サヴァイヴ(オリジナル小説)   作:一塔

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第26話

安全エリアの静寂に、機械の低い駆動音だけが響いていた。

 皆は散乱していたコンテナを椅子代わりに並べ、その周囲を囲むようにして座っていた。

 中央では、アダムがまだ目に涙を溜めたまま、ルナの膝に頬を寄せていた。

 

 ルナはその髪をそっと撫でながら、穏やかに呟く。

 「……この惑星で生きていくには、やっぱり――“サヴァイヴ”をどうにかするしかなさそうね。」

 

 その言葉に、メノリがゆっくりと顔を上げる。

 「……まだ、“この惑星で生きていく”と決めたわけではない。」

 

 場の空気が少しだけ張り詰める。

 メノリの瞳には冷静な光が宿っていた。

 

 「最も優先すべきは、“宇宙船”を手に入れることだ。」

 

 ルナは小さく頷き、アダムを見つめながら微笑む。

 「そうね……。

 そうすれば、コロニーに帰れるかもしれない。その時はアダムも一緒よ」

 

 ルナの手がアダムの髪を優しく撫でた。

 アダムは小さく頷きながらも、まだ言葉を発せなかった。

 

 「どちらにしても、相手は“メインコンピュータ・サヴァイヴ”ってわけだな。」

 ベルが腕を組みながら呟く。

 

 「この場所を拠点にすれば、戦う術もあるかもしれない。」

 カオルが辺りの設備を見渡しながら言う。

 

 「せやな。そこそこのコンピュータもメカも残っとるようやしな。」

 チャコも同意しながら頷いた。

 

 重い空気の中で――突然。

 

 ――ぐぅるるるぅ~~。

 

 間の抜けた音が響いた。

 全員の視線がそちらに向く。

 

 「う、うぅ……」

 シンゴが顔を赤らめ、お腹を押さえていた。

 「メカ関係はいいとして……食事関係はどうなるの?」

 

 その一言で、空気が一瞬やわらいだ。

 

 「これのことですか?」

 タコがピョコっと跳ねるように手を上げ、リンゴのような緑色の果物を取り出した。

 

 「おおっ! それやそれ!」

 チャコが身を乗り出す。

 

 だが次の瞬間、タコは大きく口を開け――

 その果物を自分の口に“ぱくっ”と放り込んだ。

 

 「……!」

 

 全員が固まる中、タコは頬を両手で押さえ、嬉しそうに言った。

 「おいしい! エネルギー補修完了っ!!」

 

 「ごらぁぁ! タコぉ!!」

 チャコの怒声が響く。

 

 「なんで君だけ食べるんだよ!」とシンゴも立ち上がった。

 

 タコはきょとんと目を瞬かせ、首を傾げた。

 「私には、あなた達と違って――この部屋を“護る”という大切な役目がありますから!」

 

 「……こいつ、なんかむかつくな。」

 チャコが唸り声を上げる。

 

 するとタコが突然、ぴょんと跳ね上がった。

 「では! 私だけが知っている“秘密の抜け道”で、食べ物を探せる場所へご案内しましょう!」

 

 「抜け道?」とルナが目を丸くする。

 「ドローンはどうなんだ?」とリュウジが尋ねる。

 

 「ドローンはいません。」とタコは胸を張るように答えた。

 「ドローンに見つからないルートを、よく見つけたわね。」とルナは少し嬉しそうに微笑む。

 

 「はいっ! 船内のマップは、すべて完全にインプットしていますから!」

 

 「ほんまか! ウチにもコピーさせてや!」とチャコが食いつく。

 「はいですっ!」とタコは陽気に答えた。

 

 そして、タコの先導で一行は地下水路を進んだ。

 湿った空気と、金属の冷たい匂いが漂う。

 やがて長い手摺りの階段を登ると、タコが先に上がって周囲を確認する。

 

 「……安全です。」

 

 タコの言葉と同時に、皆も階段を上りきった。

 その瞬間――視界が開けた。

 

 まぶしい光。

 空は青く、風が吹き抜ける。

 そして眼下には、果てしない緑の大地が広がっていた。

 

 「……すごい……」

 ルナの唇から、思わず息が漏れた。

 

 大地の向こう、山の上には――

 巨大な構造物が静かにそびえていた。

 緑色の塔のような、それでいて有機的な曲線を持つ。

 

 「……あれが……テラフォーミングマシン……。」

 チャコが呆然と呟く。

 

 風が、草原を渡っていく。

 その音だけが響いていた。

 

 リュウジはふと別方向へ視線を向けた。

 そこには、巨大な金属の塊が地表から突き出していた。

 

 「……なんだ、あれは……。」

 

 大地に半ば埋もれたそれは、先ほどまでいた宇宙船。

 ただし、見たこともない巨大な構造と形状。

 

 リュウジは息を呑み、目を細めた。

 彼の胸の中で、ひとつの確信が生まれ始めていた。

 それが、この惑星の“運命”そのものに繋がっていることを――。

 

◇◇◇

 

皆は岩に囲まれた木陰に移動した。

 頭上には木の枝が風に揺れ、わずかな木漏れ日が差し込んでいる。

 遠くでは虫の羽音が聞こえ、冷たい空気が肌を撫でた。

 

 「ここで、少し休みましょう。」

 ルナが背負っていたリュックを下ろし、周囲を見渡した。

 「それから――食糧を集めに行こう。」

 

 「手分けした方がよさそうだな。」

 メノリが冷静に提案した。

 

 「ええ。」

 ルナは頷きながら、仲間たちを見回す。

 

 「メノリとベル、シンゴ・チャコ・カオル――そして、私とリュウジ。

 タコとアダムはここで待ってて。」

 

 「僕も行く!」

 アダムが即座に声を上げた。

 

 ルナは驚いたように振り返る。

 「アダム……。」

 

 その目には、迷いと優しさが入り混じっていた。

 アダムの顔は真剣そのもの。

 その小さな拳が、ぎゅっと握られているのを見て、ルナの表情が次第にやわらぐ。

 

 「……分かったわ。一緒に行きましょう。」

 

 「うん! ありがとう!」

 アダムは嬉しそうに頷いた。

 

 その様子を見ていたタコが、ぴょんと前に出た。

 「それでしたら、私は先に“安全エリア”に戻っていますので。」

 

 「分かったわ。タコの分もちゃんと持っていくからね。」

 ルナが微笑む。

 

 「それと……森の中には、ドローンがいます。気をつけてください!」

 タコが声を張り上げた。

 

 「はは~ん……さては、タコ、怖いんやな?」

 チャコがニヤリと笑う。

 

 「ち、違いますよ!! 私は心配して――!」

 慌てふためくタコに、みんながクスッと笑った。

 その小さな笑いが、緊張を少し和らげた。

 

 リュウジはその空気の中、腰のナイフに手を触れた。

 「カオル、ついでに武器になりそうなものも探しておいた方がいい。」

 

 「ああ。黒曜石の槍は失った。残ってるのはお前と俺のナイフ二本だけだしな。」

 カオルも頷き、視線を鋭く森の奥へ向けた。

 

 ルナはそんな二人を見て、小さく頷いた。

 「それじゃあ、気をつけていきましょう。

 何かあったら、すぐに戻ってきてね。」

 

 「了解。」

 リュウジが短く返す。

 

 そして、一同はゆっくりと森の中へと歩みを進めた。

 メノリとベルは左の斜面へ、

 チャコとシンゴ、カオルは奥の高木の方へ。

 そしてルナ、リュウジ、アダムは右の森へと入っていった。

 

 木々の間から差す光が、三人の影を長く伸ばす。

 足元の草が、風にざわりと揺れた。

 

 それぞれの背中に、使命と不安が静かに同居していた。

 だが、その中に確かにあった――

 “生き抜くための意志”。

 

◇◇◇

 

森の奥はしっとりとした静けさに包まれていた。

 風が梢を揺らし、柔らかな木漏れ日が地面に模様を描く。

 ルナ、リュウジ、アダムの三人は慎重に足を進めながら、食糧になりそうなものを探していた。

 

 やがて、アダムが前方を指差した。

 「ねぇ、あれ……!」

 

