森の朝は、静かに始まる。
木々の間から差し込む光が、テントの布地を淡く染めていた。
「良いのか?」
「うん。今日の朝食は私が作るね!」
マサカズの気にかけに、リーフは頷いて答えるとエプロンを巻き、意気込んで調理器具を並べる。
昨日のマサカズの料理に感動した彼女は、負けじと腕を磨こうと決意し朝食を一人で作ろうとしていた。
「フシギダネ、あの木の実取ってきてくれる?」
「ダネッ!」
フシギダネが器用に“つるのムチ”で枝から実を引き寄せる。
キャタピーも、地面に落ちた実をコロコロと転がして運んでくる。
「ありがと、キャタピー。……ふふ、かわいい」
マサカズは少し離れた場所で、ピカチュウとヒトカゲの模擬訓練を見守っていた。
ミュウは空中でくるくると回りながら、リーフの調理風景を眺めている。
『リーフさん、やる気ですね』
「……だな」
そうして、リーフが作った朝食は、森の木の実を使ったカレー風味のリゾットと、フシギダネが見つけてきた香草のサラダであった。
ピカチュウが一口食べて「ピカァ!」と跳ね、ヒトカゲも「カゲッ」と尻尾を振って喜ぶ。
マサカズも一口食べて、静かに頷いた。
「……悪くない。味のバランスも取れてる」
「ほんと!? やった!」
ミュウも満足そうに食べており、キャタピーはリーフの膝の上で小さく跳ねていた。
──食後
リーフはキャタピーとの連携訓練に取り組む。
「まずは、“いとをはく”の精度を上げよう。木の枝に向かって、まっすぐ!」
キャタピーが糸を放つが、軌道がぶれて枝を外す。
「うーん……じゃあ、少し近づいてみようか」
距離を調整しながら、何度も繰り返す。
やがて、糸は枝に絡みつき、キャタピーがぶら下がることに成功する。
「できた! すごいよ、キャタピー!」
──次に“たいあたり”の訓練。
リーフは木の幹に的を描き、キャタピーに突撃させる。
「低く構えて……今!」
キャタピーが幹にぶつかり、的の中心を捉える。
リーフは両手を挙げて喜んだ。
「やった! キャタピー、すごいよ!」
キャタピーは照れくさそうに、リーフの足元にすり寄る。
その仕草に、リーフはそっと膝をついて抱きしめた。
「……ありがとう。あなたと出会えてよかった」
その様子を、マサカズは少し離れた場所から見守っていた。
焚き火の前でナイフを研ぎながら、静かに呟く。
「……仲間との絆ってのは、こうやって育まれていくものなのかもしれないな」
ミュウがふわりと浮かび、マサカズの肩に乗る。
『リーフさん、いいトレーナーになりそうですね』
「……ああ。あいつは、ちゃんとポケモンの声を聞ける」
森の風が、静かに吹き抜ける。
絆は、確かに芽吹いていた。
──森の昼下がり。
リーフはキャタピーとの連携訓練を終え、サムライ少年とのバトルに臨んでいた。
サムライはカイロスを繰り出し、鋭いハサミを鳴らす。
「昨日の借りを返すでござる。リーフ殿、尋常に拙者と勝負願いたい!」
「もちろん。キャタピー、いこう!」
リーフは頷き、キャタピーをそっと地面に下ろす。
サムライは驚いたように目を見開いた。
「キャタピーで……カイロスに挑むでござるか?」
自身もキャタピーを持っているサムライだけに、その使い勝手の悪さを理解していたので、まさかカイロスに当ててくるとは思わなかった。
しかし、リーフは勝つつもりだったのである。
「カイロス、“はさむ”!」
「キャタピー、“いとをはく”!」
「無駄でござる!」
キャタピーの糸はまっすぐにしか飛ばせないことを理解していたサムライは、カイロスをジグザグに動かせながら接近させる。
こうすることにより糸がカイロスに絡みつくことはないと、サムライは不敵に笑う。
だが、リーフの狙いは別にあった。
「キャタピー、いとを上の枝に巻きつけて、回り込んで!」
キャタピーは木の枝に糸を絡みつけて舞い上がると、ターザンのようにカイロスの背後へ移動し、回り込む。
「もう一度、“いとをはく”! 今度は、カイロスの目を狙って!」
糸がカイロスの視界を奪い、動きが鈍る。
