サヴァイヴ(オリジナル小説)   作:一塔

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風邪

 冬休みが明けた。

 ソリア学園の朝は、休みの間に鈍った身体を引き戻すような冷たさで、吐く息が白く伸びる。校門の前には、久しぶりの生徒たちが集まり、冬休みの話題で賑やかな声が弾んでいた。

 

 ルナはその人混みの中を、いつもより少しだけ足早に歩いていた。

 コートのポケットの中には、小さな紙袋がひとつ。

 

 無病息災のお守り。

 

 初詣の日に選んで、渡すつもりでずっと持っていたのに――結局、テーマパークの日も、その後も、渡すタイミングを逃したまま冬休みが終わってしまった。

 帰宅してから「あっ」と思い出したのは、何度だっただろう。

 

(今日は絶対に渡す)

 

 そう心に決めて、ルナは校舎に入った。

 

 廊下は久しぶりの登校日らしく、少しざわついている。

 上級生の早歩きの足音、下級生の笑い声、窓の外を掃除する用務員の姿――そんな日常の気配が戻ってくる。

 

 教室に入ると、すでに何人かが席についていた。

 ベルが窓際で外を眺め、シンゴが机にかじりつくようにして冬休みの課題を確認している。カオルは椅子を後ろに傾けて、眠そうな目で天井を見上げていた。ハワードは誰かに冬休みの自慢話をして、ケラケラと笑っている。シャアラとメノリはいつも通りの距離感で、落ち着いた様子だ。

 

 そして――

 

 リュウジの席は空いていた。

 

(……まだ来てないだけだよね)

 

 ルナはそう思いながら自分の席に着き、コートを椅子の背に掛けた。

 ポケットの中の紙袋が、少しだけ重く感じる。

 

 リュウジは、朝が弱いわけではない。

 むしろ、遅刻するタイプでもない。

 それなのに、席が空いているのが不思議で、ルナはちらりと時計を見た。

 

 HRのチャイムまで、あと数分。

 

「ルナ、おはよう」

 

 シャアラが柔らかく微笑みながら声をかけてくる。

 

「おはよう、シャアラ」

 

 ルナも笑顔で返した。

 けれど視線が、つい空席へ戻ってしまう。

 

「リュウジ、まだ来てないの?」

 

 シャアラが小声で言う。

 

「……うん。まだみたい」

 

 ルナは平静を装いながら答えた。

 

 メノリがその会話に気づいて、少しだけ眉を上げる。

 

「おかしいな。あいつが遅れるのは珍しい」

 

「寝坊じゃない?」

 

 ハワードが楽しそうに割り込んでくる。

 

「冬休みでだらけたんだよ、きっと!」

 

 ケラケラと笑う声が教室に響いた。

 

「お前が言うな」

 

 カオルが前の席から面倒くさそうに返す。

 

「うるさいな、カオル! 僕はちゃんと起きた!」

 

「それで今眠そうなのは誰だ」

 

「それは……起きたけど眠いんだよ!」

 

 ハワードとカオルの軽口に、ベルが小さく笑った。

 シンゴも顔を上げて、いつもの元気な調子で言う。

 

「リュウジ、遅刻かな? でもリュウジなら大丈夫だよね!」

 

「うん」

 

 ベルが頷く。

 

「リュウジ、しっかりしてるもんね」

 

 その言葉にルナは少しだけほっとする。

 でも、胸の奥のもやもやは消えない。

 

 やがて、HRのチャイムが鳴った。

 

 担任が教室に入ってきて、軽く出席を取る。

 冬休み明けの注意事項が読み上げられ、課題提出の確認があり、教室は一気に“学校モード”になる。

 

 そして、出席確認の途中――

 

「……リュウジ、欠席だな」

 

 担任が名簿を見て言った。

 

 その瞬間、ルナの心臓が小さく跳ねた。

 

「先生、リュウジは?」

 

 メノリがすぐに尋ねる。

 メノリの声は淡々としているが、目は真剣だった。

 

「連絡が入ってる。風邪で休みだそうだ」

 

 担任は淡々と答える。

 

 ルナは思わず、机の下で指を握りしめた。

 

(風邪……?)

 

 リュウジが風邪。

 想像がつかないわけではない。冬は冷えるし、引っ越しやら何やらで忙しかった。

 それでも、どこか信じきれない感覚があった。

 

「……本当かな?」

 

 シャアラがぽつりと呟いた。

 声は小さいけれど、ルナにははっきり聞こえた。

 

「わかる」

 

 ルナも心の中で同意してしまう。

 

「サボりじゃないか?」

 

 ハワードがケラケラと笑いながら言う。

 

「ほら、冬休み明けの定番だよ! だるいから休むやつ!」

 

「お前じゃあるまいし」

 

 メノリが呆れたように言う。

 

「えー、だってさ。リュウジって、わりと何でも一人で抱え込むじゃん? 『大丈夫だ』って言いながら、実は疲れてたとかさ」

 

 ハワードの言葉に、ルナは一瞬、胸がちくりとした。

 確かに、リュウジはそういうところがある。困っていても、平気な顔をする。自分のことは後回しにする。

 

 カオルは腕を組んだまま、淡々と言う。

 

「風邪なら風邪だろ。無理して倒れるよりマシだ」

 

「まあね」

 

 ベルが頷く。

 

「リュウジなら大丈夫だと思う。ちゃんと休んで、すぐ戻ってくるよ」

 

「うん!」

 

 シンゴも元気に同意する。

 

「リュウジ、休んでるなら寝てるだろうし、僕らが心配しても仕方ないよね!」

 

 その言葉に、教室の空気は少しだけ落ち着いた。

 皆の中で、“リュウジなら大丈夫”という共通認識がある。

 

 でも――

 

 ルナだけは、どうしても落ち着かなかった。

 

 机の中に入れてある小さな紙袋が、妙に存在感を増している。

 今日渡すはずだったのに。

 “無病息災”のお守りなのに。

 

(……渡したかった)

 

 ルナは唇を噛み、窓の外を見た。

 冬の空は澄んでいて、雲が少しだけ流れている。

 誰もが新しい学期の始まりに気を引き締めているのに、ルナの心だけが空席の方へ引っ張られてしまう。

 

 担任の話が終わり、HRが解散すると、教室はまたざわめき始めた。

 机を動かす音、椅子を引く音、誰かが笑う声。

 

「ルナ」

 

 メノリがルナの方へ振り向いた。

 その目は、静かにルナの顔を見ている。

 

「気になるか?」

 

「……うん」

 

 ルナは正直に頷いた。

 

「心配するほどじゃないと思うがな」

 

 メノリはそう言いつつも、ルナの不安を否定はしなかった。

 

「でも、今日の放課後、様子見に行ってみる?」

 

 シャアラが小さく提案する。

 

「えっ、いいの?」

 

 ルナが顔を上げると、シャアラは微笑んだ。

 

「だって、心配なんでしょ?」

 

 ルナは胸が温かくなるのを感じた。

 ベルもそっと頷く。

 

「俺も行っていい? 差し入れとか持っていけるし」

 

「僕も! おかゆ作って持っていく!」

 

 シンゴが張り切る。

 

「いや、シンゴ、それは逆に危ない気がする」

 

