サヴァイヴ(オリジナル小説)   作:一塔

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ペルシア

 帰路の宇宙船は、行きよりも少しだけ静かだった。

 

 木星での二泊三日は濃すぎるほどで、身体は疲れているはずなのに、頭の中だけが妙に冴えている。窓の外に広がる星々を見ても、どこか現実味が薄い。サヴァイヴで空を見上げていた頃とは違うはずなのに――同じ“宙”というだけで、脳の奥が昔の匂いを引っ張ってくる。

 

 「……暑い」

 

 リュウジは小さく呟き、シートベルトを外した。座席にずっと座っていると、肺の奥がもぞもぞする。単に気分の問題なのかは分からないが、こういう時は歩いた方がいい。

 

 通路に出ると、エンジンの低い振動が足裏から伝わってくる。乗客は半分ほどが席に残り、残りは売店の方へ行ったり、窓際で写真を撮ったりしている。学生たちは、修学旅行の最後の勢いを捨てきれず、小声で笑ったり、記念のカードを見せ合ったりしていた。

 

 リュウジはその横をすり抜け、フロアをゆっくり歩く。視線だけで周囲を確認する癖は、完全には抜けない。危険があるわけではないが、“見ておく”という動作が勝手に身体に馴染んでしまっている。

 

 すると、前方から小走りの足音が近づいてきた。

 

 乗務員だ。制服の色が、この便の航空会社のものとは少し違う。けれど、歩き方に覚えがある。あの、落ち着きがあるようで、どこか弾むような――。

 

「リュウジさん?」

 

 声をかけられ、リュウジは自然に足を止めた。

 

「……ククルか」

 

 燃えるような赤髪をポニーテールに結んだ、快活そうな女の子。近づいてきた彼女は、息を整えながらも目を輝かせていた。制服は確かに違うが、首元のバッジと仕草で分かる。応援乗務だ。

 

「お久しぶりです! えっと、驚きました。まさかこの便で会えるなんて……!」

 

「どうしたんだ。ここはハワード財閥系列の旅行会社じゃないだろ」

 

 リュウジがそう言うと、ククルは「はい!」と勢いよく頷いた。

 

「そうなんですけど……この会社、ハワード財閥の旅行会社とパートナーシップを締結しているんです。それで、応援として何名か派遣されてて……私もその一人で」

 

「なるほど。それで応援に来たのか」

 

「はい!」

 

 ククルは笑顔のまま、少しだけ首を傾げる。

 

「それにしても……リュウジさんが修学旅行って、なんか違和感ありますね」

 

 言った直後、ククルの顔色が変わった。

 

「あっ、ち、違います! その……おかしいとか、馬鹿にしてるとかじゃなくて……!」

 

 両手をわたわたと振って訂正しようとする。勢いが良すぎるところは相変わらずだ。

 

 リュウジは、思わず口元に笑みを浮かべた。

 

「別に構わない」

 

「……す、すみません」

 

「俺も自分でそう思う」

 

 ぽつりと付け足すと、ククルは一瞬きょとんとしたあと、ふっと笑った。張り詰めていたものがほどけた笑いだ。

 

「ですよね。なんか……不思議です」

 

 リュウジはククルの足元をちらりと見た。小走りで来た割に、今は落ち着いて立っている。呼吸も整えるのが早い。

 

「今回は走ってないんだな」

 

「へ?」

 

 ククルが間抜けな声を出す。リュウジは淡々と続けた。

 

「昔、応援に行った便で走って、子どもとぶつかって……パニックになったことがあっただろ」

 

 ククルの頬が少し赤くなった。思い出したらしい。

 

「……ありましたね。あの時は……本当に……」

 

 ククルは小さく笑い、視線を落とす。

 

「ペルシアさんに助けられました」

 

「暴れてたけどな」

 

 リュウジがそう言うと、ククルは「うっ」と詰まり、すぐに苦笑した。

 

「……暴れてましたね……。でも、私のために、あそこまで怒ってくれる人がいたの、嬉しかったんです」

 

 その言葉は軽くない。ククルの声は、いつもの弾む調子のままなのに、芯がある。リュウジは一瞬だけ、昔の班の空気を思い出した。

 

 タツヤ班長。エリン。ペルシア。

 あの班は、厳しさと温かさが同居していた。誰かが転びそうになったら、叱るより先に手が伸びる。その手を伸ばした本人が、あとで「自分で立て」と言うような――そんな人間ばかりだった。

 

「タツヤ班長も、エリンさんも、ペルシアも……あの班は、みんな守ってくれたな」

 

 リュウジが呟くと、ククルはすぐに頷いた。

 

「はい。本当に……あの班のメンバー、大好きでした」

 

 “でした”という言い方が、ほんの少しだけ胸に引っかかる。過去形にするには、まだ近い。けれど、きっとククルなりに区切りをつけて進んでいるのだろう。

 

