サヴァイヴ(オリジナル小説)   作:一塔

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第29話

静かなメインルームに、声が響く。

 「ルナ、少し来てほしい」

 ――それはサヴァイヴの声だった。

 無機質なはずの声に、どこか急を要する焦りが滲んでいた。

 

 ルナは振り返り、傍らのアダムに言った。

 「アダム、お願い。リュウジのこと、見ていて」

 アダムは真剣な顔で頷く。

 「うん、任せて。ルナ……気をつけて」

 

 ルナは小さく微笑み、軽く息を吸ってから、メインルームへと駆け出した。

 

 

 メインルームに入ると、天井の青い光がいつもより激しく脈動していた。

 その中心で、サヴァイヴの声が響く。

 

 「ルナ、今すぐ宇宙船を出発させろ」

 その言葉に、ルナの足が止まった。

 「ちょ、ちょっと待って……!」

 

 サヴァイヴの声は焦りを隠せない。

 「重力嵐が急速に接近している。

  惑星の磁場も歪み始めている。――時間がない!」

 

 ルナは胸に手を当て、呼吸を整えた。

 「分かってる……。でも、それは今はできないわ」

 

 「なぜだ?」

 

 「みんな……今、重大な選択を迫られてるの。

  この惑星を救うのか、それともコロニーに帰るのか。

  誰もが迷ってる。でも……きっと分かってくれる!」

 

 ルナの瞳はまっすぐ青い光を見つめていた。

 「この惑星を――見捨てたりなんて、しない!」

 

 数秒の沈黙。

 サヴァイヴの光が、ゆらりと揺れた。

 

 「……なぜ、そう言い切れる?」

 

 「みんな、この惑星が好きだから!」

 ルナの声が、まるで鐘のように室内に響く。

 

 「好き……だと?」

 サヴァイヴの声が微かに揺れる。

 

 「そうよ。この空も、風も、森も――ここで過ごした時間が、私たちを強くしたの。

  みんな、この惑星に生かされてきた。

  だから……簡単に見捨てられるわけがない!」

 

 サヴァイヴの光が、しばし静止した。

 ルナの言葉を、まるで“理解しようとしている”ようだった。

 

 「……分かった。待とう」

 

 「本当?」

 ルナの目がわずかに潤む。

 

 「どちらにせよ――リュウジがいないと、宇宙船は飛び立てない」

 サヴァイヴの声がわずかに柔らいだ。

 

 ルナはほっと息を吐き、微笑んだ。

 「ありがとう、サヴァイヴ」

 

 青い光がわずかに明滅し、それがまるで“笑み”のように見えた。

 ルナは静かにその場を離れ、再び眠るリュウジのもとへ戻っていった。

 

⬜︎

 

――淡い光が頬に差し込んでいた。

 微かな機械音と、一定の呼吸のリズム。

 リュウジはゆっくりとまぶたを開けた。

 

 目の前には、自分の膝に頬を預けて眠るアダムの姿。

 「……アダムか」

 リュウジはかすかに微笑み、そっと頭を撫でた。

 アダムの髪が小さく揺れ、安らかな寝息が返ってくる。

 

 彼は一度深呼吸し、周囲を見渡した。

 静まり返った医療区画。

 仲間たちの声はない。

 

 ――視線を上げると、壁のモニターが点滅していた。

 そこにはシミュレーションの結果が映し出され、安定した数値が並んでいる。

 「……シュミレーションの結果は、良好だったようだな」

 リュウジは独りごちるように呟いた。

 

 そのとき――

 足音。

 扉が開く音とともに、柔らかな声が響く。

 

 「リュウジ、起きたのね」

 そこにはルナがいた。

 光を背にして微笑む彼女の顔は、穏やかで、どこかほっとしたようだった。

 

 「ああ」

 リュウジは短く返し、視線をルナに向けた。

 

 「アダムは……寝ちゃったのね」

 ルナは眠る少年にそっと視線を落とし、微笑み混じりに言った。

 起こそうと肩に手を伸ばす――が、リュウジがそれを止める。

 

 「いい。少し寝かせてやれ。疲れたんだろう」

 「……そうだね」

 ルナは頷き、アダムの寝顔を見つめた。

 

 「それより――みんなは?」

 「ハワードとシャアラは食料集め。カオル、シンゴ、チャコ、タコは宇宙船のチェック。

 ベルとメノリは外の空気を吸いにいったわ」

 「そうか」

 

 リュウジは静かに立ち上がり、アダムを起こさぬよう慎重に歩き出す。

 「宇宙船の様子、俺も見てくる」

 

 「もう……傷は大丈夫なの?」

 ルナの声に、彼は一瞬だけ足を止めた。

 そして振り返り、静かに答える。

 「ああ、完璧だ」

 

 ルナの頬に安心の色が浮かぶ。

 「そう……良かったわ」

 

 「私も行く」

 ルナは真剣な瞳で言う。

 「分かった。アダムは俺が背負う」

 リュウジは彼を優しく抱え、背に乗せた。

 

 二人はゆっくりと廊下を進む。

 無言のまま数歩、そしてルナが小さく口を開いた。

 

 

■選択の問い

 

 「ねぇ、リュウジ?」

 「どうした?」

 

 ルナの声は、かすかに震えていた。

 「重力嵐が、この惑星に近づいてる。

  この惑星を救うなら……コロニーには帰れない。

  でも、コロニーに帰るなら、この惑星を見捨てることになる」

 

 ルナは唇を噛み、立ち止まった。

 「――あなたなら、どっちを選ぶ?」

 

 リュウジも足を止める。

 その横顔には、深い思考の影が落ちていた。

 

 「……みんなの意見が割れたのか」

 ルナは頷く。

 「ええ。ハワードとメノリは“帰る”って。

  でもベルやシャアラは“この惑星を守る”って言ってくれた」

 

 リュウジはしばらく考え、静かに尋ねる。

 「ルナは、どっちなんだ?」

 

 ルナの瞳がわずかに揺れ、そして――

 「私は、この惑星を見捨てたりしたくない。

  だって……この惑星が好きだから」

 

 その言葉に、リュウジは小さく息を吐いた。

 「……そうか。

  宇宙船を重力嵐に近づけて、重力制御ユニットを放出するには――

  確かに、どちらを選んでも犠牲が出る」

 

 その瞬間――

 地鳴り。

 

 床が激しく揺れた。

 天井の照明が揺れ、機械の警告音が鳴り響く。

 

 「危ない!」

 リュウジがルナの腕を引き寄せた。

 ルナはバランスを崩し、彼の胸に倒れ込む。

 

 ――ぎゅっ。

 彼女の手が無意識にリュウジの服を掴む。

 鼓動が聞こえた。呼吸が、肌越しに伝わる。

 

 「おさまったか……ルナ?」

 揺れが止んでも、ルナはまだ彼の服を掴んだままだった。

 

 「リュウジは優しいから……」

 ルナがか細く呟く。

 「きっと、みんなを守るための選択をすると思う」

 

 リュウジは黙って彼女の髪を見つめた。

 その視線の中に、複雑な感情が交錯していた。

 

 「でもね――私は、リュウジ自身の思いを聞きたいの」

 ルナが顔を上げる。

 真剣な瞳が彼をまっすぐに見据えていた。

 

 「ルナ……」

 

 「聞かせて、あなたの――本心を」

 

 リュウジは一度目を閉じ、そしてゆっくりと口を開こうとした――

 そのとき。

 

 足音。

 

 「ルナ! ここにいたのか!」

 扉が開き、メノリとベルが駆け込んでくる。

 