 カオルが即座に突っ込み、ルナたちは思わず笑った。

 その笑いが、少しだけ緊張をほどく。

 

 ハワードは腕を組んで、にやりと笑う。

 

「じゃあ僕は、リュウジがサボりじゃないか確認しに行く!」

 

「お前は黙ってろ」

 

 メノリが呆れたように言い、ルナたちはまた笑った。

 

 けれど、ルナは笑いながらも、心の奥に小さな不安を抱えたままだった。

 

(リュウジ……大丈夫だよね)

 

 机の中の紙袋を、そっと指先で押さえる。

 無病息災。

 その言葉が、今はやけに切実に感じられた。

 

ーーーー

 

 放課後。

 冬の夕方は、陽が落ちるのが早い。校舎を出た途端、冷たい風が頬を刺して、みんなの吐く息が白く揺れた。

 

「ほんとに行くのかよ」

 

 ハワードが手をポケットに突っ込みながら言う。

 

「当たり前だろ」

 

 メノリが淡々と返す。

 

「心配なんでしょ、みんな」

 

 シャアラが柔らかく微笑むと、ベルも頷いた。

 

「うん。リュウジ、あんまり連絡しないタイプだし……」

 

「ね! 僕も気になる!」

 

 シンゴが元気よく言い、少し前を歩き出す。

 

「差し入れも持ってきたしね」

 

 ベルは小さな袋を掲げた。中にはスポーツドリンクとゼリー飲料。シャアラも熱さまシートを数枚持っている。メノリは薬局袋――たぶん解熱剤と栄養剤だ。

 

 ルナはというと、手袋の中で指先を何度も握りしめていた。

 ポケットの中には、小さな紙袋。無病息災のお守り。

 本当は今日、教室で渡すつもりだった。けれど、リュウジが休みだった。

 

(まさか、こんな……)

 

 心配が喉の奥に引っかかって、うまく息ができない。

 

 ハワードだけが、妙に明るかった。

 

「いや~、もしサボりだったらさ、僕が玄関で説教してやるから!」

 

「お前が説教される側だろ」

 

 カオルが即座に突っ込む。

 

「うるさいな! 僕は心配してるんだよ、心配!」

 

 ハワードはケラケラ笑いながら歩く。

 その笑いが、逆にルナの不安を煽るようで、ルナは黙ったまま歩いた。

 

 やがて、リュウジのアパートに着いた。

 高台にある物件で、夕暮れの空がよく見えるはずなのに、今日はその景色を楽しむ余裕がない。外階段を上がる足音が、妙に大きく響いた。

 

 廊下は静かで、生活の匂いがする。

 どこかの部屋から、テレビの音がかすかに漏れている。

 それ以外は、しんとした空気。

 

 リュウジの部屋の前で、みんなが足を止めた。

 

「よし、僕が鳴らす!」

 

 ハワードが一番前に出て、インターホンを押した。

 

 ピンポーン。

 

 反応がない。

 

「……もう一回」

 

 ピンポーン。

 

 やっぱり返事はない。

 ベルが心配そうに眉を寄せる。

 

「寝てるのかな」

 

「それならいいけど……」

 

 シャアラが小さく言った。

 

 メノリは腕を組み、扉をじっと見つめる。

 

「リュウジ、起きてるか?」

 

 ドア越しに声をかける。

 返事はない。

 

 ハワードがにやにやしながら、わざと大きな声で言った。

 

「ほら! やっぱりサボりじゃないか? 冬休み明けのだるさで寝てるんだよ!」

 

「うるさい」

 

 カオルが低い声で言う。

 

「……でも、開けないのは変だね」

 

 シンゴがぽつりと呟く。

 

 ルナは胸が締めつけられるようで、ドアノブを見つめた。

 鍵がかかっている。

 呼び鈴にも反応がない。

 いつもなら、リュウジは――たとえ寝ていても、最低限の反応はするはずだ。

 

(……お願い、出てきて)

 

 ルナがそう心の中で願った、その瞬間。

 

 ――カサッ。

 

 ドアの向こうで、小さな音がした。

 布が擦れるような、足音のような。

 

 そして。

 

「……っ、待て……」

 

 か細い声が聞こえた。

 

 全員が息を止めたように静かになった。

 

 ガチャ、と鍵が回る音がして、ドアが少しだけ開く。

 その隙間から、ゆっくりと顔が覗いた。

 

 リュウジだった。

 

 ――ただし、いつものリュウジじゃない。

 

 厚着をしている。首元までしっかり閉じた上着。

 マスクをしていて、声はくぐもる。

 額にはうっすら汗が浮いていて、頬がほんのり赤い。

 目は半分眠ったように重く、焦点が少しだけぼやけている。

 

「……お前ら、何で……」

 

 言い終える前に、リュウジが小さく咳き込んだ。

 

 ゴホ、ゴホ。

 

 その咳は乾いていて、苦しそうだった。

 

「……うわ」

 

 ハワードの笑いが止まる。

 いつもならからかいを続けるはずのハワードが、目を見開いたまま固まっている。

 

 ベルも、メノリも、シンゴも、シャアラも、カオルも――

 全員が、言葉を失った。

 

 サヴァイヴの時。

 雨に打たれても、怪我をしても、極限の環境でも。

 リュウジは風邪ひとつ引かなかった。

 

 だからこそ――今、目の前にいるリュウジが、どこか弱々しく見えた。

 肩を落として、壁に手をつきながら立っている。

 いつもの鋭さがなく、ただ“気怠い”が滲み出ている。

 

「リュウジ……」

 

 ルナの声が震えた。

 

 ルナは一歩前に出た。

 自然と、心配が足を動かした。

 

「熱は!?」

 

 ルナが問いかけると、リュウジは少しだけ目を細めた。

 

「……三十九度」

 

 その数字を聞いた瞬間、ルナの胸がぎゅっと締まった。

 

「は!?」

 

 ハワードが素っ頓狂な声を上げる。

 

「三十九!? それ、やばいって!」

 

 シンゴが慌てて言い、ベルがすぐにスポーツドリンクの袋を前に出した。

 

「これ、持ってきたよ。飲める?」

 

 シャアラも心配そうに覗き込む。

 

「ちゃんと病院行ったのか!?」

 

 メノリの声は冷静だが、目が鋭い。

 それは怒りではなく、状況を把握しようとする真剣さだった。

 

 リュウジはその質問に、ほんの少しだけ視線を逸らした。

 

「……まだ」

 

「まだじゃない」

 

 メノリが即座に言い切った。

 

「今すぐ行け。放置する温度じゃない」

 

「……動くのがだるい」

 

 リュウジがぽつりと言う。

 その弱音が、余計にみんなを驚かせた。

 

 リュウジが“だるい”なんて、そんな言葉を口にするなんて。

 

「お前、ほんとにリュウジか?」

 

 ハワードが冗談めかして言おうとして、途中で口をつぐんだ。

 冗談にする空気じゃないと、やっと理解したのだろう。

 

 カオルが一歩前に出る。

 

「入るぞ」

 

 短く言うと、カオルはリュウジの返事を待たずに玄関を覗き込んだ。

 メノリもそれに続く。

 

「靴、揃えて入るぞ」

 