 リュウジは、通路の先を見た。乗客が数人、窓側に寄って景色を見ている。修学旅行の学生たちが、写真を撮り合っている。普通の光景だ。

 

「……今の仕事はどうだ」

 

 リュウジが聞くと、ククルは表情をぱっと明るくした。

 

「楽しいです! 大変なこともありますけど……前より落ち着いて対応できるようになった気がします。前は、何かあるたびに焦って、声も大きくなって……」

 

「自覚はあるんだな」

 

「ありますよ!」

 

 ククルは胸を張る。

 

「ペルシアさん、口は悪いけど……ちゃんと見ててくれてたんだなって思います。怒られたのも、今なら分かります」

 

「……それならいい」

 

 リュウジが淡々と言うと、ククルは少しだけ表情を柔らかくした。リュウジの言葉が褒め言葉に近いことを、ちゃんと理解している。

 

 そして、ククルは思い出したように身を乗り出した。

 

「そういえば! 聞いてください!」

 

 リュウジは眉を上げる。ククルは嬉しさを抑えきれない顔だ。

 

「エリンさん、副パーサーに上がったんですよ! たった数ヶ月なのに! すごくないですか!?」

 

 その言い方は、誇らしげだった。まるで自分のことみたいに。ククルにとってエリンは、ただの上司ではなく“道しるべ”に近い存在なのだろう。

 

 リュウジは即答した。

 

「エリンさんなら、不思議じゃないだろ」

 

「ですよね!」

 

 ククルは何度も頷く。

 

「私、最初聞いた時、びっくりしたんですけど……でも考えたら、そりゃそうだって。あの人、現場の空気を読むのも早いし、困ってる人を見つけるのも早いし……何より、乗客を安心させる声があるんです。あれ、真似しようとしても真似できなくて……」

 

 ククルの言葉が熱を帯びていく。リュウジはその熱量を聞きながら、静かに頷く。エリンの声は確かに、ただの技術ではない。経験が刻まれている声だ。危険を知っているから、怖がらせずに伝えられる。

 

「……お前も、いいところで学べてる」

 

 リュウジがそう言うと、ククルは少し照れたように笑った。

 

「えへへ……。でも、私、まだまだです」

 

「その方がいい」

 

「はい!」

 

 ククルは元気よく返事をし、ふと時計に目を落とした。勤務中なのを思い出したらしい。すぐに姿勢を正す。

 

「あっ、すみません! 私、そろそろ担当区画に戻らないと……」

 

「行け」

 

「はい!」

 

 ククルは一歩下がり、丁寧に頭を下げた。前よりも“形”が整っている。さっきまでの小走りはどこへ行った、と思うほど、今は落ち着いた乗務員の動きだ。

 

「……リュウジさん」

 

 去り際に、ククルがもう一度だけ呼びかけた。

 

 リュウジが視線を向けると、ククルは少しだけ真面目な顔になった。

 

「修学旅行……変だって言っちゃいましたけど。……なんか、いいですね」

 

「何がだ」

 

「リュウジさんが、ちゃんと学生してるの。……それ、見れて良かったです」

 

 その言葉は、褒めるための言葉ではない。安心した、という声に近かった。リュウジは一瞬だけ言葉に迷い、そして短く返した。

 

「……そうか」

 

 ククルは満足そうに笑い、「失礼します!」と今度こそ職務モードで小走りに去っていった。

 

 リュウジは、しばらくその背中を見送ってから、通路の窓に映る自分の顔を見た。

 

 学生。修学旅行。

 自分の口から出ると、やはりまだ違和感はある。

 

 ――けれど。

 

 誰かがそれを「いい」と言った。

 そして自分も、どこかでそう思い始めている。

 

 リュウジは小さく息を吐き、歩き出した。席へ戻るために。

 “普通”の帰路へ戻るために。

 

ーーーー

 

 六月に入ると、ロカA2の空は妙に重たくなった。

 

 コロニーの気象制御は本来、安定しているはずなのに、ここ最近は雨の日が続いている。窓の外に広がる空は薄い灰色で、ガラスに落ちる水滴が一定のリズムで流れていく。誰かが「梅雨の設定なんじゃない?」と笑っていたが、確かにそんな感じだった。

 

 放課後、メノリは生徒会室の机に肘をついて、書類の束に赤ペンを入れていた。時計はもうすぐ十九時。外は雨のせいで薄暗く、廊下の灯りがやけに白く見える。

 

 ふいに、端末が震えた。

 

 表示された名前に、メノリは一瞬だけ目を細める。

 

「……ハワード」

 

 通話ボタンを押す。

 

『メノリ! 今、いいか!?』

 

 耳元に飛び込んできた声は、いつもより少し高い。テンションが高いようで、どこか息が浅い。興奮と不安が混ざった声――メノリは、すぐにそう判断した。

 

「落ち着け。どうしたんだ」

 

『いや、落ち着いてるよ!? 落ち着いてるんだけどさ! ……明日なんだよ、正式に“外”の人が来るの』

 

