正門を抜けて中へ入る。向かう場所の見当はついている、体育館だ。俺の目からしてもわかるくらいなほどに尋常ではないオーラが漏れ出ているからだ。
わかりやすい案内に従って、邪魔なく体育館の前に着いた。
結界を壊したことから敵にはもう俺たちの存在はバレていることだろう。なのに妨害が入らないのは中で待ち構えているから。
であれば何の策も持たずに進行するのは愚の骨頂。さて、「いくわよ」、どうしたものか。
「え」
堂々とお嬢様が体育館の扉を開け放つ。
「ちょっとお嬢様ぁ!?」
当然俺の声に聞く耳なども持たず歩いて行ってしまった。
慌てて追いかける先にいたのは体育館を埋め尽くさんばかりに佇むローブの人間たち。
「ようこそ、クロセル姫」
その中の一人が前に進み出て恭しく一礼する。
お嬢様はその者をじろりと睨む。
「下賤なものが来やすく私の名前を呼ばないでもらえるかしら」
「これは失敬。悪魔の礼儀など知らないもので」
クツクツと笑う。同調するように後ろに控えているものたちも笑った。中には指をさして下品に笑い転げたりと明らかに馬鹿にした態度だ。
「それが最後の遺言になるけどいいのかしら」
「それは試してみないとわかりませんな。化け物の姫」
「苦しんで死にたいようね」
「本気を出してもらわないことにはこうした甲斐がないのでね。では挑ませてもらおう、われら英雄の血を引くものその生き様と力を見るがいい」
「ちょっと待ってもらおうか」
今にも戦いが始まりそうな雰囲気だったので割って入らせてもらうことにした。
「ふん? なんだね君は」
「何の役にも立たない金魚のフンよ」
「俺はこちらにおわすお嬢様の下僕だ、ってお嬢様、それはないでしょう!?」
「え、事実じゃない」
キョトンとした表情で何の悪びれもなく言った。
ぐぬぬ、確かに否定はできないけがこういう場ぐらいはかっこつけさせてくれてもいいんじゃないのか!?
という言葉はグッと飲み込んで聞きたいことを口にする。
「一応間違っているとあれだから確認させてもらいたいんだが、御供結乃という人をさらったのはお前か?」
「その通りだ。あの少女を気にするということはやはり貴様も目をかけていたということか」
「目をかけていたとはどういう意味だ?」
「ふん、とぼけても無駄だ。君たちも彼女の中にある神器、原初の裁定(ドーン・トライア)に興味を持っていたのだろう?」
「神器、御供さんが……?」
英雄派は力あるものを様々な手を弄して陣営に加え入れて拡大を図っていると聞く。御供さんが攫われたのも神器持ちであるから、ということであれば確かに納得だ。
「じゃあ、彼女は無事ということだな」
「彼女は彼女は貴重な存在だ。むろん無事だとも。それにしても悪魔の癖に人間の安否を気にするなど変わったやつだな。ははん、さては転生悪魔だな。いまだ人間らしい感情を抱くなど愚かだな」
「愚かでも何でも俺にとっては大事な人でな、悪いが返してもらうぜ。御供さんはどこにいる?」
「そうは簡単に教えられないな。知りたければ我々を倒してみたまえ」
「上等だ。あとでやっぱり無しっていうのは聞かねえからな。いくぜ、変身っ!」
掛け声とともに俺の右手に神器が宿る。
「ほう、神器か。だが……」
ローブを目深にかぶっているせいで表情はうかがえない。しかし、今やつが失笑したのが俺にはわかった。
「ただの龍の手(トゥワイス・クリティカル)如きでいったいどうするつもりかね」
「うるせぇ、てめえらなんかこれで十分だっつーの」
「ねえ、もういいかしら」
横合いから苛立ったようにお嬢様が割って入った。
「お嬢様……ええ、もう大丈夫です」
お嬢様の言葉に頷いて目の前の敵に向き直る。
「余興は十分だろう。こちらとしてもそろそろ我慢の限界だ。さあ、始めようか。いくぞ化け物ども!」
この場にいるローブのものたちが各々武具を取り出して構える。そのどれもが危険なオーラを放っており英雄と呼ぶにふさわしい出で立ちだ。
また、あるものはその手を掲げ魔法陣を構築する。名だたる英雄と魔術の徒が同じ敵を前に並び立つ。
俺もまた、身構え突撃しようとしてお嬢様に手で制される。いったい何のつもりなのかその意図が読めずお嬢様の顔を見る。お嬢様は俺を見なかった。
ただその表情に恐れの色はなく冷淡な目で敵を見据えている。
