サヴァイヴ(オリジナル小説)   作:一塔

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第31話

宇宙船はわずかに軋みながらも、確かな安定感を保って上昇を続けていた。

 船体を包む金属の唸りが低く響き、振動が床を伝う。

 計器の光が交錯し、仲間たちの顔を照らす。

 

 「――重力制御ユニット。」

 リュウジの声が響く。

 

 「重力制御ユニット出力、〇・一パーセント以下。余裕で大丈夫だ!」

 シンゴの声には、安堵と自信が混ざっていた。

 

 「飛行順調。」

 ルナの声が穏やかに響く。

 

 リュウジは操作盤に手を伸ばし、スイッチを数個切り替えた。

 「自動中枢システムを手動に切り替える。」

 

 「離陸から三分経過!」とルナ。

 「重力嵐の突入軌道に乗ったわ!」

 

 リュウジは短く頷き、声を発する。

 「推進ユニットへのエネルギー、停止。」

 

 「了解!」ベルが即座に応じ、指先で操作盤を叩く。

 推進音が消え、代わりに静かな電子音が操縦室を満たす。

 

 「重力制御ユニットへのエネルギーを、重力嵐消滅のためにチャージ。」

 「了解!」シンゴの手が素早く動く。青いインジケーターが点滅し、ゲージがゆっくりと上昇していく。

 

 「重力嵐への進入角度、修正計算。」

 「計算OK、フライトプラン修正完了!」メノリが報告する。

 

 「スラスター噴射、スタンバイ。」

 「スタンバイ完了!」ルナが操作しながら答える。

 

 「耐ショック準備……噴射!」

 リュウジがスラスターを手動で操作する。

 次の瞬間、船体が強く揺れた。

 

 「フライトプラン!」

 「重力嵐の変化なし!」とメノリ。

 「重力制御ユニット切り離し後の惑星帰還軌道、確保済み!」とルナ。

 「エネルギー出力安定!」とベル。

 「重力制御ユニット、チャージ順調!」とシンゴ。

 「船内システム、オールグリーンや!」とチャコの明るい声が響く。

 

 リュウジは静かに頷いた。

 「了解。スラスターへのエネルギー供給、停止。」

 

 「了解!」ベルが操作し、スラスター音が静かに消える。

 

 操縦室が再び静寂に包まれる。

 「ここから先は、管制航行だ。」リュウジが言う。

 「……みんな、よくやってくれた。」

 

 その言葉に、緊張で張り詰めていた空気が一気に緩む。

 ハワードが大きく息を吐き、シャアラは胸に手を当てた。

 メノリは安堵の微笑みを浮かべ、チャコは「ふぅ〜」と声を漏らす。

 

 ルナはリュウジの横顔を見つめた。

 その瞳には、確かな信頼の光が宿っていた。

 リュウジもその視線に気づき、短く微笑む。

 

 「とりあえず、ここまでは成功ね。」

 シャアラが笑顔で言う。

 

 「やりましたねぇ!」

 無線機からタコの声が弾んで響く。

 

 「了解! その調子で頑張ってね!」

 アダムの明るい声も続いた。

 

 「――耐熱シールド、解除。」

 リュウジが指示を出す。

 

 「了解!」

 カオルが操作盤をタップし、分厚いシャッターがゆっくりと開いていく。

 

 そして――

 

 目の前に現れたのは、青く透き通るような惑星の姿だった。

 白い雲が渦を巻き、青い大気が柔らかく光を放っている。

 その美しさに、誰もが息を呑んだ。

 

 「……これが、私たちのいた惑星。」

 ルナが小さく呟く。

 

 「とっても綺麗な星ね……」

 シャアラの声が震える。

 

 「この惑星を――守るんだな。」

 ハワードが静かに言い、両手を握りしめた。

 

 「運命なのかもしれないわね。」

 ルナが囁くように言った。

 

 「運命?」カオルが聞き返す。

 

 ルナは柔らかく笑い、目を細めた。

 「私たちがこの惑星に辿り着いたのは……もしかしたら、この星を護るためだったのかもしれない。」

 

 静寂が広がり、誰もがその言葉を胸に刻んだ。

 

 「……そうかもしれないな。」

 メノリが優しく頷く。

 

 視界の向こうには、広大な青。

 その光は、まるで彼らの覚悟を映すように、静かに輝いていた。

 

 青く輝く惑星を背に、宇宙船は静かに滑るように進んでいた。

 その中で、リュウジの視界の端に――異様な“影”が映る。

 

 「……カオル! 操縦を頼む!」

 短く、鋭く。リュウジの声が響いた。

 

 「ああ、任せろ!」

 カオルに操縦権を移す。カオルは姿勢制御を安定させる。

 

 リュウジはモニターに手を伸ばし、センサーの読み取りを拡大した。

 「……重力嵐のエネルギー、さらに増加している。」

 

 「モニターに出すわ!」

 ルナが素早く指を動かし、コンソールをタップする。

 

 次の瞬間、

 ――操縦室の正面スクリーンいっぱいに、紫の渦が広がった。

 