 外。――演劇の学校の関係者か、父親の知り合いの元役者か。それとも、編入先の面接に近い何か。

 

 メノリはペンを置き、背筋を伸ばした。

 

「……見せるのか」

 

『うん。僕の“今のやつ”を。……やばいよね?』

 

「やばくない」

 

 即答すると、ハワードは一拍だけ黙った。

 

『……そういう即答、ずるい』

 

「ずるくない。お前が不安なのは、分かる。だが不安=駄目じゃない」

 

『……でもさ、笑われたらどうしようって』

 

「お前の演技を笑うやつは、見る目がない。以上だ」

 

『メノリってさ、ほんと強いよね……』

 

「強くない。必要なことを言ってるだけだ」

 

 メノリは窓の外に視線をやった。雨粒がガラスを滑る。静かで、冷たくて、落ち着く音だ。

 

「それで、今日は何があった」

 

『あっ、それ! 聞いてよ!』

 

 途端に声の色が変わる。ハワードらしい。

 

『テーブルマナー、褒められた!』

 

「……テーブルマナー?」

 

『うん! ほら、僕、財閥の家だからさ。そういうのだけは身体に染みついてるじゃん? で、今日の昼にさ、指導の人と一緒に食事する機会があって……』

 

 メノリは「ふっ」と鼻で笑いそうになり、堪えた。

 

「それは“だけ”じゃないだろ」

 

『え?』

 

「お前が努力してるのを、私は知っている。礼儀だって、形だけじゃ身につかない」

 

 電話の向こうで、ハワードが「……うっ」と詰まった気配がした。褒められるのに慣れているはずなのに、メノリから言われると照れる――それも、もう何度目だろう。

 

『でもさ、マナー褒められても、演技は別じゃん……。演技の方は、まだ“何か違う”って言われるんだよ』

 

「何が違うと言われた」

 

『……“守りに入る”って』

 

 メノリの目が細くなる。

 

「当たっている」

 

『えっ、味方してくれるんじゃないの!?』

 

「味方だから言う。守りに入ると、声も身体も小さくなる。お前は普段、でかいのに」

 

『でかいって言うな!』

 

「事実だ」

 

 メノリは机に指を軽く打ち、言葉を選ぶ。感情論ではなく、ハワードが“次に動ける言葉”を。

 

「守りに入るのは、失敗したくないからだろ」

 

『……うん』

 

「失敗しろ。演技の失敗は、命を失わない」

 

 ハワードが小さく息を吸う音がした。

 

『……それ、リュウジみたいな言い方』

 

「私は私だ」

 

『でも、ちょっと救われた……』

 

 メノリは続ける。

 

「お前は今、“評価される場”に立とうとしている。怖くて当然だ。けれど、怖いからこそ、やる意味がある」

 

『……メノリ、なんでそんなに分かるの』

 

「分かる。私も同じだったからだ」

 

 ヴァイオリン。生徒会長。名家の娘としての期待。

 “やりたい”と“求められる”の間で、何度も揺れた。

 

「お前は、お前の舞台に立つ。――それだけだ」

 

『……うん』

 

 声が少し落ち着いた。呼吸も深くなっている。

 

『じゃあさ、明日……僕、やってくる。ちゃんと、守らないでやる』

 

「それでいい」

 

『メノリ、ありがと。……電話して良かった』

 

「くだらないことで折れるな」

 

『それ、励まし!?』

 

「励ましだ」

 

 ハワードが笑う。雨音に混ざって、遠くなる緊張が分かる笑いだった。

 

『あ、そうだ。マナー褒められたからさ……今度、メノリにも見せてやるよ。ちゃんとナイフとフォーク使える僕を』

 

「今さらだ。私は知っている」

 

『え、いつ見た!?』

 

「ブライアンさんの壮行会の時だ。覚えてないか?」

 

『……覚えてない! なんで僕、肝心なとこ覚えてないんだよ!』

 

「そういうところだ」

 

 メノリは小さく笑ってしまった。笑うつもりなどなかったのに、勝手に口元が緩む。

 

「ハワード」

 

『なに?』

 

「明日が終わったら、また連絡しろ。結果じゃない。お前がどう感じたかを聞かせろ」

 

『……うん。分かった。メノリ、約束ね』

 

「約束だ」

 

 通話が切れる。

 

 メノリは端末を机に置き、窓の外を見た。雨は相変わらず降っているのに、さっきより暗さが気にならない。

 

 ――背中を押す。

 

 簡単な言葉じゃない。けれど、ハワードは押されるだけの価値がある。押された分だけ、踏み出せるやつだ。

 

 メノリは赤ペンを取り直し、書類に視線を戻した。

 

 雨音の向こうで、どこかのコロニーの誰かが、明日の舞台に向けて息を整えている。そんな気がした。

 

ーーーー

 

 生徒会室の空気は、夜になると急に薄くなる。

 