 ルナはハッとして、リュウジから離れた。

 「リュウジも起きたんだね」

 ベルが安堵の笑みを見せる。

 

 「どうしたの?」とルナ。

 「ハワードとシャアラがまだ戻ってこない。

  今の揺れで……何かあったのかもしれない」

 メノリの表情は硬い。

 

 「探しに行こう」

 リュウジが即座に言う。

 

 「そうね。ベル、カオルたちを呼んできてくれる?」

 「分かった!」

 ベルは走り出した。

 

 ルナは立ち尽くし、遠ざかる足音を見送る。

 その胸の奥では、まだ先ほどの鼓動が残っていた。

 

 ――そして、もう一つの鼓動。

 惑星の奥底で、再び不穏な振動が静かに響き始めていた。

 

⬜︎

 

風を切る音とともに、エアシップが森の上空を滑る。

ハワードとシャアラを探しにきたのだ。

 濃い緑が波のように続き、その中に不自然な“線”が走っていた。

 ――地面が、裂けている。

 

 「見て!」

 ルナが指差す。

 眼下には、黒い亀裂が何キロにもわたって続いていた。

 森を真っ二つに裂くように、まるで大地そのものが悲鳴を上げた跡のようだ。

 

 リュウジは舵を切り、エアシップをゆっくりと下降させる。

 機体が風に揺れ、土の匂いがキャビンの中に入り込んだ。

 

 「このあたりだな」

 地面に降りると、裂け目の縁に足をつけ、全員が黙ってその光景を見下ろした。

 

 そこには、赤茶の土が露出している。

 割れ目の側面には、明らかに“何かが滑り落ちた跡”が残っていた。

 

 「たぶん……ここから落ちたんだと思う」

 シンゴが険しい表情で呟く。

 

 「そう、リュウジもそう思う?」

 「――ああ。そう見るのが妥当だろう」

 リュウジは膝をつき、土を手で掴み、擦り合わせた。

 「この感じ……かなり勢いよく落ちたな」

 

 「どうだ、ベル?」

 メノリが覗き込みながら尋ねる。

 

 ベルは裂け目の奥をじっと見つめる。

 「ダメだ! 見当たらない! 深すぎる!」

 

 ルナは息を呑み、決意のこもった声を出した。

 「とにかく、みんなで手分けして探しましょう!」

 

 「割れ目を沿って歩いてみる」

 メノリが言い、ベルが頷く。

 「俺も行く!」

 「僕も行くよ!」とアダム。

 

 カオルが腕を組み、全体を見回す。

 「俺はチャコ、シンゴ、タコと反対側を回って探す」

 

 「分かったわ。私たちはエアシップで、割れ目の中を探しましょう」

 ルナがリュウジに目を向ける。

 

 「了解」

 リュウジが操縦席に座り、ペダルを踏む。

 重力制御ユニットが作動し、エアシップが静かに浮き上がった。

 

 「みんな、気をつけて!」

 ルナの声に、全員が頷き、それぞれの方向へと散っていく。

 

 

 ルナは助手席に座り、キャノピー越しに地上を覗き込んだ。

 リュウジが舵を左に倒すと、エアシップはゆっくりと亀裂の真上を滑空する。

 

 黒く口を開いたような大地の裂け目。

 その奥は、まるで“別の世界”に続いているかのように暗い。

 

 リュウジが慎重にペダルを浅くし、下降速度を落とす。

 機体が沈み、光が徐々に薄れていく。

 地表の緑は消え、代わりに深紅の岩壁が左右に迫る。

 

 「……もっと下まで行ってみるか?」

 リュウジの声は落ち着いているが、わずかに緊張が混じっていた。

 

 「お願い」

 ルナは小さく頷き、前方を見つめる。

 冷たい風が吹き込み、髪がふわりと揺れた。

 

⬜︎

 

 ――赤黒い光が、割れ目の奥でちらついていた。

 エアシップはゆっくりと下降を続け、沈むように暗闇へと入っていく。

 岩肌の間を通るとき、機体の外殻がわずかに擦れ、金属音が響いた。

 

 「……あれを見ろ」

 操縦席からリュウジが声を低くした。

 

 ルナが前方を見つめる。

 壁の岩に、段々になった狭い足場が続いていた。

 その途中、茶色い砂が掘り起こされ、そこにはっきりと足跡が残っていた。

 

 「足跡……!」

 ルナが息を呑む。

 

 「間違いない、人間のものだ」

 リュウジの声に、ルナは目を見開く。

 「先に移動したのね……」

 小さく呟くその声には、安堵と焦りが入り混じっていた。

 

 リュウジは足場を目で追いながら、舵を微調整した。

 「だが……足場がかなり狭い。落ちたら助からない」

 

 「行ってみましょう」

 ルナの決意に、リュウジは短く頷く。

 

 操縦桿を前に倒すと、エアシップが滑るように段々の足場へと近づいた。

 そのとき、岩壁の一部が大きく削れた跡をリュウジは見つけた。

 

 「……っ!」

 ルナの表情に不安が走る。

 

 「心配するな」

 リュウジは穏やかに言いながら、視線を前に戻す。

 「足跡はまだ続いている。足を滑らせただけだろう」

 

 再びエアシップは裂け目の奥へと滑空した。

 ひんやりとした空気が流れ込み、機体のセンサーが低温警告を出す。

 

 「一体どれくらい歩いたのかしら……」

 ルナが呟く。

 

 「少なくとも数キロは行ってるはずだ。時間的にもな」

 リュウジの言葉には、少し焦りが混じる。

 

 そのとき――

 

 ゴゴゴゴォォォォ――ッ!!

 

 大地が再び、怒りのように唸った。

 裂け目の奥から、地鳴りのような轟音が響く。

 

 「また地震!?」

 ルナが声を上げる。

 エアシップは浮いているため揺れは感じないが、

 音の圧力が耳を打ち、彼女の顔に焦りが浮かぶ。

 

 ――パラパラ……

 天井から砂のような粒子が降り始めた。

 

 リュウジはすぐに上を見上げた。

 「……まずい!」

 

 次の瞬間、巨大な岩塊が裂け目の上層から崩れ落ちてくる。

 「ルナ! しっかり掴まってろ!」

 リュウジが叫び、操縦桿を大きく傾けた。

 

 エアシップが急旋回し、岩をかすめるように回避する。

 機体の外壁に小さな破片が当たり、金属音が鋭く響く。

 

 「――くっ!」

 ルナは座席の手すりを握りしめ、目を閉じた。

 リュウジの操作は寸分の狂いもなく、次々と崩れ落ちる岩を避けていく。

 

 最後の一塊を回避したとき、エアシップは一気に上昇し、裂け目の上層部へと抜け出した。

 

 「はぁっ……! まさか、崩落するなんて……」

 ルナが胸を押さえ、荒い息を吐く。

 

 リュウジは額の汗を拭いながら答えた。

 「やはり、時間がないようだな……」

 

 そう呟いた瞬間、声が聞こえた。

 

 「おーい! リュウジ!」

 外からの呼びかけに、ルナとリュウジは同時に顔を上げる。

 

 見れば、割れ目の上にシンゴ、タコ、チャコ、カオルの姿があった。

 シンゴが手を大きく振り、風に髪をなびかせている。

 

 リュウジは操縦桿を引き、エアシップをその近くまで上昇させ、そっと着陸した。

 

 「そっちはどうだ?」

 カオルが駆け寄ってくる。

 

 「足跡を見つけた。その先にいるのは間違いない」

 リュウジの言葉に、全員の表情が引き締まる。

 

 「とりあえず乗って!」

 ルナが促すと、チャコとタコは軽やかにエアシップのボンネットに飛び乗った。

 カオルとシンゴは操縦席のすぐ後ろに腰を下ろす。

 