 まるで空間そのものがねじ曲げられているかのように、蠢く光。

 中心では闇が渦を巻き、まるで巨大な“眼”のように船を見据えていた。

 

 「うわ……これが……」

 シンゴが息を呑む。

 

 「こんなの、本当に消滅させることが出来るのか!?」

 ハワードの叫びが響いた。

 

 「計算上は……できるのよね?」

 シャアラが不安げに問いかける。

 

 「せやけど……予想以上にエネルギーレベルが上がっとるみたいや。」

 チャコの声にも焦りが滲む。

 

 「確か……重力嵐自身のエネルギーを掠め取って、逆位相させるんだったな。」

 メノリが額に汗を浮かべながら言う。

 

 「う、うん……でも、宇宙船の重力制御ユニットが耐えきれればの話だけど……!」

 シンゴの手が震えていた。

 

 リュウジは深く息を吐き、冷静に指示を出す。

 「突入軌道と帰還軌道を再計算!」

 

 「突入軌道、確保!」

 メノリが即座に答える。

 

 「帰還軌道もOKや!」

 チャコも報告を続けた。

 

 「このまま進めば――二十分後に重力嵐に到達!」

 メノリが叫ぶ。

 

 「カオル、操縦はそのままで頼む!」

 

 「……ああ……?」

 疑問を抱くカオルに、リュウジは静かに頷いた。

 

 「――衝撃に備えろ!」

 

 その直後、宇宙船全体が大きく傾く。

 甲高い警告音が鳴り響き、船体が振動に軋んだ。

 

 「くそっ! もう少しで切り離しポイントなのに!」

 ハワードが歯を食いしばる。

 

 「重力嵐のエネルギーレベル、さらに上昇中!」

 メノリの報告が響く。

 

 「切り離しポイントまで――あと少しだ!」

 カオルが叫ぶ。

 

 「ルナ、スラスター・スタンバイ!」

 「えっ? ……ええ」

 ルナが慌ててパネルを操作する。

 

 「スラスターへのエネルギー供給!」

 「りょ、了解!」ベルが応じ、出力ゲージが一気に上がる。

 

 「――耐ショック準備……噴射!」

 リュウジの右手が操作盤に滑る、スラスターが咆哮を上げた。

 

 だが――

 宇宙船は重力嵐の中心へ向かうはずが、逆方向へと押し戻されていく。

 

 「な、なんやこれ!? 重力嵐から離れてまうで!」

 チャコが驚きの声を上げた。

 

 「……リュウジ?」

 隣でルナが、不安げに彼の横顔を覗き込む。

 

 だが――リュウジは目を閉じていた。

 

―――

 

――リュウジは、操縦席に座る中でふと、あの“朝”のことを思い出していた。

 

 夜明け前の静けさ。

 皆がまだ深い眠りに落ちている中、リュウジはそっと寝床を抜け出した。

 足音を忍ばせ、宇宙船のメインルームへと向かう。

 無機質な金属の床が、わずかに冷たかった。

 

 モニターの青白い光がリュウジの顔を淡く照らす。彼はゆっくりと息を吐き、目の前の空虚な画面を見つめながら口を開いた。

 

「――サヴァイヴ、少し話がある。」

 

機械的な間のあと、冷静で無表情な声が返る。

「何の用だ。異常は記録していないが。」

 

リュウジは肩の力を抜き、床に腰を降ろした。朝の冷気が襟元をかすめる。

「朝早くに悪いな。だがどうしても聞きたいことがあってな。」

 

サヴァイヴの声には変わらぬ規則性がありながら、どこか訝しむようなニュアンスが混じった。

「聞きたいこととは何だ?」

 

リュウジは短く、笑ったように見せてから顔を曇らせる。彼の眉間に浅い影が落ちた。

「――もし、お前が宇宙飛行士だったとしてだ。ある日、航行中にエンジンの一つが故障した。次いで宇宙海賊に遭遇し、重力制御ユニットと姿勢制御ユニットが破損した。簡易修理は一度だけ可能、燃料は底を尽きかけ、さらに隕石群の軌道と重なる。――お前なら、どうやってエアポートに着陸する?」

 

サヴァイヴは短く解析を始めるような間を置いた。モニター上のデータラインが静かに流れる。

「演算中。……無理だ。重力制御および姿勢制御が機能を喪失し、燃料が不足する時点で、実質的選択肢は存在しない。隕石群との同時遭遇は船体の完全破壊をもたらす。乗員救助の見込みはゼロだと算出する。」

 

その一言にリュウジは肩で笑いを漏らした。乾いた笑いだった。サヴァイヴは無言のまま次の応答を待つ。

「……実際は違ったんだよ」

 

サヴァイヴのモニターの上を、無感情な文字列が一瞬だけ流れた。

「詳細を述べよ。」

 

リュウジは言葉を紡ぐ。彼の視線はどこか遠く、過去をなぞるように揺れていた。

「隕石を全て手動で回避した。残りの燃料は推進に回して、――エアポートに向かって突入したんだ。正確には突っ込んだ。無茶で、危険で、理屈には合わない。だが、その時、俺は選んだ。結果として、乗客の約二割を救えた。」

 