 蛍光灯の白い光が机の上の書類だけを照らして、窓の外の雨音が、やけに近く聞こえた。メノリは最後のチェック欄に赤ペンで印をつけると、書類を丁寧に揃え、クリップでまとめた。

 

「……よし。ここまでだな」

 

 軽く背伸びをして、肩の力を抜く。端末の電源を落として帰り支度を――そう思った、その時だった。

 

 画面の端に流れた“おすすめニュース”の見出しが、目に刺さった。

 

【宇宙管理局の闇――危険任務の裏に“民間組織”の影】

 

「……なんだ、これは?」

 

 反射でタップする。

 読み込みの円が回り、本文が表示された瞬間、メノリは息を止めた。

 

 文字が、やけに具体的だった。

 

 “任務統括官”“宇宙ハンター”“スターフォックス”“スターウルフ”“医療船や輸送船を最前線に派遣”――

 どれも、表に出るはずがない。少なくとも、ここまでの粒度で出ていい話ではない。

 

「……っ」

 

 ページをスクロールする指が止まる。

 ある一文が目に入った瞬間、全身が冷えた。

 

 ――《元S級パイロットであったリュウジ氏に対し、要請に応じた責任を擦りつけようとした疑い》――

 

 机の上の空気が、凍る。

 

「ふざけるな……」

 

 メノリは端末を握りしめ、勢いよく通話履歴を開く。

 リュウジの名を押す。

 

 呼び出し音。

 

 ……繋がらない。

 

 もう一度。

 

 また、繋がらない。

 

「何故、あの男は電話に出ないんだ!」

 

 喉の奥から怒りがせり上がる。けれど、ここで怒っても何も変わらない。メノリは深く息を吸い、吐き、心拍を落とす。

 

 ――次。

 

 メノリは連絡先からルナを選び、通話をかけた。

 

『メノリ? どうしたの?』

 

 すぐに出た。ルナの声にはいつもの柔らかさがある。でも、メノリの息遣いの硬さを感じ取ったのだろう、次の言葉が早い。

 

『……なにかあった?』

 

「ルナ、大変だ。すぐにネットニュースを見てくれ」

 

『分かったわ! チャコ!』

 

 ルナの向こう側で、椅子の脚が鳴る音。すぐにチャコの声が割り込んできた。

 

『どないしたんや、ルナ』

 

『メノリが……ニュース見ろって。すぐに、ネットニュース』

 

『ちぃと待っとれ。……どれや?』

 

「“宇宙管理局の闇”だ。見出しにそう書いてある」

 

『……あ、出たわ。チャコ、それ』

 

 しばらくの沈黙。

 ページを開く指の音すら、こちらに届きそうなほど静かだった。

 

 そして――

 

『なんやこれ!?』

 

 チャコが叫んだ。

 メノリの背筋が、さらに冷たくなる。

 

『……これって』

 

 今度はルナの声。小さく、震えている。

 

「記事の内容、聞こえた。宇宙ハンターを集めてスターフォックスを設立、ブライアン捜索任務でスターウルフと関与、医療船や輸送船を最前線に……」

 

『ペルシアさん……』

 

 ルナが呟いた瞬間、メノリの中で点と点が繋がった。

 

 確かに、ペルシアがやった“現場判断”のいくつかは、外から見れば黒に寄る。

 だが――“この精度”はおかしい。

 

 チャコが画面を読み進めながら、怒鳴る。

 

『誰がこんな……! これ、内部の資料やないと書けへんやろ!』

 

『チャコ、落ち着いて』

 

 ルナが言う。声は震えているのに、落ち着かせようとする言葉の形は、もう“リーダー”のそれだ。

 

「ルナ、どう思う?」

 

 メノリが問うと、ルナは迷いなく答えた。

 

『おかしいわ』

 

『……どこが?』

 

『確かに、ペルシアさんがやったこと“自体”は書かれてる。だけど、正確すぎるの。時系列も、用語も、内部の呼び方まで。外の人が推測で書けるレベルじゃない』

 

 ルナが息を吐き、続ける。

 

『それに……“リュウジに罪を擦りつけようとした”って一文。あれ、誰も知らないはずよ。少なくとも――私たちが知ってる範囲では』

 

「つまり、内部告発者がいる可能性が高い、ということだろ」

 

 メノリが言うと、ルナは少し言葉を選んだ。

 

『……そこまでは断言できない。でも“内部の情報が外に出てる”のは確かだと思う』

 

『せやな。しかも、狙いが悪いわ。ペルシアの名前が出て、最後にリュウジに“擦りつけ”って――世論の矛先を、綺麗に作ってる』

 

 チャコの声が低くなった。冗談を言う時の軽さが消えている。

 

『メノリ、リュウジには連絡したんか?』

 

「電話はしたが繋がらない。ルナからもかけてみてくれ。頼む』

 

『ええ、分かったわ』

 

 ルナの端末の操作音。

 呼び出し……しかし、同じだ。

 

『……出ない』

 

