安全エリアの静寂に、機械の低い駆動音だけが響いていた。
皆は散乱していたコンテナを椅子代わりに並べ、その周囲を囲むようにして座っていた。
中央では、アダムがまだ目に涙を溜めたまま、ルナの膝に頬を寄せていた。
ルナはその髪をそっと撫でながら、穏やかに呟く。
「……この惑星で生きていくには、やっぱり――“サヴァイヴ”をどうにかするしかなさそうね。」
その言葉に、メノリがゆっくりと顔を上げる。
「……まだ、“この惑星で生きていく”と決めたわけではない。」
場の空気が少しだけ張り詰める。
メノリの瞳には冷静な光が宿っていた。
「最も優先すべきは、“宇宙船”を手に入れることだ。」
ルナは小さく頷き、アダムを見つめながら微笑む。
「そうね……。
そうすれば、コロニーに帰れるかもしれない。その時はアダムも一緒よ」
ルナの手がアダムの髪を優しく撫でた。
アダムは小さく頷きながらも、まだ言葉を発せなかった。
「どちらにしても、相手は“メインコンピュータ・サヴァイヴ”ってわけだな。」
ベルが腕を組みながら呟く。
「この場所を拠点にすれば、戦う術もあるかもしれない。」
カオルが辺りの設備を見渡しながら言う。
「せやな。そこそこのコンピュータもメカも残っとるようやしな。」
チャコも同意しながら頷いた。
重い空気の中で――突然。
――ぐぅるるるぅ~~。
間の抜けた音が響いた。
全員の視線がそちらに向く。
「う、うぅ……」
シンゴが顔を赤らめ、お腹を押さえていた。
「メカ関係はいいとして……食事関係はどうなるの?」
その一言で、空気が一瞬やわらいだ。
「これのことですか?」
タコがピョコっと跳ねるように手を上げ、リンゴのような緑色の果物を取り出した。
「おおっ! それやそれ!」
チャコが身を乗り出す。
だが次の瞬間、タコは大きく口を開け――
その果物を自分の口に“ぱくっ”と放り込んだ。
「……!」
全員が固まる中、タコは頬を両手で押さえ、嬉しそうに言った。
「おいしい! エネルギー補修完了っ!!」
「ごらぁぁ! タコぉ!!」
チャコの怒声が響く。
「なんで君だけ食べるんだよ!」とシンゴも立ち上がった。
タコはきょとんと目を瞬かせ、首を傾げた。
「私には、あなた達と違って――この部屋を“護る”という大切な役目がありますから!」
「……こいつ、なんかむかつくな。」
チャコが唸り声を上げる。
するとタコが突然、ぴょんと跳ね上がった。
「では! 私だけが知っている“秘密の抜け道”で、食べ物を探せる場所へご案内しましょう!」
「抜け道?」とルナが目を丸くする。
「ドローンはどうなんだ?」とリュウジが尋ねる。
「ドローンはいません。」とタコは胸を張るように答えた。
「ドローンに見つからないルートを、よく見つけたわね。」とルナは少し嬉しそうに微笑む。
「はいっ! 船内のマップは、すべて完全にインプットしていますから!」
「ほんまか! ウチにもコピーさせてや!」とチャコが食いつく。
「はいですっ!」とタコは陽気に答えた。
そして、タコの先導で一行は地下水路を進んだ。
湿った空気と、金属の冷たい匂いが漂う。
やがて長い手摺りの階段を登ると、タコが先に上がって周囲を確認する。
「……安全です。」
タコの言葉と同時に、皆も階段を上りきった。
その瞬間――視界が開けた。
まぶしい光。
空は青く、風が吹き抜ける。
そして眼下には、果てしない緑の大地が広がっていた。
「……すごい……」
ルナの唇から、思わず息が漏れた。
大地の向こう、山の上には――
巨大な構造物が静かにそびえていた。
緑色の塔のような、それでいて有機的な曲線を持つ。
「……あれが……テラフォーミングマシン……。」
チャコが呆然と呟く。
風が、草原を渡っていく。
その音だけが響いていた。
リュウジはふと別方向へ視線を向けた。
そこには、巨大な金属の塊が地表から突き出していた。
「……なんだ、あれは……。」
大地に半ば埋もれたそれは、先ほどまでいた宇宙船。
ただし、見たこともない巨大な構造と形状。
リュウジは息を呑み、目を細めた。
彼の胸の中で、ひとつの確信が生まれ始めていた。
それが、この惑星の“運命”そのものに繋がっていることを――。
◇◇◇
皆は岩に囲まれた木陰に移動した。
頭上には木の枝が風に揺れ、わずかな木漏れ日が差し込んでいる。
遠くでは虫の羽音が聞こえ、冷たい空気が肌を撫でた。
「ここで、少し休みましょう。」
ルナが背負っていたリュックを下ろし、周囲を見渡した。
「それから――食糧を集めに行こう。」
「手分けした方がよさそうだな。」
メノリが冷静に提案した。
「ええ。」
ルナは頷きながら、仲間たちを見回す。
「メノリとベル、シンゴ・チャコ・カオル――そして、私とリュウジ。
タコとアダムはここで待ってて。」
「僕も行く!」
アダムが即座に声を上げた。
ルナは驚いたように振り返る。
「アダム……。」
その目には、迷いと優しさが入り混じっていた。
アダムの顔は真剣そのもの。
その小さな拳が、ぎゅっと握られているのを見て、ルナの表情が次第にやわらぐ。
「……分かったわ。一緒に行きましょう。」
「うん! ありがとう!」
アダムは嬉しそうに頷いた。
その様子を見ていたタコが、ぴょんと前に出た。
「それでしたら、私は先に“安全エリア”に戻っていますので。」
「分かったわ。タコの分もちゃんと持っていくからね。」
ルナが微笑む。
「それと……森の中には、ドローンがいます。気をつけてください!」
タコが声を張り上げた。
「はは~ん……さては、タコ、怖いんやな?」
チャコがニヤリと笑う。
「ち、違いますよ!! 私は心配して――!」
慌てふためくタコに、みんながクスッと笑った。
その小さな笑いが、緊張を少し和らげた。
リュウジはその空気の中、腰のナイフに手を触れた。
「カオル、ついでに武器になりそうなものも探しておいた方がいい。」
「ああ。黒曜石の槍は失った。残ってるのはお前と俺のナイフ二本だけだしな。」
カオルも頷き、視線を鋭く森の奥へ向けた。
ルナはそんな二人を見て、小さく頷いた。
「それじゃあ、気をつけていきましょう。
何かあったら、すぐに戻ってきてね。」
「了解。」
リュウジが短く返す。
そして、一同はゆっくりと森の中へと歩みを進めた。
メノリとベルは左の斜面へ、
チャコとシンゴ、カオルは奥の高木の方へ。
そしてルナ、リュウジ、アダムは右の森へと入っていった。
木々の間から差す光が、三人の影を長く伸ばす。
足元の草が、風にざわりと揺れた。
それぞれの背中に、使命と不安が静かに同居していた。
だが、その中に確かにあった――
