。
「なので一から教えていただければ嬉しいです」
マユが。
少しだけ。
表情を緩めた。
「ありがとう」
「はい」
スズカ。
小さく笑う。
「よろしくお願いします」
◇
ナリタ。
「……」
クミコ。
待つ。
ナリタ。
視線。
合う。
「ナリタは?」
「同じです」
短い。
「それだけ?」
「はい」
クミコ。
少し。
困る。
「……緊張してる?」
「してません」
「怒ってる?」
「怒ってません」
「……」
クミコ。
マユを見る。
マユ。
小さく。
首を横。
たぶん。
これが。
普通。
「分かった」
ナリタ。
小さく。
「はい」
でも。
返事。
真面目。
◇
最後。
シャワー。
「……」
「シャワー?」
「は、はい!」
「大丈夫?」
「大丈夫です!」
「本当に?」
「……少しだけ」
素直。
クミコ。
笑う。
「緊張?」
「はい……」
「私達もしてるから」
「え?」
シャワー。
目。
大きくなる。
クミコ。
言った後。
少し。
しまった。
先輩として。
格好悪かったかもしれない。
そう思った。
でも。
「……よかった」
シャワー。
小さく。
そう言った。
「何が?」
「私だけじゃなかったので」
「……」
クミコ。
少し。
笑った。
「うん」
「私達も」
一拍。
「今日が初めてだから教育係」
「……そうなんですか?」
「そう」
シャワー。
何故か。
少し安心。
マユも。
横から。
「だから」
一拍。
「私達も間違えることはあると思う」
五人。
マユを見る。
「でも、分からないことを分かったふりはしないから」
静かな声。
「私達で分からなければ、ミラさんやランさん。シルヴィアさん。それでも必要なら」
一拍。
「エリンさんに確認する。だから皆も、分からない時は、分かったふりしないで」
そこ。
五人の表情。
変わった。
マユ。
普段。
前へ出て。
長く話すタイプではない。
でも。
言う時。
必要なことだけ。
真っ直ぐ。
「はい」
ルド。
最初。
「分かりました」
エア。
「はい」
スズカ。
「……はい」
ナリタ。
「はい!」
シャワー。
◇
外。
ホーネット。
「……」
少し。
意外そう。
「マユ」
「何?」
シルヴィア。
「ちゃんと先輩してる」
シルヴィア。
小さく笑う。
「失礼ね」
「いや、褒めてる」
「そう聞こえないけど」
ミラは。
中。
見ながら。
「でも」
一拍。
「エリンさんがマユを選んだ理由、分かる気がします」
エリン。
「そう?」
「はい」
ランも頷く。
「クミコが前を作って、マユが余白を拾ってます」
「うん」
ミラ。
「いい感じ」
エリンは。
答えず。
少しだけ。
笑った。
◇
一方。
フロア。
シミュレーションルームの外側では。
新人五人の履歴を知った他の職員達が。
まだ。
ざわついていた。
「アフロディ首席って、本当に?」
「ルドでしょ?」
「今年の?」
「そう」
「テレジア首席と次席も?」
「二人とも」
「イマジンも首席と次席?」
「何で?」
結局。
そこへ。
戻る。
「何でスペースホープ?」
少し前まで。
役員不祥事。
運航停止。
信用失墜。
乗務員離職。
そんな会社だった。
もちろん。
今は違う。
ワイルドフライト賞。
予約殺到。
注目。
将来性。
でも。
学校首席クラスなら。
もっと。
最初から待遇のいい会社。
巨大旅行企業。
有名航空会社。
選択肢。
いくらでもある。
「ワイルドフライト賞の影響?」
「それだけで五人全員来る?」
「エリンさん目当てとか?」
「あり得る」
「でも本人達に聞かないと」
そんな声。
シミュレーションルームにも。
少しだけ。
届いている。
◇
ルドは。
外へ。
僅かに視線を向けた。
そして。
小さく。
苦笑する。
クミコ。
気づく。
「聞こえた?」
「少し」
「ごめん」
「いえ」
ルド。
穏やか。
「当然だと思います」
「何が?」
「どうしてここを選んだのか」
一拍。
「気になりますよね」
エアも。
少しだけ。
笑った。
「私も逆の立場なら聞きます」
スズカ。
静かに。
「たぶん私も」
ナリタ。
「普通」
短い。
シャワー。
「あ、私も気になると思います」