 低い枝の茂る木の下に、丸くて緑色の果実がいくつも実っていた。

 瑞々しい香りが風に乗って漂う。

 

 「……あったな。」

 リュウジが腰に差していたナイフを抜き、無駄のない動作で枝を押さえ、果実を切り離していく。

 刃先が光を反射し、淡い緑の皮にすっと線を描くようにして果実が落ちた。

 

 「ナイフがなければ、あれは取れないわね……。」

 ルナが小声で呟くと、アダムも真剣な眼差しでリュウジの動きを見つめていた。

 

 するとアダムは、地面に落ちていた丸い石を拾い上げると、リュウジの隣に立った。

 「僕もやってみる!」

 

 その小さな手で枝に届こうと背伸びし、石で実を軽く叩こうとする。

 リュウジは思わず笑みを浮かべた。

 

 「……アダム、これを使え。」

 そう言って、自分のナイフを差し出す。

 

「いいの?」

 アダムは驚きながらも、目を輝かせて受け取った。

 

 「気をつけろよ。」

 リュウジの声は、どこか優しい響きを持っていた。

  

 

「ありがとう!」

 アダムは嬉しそうに受け取り、慎重に刃を枝に当てた。

 その姿は、不器用ながらも一生懸命で――どこか、昔の自分を見ているようだった。

 

 リュウジはアダムのそばを離れてルナの方へと戻り、隣に腰を下ろした。

 

 ルナは膝を曲げ、しゃがみ込みながらリュウジと同じ目線で、穏やかに微笑む。

 「……優しいのね、リュウジ。」

 

 「何だよ、急に。」

 気恥ずかしそうに眉を寄せて、リュウジは視線を逸らした。

 

 「別に。」

 ルナは小さく笑った。その笑みは、どこか安心したようでもあり、温かかった。

 

 アダムがようやく果実を一つ切り落とした。

 「見て! できたよ!」

 その声にルナとリュウジが振り向く。

 

 彼の手には、丸くて瑞々しい果実が一つ。

 それを掲げるように見せるアダムの顔は、嬉しさでいっぱいだった。

 

 「すごいわね、アダム。」

 ルナの声は柔らかく、まるで母親のようだった。

 

 「……よくやったな。」

 リュウジも頷きながら微笑む。

 

 その様子を見て、ルナは立ち上がるとリュウジの正面に膝をついた。

 「――怪我、見せて?」

 

 リュウジは少し目を見開き、無言でルナを見返した。

 

 「気づいてないと思ってたの? ちゃんと見てるんだから。」

 ルナはそっと彼の袖をまくり上げた。

 

 「……っ!」

 露わになった腕には、掠り傷や火傷のような赤みがいくつもあった。

 

 「すごい怪我じゃない……。」

 ルナの声がわずかに震える。

 

 「大丈夫だ、心配するな。」

 リュウジは軽く笑って見せた。

 その笑みが逆に胸に刺さる。

 

 「もう……。」

 ルナは短く息を吐き、持っていた布包みから薬草を取り出した。

 「じっとしてて。」

 

 緑の葉から滲み出た汁を傷口にあてる。

 リュウジはわずかに顔をしかめたが、黙って受け入れた。

 

 「薬草なんて……いつ見つけたんだ?」

 

 「ここに来る途中で見つけたの。」

 ルナは器用にハンカチを巻きつけ、手早く結び目を作る。

 

 「はい、これでよし。」

 ルナが微笑むと、リュウジは短く息を吐いて頷いた。

 

 「……ありがとう。」

 

 ルナはその言葉に、少しだけ頬を染めて視線を逸らした。

 

 「リュウジー!」

 アダムの明るい声が木々の間に響く。

 両腕に果実を抱え、誇らしげに駆け寄ってきた。

 

 リュウジは立ち上がり、アダムの頭をそっと撫でた。

 「それだけあれば十分だ。よくやったな。」

 

 「えへへ。」

 アダムの笑顔が、森の空気をやわらかく照らした。

 

 その光景を見つめながら、ルナは微笑んだ。

 リュウジの優しさと、アダムの純粋さが並ぶ――

 その穏やかな瞬間が、どこか永遠のように感じられた。

 

◇◇◇

 

ルナたちが岩場の陰へ戻ると、すでに皆が集まっていた。

 陽射しを避けるように岩壁の下に腰を下ろし、果物や木の枝を整理している。

 

 「みんな、ただいま。」

 ルナが声をかけると、メノリが顔を上げた。

 

 「ドローンは大丈夫だったか?」

 

 「うん、こっちは見かけなかったよ。」

 ルナは答えながら、手に抱えていた果物をみんなが集めてきた分のそばに置いた。

 瑞々しい緑色の果実が重なり、甘い香りが漂う。

 

 「ぎょうさん取ってきたんやなぁ。」

 チャコが感心したように言うと、ルナは小さく笑った。

 

 「うん。アダムが取ってくれたの。」

 

 その言葉に、アダムは照れくさそうに頬を掻き、「えへへ」と笑った。

 「ありがとう、アダム。」とベルが優しく言う。

 

 そのベルの手には、シルバーに光る石を括りつけた槍が握られていた。

 石は鋭く研がれ、即席とは思えない仕上がりだ。

 

 「こんなものしかなかったが、ないよりマシだろ。」

 カオルが言って、一本をリュウジに渡した。

 

 「助かる。」

 リュウジはそれを受け取り、刃の感触を確かめるように指で撫でた。

 そのまま湖の方へ歩いていく。

 

 「リュウジ、お昼は?」

 ルナが声をかけると、彼は振り返ることなく片手を軽く上げて答えた。

 

 「石を研いでからでいい。」

 

 「まったくもう……。」

 ルナは小さく頬を膨らませた。

 

―――

 

 皆はそれぞれ果物を手に取り、昼食を始めた。

 果汁が指先に滴り、乾いた喉に甘さが染みていく。

 カオルとベルは槍を片手に周囲を警戒しながら、静かに果物をかじっている。

 

 「今はできるだけ、水と食料を集めましょう。」

 ルナの声が響く。

 

 「そうだね。タコもお腹すかせて待っているだろうからね。」

 ベルが頷いた。

 

 「どうせぐうすか居眠りしとるやろ。」

 チャコが笑うと、皆の間に小さな笑い声が広がった。

 

 「少し休んだら、もう一度、食料集めを再開しよう。」

 メノリの提案に、ルナも頷いた。

 

 その時、アダムがルナの服の袖を掴んだ。

 「ねぇ、ルナ。」

 

 「どうしたの、アダム?」

 

 「リュウジのところ、行ってもいい?」

 

 ルナは小さく笑って尋ね返す。

 「ご飯はもう食べたの?」

 

 「うん!」

 アダムは元気に頷いた。

 

 「わかったわ。邪魔しちゃだめだよ。」

 ルナが言うと、アダムは嬉しそうに立ち上がり、湖の方へ駆けていった。

 

 その背中を見送りながら、チャコが口を開く。

 「なんや、アダムはずいぶんリュウジに懐いとるなぁ。」

 

 「リュウジは優しいから。」

 ルナは平然と果物を口に運びながら呟いた。

 

 「……リュウジのこと、よう知ってるんやな。」

 チャコがニヤリと笑う。

 

 「え? だって優しいじゃない。」

 ルナはきょとんとした表情で聞き返した。

 

 「そらそうやけどなぁ。そういう意味で言ったんとちゃうで。」

 チャコが含み笑いを浮かべたその時、

 

 「何を騒いでるんだ?」

 リュウジが戻ってきた。

 

 「リュウジは優しいよね?」

 ルナが唐突に尋ねた。

 

 「は?」

 リュウジは困惑した表情を浮かべ、しばし言葉を失う。

 

 真剣な眼差しを向けるルナに、リュウジはわずかに息を吐き――

 「……そんなことを言うのは、お前ぐらいだ。」

 

 「そうかな?」

 ルナは首を傾げながら微笑む。

 

 「それより……果物を一つ、もらっていく。」

 リュウジは果物を手に取り、軽くかじった。

 

 「アダムはどうした?」とカオルが尋ねる。

 

 「ああ、石を研いでる。」

 リュウジは湖の方へ目を向けた。

 