“生き抜くための意志”。
◇◇◇
森の奥はしっとりとした静けさに包まれていた。
風が梢を揺らし、柔らかな木漏れ日が地面に模様を描く。
ルナ、リュウジ、アダムの三人は慎重に足を進めながら、食糧になりそうなものを探していた。
やがて、アダムが前方を指差した。
「ねぇ、あれ……!」
低い枝の茂る木の下に、丸くて緑色の果実がいくつも実っていた。
瑞々しい香りが風に乗って漂う。
「……あったな。」
リュウジが腰に差していたナイフを抜き、無駄のない動作で枝を押さえ、果実を切り離していく。
刃先が光を反射し、淡い緑の皮にすっと線を描くようにして果実が落ちた。
「ナイフがなければ、あれは取れないわね……。」
ルナが小声で呟くと、アダムも真剣な眼差しでリュウジの動きを見つめていた。
するとアダムは、地面に落ちていた丸い石を拾い上げると、リュウジの隣に立った。
「僕もやってみる!」
その小さな手で枝に届こうと背伸びし、石で実を軽く叩こうとする。
リュウジは思わず笑みを浮かべた。
「……アダム、これを使え。」
そう言って、自分のナイフを差し出す。
「いいの?」
アダムは驚きながらも、目を輝かせて受け取った。
「気をつけろよ。」
リュウジの声は、どこか優しい響きを持っていた。
「ありがとう!」
アダムは嬉しそうに受け取り、慎重に刃を枝に当てた。
その姿は、不器用ながらも一生懸命で――どこか、昔の自分を見ているようだった。
リュウジはアダムのそばを離れてルナの方へと戻り、隣に腰を下ろした。
ルナは膝を曲げ、しゃがみ込みながらリュウジと同じ目線で、穏やかに微笑む。
「……優しいのね、リュウジ。」
「何だよ、急に。」
気恥ずかしそうに眉を寄せて、リュウジは視線を逸らした。
「別に。」
ルナは小さく笑った。その笑みは、どこか安心したようでもあり、温かかった。
アダムがようやく果実を一つ切り落とした。
「見て! できたよ!」
その声にルナとリュウジが振り向く。
彼の手には、丸くて瑞々しい果実が一つ。
それを掲げるように見せるアダムの顔は、嬉しさでいっぱいだった。
「すごいわね、アダム。」
ルナの声は柔らかく、まるで母親のようだった。
「……よくやったな。」
リュウジも頷きながら微笑む。
その様子を見て、ルナは立ち上がるとリュウジの正面に膝をついた。
「――怪我、見せて?」
リュウジは少し目を見開き、無言でルナを見返した。
「気づいてないと思ってたの? ちゃんと見てるんだから。」
ルナはそっと彼の袖をまくり上げた。
「……っ!」
露わになった腕には、掠り傷や火傷のような赤みがいくつもあった。
「すごい怪我じゃない……。」
ルナの声がわずかに震える。
「大丈夫だ、心配するな。」
リュウジは軽く笑って見せた。
その笑みが逆に胸に刺さる。
「もう……。」
ルナは短く息を吐き、持っていた布包みから薬草を取り出した。
「じっとしてて。」
緑の葉から滲み出た汁を傷口にあてる。
リュウジはわずかに顔をしかめたが、黙って受け入れた。
「薬草なんて……いつ見つけたんだ?」
「ここに来る途中で見つけたの。」
ルナは器用にハンカチを巻きつけ、手早く結び目を作る。
「はい、これでよし。」
ルナが微笑むと、リュウジは短く息を吐いて頷いた。
「……ありがとう。」
ルナはその言葉に、少しだけ頬を染めて視線を逸らした。
「リュウジー!」
アダムの明るい声が木々の間に響く。
両腕に果実を抱え、誇らしげに駆け寄ってきた。
リュウジは立ち上がり、アダムの頭をそっと撫でた。
「それだけあれば十分だ。よくやったな。」
「えへへ。」
アダムの笑顔が、森の空気をやわらかく照らした。
その光景を見つめながら、ルナは微笑んだ。
リュウジの優しさと、アダムの純粋さが並ぶ――
その穏やかな瞬間が、どこか永遠のように感じられた。
◇◇◇
ルナたちが岩場の陰へ戻ると、すでに皆が集まっていた。
陽射しを避けるように岩壁の下に腰を下ろし、果物や木の枝を整理している。
「みんな、ただいま。」
ルナが声をかけると、メノリが顔を上げた。
「ドローンは大丈夫だったか?」
「うん、こっちは見かけなかったよ。」
ルナは答えながら、手に抱えていた果物をみんなが集めてきた分のそばに置いた。
瑞々しい緑色の果実が重なり、甘い香りが漂う。
「ぎょうさん取ってきたんやなぁ。」
チャコが感心したように言うと、ルナは小さく笑った。
「うん。アダムが取ってくれたの。」
その言葉に、アダムは照れくさそうに頬を掻き、「えへへ」と笑った。
「ありがとう、アダム。」とベルが優しく言う。
そのベルの手には、シルバーに光る石を括りつけた槍が握られていた。
石は鋭く研がれ、即席とは思えない仕上がりだ。
「こんなものしかなかったが、ないよりマシだろ。」
カオルが言って、一本をリュウジに渡した。
「助かる。」
リュウジはそれを受け取り、刃の感触を確かめるように指で撫でた。
そのまま湖の方へ歩いていく。
「リュウジ、お昼は?」
ルナが声をかけると、彼は振り返ることなく片手を軽く上げて答えた。
「石を研いでからでいい。」
「まったくもう……。」
ルナは小さく頬を膨らませた。
―――
皆はそれぞれ果物を手に取り、昼食を始めた。
果汁が指先に滴り、乾いた喉に甘さが染みていく。
カオルとベルは槍を片手に周囲を警戒しながら、静かに果物をかじっている。
「今はできるだけ、水と食料を集めましょう。」
ルナの声が響く。
「そうだね。タコもお腹すかせて待っているだろうからね。」
ベルが頷いた。
「どうせぐうすか居眠りしとるやろ。」
チャコが笑うと、皆の間に小さな笑い声が広がった。
「少し休んだら、もう一度、食料集めを再開しよう。」
メノリの提案に、ルナも頷いた。
その時、アダムがルナの服の袖を掴んだ。
「ねぇ、ルナ。」
「どうしたの、アダム?」
「リュウジのところ、行ってもいい?」
ルナは小さく笑って尋ね返す。
「ご飯はもう食べたの?」
「うん!」
アダムは元気に頷いた。
「わかったわ。邪魔しちゃだめだよ。」
ルナが言うと、アダムは嬉しそうに立ち上がり、湖の方へ駆けていった。
その背中を見送りながら、チャコが口を開く。
「なんや、アダムはずいぶんリュウジに懐いとるなぁ。」
「リュウジは優しいから。」
ルナは平然と果物を口に運びながら呟いた。
「……リュウジのこと、よう知ってるんやな。」
チャコがニヤリと笑う。
「え? だって優しいじゃない。」
ルナはきょとんとした表情で聞き返した。
「そらそうやけどなぁ。そういう意味で言ったんとちゃうで。」
チャコが含み笑いを浮かべたその時、
「何を騒いでるんだ?」