クミコとマユ。
顔を見合わせる。
そして。
クミコ。
「じゃあ」
一拍。
「聞いていい?」
ルド。
少し笑う。
「はい」
けれど。
クミコ。
その直後。
首を横に振った。
「……いや」
ルド。
「?」
「後にする」
「どうしてですか?」
「今聞いたら」
一拍。
「私も皆と同じで、学校と成績だけ見てることになるから」
今度は。
五人が。
少しだけ。
意外そうな顔。
クミコ。
「先に」
シミュレーションルームの中央。
見る。
「乗務員として、皆が何出来るか、見せてもらう」
少し。
緊張。
残ってる。
でも。
さっきより。
明らかに。
先輩の声。
「ここを選んだ理由はその後で聞く」
◇
外。
エリンの目が。
僅かに。
細くなる。
「……」
ミラ。
その横。
「今の」
「うん」
ランも。
「よかったね」
「うん」
ミラ。
笑う。
「クミコらしい」
エリンも。
ほんの少し。
口元を緩めた。
クミコは。
まだ。
エリンのようには出来ない。
ミラのようにも。
ランのようにも。
シルヴィアのようにも。
でも。
それでいい。
同じ人を作るために。
教育係へしたわけではない。
クミコが。
自分なりに。
目の前の新人を見る。
マユが。
その横で。
見落としたものを拾う。
まず。
そこから。
◇
「じゃあ」
クミコが。
手を叩いた。
「最初のシュミレーション始めるよ」
五人。
空気。
一気に変わる。
ルド。
姿勢を整える。
「はい」
エア。
表情。
少し引き締まる。
「お願いします」
スズカ。
穏やかなまま。
「はい」
ナリタ。
短く。
「はい」
シャワー。
緊張。
でも。
大きく。
「はい!」
「最初は」
マユが。
操作端末を開く。
「基本接客」
シャワーの肩が。
少しだけ。
下がる。
安心したらしい。
しかし。
マユ。
続ける。
「……だけじゃないから」
「え?」
シャワー。
再び。
固まる。
クミコ。
少し笑う。
「スペースホープのシュミレーション」
一拍。
「普通に終わると思わない方がいいよ」
五人。
それぞれ。
違う反応。
ルドは。
楽しそうに。
少し笑った。
「分かりました」
エアは。
はっきり。
「望むところです」
スズカは。
静かに。
「楽しみです」
ナリタ。
「了解」
そして。
シャワー。
「えっ」
一拍。
「こ、怖いことありますか?」
クミコとマユ。
顔を見合わせる。
「……」
クミコ。
「あるかも」
「クミコ」
マユ。
「最初から怖がらせないで」
「でもあるでしょう?」
「あるけど」
「あるんですか!?」
シャワー。
さらに緊張。
ルドが。
隣から。
「シャワー」
「はい」
「大丈夫」
「……うん」
「失敗するための訓練でしょう?」
柔らかい声。
でも。
迷いはない。
エアも。
「最初から出来ると思わない方がいい」
一拍。
「出来ないところを見つけるために来たんだから」
厳しい。
でも。
冷たくない。
スズカも。
シャワーへ。
小さく笑う。
「一緒にやろう」
「……はい」
ナリタ。
一言。
「始めよう」
シャワー。
少しだけ。
息を吐く。
「うん」
◇
それを見た。
クミコとマユ。
まだ。
教育係として。
初日。
新人五人は。
学校歴だけなら。
圧倒されるほど。
優秀。
けれど。
五人とも。
まだ。
スペースホープの乗務員ではない。
そして。
クミコとマユも。
まだ。
完成した指導者ではない。
だから。
今日。
ここから。
五人が。
スペースホープの乗務員になっていく。
同時に。
クミコとマユも。
教わる側から。
誰かを育てられる先輩へ。
変わっていく。
「準備いい?」
クミコ。
少し。
自信。
出てきた声。
五人。
「はい」
返事。
揃う。
「じゃあ」
マユが。
シミュレーション開始。
押す。
「始めます」
照明が変わる。
客室。
再現。
機内音。
流れる。
五人の新人。
初めての。
スペースホープ式訓練が。
始まった。
ーーーー
シュミレーションが終了した瞬間。
客室を模していた壁面表示が通常状態へ戻り、機内環境音が静かに消えていった。
その後。
シュミレーションルームには、妙な沈黙が残った。