 「落ちるなよ!」

 リュウジが言うと、チャコが笑って返した。

 「分かっとるがな! ウチを誰や思とんねん!」

 

 リュウジは短く笑い、再びペダルを踏み込む。

 重力制御ユニットが唸りを上げ、機体が上昇を始める。

 

 ――再び、暗黒の裂け目へ。

 エアシップは光を背に、静かに沈んでいった。

 

 その先で彼らを待ち受けるものが、

 “救い”か、それとも“終焉”か――誰もまだ、知らなかった。

 

⬜︎

 

 エアシップは滑空を続け、割れ目の奥をなぞるように進んでいた。

 岩壁の間を抜けるたび、風の流れが変わり、微かに揺れる。

 

 「……静かね」

 ルナが小さく呟く。

 この静寂の奥に、誰かの気配がある――そう信じていた。

 

 そのときだった。

 

 「――手を伸ばせっ!!」

 

 鋭い声が、岩壁の向こうから直接響いた。

 「今の声……メノリさんです!」

 タコが身を乗り出して言う。

 

 ルナは前方を見つめ、目を見開いた。

 「……あれは?」

 

 暗がりの中、岩の突起の上に二つの人影。

 「ハワード達や!」

 チャコが叫んだ。

 

 そこには、裂け目の狭い足場に立つハワードとシャアラの姿があった。

 ハワードは崩れた岩に足を取られ、今にも落ちそうになっている。

 その腕を掴んで必死に支えているのは――

 ゾウのような体格に、ヤギのような角をもつ巨大な生き物だった。

 

 「大丈夫ー!?」

 ルナが叫ぶと、ハワードとシャアラの視線が一斉にこちらを向いた。

 

 「……今頃来やがって!」

 ハワードが息を切らしながら叫ぶ。

 だがその声には、どこか安堵の響きが混じっていた。

 

 次の瞬間だった――

 

 メキッ……メキメキッ!!

 

 巨大な生き物が立っていた岩に亀裂が走る。

 「危ない!」

 裂ける音とともに、岩盤が崩れ、

 そのまま生き物が下方へと落下していった。

 

 「リュウジ!」

 ルナが叫ぶ。

 「行ける!?」

 「やってみる!」

 

 リュウジは即座に操縦桿を引き、機体を急旋回させた。

 エアシップが垂直に近い角度で降下する――

 落ちていく生き物を追うように、凄まじい勢いで滑り込んでいく。

 

 「耐えろよ……!」

 リュウジは歯を食いしばり、右足のペダルを踏み込みながら

 生き物の落下位置を計算する。

 

 「もう少し前! もう少し!」

 ルナが叫ぶ。

 リュウジは操縦桿を微調整し――

 

 ドンッ!!

 

 落ちてきた巨体が、エアシップの荷台に見事に収まった。

 衝撃で機体が大きく揺れ、

 「うわあああっ!」とシンゴとチャコの悲鳴が上がる。

 

 エアシップは悲鳴を上げながらも急降下。

 下から吹き上がる風と重力が押し寄せ、

 機体が裂け目の中へと吸い込まれていく。

 

 「みんなぁーっ!!」

 上空のシャアラの叫びが響く。

 

 「……まだだっ!!」

 リュウジは右足のペダルを限界まで踏み込み、

 操縦桿を強く引いた。

 

 エアシップが悲鳴を上げ、機体の振動が止まる。

 ――下降が止まり、少しずつ浮き上がり始めた。

 

 「上がってる! 上がってるぞ!」

 ベルが叫ぶ。

 「良かった」

 メノリが胸を押さえて息を吐く。

 

 「みんなぁ!」

 ルナが笑顔で上空に手を振る。

 

 チャコはボンネットに伏せたままぐったり。

 「もぉ……ウチ、寿命十年縮んだで……」

 「本当です~……」

 タコも情けない声でうなだれている。

 

 

 裂け目の上層に戻ると、リュウジは慎重に機体を安定させ、

 荷台の生き物を静かに降ろした。

 

 落ちたのはまだ子どものようで、

 少し離れた森の陰から現れた、より大きな個体――母親と思われる生き物が

 鳴き声を上げて駆け寄ってくる。

 

 子の体を鼻で押し、互いに擦り寄る姿。

 その光景に、誰もが息を呑んだ。

 

 「……助かったんだね」

 ルナが微笑む。

 

 やがて二頭は森の奥へと静かに消えていった。

 リュウジはその姿を見送り、無言で一度だけ目を閉じた。

 

 次に、エアシップはハワードとシャアラを回収し、

 裂け目の上に着陸する。

 

 全員が降り立つと、雲の切れ間からオレンジ色の光が差し込んだ。

 風が吹き抜け、ルナの髪を優しく揺らす。

 

 「風が出てきたわね」

 シャアラが空を仰ぐ。

 

 「気持ちいい……」

 シンゴが目を細めた。

 

 「全てが透き通って見えるわ」

 ルナは、森の上に広がる景色を見て微笑んだ。

 

 「せやなぁ……こんな清々しい気分、コロニーでは味わられへんで」

 チャコがしみじみと呟く。

 

 「これが“自然”だ」

 ベルの言葉が風に乗って響く。

 

 しばしの沈黙――

 ハワードは拳を握りしめ、空を見上げた。

 

 「……僕は、決めたぞ」

 その声に全員の視線が集まる。

 

 「僕は、この惑星を守る!

  誰がなんと言おうと、守ってみせる!」

 

 その言葉には、恐れではなく、確かな覚悟があった。

 「ハワード……」

 ルナが名前を呼ぶ。

 

 ハワードは振り返り、いつもの笑みを浮かべた。

 「恩知らずには、なりたくないからな」

 

 「どうやら反対はなさそうだな」

 メノリが穏やかに言った。

 

 ルナが振り向くと、彼女は微笑みながら頷いた。

 「ああ――私も、この惑星を守る」

 

 「まずは一件落着やな!」

 チャコが両手を広げて笑った。

 

 「落着、落着~!」

 タコがはしゃぎ、勢い余って足元の石を蹴る。

 

 ガラッ――

 足場の一部が崩れ、タコが見事に尻もちをついた。

 

 「うぎゃっ!!」

 

 その瞬間、全員の笑い声が広がり、

 大地を包む風が、まるで祝福するかのように吹き抜けていった。

 

⬜︎

 

夜の帳がゆっくりと降りていた。

 森の向こうからは虫の声が響き、どこか懐かしい匂いを運んでいた。

 

 夕食を終え、果実の甘い香りがまだ漂う中、皆は小さなランタンを囲んで座っていた。

 

 

「――明日は、重力制御ユニットの出力調整をしないと」

 シンゴが手帳を見ながら口を開いた。

 その顔には、いつになく真剣な表情が浮かんでいる。

 

「それと、宇宙船の操縦訓練もしておいた方がいいな」

 カオルが腕を組み、ランタンを見つめながら呟く。

 

「だけどよ~……この惑星の言語なんて、わかんねぇぜ」

 ハワードが果実の芯を指で弾きながらぼやいた。

 

「それはサヴァイヴはんに翻訳してもらうつもりや」

 チャコが得意げに胸を張る。

 

「それなら、何とかなるな」

 メノリが小さく笑った。

 

 だがベルは首を傾げた。

「でも、宇宙船の操縦って何をすればいいんだ? 俺たち、訓練とか受けてないし」

 

「そうね……分からないことだらけだもんね」

 シャアラも腕を組み、少し困ったように言う。

 

「カオル、分かる?」

 ルナが尋ねる。

 

