サヴァイヴ(オリジナル小説)   作:一塔

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第73話

窓の外では、冬の夜景にイルミネーションが瞬いていた。

 

 ハワードの家――というより、ハワードの豪邸と言った方がしっくりくる広いリビングには、大きなクリスマスツリーが飾られていた。

 銀色と赤のオーナメント、天井近くまで届くツリーの先には、星の飾りがきらりと光る。

 

 その足元には、リボンのついた小さな箱がいくつも並べられている。

 

「相変わらず、すごい家だよね……」

 

 ルナが小さく呟くと、隣でシャアラがくすっと笑った。

 

「うん。でも、こういう日は特別感があっていいわ」

 

 テーブルの上には、ローストチキン、ミートパイ、彩り豊かなサラダ、スープ、ピンチョス、チーズの盛り合わせ……

 ずらりと並ぶ料理は、見ているだけでお腹が鳴りそうだった。

 

「さあ、遠慮せず食べてくれたまえ!」

 

 ハワードが両手を広げ、いかにもというポーズを決める。

 

「ウチのコックが腕によりをかけてクリスマス料理を作ってくれたんだ。

 それと――みんな、ちゃんとクリスマスプレゼント、持ってきたな?」

 

 テーブルの端には、それぞれが持ち寄ったプレゼントが入った紙袋が並んでいる。

 プレゼント交換は、料理のあとのお楽しみだ。

 

「とりあえず、食べながら話そう」

 

 カオルが椅子に腰を下ろし、いつものように落ち着いた声で言う。

 

「リュウジとチャコは、ラスペランツァのパーティから戻ってくるんだろ?」

 

「うん。エリンさんが、こっちは早めに切り上げるって言ってたから……」

 

 ルナは胸の奥をそっと押さえる。

 遅れてでも来てくれる――そのことが、何より嬉しかった。

 

「じゃ、その前に、こっちはこっちで始めちゃおうぜ」

 

 ハワードが手をパンと叩いた。

 

「メリークリスマス!」

 

「メリークリスマス!」

 

 それぞれがグラスやカップを掲げる。

 中身はジュースやホットココアだが、それでも今夜は特別な乾杯だった。

 

◇ ◇ ◇

 

 料理を取り分け、一通りお腹が落ち着いてきたころ。

 

「いやぁ……本当に美味しいわね、これ」

 

 シャアラがローストチキンの骨だけになった皿を見て微笑む。

 

「このソース、どうやって作ってるんだろう……」

 

「企業秘密だってさ」

 

 ハワードが得意げに笑う。

 

「聞いたら教えてくれる?」

 

 ルナが冗談めかして言うと、

 

「ルナには特別レシピを教えてあげようか?」

 

「ほんと? じゃあ今度こっそりね」

 

「こっそり言うなよ、こっそりを」

 

 カオルが呆れながらも笑った。

 

 しばらく食事と雑談が続いたあと――

 ふと、メノリがテーブルに肘をついて、みんなの顔を一望した。

 

「せっかくみんな集まってるし……そろそろ話しておいた方がいいかもしれないな」

 

「何を?」

 

 シンゴがフォークを止めて首を傾げる。

 

「進路の話だ」

 

 その一言に、空気が少しだけ引き締まる。

 

「来年には、いろいろ動き出すだろ。

 それぞれが、それぞれの道に進んでいくんだろ」

 

「……そうだな」

 

 カオルが小さく頷いた。

 

「じゃあ、最初は俺からでいいか?」

 

「うん、聞かせて」

 

 ルナが姿勢を正す。

 

 カオルはグラスの水を一口飲み、静かに言葉を紡いだ。

 

「俺は――宇宙飛行士になるために、来年から訓練学校に編入する」

 

 テーブルの上の時間が一瞬止まる。

 

「訓練学校……って、あの、宇宙局の…?」

 

「そうだ。宇宙飛行士候補の人間が通うやつだ」

 

 カオルは淡々としているが、その目の奥には強い決意が宿っていた。

 

「友に託された夢を叶える」

 

 拳がぎゅっと膝の上で握られる。

 

「それにサヴァイブまで操縦したいしな」

 

「カオルらしいな……」

 

 ベルがぽつりと呟く。

 

「うん。でも、すごいよ」

 

 ルナは真っ直ぐにカオルを見た。

 

「カオルならきっと、立派な宇宙飛行士になれるよ」

 

「簡単な道じゃないけどな」

 

 そう言いながらも、カオルの口元には僅かな笑みが浮かんでいた。

 

「じゃあ、次は私だな」

 

 メノリが手を挙げる。

 

「私は――中等部まではこのままソリア学園だが、高等部からは別の学校に編入する予定だ」

 

「別の学校?」

 

 シンゴが驚いたように目を丸くした。

 

「ああ。もっと、政治とか行政とか……

 そういう分野を専門的に学べるところだ」

 

 メノリは落ち着いた声で続ける。

 

「私は連邦議員を目指している。いつか“サヴァイヴ”との国交を樹立するつもりだ」

 

「メノリらしいわ」

 

 シャアラが優しく笑う。

 

「うん。絶対、向いてる」

 

 ルナも同意するように頷いた。

 

「ありがとう。

 だが、高等部からは皆とは別の学校になると思うと……

 少し寂しいものだな」

 

「会えなくなるわけじゃないだろ」

 

 カオルがすぐに言い返す。

 

「たしかに通う場所は変わるが、ソリア学園に顔出すことくらい、いくらでもできる」

 

「そうだな」

 

 メノリはその言葉に、肩の力を少し抜いた。

 

「じゃあ、次は?」

 

「私とベルとルナは、ソリア学園の高等部に進学するよ」

 

 シャアラが手を挙げる。

 

「このまま、みんなと同じ場所で、もう少し学びたいの」

 

「うん。私は惑星開拓技師なりたいから……」

 

 ルナが続ける。

 

「だから、ソリア学園でしっかり学びたい。」

 

「……俺も」

 

 ベルが少し視線を伏せて言う。

 

「惑星開拓技師にしても、まずはちゃんと勉強しないとって感じだし」

 

「でも、みんながそれぞれの形で“次”を考えてるのって、なんか嬉しいな」

 

 シンゴが目を輝かせる。

 

「じゃあ、僕の番!」

 

 勢いよく手を挙げた。

 

「僕は、高等部から宇宙工学の専門学校に通うことを考えてるんだ」

 

「宇宙工学?」

 

「うん! 宇宙船の構造とか、推進システムとか、人工衛星とか……

 そういうのを専門的に学べるところ」

 

 シンゴは早口になりながら説明する。

 