誰も、すぐには口を開かなかった。
新人五人が大きな失敗をしたからではない。
逆だった。
出来すぎていた。
教育係として前に立っていたクミコは、終了操作が完了したことを確認したまま、しばらく言葉を失っていた。
その隣にいるマユも同じだった。
「……」
クミコは手元の評価端末を見る。
もう一度。
五人を見る。
そして、また端末を見る。
採点結果を確認し直したくなったわけではない。
自分達が今見たものを、どう評価していいのか迷っていた。
基本接客。
乗客誘導。
機内アナウンス。
ドリンクサービス。
急な座席変更。
乗り物酔いを訴える乗客。
荷物収納を巡る小さなトラブル。
さらに途中からは、スペースホープのシュミレーションらしく、単純な接客だけでは終わらなかった。
客室後方で発生した軽微な設備異常。
一人の乗客がそれに気を取られたことで生じた通路の滞留。
同時に前方では、別の乗客が体調不良を訴える。
乗務員の人数には余裕がない。
誰がどこを見るか。
誰が乗客へ声を掛けるか。
誰が設備異常を確認し、誰が全体を止めずに流すのか。
答えを一つ覚えているだけでは対応出来ないように、マユが途中から条件を変えていた。
それでも。
五人は崩れなかった。
最初に全体を見たのはルドだった。
異常表示に真っ先に反応したナリタへ確認を任せ、自分は通路に残った乗客の流れを整えた。指示は短く、しかし命令的ではない。
エアは体調不良を訴えた乗客へすぐに接触し、状態確認をしながらも、周囲の乗客を巻き込まない位置へ誘導した。優しい声音を崩さないまま、必要な場面では「こちらへお願いします」と迷いなく言い切った。
スズカは前へ出すぎなかった。
その代わり、誰も見ていない部分を静かに拾った。
不安そうに周囲を見ていた乗客へ先に声を掛け、状況が広がらないように安心させる。乗客側からすれば、おそらく一番ありがたい動きだった。
ナリタは必要な情報だけを拾う。
設備異常の位置。
警告表示。
影響範囲。
確認が終わると余計な説明を挟まずルドへ報告し、次に必要な動きへすぐ移った。
そしてシャワー。
最初こそ緊張が目立っていたが、シュミレーションが始まってしまえば動きは予想以上に正確だった。
一度だけ、乗客から同時に二つの質問を受けて言葉に詰まった。
しかし、そのまま固まることはない。
「少々お待ちください。順番に確認します」
そう言い直し、自分で立て直した。
完璧ではない。
細かな改善点なら、いくらでもある。
それでも。
「新人の初回シュミレーション」。
そう考えれば。
異常だった。
◇
「……すご」
観察側にいたアズサが、ようやく小さく声を漏らした。
隣のサリーも、珍しくすぐには冷静な分析を返さなかった。
「うん。これは……すごいね」
ミドリは腕を組んだまま、まだ五人を見ている。
「私達の最初の頃と全然違わない?」
「比べない方がいいと思う」
ハズキが静かに言った。
「傷つくから」
「それくらい違うってこと?」
「うん」
四人とも。
自分達が新人だった頃を覚えている。
何をすればいいのか分からず、エリンの顔を見る。
誰かが動けばそれについていく。
自分の担当だけで精一杯になり、後ろまで目が届かない。
失敗して。
シュミレーションを止められて。
もう一度。
それを何度も繰り返した。
だからこそ。
目の前の五人が、入社初日としてどれほど高い位置にいるのかが分かる。
一方。
ホーネットはもっと素直だった。
「いや、普通に上手いじゃん!」
声がシュミレーションルームまで届くほど大きい。
ユウコも隠す気はなかった。
「うん。これはすごいね。途中の設備異常、私だったら初回は絶対そっち見すぎてたと思う」
ナツキが頷く。
「私も。特にルドとエア、もう周りに指示出せるんだね」
「でもスズカもいいよ。ああいう人が一人いると客室が落ち着く」
ユウコがそう言うと、ホーネットも大きく頷いた。
「分かる。ナリタもすごいよね。喋らないけど全部見てるじゃん。あとシャワー、あんなに緊張してたのに始まったら全然違う」
「それは私も思った」
ナツキも素直に感嘆していた。