サヴァイヴからは短い分析音が返る。漠然とした数字と確率が、冷たく並ぶ。

「手動回避と突入による成功率は、統計的に極めて低い。生存者二割の救助は例外的事象であり、再現性は保証されない。」

 

リュウジは肩越しにメインルームの天井を見上げた。そこに映る小さな点々は、かつての自分の判断が残した軌跡のように見えた。

「他に方法がなかったのか、って聞きたかったんだ。――計算だけなら、確かに救えない。だが人間は、理屈に合わないことを選ぶことがある。誰かを守るためなら、僅かな可能性に賭ける。だから人間は愚かで、時に賞賛に値する。」

 

サヴァイヴはしばらく沈黙した。機械は論理で答える。だが、その論理はリュウジの言葉を完全には否定できなかった。やがて、機械的な音声が平坦に戻る。

「人間の選択は非論理的要素を含む。感情、忠誠、慈愛……それらは計算式に取り込めぬ変数だ。故に、理性のみでは予見できぬ結果が生じることを確認する。」

 

短い沈黙。

そしてリュウジは、ゆっくりと目を伏せた。

「――サヴァイヴ。」

 

「なんだ?」

 

「重力嵐のエネルギーレベルが、恐らく俺たちの予想を超えて上がっていると思う。」

「そうかもしれない。」

 

「そうなった場合、重力制御ユニットを切り離しても……消滅まではできないだろう。」

「ならば、どうする?」

 

リュウジは静かに息を吸い、そして吐いた。

「――俺と、心中する気はあるか?」

 

その一言に、機械音声が途切れた。

わずかに漂う静電気の音。

メインルームの空気が、急に重くなる。

 

背後から一瞬、気配を感じてリュウジは振り返る。

……誰もいない。

「どうした?」

「いや、なんでもない。」

 

再び視線をサヴァイヴに戻す。

 

「何をするつもりなんだ?」

「もしもの時は――俺が宇宙船ごと、重力嵐に突っ込む。」

 

「……正気なのか?」

「正気さ。」

リュウジは短く言い切る。

「消滅は無理でも、軌道を変えることはできる。重力嵐の進路を逸らせば、この惑星は救える。」

 

サヴァイヴはデータを走らせた。結果は、予想通り“成功率0.03%”。

だが、その数字を口にすることはしなかった。

 

「なぜ、この惑星のためにそこまでする? 突入すれば命を失う。」

 

リュウジは微かに笑った。

「俺はS級パイロットだ。……もう一度、宇宙飛行士として、惑星や仲間を守れるなら、それでいい。未練なんて、もうない。だからせめて――この重力嵐を止める。それが、俺にできる“最後の操縦”だ。」

 

ゆっくりと踵を返し、扉へ向かう。

「頼んだぞ、サヴァイヴ。」

 

その言葉を最後に、リュウジはメインルームを後にした。

静かな足音が遠ざかり、扉が閉じる音だけが残った。

 

――あの朝の決意が、今、リュウジの胸で再び燃え始めていた。

 

――――

 

――「リュウジ! リュウジ!」

ルナの必死な声が、かすんだ意識の中に響いた。

 

微かな振動と共に、リュウジはゆっくりと目を開ける。

視界がぼやけ、まず最初に見えたのは――自分を囲む仲間たちの顔だった。

ハワード、シンゴ、メノリ、ベル、シャアラ、カオル、チャコ……そしてルナ。

全員が不安そうに彼を見つめている。

 

「……ずっと考えていたんだ。」

掠れた声で、リュウジは静かに口を開く。

ルナの瞳が彼を見つめ返す。

 

「ルナ……お前、言ったよな。

“私たちがこの惑星に辿り着いたのは――もしかしたら、この星を護るためだったのかもしれない”って。」

 

「ええ、言ったわ。」

ルナは頷きながら、リュウジの言葉の続きを待つ。

 

「……俺だけは、違うと思ってた。」

リュウジは視線を窓の外――漆黒の宇宙に向けた。

その向こうに渦巻く光、重力嵐の紫のうねりが、まるで心の奥の闇を映しているかのようだった。

 

「俺は、本当は――あの時に死ぬはずだったんだ。」

 

その言葉に、誰もが息を呑んだ。

“あの時”――それが“悲劇のフライト”を指していることを、誰もが理解していた。

 

「俺があの事故で生き残ったこと自体、罪だと思っていた。

死ぬことさえ、許されないと思ってた……。」

リュウジの声は、どこか自嘲めいていた。

 

ルナがそっと一歩、彼に近づく。

その瞳はまっすぐで、曇りひとつない。

 

「前にも言ったでしょ、私は違うと思う。

あなたは――生きるべくして、生き残ったのよ。」

 

リュウジの肩がわずかに震えた。

彼は目を閉じ、静かに息を吐く。

 

「その言葉を……俺は今も疑っていない。」

そう言って、彼はゆっくりと顔を上げた。

 

「ただ、ずっと考えてた。

――生き残った理由が、他にあったんじゃないかって。」

 

ルナの唇が、わずかに震える。

リュウジは皆の顔を見渡し、そして穏やかに微笑んだ。

 