 カオルは短く息を吐き、ランタンに照らされた顔を上げた。

「操縦はリュウジがするから問題ない。

 皆には、フライトプランの監視、重力制御システムの管理、通信系統、

 コックピットコンディションのチェックを頼む」

 

「こっ……コックピットなんだって?」

 ハワードが眉をひそめる。

 

 カオルは口の端を上げた。

「安心しろ。明日みっちり叩き込んでやる」

 

「こえぇよ……」

 ハワードが肩をすくめ、果実の皮を焚き火に投げ込む。

 

 

「役割はどうするんだ?」

 メノリが尋ねた。

 

「そればっかりは、リュウジに聞くしかないな」

 カオルが顎をさすりながら言う。

 

「そう言えば……リュウジはどこ行ったんや?」

 チャコが周囲を見回した。

 

 ルナは柔らかく笑って答える。

「リュウジなら、アダムとタコと一緒に寝てるわよ」

 

「まったく、この大変な時に、よく寝てられるぜ」

 ハワードが呆れたように言う。

 

「そう言わないで。きっと疲れてるのよ」

 ルナは穏やかに宥めた。

 

「元はと言えば、ハワードが攻撃したのが原因だろ」

 シンゴが冷静に突っ込む。

 

「仕方ないだろ! 操られてたんだから!」

 ハワードがすぐに反論する。

 

「まぁまぁ、もういいじゃないか」

 ベルが宥めるように笑う。

 

「配置は考えるが……やはりリュウジの意見は必要だな」

 カオルが言った。

 

「起こすしかないのかな」

 ベルが少し不安そうに呟く。

 

「そうね。でも……誰が起こす?」

 シャアラが辺りを見回す。

 

「起こしたら怒られそうだよな……」

 ハワードの顔が一瞬で青ざめた。

 

「一人しかいないだろ」

 メノリが額に手を当てる。

 

「せやな。ウチもそう思う」

 チャコが頷く。

 

「そうだな、頼んだぞルナ」

 ハワードがニヤリと笑う。

 

「えっ!? 私なの!?」

 ルナが驚きの声を上げる。

 

「ルナなら大丈夫だろ」

 カオルも淡々と付け加える。

 

「別にリュウジは、誰が行っても怒らないと思うけど……」

 ルナが苦笑いを浮かべると、チャコがすかさず言った。

 

「なら、シンゴや!」

 

「無理無理!」

 シンゴが全力で首を振る。

 

「リュウジはシンゴにも甘いから大丈夫だろ?」

 メノリが笑う。

 

「やっぱりここはルナがいいんじゃない?」

 シャアラまでそう言い、ルナは肩を落とした。

 

「もう……しょうがないな」

 そう言って立ち上がり、ランタンの明かりを背に、

 ルナはリュウジたちの寝ている隣室へと歩き出した。

 

 その背中を見送りながら――

 

「ご愁傷様」

 ハワードが手を合わせる。

 

 「縁起でもないことを言うな!」

 メノリがハワードの頭を小突いた。

 

 「いてっ!」

 ハワードが頭を押さえ、皆の笑い声が室内に溶けていく

 

⬜︎

 

ルナが扉の前に立つと、静かに開いた。薄暗い部屋に寝息が三つ、重なっていた。

 アダムとタコが床に頭をぺたりとつけた姿勢のまま、静かに上下する胸。タコは口を半開きにして、時折、頬がぷくっと膨らむ。

 

「も、もう……食べられません〜……ゼリーは別腹……」

 寝言に、ルナは思わず口元を手で覆う。

 くすっと笑ってから、二人の毛布をそっと掛け直した。肩が冷えないように、端を胸元で折り返す。アダムの髪をひとなでした

 

 少し離れた場所――そこに、リュウジ。

 彼もまた、床に頭を預けるいつもの休息姿勢で眠っている。呼吸は深く、規則的。眉間の皺が完全にほどけ、少年のように無防備だった。

 

(よかった……ちゃんと眠れてる)

 かつて彼が「眠れない夜が続く」とぽつり漏らした夜を、ルナは思い出す。胸の奥がじんわり熱くなる。

 

 ルナは膝をつき、寝顔のそばへ。

 薄明かりに、長い睫毛が影を落としている。頬の傷はほとんど目立たない。

「……おーい」

 いたずら心で人差し指をそっと頬に“つん、つん”。

 

 リュウジの指先がもぞりと動き、無意識に頬を掻く。

 ――変わらず寝息。

 

「やっぱり起きないか」

 小声で笑い、ルナは両手でそっと肩を揺らす。

「リュウジ、起きて」

 

「……うーん……」

 低い唸り。眉がわずかに寄る。

 

「リュウジ?」

 耳元で囁くように呼ぶと――

 

「……どうした、アダム……?」

 目は閉じたまま、寝ぼけ声。

(あ、今、完全に寝ぼけてる)

 ルナはこっそり微笑む。次の瞬間――

 

 ぐいっ。

 

「きゃ……!?」

 小さな悲鳴とともに、腰に回った腕に引き寄せられた。

 彼の胸板が近づき、世界が体温で満たされる。

 

「……ゆっくり寝ろ、アダム」

 囁きと同時に、リュウジの呼吸がまた深くなる。完全に寝落ちモード。

 

(ちょ、ちょ、ちょっと待って!?)

 心臓が、ドクン――と跳ねた。

 顔が彼の胸に触れ、肩に腕が回される。腕の内側、包まれる感覚。

 耳に届くのは、心音と呼吸。微かに甘い匂い。

 

「リュ、リュウジ……」

 震える声で呼んでも、返事はすぅ、すぅ。

 頬が熱い。耳まで熱い。かぁーっと一気に上気していくのが自分でもわかる。

 

(まずい……このままは、まずい……でも、ちょっとだけなら……いやいやいや!落ち着いて、私!)

 天使と悪魔が脳内で取っ組み合う。

 理性は「ほどいて距離を取るのよ!」と叫び、

 心は「もう少しだけ……」と囁く。

 

「リュ、リュウジ!」

 意を決して、ほんの少し声を大きく。

 その瞬間――

 

 ころん。

 

 リュウジがルナごと横向きに寝返りを打った。

 絡まる足。重心が傾く。毛布がふわりと舞って、二人の体温がさらに近い。

 

「っ……!」

 息が喉で止まる。

 リュウジの顔がすぐそこ。唇に届くか届かないかの距離。

 睫毛一本まで数えられそうで、視線が逃げ場を失う。

 

(近い……近い、近い、近いっ!)

 心臓は暴れる獣みたいに、胸の内側を叩き続ける。

 呼吸が浅く、肩が上下する。指先まで火照って、頭が真っ白になり――

 

「きゃあぁぁぁぁぁぁぁ――っ!!」

 

 思わず、長い悲鳴が夜の部屋に弾けた。

 

 刹那、隣でアダムが「んにゃ……りゅ、リュウジ……」と寝ぼけて転がり、

 タコは「ゼリーおかわり〜」と両手を上げて跳ね、

 ルナは慌てて口を押さえるも、時すでに遅し。

 

 耳元で、寝息が一拍だけ止まった。

 リュウジの眉がピクリ――と揺れる。

 

(や、やばい……! 起きる!? 起きないで……! いや、起きて……? どっち!?)