 ルナの声が少し掠れた。

 メノリは歯を食いしばり、冷静を装う。

 

「チャコ、ラスぺランツァのメンバーに確認できるか」

 

『任せぇ。ウチも聞くわ』

 

 チャコの指が動く音。ルナの向こうで、メッセージ送信の小さな電子音が鳴った。

 

『……送った。エリンとマリとサツキ……あと、クリスタルにも飛ばした』

 

「……ペルシアさんは?」

 

『今んとこ、返事ない。てか、記事のせいで端末止めてる可能性もある』

 

『ペルシアさん……』

 

 ルナが小さく言った。

 その声に、メノリは思う。

 

 ルナは優しい。だからこそ、余計に傷つく。

 リュウジのことだけじゃない。ペルシアやエリン、タツヤ班長――“守ってくれた大人”が壊されるのを見るのは、きっと耐えがたい。

 

 メノリは声を強くする。

 

「ルナ、今は感情を優先するな。やることを決める。まず、リュウジの居場所を確認する」

 

『……うん』

 

「次に、情報源がどこか。少なくとも“学生”が介入できる範囲じゃない。だが、放っておけばリュウジが巻き込まれる。あいつは――」

 

 言いかけて、メノリは止めた。

 

 あいつは“断る”男だ。

 自分の正しさのために、平気で嫌われ役を引き受ける。

 そんな男が、今このタイミングで端末を取らないなら――。

 

「……嫌な予感がする」

 

『メノリ?』

 

「リュウジが、何かを一人で抱え込んでる可能性がある」

 

 ルナはすぐに言った。

 

『私、今からリュウジの家に行く』

 

「一人で行くな。危険だ。――私も行く」

 

『でも、もう夜も遅いし――』

 

「そんなもの、今は関係ない」

 

 メノリは机の上の書類を一瞥した。整えた紙の束が、妙に無力に見える。

 

「ルナ、家から出る前にチャコと確認しろ。誰かが張っている可能性がある。ニュースになったなら、記者が動いてもおかしくない」

 

『……分かった。チャコ、外、見られる?』

 

『せやな。ちょい待ち。」

 

 チャコが得意げに言って、すぐに真面目な声に切り替わる。

 

『……いま外の監視カメラ、覗く。……うん、今んとこ不審者なし。雨で人も少ないわ』

 

 メノリは立ち上がり、鞄を掴む。

 

「私は今すぐ出る。ルナは玄関で待ってていてくれ。合流してから動く」

 

『了解』

 

 その瞬間、チャコが短く息を呑んだ。

 

『……返事来たで』

 

「誰だ」

 

『エリンや。』

 

 チャコが画面を読む。

 

『リュウジに繋がらないなら、こっちでも確認する。ペルシアには――私も連絡が取れてない”……やって』

 

 ルナが小さく息を吸う音がした。

 

『エリンさんでも繋がらないの……?』

 

『せや。ほんで、マリも来た』

 

 チャコが続ける。

 

『“宇宙管理局内も大騒ぎだ。だが、リュウジが動いているなら止めるな。あいつは止まらない”って』

 

 メノリは眉をひそめる。

 

「マリさんがそう言ったのか」

 

『せや。……なんか、嫌な感じや』

 

 チャコの声が少し低い。

 

『あの人、冗談言う時でも“止めるな”なんて言い方せぇへん』

 

 メノリは、短く結論を出した。

 

「行くぞ」

 

『うん』

 

 ルナの返事は短い。でも、その短さが決意を示している。

 

 通話を切ろうとした、その直前――

 ルナが、ふと思い出したように言った。

 

『メノリ……これ、リュウジのS級パイロットの返上と関係あると思う?』

 

 ――S級を返上したばかり。

 宇宙管理局から距離を取った、その矢先にこのニュース。

 

 偶然とは思えない。

 

 メノリは、迷いなく答えた。

 

「関係ある可能性は高い。だからこそ、急ぐ」

 

『……うん。待ってるわ』

 

 通話が切れる。

 

 メノリは生徒会室の電気を消し、廊下に出た。

 雨音が、外の世界の不穏さを増幅させる。

 

 ――電話に出ない男。

 ――精度が高すぎる記事。

 ――繋がらないペルシア。

 ――そして、“止めるな”というマリの言葉。

 

 胸の奥が、嫌に冷たい。

 

 メノリは走り出した。

 雨に濡れるのも構わない。今は、一秒でも早く――リュウジの元へ。

 

 その頃、ルナの家では――チャコがもう一度画面を更新し、低い声で呟いていた。

 

「……最悪や」

 

 ルナが顔を上げる。

 

「なに?」

 

 チャコは、画面の一行を見せる。

 

 記事は、更新されていた。

 

【続報:関係者の匿名証言――“元S級パイロットは全てを知っていた”】【宇宙管理局、近日中に聞き取り開始か】

 

 ルナの喉が鳴った。

 

「……リュウジ」

 

 その名を口にした瞬間、胸の奥の何かが、音を立てて崩れた気がした。

 