「サヴァイブのとき、ネフェリスの中身を見て、

 “どうやってこれ動いてるんだろう”って、すごく気になったんだ」

 

「それで、ずっと図面とか見てたもんね」

 

 ルナが思い出して笑う。

 

「うん。だから宇宙一のメカニックになるつもりだ」

 

「いいんじゃないか」

 

 カオルが真面目に頷く。

 

「シンゴがいるなら、安心して乗れそうだ」

 

「えへへ、そう言ってもらえると嬉しいな」

 

 そして、みんなの視線がハワードに向いた。

 

「で、ハワードは?」

 

「ハワードが一番、進路は“決まってる”って思ってたんだけど」

 

 ベルが首を傾げる。

 

「ハワード財閥を継ぐんでしょ?」

 

 一瞬の静寂。

 ハワードはグラスを持ったまま、それをくるりと回してから――顔を上げた。

 

「……僕は、役者になる」

 

 その言葉に、全員が目を見開いた。

 

「来年から、演劇系の学校に編入することにしたんだ」

 

「ええっ!?」

 

 ルナとシャアラとシンゴが同時に声を上げる。

 

「ハワード、財閥は?」

 

 ベルが驚いた顔で尋ねる。

 

「大丈夫なの?」

 

「うん。まあ――“大丈夫”って言うまでに、いろいろあったけどね」

 

 ハワードは苦笑しながら続ける。

 

「もちろん最初は、すっごく反対されたよ。

 “ハワード財閥の跡取りが何を言っている”って」

 

「想像できるな……」

 

 メノリが小さくため息をつく。

 

「でもさ」

 

 ハワードは少しだけ真剣な目になった。

 

「サヴァイブのとき、オリオン号の上で劇をやっただろ?

 みんなが笑ってくれたの、今でも覚えてるんだ」

 

 視線が少し遠くなる。

 

「怖かったのに、先が見えないのに……

 それでも笑ってくれた。

 “ああ、僕はこういうふうに、人を喜ばせたいんだ”って、そのとき気づいたんだ」

 

 誰も、口を挟まなかった。

 

「もちろん、財閥を継ぐのは大事なことだよ。

 責任もある。分かってる。

 でも、僕が“自分の人生”としてやりたいのは、役者なんだ」

 

 ハワードはグラスをそっとテーブルに置く。

 

「だから、ちゃんと話した。

 ちゃんと反対されて、ちゃんともう一回話して……

 何度も何度も話し合ってさ」

 

「……説得、したんだな」

 

 メノリが静かに言う。

 

「うん。完全に納得してもらえたかは分からないけど……

 “そこまで言うなら、やってみなさい”って言われた」

 

 ハワードは照れくさそうに笑う。

 

「だから、来年からは、僕も別の学校だ」

 

「……すごいよ、ハワード」

 

 シャアラがぽつりと言った。

 

「怖くなかったの?」

 

「怖かったよ!」

 

 ハワードは笑い飛ばす。

 

「めちゃくちゃ怖かったさ。

 だって、失敗したら、“やっぱり継いでくれ”って言われるかもしれないし」

 

「そこで笑うなよ」

 

 カオルが呆れながらも、どこか誇らしげだった。

 

「でも、“選ぶ”ってそういうことなんでしょ?」

 

 ルナが優しく微笑む。

 

「何かを選んだら、何かを手放すことにもなる。

 でも、その覚悟を持って進んだなら……きっと大丈夫よ」

 

「うん……」

 

 シンゴも真剣な顔になっていた。

 

 そのとき、ルナはふと気づく。

 

(カオルも、メノリも、ハワードも、シンゴも……

 みんな、自分の“これから”を真剣に見てる)

 

 胸がぎゅっと締め付けられて、同時にふわっと温かくなる。

 

「……よし」

 

 ハワードが両手を打ち鳴らした。

 

「暗い話じゃないからね! 前向きな話だからね!

 だから、ちゃんとお祝いしよう!」

 

「そうだな」

 

 カオルも口元を緩める。

 

「それぞれ進む道はバラバラだが……

 同じ星からスタートした仲間だってことは、変わらない」

 

「うん!」

 

 ルナも強く頷いた。

 

「これからも、ちゃんと会って、ちゃんと話して、

 ちゃんと笑えるようにしようね」

 

「もちろん!」

 

 シンゴが手を上げる。

 

「じゃあ、そのためにも――」

 

 ベルがテーブルの端に並んだプレゼントの袋を顎で示した。

 

「まずは今夜の“イベント”を、しっかり楽しもう」

 

「賛成!」

 

 シャアラが笑い、ルナも思わず笑顔になる。

 

 ちょうどそのとき――

 玄関のチャイムが、軽い音を立てて鳴った。

 

「……来たかな?」

 

 ルナの心臓が、少しだけ早く打つ。

 

「リュウジとチャコか」

 

 ハワードが椅子から立ち上がる。

 

「さあ、続きは全員そろってからだ」

 

 そう言って、ハワードは玄関へ向かって歩き出した。

 

ーーーー

 

 玄関のチャイムが鳴り、ハワードは「来たな」と少し胸を張ってドアノブに手をかけた。

 

(よし、ここは主催者として、びしっと出迎えて――)

 

 扉を開けた瞬間、その決意は吹き飛んだ。

 

「やっほー! 来たわよ!!」

 

 冬の冷気と一緒に飛び込んできたのは、頬を赤く染めて酒瓶を高く掲げた女――ペルシアだった。

 

「ぺ、ペルシアさん!?」

 

 あまりの勢いに、ハワードは思わずのけぞる。

 

「お、悩める子羊ちゃんだねぇ」

 

 ペルシアはにやりと笑い、ハワードの肩をばんばん叩いた。

 

「役者になるんでしょ? いいじゃないの、夢に向かって迷走してる感じ、嫌いじゃないわよ~」

 

「迷走って言いました!? 今、迷走って言いましたよね!?」

 

 後ろからは、落ち着いた声が続く。

 

「……すまないな。君たちの時間だとは知っていたんだが」

 

 呆れたような、それでいて諦めたような声。

 玄関の外には、コートの襟を正したマリが立っていた。

 

「マリさん!?」

 

 廊下まで聞こえたその声に、リビングから飛び出してきたメノリが目を丸くする。

 

「どうしてここに……?」

 

「チャコが口を滑らせてね」

 

 もう一人、柔らかな銀髪を揺らして現れたサツキが、ため息まじりに言った。

 

「“ウチら、これからクリスマスパーティやるんや!”って、嬉しそうに言っちゃってさ」

 

「サツキさん!?」

 

 今度はシンゴが玄関まで駆け寄る。

 

「わぁ、来てくれたんだ!」

 