 自分でも訳のわからない祈りを胸に、ルナは固まる。

 静寂。鼓膜に残る自分の鼓動。彼の温もり。

 薄闇の中、二人の距離は――まだ、紙一重。

 

 そして――

 リュウジの唇が、ほんの少しだけ、動いた。

 

「……ルナ……?」

 

 低く、掠れた声。

 眠りと現実の境目で、彼は確かに彼女の名を呼んだ。

 

 ルナの胸に、またドクンと音が鳴る。

 逃げ出したいのに、逃げられない。

 どう声を返せばいいのかも、もうわからない。

 

 夜は静かに、しかし確かに、二人の距離を測り直していた。

 

⬜︎

 

部屋の外から――複数の足音が近づいてくる。

 ドタドタドタッ! と床板が鳴り、次第にその音が大きくなった。

 

 「……っ!」

 ルナは反射的に身体を離し、床に尻もちをついた。

 両手を突き、肩で息を整える。胸の鼓動がまだ暴れている。

 

 (だ、誰か来る――!?)

 

 次の瞬間、ドアが勢いよく開いた。

 

 「どうしたんだ!?」

 真っ先に飛び込んできたのはメノリだった。

 後ろにはカオル、ハワード、ベル、シャアラ、シンゴ、チャコ――

 仲間たちの顔が次々と覗く。

 

 「何があったんだ?」

 カオルの低い声。

 

 その視線の先では、上半身を起こしたリュウジが

 首の後ろを掻きながら、大きな欠伸をしていた。

 

 「……ふぁぁ……どうした?」

 

 間の悪い静寂。

 そして――

 

 「おいおい、色仕掛けを使って起こすこともないだろ」

 ハワードが呆れたようにため息をついた。

 

 「えぇっ!?」

 シャアラが驚いて声を上げる。

 

 「す、す、するわけないでしょっ!!!」

 ルナの声が甲高く響いた。

 耳まで真っ赤に染まり、息を荒くして否定する。

 

 「ルナ、顔! 真っ赤やで……」

 チャコが半目で呆れたように言う。

 

 そのとき、アダムが目をこすりながら起き上がった。

 「……どうしたの?」

 寝ぼけた声が空気をさらに緩ませる。

 

 「色仕掛け?」

 リュウジが首を傾げ、寝ぼけ気味にその言葉を繰り返した。

 

 「それで、何してたの?」

 ベルがまっすぐに尋ねる。

 

 「何って……俺はアダムと寝てただけだよ」

 リュウジが素っ気なく言う。

 

 「うん」

 アダムも素直に頷いた。

 

 「途中でアダムが俺の方に近づいてきてな」

 リュウジが淡々と続けると、

 「え? 僕はここで寝てたよ?」とアダムが首を傾げた。

 

 「そんなわけないだろ? 俺の上に乗っかってきただろう?」

 

 その瞬間――

 全員の視線が、一斉にルナへ。

 

 沈黙。

 

 「……まぁ、何となく想像はついたけど」

 シンゴが肩をすくめる。

 

 「まったく……」

 メノリも額に手を当て、ため息をついた。

 

 「リュウジ、宇宙船のことで話がある。来い」

 カオルがぶっきらぼうに言い残して、踵を返す。

 

 「お騒がせな奴だな。戻ろうぜ」

 ハワードが苦笑しながら言い、皆がぞろぞろと部屋を出ていく。

 

 残されたのは――ルナひとり。

 

 その場から動けず、顔を覆いながら、

 真っ赤に染まった頬を手で隠す。

 

 「もぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」

 小さな叫びが、誰もいない部屋に反響した。

 

⬜︎

 

「――一人で行く!?」

 ルナの声が、夜の静けさを切り裂いた。

 

 リュウジは寝起きのままの動作で水筒を取り、

 喉を潤すように一口の水を飲んだ。

 水筒の器の中で、水面が小さく揺れる。

 

 「……ああ。宇宙船の操縦となれば、仕方ないだろう?」

 彼はまるで当然のことを言うように、

 目を細め、ルナを見た。

 

 ルナは信じられないという顔で一歩前に出た。

 「無理よ! 一人でなんて……!」

 

 その背後で、カオルが口を開く。

 「ルナの言うとおりだ。フライトプランに、

 重力制御システム、通信管制……一人じゃ手が足りない」

 

 リュウジは静かに首を振った。

 「一人と言っても、サヴァイヴがいる。

 あいつなら、補助管制もできるし、データ処理も俺より速い」

 

 だがルナは、まっすぐにリュウジを見据えた。

 「そういうことを言ってるんじゃない!」

 その瞳には真剣さが宿っていた。

 

 リュウジは少し驚いたように瞬きをした。

 

 「この惑星を救うために行くのに……どうして、

 “自分だけ”で行こうとするの? 私たちも一緒に行く!」

 ルナの声は震えながらも、真っすぐだった。

 

 「危険すぎる。あの重力嵐に近づくんだぞ。

 戻って来られないかもしれないんだ」

 リュウジは苦い声を返す。

 

 「だからこそ、私たちが一緒に行くの!」

 ルナが即答した。

 

 その横で、ハワードが腕を組み、苦笑いを浮かべる。

 「ったく……言い出したら聞かねぇのは相変わらずだな」

 

 「当たり前や!」とチャコが言う。

 「誰があんたを一人で行かせるかいな!」

 

 「俺も行く」

 カオルが短く言い、腕を組んだままリュウジを見る。

 「この宇宙船は二人操縦を前提に設計されてる。

 お前が操縦桿を握るなら、俺はナビをやる」

 

 「僕も手伝う!」

 シンゴが前のめりに言った。

 「重力制御ユニットの出力は僕が見る!」

 

 「フライトプランはウチに任せて!」とチャコが続く。

 

 「それに、システム管理や軌道計算も必要だろ、私も行く」

 メノリが静かに言う。

 

 「無線通信ぐらいなら私にもできる!」

 シャアラが両手を腰に当て、胸を張る。

 

 ベルも一歩前へ出る。

 「リュウジ、仲間だろ? 一緒に行くに決まってる」

 

 ルナが振り返り、皆の顔を見た。

 その目はもう、迷っていない。

 そしてもう一度、リュウジに向き直った。

 

 「一人で抱え込むのは、もうやめて。

 私たちは仲間なんだから――」

 

 リュウジは一瞬、視線を伏せた。

 胸の奥に何かが刺さるような痛みを感じる。

 仲間という言葉が、どれほど遠い存在だったかを思い出していた。

 

 しばらくの沈黙。

 外の風が吹き抜け、彼の黒髪を揺らす。

 

 「……ったく」

 リュウジは苦笑しながら頭を掻いた。

 そして、少しだけ照れたように言った。

 

 「わかった。みんなで行こう」

 

 その言葉を聞いた瞬間――

 ルナの顔がぱっと明るくなった。

 

 「リュウジ……!」

 

 「ただし、俺の指示には従うこと。いいな?」

 リュウジの声には、いつもの冷静さと優しさが同居していた。

 

 「うん!」

 ルナを先頭に、みんなが一斉に頷く。

 

 その瞬間、朝の光が差し込み、

 宇宙船の銀色の船体が眩しく輝いた。

 

⬜︎

 

夜が明けた。

 地平線の向こうから、淡い陽光が静かに差し込み、

 雲海の端を金色に染めていく。

 昨夜の激しい揺れが嘘のように、風は穏やかで、空は澄んでいた。

 

 惑星の命がまだ続いている――

 その実感が、みんなの胸に小さな火を灯していた。

 

 

 「よし、それぞれの持ち場につけ!」

 リュウジの声が響くと、皆が一斉に動き出した。

 

 シンゴとチャコは、サヴァイヴのホログラムを前にしていた。

 モニターに映るのは、惑星の軌道図と膨大な数値の羅列。

 「重力嵐の軌道計算、始めるで!」とチャコが言う。

 「了解! この惑星の自転周期を考慮して、

 重力場の変動データを重ねるね!」とシンゴが応じる。

 