ーーーー

 

 雨の粒が、コロニーの夜景をぼやかしていた。

 メノリと合流したルナは、チャコを抱えたまま小走りで住宅区画の通路を進む。湿った空気の匂いが、胸の奥にまとわりつくようで落ち着かない。

 

「……ここだ」

 

 リュウジの部屋の前。ルナが息を整えるより先に、メノリがインターホンを押した。

 反応はない。

 

 もう一度。

 ――無音。

 

 メノリの眉間がきつく寄る。

 

「……何をしているんだ、あの男は!」

 

「メノリ、口が悪いわよ……」

 

 ルナが小さくたしなめると、チャコが腕の中でもぞりと動いた。

 

「しゃあない、ウチがジャックして開錠したろか?」

 

「やめなさい、泥棒じゃないのよ」

 

「せやけどなぁ……。電話にも出ぇへん、ニュースは燃えとる、本人の家の前でインターホン押しても出ぇへん。これ、普通に“ヤバい”やろ」

 

 チャコの関西弁が、冗談みたいに軽く聞こえない。

 ルナは玄関扉を見つめた。鍵がかかっているのが、妙に頑固な意思みたいで、胸がざわつく。

 

 メノリが腕を組む。

 

「……もう少し待つ。無理矢理は最後だ」

 

「最後って言葉、今は聞きたくないなぁ」

 

 チャコがぼそりと零す。

 ルナは、その“最後”が何を指すのか分かってしまいそうで、口の中が乾いた。

 

 ――その時。

 

 通路の奥から、靴音がした。規則正しく、濡れた床を踏む音。

 3人は息を止めるように振り返る。

 

 角から現れたのは、フードを被った男だった。

 顔が見えた瞬間、ルナの肩がほっと落ちるのと同時に、怒りみたいな熱が喉元まで上がってくる。

 

「……ルナ?」

 

 リュウジは平然とした声で言った。

 その平然さが、逆に怖い。何も知らないのか、知っていて隠しているのか――どっちでも最悪だ。

 

「それにチャコと、メノリ……こんな時間に何かあったのか?」

 

 ルナが説明しようと口を開いた、その瞬間。

 

「お前は今まで何をしていたんだ!!」

 

 メノリの声が通路に響いた。

 リュウジが一瞬、目を瞬かせる。メノリの続きがさらに鋭い。

 

「電話にも出ないで! ――どれだけ心配したと思ってる!」

 

「メノリ、落ち着いて。近所迷惑だから……!」

 

 ルナが腕を伸ばして止めようとするが、メノリは一歩も引かない。

 怒りと焦りが混ざった目が、リュウジを刺す。

 

 リュウジは短く息を吐いた。

 そして、玄関の鍵に手をかける。

 

「……とりあえず、中に入れ」

 

 扉が開く。暖房の薄い熱が外の湿気と混ざり、ぬるい風が頬に触れた。

 ルナは足を踏み入れながら、部屋の中の様子を一瞬で探る。乱れてはいない。荒れた気配もない。けれど、空気が妙に“静かすぎる”。

 

 リュウジが扉を閉め、背を向けたまま言う。

 

「で。何があったんだ?」

 

 その声は淡々としている。まるで“今起きている世界”と少し距離があるみたいに。

 ルナは深呼吸し、言葉をまとめる。

 

「ネットニュース。『宇宙管理局の闇』って――」

 

 チャコが言葉を継ぐ。

 

「ペルシアがやっとったこと、内部レベルの精度で全部書かれとる。ほんで最後に、リュウジに罪を擦りつけようとした、とか、そんな一文まである」

 

 メノリが携帯端末をリュウジの前に突き出した。

 

「これを見ろ。……信じられないだろう? だが出ている」

 

 リュウジが画面を受け取る。

 読み進める目が、ほんの少しだけ鋭くなり――次の瞬間、彼の表情が割れた。

 

「……そんな事が起こっていたのか!?」

 

 驚き。

 それは演技の“驚き”ではなく、心底知らなかった人間の反射だ。

 

 ルナは、胸の奥がぎゅっと締まるのを感じた。

 ――本当に、何も知らなかった。

 だからこそ、なおさら怖い。知らない間に、巻き込まれていく。

 

「……どう思う?」

 

 メノリが低く問う。

 

 リュウジは画面を閉じ、端末をテーブルに置いた。

 そして短く、断言する。

 

「誰かがペルシアを陥れようとしてる。……それは確かだ」

 

 チャコの耳がぴくりと動く。

 

「やっぱり、そう思うか」

 

「この精度は異常だ。外の人間が書ける内容じゃない。内部から漏れてる」

 

 リュウジが眉をひそめる。

 その顔に、ほんのわずか“焦り”が滲む。

 

「こうなったら本人に聞くしかない」

 

 そう言って、リュウジは携帯を取り出した。

 指が迷いなく動く。表示された名前――ペルシア。

 

 コール。

 