敵が攻勢に出るコンマ数秒前、お嬢様の背後に魔法陣が出現する。直後五十を超える魔法陣から魔力の塊が射出された。降り注ぐそれらは火炎であり、水流であり、雷撃であり、突風であり、光線であった。
雨あられのごとく解き放たれた魔力の奔流は何の慈悲もなく英雄派の下へと向かう。
回避、防御と方法は様々だが英雄派たちは素晴らしい反応を見せた。凡百の兵であればその一撃でくたばるであろう魔力の波を半数以上の者たちが凌いで見せたのだから。
流石は上級悪魔と言ったところか。恐れと感嘆を覚えつつも彼らは次は我らの番だといきり立つ。が、濛々と立ち込める煙の中に見えたのは三十を超える魔法陣。それを構築せしめたのはやはりお嬢様であり、驚愕に目を見開く英雄派たちにまたもや容赦なく降り注いだ。
今度もまた英雄派たちは見事に凌ぎ生き残る。だが、今度は両手で数えられるほどにしか残っていない。
たったの2撃で壊滅状態に陥った彼らだが単に物量的な攻撃に押されたわけではない。お嬢様が放った攻撃が先のもと性質が違うことに気付いたのは果たしてどれほどいたことだろう。
少なくとも俺はなんとか気づいていた。それは他人事の用に傍観していたからこそ理解できたものだったが。
一度目、お嬢様はおそらくランダムに属性の異なる魔力の攻撃を繰り出した。続く2度目、お嬢様は属性を替えて攻撃した。ランダム性ではなくそれぞれに対して最も効果的と判断した魔力に換装して打ち放ったのだ。
なぜ1回目と2回目とで変えたのかそれは1回目はただの様子見だったから。初撃に対して英雄派たちがどのような反応を見せるのか、何を苦手としてしているかを把握するためであったのだ。
実際に属性によってはお嬢様の攻撃を完全に無効化しているものもいた。例えば俺が見たのは手に持つ剣で炎を吸って見せる者がいた。おそらくあの剣は炎を吸収して無効化する能力があったのではないかと思う。
お嬢様は2回目の攻撃を行う際に1回目の反省を生かして対象となる相手の不利な別の属性で攻撃を行った。
それによってさっきとは比べ物にならないほどに損害を出してしまったのだ。
恐るべきはその魔力量。あれほどの攻撃をしておきながらお嬢様は息1つ切らしていない。
淡々と機械のように全く無駄なくおこなわれるその行動は殺戮以外の何物でもなく、目の前で繰り広げられる光景を前にようやくその結論に至るころには50人を超える英雄派はついに一人となっていた。
そう、英雄派と呼ばれる武闘派銃弾はただの1人の少女を前に立ち直る暇もなくあっという間に壊滅したのだ。
唯一生き残り、お嬢様の前で項垂れるように膝をつくやつは一番最初に俺たちに啖呵を切ったものだ。
「どうして生かされているかわかる?」
「拷問にかけるためだろう?」
「その通り。頭が回るやつは嫌いじゃないわ」
「ならわかるだろう。我々は思い通りなどなってやらないとな!」
口を噛みしめて言うその仕草は悔しがっているものではなくまるで勝ち誇っているようで、俺はその言葉の真意を捉えられずにいた。
眉を顰める俺を他所に、お嬢差は冷静に手を伸ばすとその手から水流が迸る。
それはローブのやつの口元まで伸びてするりと口腔内に侵入した。
「うごっ、おぼぼぼぼっ」
陸の上にいながら口の中は水で満たされ苦しげに喉元を掻きむしる。
「やっぱり、毒ね。その手口は資料で見たわ」
お嬢様がタクトを振るうように軽やかに手を振るう。ローブのやつの口から水が流れ出ていく。
喘ぐように空気を求めるやつの下までお嬢様は寄って頭髪を掴むと自身の頭の位置まで持ち上げる。
「さて、それじゃあ洗いざらいぶちまけてもらいましょうか」
「ひっ、ひぃぃ」
「私の領土に何の断りもなく土足で踏み込んだのだから、当然覚悟はできているわよね」
そういうとお嬢様は酷薄な笑みを浮かべた。
それからお嬢様による尋問は始まった。
当初拷問と聞いていたので相当なまでに痛めつけるのかと思いきや、実際はそうでなく傷1つ付けることはなかった。
だが、お嬢様がしたことには人間に対する尊厳をこれ以上ないくらいに貶しめる行いであった。
「次、構成員の数は?」
「あえ? ひゃはひゃはひゃにん!」
「構成員の数は?」
「んーんーんー、ろじゅー9ぅ?」
「ふぅん、そう。ここにいる数と足りないようだけど?」
「そそそそ、せはぁーー」