 サツキは嬉しそうに手を振った。

 

「久しぶりだね、シンゴ。背、また伸びた?」

 

「え、えへへ……そうかな!」

 

 その足元から、聞き慣れた声が上がる。

 

「人が多い方がええやろ?」

 

 廊下の隙間から顔を覗かせたのは、当のチャコだった。

 自分の胸を叩く。

 

「ウチ、ちゃんと宣伝しといたで!」

 

「チャコらしいわね」

 

 リビングから様子を伺っていたシャアラが、くすっと微笑む。

 

 最後に、申し訳なさそうな表情で一歩前に出てきたのは――緑のロングヘアを揺らすエリンだった。

 

「ごめんね……押しかける形になっちゃって」

 

「エリンさん!?」

 

 カオルが思わず声を上げる。

 

「ラスペランツァのパーティは、もういいんですか?」

 

「こっちは早めに切り上げたの。ペルシアが“二軒目行くわよ!”って騒ぎ出してね……」

 

「二軒目扱いなんですか、ここ……」

 

 ハワードが小声で突っ込む。

 

 そんな中で、ルナは一歩前に出て、柔らかく微笑んだ。

 

「いえ、大丈夫ですよ。来てくださって嬉しいです」

 

「ルナちゃん!」

 

 ペルシアの瞳が、ぱっと輝いた。

 

「ああー、もう可愛い! ルナちゃん!」

 

 次の瞬間、ペルシアは勢いよくルナに飛びついた。

 

「ちょっ――ペ、ペルシアさん!?」

 

 抱きしめられて、ルナはバランスを崩しそうになる。

 

「こら、酔っ払いが絡まないの」

 

 即座にエリンが動いた。ペルシアのコートの襟をがしっと掴み、そのまま器用に引き剥がす。

 

「むぎゅっ」

 

「ルナちゃん苦しそうでしょ。距離感を守りなさい、距離感を」

 

「ちょっとくらいいいじゃないのよ~。クリスマスよ? ハグの一つや二つ――」

 

「酔っぱらいのハグはノーカウント」

 

 エリンがきっぱりと言い放つと、リビングからくすくす笑い声が漏れた。

 

◇ ◇ ◇

 

「そういえば、リュウジは?」

 

 メノリが周囲を見回しながら尋ねる。

 

「さっきまでは一緒にいたんだけど……」

 

 マリが答えた。

 

「クリスマスプレゼントを取りに、レンタル倉庫に向かった」

 

「逃げたんじゃないよな」

 

 ハワードが思わず口をはさむ。

 

「このタイミングで“倉庫へ”とか、なんかこう……」

 

「大丈夫よ」

 

 サツキが穏やかに微笑んだ。

 

「そうならないように、クリスタルさんがついて行ったから」

 

「ああ……」

 

 全員の頭の中に「逃げ道を塞がれているリュウジ」の姿が浮かぶ。

 

「クリスタルさんがついてるなら、大丈夫だな」

 

 カオルが呟く。

 

「途中で消えることはないだろ」

 

「……だといいけど」

 

 ハワードがため息をつきつつも、どこか安心したように笑った。

 

「まぁまぁ」

 

 ペルシアが手に持っていた酒瓶を軽く掲げる。

 

「立ち話もなんだし、ゆっくり呑みましょうや。

 若い子たちはジュースで、ウチらは大人の飲み物でさ」

 

「まだ呑むんか!?」

 

 チャコがすかさずツッコむ。

 

「さっきまでラスペランツァで飲んどったやろ!」

 

「あったり前でしょ!」

 

 ペルシアは不敵な笑みを浮かべた。

 

「でもほら、ハワード財閥のお家なら、きっと高いお酒が眠ってるに違いないでしょ?

 ねぇ、ハワード」

 

「は、はい? ちょ、ちょっと待ってくださいね!? 勝手に家の酒蔵を期待しないでください!」

 

「うわ……」

 

 ベルが額を押さえる。

 

「ハワードの父さんにバレたら、怒られそうだな……」

 

「だから、ほどほどにしてくださいね」

 

 エリンが呆れ半分、本気半分でペルシアを睨む。

 

「あんまりはしゃぎすぎないように。

 ここは子どもたちのパーティがメインなんだから」

 

「分かってるわよー」

 

 と言いつつ、ペルシアの表情はまったく反省していない。

 

 ハワードは小さく咳払いをして、みんなの方を振り向いた。

 

「と、とにかく! せっかくなので、ラスペランツァ組のみなさんも一緒にどうぞ!」

 

「すまないね、押しかける形になって」

 

 マリがきちんと頭を下げる。

 

「でも、君たちの成長した姿を間近で見られるのは、私達にとっても嬉しいことだ」

 

「そうそう」

 

 サツキが穏やかに微笑んだ。

 

 大きなツリーの灯りが、リビングを柔らかく照らしている。

 ソファには若いみんなと大人組が入り混じり、テーブルには料理とジュースと――新しく開けられたワインのボトル。

 

 賑やかさは倍増したけれど、不思議と嫌な感じはまったくしなかった。

 

(人が多い方が、やっぱり楽しいな)

 

 ルナはふと、そんなことを思う。

 

 あとは――

 

(リュウジが来たら、全員集合、だね)

 

 胸の奥が、少しだけ高鳴った。

 

 その思いを抱えたまま、ルナは改めてみんなの輪の中へと戻っていった。

 

ーーーー

 

レンタル倉庫のシャッターを開けた瞬間、ひんやりとした空気と、独特の“金属とダンボールの匂い”が二人を包んだ。

 

「……なにこれ」

 

 中に足を踏み入れたクリスタルは、思わず目を見開いた。

 視界いっぱいに広がるのは、天井近くまで積み上げられた段ボールと木箱の山。

 ラベルには、見覚えのある企業名や、どこかで聞いたことのあるブランド名がずらりと並んでいる。

 

「何をこんなに溜めてるのよ……」

 

 呆れと驚きの入り混じった声が漏れた。

 

「S級パイロットやってると、いろいろと企業が“勝手に”送ってくるんだよ」

 

 リュウジは肩をすくめながら、奥の方の箱にずかずかと進んでいく。

 

「宣伝用とか、“ぜひお試しください”とか、“タイアップを”とか……まあ、そんなのばっかりだ」

 

「それで、こんなことになったわけね」

 

 クリスタルはひとつの箱のラベルに目を落とした。

 

『最新モデル』『限定版』『提供品』……派手なシールが貼られた箱があちこちに見える。

 

「で、プレゼントはどれにするの?」

 

 クリスマス用の買い出し――というには、あまりにダイナミックすぎる光景だ。

 