褒めるしかない。
そんな出来だった。
◇
当の教育係二人は。
それほど余裕がなかった。
クミコは評価項目を見ながら、どうにか言葉を探す。
「えっと……皆、お疲れさま」
「お疲れ様でした」
五人から返事が返る。
また揃っている。
「……」
クミコが一瞬止まった。
マユが横を見る。
「クミコ」
「分かってる」
小声で返してから、クミコは気持ちを立て直した。
「すごくよかった。正直、ちょっと驚いてる。ただ、出来てたから終わりじゃないからね。細かいところはこれから一つずつ確認する」
ルドが素直に頭を下げる。
「はい。お願いします」
エアも頷いた。
「改善点は全部教えてください」
「うん」
そこで。
シュミレーションルームの後方が少しざわついた。
誰かが来た。
新人五人の視線がそちらへ向く。
そして。
その瞬間。
五人の雰囲気が変わった。
◇
エリンだった。
いつから見ていたのか。
観察スペース側から室内へ入ってくる。
先ほどまでクミコ達を前にしていた五人は、決して姿勢が悪かったわけではない。
それどころか。
五人とも十分に整っていた。
しかし。
エリンの姿を認めた瞬間。
背筋。
顎。
視線。
立ち位置。
全てが。
もう一段。
きちんとした。
クミコが、それに気づいた。
マユも。
そして。
アズサ達も。
ルドの目が明らかに変わっている。
エアも、先ほど以上に真剣な表情。
スズカの柔らかな雰囲気は変わらないが、視線はエリンへ固定されている。
ナリタでさえ、僅かに姿勢を正した。
シャワーなどは、明らかに緊張が戻っていた。
「……」
クミコは。
少し複雑だった。
分かる。
気持ちは。
自分だって新人の頃。
エリンが入ってきただけで空気が変わった。
今でも。
変わる。
だから。
責める気にはならない。
ただ。
自分とマユが前に立っていた時との違いが。
あまりにも分かりやすかった。
横を見る。
マユも。
同じことを感じたのだろう。
ほんの僅かに苦笑した。
◇
エリンは、そんな五人の変化にも気づいていた。
けれど。
何も言わない。
五人の前まで歩くと、一度全員の顔を見る。
「初めまして。エリンよ」
「よろしくお願いします」
五人が頭を下げる。
エリンも軽く頭を下げた。
そして。
最初に。
穏やかに笑った。
「ようこそ、スペースホープへ」
たったそれだけ。
でも。
新人五人には。
少し特別な響きがあった。
ここへ入社した。
今日から。
この会社の乗務員になる。
それを。
改めて実感させる言葉だった。
「さっきのシュミレーション、途中から見てたわ。五人とも基礎がしっかりしてる。学校でちゃんと学んできたのね」
ルド達の表情に、僅かに安堵が浮かぶ。
しかし。
エリンはそこで終わらせなかった。
「でも、ここからよ」
声音は変わっていない。
柔らかい。
それでも。
五人の目が再び引き締まる。
「まず一ヵ月。会社に慣れることも大事。船内設備、業務の流れ、報告の仕方、スペースホープの基準。学校によって習い方も考え方も違うでしょうから、まず一度、同じ土台に立ってもらう」
そこで。
エリンは。
新人五人ではなく。
少しだけ。
その周囲へ視線を動かした。
ミラ。
ラン。
シルヴィア。
ホーネット。
ユウコ。
ナツキ。
そして。
アズサ。
サリー。
ミドリ。
ハズキ。
クミコ。
マユ。
皆。
いる。
「それと、新人の皆には一つお願いがあるわ」
ルドが真っ直ぐ見る。
「はい」
「ここにいる先輩達を、ちゃんと見て」
その言葉に。
今度は。
既存メンバー側が少しだけ表情を変えた。
「……」
ミラの視線が僅かに動く。
ランも。
エリンを見る。
エリンは続けた。
「スペースホープはワイルドフライト賞をいただいた。そこは遠慮して小さく言う必要はないと思ってる。皆が努力してきた結果だし、この会社には、それを評価してもらえるだけの実力がついてきた」
既存メンバーの表情が。
少しだけ。
誇らしくなる。
クミコ達も。
嬉しそう。
だが。
エリンの言葉は、そこからだった。
