「ふぁぁ」
俺は大きなあくびをした。
4限が終わってようやく昼休みに突入したが眠気がすごくてそれどころじゃなかった。
眠い、食欲よりも睡眠欲を優先したかった。どこか空いている教室でも探して昼寝でもするかそう考えていると。
「おーい、つくみーん」
遠くからうるさい奴の声が聞こえた。
おれのことをつくみんと呼ぶ奴は1人しかいない。そして、そいつは無視すれば余計にうざく絡んでくる。
ため息をついて諦めて足を止めた。程なくしてその人物は俺の下へとやってきた。
「やっほぉーい。つくみん!」
目の前にいるというのに、手をブンブンと大きく振ってそいつーー國坂麻希は太陽を彷彿とさせるような満面の笑顔を見せてくる。
「お前は相変わらず元気の塊みたいな存在だな。見ているだけで瀕死の状態からHPが全回復しそうだよ」
「それって、褒めてる? 褒めてるってことで言い? ね、いい?」
「顔を近づけるな國坂」
ズイッと顔を寄せてくる。俺その頭を押さえて引きはがした。
こいつ彼氏持ちだって自覚あるのか? いやこいつのことだ。友達ならこれぐらいのスキンシップは普通なんて考えてそうだ。
「むぐっ、ひどーい」
俺が嫌がっているのがようやくわかったのか、離れてくれた。
「それで、またなんか用か」
普段こいつは人助けに奔走しており、俺の前に姿を見せることは少ない。そんな國坂がわざわざおれのところにやってきた。嫌な予感しかしない。
それでも聞いてみないことには話は始まらない。
「うーんとね、つくみんさ。匠と喧嘩した?」
「何のことだ」
意表を突く質問に鼻白みながらも平静を保って聞き返す。
「うーん最近どうにも浮かない顔をしてたからちょっと気になって」
「ちょっと気になるとどうして俺が原因になるんだ」
「匠が悩むときって決まって誰かを困らせた時とか傷つけた時だから」
笑顔を引っ込めて真顔で告げた。こいつはたまにこういう顔をする。普段はお茶らけているくせに他人の心、その核心を突くときは決まって別人かのように真面目な顔するのだ。
こういう顔をされると俺はどういう訳だか嘘を付けない。
「喧嘩はしていない。ただ、俺と話していた時になんか癇に障ったみたいだった、と思う」
確信が持てなかったので最後はなんだかお茶を濁したかのような表現になってしまった。
「なんて言ったの」
「確か、俺がファンタジー小説にはまっていることを伝えて」
「え、そうなの」
「ああ、って。今は関係ないだろ」
「ごめんごめん、続けていいよ」
「それで俺が……なんだっけ。ああそうだ。悪魔って話題を口にした時に急に感じが悪くなったんだ」
「ほうほう。なるほどね」
思い当たる節があるのか顎に手を添えて得心がいったような顔をしている。
「なにかわかったのか?」
「うん。わかった。でもつくみんには言えない」
「ここまで言わせといてそれはないだろ」
「ごめん。でも言えないよこれだけは」
いつになく真剣な表情だ。あの國坂が、である。
「でもようやく納得がいったよ。そういうことなら、うん、ちゃんと仲直りしてね。私も手伝うからさ」
「仲直りって言われてもあっちが勝手に機嫌悪くしただけの話じゃないか。しかも理由もわからずどう仲直りしろっていうんだよ」
「匠はもう怒ってないよ。むしろへこんでいる最中。匠が面倒くさい性格しているのはもう知っているでしょ」
「ああ」
匠は意外と繊細な性格だ。自分が悪いと思えばとことん自分を責める。骨の髄まで真面目なやつなのだ。
彼女である國坂がそういうなら、そうなんだろう。であれば俺が頑なに強硬な姿勢を取る必要もない。そもそも俺は怒ってなどないが。
「わかった。ちゃんと仲直りするよ」
「ならばよし! 今度3人でおでかけね」
「おい、なぜそうなる」
「え? だって2人にするといつまで経っても仲直り出来ないでしょ?」
「そんなこと……ないぞ」
言い切りたかったが途中で自信をなくして言葉に詰まる。
「嘘、ぜっーたいうそっ」
「ああもう、わかったもうそれでいいから。ただし、最近用事が立て込んでいるから日時は相談させてくれ」
「最初からそう言えばいいのよ。今度電話するから必ず出てよね、じゃね!」
来た時と同じように嵐のように國坂は消えていった。
それから俺は午後の講義を受け終えると一度家に帰って準備を整えてとある人物の元へ向かった。