 リュウジは適当な箱を足で寄せながら、気のない声で答えた。

 

「適当に決めてくれ」

 

「は?」

 

 クリスタルは目を細める。

 

「ちょっと、プレゼントなんでしょ? もう少し自分で選ぶって発想はないわけ?」

 

「俺が選ぶより、お前が選んだ方が当たり障りないだろ」

 

 あっさりと言い捨てると、リュウジは踵を返してシャッターの方へ歩いていく。

 

「どこ行くの?」

 

「電話」

 

 短くそれだけ告げて、彼は倉庫の外へと姿を消した。

 

「……はぁ。相変わらずね」

 

 クリスタルは小さくため息をつきながらも、言われたとおり荷物の山へと向き直る。

 

◇ ◇ ◇

 

 ひとつ箱を開けるたびに、いろんなものが顔を出した。

 

「……高級チョコの詰め合わせ。賞味期限ギリギリね、これは私の部屋行き、こっちは……最新型のゲーム機。箱すら開けてないのね。工具セット? 誰向けなのよこれ……あ、でもサツキが喜びそう」

 

 独り言をつぶやきながら、クリスタルはテンポよく箱を開けては中身を確認していく。

 

 少し奥に積んである木箱が目に入った。

 他の段ボールよりも重厚な雰囲気をまとった、古びた木箱。

 

「なにかしら、これ」

 

 慎重に箱を開ける。

 

 中から出てきたのは、和紙のようなラベルの貼られた一本の瓶だった。

 ラベルには、達筆な文字で銘柄と、もうひとつ――小さく、こう書かれている。

 

『幻の酒』

 

「……はぁ?」

 

 クリスタルは思わず眉をひそめた。

 

「なにそれ。大げさね」

 

 けれど、ラベルの端には小さく有名な酒造会社の名前が記されている。

 裏ラベルには『限定本数』『特別仕込み』などの文字。

 

「……これは、ペルシアが喜びそうね」

 

 くくっと小さく笑い、クリスタルはその木箱を「確保」の山にそっと置いた。

 

 さらに別の箱を開ける。

 

「ゲーム機がもう一台? どれだけ送られてきてるのよ……。

 まあ、これはハワードあたりに渡したら、目が輝きそうね」

 

 その隣には、再び工具がびっしり詰まったセット。

 

「本格的すぎない? ……でも、これも誰かの役に立ちそうね。

 サツキとシンゴで取り合いになりそう」

 

 倉庫の隅の方には、妙に大きなケースが鎮座していた。

 興味本位で蓋を少しだけ開けてみれば、中は金属フレームと透明なパネルで構成された――見覚えのある形。

 

「……ちょっと待って。これ、酸素カプセルじゃないの?」

 

 クリスタルは額に手を当てる。

 

「どこまで送ってくるのよ企業って……。倉庫に眠らせておくレベルじゃないんですけど」

 

 しばらく見つめたあと、ふっと小さく笑った。

 

「ま、酸素カプセルは別日に私が貰っちゃおうかしら」

 

 冗談とも本気ともつかない独り言を漏らしながら、視線を再び“今使えるもの”に戻す。

 

(今は時間もないし……)

 

 時計を見ると、もうあまり余裕はなかった。

 

「とりあえず、ゲーム機と工具セット、それからこの“幻の酒”ね」

 

 三つを両腕に抱えるようにして持ち上げる。

 

(あとで誰に渡すかは、リュウジと相談……という名目で、私が勝手に決めるとして)

 

 出口へ向かおうとしたそのときだった。

 床に置かれたままの小さな封筒が、ふと視界の端に入ってくる。

 

「これは……?」

 

 何気なく屈んで封筒を拾い上げる。

 シンプルなデザインだが、右上に小さく刻印されたロゴが目に入った。

 

「ステファン財閥ね」

 

 指でロゴをなぞりながら、クリスタルは封を切った。

 中から出てきたのは、二枚のカード。

 

「ロカA1にできたテーマパークの……ペアチケット」

 

 印字された日付は、まだ十分余裕がある。

 

「ふぅん……」

 

 クリスタルは少しだけ考え込んだ。

 誰かの顔を思い浮かべたような、そんな目。

 

「これは、後で有効活用させてもらいましょうか」

 

 ぽつりと呟き、封筒ごとチケットを後ろポケットにすべり込ませる。

 

「じゃ、こっちの荷物を先に運ばないとね」

 

 三つの箱を持ち直し、クリスタルは倉庫の外へ向かった。

 

◇ ◇ ◇

 

 シャッターの外に一歩足を踏み出すと、冷たい冬の空気が頬を撫でた。

 

 ちょうどそのタイミングで、少し離れた場所から声が聞こえてくる。

 

「――はい。冬休みの間は、そちらに伺います」

 

 その声の主は言うまでもない。

 リュジだ。

 

 クリスタルは思わず足を止めた。

 

(誰と話してるのかしら)

 

 荷物を抱えたまま、そっと聞き耳を立てる。

 

「ええ。日常生活には支障はありません。

 ですが、このままにしておくわけには――」

 

 一瞬言葉を区切り、リュウジは短く息を吐いた。

 

「……はい。それでは」

 

 通話を切る音が、やけに大きく響く。

 

 その直後、リュウジは何かを感じ取ったように、ゆっくりと振り返った。

 

「……気配を消して近づくのは、宇宙ハンターのときの癖か?」

 

 静かな、しかしごく自然な声音。

 

 クリスタルは目を見開いた。

 自分では完全に気配を殺していたつもりだった。それでも気づかれた。

 

「あなた、まさか――」

 

 抱えていた箱を少しだけ抱き直しながら、クリスタルは呟いた。

 

ーーーー

 

トクトク、と気持ちのいい音を立てながら、ペルシアはワインを注ぎ続けていた。

 

「ほらほら、どんどん飲め飲めー! 今日はクリスマスなんだから!」

 

 すでに頬がほんのり赤く、完全に出来上がりつつある。

 

「はい、私にもちょうだい」

 

 エリンが穏やかにグラスを差し出すと、ペルシアは容赦なくなみなみと注いだ。

 

「エリンはホンマ、全然酔わへんなぁ」

 

 チャコが感心したように言う。

 

「エリンって、泥酔したことあるんか?」

 

 その問いに、ペルシアがにやりと笑った。

 

「あるわよ。一回だけね」

 

「ええっ!? あるんや!」

 

 部屋の空気が一気にざわつく。

 

「あれは確か……」

 

 ペルシアはグラスを傾けながら、遠い記憶を引き寄せるように目を細めた。

 

 