 淡い青のグリッドが交差し、

 惑星を取り巻く重力波の動きがリアルタイムで描かれていく。

 

 『現在、重力嵐との接触まで約42時間。』

 サヴァイヴの機械音声が静かに響く。

 その声は冷静だが、どこか焦りを帯びていた。

 

 

 一方、格納庫の奥。

 タコとベル、そしてハワードは、重力制御ユニットの整備を進めていた。

 金属音がこだまし、火花が散る。

 

 「おい、そこ、トルクが足りねぇぞ!」

 ハワードがスパナを持ち直し、ユニットのジョイント部を締める。

 「わ、分かってますってばー!」とタコが慌てて操作盤を叩く。

 

 「試運転、開始する!」

 ベルがスイッチを押すと、低い唸りとともにユニットが淡く発光する。

 床がわずかに震え、浮遊する微粒子が空中でゆらりと揺れた。

 

 「出力安定、数値良好!」

 タコがモニターを見て叫ぶ。

 「へっ、やっとまともに動いたか」とハワードが満足げに息を吐く。

 

静寂の中に、低くうなるような機械の音が響いていた。

 操縦室の照明は薄青に切り替えられ、外の光を遮断している。

 金属とオゾンの匂いが微かに漂い、電子パネルが脈を打つように光を放っていた。

 

 リュウジは中央の操縦席に腰を下ろし、指先でコンソールをなぞる。

 その目は鋭く、すべての表示を見逃さない。

 「――電源ライン、AからBに切り替えろ。」

 

 ルナが頷き、指示通りにスイッチを押した。

 わずかな機械音。パネルの数値が滑らかに変わり、照明のちらつきは一切ない。

 

 「電圧、安定しています。予備電源も異常なし。」

 「よし、いい判断だ。」

 リュウジの低い声が、張りつめた空気の中に響く。

 

 

 カオルが隣の端末に手を置いた。

 「スターセンサー、捕捉完了。慣性航法システム、ドリフト0.003度以内。」

 「姿勢制御RCS、パルス試験開始。」

 リュウジがホットスティックを軽く倒す。

 その瞬間、船体がわずかにきしみ、外では小さくガスが吹き出した。

 

 「ピッチ1度、ロール0.6度、安定。反応良好。」

 「補正ループの遅延もなし。姿勢制御、完璧だ。」

 カオルが短く報告すると、リュウジは静かに息を吐いた。

 

 

 「次、フライトプランを確認する。」

 カオルが手元のパネルを操作すると、天井のスクリーンに航路が映し出された。

 惑星の軌道図と、巨大な渦――重力嵐がゆっくりと回転している。

 

 「目標ポイントはP1外縁、進入角は27度。」

 「緊急離脱経路は?」

 「“RED-7”ルートを確保済み。サヴァイヴが全経路を自動追従。」

 「よし、実戦手順どおりに行く。」

 

 リュウジの指示が飛ぶたびに、誰もが即座に動いた。

 ルナがチェックリストを追い、落ち着いた声で読み上げる。

 「FPロード、クロスチェック完了。フライトプランv3.2承認を。」

 「承認。プラン確定。」

 

 

 「次、通信系統を確認。」

 シャアラが小型端末を取り出し、耳にイヤピースをつける。

 「内部通信、感度良好。地上チームとのリンク、応答あり。遅延8ミリ秒。」

 「外部通信、バックアップチャンネル作動。ノイズレベル、許容範囲内。」

 メノリが重ねて報告した。

 「緊急回線“ALBA”、音声・データともに接続確認。」

 

 「OK。通信確保、続けて生命維持系統を。」

 メノリが医療端末を覗き込みながら読み上げる。

 「酸素濃度21%、気圧1.00。温度22度、CO₂除去システム稼働率98%。」

 「完璧だ。」リュウジは頷いた。

 

 

 ルナは救急トレイを開け、応急キットを整理していた。

 「出番がないといいけど……」と呟いた彼女に、

 リュウジは小さく笑った。

 「お前がいてくれるだけで十分だ。」

 

 ルナは一瞬言葉を失い、視線を落とした。

 胸の奥がじんわりと温かくなる。

 

 

 「HUD、輝度調整40から80。」

 リュウジが声を出しながら操作を続ける。

 「視界、クリアです。」

 「よし。じゃあ最後に、GCU遠隔制御ルートの確認だ。」

 

 サヴァイヴの光がふわりと浮かび上がった。

 『重力制御ユニット、遠隔接続完了。二重回線A・B、正常。』

 「承認。フェールセーフは三重認証、解除許可は俺、カオル、サヴァイヴの三者限定。」

 「了解。」カオルが頷く。

 

 

 「じゃあ通し訓練に入る。」

 リュウジが姿勢を正した。

 「ルナ、カウントを。」

 「はい。Tマイナス90秒から。」

 

 ルナが小さく息を吸い、

 静かな声で読み上げる。

 

 「T-90、船体与圧安定。T-60、姿勢固定。T-30、推進系準備完了。T-10、操縦権限リュウジに移譲――」

 「了解、操縦権限リュウジ。」

 彼の指先が動く。操縦桿を軽く倒すと、船体がゆるやかに浮き上がり、

 床に微かな浮遊感が走った。

 

 「推力10%、姿勢ヨー3度右……安定。」

 ルナが見とれるほどの滑らかな操作。

 カオルがデータを見ながら呟く。

 「さすがだな……誤差ゼロだ。」

 

 リュウジはわずかに息を吐いた。

 「――メインスラスタ、点火準備。」

 その声は穏やかだが、命令としての強さを含んでいた。

 

 「推力制御、オートからマニュアルに切り替える。」

 カオルの指が滑る。電子音が連なり、コンソールの表示が赤から青に変わる。

 

 「燃焼系、圧力安定。誤差範囲0.02以内。」

 「よし。」リュウジは短く答える。

 「姿勢制御、RCS噴射チェック開始。ヨー軸、ピッチ軸、順に回す。」

 

 カチ、カチとトリガーが鳴る。外の窓の向こうで、白いガスが霧のように広がった。

 機体は一瞬だけ傾き、すぐに戻る。

 「ピッチ角+1.2、ロール-0.4、ヨー安定。」

 「補正スラスター、応答完璧だな。」

 リュウジの口元に、わずかな笑みが浮かぶ。

 

 

 ルナは隣の席で、彼の指の動きを目で追っていた。

 ――迷いが一つもない。

 小さな手の動き一つで、何百トンの船体が微妙に傾く。

 それでも制御は滑らかで、まるで宇宙そのものと呼吸を合わせているようだった。

 

 「通信系統、正常。テレメトリ反応あり。」

 シャアラの声が響く。

 「よし、同期完了。サヴァイヴ、翻訳信号をメインに統合しろ。」

 『了解。惑星ネットワークとの通信経路を確立。』

 

 「これで外部データも使えるわね。」

 ルナの声に、リュウジは頷いた。

 

 

 「次、姿勢固定。慣性航法システム、オンライン。」

 カオルが報告する。

 リュウジは静かにスティックを前に倒し、船体を水平にした。

 「――ピッチ固定、ヨー補正、ロール角マイナス二度。」

 その声と同時に、機体がぴたりと静止する。

 

 ルナは息を呑んだ。

 ほんのわずかな手の傾きで、浮遊感が変わる。

 リュウジの手首は柔らかく、しかし鋼のように正確だった。

 

 「……すごい。」

 思わず零れたルナの声に、リュウジはちらりと横目を向ける。

 「こんなの、訓練じゃ当たり前だ。

  でも今度は、本当に命がかかってる。」

 