「……今になって思うよ。

俺が生き残ったのは――お前たちを、この惑星を護るためだったんだ。」

 

その言葉は、操縦室の空気を震わせた。

誰もすぐには言葉を返せなかった。

それほどまでに、リュウジの声には“覚悟”が滲んでいた。

 

彼は深く頭を下げた。

「――すまない、みんな。」

 

静かな沈黙。

それは、責めるためのものではなく、彼の真っ直ぐな想いを受け止めた“祈りのような静寂”だった。

 

――「……ごめんね、リュウジ。」

 

その静寂を打ち破ったのはルナの震える声だった。その声に操縦室の空気が一瞬止まった。

リュウジは驚いたように顔を上げ、ルナを見つめる。

 

「私ね……」

ルナは視線を逸らさず、まっすぐに言った。

「――サヴァイヴとの会話を、聞いてたの。」

 

「……なに……?」

リュウジの表情が固まる。

「お前……だったのか……!?」

驚きと戸惑いの入り混じった声が漏れる。

 

ルナは小さく頷いた。

そして、そのまま静かに目を閉じ――記憶が、あの“朝”へと戻っていく。

 

――――

 

まだ陽が昇る前。

冷たい空気が漂う船内の廊下を、ルナは息を潜めながら歩いていた。

見つからないよう、壁際を伝って――リュウジの背中を追う。

 

メインルームの扉が閉じるのを見届け、ルナはそっとメインルームの扉に耳を当てた。

そこから聞こえてきたのは、リュウジとサヴァイヴの低い声。

 

「……お前は宇宙飛行士だ。ある日、宇宙船を操縦中に――」

 

リュウジの話す声を、ルナは息を詰めて聞いた。

悲劇のフライトの真実。

誰よりも苦しみ、孤独に耐えてきた彼の心の奥底。

そして――最後に放たれた一言。

 

『俺と心中する気はあるか?』

 

その瞬間、ルナの心臓は激しく跳ねた。

怖かった。

この人はまた、自分を犠牲にしてしまう――。

 

リュウジが出てくるときには、メインルームの脇に身を潜め、やり過ごした。

 

リュウジが部屋を出て行ったあと、ルナは震える指で胸を押さえた。

涙が頬を伝って落ちる。

そして――彼の代わりに、扉を開いた。

 

「今度は……ルナか。」

サヴァイヴの声が淡く響いた。

 

ルナは真っ直ぐに端末へと歩き、光る中枢パネルを見つめる。

「今の会話、聞いてたの。」

 

サヴァイヴは短い間を置いてから答えた。

「……そうか。」

 

「お願いがあるの。」

ルナの声は震えていたが、瞳は決して揺れていなかった。

 

「なんだ?」

 

「もし、重力嵐のエネルギーレベルが上がって……リュウジが宇宙船ごと突っ込むことになったら――」

ルナは拳を握りしめ、言葉を絞り出した。

「その時は、私を取り込んで……皆を、そしてリュウジを助けてほしい。」

 

「……取り込む?」

サヴァイヴの声がわずかに揺れた。

 

「そうよ、前にあなたが言ってたじゃない

私を取り込むことで、不思議な力を得られるかもしれないって

だったら、やってみて!」

 

サヴァイヴは短く沈黙した。

機械的な声に、どこか戸惑いのようなノイズが混じる。

 

「お前の身体に……何か影響を及ぼすかもしれない。それでもいいのか?」

 

ルナは一度目を閉じ、息を整える。

そして――しっかりと顔を上げた。

 

「……ええ。」

その声には迷いがなかった。

 

「人間としての存在すら失うかもしれない。それでもいいのか?」

 

サヴァイヴの問いに、ルナはほんの一瞬だけ俯き、唇を噛んだ。

だが次の瞬間、力強く顔を上げた。

 

「仲間を護るためなら――私は、絶対にあきらめない!」

 

その言葉に、サヴァイヴは静かに応えた。

「……分かった。」

 

「頼んだわよ、サヴァイヴ。」

そう言い残し、ルナはメインルームを後にした。

 

廊下を歩く途中、ふと窓の外に視線を向ける。

朝焼けが、薄い雲の隙間から差し込んでいた。

 

その光の中で――湖のほとりを歩くリュウジの背中が見えた。

一人で、静かに。

まるで運命を背負うような歩き方で。

 

ルナはその背を見つめ、胸の前で両手を重ねる。

 

(リュウジ……どうか、無事でいて。)

 

小さく、心の中で呟いたその声は――

朝の静寂の中に、溶けていった。

 

――――

 

――「サヴァイヴ、お願いっ!!」

 

ルナの叫びと同時に、操縦室全体に警告音が鳴り響いた。

バシュッ――という音とともに、全員のシートからシートベルトが自動的に展開され、体を拘束する。

 

「なっ……!?」

「なんだこれ!? シートベルトが勝手に!」

「ルナ! 一体何を――!」

 

混乱する仲間たちの声が飛び交う。

リュウジは歩き出したルナの背中に声を張り上げた。

 

「待て! ルナ! 何をするつもりだ!!」

 