 夜の火星の街並みは、赤い大地とは対照的に、冷たいネオンの光に満ちていた。

 浮遊交通が静かに宙を滑り、ガラス張りの高層建築が淡く輝いている。

 

 エリンは、その中を一人で歩いていた。

 

 ――先日、二十歳になったばかり。

 

 今日は取引先の相手に誘われ、形式ばった“成人祝いの会食”に出ていたのだが、相手の方が先に完全に酔い潰れてしまい、結局エリンだけがそのまま席を立つことになった。

 

「……まったく」

 

 夜風に当たりながら、小さく苦笑する。

 

 そのとき。

 

「あれ、エリン?」

 

 背後から、聞き覚えのある声。

 

 エリンはふと足を止め、振り返った。

 

「あれ? ペルシア?」

 

 そこには、少し頬を赤く染めたペルシアが立っていた。

 

「久しぶり〜。元気にしてた?」

 

 いつもの快活な笑顔。だが、明らかに少しだけ酔っている。

 

「ええ。ペルシアこそ、いつこっちに来てたの?」

 

「今日の午後よ」

 

 ペルシアは親指で肩越しを指す。

 

 当時、ペルシアはすでに宇宙管理局へと職を変えて一年が経っており、主な拠点は木星圏にあった。

 

「エリン、何してたの?」

 

「取引先と二十歳のお祝いとして会食よ。

 でも、皆が酔い潰れちゃって……置いて帰ってきちゃったの」

 

 少し照れたようにエリンが微笑むと、ペルシアは大きく吹き出した。

 

「なるほどねぇ!

 エリンを酔い潰すつもりが、自分たちが潰れちゃったのね!」

 

「そういうペルシアも飲んでたの?」

 

「少しだけね」

 

 そう言ってから、少しだけ間を置き、ペルシアはニヤリと笑った。

 

「ねぇ……このあと、どこかで飲み直さない?」

 

「いいわね。どこにする?」

 

 エリンの表情が明るくなる。

 

「うーん……腰を据えて飲みたいし……」

 

 顎に指を当てて考え込んでいたペルシアが、ぱっと顔を上げた。

 

「そうだ!」

 

「いい所があったわ!」

 

「どこ?」

 

「まあまあ。着いてくれば分かるわ」

 

 ペルシアはくるりと踵を返し、

 

「レッツゴー!」

 

 と、軽い足取りで歩き出した。

 

 エリンは一瞬だけ迷ったが、小さく息を吐いて後を追った。

 

 

 二人が辿り着いたのは、火星の一角にある、静かなマンションだった。

 

「……ちょっと、ここって……」

 

 エリンが制止しようとするよりも早く、ペルシアは迷いなくインターホンを押した。

 

 ガチャ、と扉が開く。

 

「……どうしたんですか、こんな時間に」

 

 顔を出したのは、当時まだ未成年のリュウジだった。

 

「そこでバッタリ、エリンと会ってね。飲み直そうと思って」

 

 ペルシアは当たり前のように言う。

 

「ごめんね、リュウジ」

 

 エリンが申し訳なさそうに頭を下げると、

 

「……構いませんけど。

 それで、何で俺の家に?」

 

 リュウジはごく冷静に尋ねた。

 

「だって、腰を据えて飲みたかったし」

 

「理屈が意味不明すぎます」

 

「細かいこと気にしないの。ほら、早く中に入れて」

 

 ペルシアにぐいぐい押され、リュウジは深くため息をつきながら二人を部屋へと通した。

 

「相変わらず、変わらない部屋ねぇ」

 

 そう言いながら、ペルシアは迷いなく奥の部屋へ消え、

 次の瞬間、焼酎の瓶を何本も抱えて戻ってきた。

 

「……何でお酒があるのよ」

 

 エリンが呆然と尋ねる。

 

「俺のじゃありませんよ。

 ペルシアが前に置いていったやつです」

 

 未成年のリュウジは、呆れたように言った。

 

「いいじゃない。リュウジ、氷とグラスちょうだい」

 

「はいはい……」

 

 キッチンから氷とグラスを持ってくると、ペルシアは待ってましたとばかりに、二つのグラスへ氷を並々と入れ、焼酎を注ぎ始めた。

 

「割らないの?」

 

 エリンが言うと、

 

「氷が溶けて、少しずつ薄まるのがいいのよ」

 

 そう言って、一つをエリンへ差し出す。

 

「リュウジ、おつまみ!」

 

「冷蔵庫は空っぽです。そんなものありません」

 

 するとペルシアは即座にICカードを差し出した。

 

「これで買ってきて」

 

「ちょっと、ペルシア!」

 

 エリンが止めに入るが、

 

「大丈夫です。何か買ってきます」

 

 リュウジは淡々と受け取り、玄関へ向かった。

 

「なら、私も――」

 

「いえ、エリンさんはここにいてください。

 ペルシアを一人で残す方が危ないです」

 

「……それもそうね」

 

 エリンは苦笑し、

「気をつけてね」と見送った。

 

 玄関が閉まり、部屋にはエリンとペルシアだけが残された。

 

「さあさあ、呑みましょう」

 

 ペルシアがグラスを差し出す。

 

「ええ……」

 

 二人は軽くグラスを合わせた。

 

「乾杯」

 

 一口含んだ瞬間、エリンはすぐに顔をしかめた。

 

「濃すぎるわ。水で割りたい」

 

「薄まるじゃない。じゃあビールで割るならいいんじゃない?ビー酎よ!」

 

「……はいはい、分かったわ」

 

 エリンは諦めたように、焼酎の中に混ざっていたビール瓶を取り、注ぎ足した。

 

――これが、完全にいけなかった。

 

 数十分後。

 

 リュウジが買い物袋を提げて戻ってきたとき、部屋の中はすでに異様な状態になっていた。

 

「ペルシア〜っ! も〜最高〜っ!」

 

 エリンは大笑いしながら、ペルシアにしがみついていた。

 

「ちょ、ちょっとエリン! 近い近い!」

 

「リュウジ〜っ! おかえり〜っ!」

 

 次の瞬間、エリンはリュウジにも勢いよく抱きついた。

 

「なっ――」

 

「離れてください!」

 

 完全に制御不能。

 

 これが――エリン人生唯一の泥酔だった。

 

 

現在・クリスマスパーティへ戻って

 

「……っていうことがあったのよ」

 

 ペルシアはケラケラと笑いながら語り終えた。

 

「ええぇ……」

 

 その場にいた全員が、揃って言葉を失う。

 

「エリンさんが……?」

 

「抱きついた……?」

 

「しかもリュウジに……?」

 

 シャアラがぽかんと口を開き、

 ルナは――静かに固まっていた。

 