 ……繋がらない。

 

 もう一度。

 

 ……繋がらない。

 

 さらに。

 

 ……繋がらない。

 

 呼び出し音が、部屋の静けさを削っていく。

 ルナは、リュウジの横顔を見つめた。指先が、いつもより強く端末を握りしめている。

 

「……くそ」

 

 低い声。

 リュウジが、こんなふうに感情をこぼすのをルナはほとんど見たことがない。

 

 メノリも息を呑む。

 

 チャコが口を挟む。

 

「無理や。エリンが何回も電話しても出ぇへんのや」

 

 リュウジの視線が跳ねた。

 

「……エリンさんが?」

 

「せや。ウチがさっき聞いた」

 

 リュウジは一瞬、奥歯を噛むような顔をして――それから、急にルナを見た。

 

「ルナ。ペルシアに電話をかけてくれ」

 

「え……?」

 

「……頼む」

 

 その“頼む”は、命令じゃなかった。

 頼らない男が、追い詰められて、必死に差し出した言葉だった。

 

「う、うん……!」

 

 ルナは端末を握り直し、ペルシアの連絡先を呼び出す。

 チャコがぼそりと言う。

 

「いくらルナが好かれとる言うても、出ぇへんやろ……」

 

 ルナは返事をせず、通話ボタンを押した。

 

 コール。

 コール。

 コール。

 

 ――やっぱり、繋がらない。

 そう思いかけた、その時。

 

『ルナちゃん、やっほー♪』

 

 明るい声が、あまりにも“いつも通り”に耳へ飛び込んできた。

 

「ぺ、ペルシアさん!?」

 

 ルナの声が裏返る。

 チャコが目を丸くする。

 

「出たんか!?」

 

 メノリも、信じられないものを見るように端末へ視線を寄せた。

 

『どうしたの? ルナちゃんが電話くれるなんて嬉しいわ。新学期どう? 元気にしてる?』

 

 その軽さが、逆に胸を刺す。

 ――この人は本当に変わらない。

 変わらないまま、どれだけのものを背負っているのだろう。

 

 ルナが言葉を探していると、リュウジが堪えきれず口を挟んだ。

 

「おい、ペルシア。俺だ」

 

 空気が変わる。

 ペルシアが一瞬、息を止めたような間があって――それから、わざと明るく言った。

 

『あー、リュウジも一緒よね。声で分かったわ』

 

「どういうつもりだ。エリンさんや俺の電話にも出ないで!」

 

 リュウジの語気が強い。

 ルナは思わず、端末を持つ手に力が入る。

 

『電話に出ないのは、リュウジには言われたくないわね』

 

「……っ」

 

 リュウジが口籠る。

 ペルシアが、くすりと笑う。けれど、その笑いはどこか薄い。

 

「おい!」

 

『分かったわよ。少しだけ。私も忙しいんだから』

 

 リュウジが、息を吐いて声を落とした。

 

「何があった。大丈夫なのか?」

 

 返事がない。

 沈黙が、数秒。

 そしてペルシアが、急にトーンを下げた。

 

『……ネットニュース、見ちゃったのね』

 

「ああ。だから聞いてる。大丈夫なのか」

 

『ねぇ、リュウジ』

 

 呼ばれた名前が、妙に遠い。

 ペルシアの声が、静かに揺れる。

 

『最近、時々思うのよね。ドルトムント財閥にいた頃が、一番楽しかったなって』

 

 リュウジの表情が、少しだけ緩む。

 

「……そうだな」

 

『タツヤ班長がいて、エリンがいて、あんたがいて。ククル、カイエ、エマがいて……』

 

 ルナは、その名前の連なりに、胸が熱くなるのを感じた。

 “仲間”と言える人たちの輪。その中心に、確かにペルシアはいた。

 

『あの時は毎日が幸せだった。……でも私は、ドルトムントの組織に嫌悪して。皆を守るために宇宙管理局に転職したの』

 

「そうだったな……俺も、そう思う事がある」

 

 リュウジの声が、少し掠れる。

 

『あの時は楽しかったなぁ』

 

 ペルシアの声が震えた。

 “泣いている”のではない。泣くことすら許さないように、自分の声を押さえつけている震えだ。

 

『でもね。後悔はしてない』

 

 リュウジが、焦るように言う。

 

「……ペルシアが、後悔したことがあったのか?」

 

『ないわね』

 

 即答。

 それが痛いほど強がりに聞こえる。

 

『最後に、エリンやリュウジ、タツヤ班長を救えたんだもん。もう満足よ』

 

 その言葉に、ルナの背筋が冷えた。

 “満足”――その言い方は、まるで終わりを決めているみたいで。

 

「ペルシア! 何とかしてやる! 何があった、どこにいる!」

 

 リュウジの声が跳ねる。

 彼の焦りが、部屋の温度を一気に下げる。

 

『ありがとう。でも、リュウジはやりたい事があるんでしょう?』

 