「……そこは律儀だな」

 

 リュウジがかすれた声で言い、また咳き込む。

 

 ルナは胸の奥が痛くなるのを感じた。

 こんなリュウジを見たくなかった。

 でも、見なければ――放っておけなかった。

 

 ルナはポケットの中の小さな紙袋に触れる。

 無病息災のお守り。

 今日渡すはずだったもの。

 

(こんな時に……)

 

 ルナは紙袋を握りしめた。

 今渡せば、“大丈夫じゃない”って認めるみたいで、リュウジが嫌がるかもしれない。

 でも、渡したい。

 願いを込めたものだから。

 

 ルナは小さく息を吐いて、リュウジを見上げた。

 

「ねえ、ちゃんと休んで。無理しないで」

 

 ルナの声は、いつもより少しだけ強かった。

 でも、優しさもちゃんと込めた。

 

 リュウジは目を細め、マスクの奥で小さく笑ったように見えた。

 

「……分かったよ」

 

 その返事が、今のルナには救いみたいに聞こえた。

 

 みんなが玄関先で動き出す。

 ベルが飲み物を出し、シャアラが熱さまシートを準備し、メノリが薬の袋を確認する。

 ハワードは「僕、何したらいい?」と珍しく真面目な顔で言い、シンゴは「おかゆ作る!?」と張り切りかけてカオルに「やめとけ」と止められる。

 

 そしてルナは、胸の奥に決めた。

 

(今日は、絶対にリュウジを一人にしない)

 

 サヴァイヴの時みたいに。

 みんなで生き抜く。

 それが、今の自分たちの“普通”なのだから。

 

ーーーー

 

 メノリが一歩前に出た。視線はリュウジの顔――マスク越しの目に向けられている。

 

「とりあえず病院に行け」

 

 言い切りの声。

 反論を許さない、口調だった。

 

「……今から?」

 

 リュウジが掠れた声で言うと、メノリは眉をひそめた。

 

「今からだ。迷う余地はない」

 

 ルナは胸の奥がきゅっと痛んだ。

 リュウジが“だるい”と言ったのを思い出すだけで、心配が膨らんでくる。

 

「ルナ」

 

 メノリがルナを呼んだ。

 ルナははっとして顔を上げる。

 

「連れて行け」

 

「え……?」

 

「リュウジは今、歩くのもきつそうだ。具合が悪い時に、あいつは変に意地を張る。……ルナが一緒に行った方がいい」

 

 メノリの言葉は冷静だけど、そこにルナへの信頼があった。

 ルナは強く頷く。

 

「分かった。私が行く」

 

 ルナが即答すると、メノリはすぐに続けた。

 

「その間、家のことはこっちでやっておく」

 

「え、でも……」

 

 ルナが言いかけると、メノリはさらりと言う。

 

「換気、洗濯、あと必要なら買い出し。病人がいる部屋は、まず環境を整える」

 

 その手際の良さに、ハワードが口を開けた。

 

「メノリ、母親みたいだな……」

 

「黙れ」

 

 メノリの一言で、ハワードはぴしっと背筋を伸ばして黙った。

 

 シャアラが不安げにリュウジを見て、すぐに表情を切り替えた。

 

「私、お粥作るね。胃に負担が少ないように」

 

「頼む」

 

 メノリが頷く。

 

 ベルもすぐに動く。

 

「スポドリとゼリー、テーブルに出しておくね。あと、温かい飲み物も」

 

「僕、洗い物とか手伝うよ!」

 

 シンゴが張り切ると、カオルが短く言った。

 

「ハワードは鍋を触るな。火事になる」

 

「ええ!? ひどい!」

 

「前科があるだろ」

 

「……あるけど!」

 

 そんなやりとりがあるのに、空気はちゃんと真剣だった。

 みんながそれぞれの役割を自然に決めて、動き出している。

 

 リュウジは玄関の壁に手をついたまま、息を整えていた。

 その姿が、ルナの胸をざわつかせる。

 

 ルナは一歩近づき、そっとリュウジの袖に触れた。

 

「行ける? 歩ける?」

 

「……歩ける。たぶん」

 

「たぶんじゃだめ。ゆっくりでいいから。私、ついてるから」

 

 ルナの言葉に、リュウジは一瞬だけ目を細めた。

 マスクで口元は見えないのに、困ったような笑いをしているのが分かった。

 

「……悪いな」

 

「悪くない」

 

 ルナは即座に返した。

 それは怒りじゃない。心配が言葉を強くしただけ。

 

「じゃあ、メノリ。行ってくるね」

 

「頼む」

 

「シャアラ、みんな……ありがとう」

 

 ルナが言うと、ベルが優しく頷き、シンゴが「任せて!」と胸を張る。

 ハワードも珍しく真面目な顔で言った。

 

「ちゃんと診てもらえよ。……リュウジ、死ぬなよ?」

 

「縁起でもないこと言うな」

 

 カオルが即座に突っ込む。

 

「いや、でもさ!」

 

「黙れ」

 

 メノリがまた一言。

 ハワードは「はい」と小さく返事をした。

 

◇ ◇ ◇

 

 外に出ると、冬の空気がさらに冷たかった。

 夕方の薄い光が高台の道を照らし、風がコートの隙間から入り込む。

 

 ルナはリュウジの腕に手を添えた。

 支えるというより、転ばないように“引っ掛ける”程度。

 リュウジは最初は「大丈夫だ」と言いそうになったが、喉に咳が引っかかって、言葉にならなかった。

 

「咳、つらいね」

 

「……慣れてない」

 

 リュウジの返事は掠れていた。

 

(慣れてないって……)

 

 そんな言葉が出るほど、今のリュウジは弱っている。

 ルナは胸の奥がぎゅっと締まる。

 

 エアタクシーを呼ぶという選択肢もあったが、近くに医療施設があるのをルナは知っていた。

 歩く距離は短い。だが今のリュウジには、その短さが長い。

 

 途中でリュウジが足を止めた。

 

「……ちょっと、息」

 

「うん。休もう」

 

 ルナはすぐに立ち止まり、リュウジの背中に手を置く。

 背中が熱い。服越しでも分かるほど熱がこもっている。

 

 ルナは思わず額に手を伸ばしそうになって、慌てて引っ込めた。

 触れたら、もっと心配が溢れてしまいそうで。

 

「リュウジ、私、病院の受付で全部言うから。だから、変に強がらないでね」

 

「……強がってない」

 

「強がってるよ」

 

 ルナが言うと、リュウジは小さく息を吐いた。

 

「……そうか」

 

 素直に認めたわけじゃない。

 でも否定しきれない声だった。

 

◇ ◇ ◇

 

 病院は混んでいた。

 冬は風邪やインフルエンザが増える時期で、待合室にはマスク姿の人が多い。子どもが咳をし、母親が背中をさすっている。

 

 ルナは受付で事情を説明し、リュウジを椅子に座らせた。

 座った途端、リュウジは少しだけ肩の力が抜けたように見えた。

 

(やっぱり、限界だったんだ)

 

 ルナは胸の奥が痛くなる。

 病院に来るだけでこんなに消耗している。

 

 呼び出しがかかり、診察室へ通される。

 医師は年配の男性で、リュウジを見るなり眉をひそめた。

 