リュウジが戻ってきた。
「リュウジは優しいよね?」
ルナが唐突に尋ねた。
「は?」
リュウジは困惑した表情を浮かべ、しばし言葉を失う。
真剣な眼差しを向けるルナに、リュウジはわずかに息を吐き――
「……そんなことを言うのは、お前ぐらいだ。」
「そうかな?」
ルナは首を傾げながら微笑む。
「それより……果物を一つ、もらっていく。」
リュウジは果物を手に取り、軽くかじった。
「アダムはどうした?」とカオルが尋ねる。
「ああ、石を研いでる。」
リュウジは湖の方へ目を向けた。
「大丈夫なの?」
ルナが心配そうに尋ねる。
「大丈夫だろ。」
リュウジは答えると、そのまま再び歩き出した。
「前は危ないからって言って触らせなかっただろうに、どういう風の吹き回しだ?」
メノリが肩をすくめて言う。
「リュウジはアダムには甘いから。」
シンゴが呟く。
「リュウジはシンゴにも甘いと思うで。」
チャコがからかうように言うと、シンゴはきょとんとした。
「そうかなぁ?」
「シンゴが森でリュウジに酷いこと言っても、怒らなかったでしょ?」
ルナが優しく言う。
「……たしかに。」
シンゴは苦笑いを浮かべた。
「俺たち同年代には厳しいがな。」
カオルが肩を鳴らすように言うと、ベルが笑った。
「俺はまだマシかな。」
岩陰には、穏やかな笑い声が満ちた。
その笑いの中に――ほんのわずかに、安らぎが戻っていた。
―――
昼食を終え、岩陰の空気が少し穏やかになった。
陽光は木々の隙間から淡く差し込み、温かい風が果物の香りを運んでいく。
誰もが一息つき、しばし無言で休息を楽しんでいた。
そんな中、カオルがルナの方に目を向けて尋ねた。
「……アダムは大丈夫そうか?」
ルナは果物を置き、少し俯いて答えた。
「無理してると思うの。……お父さんとお母さんが亡くなったって分かって。」
その言葉に、皆の表情が少し曇る。
チャコが果物の芯を転がしながら呟いた。
「ウチらに心配かけんように、笑っとるけどなぁ……。」
ルナは静かに頷いた。
「……うん。せめて、アダムが“やりたい”って思ったことは、やらせてあげたいの。」
その声には、どこか母親のような優しさが滲んでいた。
メノリが腕を組みながら、ゆっくりと呟く。
「リュウジも……そう思ってるから、アダムにいろいろやらせているのかもな。」
「うん。リュウジは……アダムの気持ちが分かるんだわ。」
ルナは遠くを見つめるように言った。
「リュウジもアダムと同じで、物心ついた時には……ご両親が亡くなっているから。」
その瞬間、ルナの口から小さく「あ……」という声が漏れた。
自分が何を言ってしまったのかに気づき、慌てて両手で口を押さえる。
周囲の空気が一瞬、静止した。
皆が驚いたように顔を見合わせる。
「……そうなのか?」
カオルが静かに問う。
「リュウジの……両親が?」
シンゴも信じられないような表情でルナを見た。
ルナは焦ったように両手を合わせ、顔を伏せた。
「ごめん……! 今の、聞かなかったことにして……。」
特に口止めされたわけではない。
けれど、それはリュウジのプライバシーに関すること。
それを自分の口から漏らしてしまった罪悪感に、ルナは胸が締めつけられた。
「……ルナ。」
メノリが優しく声をかけようとしたその時。
「――戻ったぞ。」
静かな声が聞こえ、全員の視線が入口へ向く。
リュウジとアダムが、並んで戻ってきていた。
アダムは嬉しそうに笑っている。
「見て! 綺麗に研いだんだ!」
ルナの胸が少し痛んだ。
アダムの笑顔はまぶしいほど純粋で、だからこそ――その裏にある悲しみを知るリュウジの姿が、より切なく見えた。
「おかえり、二人とも。」
ルナは優しく微笑みながら声をかけた。
リュウジはその笑みにわずかに頷き、地面に腰を下ろした。
「アダムは筋があるな。」
「ありがと、リュウジ。」
ルナが言うと、彼はいつものように短く「気にするな」と返した。
ありがとうの意味を理解しているからリュウジは頷いた。
その自然なやりとりに、誰も何も言わなかった。
だが――ルナの心には、静かな波紋が広がっていた。
彼が抱える痛みを、これ以上、言葉で触れたくはなかった。
◇◇◇
昼下がりの陽が傾き始めた頃、ルナが「そろそろ食料集めを再開しよう」と声を上げた。
立ち上がる仲間たちの中で、アダムがふと遠くを指差す。
「ねぇ、ルナ! 見て、あれ!」
崖の少し上――そこにいたのは、ゾウのように大きな体に、ヤギのような湾曲した角を持つ生き物だった。
しかし、ゾウと違い、その長い鼻の先が“口”のように開き、柔らかくうねっている。
厚い皮膚は淡い灰色、目はどこか穏やかで、光を反射しているようだった。
「わぁ……!」
アダムは瞳を輝かせ、その生き物に向かって駆け出した。
「アダム! 待って、危ないわ!」
ルナは驚き、すぐに後を追う。
「気をつけろ!」
リュウジの声が背中から飛ぶ。
「任せて!」
ルナは短く返し、アダムのもとへと走った。
生き物はアダムの存在に気づくと、敵意も見せず、穏やかにその場に立っていた。
アダムは恐れることなく、その長い鼻――いや、“口”を撫でた。
「ゾウみたいだね、ちょっと小さいけど。」
ルナも隣に膝をつき、アダムの隣で微笑んだ。
生き物はアリクイのような細い舌を伸ばし、アダムの頬をぺろりと舐めた。
アダムは一瞬驚き、それから嬉しそうに笑った。
「くすぐったいよ!」
その無邪気な笑いに、ルナの胸が温かくなった。
――ほんの束の間、ここが未知の惑星であることを忘れてしまうほどに。
やがて、生き物はゆっくりと後ろを振り返った。
そこには、さらに一回り大きな個体が立っている。
角は太く、身体も堂々としており、その様子からルナは思わず呟いた。
「お母さん……なのかもね。」
親と思われる個体が森の方へと歩き出すと、小柄な方の生き物もそれに続いた。
途中で一度だけ振り返り、アダムの方へと視線を向けた。
アダムは嬉しそうに手を振る。
「またね!」
その姿に、ルナも自然と微笑みがこぼれた。
――その時だった。
「ルナ!! 後ろだ!!」
リュウジの鋭い声が飛ぶ。
「えっ!?」
驚いて振り向いたルナの視界に、二機のドローンが迫っていた。
黄色い熱線が空気を裂く。
「アダムッ!!」
ルナは反射的にアダムを抱きかかえ、地面に飛び込んだ。
熱線が背後の岩を焼き、砂が舞い上がる。
ドローンのレンズが光を放ち、二人を正確に狙い定める。
「クソッ!」
リュウジは地面を蹴り、ナイフを両手に構えた。
次の一撃を放たせる前に斬り込むしかない――そう判断していた。
だが、その瞬間――。
ヒュッ――!