 ペルシアが静かに言う。

 

『首を突っ込まなくていい事があるのよ』

 

「……しかし!」

 

『もうS級でもないんだから、無茶しなくていいのよ』

 

「ペルシア……!」

 

 リュウジの声が、怒りと懇願の間で揺れる。

 彼は今まで、誰かにこれほど必死になっただろうか。ルナは、胸の奥が痛くなった。

 

 ペルシアが、少し笑う。

 でも、その笑いは寂しさを隠すための薄い膜だ。

 

『そうだ。エリンに“ごめんね”って伝えて』

 

「おい!」

 

『じゃあ、もう時間だから』

 

「ペルシア!!」

 

 リュウジの叫びが重なる。

 しかしペルシアは、最後にだけ、ふっと柔らかい声を落とした。

 

『やっぱり……エリンの言うとおり、リュウジは優しいね』

 

 その一言で、リュウジの喉が詰まったのが分かった。

 強い男の声が、言葉にならない。

 

『ありがとう、リュウジ』

 

 そして、ペルシアは――

 

『……ルナちゃんも。ありがと』

 

「ペルシアさん――!」

 

 ルナが叫ぶより早く、通話は途切れた。

 

 ツー、ツーという無機質な音だけが残る。

 

 しばらく誰も動けない。

 雨の音だけが、遠くで続いている。

 

「……」

 

 リュウジは端末を見つめたまま、拳を握りしめていた。指の関節が白い。

 それでも、彼は何も言わない。

 

 ルナは震える息を吐き、端末を胸元に抱え込む。

 あまりにも“いつも通り”で、あまりにも“終わりみたい”な声だった。

 

 チャコが、低い声で呟いた。

 

「……これ、あかんやつや」

 

 メノリが唇を噛む。

 

「……リュウジ」

 

 リュウジはゆっくり顔を上げた。

 その目は、さっきまでの平然さが嘘みたいに燃えている。怒りと恐怖と――それ以上に、守れなかった悔しさが混ざった目。

 

「……探す」

 

 短い言葉。

 でもそこに、決意が詰まっていた。

 

「俺は、もうS級じゃない。……だからこそ、“勝手に守られる側”にはならない」

 

 ルナの胸が、熱くなる。

 それは怖さではなく、胸の奥のどこかが奮い立つ熱だった。

 

「リュウジ……」

 

 ルナが小さく呼ぶと、リュウジは一瞬だけ視線を揺らし、すぐに戻す。

 

「ルナ、チャコ。メノリ。……今夜は帰れ。危ない」

 

「嫌よ」

 

 ルナは即答した。自分でも驚くほど迷いがない。

 

「私たちだって、仲間でしょう」

 

 メノリも頷く。

 

「私も同意だ。放っておけると思うか?」

 

 チャコが、ふっと笑った。

 

「ほな、決まりやな。ウチらで出来ること、全部やる」

 

 リュウジは、ほんの少しだけ目を細めた。

 その表情は“優しさ”よりも、覚悟に近い。

 

「……分かった」

 

 彼は端末を握り直す。

 もう一度、ペルシアの番号を開こうとして――指が止まった。

 

 繋がらない。

 分かっているのに、指先が勝手に“かける”方へ行く。

 

 リュウジは歯を食いしばり、端末をテーブルに置いた。

 

「……くそ」

 

 その声が、さっきよりずっと小さい。

 怒りではなく、祈りに近い無力さだった。

 

 ルナは、そっと一歩近づく。

 何か言いたいのに、言葉が出ない。

 

 代わりに、チャコが言った。

 

「リュウジ。ペルシア、ウチらのこと嫌いちゃう。せやから、ルナの電話だけは出た。……つまり、完全に切る気はない」

 

 リュウジが、苦い顔のまま頷く。

 

「……だからこそ、余計に嫌な予感がする」

 

 メノリが静かに言う。

 

「“時間だから”……あれは、何の時間だ」

 

 誰も答えられない。

 答えが、怖すぎるから。

 

 雨音が、窓を叩く。

 その規則性が、まるでカウントダウンみたいに感じられた。

 

 リュウジは立ち上がった。

 いつもより背筋がまっすぐで、目の奥が鋭い。

 

「……今から動く」

 

 ルナは、頷いた。

 

「うん。私も行く」

 

 チャコが小さく笑って、しっぽを揺らした。

 

「ウチもや。……今度は、置いてかれへんで」

 

 メノリは短く言う。

 

「行こう。時間を奪われる前に」

 

 そして三人は、リュウジの部屋の中で――確かに同じ方向を向いた。

 誰かが仕組んだ“闇”に飲まれないために。

 あのいつも明るい声を、二度と“最後”の声にしないために。

 

「……ペルシア」

 

 リュウジが、祈るように名前を呼ぶ。

 

 返事はない。

 それでも、彼の目は折れなかった。

 

 ――静かな部屋の中で、ただ一つ。

 端末の画面だけが、冷たい光を放っていた。

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