 「大丈夫なの?」

 ルナが心配そうに尋ねる。

 

 「大丈夫だろ。」

 リュウジは答えると、そのまま再び歩き出した。

 

 「前は危ないからって言って触らせなかっただろうに、どういう風の吹き回しだ?」

 メノリが肩をすくめて言う。

 

 「リュウジはアダムには甘いから。」

 シンゴが呟く。

 

 「リュウジはシンゴにも甘いと思うで。」

 チャコがからかうように言うと、シンゴはきょとんとした。

 

 「そうかなぁ?」

 

 「シンゴが森でリュウジに酷いこと言っても、怒らなかったでしょ?」

 ルナが優しく言う。

 

 「……たしかに。」

 シンゴは苦笑いを浮かべた。

 

 「俺たち同年代には厳しいがな。」

 カオルが肩を鳴らすように言うと、ベルが笑った。

 

 「俺はまだマシかな。」

 

 岩陰には、穏やかな笑い声が満ちた。

 その笑いの中に――ほんのわずかに、安らぎが戻っていた。

 

―――

 

昼食を終え、岩陰の空気が少し穏やかになった。

 陽光は木々の隙間から淡く差し込み、温かい風が果物の香りを運んでいく。

 誰もが一息つき、しばし無言で休息を楽しんでいた。

 

 そんな中、カオルがルナの方に目を向けて尋ねた。

 「……アダムは大丈夫そうか?」

 

 ルナは果物を置き、少し俯いて答えた。

 「無理してると思うの。……お父さんとお母さんが亡くなったって分かって。」

 

 その言葉に、皆の表情が少し曇る。

 チャコが果物の芯を転がしながら呟いた。

 「ウチらに心配かけんように、笑っとるけどなぁ……。」

 

 ルナは静かに頷いた。

 「……うん。せめて、アダムが“やりたい”って思ったことは、やらせてあげたいの。」

 

 その声には、どこか母親のような優しさが滲んでいた。

 メノリが腕を組みながら、ゆっくりと呟く。

 「リュウジも……そう思ってるから、アダムにいろいろやらせているのかもな。」

 

 「うん。リュウジは……アダムの気持ちが分かるんだわ。」

 ルナは遠くを見つめるように言った。

 

 「リュウジもアダムと同じで、物心ついた時には……ご両親が亡くなっているから。」

 

 その瞬間、ルナの口から小さく「あ……」という声が漏れた。

 自分が何を言ってしまったのかに気づき、慌てて両手で口を押さえる。

 

 周囲の空気が一瞬、静止した。

 皆が驚いたように顔を見合わせる。

 

 「……そうなのか?」

 カオルが静かに問う。

 

 「リュウジの……両親が?」

 シンゴも信じられないような表情でルナを見た。

 

 ルナは焦ったように両手を合わせ、顔を伏せた。

 「ごめん……! 今の、聞かなかったことにして……。」

 

 特に口止めされたわけではない。

 けれど、それはリュウジのプライバシーに関すること。

 それを自分の口から漏らしてしまった罪悪感に、ルナは胸が締めつけられた。

 

 「……ルナ。」

 メノリが優しく声をかけようとしたその時。

 

 「――戻ったぞ。」

 

 静かな声が聞こえ、全員の視線が入口へ向く。

 リュウジとアダムが、並んで戻ってきていた。

 

 アダムは嬉しそうに笑っている。

 「見て! 綺麗に研いだんだ!」

 

 ルナの胸が少し痛んだ。

 アダムの笑顔はまぶしいほど純粋で、だからこそ――その裏にある悲しみを知るリュウジの姿が、より切なく見えた。

 

 「おかえり、二人とも。」

 ルナは優しく微笑みながら声をかけた。

 

 リュウジはその笑みにわずかに頷き、地面に腰を下ろした。

 「アダムは筋があるな。」

 

 「ありがと、リュウジ。」

 ルナが言うと、彼はいつものように短く「気にするな」と返した。

 ありがとうの意味を理解しているからリュウジは頷いた。

 

 その自然なやりとりに、誰も何も言わなかった。

 だが――ルナの心には、静かな波紋が広がっていた。

 彼が抱える痛みを、これ以上、言葉で触れたくはなかった。

 

◇◇◇

 

昼下がりの陽が傾き始めた頃、ルナが「そろそろ食料集めを再開しよう」と声を上げた。

 立ち上がる仲間たちの中で、アダムがふと遠くを指差す。

 

 「ねぇ、ルナ! 見て、あれ!」

 

 崖の少し上――そこにいたのは、ゾウのように大きな体に、ヤギのような湾曲した角を持つ生き物だった。

 しかし、ゾウと違い、その長い鼻の先が“口”のように開き、柔らかくうねっている。

 厚い皮膚は淡い灰色、目はどこか穏やかで、光を反射しているようだった。

 

 「わぁ……!」

 アダムは瞳を輝かせ、その生き物に向かって駆け出した。

 

 「アダム! 待って、危ないわ!」

 ルナは驚き、すぐに後を追う。

 

 「気をつけろ!」

 リュウジの声が背中から飛ぶ。

 

 「任せて!」

 ルナは短く返し、アダムのもとへと走った。

 

 生き物はアダムの存在に気づくと、敵意も見せず、穏やかにその場に立っていた。

 アダムは恐れることなく、その長い鼻――いや、“口”を撫でた。

 

 「ゾウみたいだね、ちょっと小さいけど。」

 ルナも隣に膝をつき、アダムの隣で微笑んだ。

 

 生き物はアリクイのような細い舌を伸ばし、アダムの頬をぺろりと舐めた。

 アダムは一瞬驚き、それから嬉しそうに笑った。

 

 「くすぐったいよ!」

 

 その無邪気な笑いに、ルナの胸が温かくなった。

 ――ほんの束の間、ここが未知の惑星であることを忘れてしまうほどに。

 

 やがて、生き物はゆっくりと後ろを振り返った。

 そこには、さらに一回り大きな個体が立っている。

 角は太く、身体も堂々としており、その様子からルナは思わず呟いた。

 

 「お母さん……なのかもね。」

 

 親と思われる個体が森の方へと歩き出すと、小柄な方の生き物もそれに続いた。

 途中で一度だけ振り返り、アダムの方へと視線を向けた。

 

 アダムは嬉しそうに手を振る。

 「またね!」

 

 その姿に、ルナも自然と微笑みがこぼれた。

 

 ――その時だった。

 

 「ルナ!! 後ろだ!!」

 

 リュウジの鋭い声が飛ぶ。

 

 「えっ!?」

 驚いて振り向いたルナの視界に、二機のドローンが迫っていた。

 

 黄色い熱線が空気を裂く。

 

 「アダムッ!!」

 ルナは反射的にアダムを抱きかかえ、地面に飛び込んだ。

 

 熱線が背後の岩を焼き、砂が舞い上がる。

 ドローンのレンズが光を放ち、二人を正確に狙い定める。

 

 「クソッ!」

 リュウジは地面を蹴り、ナイフを両手に構えた。

 次の一撃を放たせる前に斬り込むしかない――そう判断していた。

 

 だが、その瞬間――。

 

 ヒュッ――!