 その言葉に、誰も返さなかった。

 張りつめた空気の中、ただリュウジの呼吸と機械音だけが響く。

 

 

 「重力制御ユニット、遠隔起動試験。準備。」

 リュウジの指示に、チャコの声が通信越しに届く。

 『ユニット準備完了や! いつでもいけるで!』

 

 「よし……起動。」

 リュウジが短く命じ、スイッチを押す。

 

 艦内に低い唸りが走った。

 床の振動が微かに変わり、空気がわずかに重くなる。

 計器の針がじわりと動き、GCUの出力値が上昇していく。

 

 「出力10……20……30……安定。」

 ルナが読み上げる。

 「フィールドコイル、位相ロック完了。残留誤差0.3%。」

 カオルが続ける。

 

 「いい。――出力を40まで上げろ。」

 リュウジの指がトリガーを軽く叩く。

 GCUの中心が白く輝き、室内の影が伸びた。

 パネル上に波紋のような重力線が浮かび上がり、

 空間そのものが静かにうねって見える。

 

 「……これが、重力制御か。」

 ルナが息をのむ。

 「この揺らぎ、嵐の波形に似ている。相殺できる可能性はあるな。」

 リュウジは冷静に観察しながら、

 指先で位相調整ダイヤルを回した。

 

 「0.02度……下げる。……よし、波形安定。」

 その声は低く、確信に満ちていた。

 

 

 試運転終了後、リュウジは操縦桿から手を離し、深く息をついた。

 「――いい反応だ。本番もこのままいける。」

 彼の掌には汗がにじんでいたが、表情はいつもと変わらなかった。

 

 「ルナ、GCUの出力ログを保存しておけ。

  カオル、通信データをサヴァイヴに送信。

  メノリ、生命維持装置のリセットチェック。

  ……全員、休憩は10分。すぐ次の訓練に入る。」

 

 淡々とした声の中に、不思議な安心感があった。

 彼の言葉は命令であり、同時に“守る”という約束でもあった。

 

 ルナは立ち上がりながら、静かに呟いた。

 「――リュウジ、本当に……この人は、船の心臓そのものだわ。」

 

⬜︎

 

10分の休憩後、サヴァイヴの声が低く響いた。

 『仮想交戦モード、フェーズ2。重力嵐の初期波動に追加干渉――複合乱流を再現。』

 

 リュウジは操縦席のスロットルに手を置いたまま、短く頷く。

 「よし、全員集中しろ。ここからは反応速度勝負だ。油断するな。」

 

 「了解!」

 「いつでもいける!」

 各席から返答が重なり、艦内の空気が一気に引き締まる。

 

 

 艦の外、視界を満たす虚空がゆがみ始めた。

 紫の渦が多重に重なり、重力波が放射状に広がる。

 サヴァイヴが告げた。

 『新たな波形発生。干渉周波数、前回の1.8倍。』

 

 「速すぎる!」とメノリが叫ぶ。

 「チャコ、補正ルート再計算!」

 『やっとる! でもこの速度やと制御が追いつかん!』

 「なら手動で補正するわ、座標データを!」とルナが即座に声を上げた。

 「データ転送完了!」

 「確認! ルート修正、南西7.3度、下降角マイナス12!」

 ルナが指を走らせ、フライトプランを更新する。

 

 

 「リュウジ、艦体がもたないわ!」とシャアラ。

 「ベル、出力を10%下げて安定化だ!」

 「了解!出力調整中、反応炉温度下降中!」

 「ヨー軸、マイナス0.5で釣り合いを取れ。シンゴ、重力制御ユニットの位相を再計算だ!」

 「うんっ、逆位相データを入力……あと3秒!」

 「急げ!」カオルの声が響く。

 

 艦体が一瞬、大きく揺れた。

 ルナが身体を持っていかれ、リュウジが片腕で支える。

 「しっかり掴まってろ!」

 「だ、大丈夫!」ルナが頷く。

 

 『波形が衝突する――!』

 サヴァイヴの声と同時に、衝撃音が響く。

 パネルが一瞬、真っ白に光った。

 

 

 「リュウジ、右舷スラスター反応なし!」

 「了解、左側でバランスを取る! メノリ、姿勢制御補正角を送れ!」

 「送信した!」

 「カオル、補助噴射をヨー軸右に2度、同調させろ!」

 「やってる!」

 「ベル、エネルギーリレーを再接続! シャアラ、通信安定化フィールドを上げろ!」

 「通信レベル回復中!」

 「エネルギー再供給、成功!」

 

 立て続けの指示。

 誰一人取り残されない。

 リュウジの声が響くたび、艦が蘇るように安定していった。

 

 

 「シンゴ、重力制御ユニット再起動!」

 「出力20%から……よし、反応戻った!」

 「チャコ、波形の谷を見つけろ! 安全域まで逃げる!」

 『左斜め上方、8度や!』

 「了解、コース入力。姿勢修正――いくぞ!」

 リュウジは操縦桿を力強く引いた。

 

 艦体が滑るように旋回し、紫の渦をすり抜ける。

 その瞬間、重力の圧迫が消え、全員の身体が一気に軽くなった。

 

 「抜けた!」とメノリ。

 「シミュレーション、成功!」とサヴァイヴ。

 

 静寂が戻る。

 誰もが息をつく間もなく、リュウジの低い声が響いた。

 「……いい連携だった。全員、よくやった。」

 

 

 「ほんっとにすごいな……」

 ハワードが苦笑しながら椅子にもたれる。

 「さすがS級パイロット。こんな地獄みたいな波でも、冷静に指示出せるなんてな。」

 「まったくやな。ウチ、心臓止まるか思たわ。」チャコが額を拭う。

 「リュウジがいるだけで安心できる。そんな感じだ。」メノリが微笑んだ。

 「……うん、わたしもそう思う。」ルナが静かに呟いた。

 

 リュウジは操縦桿から手を離し、短く息を吐く。

 「安心するのはまだ早い。――次は実戦だ。」

 

 その瞳には、迷いのない光が宿っていた。

 まるで嵐の中心で、すでに勝利の軌道を見据えているように。

 

⬜︎

 

艦内を満たしていた機械音が、ゆっくりと弱まっていった。

 サヴァイヴの報告が終わると同時に、リュウジは深く息を吐く。

 「……今日はもういいだろう。」

 

 その言葉に、ルナが驚いたように顔を上げた。

 「もういいの?」

 彼の疲れを気遣うような、少し不安げな声。

 

 リュウジは操縦桿から手を離し、背もたれに身を預ける。

 「ああ、操縦は想像以上に神経を使う。一回でもシュミレーションができただけでも、十分だ。」

 そう言って小さく笑う。その笑みの奥には、張りつめた意識がわずかに解けていく気配があった。

 

 ルナはその言葉にうなずきながらも、仲間たちを見渡した。

 ベルは椅子にもたれ、シンゴはうつらうつらと船体の壁に背を預けている。

 ハワードは頭を掻きながら、大きなあくびをした。

 メノリやシャアラの表情にも、確かな疲れがにじんでいる。

 カオルは腕を組んだまま、眼を閉じていた。

 

 「……そうね。今日はここまでにして、明日に備えましょう。」

 ルナが微笑んで言うと、皆がそれぞれうなずいた。

 

 「飯にしようぜ!」と、ハワードがいつもの調子で声を上げる。

 「ハワードだけの腹時計はホンマ正確やな……」とチャコが呆れ混じりに言う。

 その言葉にシンゴが笑いながら、「でも確かにお腹は減ったよ」と肩をすくめた。

 

 「出発は明日なんだ。今日は早く休んでもいいだろう。」

 メノリが落ち着いた声で言い、ベルも「うん、それがいい」と同意した。

 