足を止めたルナは、振り返らないまま、静かに答えた。

 

「……リュウジがやろうとしたことだよ。」

 

操縦室の空気が一瞬、凍りつく。

リュウジの表情が驚愕に変わる。

 

「まさか――やはり宇宙船ごと突っ込む気か!!」

 

その言葉に、全員が一斉に息を呑んだ。

 

「な、なんだって!?」「嘘だろ!?」

シンゴやシャアラ、ベルが声を上げる。

 

「バカ野郎! 死ぬために行くんじゃないって言っただろうが!!」

ハワードが怒鳴り、シートベルトに体を押さえつけられながらも必死に身を乗り出す。

 

「ルナ! 勝手に決めるな!」

メノリの叫びが響く。

 

「俺も行く!」

ベルが声を張る。

 

「私も!」

シャアラが続く。

 

「僕も!」とシンゴが言い、

「ウチも行くわ!」とチャコも叫んだ。

 

次々と声が上がる中、ルナは立ち止まり、ほんの一瞬だけ振り返った。

その表情には――決意が宿っていた。

 

「……みんな、ごめんなさい。」

声が震えていたが、目だけは揺れていなかった。

「ここからは、私とサヴァイヴだけで行く。」

 

「なに言ってんだ!?」

メノリが激しく声を荒げる。

 

「シートベルトが――外れないっ!」

ベルが必死にベルトを引っ張るが、どれだけ力を込めても動かない。

 

 

「ルナ! 俺たちがどれだけの時を一緒に過ごしてきたと思ってるんだ!」

カオルが叫ぶ。

「苦しい時も、辛い時も、全部――皆で乗り越えてきただろう!

仲間を失う痛みは、もう二度とごめんなんだ!! 一人で行くなんて、絶対に認めない!!」

 

ルナは一瞬、涙がこみ上げるのをこらえた。

けれど――その声に背を向け、静かに呟く。

 

「……ありがとう、カオル。

でもね――もう決めたの。」

 

「リュウジ、みんなのこと……頼むわよ。」

 

その言葉に、リュウジは拳を握りしめ、奥歯を噛みしめた。

唇が白くなるほど力を込め、首にかけていた十字のネックレスを掴む。

 

「ルナ!! これを持っていけ!!」

 

金属の音を立てて、ネックレスが空を走る。

床を滑って、ルナの足元に転がった。

 

ルナはゆっくりと膝をつき、両手で拾い上げる。

指先に伝わる、冷たい金属の感触。

それを静かに見つめ――首にかけた。

 

「……せめてものお守りだ!」

リュウジの声が、悲鳴にも似て響く。

 

ルナは振り返らずに、小さく微笑んだ。

「……ありがとう、リュウジ。」

 

そして――全力で走り出した。

背中に仲間たちの叫びを受けながら、まっすぐに、メインルームの方へと向かっていく。

 

まるで、運命そのものに飛び込むように。

 

――――

 

――「みんな! 噴射ショックに備えて!!」

 

ルナの声が無線越しに、鋭く、そして震えるように響いた。

その一言に、操縦室の全員が凍りつく。

 

「ま、まちぃいなっ! なにゆうとんねんルナ!」

チャコが涙交じりに叫ぶが、返事はない。

 

無線の向こうから、冷静なカウントダウンが始まった。

 

「……噴射、5秒前。……3……2……1――」

 

「ルナァァァアアア!!!」

リュウジの絶叫が響く。

 

次の瞬間、轟音と共に閃光が走り、操縦室が強烈に揺れた。

金属が軋み、視界が白に染まる。

 

――ドンッ。

 

衝撃波が船体を包み込み、重力が一瞬消えたかと思うと、操縦室の外壁が外れるように分離を始めた。

ガコン、ガコン――と警告音。

 

そして――宇宙船の上部、操縦室だけがゆっくりと浮かび上がり、惑星方向へと離脱していった。

本体はそのまま、重力嵐の中心へと突き進む。

 

「くっ……!!」

カオルたちはシートベルトに締め付けられながら、体を必死に起こそうとする。

 

「ドアホ!! ウチらはいつも一緒やろがぁ!!!」

チャコが涙を流しながら叫ぶ。

 

「ルナっ!」

メノリが呻くように名を呼ぶ。

 

「ルナ!! 本気でやるつもりか!!!」

カオルの怒鳴り声が響く。

 

その直後、無線越しにルナの声が届いた。

静かで、それでも確固たる意志を宿した声。

 

「どこまでできるか分からないけど――やり遂げてみせるわ。」

 

「馬鹿野郎!!!」

ハワードが声を張り上げた。

「行くならみんなで行くって言っただろうがっ!!!」

涙が頬を伝い、握った拳が震える。

 

「ハワード……ありがとう。」

ルナの声が穏やかに返る。

 

「なんで勝手に決めたんだ!!!」

メノリの目にも涙が滲む。

 

「ごめんね、メノリ。……みんなを頼むわね。」

 

「駄目だっ!! 勝手な行動は許さない!!!」

メノリは涙をこらえきれず、叫んだ。

 

「重力制御ユニットを使ったあと、どうにか戻れないの!?!」

シンゴが声を震わせて言う。

 