「……熱、何度?」

 

「三十九度」

 

「いつから?」

 

「……昨日の夜から」

 

「昨日“から”じゃないな。咳の出方と顔色が、もっと前からだ」

 

 医師は淡々と言いながら、聴診器を当てる。

 リュウジが息を吸うたび、咳が混じった。

 

 医師の眉がさらに寄る。

 

「……ふうん。喉も赤い。胸の音もよくない」

 

 医師はルナにも視線を向けた。

 

「付き添い?」

 

「はい。」

 

「よく連れてきた。――ただ、遅い」

 

 医師はそこではっきり言った。

 

「風邪だね。だけど、肺炎になりかけてる」

 

 ルナの心臓が、どくんと跳ねた。

 

「……え」

 

 リュウジも一瞬だけ目を見開いた。

 マスクの奥で、息が止まったように見える。

 

 医師はリュウジに向かって、少し強い口調になる。

 

「今度からは早く来なさい。高熱が出て、咳が出て、呼吸が苦しいなら、我慢する理由がない。放っておいたら、入院になる」

 

「……すみません」

 

 リュウジが掠れた声で言う。

 その“すみません”が、弱々しくて、ルナは胸がぎゅっとなった。

 

「すみませんじゃない。治す気があるなら、早く来ること」

 

 医師はきっぱり言った。

 

 ルナは思わず頭を下げてしまった。

 

「すみません……!」

 

 医師がルナを見る。

 

「君が謝ることじゃない。本人が来なかったんだろう」

 

「でも……私、もっと早く気づけば……」

 

 ルナの声は震えた。

 テーマパークの日、寒い中歩いた。

 初詣も人混みだった。

 その疲れが溜まっていたかもしれない。

 

(私、気づけなかった)

 

 ルナの胸の奥に、後悔が刺さる。

 

 医師はため息をつくように言った。

 

「気づくのは難しい。でも、こういうタイプは強がる。だから周りが連れてくるしかない。今日は正解だ」

 

 ルナは小さく頷いた。涙が出そうだった。

 

 診察は続き、薬の処方と注意事項が説明される。

 解熱剤、咳止め、抗生剤。

 水分、栄養、安静。

 もし息苦しさが増したらすぐ来ること。

 

 最後に医師がリュウジに言う。

 

「帰ったら、まず寝なさい。熱が下がるまで無理はしない。わかったね」

 

「……はい」

 

 リュウジが頷く。

 

 診察室を出ると、ルナは息を吐いた。

 足が少し震えている。

 それでも、来てよかった。――来なければ、もっと悪化していたかもしれない。

 

 リュウジは待合室の椅子に座り、目を閉じた。

 ルナはその横に座り、そっと声をかける。

 

「……怒られたね」

 

「……ああ」

 

「でも、肺炎になりかけって……ほんと、怖いよ」

 

 ルナが言うと、リュウジは少しだけ首を傾けた。

 

「……怖がらせたか」

 

「うん。怖かった」

 

 ルナは正直に言った。

 ここで強がったら、今度は自分が同じことをしてしまう気がしたから。

 

 リュウジはしばらく黙っていた。

 そして、ぼそっと言う。

 

「……悪い」

 

「悪いって言わないで。治して」

 

 ルナはまっすぐ言った。

 

「治して、また……皆で笑おう」

 

 リュウジは少しだけ目を開けて、ルナを見た。

 その目は熱で潤んでいるのに、どこか静かだった。

 

「……ああ」

 

 短い返事。

 でも、その一文字が、今のルナには十分だった。

 

 ルナはポケットの中の小さな紙袋――無病息災のお守りを、そっと握りしめた。

 渡すのは、もう少し先でもいい。

 今はただ、リュウジがちゃんと治ることが一番だった。

 

ーーーー

 

 病院から戻る頃には、空はすっかり暗くなっていた。

 高台の廊下を歩く足音が、昼間よりも少しだけ響く。冬の冷気が建物の隙間に溜まり、ドアの前に立つと指先がじんと痛んだ。

 

 ルナが鍵を回し、ドアを開ける。

 

 ――その瞬間。

 

「おかえり」

 

 小さな声とともに、部屋の中から何人もの視線が一斉に向けられた。

 

 全員、マスク姿だった。

 

 メノリ、シャアラ、ベル、シンゴ、ハワード、カオル。

 さっきまでリュウジの家でそれぞれ動いていた面々が、きっちりと感染対策を整えて待っていたのだ。

 おそらく換気もしていたのだろう、部屋の空気はこもっておらず、ほんのりと米の匂いが漂っていた。

 

「……みんな」

 

 ルナが驚きと安心が混ざった声を漏らすと、メノリがすぐに一歩寄った。

 

「どうだった?」

 

 その問いは短いが、全部を含んでいる。

 心配、焦り、そして“ちゃんと結果を聞いて、次を決める”という強さ。

 

 ルナは玄関でコートを脱ぎ、椅子の背に掛けた。

 手袋を外し、息を整える。

 その間にリュウジはふらりと奥へ向かい、まっすぐ寝室の方へ歩いていった。背中が重そうで、歩幅が小さい。

 

 ルナはメノリたちに向き直った。

 

「風邪って言われた。でも……肺炎になりかけてるって」

 

 それを聞いた瞬間、全員の表情が少しだけ硬くなる。

 マスク越しでも分かる。目が一段と真剣になった。

 

「やっぱりか」

 

 メノリが低く呟く。

 

「先生から、今度から早く来なさいって怒られた。薬は抗生剤も出た。咳と熱の薬も。水分と安静って……息苦しくなったらすぐ来いって」

 

 ルナが一つ一つ、医師の言葉を思い出して伝える。

 シャアラが胸元で手を組み、ほっとしたように息を吐いた。

 

「入院じゃなくてよかった……」

 

「でも、放ってたら危なかったってことだろ」

 

 カオルが短く言う。

 いつもならもっと軽く流すような言い方をするのに、今日はやけに真面目だった。

 

「うん……」

 

 ルナが頷くと、ベルがそっと言った。

 

「連れて行ってくれてありがとう、ルナ」

 

「ううん……私も、もっと早く気づけばよかった」

 

 ルナが小さく言うと、メノリが首を振った。

 

「今やったことが正解だ。後悔は後でいい。今は治す事が優先だ」

 

 その言い方が、ルナの背中を支えてくれた。

 ルナは頷き、奥の寝室の方へ視線をやる。

 

 リュウジはベッドに伏せていた。

 上着も脱ぐ余裕がなかったのか、布団の上から体を丸めるようにして、枕に顔を埋めている。

 マスク越しに、時折小さな咳が漏れた。

 

 シャアラがキッチンの方から顔を出す。

 

「お粥、作ったよ。食べられそう?」

 

 湯気の匂いがふわりと漂い、ルナの胃も反応する。

 でも今は、まずリュウジだ。

 

 ルナは寝室に近づき、そっと声をかけた。

 

「リュウジ」

 

 リュウジが少しだけ顔を上げる。

 頬は赤く、目が潤んでいる。熱でぼんやりしているのに、ルナの声には反応するあたりが“リュウジらしい”とも思った。

 

「……みんな、すまないな」

 

 掠れた声。

 謝る余裕があるのが、逆に切ない。

 