「ちょっと、そんな言い方しないで」

 

 エリンがワインを一口飲み、ため息をつく。

 

「誤解を生むわ」

 

「事実じゃない」

 

「事実だけど、強調しすぎなのよ……」

 

 チャコはぽつりと呟いた。

 

「……ウチ、想像つかへん」

 

 エリンは少しだけ視線を逸らし、

 

「……二度と、あんな飲み方はしないって決めたの」

 

 と、静かに言った。

 

 そのとき――

 

 玄関のドアノブが、静かに回る音がした。

 

 ハワードの家の玄関のベルがチリンと鳴った。

 

 

「おっ、来たかな」

 

 ハワードが立ち上がり、玄関へ向かう。扉を開けると、冷たい夜気と一緒に二つの影が現れた。

 

「遅れた」

 

 紙袋を片手にぶら下げたリュウジが、いつものぶっきらぼうな調子で言う。

 その後ろでは、クリスタルが大きな箱やら紙袋やらを両腕に抱え込んでいて、少し苦笑していた。

 

「お疲れさま。重そうね」

 

「まあね。でも、その価値はあると思うわよ」

 

 クリスタルが肩をすくめた、その瞬間――

 

「リュウジ~~~~っ!!」

 

 突風のような勢いで、ペルシアがリビングから飛び出してきた。

 次の瞬間には、そのまま全体重を乗せてリュウジの胸元に飛び込んでいる。

 

「……っ」

 

 ぐらりとバランスを崩しながらも、リュウジはなんとか踏みとどまった。

 が、その顔には、全力で「嫌そう」という感情が浮かんでいる。

 

「や、やめろ。重い」

 

「冷たっ!? クリスマスなのに、この塩対応!!」

 

 ペルシアはそれでもお構いなしに腕を絡めてくる。

 まるで、さっきまで語っていた“泥酔した夜”の再現をするかのように、満面の笑顔で。

 

「――と、まぁ、こんな感じよ!」

 

 抱きついたまま、ペルシアはリビングの皆の方へ振り向いて言った。

 さっきまでのエピソードトークの“締め”とばかりに。

 

「やめなさい!」

 

 エリンが顔を真っ赤にして、ペルシアの肩を小突いた。

 

「何よー、事実をお伝えしてるだけじゃない」

 

「わざわざ実演する必要はないのよ!」

 

 そのやりとりを見ながら、リュウジはようやくペルシアを引き剥がし、深く息を吐いた。

 

「……何の話ですか?」

 

 視線をエリンに向けて尋ねると、先に答えたのはペルシアだった。

 

「エリンがね、一度だけ泥酔した日があったでしょう?」

 

「ああ……ありましたね」

 

 リュウジは、あの火星の夜を思い出したのか、苦笑いを浮かべる。

 

「だから、もうやめてってば」

 

 エリンは両手で顔を覆いながら、恥ずかしそうに声を上げた。

 

「ふふ、エリンの黒歴史ね」

 

 クリスタルが面白そうに笑うと、チャコが首をかしげる。

 

「黒歴史って……そんな大層なもんなんか? ちょっと酔うたぐらいやろ?」

 

「“ちょっと”どころじゃなかったのよねぇ、あれは」

 

 ペルシアがニヤニヤしながら言いかけたところで――

 

「まあ、いいじゃないか。過去は過去だろ。それよりもだ」

 

 ハワードが間に割って入るように片手を挙げた。

 

「リュウジ、プレゼント持ってきたのか?」

 

「……ああ」

 

 リュウジは懐から一枚の封筒を取り出し、ハワードへ差し出した。

 

「これだ」

 

「おお、なんだなんだ?」

 

 ハワードは目を輝かせて封筒を受け取る。その様子を横目で見ながら、クリスタルが両腕に抱えていた荷物をドサリとテーブルの上に下ろした。

 

「で、サツキにはこれね」

 

 そう言って、一つの四角い箱をサツキの前へ押し出した。

 

「え、私に?」

 

 サツキは少し驚いたように箱を受け取り、ラベルに目を落とす。

 今にもその場で包装を破りそうな勢いで身を乗り出しているのが、誰の目にも明らかだった。

 

「何ですか? これ?」

 

「工具セットよ」

 

 クリスタルがあっさり答えた瞬間、サツキの目の色がガラリと変わった。

 

「こうぐ……セット……!」

 

 まるで子どもが最新おもちゃを前にしたように、瞳がきらきらと輝いている。

 

「今すぐ開けても――」

 

「開けるのは後で」

 

 クリスタルがサツキの手元をそっと押さえる。

 

「今ここで分解し始めたら、パーティの足の踏み場がなくなるでしょ」

 

「っ……それもそうですね……」

 

 惜しそうに箱を胸元に抱きしめながら、サツキはおとなしく頷いた。

 

「えっと、マリには――これね」

 

 クリスタルは次の箱を手に取り、マリの前へ置いた。

 

「ゲーム機よ。最新型のやつ」

 

「……私に?」

 

 マリは少しだけ目を見開いたあと、静かに箱を持ち上げる。

 

「ありがとうございます」

 

 深々と頭を下げる仕草に、彼女らしさが滲む。

 

 そのやりとりを見ていたエリンが、ふと首を傾げた。

 

「ねえ、それ……どうしたの?

 全部、新品みたいだけど」

 

「ああ、これ?」

 

 クリスタルはひょいと肩をすくめる。

 

「リュウジのレンタル倉庫に、眠ってたのよ。

 企業から送られてきたもの、ほとんど開けてもいないやつ」

 

 クリスタルはチラリとリュウジに視線を向け、続ける。

 

「使われないまま埃かぶるより、みんなの手元に行った方が有効活用でしょ?

 リュウジも、そう思うわよね?」

 

「……まあな」

 

 実際、倉庫の中身をほとんど把握してないリュウジにとっては、宝の持ち腐れがいいところだ。

 

「で」

 

 クリスタルは最後に、両手で大事そうに抱えていた木箱を持ち上げた。

 どこか古めかしい意匠が施された、重厚な木箱だ。

 

「エリンとペルシアには――この“幻のお酒”ね」

 

 クリスタルが箱を二人の方へ差し出そうとした、その刹那。

 

「もらった!!」

 

 ペルシアの手が、獲物に飛びかかる猛獣のような速さで木箱に伸びた。

 箱はエリンの目の前をすり抜け、そのままペルシアの胸元に収まる。

 

「あっ」

 

 エリンが間抜けな声を漏らす間もなく、ペルシアは食い入るようにラベルを見つめた。

 

「これって……!」

 

 沈黙が落ちる。

 

「十年に数百本しか製造されない、幻の酒じゃない!?」

 

 興奮した声がリビングに響いた。

 

「十年……?」

 

「数百本……?」

 

 ルナたち若い組は、すごさだけはなんとなく伝わるものの、具体的な価値までは想像できていない様子だ。

 

「こんなところでお目にかかれるなんて……!」

 

 ペルシアは喉をゴクリと鳴らした。

 箱の縁を撫でる指が、ほんの少しだけ震えている。

 

「へぇ~、そんなに凄いんだ」

 

 エリンが感心したように覗き込む。

 

「凄いなんてもんじゃないわよ!