 

 風を切る音が響き、何かがドローンのボディに突き刺さった。

 

 「なっ……!」

 リュウジが目を細めた時には、すでに一機が爆ぜ、炎を上げて落下していた。

 

 続けざまに、もう一機の側面にも何かが突き刺さる。

 次の瞬間――轟音とともに爆発。

 黒い煙が立ち上がり、熱風がルナの髪をなびかせた。

 

 「……何が……起きたの?」

 ルナはアダムを抱えたまま呆然と呟いた。

 

 リュウジは身を低くし、森の奥を見据える。

 確かな“気配”があった。

 

 「誰だ!!」

 声を張り上げる。

 

 森の奥――しばらくして、枝を踏みしめる音が響いた。

 ゆっくりと、確かな足取りで。

 

 そして、木々の影から現れた二つの影。

 

 その姿を見た瞬間、ルナは息を呑んだ。

 信じられないという表情で、アダムを抱いたまま立ち上がる。

 

 「……うそ……」

 

 そこにいたのは――

 確かにこの惑星で命を落としたはずの二人。

 

 シャアラと、ハワードだった。

 

◇◇◇

 

 「……シャアラ……?」

 

 ルナの声が震えた。もう二度と聞くことのないと思っていた――あの優しい声。

 その名を呼ぶように、風がそっと頬を撫でた。

 森の光の中、立っていたのは間違いなくシャアラ。そして隣には、屈強な体躯をしたハワードの姿があった。

 

 「……ハワード!」

 

 いつの間にか、ルナの隣にいたシンゴも叫んでいた。

 「生きていたのか……!」

 メノリの声も震えていた。

 普段、感情を見せることの少ない彼女の目にも、涙の光が浮かんでいた。

 

 ルナの視界が滲む。

 涙が止めどなく溢れ出し、震える声でその名を呼んだ。

 

 「シャアラ!! ハワード!!」

 

 駆け寄るルナを見て、シャアラも両手を胸の前に重ねて、涙をこぼした。

 「ルナ……!」

 

 二人は強く抱きしめ合った。

 互いの体温が伝わる――確かに生きている。夢でも幻でもない。

 

 「怪我はない? 本当に……大丈夫?」

 ルナが涙を拭いながら、シャアラの腕を見つめる。

 

 「ええ、大丈夫……。会いたかったわ……みんなに。」

 シャアラの言葉に、ルナの喉が詰まり、再び涙が溢れた。

 

 「シャアラ……!」

 そのまま彼女を抱きしめた。

 

 そのすぐ隣では――

 「ハワードォ!!!」

 シンゴとチャコが一斉に飛びついた。

 ハワードは大げさに腕を広げて二人を受け止めたが、いつもの照れ臭そうな笑いはなく、ただ静かに二人の背中に手を置いた。

 

 「良かった……幽霊やないなぁ!」

 チャコが涙声で笑う。

 「ほんとに……よかった……」

 ベルは顔を手で覆い、声を詰まらせた。

 メノリも、そしてカオルまでもが目元を拭った。

 

 ――砂の中に消えた二人が、再び目の前にいる。

 その奇跡に、誰もがただ泣いた。

 

―――

 

 やがて、皆は岩陰へと二人を連れていった。

 木々の影が揺れ、柔らかな風が吹き抜ける。

 ルナは自分の持っていた果物を差し出した。

 

 「これ……少しだけど、食べて。」

 

 シャアラは微笑み、果物を手に取った。

 「ありがとう……美味しいわ。」

 

 「後でもっと取ってくるね。」

 ルナの笑顔は涙の跡で濡れていたが、どこか安堵に満ちていた。

 

 皆も果物を手渡し、二人の無事を喜び合った。

 ただ一人――リュウジだけが、静かに二人を見つめていた。

 

 (……何かが違う。)

 

 彼の直感がわずかにざらついた。

 ハワードの視線は、どこか焦点が合っていない。

 シャアラの笑顔も、どこかぎこちない。

 ――だが、今それを口に出すことはできなかった。

 皆の喜ぶ顔を前に、リュウジはその違和感を心の奥に押し込めた。

 

 「ねぇ、二人は……あのあと、どうやって助かったの?」

 シンゴが涙を拭いながら尋ねた。

 

 「よくあの砂の中から出られたな。」

 メノリも信じられないというように目を細める。

 

 「とにかく無事で良かったで!」

 チャコが明るく笑い、空気を和らげた。

 

 「ここまでどうやって来たの?」

 ベルが穏やかに声をかけると――

 

 シャアラは一瞬、言葉を詰まらせた。

 「え……あ……あの……」

 俯いたまま、しばし沈黙が流れる。

 

 「みんな、シャアラが話せないでしょう!」

 ルナが明るく言って、空気をやわらげた。

 

 「すまない。」

 メノリが小さく頭を下げる。

 

 シャアラは静かに首を横に振り、微笑んだ。

 「ごめんね……心配かけて。あの時は、私も……駄目だと思ったの。

 どんどん砂が迫ってきて……もう逃げられなくて。

 みんなの声は聞こえたのに、身体が動かなくて……」

 

 彼女の声が少し震えた。

 ルナは唇を噛みしめながら、じっと耳を傾けた。

 

 「……でも、砂の下に……水が流れていたの。

 私とハワードはそこに落ちたの。

 その後のことは、何も覚えていない。

 気づいたら、この森にいたの。」

 

 「地下水道か。」

 カオルが低く呟く。

 

 「ひょっとすると、うちらが通ってきた地下通路と繋がっとったんかもな。」

 チャコが頷いた。

 

 「ま、ウチは最初からハワードは殺しても死なんやっちゃ思うとったけどな!」

 その冗談に皆が笑い声を上げた。

 

 だが、笑いの中――ハワードだけは微動だにしなかった。

 静かに果物を手に持ったまま、何も言わず、遠くを見つめている。

 

 「……どうしたんや、ハワード。えらい静かやな?」

 チャコが首を傾げた。

 

 「……と、とにかく……皆が無事でよかった。こうして、また……一緒にいられると……安心するわ。」

 シャアラがそう言って微笑んだ。

 

 その言葉に、ルナは頷いた――

 だが、リュウジの胸の奥では、静かに何かが軋んだ。

 

 (……やっぱり、何かが……おかしい。)

 

◇◇◇

 

午後の陽光が斜めに差し込み、森の木々の影が長く伸びていた。

 果実を入れた籠を両手で抱え、ルナとリュウジが岩場の陰に戻ってくると、皆が輪になって話しているのが見えた。

 

 「ただいま!」

 ルナが明るく声を上げた。

 

 メノリが二人を見て口を開いた。

 「森の様子はどうだった?」

 

 「こっちはさっきと変わらなかったわよ。」

 ルナは少し汗ばんだ額を拭いながら、果物を地面に置いた。

 

 リュウジは周囲を一度見渡しながら尋ねた。

 「何かあったのか?」

 

 「……ドローンを見かけなかったんだ。」

 メノリが真剣な表情で答える。

 

 「気配は何も感じなかったな。」

 リュウジは低く言った。

 

 「よかった! これで安心して食料集めができるね!」

 シンゴが明るく声を弾ませる。

 

 「ほんと!」

 アダムも笑顔で頷いた。

 

 だが、ベルは腕を組み、険しい目で森の方を見つめていた。

 「いや、かえって不気味だよ。」

 

 「私もそう思う。」

 メノリが頷いた。

 「あれだけ攻撃してきたドローンが、急に姿を消すなんて――普通じゃない。」

 

 空気が重くなった。

 沈黙の中、リュウジは静かに口を開く。

 「少し様子を見てくる。」

 

 腰のナイフを確認しながら、果物を降ろした。

 

 「俺も行こう。」

 すぐにカオルが立ち上がり、短く言った。

 

 「大丈夫なの?」

 ルナが心配そうにリュウジに視線を向けた。

 

 リュウジは少しだけ振り返り、落ち着いた声で答えた。

 「心配するな。ちょっと様子を見てくるだけだ。」

 

 そう言いながらも、彼の目は森の奥――陽の光が届かない暗がりを捉えていた。

 その瞳の奥に、ほんの一瞬だけ警戒の色が走った。

 

 「……それよりも。」

 

 リュウジはルナの傍に歩み寄り、誰にも聞こえないほどの小さな声で囁いた。

 「お前も気をつけろ。」

 

 「え?」

 ルナは思わず声を漏らしたが、リュウジは何も言わず、ただ真剣な眼差しで一瞬だけルナを見た。

 その瞳には、言葉以上の緊張が宿っていた。

 

 次の瞬間には、彼はもう表情を戻し、カオルに向き直った。

 「行こう。」

 

 「ああ。」

 カオルが頷き、二人は駆け出した。

 

 森の奥へ――その背中が木々の間に消えていく。

 

 ルナはその場に立ち尽くしたまま、手を胸に当てた。

 心臓の鼓動が速くなる。

 “気をつけろ”――リュウジの声が頭の中で何度も反響していた。

 

 なぜあんな真剣な顔を……?