「謝らなくていい」

 

 ルナは即座に返した。

 

「……でも」

 

「とりあえず、何か食べないと薬飲めないでしょ。食べて」

 

 ルナの言葉は少し強かった。

 強く言わないと、この人は「いい」と言って眠ってしまう気がしたから。

 

 リュウジは一瞬だけ目を細めた。

 マスクの奥で、苦笑いしたように見える。

 

「……分かった」

 

 その返事に、ルナは胸の奥が少しほどけた。

 

 メノリが寝室の入り口で、皆に指示する。

 

「換気は続ける。咳が出るなら加湿も必要だ。ベル、飲み物を頼む。シンゴ、皿とスプーンの準備。ハワードは……」

 

「僕は!?」

 

「邪魔しない」

 

「ひどい!」

 

 ハワードが抗議するが、メノリの視線ひとつで黙った。

 緊張を少しだけ和らげるようなやりとりに、ルナは小さく息を吐く。

 

 シャアラが温かいお粥を小さな器に盛り、ルナに渡した。

 ベルが白湯を用意し、シンゴがスプーンを差し出す。

 

 ルナは器を持って、ベッドの横に座った。

 

「ほら、少しずつでいいから」

 

 リュウジは上体を起こそうとして、ふらりとした。

 ルナがすぐに背中に手を当てる。

 

「無理しない。ゆっくり」

 

「……ああ」

 

 リュウジはスプーンで一口、口に運んだ。

 ほんの少しの量なのに、飲み込むのに時間がかかる。

 

「熱い?」

 

「……ちょうどいい」

 

 リュウジの声はまだ弱い。

 それでも、食べてくれるだけでありがたい。

 

 数口食べたところで、メノリが薬袋を確認しながら言う。

 

「食べられたら、薬飲め。抗生剤は忘れるな」

 

「分かってる」

 

 いつものリュウジなら、そう言って平気そうに見せたのだろう。

 でも今の返事は、ただの“確認”みたいだった。

 頼りなさが、逆にリアルだった。

 

 ルナが白湯を差し出す。

 

「飲んで」

 

 リュウジは白湯を受け取り、少しずつ飲む。

 その手が、いつもより熱い。

 

 そして薬を飲み、リュウジは再び枕に顔を沈めた。

 薬が効き始めたのか、呼吸が少しだけ落ち着く。

 咳の回数も減った。

 

 ルナは布団を整え、肩が冷えないように掛け直した。

 その動作が自然にできてしまうのが、自分でも不思議だった。

 サヴァイヴの時、仲間の体調を気にしながら支え合った日々が、こういう場面で身体に染みついている。

 

 しばらくして、リュウジの呼吸が一定になった。

 眠ったのだ。

 

 その瞬間、部屋の空気がふっと緩む。

 

「……よし」

 

 メノリが小さく頷く。

 

「一安心だな」

 

 カオルが言い、ベルが胸に手を当てて息を吐いた。

 

「眠れてよかった……」

 

「ほんとだよ!」

 

 シンゴもようやく肩の力を抜く。

 

「さっきの弱々しいリュウジ、レアすぎて逆に怖かった」

 

 ハワードが小声で言い、シャアラが「それ言わないの」と目で叱った。

 

 メノリが時計を見て言う。

 

「今日はもう帰る。各自、帰ったらうがい手洗い」

 

「うん」

 

「分かった」

 

 皆が頷き、荷物をまとめ始める。

 

 ルナは立ち上がり、みんなに向き直った。

 心からの感謝が溢れる。

 

「ありがとう、みんな。本当に……」

 

「礼はいい」

 

 メノリが短く言って、でも目だけは柔らかかった。

 

「何かあったらすぐ連絡して」

 

 シャアラが言う。

 

「僕も来れる!」

 

 シンゴが張り切ると、カオルが「今日は帰れ」と背中を押した。

 

「じゃあ僕は、リュウジが復活したら説教してやるからな!」

 

 ハワードが最後に言うと、ルナは思わず笑ってしまった。

 

「うん、お願いね」

 

 ルナが笑うと、ハワードは満足げに頷いて出ていった。

 

 玄関で靴音が遠ざかり、部屋が静かになる。

 換気のために少し開けた窓から、冷たい夜気が入り、カーテンがわずかに揺れた。

 

 ルナは寝室へ戻り、ベッドの横にそっと座った。

 リュウジは眠っている。

 額の汗は少し引いたように見えるが、頬の赤みはまだ残っている。

 

(……よかった)

 

 ルナは胸の奥で呟いた。

 

 そして、決めた。

 

 今日は帰らない。

 看病として、残る。

 

 念のため、チャコにも連絡しなきゃいけない。

 でも今は、リュウジの側を離れたくない。

 

「シンゴがチャコに伝えてくれるって言ってたし……大丈夫だよね」

 

 ルナは小さく自分に言い聞かせ、椅子をベッドの近くに寄せた。

 そこに座って、静かにリュウジの呼吸を見守る。

 

 無病息災のお守りの小さな紙袋が、ルナのポケットの中でまだ残っている。

 今日渡すつもりだった。

 でも今は、ただ――

 

(早く治って)

 

 そう願うだけで、十分だった。

 

ーーーー

 

 夜中。

 部屋の明かりは落ちていて、カーテンの隙間から街灯の薄い光だけが床に細い線を引いていた。暖房の風が小さく唸り、加湿器の水が時折、ちいさく鳴る。

 静けさの中にあるのは、規則的な呼吸と、時計の針が刻む音だけ――。

 

 その呼吸が、ほんの少し乱れた。

 

 リュウジはゆっくりと目を開けた。

 まぶたが重い。頭の奥がまだ熱を抱えているように鈍く痛む。けれど、さっきまでの“燃えるような熱さ”は薄れていた。

 薬が効いているのだろう。身体は怠いが、少しだけ世界がはっきりして見える。

 

(……夜か)

 

 喉が乾いている。

 咳が喉の奥にひっかかって、唾を飲み込むだけでも少し痛む。

 寝返りを打とうとして、肩に掛けられた毛布の重みを感じた。

 

 その時、近くから小さな声がした。

 

「……起きた?」

 

 ルナだった。

 

 ベッド脇の椅子に座ったまま、ルナは毛布の上から顔を覗き込んでいた。

 髪は少し乱れていて、薄いカーディガンの袖口から指先が覗く。

 眠気で目がとろんとしているのに、その瞳はちゃんとリュウジを捉えている。

 

 リュウジは一瞬、言葉が出なかった。

 夜中に目を覚ましたのはいい。だが――ルナがまだここにいることが、意外だった。

 

「ああ……」

 

 掠れた声で返事をしようとして、咳が出る。

 

「っ、ゴホ……」

 

 ルナがすぐに身を乗り出し、テーブルの上の白湯を手に取った。

 

「無理して喋らないで。飲む?」

 

「……ああ」

 

 ルナがコップを支え、リュウジは少しずつ口をつけた。

 温かい水が喉を通り、乾きが少しだけ和らぐ。

 

 リュウジは、ぼんやりした頭のまま、ルナの顔を見た。

 寝起きの自分の視界の中心に、ルナがいる――その事実が、妙に現実感を持たない。

 