 市場に出たら、一本で中古のシャトルくらい買えそうなレベルよ!」

 

「言い過ぎでは?」

 

 マリが冷静に突っ込むが、ペルシアの耳には届いていない。

 

「これは――私にちょうだい!」

 

 ペルシアはエリンの方へ勢いよく振り向く。

 

「え、ええ……別にいいけど」

 

 エリンは苦笑いを浮かべながら答えた。

 

「やったーっ!!」

 

 ペルシアはその場でぴょんと跳ねる。

 

「今年一番のクリスマスプレゼントね!

 開けどきが難しいわ……正月にする? 初夏にする? それとも――」

 

「開ける前に、保管方法をちゃんと調べなさいよ」

 

 クリスタルが釘を刺すと、

 

「分かってるってば!」

 

 と、ペルシアは笑いながら木箱を抱き締めた。

 

 そんな賑やかさが一巡したところで――

 

「おーい、リュウジ!」

 

 テーブル側からハワードの声が飛んできた。

 

「こっちもプレゼント交換、始めるぞ!」

 

 ツリーの前には、みんなが持ち寄った包みや袋が、色とりどりに積み上げられている。

 

「……ああ」

 

 リュウジは小さく頷いた。

 

 玄関先の賑やかさから一歩、リビングの輪へ戻っていく。

 ツリーの灯りが、彼の後ろ姿と、皆の笑顔を柔らかく照らしていた。

 

ーーーー

 

 ハワードの家のリビングは、ツリーの光と笑い声でいっぱいだった。

 大きなツリーの足元には、色も形もバラバラな包みが山のように積まれている。

 

「さーて、それじゃあ、プレゼント交換タイムといきますか!」

 

 ハワードがぱん、と手を叩いた。

 

「さっき話した通り、誰が用意したか分からないようにツリーの下に置いてある。くじの番号と同じタグが付いてる包みを選んで、順番に開けていく感じで」

 

「楽しそうだな」

 

 メノリがくすっと笑う。

 

「誰からにする?」

 

「よし、。最初はメノリからだな」

 

「じゃあ、お先に」

 

 メノリは椅子から立ち上がり、ツリーのそばまで歩いていった。

 枝にぶら下がる小さな番号タグを見て、自分の番号の付いた包みを探す。

 

「あった」

 

 手に取ったのは、淡いクリーム色の包装紙に、赤いリボンが結ばれた小さな箱。

 席に戻りながら、皆の視線が集まる。

 

「開けて、開けて!」

 

 ルナがわくわくした様子で身を乗り出した。

 

 メノリは丁寧にリボンを解き、紙を破かないようにそっと開く。

 中から出てきたのは――柔らかなベージュ色の手袋だった。

 

「……手袋?」

 

 厚手で、指先まできっちり覆うタイプ。派手ではないが、どこか可愛らしい。

 

「それ、あたしのだよ」

 

 ルナがぽん、と胸に手を当てた。

 

「ルナ?」

 

「これから更に寒くなるからね」

 

 メノリは手袋をそっと手に取って、指を通してみる。

 

「……本当に、ぴったりだな。色も好きだ」

 

 ふわりと微笑んで、ルを見る。

 

「ありがとう、ルナ。使わせてもらう」

 

「よかったぁ……」

 

 ルナは胸をなでおろした。

 

◇ ◇ ◇

 

「んじゃ、次はベルだな」

 

 ハワードの声に、ベルが立ち上がる。

 

「うん」

 

 ツリーの下で、自分の番号の付いた包みを探す。

 彼が手にしたのは、少し小ぶりの包み。ふわっとした手触りが、紙越しにも伝わってくる。

 

「なんか、柔らかいな」

 

 席に戻って破ると――毛糸で編まれた、分厚い手袋が現れた。

 

「手編みかな」

 

 ベルが目を丸くする。

 

「それ、私が編んだやつ」

 

 シャアラが、少し恥ずかしそうに手を挙げた。

 

「シャアラの、か」

 

「外で手が冷えたら危ないし……それに、なんかベルには、こういうの似合うかなって」

 

 ベルは無言で手袋を持ち上げ、指を通した。

 ごつい手に、ふわふわの毛糸があたたかく絡む。

 

「うん、温かいね」

 

 短い一言。でも、その声音にはほんの少しだけ照れが混じっている。

 

「サイズは?」

 

「ぴったりだよ。ありがとう。シャアラ」

 

「ううん。使ってくれたら、それで嬉しい」

 

 シャアラも、安堵の息を洩らした。

 

◇ ◇ ◇

 

「次、リュウジ!」

 

「俺か」

 

 リュウジは椅子から腰を上げ、ツリーのそばへ向かった。

 無造作に見えるようでいて、ちゃんと番号を確認し、自分のタグが付いた箱を取る。

 

 包装はシンプルな紺色。席に戻り、ぺりぺりと開くと――中から現れたのは、深い茶色の革の財布だった。

 

「……財布」

 

「それ、私のやつだ」

 

 メノリが軽く手を挙げた。

 

 リュウジは、革の感触を指先で確かめた。

 堅すぎず、柔らかすぎず、触れば触るほど馴染みそうな質感。

 

「……ああ。こういうの、嫌いじゃない」

 

 素直にそう言って、少しだけ口元を緩めた。

 

「ありがとう。…大事にする」

 

「ああ、それでいい」

 

◇ ◇ ◇

 

「次はシンゴ!」

 

「はーい!」

 

 シンゴが勢いよく立ち上がり、ツリーの下へ駆けていく。

 自分の番号が付いた、少し大きめの包みを抱えて戻った。

 

「なんか大きい!」

 

「開けてごらん」

 

 ベルがニヤニヤしながら見守る。

 

 シンゴが勢いよく包装紙を破ると、中から出てきたのは黒地に青いラインが入った、丈夫そうなリュックサックだった。

 

「わぁっ、リュックだ!」

 

「それ、俺のだ」

 

 ベルが腕を組む。

 

「うわぁ……! ポケットいっぱいある! ここに工具入れて、こっちにノート入れて……」

 

 シンゴはすでに使い方をシミュレーションしている。

 