「ありとあらゆる可能性に賭けてみるつもりよ。……ありがとう、シンゴ。」

 

その声に、シンゴの目からもぽろぽろと涙が落ちた。

 

「ルナ! 今の言葉を忘れないでくれ!! 絶対に最後まで諦めないでくれ!!!」

ベルが声を枯らして叫ぶ。

 

「ありがとう、ベル。……私、諦めない。」

 

「ルナぁあああ!! 死んじゃイヤよぉ! 絶対に生きて帰ってきて!!!」

シャアラの涙混じりの悲鳴が無線を震わせる。

 

「ありがとう、シャアラ。……必ず、また会えるよ。」

 

「ルナぁ!! なんでウチを置いていったんや!! ウチをまた一人ぼっちにする気かぁ!!!」

チャコの叫びが嗚咽に変わる。

 

「チャコは一人ぼっちじゃない。みんながいるじゃない。」

 

「せやけど……っ!」

チャコの声が震える。

 

「チャコ、私……あの言葉、忘れないわ。

“辛いことがあったら空見上げんねん。いつまでもくよくよしたらあかん。心はいつも――”」

 

「――青空やねん……!」

チャコは泣きながら言葉を継いだ。

 

「行かないでよルナぁ!!!」

惑星の地表、メイン・テラフォーミングマシンの中で、アダムの声が無線に乗る。

 

「ルナさん!!!」

タコの声も続いた。

 

「ありがとう、アダム、タコ。……みんなで、この惑星の未来を築いてね。」

 

「また俺に……仲間を失わせるつもりか!!!」

リュウジの声が、嗚咽と怒りに震える。

 

少しの沈黙のあと、ルナの声が――静かに届いた。

 

「リュウジ……あなたと出会えて、本当によかったわ。

あなたが生きている理由は、“誰かのため”じゃない。

――これから“幸せになるため”に、生きているのよ。」

 

「だったら、お前が必要だ!!!」

リュウジが叫ぶ。

「最後まで、生き抜け!! ルナァァァッ!!!」

 

ルナは微かに笑ったように言った。

「ありがとう、リュウジ。……私、最後まで諦めない。」

 

その声が途切れると同時に、宇宙船は――重力嵐の光の渦へと突入していった。

 

そしてルナは力強く声を発した。

「みんな行ってくるね!」

 

紫の閃光がすべてを包み、

無線は、静かに、音を失った。

 

―――

 

――宇宙船は、激しく揺れていた。

重力嵐の凄まじい重力場が、まるで怒り狂う獣のように船体を軋ませる。

軋音、衝撃、閃光。金属が悲鳴を上げ、パネルが青白く弾けた。

 

「全ての――エネルギーフローを、重力制御ユニットへ!!」

ルナが叫ぶ。

 

その身体は、サヴァイヴの放つ青い光に包まれていた。

髪がふわりと宙に浮き、まるで宇宙そのものと同化するように。

 

「了解。エネルギーを重力制御ユニットに集束。」

サヴァイヴの声が響く。

エネルギーラインが輝き、船体の奥深くで何かが脈打つように光を放つ。

 

「重力場の分析を開始。……エキゾチックコントローラーの出力を――逆位相に。続けて……グルーオンコントローラーでたたみ込む。テンソルの浮遊値、発散――重力嵐のエネルギーを反映。保有値、終息……反転に成功。」

 

「行きましょう!」

ルナが声を上げた。

 

「逆位相の重力場、発生!」

「――重力制御ユニット、出力全開!!」

 

その瞬間、ルナの身体全体が眩い青光に包まれた。

青白いオーラが肌から溢れ、髪が波打つように宙に漂う。

宇宙船の外部では、無数の光子が渦を巻き、逆位相の重力場が広がっていく。

 

「っ……!」

ルナの顔が歪んだ。

全身が軋むような痛み。体の奥から焼け付くような圧力。

 

「高エネルギー粒子、発生。ナノバリアで防御。」

サヴァイヴの声が重なる。

船体を覆うように、透明なバリアが展開される。

だが、その表面には無数の亀裂が走り、光が弾ける。

 

「グルーオンコントローラーの処理速度が……重力場の変化に追いつかない!」

「くっ……頑張って……!」

ルナの声は震えながらも強く響く。

 

「これ以上は持ちこたえられない!」

「ダメ!! 諦めないで!!」

 

メインルームの壁面から、スパークが走る。

火花が散り、パネルが爆ぜる。

 

「もう処理しきれない! 限界だ!!」

「――まだよ!!!」

 

ルナが全身の力を振り絞った。

青白い光がさらに増し、船内を昼のように照らす。

 

「このままでは宇宙船が崩壊する!」

サヴァイヴの声が震える。

 

「……ここまでなの……?」

ルナの心に、一瞬の迷いが生じた。

 

その時――

 

カラン、と小さな金属音が響いた。

 

ルナの目が、その音を追う。

光の中、宙を漂う小さな十字のネックレス。

 

「……これは……リュウジの……!」

 

ネックレスが、ルナの胸元で揺れた。

その瞬間、彼の声が、頭の中に響く。

 