「……まだ居てくれたのか?」

 

 声は小さかった。

 責めるような言い方ではない。

 ただ、驚きと、ほんの少しの照れが混ざっていた。

 

 ルナはふわっと笑った。

 眠そうなのに、優しい笑い方だ。

 

「うん。心配だったから」

 

 その言葉が、胸の奥にゆっくり染み込んでいく。

 風邪で弱っているせいか、普段なら流してしまうような言葉が、やけに重く感じた。

 

「……明日も学校だろ」

 

 リュウジは天井を見上げるように言った。

 自分のせいでルナが寝不足になるのは、嫌だった。

 

「家まで送ってやる」

 

 言いながら、リュウジは上体を起こそうとした。

 意地でもなく、責任感でもなく、ただ“そうするのが普通”だと思って。

 だが、身体が思うように動かない。頭がふわりと揺れる。

 

「ちょっ……」

 

 ルナが慌てて片手を伸ばした。

 リュウジの肩を押し、布団の上に戻す。

 

「私は大丈夫だから」

 

 ルナの声は、いつもより少しだけ強い。

 

「今は大人しく寝てて」

 

 ルナは起き上がろうとするリュウジを、丁寧に“沈めた”。

 布団を肩まで掛け直し、枕の位置も直す。

 まるで子どもを寝かしつけるみたいな手つきだった。

 

「……お前」

 

 リュウジは言いかけて、また咳が出そうになり、喉の奥で言葉を止めた。

 代わりに、小さく息を吐く。

 

「……強いな」

 

 それは、褒め言葉なのか、呆れなのか。

 リュウジ自身にもよく分からなかった。

 

「強いんじゃないよ」

 

 ルナは小さく首を振った。

 

「……怖かったの」

 

 ルナの声は、今度は少しだけ震えていた。

 

「リュウジが、あんなに弱ってるの初めて見た。……熱、三十九度って言った時、胸がぎゅってなった」

 

 ルナは言いながら、自分の胸元を押さえる。

 その仕草が、妙にリアルで、リュウジは視線を逸らした。

 

「……大丈夫だ」

 

 リュウジはいつもの癖で言いかけた。

 だが、その言葉は途中で止まる。

 今日、医者に怒られたのを思い出した。

 そして、ルナが「怖かった」と言ったことを、ちゃんと受け止めなきゃいけない気がした。

 

「……大丈夫、にする」

 

 リュウジは言い直した。

 

 ルナは、その言い方の違いに気づいたのだろう。

 ふっと目を細めて、安心したように笑った。

 

「うん。大丈夫にして」

 

 ルナの声は柔らかい。

 だけど、命令みたいにも聞こえた。

 

 リュウジは苦笑いを浮かべた。

 

「……分かった」

 

 沈黙が落ちる。

 夜の静けさが戻ってきて、加湿器の小さな音だけが耳に残る。

 

 ルナはベッドの横にある椅子に座り直し、毛布を膝に掛けた。

 その毛布も、さっきリュウジの上に掛けられていたものと同じ柄だ。

 リュウジはぼんやり思う。――この毛布、誰が用意したんだろう。メノリか、シャアラか。

 いや、今はそれより――。

 

「……眠いだろ」

 

 リュウジが小声で言う。

 

「眠い」

 

 ルナは素直に言って、少し笑った。

 

「でも、目が覚めちゃったから」

 

「……帰れ」

 

 リュウジは強く言えない。

 言ったところで、ルナは帰らない気がした。

 

「帰らないよ」

 

 案の定、ルナは即答した。

 

「だって、また咳がひどくなったら心配だもん」

 

「……俺、子ども扱いされてる?」

 

「されてるね」

 

 ルナが悪戯っぽく笑う。

 その笑顔が、夜の薄暗い部屋の中でやけに明るく見えた。

 

 リュウジは、胸の奥がふっと軽くなるのを感じた。

 熱で弱っているはずなのに、ルナがいるだけで安心してしまう。

 それが悔しいような、嬉しいような。

 

「……すまないな」

 

 リュウジが小さく言うと、ルナは少しだけ顔をしかめる。

 

「またそれ。謝らないで」

 

「……じゃあ、ありがとう」

 

 言い直すと、ルナの表情が柔らかくなる。

 

「うん」

 

 短い返事。

 それだけで、充分だった。

 

 ルナは立ち上がり、テーブルの上の体温計と薬の袋を確認する。

 時計を見る。夜中の時間帯。

 ルナは眠気をこらえるように目をこすり、またベッドの横に戻った。

 

「水、もう少し飲む?」

 

「……大丈夫」

 

「じゃあ、また寝て。私、ここにいるから」

 

 リュウジは小さく頷く。

 目を閉じると、布団の温かさがじわりと身体に広がる。

 

 眠りに落ちる直前、リュウジはふと思った。

 

 サヴァイヴの時。

 夜の見張りで交代しながら、誰かが眠っているのを確かめて、また目を閉じた。

 あの頃は、生きるためだった。

 今は――生きているからこそ、こうして誰かが側にいてくれる。

 

 目を閉じたまま、リュウジはかすれた声で呟く。

 

「……ルナ」

 

「なに?」

 

 すぐ返事が返ってくる。

 その近さに、胸が少しだけ熱くなる。

 

「……助かった」

 

 それだけ言って、リュウジは意識を手放した。

 ルナは小さく「うん」と返し、静かにリュウジの寝息を聞きながら、自分もまぶたを重くしていく。

 

 冬の夜は長い。

 けれど、今日は不思議と怖くなかった。

 静かな部屋の中で、二人の呼吸が同じリズムになっていった。

 

ーーーー

 

 朝。

 カーテンの隙間から差し込む冬の光が、部屋の床に細い帯を作っていた。暖房の空気はほんのり温かいのに、窓際だけはやっぱり冷える。

 キッチンの方からは、昨夜シャアラが作ってくれたお粥の匂いがまだ微かに残っていた。

 

 ルナは玄関で靴を履き直し、最後にもう一度、部屋の奥――寝室の方を気にするように振り返った。

 そして、玄関のドアの前に立っているリュウジに向き直る。

 

「それじゃあ行ってくるから、大人しく寝ててよ!」

 

 言い方は強い。

 でも声の端に、はっきり心配が滲んでいる。

 

「ああ」

 

 リュウジは短く頷いた。

 マスクはしていないが、顔色はまだ悪く、頬にほんのり熱の赤みが残っている。昨夜よりは咳は落ち着いたものの、目の奥にだるさが残っていた。

 

「起きてこなくていいのに」

 

 ルナが眉を寄せて言う。

 玄関まで来ただけで、体力を使ってしまうのが分かるからだ。

 

「……一応」

 

 リュウジは言いかけて、咳をこらえるように喉を鳴らした。

 たぶん“見送り”という形だけでもしておきたかったのだろう。

 ルナはその癖を知っているから、ため息をつきながらも、少しだけ頬を緩めた。

 

「後、お粥作ってあるからちゃんと食べて、薬飲むのよ」

 

 ルナは念を押す。

 まるで、言い聞かせる相手が小さな子どもみたいに。

 

「分かってる」

 

 リュウジはぶっきらぼうに返すが、反抗の響きはない。

 昨日の医師の言葉が効いているのか、あるいはルナの本気が伝わっているのか。

 