「ありがとう、ベル! これ、ずっと使う!」

 

「良かった」

 

「うん!」

 

◇ ◇ ◇

 

「次はチャコやな」

 

「任しとき!」

 

 チャコはちょこちょことツリーの下まで行き、器用にタグを確かめて自分宛ての封筒を咥えて戻ってきた。

 テーブルの上に封筒を置き、前脚でそっと開く。

 

「どれどれ……なんやこれ?」

 

 中から出てきたのは、上品なデザインのカードだった。

 

「それ、ハワード財閥系列のレストランで使えるお食事券だな」

 

 ハワードが補足する。

 

「なるほどな。ルナ、連れてったろか?」

 

「えっ、いいの?」

 

「ルナはなんぼでも美味しそうに食べるしなぁ。見てて飽きへん」

 

「ちょっと、どういう意味それ」

 

 笑いが起こる中で、チャコは大事そうにお食事券をくわえ直した。

 

「ほな、これはウチが預かっとくわ。ええ店選ばんとな」

 

◇ ◇ ◇

 

「次、シャアラ」

 

「うん」

 

 シャアラは小さめの包みを抱えて戻ってくる。

 慎重に開くと、中から小さなランタンが姿を現した。金属製のボディに、小さなLEDが内蔵されているタイプだ。

 

「これ……」

 

「それ、俺の」

 

 カオルが言う。

 

「カオル……」

 

 シャアラはランタンを両手で包み込み、ふんわりと笑った。

 

「ありがと。すごく嬉しい。大事にする」

 

「ああ。壊れたら言えよ」

 

「壊さないよ」

 

◇ ◇ ◇

 

「ほな次はカオルやな」

 

「ああ」

 

 カオルが選んだ包みは、意外と軽かった。

 開けてみると、中から出てきたのは、小さな鉢に植えられた観葉植物だった。

 

「……植物?」

 

 カオルが少しだけ眉を上げる。

 

「それ、僕の!」

 

 シンゴが手を挙げる。

 

「生き物はどうかなって思って。ちゃんとお世話したら、元気に育つやつだよ」

 

「生き物、かぁ……」

 

 カオルは小さな葉っぱをじっと見つめた。

 

「水やりは?」

 

「一週間に一回くらいでいいよ。直射日光は避けて、でも暗すぎないところに置いてさ」

 

「……意外と簡単そうだな」

 

「でしょ? カオルなら絶対平気」

 

「そうか。じゃあ、ちゃんと育ててみる」

 

 そう言って、観葉植物をそっと持ち上げた。

 

「名前、付けるかな」

 

「えっ、名前付けるの?」

 

 ルナが笑う。

 

「こういうの、付けないのか?」

 

「ふふ、いいんじゃない?」

 

◇ ◇ ◇

 

「次、ハワード!」

 

「待ってました」

 

 ハワードが手にしたのは、どこかポップな柄の紙袋だった。

 勢いよく開けると、中から次々にカラフルなボトルが顔を出す。

 

「……フルーツジュース?」

 

「それ、ウチの」

 

 チャコが胸を張る。

 

「ハワードは苦笑しながら一本手に取った。

 

「これ嬉しいよ。パーティの後半で皆にも出せるしね」

 

「せやろ? 皆で飲めるように選んできたんや」

 

「ありがとな、チャコ」

 

◇ ◇ ◇

 

「そして最後は――ルナだな」

 

 自然と、視線がルナに集まった。

 

「え、最後あたし?」

 

「そうみたいだな」

 

 メノリが微笑む。

 

 ルナは少しだけ緊張した面持ちで、ツリーの足元から自分の番号が付いた封筒を拾い上げた。

 他の箱と違って、かなり薄い。紙の感触が、逆に中身の重みを感じさせる。

 

「……開けるね」

 

 そっと封を切り、中のカードを引き出した瞬間――ルナの目が丸くなった。

 

「……え?」

 

「何が入ってた?」

 

 シャアラが身を乗り出す。

 

 ルナは、少し震える指でカードを読み上げた。

 

「ロカA1に……出来た、テーマパークの……ペアチケット」

 

 どよ、と小さなざわめきが起きた。

 

「おお、例の新しいとこか!」

 

「ペアっちゅうことは、二人分やな」

 

「それ、俺のだ」

 

 リュウジが静かに言った。

 

 ルナの視線が、自然とリュウジを捉える。

 

「リュウジ……」

 

「ステファンから送られてきたやつだ。俺は行かないしな」

 

 言葉自体は淡々としている。でも、その声の奥には、微かな緊張が混じっているように聞こえた。

 

「ペアってことは……誰か誘わないとな」

 

 ハワードがからかうように口を挟む。

 

「誰と行くかは……決まっとると思うけどな」

 

 チャコがニヤニヤしながら言うと、ルナの頬に一気に赤みが差した。

 

「べ、別に、まだ何も――」

 

 言いかけて、ルナは言葉を飲み込む。

 胸の奥が、ぎゅっと熱くなった。

 

(……“誰と行くか”なんて、聞くまでもないよ)

 

 自分でもそう思った瞬間、心臓の鼓動が一段と早くなる。

 

「嬉しいか?」

 

 リュウジが少しだけ、不器用に尋ねる。

 

 ルナはカードをぎゅっと握りしめて、正面から頷いた。

 

「……うん。すっごく、嬉しい。ありがとう、リュウジ」

 

「そうか」

 

 その一言だけ。でも、リュウジの口元もわずかにほころんでいた。

 

◇ ◇ ◇

 

 こうして、一巡してみれば――

 どのプレゼントも、それぞれの性格と、贈り主の想いがはっきりと滲むものばかりだった。

 

 メノリの手には、ルナの選んだ手袋。

 ベルの手には、シャアラが一目一目編んだ毛糸の温もり。

 リュウジのポケットには、メノリの選んだ革の財布。

 シンゴの背には、ベルからの頼もしいリュック。

 チャコの口には、ハワード財閥のお食事券。

 シャアラの指先には、カオルのランタンの小さな灯り。

 カオルの手には、シンゴが託した小さな緑。

 ハワードの足元には、チャコからのカラフルなジュース。

 そして、ルナの胸元には――リュウジが用意した、未来へのチケット。

 

 ツリーの灯りが、それぞれの手の中のプレゼントを、やわらかく照らしていた。

 

(来年も、再来年も……

 こうしてみんなで笑っていられたらいいな)

 

 ルナはそっとカードを見つめ、胸の奥でそう願った。

 

 外では、静かに冬の風が吹いている。

 けれど、この部屋の中だけは、ひときわ温かいクリスマスの夜だった。

 

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