 まるで、すでに何かを察知しているような――。

 

 ルナは不安げに森の闇を見つめた。

 風が止まり、木々がざわめきを潜めた。

 

◇◇◇

 

リュウジとカオルは、常人とは思えない速さで森の中を駆け抜けていた。

 枝葉を掻き分け、濃密な緑の空気を切り裂きながら、二人の足音が湿った地面を叩く。

 

 やがて、かなり奥深くに入ったところで――

 リュウジが急に立ち止まった。

 

 「……ドローンはいないな。」

 息一つ乱さず、リュウジは静かに言った。

 

 「……ああ……」

 カオルは膝に手をつき、荒い呼吸を整えながら短く答えた。

 喉の奥で呼吸がひゅうっと鳴る。

 

 「……お前、だいぶ鈍ってるな。」

 リュウジが目を細めて言う。

 

 「はっ、あれだけ走って、息ひとつ乱さないお前の方がおかしいんだよ。」

 カオルは額の汗を拭い、苦笑を浮かべた。

 

 「心肺機能はダントツで俺が一番だったからな。アストロノーツ訓練校の時もそうだっただろ。」

 リュウジがわずかに口角を上げる。

 その軽口が、わずかながら空気を和らげた。

 

 だが、カオルもすぐに息を整えると、真剣な顔に戻った。

 「……メノリの言ったとおりだな。」

 

 「……ああ。あれだけ走り回ったのに、ドローンは出てこなかった。」

 リュウジの声は低く、どこか警戒の色を帯びていた。

 

 「何を企んでいるんだ、サヴァイヴは……」

 カオルが呟き、額の汗を拭う。

 

 「……分からない。」

 リュウジは周囲の木々を見回した。

 鳥の鳴き声も、風の音も消え、森はまるで“呼吸”をやめたように静まり返っていた。

 

 「そもそも、ドローンは何のためにいるんだ?」

 リュウジが問う。

 

 「俺たちを妨害するためだろう。

  もしくは監視か……殺害か。

  どちらにせよ、俺たちをメインコンピュータに近づけさせないつもりなんだ。」

 

 カオルの答えに、リュウジは小さく反応した。

 「……監視、か。」

 

 その一言を繰り返すように、リュウジは森の奥を見つめた。

 監視が目的であるなら――なぜ、ドローンを引き上げる必要があった?

 監視を“やめる”理由など、あるはずがない。

 

 (……監視が不要になった。つまり、すでに監視が“別の手段”で行われている?)

 

 リュウジは眉を寄せ、思考を張り巡らせた。

 その脳裏をよぎったのは、あの二人の顔――

 (まさか……ハワードとシャアラが……)

 

 その瞬間、カオルの声が現実に引き戻した。

 「……そろそろ戻った方がいい。」

 

 リュウジは目を伏せ、短く息を吐く。

 「……ああ、そうしよう。」

 

―――

 

 そして二人は森を抜け、湖畔へと続く小道に出た。

 目の前に広がる光景に、カオルが息を呑む。

 

 湖のほとり――そこには、ゾウのような体躯にヤギのような角をもつ大きな生き物が二頭。

 大きい方は森の奥に向かってゆっくりと歩き、小さい方は湖面に顔を近づけていた。

 

 穏やかな風。

 その平和な一瞬を――切り裂くように、声が響いた。

 

 「シャアラ!!!」

 ルナの叫びだった。

 

 リュウジとカオルは同時に顔を上げた。

 「ハワードとアダムが湖に落ちたの!!」

 シャアラの声が震えている。

 

 その一言で、二人は考えるより早く体が動いた。

 

 「カオルはハワードを頼む!」

 リュウジが叫びながら駆け出す。

 

 「分かった!」

 カオルも応えると同時に走り出した。

 

 「二人とも!!」

 ルナの叫びが背中に響く。

 

 走りながら、リュウジは上着を脱ぎ捨て、靴を蹴り飛ばした。

 カオルもそれに続く。

 

 冷たい風が頬を叩く。

 水面がきらりと光った瞬間――

 

 リュウジとカオルは、ほとんど同時に湖へと飛び込んだ。

 

 水しぶきが空高く舞い、白い泡が光を反射した。

 深い湖の底へと、二人の姿が吸い込まれていった。

 

 水面を泳いでいくリュウジとカオルの姿を、ルナは息を呑んで見つめていた。

 陽光を反射する水面の向こうで――アダムが藻掻いていた。

 小さな両手が必死に水を掻こうとする。だが、次の瞬間、その動きが止まった。

 

 「アダム……!?」

 

 ルナの喉が震える。

 アダムの身体は、まるで糸が切れた人形のように静かに沈み始めていた。

 

 「アダムぅうううっ!!」

 

 叫び声と同時に、ルナの身体はもう走り出していた。

 考えるより早く、心が命じていた。

 湖面へと駆け込み、勢いよく飛び込む。

 

 冷たい水が全身を包み、耳が水音に沈む。

 それでもルナは構わず、何度もアダムの名を呼びながら泳ぎ続けた。

 

 「アダム! どこ!? アダム!!」

 

 水飛沫の向こう――。

 リュウジは既にアダムがいた位置まで到達していた。

 迷うことなく、水中に身体を沈める。

 

 深く、深く――。

 視界がぼやけ、青が広がる。

 その時、リュウジの身体がふと止まった。

 

 ――桜色の光。

 

 沈んでいたアダムの身体が、淡い光に包まれていた。

 その姿は、まるで水の精霊のように静かで、美しかった。

 

 (……これは?)

 

 一瞬だけ思考が止まったが、リュウジはすぐに腕を伸ばした。

 光の中からアダムを抱き上げ、水を掻いて浮上する。

 

 水面を破り、空気を吸い込む音が響く。

 「アダム!」

 

 ルナもすぐ傍にいた。

 彼女の瞳が安堵に滲む。

 

―――

 

 二人はアダムを抱えて丘へと上がり、濡れた身体を草地に横たえた。

 「しっかりしろ! しっかりするんだ、アダム!」

 リュウジがアダムの肩を抱き、頬を軽く叩いた。

 

 沈黙。

 そして――アダムの小さな瞼がゆっくりと開いた。

 

 「……ルナ……」

 

 かすかな声。

 リュウジとルナの顔に、ようやく安堵の色が広がった。

 

 「おーい! 大丈夫か!?」

 チャコ、シンゴ、ベル、メノリがシャアラに連れられて駆け寄ってくる。

 

 「大丈夫よ……もう、平気。」

 ルナはそう言いながら、アダムの頬に手を添えた。

 

 「……ぼく……ルナに、お花を……」

 アダムが微かに微笑みながら言う。

 

 「いいの。喋らなくていいのよ。」

 ルナは優しく微笑み返した。

 

 「ちょっと見とこうか。」

 チャコが息を整え、アダムの胸元にセンサーを翳す。

 ピッ――という電子音が響いた。

 

 しばらくして、チャコが安堵の声を出す。

 「異常はなさそうや。ナノマシンの暴走反応もゼロや。」

 

 「よかった……」

 リュウジが深く息を吐いた。

 

 「ハワードの方は大丈夫なんか?」とチャコが振り向く。

 

 「大丈夫だ。」カオルが短く答えた。

 

 だが、シンゴはじっとハワードの顔を見て言った。

 「でも、やっぱり顔色が悪いよ。」

 

 「まさか悪性ナノに感染してるんじゃないだろうな……?」とメノリが呟く。

 

 「ええっ!?」とベルが驚きの声を上げる。

 

 「そんなはずないわ……!」

 シャアラが反射的に声を上げた。その焦りが、むしろ異様に見えた。

 

 「でもな、元気がないのは確かや」とチャコ。

 

 「万が一感染してても、照射機があれば治せる。だから大丈夫だよ」とシンゴ。

 

 その時だった。

 一瞬だけ、シャアラとハワードの目が――氷のように鋭く光った。

 

 リュウジはその光を見逃さなかった。

 (……やっぱり、何かある)

 

 ルナはリュウジからアダムを受け取り、静かに言った。

 「ハワード……やっぱりチャコに診てもらったら?」

 

 「そうだな。その方が安心だ。」とメノリが頷く。

 

 「必要ない。」

 ハワードが低く、機械のような声で呟いた。

 