「それじゃあ、夕方に来るから、何かあったら連絡してね」

 

 ルナは最後にそう言い、ドアノブに手をかけた。

 

「行ってらっしゃい」

 

 リュウジの声はまだかすれている。

 でも、その一言が妙に真面目で、ルナの胸の奥がふっと温かくなった。

 

「……うん。行ってきます」

 

 ルナはそう返して、玄関の外に出た。

 扉が閉まる音が静かに響き、足音が廊下の向こうに遠ざかっていく。

 

 リュウジはしばらく、その閉まった扉を見つめていた。

 そして小さく息を吐き、ゆっくり寝室へ戻る。

 

(……夕方に来る、か)

 

 不思議だ。

 それだけの言葉なのに、少しだけ安心した。

 

 ベッドに戻り、布団に潜り込む。

 身体はまだ重い。けれど昨夜よりは呼吸が楽だ。

 薬が効いているのだろう。

 眠気が押し寄せ、まぶたが落ちる。

 

 ――そして、もう一度眠った。

 

◇ ◇ ◇

 

 次に目を開けた時、部屋の光は朝のそれとは違っていた。

 窓から入る陽が高く、床の光の帯が短くなっている。時計を見ると、お昼近い時間。

 

(……寝すぎたな)

 

 起き上がろうとすると、頭がふわりと揺れた。

 熱が引ききっていない証拠だ。

 

 その時。

 

 キッチンの方から、かすかな音が聞こえた。

 

 カチャ。

 鍋の蓋が当たる音。

 水の流れる音。

 誰かが器を置く音。

 

(……ルナ? いや、学校だって言ってた)

 

 リュウジは布団の中で少し考え、眉を寄せた。

 泥棒――という線は薄い。鍵は閉めているし、このアパートのセキュリティも悪くない。

 それに、音がやけに“生活の音”だった。

 

 リュウジはゆっくり布団をはねのけ、冷えた床に足をつける。

 軽く眩暈がしたが、壁に手をついて耐えた。

 寝室のドアを少し開け、廊下を覗く。

 

 キッチンの方から、声がした。

 

「起きたの? 今、雑炊を持って行ってあげるから待ってて」

 

 その声は、聞き覚えがありすぎた。

 

 リュウジの目が見開かれる。

 

「……エリンさん!? どうしてここに?」

 

 驚きで声が少し大きくなり、すぐに咳が出そうになった。

 リュウジは喉を押さえ、息を整える。

 

 キッチンからエリンが姿を現した。

 緑色の長い髪を後ろでまとめ、エプロン姿。いつもの“仕事のエリン”とは違い、柔らかい笑みを浮かべている。

 両手にはトレイ。湯気の立つ雑炊が器に盛られ、隣には白湯と薬袋まで並んでいた。

 

「チャコから連絡もらったの。今日は非番だったしね」

 

 エリンはさらりと言い、トレイを持ったまま寝室へ近づく。

 

「どうやって中に……?」

 

「合鍵はもらってないから、管理会社に連絡したわよ。緊急時の対応ってことで」

 

 当然のように言う。

 その行動力と段取りに、リュウジは返す言葉を失った。

 

「……相変わらず手際、良すぎません?」

 

「でしょ?」

 

 エリンは悪戯っぽく笑い、トレイをベッドの横のテーブルに置いた。

 雑炊の匂いが広がる。米の柔らかい香り、卵の甘い匂い、生姜のほんのりした刺激。

 

「ほら、食べなさい」

 

 エリンは椅子に座り、スプーンを取った。

 そして、にこっと笑う。

 

「はい、あーん」

 

「……」

 

 リュウジは一瞬固まった。

 その後、即座に顔を背ける。

 

「自分で食べます」

 

 声は小さく、しかしはっきり断った。

 

 エリンはフフッと笑った。

 笑い方が、優しい。

 

「そう言うと思った」

 

 エリンはスプーンを器の横に置き、今度はリュウジの額に手を当てた。

 指先が冷たくて、逆に心地いい。

 

「……まだ高いわね」

 

 エリンが小さく呟く。

 その声のトーンが、仕事の時みたいに落ち着いているのに、どこか心配が混ざっている。

 

 リュウジは苦笑いを浮かべた。

 

「ルナに言われて、寝てたんですけど」

 

「うん、偉い偉い」

 

 エリンは子どもを褒めるみたいに言って、手を離した。

 

「でも、偉いだけじゃ足りない。ちゃんと食べて、ちゃんと飲んで、ちゃんと寝る。あと、無理に動かない。……分かる?」

 

「……分かります」

 

 リュウジが頷くと、エリンは満足そうに微笑んだ。

 

「よし。じゃあ食べて」

 

 リュウジは器を見つめ、スプーンを取った。

 雑炊を一口。熱さはちょうどいい。喉に優しく落ちていく。

 胃がじんわり温まる感覚が、身体の奥に広がる。

 

「……美味い」

 

 思わず漏れた言葉に、エリンは目を細めた。

 

「でしょ。栄養と水分と塩分。風邪の基本よ」

 

 エリンはトレイの白湯を指で示す。

 

「食べたら、それで薬。順番も守る」

 

「ルナと同じこと言いますね」

 

 リュウジがぼそっと言うと、エリンは肩をすくめた。

 

「当然。ルナ、よく見てるもの」

 

 その一言が、リュウジの胸に小さく刺さった。

 ルナが心配してくれていたことを、改めて突きつけられる。

 

 リュウジは雑炊をもう一口食べ、少しだけ眉を寄せた。

 

「……ルナ、学校行ったんですよね。あいつ、寝不足じゃないですか」

 

「さあ? でも、ルナは強いわよ」

 

 エリンは穏やかに言う。

 

「それにね。心配だから側にいたい、って気持ちは、誰にも止められないの」

 

 その言い方が、妙に意味深で。

 リュウジはスプーンを止めて、エリンを見た。

 

「……何言ってるんですか」

 

「別に」

 

 エリンはさらりと笑い、立ち上がった。

 

「食べ終わったら呼んで。薬、確認する」

 

「……はい」

 

 リュウジはまた雑炊を口に運ぶ。

 熱の残る身体に、ゆっくりと力が戻る感覚があった。

 

 エリンはキッチンの方へ戻りながら、振り返って言った。

 

「起き上がったりとか、変なこと考えないでね」

 

 リュウジは目を逸らし、ぼそっと答える。

 

「……考えてません」

 

「嘘」

 

 エリンの即答に、リュウジは返す言葉がなかった。

 

 部屋の中には、雑炊の湯気と、冬の日差し。

 そして、誰かが側にいるという安心感が、静かに満ちていた。

 

 

ーーーー

 

 

 雑炊を半分ほど食べたところで、リュウジの動きが少しだけ止まった。

 胃が温まってきたせいか、まぶたが重そうに落ちてくる。熱のだるさがまだ残っているのだろう。

 それでも、スプーンを握る手は離さず、最後までちゃんと食べきった。

 

「……ごちそうさま」

 

 掠れた声。

 いつものぶっきらぼうさは残っているが、どこか素直で、弱っている分だけ言葉が丸い。

 

 エリンは満足そうに頷いた。

 