風を切る音が響き、何かがドローンのボディに突き刺さった。
「なっ……!」
リュウジが目を細めた時には、すでに一機が爆ぜ、炎を上げて落下していた。
続けざまに、もう一機の側面にも何かが突き刺さる。
次の瞬間――轟音とともに爆発。
黒い煙が立ち上がり、熱風がルナの髪をなびかせた。
「……何が……起きたの?」
ルナはアダムを抱えたまま呆然と呟いた。
リュウジは身を低くし、森の奥を見据える。
確かな“気配”があった。
「誰だ!!」
声を張り上げる。
森の奥――しばらくして、枝を踏みしめる音が響いた。
ゆっくりと、確かな足取りで。
そして、木々の影から現れた二つの影。
その姿を見た瞬間、ルナは息を呑んだ。
信じられないという表情で、アダムを抱いたまま立ち上がる。
「……うそ……」
そこにいたのは――
確かにこの惑星で命を落としたはずの二人。
シャアラと、ハワードだった。
◇◇◇
「……シャアラ……?」
ルナの声が震えた。もう二度と聞くことのないと思っていた――あの優しい声。
その名を呼ぶように、風がそっと頬を撫でた。
森の光の中、立っていたのは間違いなくシャアラ。そして隣には、屈強な体躯をしたハワードの姿があった。
「……ハワード!」
いつの間にか、ルナの隣にいたシンゴも叫んでいた。
「生きていたのか……!」
メノリの声も震えていた。
普段、感情を見せることの少ない彼女の目にも、涙の光が浮かんでいた。
ルナの視界が滲む。
涙が止めどなく溢れ出し、震える声でその名を呼んだ。
「シャアラ!! ハワード!!」
駆け寄るルナを見て、シャアラも両手を胸の前に重ねて、涙をこぼした。
「ルナ……!」
二人は強く抱きしめ合った。
互いの体温が伝わる――確かに生きている。夢でも幻でもない。
「怪我はない? 本当に……大丈夫?」
ルナが涙を拭いながら、シャアラの腕を見つめる。
「ええ、大丈夫……。会いたかったわ……みんなに。」
シャアラの言葉に、ルナの喉が詰まり、再び涙が溢れた。
「シャアラ……!」
そのまま彼女を抱きしめた。
そのすぐ隣では――
「ハワードォ!!!」
シンゴとチャコが一斉に飛びついた。
ハワードは大げさに腕を広げて二人を受け止めたが、いつもの照れ臭そうな笑いはなく、ただ静かに二人の背中に手を置いた。
「良かった……幽霊やないなぁ!」
チャコが涙声で笑う。
「ほんとに……よかった……」
ベルは顔を手で覆い、声を詰まらせた。
メノリも、そしてカオルまでもが目元を拭った。
――砂の中に消えた二人が、再び目の前にいる。
その奇跡に、誰もがただ泣いた。
―――
やがて、皆は岩陰へと二人を連れていった。
木々の影が揺れ、柔らかな風が吹き抜ける。
ルナは自分の持っていた果物を差し出した。
「これ……少しだけど、食べて。」
シャアラは微笑み、果物を手に取った。
「ありがとう……美味しいわ。」
「後でもっと取ってくるね。」
ルナの笑顔は涙の跡で濡れていたが、どこか安堵に満ちていた。
皆も果物を手渡し、二人の無事を喜び合った。
ただ一人――リュウジだけが、静かに二人を見つめていた。
(……何かが違う。)
彼の直感がわずかにざらついた。
ハワードの視線は、どこか焦点が合っていない。
シャアラの笑顔も、どこかぎこちない。
――だが、今それを口に出すことはできなかった。
皆の喜ぶ顔を前に、リュウジはその違和感を心の奥に押し込めた。
「ねぇ、二人は……あのあと、どうやって助かったの?」
シンゴが涙を拭いながら尋ねた。
「よくあの砂の中から出られたな。」
メノリも信じられないというように目を細める。
「とにかく無事で良かったで!」
チャコが明るく笑い、空気を和らげた。
「ここまでどうやって来たの?」
ベルが穏やかに声をかけると――
シャアラは一瞬、言葉を詰まらせた。
「え……あ……あの……」
俯いたまま、しばし沈黙が流れる。
「みんな、シャアラが話せないでしょう!」
ルナが明るく言って、空気をやわらげた。
「すまない。」
メノリが小さく頭を下げる。
シャアラは静かに首を横に振り、微笑んだ。
「ごめんね……心配かけて。あの時は、私も……駄目だと思ったの。
どんどん砂が迫ってきて……もう逃げられなくて。
みんなの声は聞こえたのに、身体が動かなくて……」
彼女の声が少し震えた。
ルナは唇を噛みしめながら、じっと耳を傾けた。
「……でも、砂の下に……水が流れていたの。
私とハワードはそこに落ちたの。
その後のことは、何も覚えていない。
気づいたら、この森にいたの。」
「地下水道か。」
カオルが低く呟く。
「ひょっとすると、うちらが通ってきた地下通路と繋がっとったんかもな。」
チャコが頷いた。
「ま、ウチは最初からハワードは殺しても死なんやっちゃ思うとったけどな!」
その冗談に皆が笑い声を上げた。
だが、笑いの中――ハワードだけは微動だにしなかった。
静かに果物を手に持ったまま、何も言わず、遠くを見つめている。
「……どうしたんや、ハワード。えらい静かやな?」
チャコが首を傾げた。
「……と、とにかく……皆が無事でよかった。こうして、また……一緒にいられると……安心するわ。」
シャアラがそう言って微笑んだ。
その言葉に、ルナは頷いた――
だが、リュウジの胸の奥では、静かに何かが軋んだ。
(……やっぱり、何かが……おかしい。)
◇◇◇
午後の陽光が斜めに差し込み、森の木々の影が長く伸びていた。
果実を入れた籠を両手で抱え、ルナとリュウジが岩場の陰に戻ってくると、皆が輪になって話しているのが見えた。
「ただいま!」
ルナが明るく声を上げた。
メノリが二人を見て口を開いた。
「森の様子はどうだった?」
「こっちはさっきと変わらなかったわよ。」
ルナは少し汗ばんだ額を拭いながら、果物を地面に置いた。
リュウジは周囲を一度見渡しながら尋ねた。
「何かあったのか?」
「……ドローンを見かけなかったんだ。」
メノリが真剣な表情で答える。
「気配は何も感じなかったな。」
リュウジは低く言った。
「よかった! これで安心して食料集めができるね!」
シンゴが明るく声を弾ませる。
「ほんと!」
アダムも笑顔で頷いた。
だが、ベルは腕を組み、険しい目で森の方を見つめていた。
「いや、かえって不気味だよ。」
「私もそう思う。」
メノリが頷いた。
「あれだけ攻撃してきたドローンが、急に姿を消すなんて――普通じゃない。」
空気が重くなった。
沈黙の中、リュウジは静かに口を開く。
「少し様子を見てくる。」
腰のナイフを確認しながら、果物を降ろした。
「俺も行こう。」
すぐにカオルが立ち上がり、短く言った。
「大丈夫なの?」
ルナが心配そうにリュウジに視線を向けた。
リュウジは少しだけ振り返り、落ち着いた声で答えた。
「心配するな。ちょっと様子を見てくるだけだ。」
そう言いながらも、彼の目は森の奥――陽の光が届かない暗がりを捉えていた。
その瞳の奥に、ほんの一瞬だけ警戒の色が走った。
「……それよりも。」
リュウジはルナの傍に歩み寄り、誰にも聞こえないほどの小さな声で囁いた。
「お前も気をつけろ。」
「え?」
ルナは思わず声を漏らしたが、リュウジは何も言わず、ただ真剣な眼差しで一瞬だけルナを見た。
その瞳には、言葉以上の緊張が宿っていた。
次の瞬間には、彼はもう表情を戻し、カオルに向き直った。
「行こう。」
「ああ。」
カオルが頷き、二人は駆け出した。
森の奥へ――その背中が木々の間に消えていく。
ルナはその場に立ち尽くしたまま、手を胸に当てた。
心臓の鼓動が速くなる。
“気をつけろ”――リュウジの声が頭の中で何度も反響していた。
なぜあんな真剣な顔を……?