――“最後まで生き残れ”。

 

ルナは強く目を見開いた。

涙が浮かび、それでも唇に笑みを浮かべた。

 

「……忘れたの? “最後まで生き抜く”のよ!!!」

 

両手でネックレスを握りしめ、叫ぶ。

その瞬間、ルナの身体が金色に輝き始めた。

青の光が金へ、金がやがて虹色へと変わっていく。

 

「負けない……! たとえこの身体が塵になっても!!」

 

「ルナ……!」

サヴァイヴの声がかすれる。

 

「うわああああああああああああっ!!!」

 

ルナの叫びとともに、眩い虹色の光が爆発的に広がる。

その光は重力嵐を包み込み、全ての波動を飲み込んでいく。

 

――そして。

 

宇宙船は、白く輝いた。

音をも消し飛ばすほどの閃光。

 

轟音。

衝撃。

そして、静寂。

 

何もかもが光に呑まれ、

宇宙に――一瞬の、永遠が訪れた。

 

◇◇◇

 

――宇宙船が消えた後、

操縦室には言葉を失った静寂が訪れていた。

 

黒い宇宙の中、ただ虚空だけが広がっている。

そこにあったはずの仲間――ルナの姿は、もうどこにもなかった。

 

「……」

誰もが息を呑み、声を出すことすらできなかった。

 

重力嵐は、まだ宇宙の片隅で蠢いていた。

淡い紫の渦が、静かに、しかし確かに存在している。

 

そのとき――通信機から、ノイズ混じりの声が響く。

 

『みなさん! 見てください!!』

タコの興奮した声だった。

 

「……タコ?」とメノリが呟く。

 

『重力嵐の軌道が変わりました! 惑星から――遠のいていきます!

作戦は成功したんです! ルナさんが……ルナさんがやり遂げたんです!!』

 

タコの声だけが、操縦室に反響した。

その言葉が、ゆっくりとみんなの胸に染み渡っていく。

 

シンゴは両手を握りしめ、震える声で言った。

「……やったんだ……」

 

ハワードは俯きながら、小さく呟いた。

「惑星を……救ったんだ……」

 

だがシャアラの瞳からは、静かに涙がこぼれ落ちていた。

「でも……ルナが……」

 

誰もがその言葉に反応できなかった。

リュウジは操縦席の前で、ただ茫然と立ち尽くしていた。

何も感じない。ただ、心のどこかで現実を拒絶しているようだった。

 

彼の視線の先には――

もう、光の粒一つ残っていない、漆黒の宇宙があった。

 

――――――

 

「ルナさん……! ルナさん!!」

 

柔らかく、どこか懐かしい声が聞こえた。

ルナはゆっくりとまぶたを開ける。

 

そこは、光に満ちた世界――

水面のように揺らめく空間の中、銀色の髪をなびかせた青年が立っていた。

 

「……あなたは?」

 

ルナが問いかけると、青年は微笑んだ。

「ああ、僕はルイ。話は聞いてるよね?」

 

「……あなたが、リュウジとカオルの……」

ルナの表情に、少し安堵が浮かぶ。

 

「そう。――でも、今日は君に逢わせたい人がいるんだ。」

ルイは穏やかに微笑み、背後を指さした。

 

ルナが振り向くと、そこには――

優しい目をした一人の男性が立っていた。

 

「……お父さん!」

 

ルナは思わず駆け寄り、その胸に飛び込んだ。

 

「私、ちゃんと……できたかな……?」

 

「――ああ。」

父は優しく娘の背を抱きしめ、微笑んだ。

「お前はすべてを成し遂げた。惑星も、みんなの命も……お前が救ったんだ。」

 

「……よかった……」

ルナの唇が震え、頬を涙が伝う。

 

「よく頑張ったな。」

その声は、まるで遠い記憶の中から響いてくるようだった。

 

ルナはぽろぽろと涙をこぼしながら、微笑んだ。

 

「私ね……ずっと、お父さんに“褒めてもらいたくて”……

それで頑張ってきたんだと思うの。

本当の私は……ただの泣き虫だったのに。」

 

父は静かにうなずいた。

「そうだな。たった十四歳なのに……私の言葉が、少し重すぎたかもしれない。」

 

「ううん、いいの。」

ルナは涙を拭い、穏やかに笑った。

 

父は娘の頬に手を添え、そっと言った。

「これからは、もう無茶をするなよ。

命を大切にして生きてくれれば――お父さんはそれでいい。」

 

「……はい。」

ルナは小さく頷いた。

 

「じゃあ、行くんだ。お前の仲間のもとへ。」

父はゆっくりとルナを離した。

 

その時、少し離れたところでルイが声をかけた。

「ルナさん。」

 

「……ルイさん?」

 

「もう時間がないから、一言だけ。」

ルイは優しい笑顔を浮かべた。

 

「リュウジのこと、頼んだよ。

あいつ、昔から無茶ばっかりするから。

ちゃんと、自分のことも大切にするように伝えてやって。」

 

ルナは少し驚いたように目を見開き――そして、柔らかく微笑んだ。

「うん。任せて。……力づくでも止めるから。」

 