「しまった……!」
「キャタピー、“たいあたり”! 続けて、いとを吐いてカイロスを木に縛り付けて!」
キャタピーがカイロスを木に押しつけると、今度は糸で木の周りを一周しカイロスを縛り付ける。
「“たいあたり”をカイロスに連打よ!!」
キャタピーの連打攻撃が決まると、カイロスは戦闘不能となる。──その瞬間、キャタピーの体が光に包まれた。
「進化したのね……トランセル……かわいい……!!」
リーフは目を輝かせながら、色違いのトランセルを抱きしめた。
その体はオレンジ色に輝き、静かに羽化の準備を始めていた。
一方のサムライは唖然としていた。まさかこのような方法で負けるとは夢にも思わなかったのである。
「……どうやら侮っていたのは拙者の方でござったようだ」
カイロスを戻し、キャタピーを繰り出す。
「拙者も、キャタピーで勝負するでござる!」
リーフはトランセルを続投。
だが、勝負が再開されようとしたその時──ブゥゥゥン……森の奥から不穏な羽音が響いた。
森の奥から、羽音が此方に近づいて来る。
「まずい、スピアーの群れでござる……!」
サムライが叫ぶ。
次の瞬間、無数のスピアーが空を覆い、襲いかかってきた。
その数は尋常ではなかった。
「リーフ!!」
「きゃあっ!」
マサカズが駆け寄り、リーフを抱きかかえて“どくばり”を回避する。
「逃げるぞ、リーフ。これは不味い!」
「うん……!」
だが、違う方向からもスピアーが群がり、逃げ道を塞がれる。
マサカズはピカチュウとヒトカゲを繰り出し、連携してスピアーを撃退していく。
リーフもまたフシギダネを繰り出し、“ねむりごな”で応戦し、なんとか退路の確保に成功しようとしたその時──一体のスピアーが、リーフのトランセルを掴み、空へと舞い上がった。
「トランセル!!」
リーフが叫び、追いかけようとする。
だが、マサカズが肩を掴んで止める。
「リーフ、落ち着け。もうすぐ日が暮れる。今取り返そうと動いていったら、闇討ちに遭ってやられるだけだ」
「でも……でも……!」
リーフはその場に膝をつき、涙をこぼす。
「私の……はじめてできた仲間なのに……!」
マサカズはそっとリーフの肩に手を置き、静かに言った。
「大丈夫だ。必ず迎えに行こう。明日の朝一番で、取り返す。サムライ……」
サムライが頷く。
「スピアーの巣の場所は拙者が知っている。案内するでござる」
リーフは涙を拭いながら、マサカズの言葉に頷いた。──その夜、マサカズ達はサムライの家で一晩を明かすことになった。
リーフはトランセルのいない寝袋を見つめながら、静かに呟いた。
「待っててね、トランセル……絶対、迎えに行くから」
リーフは奪われた絆を取り戻すことを決意する。
マサカズも窓の外を見つめながら、にじいろのはねをそっと握りしめた。
夜の森に灯る誓いは──決意の朝へと続いていく。
夜が明けたトキワの森──朝露が葉を濡らし、空気はひんやりと澄んでいた。
マサカズとリーフは、サムライ少年の案内でスピアーの巣へと向かっていた。
リーフの瞳には、決意の光が宿っていた。
「トランセル……今行くから」
サムライは地図を広げながら言う。
「巣はこの先の断崖の上。昨日の襲撃は、繁殖期による気性の荒さが原因でござる。慎重に行かねばならぬ」
巣に到着すると、マサカズはすぐに異変に気づいた。
(タマゴが大量にある。これはまずいな……)
リーフは木の傍にいたトランセルを発見すると、駆け寄り抱きしめる。
「トランセル! よかった、無事で……!」
トランセルは涙を流しながら、リーフにすり寄った。
その瞳には、見捨てられたかもしれないという不安と、再会の喜びが混ざっていた。
しかし、いつまでも感動の再会に浸ってる場合ではなかった。
「急いでここを離れるぞ」
マサカズがリーフの肩に手を添え、急いで離れることを促す。
それは彼の勘が警鐘を鳴らしていたからである。──しかし、一歩遅かった。
突然、巣に居るタマゴたちが動き始めると無数のビードルが孵化し、一斉にこちらへと視線を向けてきたからである。