まるで、すでに何かを察知しているような――。
ルナは不安げに森の闇を見つめた。
風が止まり、木々がざわめきを潜めた。
◇◇◇
リュウジとカオルは、常人とは思えない速さで森の中を駆け抜けていた。
枝葉を掻き分け、濃密な緑の空気を切り裂きながら、二人の足音が湿った地面を叩く。
やがて、かなり奥深くに入ったところで――
リュウジが急に立ち止まった。
「……ドローンはいないな。」
息一つ乱さず、リュウジは静かに言った。
「……ああ……」
カオルは膝に手をつき、荒い呼吸を整えながら短く答えた。
喉の奥で呼吸がひゅうっと鳴る。
「……お前、だいぶ鈍ってるな。」
リュウジが目を細めて言う。
「はっ、あれだけ走って、息ひとつ乱さないお前の方がおかしいんだよ。」
カオルは額の汗を拭い、苦笑を浮かべた。
「心肺機能はダントツで俺が一番だったからな。アストロノーツ訓練校の時もそうだっただろ。」
リュウジがわずかに口角を上げる。
その軽口が、わずかながら空気を和らげた。
だが、カオルもすぐに息を整えると、真剣な顔に戻った。
「……メノリの言ったとおりだな。」
「……ああ。あれだけ走り回ったのに、ドローンは出てこなかった。」
リュウジの声は低く、どこか警戒の色を帯びていた。
「何を企んでいるんだ、サヴァイヴは……」
カオルが呟き、額の汗を拭う。
「……分からない。」
リュウジは周囲の木々を見回した。
鳥の鳴き声も、風の音も消え、森はまるで“呼吸”をやめたように静まり返っていた。
「そもそも、ドローンは何のためにいるんだ?」
リュウジが問う。
「俺たちを妨害するためだろう。
もしくは監視か……殺害か。
どちらにせよ、俺たちをメインコンピュータに近づけさせないつもりなんだ。」
カオルの答えに、リュウジは小さく反応した。
「……監視、か。」
その一言を繰り返すように、リュウジは森の奥を見つめた。
監視が目的であるなら――なぜ、ドローンを引き上げる必要があった?
監視を“やめる”理由など、あるはずがない。
(……監視が不要になった。つまり、すでに監視が“別の手段”で行われている?)
リュウジは眉を寄せ、思考を張り巡らせた。
その脳裏をよぎったのは、あの二人の顔――
(まさか……ハワードとシャアラが……)
その瞬間、カオルの声が現実に引き戻した。
「……そろそろ戻った方がいい。」
リュウジは目を伏せ、短く息を吐く。
「……ああ、そうしよう。」
―――
そして二人は森を抜け、湖畔へと続く小道に出た。
目の前に広がる光景に、カオルが息を呑む。
湖のほとり――そこには、ゾウのような体躯にヤギのような角をもつ大きな生き物が二頭。
大きい方は森の奥に向かってゆっくりと歩き、小さい方は湖面に顔を近づけていた。
穏やかな風。
その平和な一瞬を――切り裂くように、声が響いた。
「シャアラ!!!」
ルナの叫びだった。
リュウジとカオルは同時に顔を上げた。
「ハワードとアダムが湖に落ちたの!!」
シャアラの声が震えている。
その一言で、二人は考えるより早く体が動いた。
「カオルはハワードを頼む!」
リュウジが叫びながら駆け出す。
「分かった!」
カオルも応えると同時に走り出した。
「二人とも!!」
ルナの叫びが背中に響く。
走りながら、リュウジは上着を脱ぎ捨て、靴を蹴り飛ばした。
カオルもそれに続く。
冷たい風が頬を叩く。
水面がきらりと光った瞬間――
リュウジとカオルは、ほとんど同時に湖へと飛び込んだ。
水しぶきが空高く舞い、白い泡が光を反射した。
深い湖の底へと、二人の姿が吸い込まれていった。
水面を泳いでいくリュウジとカオルの姿を、ルナは息を呑んで見つめていた。
陽光を反射する水面の向こうで――アダムが藻掻いていた。
小さな両手が必死に水を掻こうとする。だが、次の瞬間、その動きが止まった。
「アダム……!?」
ルナの喉が震える。
アダムの身体は、まるで糸が切れた人形のように静かに沈み始めていた。
「アダムぅうううっ!!」
叫び声と同時に、ルナの身体はもう走り出していた。
考えるより早く、心が命じていた。
湖面へと駆け込み、勢いよく飛び込む。
冷たい水が全身を包み、耳が水音に沈む。
それでもルナは構わず、何度もアダムの名を呼びながら泳ぎ続けた。
「アダム! どこ!? アダム!!」
水飛沫の向こう――。
リュウジは既にアダムがいた位置まで到達していた。
迷うことなく、水中に身体を沈める。
深く、深く――。
視界がぼやけ、青が広がる。
その時、リュウジの身体がふと止まった。
――桜色の光。
沈んでいたアダムの身体が、淡い光に包まれていた。
その姿は、まるで水の精霊のように静かで、美しかった。
(……これは?)
一瞬だけ思考が止まったが、リュウジはすぐに腕を伸ばした。
光の中からアダムを抱き上げ、水を掻いて浮上する。
水面を破り、空気を吸い込む音が響く。
「アダム!」
ルナもすぐ傍にいた。
彼女の瞳が安堵に滲む。
―――
二人はアダムを抱えて丘へと上がり、濡れた身体を草地に横たえた。
「しっかりしろ! しっかりするんだ、アダム!」
リュウジがアダムの肩を抱き、頬を軽く叩いた。
沈黙。
そして――アダムの小さな瞼がゆっくりと開いた。
「……ルナ……」
かすかな声。
リュウジとルナの顔に、ようやく安堵の色が広がった。
「おーい! 大丈夫か!?」
チャコ、シンゴ、ベル、メノリがシャアラに連れられて駆け寄ってくる。
「大丈夫よ……もう、平気。」
ルナはそう言いながら、アダムの頬に手を添えた。
「……ぼく……ルナに、お花を……」
アダムが微かに微笑みながら言う。
「いいの。喋らなくていいのよ。」
ルナは優しく微笑み返した。
「ちょっと見とこうか。」
チャコが息を整え、アダムの胸元にセンサーを翳す。
ピッ――という電子音が響いた。
しばらくして、チャコが安堵の声を出す。
「異常はなさそうや。ナノマシンの暴走反応もゼロや。」
「よかった……」
リュウジが深く息を吐いた。
「ハワードの方は大丈夫なんか?」とチャコが振り向く。
「大丈夫だ。」カオルが短く答えた。
だが、シンゴはじっとハワードの顔を見て言った。
「でも、やっぱり顔色が悪いよ。」
「まさか悪性ナノに感染してるんじゃないだろうな……?」とメノリが呟く。
「ええっ!?」とベルが驚きの声を上げる。
「そんなはずないわ……!」
シャアラが反射的に声を上げた。その焦りが、むしろ異様に見えた。
「でもな、元気がないのは確かや」とチャコ。
「万が一感染してても、照射機があれば治せる。だから大丈夫だよ」とシンゴ。
その時だった。
一瞬だけ、シャアラとハワードの目が――氷のように鋭く光った。
リュウジはその光を見逃さなかった。
(……やっぱり、何かある)
ルナはリュウジからアダムを受け取り、静かに言った。
「ハワード……やっぱりチャコに診てもらったら?」
「そうだな。その方が安心だ。」とメノリが頷く。
「必要ない。」
ハワードが低く、機械のような声で呟いた。
「まぁまぁ、すぐ終わるからな。痛いもんでもあらへんし。」
チャコが笑いながらセンサーを向ける。
――その瞬間。
「必要ないと言った!!」
ハワードの腕が弾かれたように動き、チャコの身体を強く払った。
チャコは小さく悲鳴を上げて飛ばされる。
「チャコ!」
リュウジがすぐに走り、彼女の身体を受け止めた。
「だ、大丈夫や……!」
チャコは頭部を押さえながら、苦しげに笑う。
「ハワード、危ないじゃないか!」
シンゴが怒鳴った。
だが、ハワードは沈黙したまま動かない。
俯いた顔の影に、何か別の光が潜んでいるように見えた。
ルナはアダムを抱き寄せ、怯えた目でその姿を見つめた。
彼女の前では、リュウジがゆっくりと腰のナイフに手をかけている。
殺気ではない。――守るための本能だった。
「……やめろ、リュウジ。」
カオルが静かに言う。
「……俺は冷静だ。」
リュウジは視線を逸らさずに答えた。
ハワードはゆっくりと肩を戻し、俯いたまま何も言わない。
その様子に、ルナの胸の中で恐怖と疑念が入り混じる。
――もしかして。
(リュウジが言った“気をつけろ”って……このことだったの?)