ルイは静かに頷き、微笑を残して消えていった。

続いて、父の姿も光の粒となって消えていく。

 

残されたルナは――

二人の温もりが残る空間で、そっと目を閉じた。

 

その頬には、涙ではなく、穏やかな笑みが浮かんでいた。

 

――――

 

――意識が、ふっと戻る。

 

「……気が付いたか、ルナ。」

 

耳に届いたのは、あの懐かしい声だった。

ルナはゆっくりと目を開けた。

そこは宇宙船の中ではなかった。

見渡す限り、星々が瞬く宇宙空間のただ中に――自分は、静かに浮かんでいた。

 

「……サヴァイヴ?」

 

青白く光る球体――その光が優しく瞬きながら、彼女の傍らにあった。

 

「貴方なの? ……お父さんとルイさんに逢わせてくれたのは、あなたなの?」

ルナの声は、涙に濡れていた。

 

サヴァイヴは、静かに応えた。

「……お前の心が、そうさせたのだ。

ナノマシンと、お前の持つ“特異な力”がひとつになった時――

その想いが新たな世界を生み出したのかもしれない。」

 

「……新たな世界?」

 

「ああ。人間の持つ無限の可能性だ。」

サヴァイヴの声は穏やかだった。

「私は――考えを改めた。

惑星の未来は、お前たち“人間”に託すべきものだと。

機械と人間が力を合わせれば、自然と共に生きる新しい調和を築ける。

……それが、お前たちの証だ。」

 

「サヴァイヴ……」

 

ルナがその名を呼ぶと、サヴァイヴの光が、少しずつ小さくなっていく。

 

「長かった……私の使命も、これで終わりだ。」

 

「えっ……? 待って、サヴァイヴ!!」

 

ルナが手を伸ばした瞬間、

青い光は細かい粒子となり、静かに砕け散った。

 

「――ありがとう、ルナ。」

 

その最後の言葉が、宇宙に溶けて消えた。

 

「あぁぁ……」

ルナの表情は、寂しげに満ち溢れていた。

 

――――

 

切り離された操縦室。

そこには、嗚咽だけが響いていた。

 

誰もが声を失い、ただ虚空を見つめていた。

リュウジもまた、席に座ったまま、何も言えずにいた。

 

しかし――その時。

 

リュウジの視界の端に、微かな青い光が映った。

「……ん?」

小さく瞬く、淡い光の粒。遠く、宇宙の片隅で揺れている。

 

「……まさか――!?」

 

リュウジは即座に操作盤を叩き、光源をモニターに拡大した。

そこには、青白い光に包まれ、穏やかな表情を浮かべるルナの姿が映っていた。

 

「ルナ……生きていたのか……!」

リュウジの声が震えた。

 

仲間たちの目から、次々と涙がこぼれた。

「ルナぁあああああああああ!!!」

みんなの叫びが、操縦室に響き渡る。

 

リュウジは涙を拭い、深く息を吸い込む。

「サヴァイヴが……ナノマシンシールドで守ってくれたんだな……」

そして、強い決意の光を宿した目で前を見据えた。

 

「――ルナを迎えに行くぞ!!」

 

操縦席に手を伸ばした瞬間、

宇宙空間全体が淡い光に包まれた。

 

「な、なんだ……!?」

 

光の中から――巨大な船影が、静かに姿を現した。

それはかつて彼らが乗っていた宇宙船と、瓜二つの形をしていた。

 

「まさか……!」

カオルが息を呑む。

 

無線機から、微かな通信音が響いた。

 

『……こちらは惑星の船団。私たちは、あなたたちの仲間を保護する。

惑星で合流しよう――この子は私たちが惑星に運ぶ。』

 

「チャコ、翻訳できるか!?」

リュウジが叫ぶ。

 

「まかせときっ!」

チャコが慌ただしく操作し、数秒後に画面を見上げた。

「翻訳完了や! ――言っとるで、『この子は私たちが惑星に運ぶ』って!」

 

「……大丈夫なのか?」とハワード。

「危険ではないか?」とメノリも問う。

 

だがリュウジは、迷いのない表情で頷いた。

「悪いが……任せた。」

 

「リュウジ!?」

 

驚く仲間たちに、リュウジは静かに言った。

「切り離されたのは操縦席だ。推進力も何もない。

無理をするより、信じて託すしかない。」

 

その言葉に、皆は静かに頷いた。

 

リュウジは操作盤を見据え、

「――突っ立ってないで、しっかり座っとけ。

そろそろ大気圏に突入するぞ。」

 

「えっ、も、もう!?」

慌ててシンゴが席に戻る。

 

「今回の大気圏突入は大丈夫だよね……?」

 

リュウジは、わずかに笑みを浮かべた。

「安心しろ。あの時はルナに任せたが――今度は俺がやる。

……後は、任せとけ。」

 

その声に、仲間たちは静かに頷いた。

リュウジはゆっくりと操縦していく。

 

操縦室は光に包まれ、

彼らを乗せた小さな船体は、ゆっくりと惑星の大気圏へ――

希望の尾を引きながら、帰還していった。

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