声を詰まらせながらローブのやつが答える。白目を剥き、垂れる鼻水と涎。何がそんなに楽しいのかずっと笑ったままだ。
はっきりいってその様子は正気を失っているもののそれであり嫌悪感を覚えずにはいられない。
先ほどまではあんなのではなかった。理性を保ち確固とした自我を持つ1人の人間だったのだ。
それが、お嬢様が一度魔力をその身に流した途端にああなってしまったのだ。正気を失った彼はただ言われるがまま答え続けるのみ。
お嬢様はそれを見て顔色一つ変えることなく質問をしている。俺はそれを見て吐き気を覚えずにはいられなかった。
「次、御供結乃っていう小娘はどこにいる?」
「たーくかんそーこ? うひゃひゃほりら」
「もう、いいんじゃないんですか」
たまらず俺は口を挟む。いくら敵とはいえこんな扱いはあんまりだ。
「下僕の癖に口を挟むとはいい度胸ね。なにがもういいっていうの?」
「だから、聞きたい情報は十分に聞けたでしょう。もし聞き足りないならその人を元に戻してからでもいいんじゃないんですか」
俺にとって重要な御供さんの居場所は聞き出せた。これ以上はもう見るに堪えない。
「何を言っているの。これはもう壊れているわよ」
「え、いや、でもっ」
「今は言葉を何とか介しているけど時期にそれも出来なくなる、歩くこともね。そうそう、しばらくしたら呼吸をすることすらもままならなくなるわね」
「なっ……」
「まあ、確かに聞きたいことは聞けたしこれ以上は無用ね。何より汚いし」
ポイッとその辺にペットボトルでも捨てるかのように放り投げた。
「殺さないんですか」
「それに何の意味があるのかしら?」
「……っ、お嬢様には情というものはないんですか」
「急に何を……。ああ、そういうこと。あんた同情してるのね。ならあなたが殺してあげればいいじゃない」
「それは……、でも、お嬢様が……!」
「思うだけでなぜ行動に起こさないのかしら。そんな安い同情で他人を慮ったつもり? 私のこといろいろ言ってくるけどあんたも大概人のことを見下しているじゃない」
「違う、……俺は違う」
「なら、示してみれば。違うならできるでしょ」
できるかできないかだったら……できる。人を殺したことはないけど、人を殺すための道具ならそこら辺にいくらでも転がっている。だからできるはず。
俺は手近にあった剣をつかみ取るとその刃の間合いまで近づく。ローブの人は光を浴びて鈍く光る剣を前にしても逃げない。ただ不思議そうに見るだけで恐怖も感じていないようだ。
「はあっ……はあっ」
剣を掲げる。あとは振り下ろすだけだ。それで済む。なのにいつまで経っても振り下ろす炉という単純な動作を実行に移せない。
「はあっ……はあっ」
さっきから妙にうるさい息遣いがすると思ったらそれは自分のものだった。
「どうしたの? 殺さないの?」
うるさい。声にならない音が漏れていく。喉がひりついて妙に乾く。
うるさい。うるさい。俺はやれる。やってやるさ。欠片ほどの殺意をその手に込めて俺は決意を固めた。
しっかりと首を見据えてーー目と目が合った。
カランと剣が音を立てて落ちた。俺の手から零れ落ちた。
「ぇう?」
無傷のそいつが俺を見上げる。その視線が痛くて俺は目を背けた。
「殺さないの?」
「俺はお嬢様と違う。お嬢様みたいにならない」
「そう。ご立派なことね」
俺は意味のない人殺しなんてしない。あんなふうに嬉々として殺したりはしたくない。
つい熱くなってしまったが今はそんなことよりも重要なことがあるのだから。
奴は言った。御供さんは体育館倉庫にいると。きっと不安で胸を一杯にして助けを待っているはず。今すぐ救い行かねば。
姫駒小学校はかつて俺が通っていた小学校だ。あのころからだいぶ時間経っているがなんとなく間取りは覚えている。
確かーー、倉庫はあっちの方だったか。
その予想は大当たりで、御供さんはすぐに見つかった。手足を縛られており動けないよう拘束されている。
急に開け放ったので驚くかと思いきや御供さんは静かだ。慌てて駆け寄り状態を確認する。どうやら気絶しているだけでほっと息を吐く。
呼びかけても反応がない。いつまでもこんなところにいるわけにはいかないので失礼ながら抱きかかえさせてもらい倉庫から出る。
「お嬢様……?」
対して時間は経っていないはずなのにお嬢様はそこにいなかった。いったいどこに。まさか、敵か!?