ルナの喉が鳴る。
誰も動けない沈黙の中で、ハワードの影だけが――ゆっくりと震えていた。
◇◇◇
笑い声、談笑、果物の甘い香り。
長い戦いと恐怖の果てにようやく手に入れた、束の間の穏やかな夕食。
ルナはアダムの隣に座り、そっと肩を寄せた。アダムは笑顔を見せながらも、どこか寂しげな瞳をしていた。
(少しでも、笑顔でいてほしい……)
そう願いながら、ルナはアダムの小さな手を握った。
その夜、皆が疲れを抱えながらも心地よい眠りに落ちていった。
安全エリアの灯りが淡く揺らめき、機械音だけが静かに響く。
しかし――ルナだけは、なぜか眠れなかった。
胸の奥に残る小さな不安。
それは、ハワードとシャアラが戻ってから感じている、微かな違和感だった。
そっと立ち上がり、アダムの寝顔を見つめる。
(アダム……少しだけ、ごめんね)
毛布をかけ直し、ルナは静かに部屋を出た。
冷たい通路を抜け、制御ルームに入る。
そこには、淡い光に照らされたリュウジの姿があった。
モニターを背にして、無言で腕を組み、何かを考えているようだった。
「アダムはどうだった?」
背を向けたまま、リュウジが声をかけてきた。
「ぐっすり眠ってるわ。」
ルナは微笑みながら、彼の傍へと歩み寄る。
「まだ寝ないの?」とルナが尋ねると、リュウジはゆっくりと振り向いた。
「今日くらい、アダムの傍にいてやれ。」
「うん……でも、リュウジも見張りはもういいんじゃない?ここは安全エリアだし。」
「……ああ、そうだな。」
短い返事だったが、その声音にはわずかな張り詰めた気配があった。
ルナは彼をじっと見つめた。
「……本当ね。リュウジがまだ起きてると思って、来たの。」
リュウジの瞳がわずかに揺れた。
かつて、“悲劇のフライト”の夜――眠れないほどの後悔に苦しんでいた男。
それでも、ルナと出会い、彼は少しずつ眠れるようになっていた。
だが今の彼は、また何かに怯えるように、警戒している。
「……今日のリュウジ、どこか警戒してる顔をしてたから。」
「……お前は本当によく見ているな。」
小さく息を吐くと、ルナは一歩近づき、真剣な瞳で言った。
「リュウジに、話したいことがあるの。」
リュウジは視線を上げ、静かに答えた。
「……ハワードとシャアラのこと、だろう?」
ルナはハッと目を見開いた。
「うん……やっぱり気づいてたのね。」
「場所を変えよう。」
リュウジは短く言い、制御ルームのリフトに向かって歩き出した。
「ここだと、誰かに聞かれてるかもしれない。」
二人は無言のままリフトに乗り込む。
上昇するリフトの中、鉄の軋む音が静寂に響いた。
上階に着くと、照明の落ちたフロアに冷たい風が流れ込んでくる。
二人はそのまま金属の床に腰を下ろした。
「……ハワードとシャアラ、何か違和感を感じる。」
リュウジの声が低く響いた。
「……私も思う。」
ルナは膝を抱え、小さく頷いた。
「シャアラはね、あの事故のことがまだ怖いって言ってた。でも……それだけじゃないの。」
リュウジが目を細める。
「何か、あったのか?」
「シャアラに触れた時、ナノマシンのせいかもしれないけど、嫌な感覚がしたの。」
ルナの表情が曇る。
「それにね……シャアラが普通に花を踏みつけて歩いたの。」
「……花を?」
「ええ。あの優しいシャアラが……そんなことするなんて思えなくて。」
ルナは俯き、声を震わせた。
沈黙。
その沈黙を破るように、リュウジが静かに口を開いた。
「確証はないが……もしかしたら、サヴァイヴに操られているのかもしれない。」
ルナの胸が強く締めつけられる。
「そんな……シャアラが……?」
「まだ確定ではない。」
リュウジは冷静な声で続けた。
「本当に恐怖に支配されているだけかもしれない。ただ――用心するに越したことはない。」
ルナは唇を噛みしめ、やがて小さく頷いた。
「……そうね。もう少し、様子を見ましょう。」
「……ああ。」
リュウジが立ち上がり、ルナの肩に軽く手を置いた。
「もう夜も遅い。戻って、少しでも休め。」
ルナは穏やかに微笑み返す。
「リュウジも、ちゃんと休んでね。」
「……ああ。」
その短い返事に、どこか優しい響きがあった。
◇◇◇
それから、数日が経った。
ルナとリュウジは互いに警戒の視線を交わしながらも、他の仲間たちには気づかれぬよう普段通りの生活を続けていた。
安全エリアでの食事、作業、そして見張り――。
その合間にも二人の間には「何かが起こる」という緊張感が常に漂っていた。
そして、ある夜。
安全エリアの照明が落ち、薄明かりのもとで仲間たちはモニターの前に集まっていた。
中央のスクリーンには、古びた宇宙船内部の構造図が浮かび上がっている。
「ここからだと、サヴァイヴに直接コンタクトできない。」
シンゴがタブレットを操作しながら言った。
「やっぱり、メインルームに行かなくちゃ。」
「メインルーム?」
ルナが首を傾げる。
「せや!それや!」
チャコが端末を叩くと、画面が切り替わり、宇宙船の全体像が立体的に映し出された。
そこから上部中央に位置するドーム状の施設をズームする。
「見てみぃ。ここが“メインルーム”や。
この船の中枢で、全部のコントロールを担っとる。ゆうてみれば――サヴァイヴの“心臓部”や。」
「サヴァイヴのいる部屋……」
ルナが小さく呟くと、背筋に冷たいものが走った。
そこに“知性”があると想像するだけで、胸が重くなる。
「僕たちの安全エリアは、ここだよ。」
シンゴが指を動かし、宇宙船の下層をズームする。
「最下層……随分と離れているな。」とメノリが呟く。
「うん。でも、それだけじゃないんだ。」
シンゴが再び画面を操作すると、今度は複雑な線が張り巡らされたネットワーク・ダイヤグラムが表示された。
回線の流れが点滅し、全船の構造を示している。
「これ、何?」とルナ。
「先ほど、回線を開いて探し出しました!」
タコが誇らしげに胸を張った。
「逆探知されたらどうする?」
カオルが眉をひそめる。
「その心配はないで!」とチャコが即座に答える。
「接続元は完全にマスクしてる。システム的には“通常通信”にしか見えへんはずや。」
シンゴが補足するように言う。
「各ブロックのエリアはセンサーとドローンが連携してるんだ。
センサーが何かをキャッチすると、近くのドローンに信号を送って警戒態勢に入る。」
「つまり、サヴァイヴにも伝わるということか?」とベル。
「いや、センサー系統はメインシステムとは独立してる。」
チャコが即座に否定する。
「侵入者程度やったらドローンで対応できるから、サヴァイヴがわざわざ動くことはない。」
「だとしても、センサーかドローンを突破しなければ、メインルームまでは行けないということだな。」
メノリが腕を組んで唸る。
「ドローンさえ何とかできれば、センサーの方は僕が処理できると思う。」
シンゴの声に、ルナが頷く。
「ドローンを追い払う方法があればいいのね……。」
場に沈黙が落ちる。
誰もが思考を巡らせる中で、機械音だけが淡々と響く。
その時――。
「今、思い出したんですが!」とタコが急に声を上げた。