姫駒大附属私立姫駒高校。町内で1番デカい由緒ある高校だ。
ちょうど下校の時刻のため校門前は人でごった返している。
俺はその校門の前に陣取り、手元のスマホに視線を落とす。
そろそろ来る頃だと思うのだが……。
目当ての人物は見えない。
もう一度メッセージを送ろうかと悩んでいると、校門の向こう側から小走りでやってくる人を視界に収める。
程なくしてその人ーー、御共さんは息を切らしながらたどり着いた。
「はぁはぁ、す、すみません。お待たせしました」
「大丈夫。時間通りだよ」
「本当にすみません。帰り際にクラスメイトに捕まってしまって……」
「気にしてないから平気平気。それよりさ、変じゃないかな?」
「あの、似合ってますよ?」
「そ、そうか。浮いていないなら安心だ」
俺の格好を御共さんが褒めてくれる。
しかし、褒められれば褒められるほどに恥ずかしさは増すばかりだ。
何を隠そう、今俺は他校ではあるが男子用の高校制服に袖を通している。
どちらかといえば幼い顔立ちのためギリギリ高校生のように見えるはずだ。
何故、俺が20歳になったにも関わらず高校生になりきっているのか、その理由は時を遡ること1日前のことだ。
俺は電話をかけていた。相手は御共さんだ。
「もしもし、月深です」
「月深さん……? どうかされましたか?」
突然の電話に御共さんは少し困惑気味のようだ。
落ち着いて話ができるようゆっくりと丁寧に声を発した。
「この前言っていた件についてなんだけど……」
「あ、はい。そのやっぱり駄目、ですよね」
ゆっくりさが却って不安感を与えたようだ。
「いやいや、違う逆です。引け受けます。そのために電話しました」
「ほ、本当ですか? よろしくお願いします!」
電話越しでも頭を下げている光景が予想できる。
御共の喜びように俺も少しだけ嬉しく思いながら話を続ける。
「それで詳細に話を詰めたいんだけど……」
こうして、俺は御共さんと登下校時の護衛を引き受けることになった。
ただ、護衛にあたって一つの問題があった。
護衛を行うにあたって重要なのは護衛する者が護衛対象から離れないことだ。
しかし、同性ならともかく俺たちは異性だ。ましてや年も離れていて、御共さんは高校生。
いくら切羽詰まっているとは言え見知らぬ男が御共さんのそばいるのは体裁がよくないだろう。
どうすれば、自然に御共さんの護衛を行うか、それが最大の壁になってしまったわけだ。
頭を悩ませる俺に御共さんは容易く解決の糸口を提供してくれた。
「月深さんが高校生になればよいのではないでしょうか?」
「はぁ?」
予想の斜め上を遥かに超えていった提案を前に素っ頓狂な声をあげてしまった。
「わ、わわごごご、ごめんなさい……」
電話越しの御共さんを怯ませてしまったので謝罪を交えつつ詳しい話を聞いていく。
「ごめん、意外な解答が来たから……。それで俺が高校生になるって言うのは?」
「す、すみません。高校生になるっていうのは言葉の綾でして」
「うん」
「その、失礼かもしれないのですが月深さんは大変お若く見えるので制服さえ来てしまえば多少大人びていても雰囲気で誤魔化せられると思ったんです」
若く見えるという点と大人びているという点で矛盾していないかとツッコみそうになりつつもそこは今関係ないので抑えるとして、なるほど御供さんの意見は名案ではある。
「ごめん、俺高校の時の制服捨ててる……」
それは俺が未だ高校生だった時の制服を持っていればの話だった。名案ではあったがそうは問屋が卸さなかった。
卒業してすぐに俺は制服を捨ててしまっていたのだ。こうなるとわかっていたらとってもいたことだが、まあ、未来のことなど誰にもわからないので仕方ないだろう。
己の行動に落胆する俺だったが御共さんは更なる手を用意していた。
「大丈夫です。私の知り合いに去年卒業した方の分を持っていると聞き及んでます。そこからお借りしましょう」
2手、3手先をよんだ対応に俺は内心で舌を巻く。これなら問題ないか。
「わかった。それでいこう」
「今日のうちにメッセージを送って持ってきてもらいます。明日は間に合いませんが……」
「いや、それなら大丈夫。例の悪魔を呼ぶ紙はまだ持ってるかな?」
「はい、持ってます。ですが、それをーー、あっ」
最初は計りかねていたようだが素早く俺の狙いを察してくれたようだ。