「だから新人の皆は、ここにいる人達をよく見て。資料で読むんじゃなくて、実際に見て、同じシュミレーションに入って、同じフロアで仕事をして、出来れば同じ便に乗って、その実力を目で見て肌で感じてほしい」
新人達へ向けていた目が。
少しずつ。
先輩達へ動いていく。
「乗客への声の掛け方。通路の見方。誰かが遅れた時にどう拾うか。異常が起きた時、何を優先するか。自分の仕事をしながら、どこまで周りを見るか。そういうところを見て」
一拍。
「スペースホープが求めている乗務員が、どういう人なのかを覚えていって」
ルド達。
静かに頷く。
しかし。
ミラは。
そこで。
エリンの意図に気づいた。
――これ。
新人への話だけじゃない。
隣。
ランも。
同じ顔をしていた。
◇
案の定。
エリンは。
今度は完全に。
既存メンバーを見る。
「それから、先輩の皆」
「……はい」
ミラが。
少しだけ慎重に返す。
エリンは。
ほんの少し笑った。
「見られる側になったからね」
「……」
その一言。
思っていた以上に。
効いた。
ホーネットまで。
少しだけ。
姿勢を正す。
「ワイルドフライト賞を取ったからって、今日から急に全員の技術が上がったわけじゃないでしょう?」
「……はい」
今度はラン。
「賞は、それまでやってきたことを評価してもらった結果。昨日までの評価よ。今日から何をするかは、また別」
ミラの口元から。
少しだけ。
浮かれていた笑みが消えた。
責められているわけではない。
むしろ。
認められている。
だからこそ。
重い。
「新人に『ワイルドフライト賞を取った会社の先輩って、この程度なんだ』って思われないようにね」
「エリン、それ結構プレッシャー」
ホーネットが思わず言う。
エリンが少し笑った。
「いいじゃない。後輩が出来るってそういうことでしょう?」
「まあ……そうだけど」
「今まで貴方達は、私やミラ達を見て覚えてきたでしょう? これからは貴方達が見られる番なの」
クミコ。
マユ。
アズサ。
サリー。
ミドリ。
ハズキ。
その言葉が。
特に強く届いた。
自分達は。
まだ若手だと思っていた。
新人。
後輩。
教えてもらう側。
その感覚が。
どこかに残っていた。
でも。
もう。
自分達より後に入ってくる人がいる。
しかも。
非常に優秀な五人。
今日から。
「先輩」。
なのだ。
「だから新人の皆も、遠慮して先輩を完璧だと思わなくていいわよ」
エリンは。
新人側へ視線を戻した。
「失敗もするし、判断を間違える時もある。分からないことだってある。でも、その後どうするかを見てほしい。間違った時に直せるか。分からない時に聞けるか。誰かが困っていた時に、自分の担当じゃないからって放っておかないか。私は、そこも乗務員の技術だと思ってる」
スズカが。
静かに。
深く頷いた。
ナリタの目も。
先ほどより。
真剣。
シャワーは。
エリンの言葉を一つも逃さないように聞いている。
ルドとエアも。
自然と。
周囲の先輩達を見るようになっていた。
◇
「まあ」
エリンは少しだけ肩の力を抜く。
「初日から難しいことばかり言っても仕方ないわね。まずは名前を覚えて、会社に慣れて、ちゃんとご飯食べて、ちゃんと寝る。そこからでいいわ」
張り詰めていた空気が。
少しだけ緩んだ。
シャワーなどは。
僅かにほっとした表情。
「ただし」
すぐ。
五人。
また真剣になる。
エリンが苦笑する。
「そんなに身構えなくていいわよ。基礎を飛ばさないでって話。一ヵ月は予定通り基礎訓練。今日出来たから、明日から応用、明後日からフライト、なんてことはしないから」
クミコが。
そこへ。
思わず頷いた。
エリンはその動きを見逃さない。
「クミコ、マユ」
「はい!」
二人。
同時。
「新人五人は予定通り一ヵ月、基礎訓練を中心に進めて。今日の出来がよかったからって、予定を勝手に前倒ししないこと」
「はい」
クミコ。
今度はしっかり答える。
マユも。
「分かりました」
「基礎が出来る人ほど、基礎を流しやすいから。出来るなら、出来るなりに理由まで説明出来る状態にして」
「はい」
二人。
もう一度。
頷く。
エリンの言葉は。
新人五人へ言っているようで。