「ドローンには、簡単なメンテナンス機能がついているんです!」
「メンテナンス機能?」
リュウジが目を細める。
「なるほど……つまり、偽の故障信号を出せば、ドローンを足止めできるってわけか。」
「その通りです!」とタコが嬉しそうに触手を上下に振る。
「メンテナンス信号を発信すれば、ドローンは自己点検モードに入ります。その間は行動停止状態になるはずです!」
「そんな信号を送ることができるのか?」
メノリが慎重な声で尋ねた。
「任せてください!」
タコは誇らしげに胸を張った。
「もちろん、信号を送るには回線を開く必要がありますが、逆探知されないように調整します!」
「すごいよ、タコ!」
シンゴが目を輝かせる。
「いやぁ~それほどでも!」
タコが照れ笑いする。
「なにが“それほどでも”や! そもそもそんな大事な機能、忘れとったくせに!」
チャコがぴしゃりと言い放つ。
「うぅっ……確かに忘れてましたけど! でも思い出したんですからセーフです!」
その言葉に、皆から小さな笑い声が漏れた。
だが、笑いながらも、全員の瞳には“決意”が宿っていた。
――メインルーム。
サヴァイヴの中枢。
そこに行くための唯一の道を、今ようやく見つけたのだ。
その夜。
チャコ、シンゴ、タコの三人は徹夜でコンソールの前に座り、作戦を練り続けた。
ルナとリュウジはその背後で静かに見守り、時折、互いに短く視線を交わした。
(……サヴァイヴを止める。それが、みんなを救う道。)
モニターに流れる光が、眠らぬ夜を照らしていた。
――作戦決行まで、あとわずか。
◇◇◇
翌朝。
静かな安全エリアに緊張の空気が漂っていた。
タコが設計した作戦プランが完成し、ルナたちはついに実行へ移る。
ルナ、チャコ、シンゴ、リュウジ――四人はリフトの前に立っていた。
上層階へと続くその鋼鉄の筒は、今や希望と危険を繋ぐ唯一の道である。
「作戦の要点をもう一度確認するで。」
チャコが端末を見ながら言う。
「回線に偽の故障信号を流して、ドローンを引き付ける。その間に、各エリアのセンサーシステム――ネットワークノートに専用器具を取り付け、センサーを切り替えするっちゅうわけや。」
「つまり、センサーが反応しなくなれば、サヴァイヴの監視網に引っかからずに進めるってことだな。」
リュウジが確認するように言う。
「そう!」
シンゴが力強く頷く。
「でも、時間との勝負だよ。」
「それじゃあ……行ってくるわ。」
ルナが振り返り、仲間たちに笑みを見せた。
「無理はするなよ。」
メノリが険しい表情で言う。
「ドローンを誘い出すといっても、所詮は偽の信号だ。いつまで引き留めておけるか分からない。」
その横で、アダムがルナの袖を掴むように寄ってきた。
「ルナぁ……」
不安げな声が震えていた。
ルナはしゃがみこみ、アダムの頭をそっと撫でた。
「大丈夫、きっと上手くいくわ。」
その笑顔は、夜の星よりも優しかった。
「ほな、頼んだで。」
チャコが軽く手を上げると、
「任せてください!」とタコが敬礼のように触手を伸ばした。
「行きましょう。」
ルナがリフトのレバーを上げる。
重い機械音と共に、リフトは静かに上昇を始めた。
下に残る仲間たちの姿が遠ざかる。
ルナの胸に、不安と覚悟が入り混じる。
(……大丈夫。みんなでやれば、きっと。)
―――
四人は壁際を伝いながら、慎重に進む。
やがて、通路の奥に銀色の装置――ネットワークノートが見えてきた。
全体が金属光沢を放ち、細いケーブルが幾筋も伸びている。
「……あれやな。」
チャコが小さく呟く。
「ほな、始めよか。」
ルナは静かに頷き、アダムに再び意識を送る。
(これからセンサーの切り替えを始めるわ。)
(了解……!)
ルナはネットワークノートの前に立つと、両腕を差し出してチャコを持ち上げた。
「よし、チャコ。お願いね。」
「任せとき!」
チャコの瞳がキラリと光る。
小さな体で装置の上部に取り付き、金属パネルを開ける。
「ここを……ああして……こうして……」
チャコの前足が忙しく動く。
「チャコ!」
シンゴが緊張の声を上げる。
「分かっとるがな!」
チャコが舌打ちし、素早く手元の工具を動かす。
「よしっ――今や!」
チャコの腕から伸びた専用器具が、信号端末に接触。
金属的な音と共に、パーツが外れる。
「シンゴ!」
「了解!」
シンゴが素早く腰のケースから装置を取り出し、指定のコネクタに差し込む。
――ピッ。
青いランプが一瞬光り、すぐに消えた。
「これでセンサーの切り替えは終了ね。」
ルナが息をつき、周囲を確認する。
「ドローンに見つからない限り、ここは安全エリアと同じさ。」
シンゴが笑みを浮かべた。
「よし、次の場所に行こう。」
リュウジが低く言い、銃の代わりにナイフを握り直す。
「了解。」
ルナたちは素早く装置を離れ、次のエリアへと進んでいった。
◇◇◇
ルナたちは息を合わせながら、次々とネットワークノートを制御下に置いていった。
シンゴの端末には、無効化済みのセンサー数が次々とカウントアップされていく。
「これで十三箇所目……!」
チャコが小さく息を吐く。
「でも、まさかこんなにうまくいくなんて。」
シンゴは余裕の笑みを浮かべながら指を動かす。
「この調子なら、メインルームに辿り着くのも時間の問題だね。」
そのときだった。
――ピピッ。
ルナの胸の奥が微かに熱を帯びた。
ナノマシンが、何かを感知した。
「……来るわ。」
ルナが低く呟いた瞬間、リュウジの表情が鋭く変わる。
腰のナイフを抜き放ち、周囲に目を走らせた。
――通路の奥。
薄闇の向こうから、機械の脚音が響く。
ドローンが一機、静かに姿を現した。
幸い、まだこちらには気づいていない。
リュウジは音もなく前へ出た。
一歩、間合いを詰め、
鋭くナイフを突き立てる。
「ッ!」
ドローンが小さな爆発を起こし、火花が飛び散った。
「ふぅ……危機一髪やな。」
チャコが冷や汗を拭う。
「でも、どうしてこんなに早く戻ってきたんだろう?」
シンゴが不安げに呟いた。
その瞬間、再びルナの体に異変が走る。
ナノマシンが活性化し、皮膚の下がざわつく。
「また来るわ……!」
ルナが顔を上げた。
通路の奥、三機のドローンが一斉に現れ、
こちらに銃口を向けてきた。
「うわっ、あのタコ! メンテ信号、ミスりよったな!」
チャコが苛立ち混じりに叫ぶ。
「逃げるぞ!」
リュウジの声が響く。
全員が駆け出した。
通路の壁をかすめるように走り抜け、
細い隙間へと身を滑り込ませる。
金属の足音が響き、やがて遠ざかっていった。
「行ったわ……」
ルナが小声で言う。
「えへへ、センサーが機能していないから、ドローンにさえ見つからなければ大丈夫さ。」
シンゴが得意げに笑う。
「行くぞ。」
リュウジが短く言い、通路の先を見据えた。
だが、その瞬間――
後方からまたしても機械音が響く。
「戻ってきよったで!」
チャコの叫びとともに、三機のドローンが再び姿を現した。
「くそっ!」
走る。
全員が全力で駆け出す。
その時、後方で――
――ドンッ!!