ありえない話ではない。曲がりなりにもここは敵の本拠地である。
いかにお嬢様が強いと言えどもしもということもある。あんなんでも俺の主だ。見捨てることなんてできない。
俺は少し迷って御供さんを体育館に残すと外に続く出口からソッと様子をうかがう。俺は息をのんだ。またしても起きた凄惨な光景に。
「なんで、どうして転移ができないんだ」「なによこの結界、私知らないわ!?」「だれかどうにかしろ。ここからだせ!」
わめきたてるローブを被ったものたち。男もいれば女もいて、共通しているのは何かに怯えているということ。
彼らを追い詰めるその相手はというと、不敵な笑みを表情に張り付けてゆっくりと迫っていた。
「悪魔め、死ね!」
退くに退けなくなった彼らのうちの1人が魔術をもって抵抗を試みる。
それが放たれるよりも早く魔力の塊が魔術ごと術者もろともに打ち砕いた。
「ひぃ」
生徒たちが楽しく遊ぶはずの小学校の校庭が戦場と化し恐怖が渦巻く。
ローブのものたちが恐怖に当てられて抜け出そうとするが出られることはなかった。
「なんで、なんでだ」
「知りたい?」
見えない壁を必死にたたく男の背後に現れたのは女性の悪魔。
「あ……あ……ぁ……」
「最初に張っていた結界。あれを私が乗っ取り再構築させてもらったわ。より強力なものにね」
「たす……たすけ」
「はい」
ボン。魔力が男の頭を吹き飛ばす。
「苦しみから助けてあげたわよ、これで満足してもらえたかしら。……さて」
足を向ける先は残り1人となってしまった最後の敵。
「た、頼む見逃してくれ、望むものなんでも差し出すから……な、何が欲しい? 金か?」
「いらない」
「なら、なんだ? 何が欲しい?」
「そうね。強いて言うならあなたの命」
「あ……ひ、ひ……ぃぃ……」
泣きわめき、懇願する相手なぞ彼女は歯牙にもかけない。魔力をもって必殺の一撃を下す。
「これで全部。ふぅ……数だけの雑魚処理って疲れるわねぇ」
敵を倒しきると戦闘マシーンのような彼女は鳴りを潜め、肩を揉んでクールダウンを始めた。
「お嬢様……」
俺を見てお嬢様は眉をひそめた。
「ノコノコと現れて何よ、見ていただけ? 手伝いなさいよ。ったく使えない」
悪態をつくお嬢様を前に俺は何も言えない。いや、言いたいことがあるけどそれを口にしてしまう前に喉の奥で止まってしまうのだ。
「言いたいことがあるなら言ったら」
「あの……」
「月深さん」
背後から聞き覚えのある声。振り向くと御供さんが立っていた。
「御供さん、起きて、いや、歩いてもう大丈夫なのか」
「は、はい。なんとか。……月深さんが助けてくれたんですよね」
「あー、俺がっていうかお嬢様が、かな」
そういえば、御供さんはお嬢様と面識がなかったっか。逆を言えばお嬢様も御供さんと会うのは初めてだ。
ないとは思うが勘違いして御供さんを襲いかねない。先に紹介すべきか。
「御供さん、こちら俺の――俺の雇い主? かな」
お嬢様の下僕でっていうのはさすがにちょっと情けないのでそこは伏せて話す。
「お嬢様、こちらは今回の依頼主の」
「あなたが御供結乃ね?」
「え、はははい」
いつに増して緊張しているようで声が裏返っていた。無理もない、攫われていたなどという事情を斟酌するでもなく普段通りの冷たい態度で接しているのだから。
「そう、手間が省けてよかったわ」
「そそそ、それはどういう……?」
「こういう意味よ」
それは全く突然のことだった。お嬢様がごく自然に何の敵意も殺意も見せずに魔力の塊を放つ。
「え?」
俺も御供さんも反応できなかった。一直線に最速で走るそれは目には止まっても誰の手に納まることはない。
残酷に欠片の迷いもなく本当にただ真っすぐに御供結乃を貫いた。