教育係二人へも。
はっきり向けられていた。
五人の技術が高い。
だから。
すぐ難しい訓練を与えたくなる。
自分達でも教えられることを証明したくなる。
そこを。
急ぐな。
そう言われている。
◇
「ミラ」
今度は。
エリンが呼ぶ。
「はい」
「この後のシュミレーション、続けておいて」
「分かりました」
「午後は?」
「基本動作の確認と、客室配置を変えた状態で同じ内容をもう一度やる予定です」
「それでいいわ。出来れば最初の結果は教えないで、配置を変えた時に同じ判断が出来るか見て」
ミラ。
少しだけ笑う。
「分かりました」
「私は一度、宇宙管理局へ行ってくる」
その言葉。
既存メンバーは。
すぐに何のことか分かった。
魔のゾーン。
リュウジ。
ペルシア。
チャコ。
タツヤ班長。
数日前から解析が進められている。
「魔のゾーンですか?」
ミラが尋ねる。
「ええ。解析結果がまとまってきたみたいだから、一回確認してくる」
「戻りは?」
「遅くても夕方には戻るつもり。何かあったら連絡して」
「はい。こちらは見ておきます」
「お願い」
以前なら。
エリン自身がシュミレーションへ残ることを選んだかもしれない。
新人。
しかも。
これだけ優秀な五人。
直接見たい。
直接教えたい。
そう思っても不思議ではない。
でも。
今日は。
迷わず。
ミラへ預ける。
クミコとマユにも。
任せる。
それが。
今のスペースホープだった。
◇
エリンが端末を確認し。
その場を離れようとした時だった。
「エリンさん」
声。
ルド。
エリンが振り返る。
「何?」
ルドは。
少しだけ迷った後。
まっすぐに尋ねた。
「エリンさんから直接指導を受けることは出来ないんですか?」
その質問。
周囲。
少しだけ静かになる。
クミコ。
マユ。
二人の表情も。
ほんの僅か。
変わった。
責められたわけではない。
ルドにも。
悪意。
全くない。
むしろ。
当然の疑問。
スペースホープ。
再建の中心。
チーフパーサー。
新人達からすれば。
エリンの指導を受けたい。
そう思うこと自体は。
自然だった。
だが。
エリンは。
少しも迷わなかった。
「貴方達の教育係は、クミコとマユでしょう?」
「……」
ルド。
一瞬。
言葉を止める。
「はい」
「なら、まず二人から教わって」
エリンは。
クミコとマユを見る。
二人。
少し驚いている。
「分からないことがあれば二人に聞く。二人で分からなければ、その上に聞く。それでいいの」
ルドが。
少し考える。
「エリンさんは、私達を直接見ないという意味ですか?」
「見ないとは言ってないわよ」
エリン。
少し笑う。
「そのうち嫌でも見ることになるから安心して」
ホーネット。
後ろ。
吹き出しそうになる。
クミコは。
何となく。
その意味。
分かる。
エリンのシュミレーション。
受けたい。
そう言えるのは。
まだ。
知らないからだ。
「でも」
エリンは続ける。
「最初から私が全部教えたら、クミコとマユを教育係にした意味がないでしょう?」
ルド。
静かに。
クミコとマユを見る。
「……」
エリンも。
同じ二人を見る。
「二人とも、ちゃんと現場に出て、失敗して、戻って、また訓練して、ここまで来た子達よ。貴方達とは違う形で覚えてきたことがたくさんある」
クミコ。
少し。
目を見開く。
マユも。
エリンを見る。
「学校で首席だった貴方達に、首席じゃなかった人から教わることがないと思う?」
声音。
穏やか。
でも。
少し試すような問い。
ルド。
すぐ。
首を横に振る。
「いいえ。そういう意味で聞いたわけではありません」
「分かってる」
エリンは笑った。
「だから聞いたの」
ルドの目を見て。
「乗務員は、誰からでも学べる人の方が強いわよ」
◇
少し。
沈黙。
ルド。
今度は。
きちんとクミコとマユへ向き直った。
「すみません。お二人を軽く見たつもりはありません。でも、言い方がよくありませんでした」
柔らかい。
でも。
逃げない。
自分の言葉がどう聞こえたか。
理解すれば。
きちんと謝る。
クミコは。
慌てて首を振った。