 「まぁまぁ、すぐ終わるからな。痛いもんでもあらへんし。」

 チャコが笑いながらセンサーを向ける。

 

 ――その瞬間。

 

 「必要ないと言った!!」

 

 ハワードの腕が弾かれたように動き、チャコの身体を強く払った。

 チャコは小さく悲鳴を上げて飛ばされる。

 

 「チャコ!」

 リュウジがすぐに走り、彼女の身体を受け止めた。

 

 「だ、大丈夫や……!」

 チャコは頭部を押さえながら、苦しげに笑う。

 

 「ハワード、危ないじゃないか!」

 シンゴが怒鳴った。

 

 だが、ハワードは沈黙したまま動かない。

 俯いた顔の影に、何か別の光が潜んでいるように見えた。

 

 ルナはアダムを抱き寄せ、怯えた目でその姿を見つめた。

 彼女の前では、リュウジがゆっくりと腰のナイフに手をかけている。

 殺気ではない。――守るための本能だった。

 

 「……やめろ、リュウジ。」

 カオルが静かに言う。

 

 「……俺は冷静だ。」

 リュウジは視線を逸らさずに答えた。

 

 ハワードはゆっくりと肩を戻し、俯いたまま何も言わない。

 その様子に、ルナの胸の中で恐怖と疑念が入り混じる。

 

 ――もしかして。

 

 (リュウジが言った“気をつけろ”って……このことだったの?)

 

 ルナの喉が鳴る。

 誰も動けない沈黙の中で、ハワードの影だけが――ゆっくりと震えていた。

 

◇◇◇

 

笑い声、談笑、果物の甘い香り。

 長い戦いと恐怖の果てにようやく手に入れた、束の間の穏やかな夕食。

 

 ルナはアダムの隣に座り、そっと肩を寄せた。アダムは笑顔を見せながらも、どこか寂しげな瞳をしていた。

 (少しでも、笑顔でいてほしい……)

 そう願いながら、ルナはアダムの小さな手を握った。

 

 その夜、皆が疲れを抱えながらも心地よい眠りに落ちていった。

 安全エリアの灯りが淡く揺らめき、機械音だけが静かに響く。

 

 しかし――ルナだけは、なぜか眠れなかった。

 胸の奥に残る小さな不安。

 それは、ハワードとシャアラが戻ってから感じている、微かな違和感だった。

 

 そっと立ち上がり、アダムの寝顔を見つめる。

 (アダム……少しだけ、ごめんね)

 毛布をかけ直し、ルナは静かに部屋を出た。

 

 冷たい通路を抜け、制御ルームに入る。

 そこには、淡い光に照らされたリュウジの姿があった。

 モニターを背にして、無言で腕を組み、何かを考えているようだった。

 

 「アダムはどうだった?」

 背を向けたまま、リュウジが声をかけてきた。

 

 「ぐっすり眠ってるわ。」

 ルナは微笑みながら、彼の傍へと歩み寄る。

 

 「まだ寝ないの?」とルナが尋ねると、リュウジはゆっくりと振り向いた。

 「今日くらい、アダムの傍にいてやれ。」

 

 「うん……でも、リュウジも見張りはもういいんじゃない?ここは安全エリアだし。」

 

 「……ああ、そうだな。」

 短い返事だったが、その声音にはわずかな張り詰めた気配があった。

 

 ルナは彼をじっと見つめた。

 「……本当ね。リュウジがまだ起きてると思って、来たの。」

 

 リュウジの瞳がわずかに揺れた。

 かつて、“悲劇のフライト”の夜――眠れないほどの後悔に苦しんでいた男。

 それでも、ルナと出会い、彼は少しずつ眠れるようになっていた。

 

 だが今の彼は、また何かに怯えるように、警戒している。

 

 「……今日のリュウジ、どこか警戒してる顔をしてたから。」

 「……お前は本当によく見ているな。」

 

 小さく息を吐くと、ルナは一歩近づき、真剣な瞳で言った。

 「リュウジに、話したいことがあるの。」

 

 リュウジは視線を上げ、静かに答えた。

 「……ハワードとシャアラのこと、だろう?」

 

 ルナはハッと目を見開いた。

 「うん……やっぱり気づいてたのね。」

 

 「場所を変えよう。」

 リュウジは短く言い、制御ルームのリフトに向かって歩き出した。

 「ここだと、誰かに聞かれてるかもしれない。」

 

 二人は無言のままリフトに乗り込む。

 上昇するリフトの中、鉄の軋む音が静寂に響いた。

 

 上階に着くと、照明の落ちたフロアに冷たい風が流れ込んでくる。

 二人はそのまま金属の床に腰を下ろした。

 

 「……ハワードとシャアラ、何か違和感を感じる。」

 リュウジの声が低く響いた。

 

 「……私も思う。」

 ルナは膝を抱え、小さく頷いた。

 「シャアラはね、あの事故のことがまだ怖いって言ってた。でも……それだけじゃないの。」

 

 リュウジが目を細める。

 「何か、あったのか?」

 

 「シャアラに触れた時、ナノマシンのせいかもしれないけど、嫌な感覚がしたの。」

 ルナの表情が曇る。

 「それにね……シャアラが普通に花を踏みつけて歩いたの。」

 

 「……花を?」

 

 「ええ。あの優しいシャアラが……そんなことするなんて思えなくて。」

 ルナは俯き、声を震わせた。

 

 沈黙。

 その沈黙を破るように、リュウジが静かに口を開いた。

 「確証はないが……もしかしたら、サヴァイヴに操られているのかもしれない。」

 

 ルナの胸が強く締めつけられる。

 「そんな……シャアラが……?」

 

 「まだ確定ではない。」

 リュウジは冷静な声で続けた。

 「本当に恐怖に支配されているだけかもしれない。ただ――用心するに越したことはない。」

 

 ルナは唇を噛みしめ、やがて小さく頷いた。

 「……そうね。もう少し、様子を見ましょう。」

 

 「……ああ。」

 

 リュウジが立ち上がり、ルナの肩に軽く手を置いた。

 「もう夜も遅い。戻って、少しでも休め。」

 

 ルナは穏やかに微笑み返す。

 「リュウジも、ちゃんと休んでね。」

 

 「……ああ。」

 その短い返事に、どこか優しい響きがあった。

 

◇◇◇

 

それから、数日が経った。

 ルナとリュウジは互いに警戒の視線を交わしながらも、他の仲間たちには気づかれぬよう普段通りの生活を続けていた。

 安全エリアでの食事、作業、そして見張り――。

 その合間にも二人の間には「何かが起こる」という緊張感が常に漂っていた。

 

 そして、ある夜。

 安全エリアの照明が落ち、薄明かりのもとで仲間たちはモニターの前に集まっていた。

 中央のスクリーンには、古びた宇宙船内部の構造図が浮かび上がっている。

 

 「ここからだと、サヴァイヴに直接コンタクトできない。」

 シンゴがタブレットを操作しながら言った。

 「やっぱり、メインルームに行かなくちゃ。」

 

 「メインルーム?」

 ルナが首を傾げる。

 

 「せや!それや!」

 チャコが端末を叩くと、画面が切り替わり、宇宙船の全体像が立体的に映し出された。

 そこから上部中央に位置するドーム状の施設をズームする。

 

 「見てみぃ。ここが“メインルーム”や。

 この船の中枢で、全部のコントロールを担っとる。ゆうてみれば――サヴァイヴの“心臓部”や。」

 

 「サヴァイヴのいる部屋……」

 ルナが小さく呟くと、背筋に冷たいものが走った。

 そこに“知性”があると想像するだけで、胸が重くなる。

 

 「僕たちの安全エリアは、ここだよ。」

 シンゴが指を動かし、宇宙船の下層をズームする。

 「最下層……随分と離れているな。」とメノリが呟く。

 

 「うん。でも、それだけじゃないんだ。」

 シンゴが再び画面を操作すると、今度は複雑な線が張り巡らされたネットワーク・ダイヤグラムが表示された。

 回線の流れが点滅し、全船の構造を示している。

 

 「これ、何?」とルナ。

 

 「先ほど、回線を開いて探し出しました!」

 タコが誇らしげに胸を張った。

 

 