爆風が通路を揺るがした。
先ほど設置したネットワークノートの専用器具が、
突如として爆発したのだ。
「サヴァイヴが……勘づいたみたいやな!」
チャコが歯を食いしばる。
逃げる先の曲がり角から、
再び二機のドローンが現れ、銃口を構えた。
「ルナ!!」
――瞬間。
ルナのナノマシンが反応した。
そしてドローンの動きがピタリと止まった。
「今だッ!」
背後から飛び出したリュウジが、
止まったドローンを横一閃。
鋭い軌跡を描き、二機すべてを切り倒した。
「さぁ、行くぞ!」
リュウジが叫ぶ。
「みんな、もう少しよ!」
ルナが声を張る。
その先に見えたのは、金属扉。
ルナは手を伸ばし、扉を開き四人は次々にその中へ飛び込んだ。
金属片や廃棄ケーブルが散乱する中に転がり込む。
「みんな大丈夫!?」
ルナが顔を上げて叫ぶ。
「ああ……なんとか。」とリュウジ。
「ウチもな……」とチャコ。
「……こっちは無傷。」とシンゴが答えた。
その直後、通ってきた扉の向こうから、
ガン、ガン、ガン――!
金属を叩く音が響き渡った。
「サヴァイヴに……気づかれたか。」
リュウジの表情が険しくなる。
ルナは深く息をつき、仲間たちを見回した。
「いったん戻って、体制を整えましょう。」
彼女の声に全員が頷いた。
作戦は成功した――だが、敵もまた確実に、
彼らの存在を“学習”していた。
◇◇◇
リフトを下りると、緊張した空気の中で仲間たちの姿が見えた。
アダムが真っ先に駆け寄ってくる。
「ルナ、大丈夫だった?」
その声に、ルナは疲れた顔をほころばせ、微笑んだ。
「ええ、ありがとう、アダム」
安堵の笑みが交わされた瞬間――
「ごらぁタコ!!まったく肝心な時にヘマしよってからに!」
背後から響いたチャコの怒声に、ルナは思わず振り返った。
「わ、私は別に……」
タコが小さく手を上げて弁明しかけるが、チャコはそれを遮る。
「ドアホ!なにが『私は別に』や!ロボットのくせに言い訳すんなや!」
「でも私はですね……」
怯えたように言葉を続けようとするタコの口を、チャコは思いきり引っ張った。
「うるさいっ!」
「やめなさいよ二人とも!」
ルナが声を上げて間に割って入る。「喧嘩なんてしてる場合じゃないでしょう!」
「でもなぁ……」とチャコが不満げに呟いたそのとき、
「そうだよ、早く対策を考えないと!」とシンゴが焦りを帯びた声を上げる。
「ドローンがこっちに向かっているんだ!」
「なに!? ドローンが!?」
メノリの瞳が驚愕に見開かれた。
ルナはすぐさま判断を下す。
「そうなの! チャコ、シンゴ、タコはもう一度システムをチェックして。きっと何か方法があるはずよ」
「了解や」とチャコが頷く。
「私たちは武器を探しましょう」
「分かった」とメノリが即答し、ルナと共に安全エリアの奥へ駆け出した。
―――
タコ・シンゴ・チャコの三人は再び操作盤の前に座っていた。
タコの指が金属製のパネルを滑る。
突如、モニターに見慣れない波形が現れた。
「……なんやこれ?」
チャコが眉をしかめる。
「通信記録みたいだけど……」とシンゴがのぞき込みながら言う。
「おかしいですね~、こんな信号を出した覚えはありませんが」
タコが首をかしげながら操作を進めると、画面の一角に「A-1 BLOCK」という文字が点滅した。
「通信が行われているのは……A-1ブロック?」
シンゴが読み上げる。
「A-1ブロック、A-1ブロック……ああ!!」とタコが突然声を上げた。
「ど、どうしたんや!?」
「実はここ、シャアラさんが“何かおかしい”と言って、念のためハワードさんが現場まで見に行った場所なんです!」
「なんやて!?」とチャコが叫ぶ。
シンゴと視線を交わしたチャコは、唇をかみしめる。「まさか……」
その一言で、場の空気が一気に張り詰めた。
「ルナたちを呼ぼう」
シンゴの言葉に、チャコはうなずき、通信ボタンを押した。
―――
数分後、ルナとリュウジが駆け込んでくる。
「どうした?」とリュウジ。
シンゴは画面を指さして説明した。
「ハワードとシャアラが……サヴァイブと通じているみたいなんだ」
その言葉に、室内が静まり返る。
リュウジは表情を崩さず、ただ冷静に画面を見つめた。
だがルナは少し俯き、小さく呟いた。
「……やっぱり」
「なんや、知ってたんか?」とチャコが驚く。
「確証がなかったから黙っていた。でも……怪しいとは、最初に会った日から睨んでいた」
ルナの代わりにリュウジが答える。その声は低く、鋭かった。
「それでどうするんだ? 捕まえるか?」
リュウジの目が冷たく光る。
しかしルナは、彼の袖をそっと掴み、静かに首を振った。
「……私が、シャアラに話してみる」
「しかし――」リュウジの眉が動く。
彼の脳裏には、シャアラが何をしでかすか分からないという不安がよぎっていた。
「相手は何をするか分からない。下手をすれば怪我をするかもしれない」
「お願い……任せて」
ルナは真っ直ぐにリュウジを見つめて言った。その瞳には、揺るぎない決意が宿っている。
リュウジはしばらく黙り込み、やがてゆっくりと頷いた。
「……分かった。ハワードの方は俺が見ておく」
「ありがとう」
ルナは小さく微笑んだ。ほんの一瞬、二人の間に静かな信頼が流れた。
「あとはどうやって誘き寄せるかやな……」
チャコが腕を組み、難しい顔をする。
そのときリュウジが口を開いた。
「そんなのは簡単だ。プログラムの中に“未使用の制御プログラム”があるって伝えろ。そこからサヴァイブの中枢に侵入できる――そう言えば、必ず喰いつく」
ルナは頷いた。
「……それで行きましょう」
作戦は決まった。
仲間たちの間に緊張が走る。外では、ドローンの低い駆動音が再び響き始めていた。
そして、ルナは静かに立ち上がる。
「私、行ってくる」
その背中を見送りながら、リュウジは拳を握りしめた。
「……気をつけろよ、ルナ」