「……来るぞ!」
眠っていた親スピアーたちも目を覚まし、羽音が森を震わせる。
「全員応戦だ。ピカチュウ、“十まんボルト”! ヒトカゲ、“かえんほうしゃ”! ミュウ、“はどうだん”!」
マサカズの指示で、ポケモンたちが応戦する。
だが、多勢に無勢。押し返すには限界があった。
──その時、一体のスピアーがリーフに向かって急降下し襲い掛かってくる。
「リーフ!」
マサカズがサムライから借りた刀を構え、スピアーを叩き落とす。
「マサカズ!!」
「俺が殿になる。逃げろ、リーフ!」
その様子を見ていたリーフは、覚悟を決めて立ち止まる。
「私は、あなたに助けられた。だから、今度は私があなたを助ける!」
リーフはフシギダネを繰り出し、“ねむりごな”で多数のスピアーを眠らせる。
ミュウ、ピカチュウ、ヒトカゲ、フシギダネの連携で、残りのスピアーたちも徐々に後退していく。──だが、上空ばかり気にしていたため地上に目がいってなかったのである。
近寄ってきたビードルの一体がリーフに“どくばり”を放とうとしてきたのである。──しかしその瞬間、トランセルが身を挺して“たいあたり”しリーフを守った。
「トランセル……!」
(これだ……!)
マサカズは奇策を思いつく。
「リーフ! トランセルに全力で“いとをはかせてくれ!”」
「っ……分かった! トランセル、“いとをはく”!」
「ミュウ、“サイコキネシス”でトランセルのいとを操るんだ!」
『わかりました!』
ミュウが“サイコキネシス”でトランセルを持ち上げ、空中を移動させながら糸を操ると、巨大なネットが完成し、地上のビードルたちを包み込み捕縛に成功する。
「やったな、リーフ!」
「うん……トランセル!」
──その瞬間、トランセルの体が再び光に包まれる。
「進化……!」
羽が広がり、色違いのバタフリーが姿を現す。
ピンクがかった体に、緑色の瞳――美しく、力強い姿だった。
「……どうやら勝負は拙者の負けでござるな」
その様子を見ていたサムライは、静かに言った。
──スピアーの巣からの脱出劇を終えた翌朝。
マサカズとリーフは、トキワの森の出口で別れの挨拶を交わしていた。
「色々と世話になったな、サムライ」
マサカズが礼を述べると、サムライは兜を正しながら頷いた。
「拙者も、主らとの出会いで学ぶことが多かったでござる。拙者もキャタピーをバタフリーへ進化させるまで、この森で修行を続ける所存」
リーフは笑顔で手を差し出す。
「今度会ったら、また勝負しようね。もちろん、バタフリー同士で!」
「その時は、拙者も負けぬよう精進しておくでござる!」
三人は笑い合い、別れを告げる。
ニビシティへと向かう道すがら、リーフの色違いバタフリーが空を舞い、ミュウがその後を追うように跳ねていた。
「……トランセルの時より、ずっと自由そうだな」
「うん。あの子、飛ぶのが嬉しくて仕方ないみたい」
マサカズは静かに頷いた。
「仲間は、こうして成長していくんだな」
そして、ニビシティの門が見えてくる。
街の空気は森とは違い、石造りの建物が並び、ジムの存在感が街の中心にどっしりと構えていた。
「ポケモンセンターで一泊して、明日と明後日ぐらいでジム挑戦の予約を入れよう」
「うん。私ももうクタクタ。一休みしてから、バタフリーとフシギダネで挑戦してみたい」
──翌日。
マサカズはジムの受付に立ち、挑戦を申し込む。
受付が笑顔で案内すると、岩壁に囲まれたバトルフィールドへと通される。
「挑戦者、マサカズさんですね。ジムリーダー・タケシが対戦を受けます」
タケシが現れる──その落ち着いた瞳と、鍛えられた体はマサカズの知る姿そのものであった。
彼がはじめに出したポケモンは、イシツブテであった。
「岩タイプの洗礼、受けてもらうぞ!」
マサカズは静かにモンスターボールを構える。
「ヒトカゲ、行くぞ」
マサカズにとって、初のジム戦が始まろうとしていた。
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