「はい、よくできました」

 

「子ども扱いしないでください」

 

「してない。看病は看病。じゃあ、次は薬」

 

 エリンはトレイを受け取り、立ち上がる。

 器の底に残った雑炊の湯気が、ほのかに白く立ち上った。

 

「先に言っておくけど、薬は“後で”じゃないからね」

 

「……分かってます」

 

「本当に?」

 

 エリンが疑うように目を細めると、リュウジは視線を逸らした。

 

「……分かってます」

 

「よし」

 

 エリンはトレイを持ってキッチンへ運び、手際よくシンクに器を置いた。

 次に、白湯を新しく注ぎ直し、薬袋を確認する。

 抗生剤、解熱剤、咳止め――飲み合わせとタイミングを、ルナやメノリと同じように頭の中で整理しているのが見える。

 

「リュウジ、ちゃんと飲みなよ」

 

 キッチンから声が飛ぶ。

 

「……はい」

 

 リュウジはベッドの上で上体を起こし、薬を受け取り、白湯でゆっくり飲み下した。

 喉が痛むのか、一瞬だけ眉を寄せる。

 それを見て、エリンはすぐに言った。

 

「痛い?」

 

「……少し」

 

「じゃあ、刺激物はなし。冷たいものもなし。喉が落ち着くまでね」

 

「……はいはい」

 

 返事はぶっきらぼうなのに、反抗の響きはない。

 むしろ、従うのが当たり前になっている。

 

 エリンはそれを確認すると、すぐにシンクに向かい、洗い物を始めた。

 水の音が静かな部屋に響き、スポンジが器を擦る音が規則的に続く。

 まるで、ここが病人の部屋ではなく、普通の暮らしの一場面みたいに落ち着いた音だった。

 

 リュウジはベッドに戻り、枕に頭を沈める。

 薬のせいか、胃が温まったせいか、眠気がまた押し寄せてきた。

 視界の端で、エリンの背中が動いている。

 

(……助かるな)

 

 そう思ったところで、意識が少しずつ沈んでいった。

 

 エリンが洗い物を終え、手を拭いてから寝室を覗いた時には、リュウジはもう眠っていた。

 呼吸は浅いが、乱れてはいない。

 額の汗も、さっきより引いている。

 

 エリンはドア枠に軽く手を置き、唇の端を上げた。

 

「……ふふ」

 

 クスッと笑みを浮かべ、声に出さないまま、そっと頷く。

 

「寝るのが一番」

 

 それだけを心の中で言い、エリンは静かに部屋を出た。

 玄関で靴を履き、鍵を閉め、最後にもう一度だけ振り返る。

 

「ルナが来たら、安心するでしょうね」

 

 独り言のように呟いて、エリンは帰っていった。

 

◇ ◇ ◇

 

 夕方。

 外の空が茜色に染まり、窓のガラスが薄く冷えていく頃――玄関の鍵が回った。

 

「……リュウジ?」

 

 ルナの声が、部屋に入ってくる。

 手には果物の入った袋。リンゴとみかん、それに喉に優しいゼリー飲料も混ざっている。

 

 ルナはコートを脱ぎ、すぐに寝室へ向かった。

 ドアをそっと開けると、リュウジは起きていた。

 枕にもたれるように上体を起こし、ぼんやりと天井を見ている。

 

 顔色はまだ万全ではない。

 けれど、頬の赤みは薄くなり、目の焦点も昨日よりはしっかりしている。

 

「……どう?」

 

 ルナが近づき、手の甲でそっと額に触れる。

 

 熱は――まだ少しあるが、昨日ほどではない。

 ルナは胸の奥で固まっていたものが、ふっと溶けるのを感じた。

 

「下がってる……よかった」

 

 ルナの声が、安堵で柔らかくなる。

 

「……少しな」

 

 リュウジは掠れた声で答えた。

 

「ちゃんと食べた?」

 

「……食べた」

 

「薬は?」

 

「……飲んだ」

 

 その二つの返事が揃っただけで、ルナは思わず笑ってしまった。

 それは嬉しさと、安心と、少しの呆れが混ざった笑いだ。

 

「えらい」

 

「言うな」

 

 リュウジが短く返す。

 そのやりとりが、いつもの二人に少し戻った気がして、ルナはまたほっとした。

 

 ルナは椅子に座り、果物の袋をテーブルに置いた。

 

「果物、持ってきたの。あとゼリーも。喉、まだ痛いでしょ」

 

「……助かる」

 

 リュウジの返事は短いが、昨日よりはしっかりしている。

 

 ルナは少し迷うようにポケットを探り、そして――小さな紙袋を取り出した。

 

 無病息災のお守り。

 

 ずっと持っていた。

 渡すタイミングを逃して、今日になってしまった。

 

 ルナは紙袋を両手で持ち、ベッドの上のリュウジに差し出す。

 

「……遅くなったけど」

 

 リュウジが紙袋を見る。

 目が少しだけ細くなる。

 何か察したような顔だった。

 

「……これ」

 

「無病息災のお守り」

 

 ルナは少し照れくさそうに笑う。

 

「初詣の時に買ったの。渡そうと思ってたのに、忘れちゃって」

 

 リュウジは受け取り、紙袋を軽く持ち上げる。

 

「……今さら?」

 

 からかうような口調。

 でも、その奥に柔らかさがある。

 

「今さらじゃないよ。……ちゃんと渡したかったの」

 

 ルナは素直に言ってしまい、言った瞬間に頬が熱くなる。

 

 誤魔化すように、ルナはすぐに笑って続けた。

 

「初詣で貰ってれば、風邪も引かなかったのにな」

 

 冗談めかした声。

 ルナは肩をすくめるようにして、いたずらっぽく首を傾げた。

 

「……どうかしら?」

 

 リュウジは一瞬だけ黙った。

 紙袋の中のお守りを指先で確かめるように触れてから、マスクもしていない口元が、ほんのわずかに緩む。

 

「……それは、どうだろうな」

 

 リュウジの声は小さい。

 でも、いつもの“突き放す短さ”ではなく、ちゃんと受け取った短さだった。

 

 ルナはその返事だけで、胸の奥がじんわり温かくなった。

 

「でも、効くかもしれないでしょ。これからは」

 

「……ああ」

 

 リュウジはお守りを枕元にそっと置いた。

 大切に扱うような仕草だった。

 それを見たルナは、また少しだけ笑った。

 

(今日はここに来れて良かった)

 

 ルナは果物の袋を開け、みかんを一つ手に取る。

 

「食べる? 剥いてあげようか?」

 

「……自分でできる」

 

「病人は黙って寝てる」

 

「命令するな」

 

「する」

 

 ルナが即答すると、リュウジは小さくため息をついて、でも抵抗しなかった。

 

 夕暮れの光が窓の端を赤く染め、部屋の中は穏やかな静けさに包まれる。

 熱が引き始めた病人と、そばにいる看病役。

 サヴァイヴの時みたいに、ただ生きるためじゃなく――今は、ちゃんと“日常”として一緒にいる。

 

 ルナはみかんの皮を剥きながら、心の中でそっと願った。

 

(もう、無理しないで)

 

 枕元のお守りが、夕方の光を受けて小さく揺れた。

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