 「逆探知されたらどうする?」

 カオルが眉をひそめる。

 

 「その心配はないで!」とチャコが即座に答える。

 「接続元は完全にマスクしてる。システム的には“通常通信”にしか見えへんはずや。」

 

 シンゴが補足するように言う。

 「各ブロックのエリアはセンサーとドローンが連携してるんだ。

 センサーが何かをキャッチすると、近くのドローンに信号を送って警戒態勢に入る。」

 

 「つまり、サヴァイヴにも伝わるということか?」とベル。

 

 「いや、センサー系統はメインシステムとは独立してる。」

 チャコが即座に否定する。

 「侵入者程度やったらドローンで対応できるから、サヴァイヴがわざわざ動くことはない。」

 

 「だとしても、センサーかドローンを突破しなければ、メインルームまでは行けないということだな。」

 メノリが腕を組んで唸る。

 

 「ドローンさえ何とかできれば、センサーの方は僕が処理できると思う。」

 シンゴの声に、ルナが頷く。

 「ドローンを追い払う方法があればいいのね……。」

 

 場に沈黙が落ちる。

 誰もが思考を巡らせる中で、機械音だけが淡々と響く。

 

 その時――。

 「今、思い出したんですが!」とタコが急に声を上げた。

 「ドローンには、簡単なメンテナンス機能がついているんです!」

 

 「メンテナンス機能?」

 リュウジが目を細める。

 

 「なるほど……つまり、偽の故障信号を出せば、ドローンを足止めできるってわけか。」

 

 「その通りです!」とタコが嬉しそうに触手を上下に振る。

 「メンテナンス信号を発信すれば、ドローンは自己点検モードに入ります。その間は行動停止状態になるはずです!」

 

 「そんな信号を送ることができるのか?」

 メノリが慎重な声で尋ねた。

 

 「任せてください!」

 タコは誇らしげに胸を張った。

 「もちろん、信号を送るには回線を開く必要がありますが、逆探知されないように調整します!」

 

 「すごいよ、タコ!」

 シンゴが目を輝かせる。

 

 「いやぁ~それほどでも!」

 タコが照れ笑いする。

 

 「なにが“それほどでも”や! そもそもそんな大事な機能、忘れとったくせに!」

 チャコがぴしゃりと言い放つ。

 

 「うぅっ……確かに忘れてましたけど! でも思い出したんですからセーフです!」

 その言葉に、皆から小さな笑い声が漏れた。

 

 だが、笑いながらも、全員の瞳には“決意”が宿っていた。

 

 ――メインルーム。

 サヴァイヴの中枢。

 そこに行くための唯一の道を、今ようやく見つけたのだ。

 

 その夜。

 チャコ、シンゴ、タコの三人は徹夜でコンソールの前に座り、作戦を練り続けた。

 ルナとリュウジはその背後で静かに見守り、時折、互いに短く視線を交わした。

 

 (……サヴァイヴを止める。それが、みんなを救う道。)

 

 モニターに流れる光が、眠らぬ夜を照らしていた。

 ――作戦決行まで、あとわずか。

 

◇◇◇

 

 翌朝。

 静かな安全エリアに緊張の空気が漂っていた。

 タコが設計した作戦プランが完成し、ルナたちはついに実行へ移る。

 

 ルナ、チャコ、シンゴ、リュウジ――四人はリフトの前に立っていた。

 上層階へと続くその鋼鉄の筒は、今や希望と危険を繋ぐ唯一の道である。

 

 「作戦の要点をもう一度確認するで。」

 チャコが端末を見ながら言う。

 「回線に偽の故障信号を流して、ドローンを引き付ける。その間に、各エリアのセンサーシステム――ネットワークノートに専用器具を取り付け、センサーを切り替えするっちゅうわけや。」

 

 「つまり、センサーが反応しなくなれば、サヴァイヴの監視網に引っかからずに進めるってことだな。」

 リュウジが確認するように言う。

 

 「そう!」

 シンゴが力強く頷く。

 「でも、時間との勝負だよ。」

 

 「それじゃあ……行ってくるわ。」

 ルナが振り返り、仲間たちに笑みを見せた。

 

 「無理はするなよ。」

 メノリが険しい表情で言う。

 「ドローンを誘い出すといっても、所詮は偽の信号だ。いつまで引き留めておけるか分からない。」

 

 その横で、アダムがルナの袖を掴むように寄ってきた。

 「ルナぁ……」

 不安げな声が震えていた。

 

 ルナはしゃがみこみ、アダムの頭をそっと撫でた。

 「大丈夫、きっと上手くいくわ。」

 その笑顔は、夜の星よりも優しかった。

 

 「ほな、頼んだで。」

 チャコが軽く手を上げると、

 「任せてください!」とタコが敬礼のように触手を伸ばした。

 

 「行きましょう。」

 ルナがリフトのレバーを上げる。

 重い機械音と共に、リフトは静かに上昇を始めた。

 

 下に残る仲間たちの姿が遠ざかる。

 ルナの胸に、不安と覚悟が入り混じる。

 (……大丈夫。みんなでやれば、きっと。)

 

―――

 

 四人は壁際を伝いながら、慎重に進む。

 やがて、通路の奥に銀色の装置――ネットワークノートが見えてきた。

 全体が金属光沢を放ち、細いケーブルが幾筋も伸びている。

 

 「……あれやな。」

 チャコが小さく呟く。

 「ほな、始めよか。」

 

 ルナは静かに頷き、アダムに再び意識を送る。

 (これからセンサーの切り替えを始めるわ。)

 

 (了解……!)

 

 ルナはネットワークノートの前に立つと、両腕を差し出してチャコを持ち上げた。

 「よし、チャコ。お願いね。」

 

 「任せとき!」

 チャコの瞳がキラリと光る。

 小さな体で装置の上部に取り付き、金属パネルを開ける。

 

 「ここを……ああして……こうして……」

 チャコの前足が忙しく動く。

 

 「チャコ!」

 シンゴが緊張の声を上げる。

 

 「分かっとるがな!」

 チャコが舌打ちし、素早く手元の工具を動かす。

 「よしっ――今や!」

 

 チャコの腕から伸びた専用器具が、信号端末に接触。

 金属的な音と共に、パーツが外れる。

 

 「シンゴ!」

 「了解!」

 シンゴが素早く腰のケースから装置を取り出し、指定のコネクタに差し込む。

 

 ――ピッ。

 青いランプが一瞬光り、すぐに消えた。

 

 「これでセンサーの切り替えは終了ね。」

 ルナが息をつき、周囲を確認する。

 

 「ドローンに見つからない限り、ここは安全エリアと同じさ。」

 シンゴが笑みを浮かべた。

 

 「よし、次の場所に行こう。」

 リュウジが低く言い、銃の代わりにナイフを握り直す。

 

 「了解。」

 ルナたちは素早く装置を離れ、次のエリアへと進んでいった。

 

◇◇◇

 

ルナたちは息を合わせながら、次々とネットワークノートを制御下に置いていった。

 シンゴの端末には、無効化済みのセンサー数が次々とカウントアップされていく。

 

 「これで十三箇所目……!」

 チャコが小さく息を吐く。

 「でも、まさかこんなにうまくいくなんて。」

 シンゴは余裕の笑みを浮かべながら指を動かす。

 「この調子なら、メインルームに辿り着くのも時間の問題だね。」

 

 そのときだった。

 ――ピピッ。

 ルナの胸の奥が微かに熱を帯びた。

 ナノマシンが、何かを感知した。

 

 「……来るわ。」

 ルナが低く呟いた瞬間、リュウジの表情が鋭く変わる。

 腰のナイフを抜き放ち、周囲に目を走らせた。

 

 ――通路の奥。

 薄闇の向こうから、機械の脚音が響く。

 ドローンが一機、静かに姿を現した。

 幸い、まだこちらには気づいていない。

 

 リュウジは音もなく前へ出た。

 一歩、間合いを詰め、

 鋭くナイフを突き立てる。

 

 「ッ!」

 ドローンが小さな爆発を起こし、火花が飛び散った。

 

 「ふぅ……危機一髪やな。」

 チャコが冷や汗を拭う。

 