「お察しの通り、制服を魔法陣で送ってきてくれ。休み時間とかに送ってくれればいいから。そうしたら放課後から迎えに行くよ」
「わかりました。そうさせていただきます」
そうして俺は送られた制服を身にまとい御供さんを迎えに行き今に至るという訳だ。
「やっぱり気になるなあ……」
校門近くで男女2人が話す様子は目立つようで先程からチラチラと好奇の視線が送られている。
本当にそういう関係なら大して気にする必要もないのだが、仕事という性質上からも今の俺の状態を鑑みると恥ずかしさゆえに少しばかりいたくもあった。
おまけにコスプレ状態でもありなかなかに周囲の目線が気になる。
おっとあまり自分の姿を気にしていては不審に思われるだろう。早々にこの場を後にして護衛任務を始めよう。
「気にしてても始まらないよな。ごめん行こうか」
「はい、月深さん」
二人並んで歩き始める。今、俺たちは高校生という設定で恋人のふりをしている。これなら余計な違和感を当たることなくそばにいられるという理屈だ。
「手は繋ぎますか?」
頬を赤らめてこっそりと聞いてくる。普段ならその表情に俺も動揺するところだが、それが演技のためとわかっているため少しだけドキッとするだけで済んだ、あくまでも少しだけだ。
「え、いや、そこまではしなくていいんじゃないかな。いざって時動きにくくなるわけにいかないしね」
「わかりました。あ、家はこっちの方です」
「了解。ちなみにここからどれくらいなの?」
「徒歩で15分ほどです」
「そうなんだ。ちょっと遠いね」
御供さんの誘導に従ってなるべく自然に付き添う。高校のある大通りから少しそれて住宅街の真ん中へと向かう。
ごく普通の住宅街が続いている。道幅広いが死角は多く突然の襲撃に対応できるかは少し不安だ。
いざとなれば周囲の家屋に入り込んででも対応するつもりだが、それは近隣の無関係の住民を巻き込むということだ。
できることならそれは避けたいところなのであくまでも最終手段。ひとまずは護衛任務に徹しよう。
チラリと横目で御供さんを見る。
先ほどあったときは緊張しつつも表情は明るかった。
しかし、今はその逆。表情は暗くどこか硬い。歩行もだんだんと大股になり足早になっている。
ここら辺がおそらくそうなのだろう。それがわかるからなるべく早くこの場を離れたいらしい。
俄然経過を強める俺。
その彼女が突然足を止めた。
肩を震わせ顔を打つ向かせており一向にその場から動き出そうとしない。
「御供さん?」
更に話しかけようとして俺は凍り付いた。
感じたのだ、粘りつく汚泥のような視線を。
右を見て左を見て後ろを振り返る。何もない。誰もいない。なのに感じる。誰かから見られていると。
未だかつて味わったことのない怖気だった。全身の毛が総毛立つ。鳥肌も立っている。
これは、確かにきつい。想像以上にきつい。
男のそれも悪魔の俺がこうなるのだから御供さんがあれほど怯えるのも納得というものだ。
ここから一秒でも離れたいと思う。
なるほど、一刻も早くどうにかしてほしいと思う訳だ。
でも今の俺にはどうにもしてやれない。できることがあるとすれば。
「行こう、御供さん」
彼女の手を掴んで引いてあげる。それくらいだった。
「ぁ……」
御供さんは抵抗しなかった。ただなされるがままに歩き始める。
俺は振り返らなかったただ前だけを見てずっと歩いた。
すると御供さんが足を止めた。そのまま引き摺るわけにはいかないので俺もまた足を止める。
やはり怖いのだろうか、声をかけるよりも早く御供さんは口を開く。
「あの、ここです」
「え、ここ?」
意味が分からず俺は聞き返す。
「ですから、ここが私の家です」
一心不乱に歩き続けた俺は危うく御供さんの家を通り過ぎるところだったらしい。
いつしか視線も感じなくなっており、まばらではあるが人の往来もあった。そこにはただ日常があったのだ。
俺はそれに内心安堵した。
「ごめん通り過ぎるところだった。止めてくれてありがとう」
「いえ、こちらこそご案内してくださり本当にありがとうございました。……それでその……」
「ん?」
「い、いえ。明日もよろしくお願いします」
彼女は深々と頭を下げるとそそくさと家の中へと入っていた。それを見送った後俺も自分の家へと戻ることにした。