「大丈夫! 気にしてないから。それにエリンさんから教わりたいのも分かるし」
マユも。
小さく頷く。
「私達もそうだったから」
ルドが。
少しだけ。
表情を柔らかくする。
「では、改めてよろしくお願いします」
「うん」
「よろしくね」
エリンは。
そのやり取りを見届けた。
そして。
小さく頷く。
「じゃあ、私は行くわね」
◇
「エリンさん」
今度は。
ミラ。
「はい?」
「宇宙管理局の方、気をつけてください」
「私は調査船に乗るわけじゃないわよ」
「それでもです」
「はいはい」
少し笑いながら。
エリンはシュミレーションルームを出ていく。
扉。
閉じる。
その直後。
室内。
妙な静けさ。
「……」
新人五人。
閉じた扉を見る。
クミコ達。
新人を見る。
ホーネット。
腕を組む。
「どう?」
五人が振り返る。
「エリン、怖かった?」
「ホーネット」
シルヴィアが呆れた声。
しかし。
ルドは少し笑った。
「怖くはありません。ただ……」
「ただ?」
「思っていたより、ずっと見られている感じがしました」
「分かる!」
クミコ。
思わず。
強く反応。
「そうなんだよ!」
教育係。
一瞬。
忘れた。
「エリンさんって、別にずっとこっち見てないのに、後から『あそこ何でそうしたの?』って聞いてくるから!」
マユ。
小さく。
「クミコ、今は先輩」
「あ」
クミコ。
戻る。
「……まあ、そういう人だから」
ルドが。
少し楽しそうに笑った。
エアも。
「なるほど。直接教わるのは、もう少し先でいいかもしれませんね」
ホーネット。
「賢い!」
「何がですか?」
「受ければ分かる」
スズカが。
穏やかに。
「でも、楽しみです」
ナリタも。
短く。
「同じく」
そして。
シャワー。
「私は……もう少し後がいいです」
一瞬。
静か。
それから。
笑い。
シュミレーションルームに。
柔らかく広がった。
◇
ミラが。
手を叩く。
「はい。じゃあ休憩はここまで。エリンさんから頼まれたので、続けますよ」
新人五人。
すぐ。
表情が変わる。
「はい」
ルド。
「お願いします」
エア。
「はい」
スズカ。
「了解」
ナリタ。
「は、はい!」
シャワー。
ミラは。
五人を見る。
そして。
一度。
自分達。
先輩側。
見る。
エリンの言葉。
残っている。
――見られる側になったからね。
ワイルドフライト賞。
嬉しかった。
胸を張っていい。
でも。
その賞を見て。
今日。
この五人が来たのだとしたら。
今度は。
その期待を。
自分達が受け止めなければならない。
「……ラン」
「何?」
二人の間。
いつもの通常口調。
「ちょっと気合い入れ直さないとね」
「うん。新人、かなり出来るし」
「負けたくない?」
ラン。
少し笑う。
「少しね」
「私も」
その会話を聞いたホーネットが。
「私はかなり!」
大きな声。
ユウコが笑う。
「ホーネットは分かりやすすぎ」
「ユウコは?」
「私? そりゃ負けたくないよ」
ナツキも。
隣で小さく笑う。
「私も」
◇
五人の新人が入ったことで。
変わるのは。
新人達だけではなかった。
新しい人間が入ってくれば。
先輩は。
先輩になる。
それまで。
自分の成長だけを考えていればよかった者が。
見られる側になる。
教える側になる。
比べられる側になる。
そして。
ワイルドフライト賞という評価を得たスペースホープも。
同じだった。
もう。
「再建途中だから」。
それだけでは。
見てもらえない。
期待される会社になった。
だからこそ。
新人達には。
今のスペースホープを見てもらう。
同時に。
先輩達には。
見せられるだけの仕事をしてもらう。
エリンは。
たった短い挨拶の中で。
その両方へ。
釘を刺していった。
そして本人は。
新人五人の教育を。
クミコとマユ。
ミラ達へ預け。
今度は。
宇宙管理局。
魔のゾーンという。
もう一つの仕事へ向かっていた。
その背中を。
新人達が追う必要は。
まだない。
まずは。
目の前。
クミコとマユ。
そして。
ここにいる先輩達。
そこから。
スペースホープの乗務員としての一ヵ月が。
本格的に始まろうとしていた。