 「でも、どうしてこんなに早く戻ってきたんだろう?」

 シンゴが不安げに呟いた。

 

 その瞬間、再びルナの体に異変が走る。

 ナノマシンが活性化し、皮膚の下がざわつく。

 

 「また来るわ……!」

 ルナが顔を上げた。

 

 通路の奥、三機のドローンが一斉に現れ、

 こちらに銃口を向けてきた。

 

 「うわっ、あのタコ! メンテ信号、ミスりよったな!」

 チャコが苛立ち混じりに叫ぶ。

 

 「逃げるぞ!」

 リュウジの声が響く。

 全員が駆け出した。

 

 通路の壁をかすめるように走り抜け、

 細い隙間へと身を滑り込ませる。

 

 金属の足音が響き、やがて遠ざかっていった。

 

 「行ったわ……」

 ルナが小声で言う。

 

 「えへへ、センサーが機能していないから、ドローンにさえ見つからなければ大丈夫さ。」

 シンゴが得意げに笑う。

 

 「行くぞ。」

 リュウジが短く言い、通路の先を見据えた。

 

 だが、その瞬間――

 後方からまたしても機械音が響く。

 

 「戻ってきよったで!」

 チャコの叫びとともに、三機のドローンが再び姿を現した。

 

 「くそっ!」

 走る。

 全員が全力で駆け出す。

 

 その時、後方で――

 

 ――ドンッ!!

 

 爆風が通路を揺るがした。

 先ほど設置したネットワークノートの専用器具が、

 突如として爆発したのだ。

 

 「サヴァイヴが……勘づいたみたいやな!」

 チャコが歯を食いしばる。

 

 逃げる先の曲がり角から、

 再び二機のドローンが現れ、銃口を構えた。

 

 「ルナ!!」

 

 ――瞬間。

 ルナのナノマシンが反応した。

 そしてドローンの動きがピタリと止まった。

 

 「今だッ!」

 背後から飛び出したリュウジが、

 止まったドローンを横一閃。

 鋭い軌跡を描き、二機すべてを切り倒した。

 

 「さぁ、行くぞ!」

 リュウジが叫ぶ。

 

 「みんな、もう少しよ!」

 ルナが声を張る。

 

 その先に見えたのは、金属扉。

 

 ルナは手を伸ばし、扉を開き四人は次々にその中へ飛び込んだ。

 金属片や廃棄ケーブルが散乱する中に転がり込む。

 

 「みんな大丈夫!?」

 ルナが顔を上げて叫ぶ。

 

 「ああ……なんとか。」とリュウジ。

 「ウチもな……」とチャコ。

 「……こっちは無傷。」とシンゴが答えた。

 

 その直後、通ってきた扉の向こうから、

 ガン、ガン、ガン――!

 金属を叩く音が響き渡った。

 

 「サヴァイヴに……気づかれたか。」

 リュウジの表情が険しくなる。

 

 ルナは深く息をつき、仲間たちを見回した。

 「いったん戻って、体制を整えましょう。」

 

 彼女の声に全員が頷いた。

 作戦は成功した――だが、敵もまた確実に、

 彼らの存在を“学習”していた。

 

◇◇◇

 

リフトを下りると、緊張した空気の中で仲間たちの姿が見えた。

 アダムが真っ先に駆け寄ってくる。

「ルナ、大丈夫だった?」

 

 その声に、ルナは疲れた顔をほころばせ、微笑んだ。

「ええ、ありがとう、アダム」

 安堵の笑みが交わされた瞬間――

 

「ごらぁタコ!!まったく肝心な時にヘマしよってからに!」

 

 背後から響いたチャコの怒声に、ルナは思わず振り返った。

「わ、私は別に……」

 

 タコが小さく手を上げて弁明しかけるが、チャコはそれを遮る。

「ドアホ!なにが『私は別に』や!ロボットのくせに言い訳すんなや!」

 

「でも私はですね……」

 

 怯えたように言葉を続けようとするタコの口を、チャコは思いきり引っ張った。

「うるさいっ!」

 

「やめなさいよ二人とも!」

 ルナが声を上げて間に割って入る。「喧嘩なんてしてる場合じゃないでしょう!」

 

「でもなぁ……」とチャコが不満げに呟いたそのとき、

「そうだよ、早く対策を考えないと!」とシンゴが焦りを帯びた声を上げる。

「ドローンがこっちに向かっているんだ!」

 

「なに!? ドローンが!?」

 メノリの瞳が驚愕に見開かれた。

 

 ルナはすぐさま判断を下す。

「そうなの! チャコ、シンゴ、タコはもう一度システムをチェックして。きっと何か方法があるはずよ」

「了解や」とチャコが頷く。

「私たちは武器を探しましょう」

「分かった」とメノリが即答し、ルナと共に安全エリアの奥へ駆け出した。

 

―――

 タコ・シンゴ・チャコの三人は再び操作盤の前に座っていた。

 タコの指が金属製のパネルを滑る。

 

 突如、モニターに見慣れない波形が現れた。

「……なんやこれ?」

 

 チャコが眉をしかめる。

「通信記録みたいだけど……」とシンゴがのぞき込みながら言う。

 

「おかしいですね~、こんな信号を出した覚えはありませんが」

 タコが首をかしげながら操作を進めると、画面の一角に「A-1 BLOCK」という文字が点滅した。

 

「通信が行われているのは……A-1ブロック?」

 シンゴが読み上げる。

 

「A-1ブロック、A-1ブロック……ああ!!」とタコが突然声を上げた。

 

「ど、どうしたんや!?」

「実はここ、シャアラさんが“何かおかしい”と言って、念のためハワードさんが現場まで見に行った場所なんです!」

「なんやて!?」とチャコが叫ぶ。

 シンゴと視線を交わしたチャコは、唇をかみしめる。「まさか……」

 その一言で、場の空気が一気に張り詰めた。

 

「ルナたちを呼ぼう」

 シンゴの言葉に、チャコはうなずき、通信ボタンを押した。

 

―――

 

 数分後、ルナとリュウジが駆け込んでくる。

「どうした?」とリュウジ。

 

 シンゴは画面を指さして説明した。

「ハワードとシャアラが……サヴァイブと通じているみたいなんだ」

 

 その言葉に、室内が静まり返る。

 リュウジは表情を崩さず、ただ冷静に画面を見つめた。

 だがルナは少し俯き、小さく呟いた。

「……やっぱり」

 

「なんや、知ってたんか?」とチャコが驚く。

「確証がなかったから黙っていた。でも……怪しいとは、最初に会った日から睨んでいた」

 ルナの代わりにリュウジが答える。その声は低く、鋭かった。

 

「それでどうするんだ? 捕まえるか?」

 リュウジの目が冷たく光る。

 

 しかしルナは、彼の袖をそっと掴み、静かに首を振った。

「……私が、シャアラに話してみる」

「しかし――」リュウジの眉が動く。

 

 彼の脳裏には、シャアラが何をしでかすか分からないという不安がよぎっていた。

「相手は何をするか分からない。下手をすれば怪我をするかもしれない」

「お願い……任せて」

 ルナは真っ直ぐにリュウジを見つめて言った。その瞳には、揺るぎない決意が宿っている。

 

 リュウジはしばらく黙り込み、やがてゆっくりと頷いた。

「……分かった。ハワードの方は俺が見ておく」

「ありがとう」

 ルナは小さく微笑んだ。ほんの一瞬、二人の間に静かな信頼が流れた。

 

「あとはどうやって誘き寄せるかやな……」

 チャコが腕を組み、難しい顔をする。

 

 そのときリュウジが口を開いた。

「そんなのは簡単だ。プログラムの中に“未使用の制御プログラム”があるって伝えろ。そこからサヴァイブの中枢に侵入できる――そう言えば、必ず喰いつく」

 

 ルナは頷いた。

「……それで行きましょう」

 

 作戦は決まった。

 仲間たちの間に緊張が走る。外では、ドローンの低い駆動音が再び響き始めていた。

 

 そして、ルナは静かに立ち上がる。

「私、行ってくる」

 その背中を見送りながら、リュウジは拳を握りしめた。

「……気をつけろよ、ルナ」

 

 

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