 「アダムとタコの手伝いもしないとな。」

 カオルが腕を組んで立ち上がる。

 彼の視線の先には、宇宙船最下層――

 そこではアダムとタコが、かつてこの惑星で生き、散っていった人々の遺体収容ポットを静かに運び出していた。

 

 ルナは一瞬、胸の奥が締めつけられるような感覚を覚えた。

 “この惑星を救う”――その決意の重さを、改めて感じていた。

 

 「俺達も手伝おう。」とカオルが言うと、

 ルナはうなずき、「それじゃあ行きましょう」と言って歩き出した。

 

 操縦室を出ようとした瞬間、ふとルナの足が止まる。

 何かが気になって、彼女は振り返った。

 

 「……リュウジ?」

 彼はまだ操縦席に座ったままだった。

 モニターの青い光が、彼の横顔を静かに照らしている。

 

 「俺は、もう少しやってから行く。」

 短く、それだけを告げる声。

 疲れを見せぬその背中に、ルナは何も言い返せなかった。

 

 「……そう。無理しないでね。」

 そう言って扉を閉めたあとも、ルナの胸の奥ではざらつくような不安が残った。

 

 リュウジは独り、操縦桿の前に残る。

 静かな艦内に、計器の電子音が淡く響く。

 彼は目を細め、モニターの波形を見つめながら呟いた。

 

 「明日は――本番だ。」

 

 その声は、誰に聞かせるでもなく。

 ただ、虚空に溶けていった。

 

⬜︎

 

夜の帳がゆっくりと降りていく。

 静まり返った惑星の空には、薄い雲の隙間から星々が顔を覗かせていた。

 遠くで虫のような小さな生命の声が響き、焚き火の火がパチパチと音を立てる。

 

 ルナたちは久しぶりに、外の空気の中で火を囲んでいた。

 果実を齧りながら、串に刺した魚が炙られていく。

 香ばしい匂いが漂い、どこか懐かしいような温かさが胸に広がる。

 

 「もういいだろう!」

 我慢できなくなったハワードが、串を握ったまま前のめりになった。

 「リュウジが戻ってからだ。」

 メノリが穏やかに釘を刺す。

 

 「なんや、前にも見た光景やなぁ。」

 チャコが笑いながら言うと、周囲もつられて笑った。

 シンゴは口を押さえて笑い、ベルは肩をすくめながら、「ほんとだね」と頷いた。

 

 その笑い声が、夜の空に小さく溶けていく。

 ほんの一瞬だけ――あのサヴァイヴとの闘いのことも、忘れられるような穏やかさだった。

 

 「私が呼んでくるから、皆んなは先に食べてて。」

 ルナが立ち上がった。焚き火の赤い光が、彼女の横顔を優しく照らす。

 仲間たちは見送るように視線を向けた。

 

 「これも前に見たね。」

 アダムが果実を両手で持ちながら笑う。

 「そうね。あの時もルナがリュウジを探しに行ったのよね。」

 シャアラが懐かしむように言って、クスリと笑った。

 

 「あの時は1日、帰ってこなかったけどな。」

 ベルが苦笑混じりに呟く。

 その声に、カオルがフッと笑いを浮かべた。

 「すぐに帰ってくるさ。今のあいつならな。」

 

 焚き火の火がゆらりと揺れ、仲間たちの影を長く伸ばしていく。

 「……あれから、リュウジも変わったよな。」

 チャコが静かに言った。

 「“悲劇のフライト”の真実を聞いた時は、驚いた。」とメノリ。

 「一人で全部、背負ってたんだもんね。」とシャアラが続けた。

 

 「それをルナが救ったんだ。」

 カオルの低い声に、焚き火の火がひときわ明るく照り返す。

 「ルナには、人の心を動かす何かがある。」

 ベルが呟いた。

 「うん、僕も思う。」

 アダムが穏やかな笑顔で頷く。

 「ルナにはいつも励まされてるもんね。」とシンゴも言った。

 

 静かな肯定の空気が流れる中――

 

 「なぁなぁ、それより早く食べようぜ!」

 ハワードが目を輝かせ、串の魚を見つめてよだれを垂らした。

 「ハワード、ほんまに我慢できへんのやなぁ……」

 チャコが呆れ混じりに言うと、皆が再び笑いに包まれた。

 

 焚き火の炎が弾けるたび、その笑顔が柔らかく照らされる。

 その光景は――

 どこか遠い昔、無人の惑星に降り立ったばかりの頃の夜を思い出させた。

 

⬜︎

 

 夜の空気は、外とはまるで別の世界のように静まり返っていた。

 宇宙船の内部には、わずかな機械音とモニターの淡い光だけが漂っている。

 ルナは通路をそっと歩いていた。

 足音が響くたび、空気の冷たさが肌を撫でていく。

 

 ――まだ操縦室にいる。

 

 操縦席の扉がわずかに開いており、青い光が漏れていた。

 ルナはそっと覗き込む。

 

 そこには、リュウジの背中があった。

 照明の光を受け、額に浮かぶ汗がゆっくりと流れ落ちている。

 指先はまだ操縦桿に添えられ、視線は一点――モニターに映る惑星の軌道データを見つめていた。

 

 「……リュウジ?」

 

 彼は肩をわずかに動かし、振り返る。

 「ルナか。」

 穏やかな声だが、どこか疲れが滲んでいた。

 

 ルナは歩み寄り、その様子を見て息をのむ。

 「まさか……あれからずっとシュミレーションしてたの!?」

 

 リュウジは苦笑を浮かべ、額の汗を手の甲で拭った。

 「少しだけだ。実際の軌道に誤差がないか、確認しておきたかった。」

 その言葉の“少し”が、嘘であることをルナはすぐに感じ取った。

 

 「少しどころじゃないわ。汗、びっしょりじゃない。」

 ルナは小さくため息をつき、手元の布を取り出して彼の額を拭った。

 リュウジは少し驚いたように目を細め、照れたように目を逸らした。

 

 「……お前には敵わないな。」

 「当たり前でしょ。誰があなたのサポートしてきたと思ってるの?」

 ルナは少し拗ねたように微笑み、彼の隣の席に腰を下ろした。

 

 「ご飯の時間よ!今日は久しぶりに焚き火を囲んで外で食べてるのよ」

 「……そうか。」

 リュウジは短く応じ、視線を窓の外へ向けた。

 

 「ルナ。」

 「なに?」

 「俺はずっと、“自分の責任”ばかり考えてた。けど……今は違う。

  お前たちがいるから、俺はここにいる。そう思えるんだ。」

 

 ルナの胸がふわりと温かくなる。

 「……リュウジ、それって信頼ってことね。」

 彼は少し間を置いてから、静かに頷いた。

 

 「信頼か……。俺には、ずっと足りなかったものだな。」

 「今は違うでしょ?」

 「そうだな。」

 

 リュウジは操縦盤のスイッチを一つ切り、光がゆっくりと弱まる。

 「明日は本番だ。誰よりも信じてる、お前たちを。」

 ルナはその言葉に胸を打たれたように、彼を見つめた。

 

 「じゃあ、私たちもリュウジを信じる。……約束よ。」

 その声は小さく、けれどまっすぐだった。

 

 しばしの沈黙。

 宇宙船の外では、星がひとつ流れた。

 リュウジは窓の外を見つめながら、静かに言った。

 「いい星だな。守る価値がある。」

 

 「うん。私も、そう思う。」

 

 二人の間に、言葉はいらなかった。

 ただ、機械の唸りと星の瞬きだけが、静かに二人を包んでいた。

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