ハイスクールDxD Lane Age   作:楓栞

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18話

 屋敷の周りに人気はない。正門から中の様子を確かめると明かりがついているということもなく無人であることがわかる。

 まだ黒瀬は俺のことを探し回っているということだろう。なら、今が絶好のチャンス。

 

 悪魔としての身体能力を遺憾なく発揮して正門を飛び越え侵入を果たす。

 それから暗闇に紛れるように庭を駆け抜けて建物へと入る。

 中も明かりは点いておらず使い魔の姿もない。一見不用心に思えるがこの先はきっと監視カメラがあるだろう。

 

 慎重さを要する局面が続くだろうが決して不可能ではないはず。ここまで来てさえしまえばあとはもうすぐなのだ、びくびく怯えて無駄に時間をつぶすよりも最短で部屋に向かって悪魔の駒を奪取する方が先決。

 

 そう判断して2階へと真っすぐに駆け上がる。黒瀬の部屋、その地図は頭の中にある。

 何の障害もなく行き着くと勢いよく扉を開け放ち、俺は扉の向こう側にいた黒瀬の攻撃を真正面から受けて吹き飛ばされた。

 

 突然の衝撃に何の構えも受け身を取れず壁にぶち当たる。

 ……痛ぇ、でも命はある。咄嗟に、本能的に呼び出した籠手がなんとか間に合って緩衝材になってくれたようだ。でも、もう――。

 

「ネタはもうお終い、でしょう?」

 ゆっくりと扉の向こうから黒瀬はやってくる。

「どう、して……」

 

「あんたわかりやすいのよ。そこのガキさらった時点で蘇生を目論んでいることはわかっていたわ。で、次の質問は俺より早くここにいるのは何故ってところかしら、でもさっきの答えがそのままこっちの答えになっているから説明はいらないでしょう」

 当然と言えば当然の帰結。来るあるいは来たとわかっているなら転移をして一瞬で来られる。焦りのあまりそんなことも失念していたとは。自身の至らなさに歯噛みする。

 

 そうだ、そんなことより御供さん、御供さんはどうした。先ほど吹っ飛ばされてしまった際に御供さんが腕の中から離れてしまっていた。

 右を見て、左を見て御供さんを探す。いた、手を伸ばせばすぐそこにいた。

 よかった、怪我はしていないようだ。

 

「待ってろ、今助けるからな」

「まだ、立ち上がるというの。わからないわねそんな小娘にいったい何の価値があるというの」

「価値だって? ――なんだそれ、ちょー笑えるな」

「笑っている……いったい何がおかしいっていうの」

「いや、なに。寂しい奴だと思ってな」

「何を言って……いや、そんなことはもうどうでもいい。あんたはもう死ぬんだから。それですべてお終い」

「どうかな、それはやってみないと分からないんじゃないかな」

 

 黒瀬の手に魔力が集まっていく。とても危険なオーラだ。

 一点に凝縮して塵も残さず消し飛ばすつもりのようだ。

 はは、大見得切ったがこれは避けられないな。こうなりゃ一か八か吶喊してって、俺いつもそればかりだな。

 

 まあ、いっか。それが俺の取り柄だから。……頼むぜ、俺の神器。最後の最後だ、俺に力を貸してくれ。

「はいはーい、ちょっとタンマ!」

 一触即発、絶体絶命。そんな窮地に聞こえたのはこの場にそぐわない呑気な声だった。

 

「宗方、お前何のつもりだ」

 いったいいつの間にかそこにいたんだろう。

 声が聞こえたと思いきや俺と彼女の間に割って入り、両者の腕を抑えている。

 

「いやいや、こーんなやっばい状況見たらそりゃ止めますって」

「おどけるな、それととぼけるな。私はなんのつもりだと聞いている」

「おぉ怖い怖い」

 

 肩をすくめた宗方だったが次に口を開くとき、浮ついた気配は自然と消えていた。

「困るんですよ、彼を殺されたら。誓ってそれだけです」

「だからそちらに着くと」

「違います」

「はぁ? どういうことよ」

「結末に納得がいかないんですよ。こんな風にあっさりと死んでもらわれたら、ね」

「いちいち、わからないやつね。つまりなによ、見逃せっていうわけ?」

「そうしてくれたら助かりますけど、聞き入れてはもらえないでしょう?」

「よくわかっているじゃない。そう、無理。天地がひっくり返ってもあり得ない。はい、交渉決裂。わかったらどいて」

 

「そういうと思いまして私から提案があるのですが」

「却下するわ。さ、どいて」

「安心してください、実にスマートなやり方ですよ」

「あ、そう。どかないならあんたごと殺すことになるけどいいの?」

「…………………………逃げるんですか? あのルーナ・クロセルというものが」

「なに……?」

 

 それまでの殺意を僅かばかりに鈍らせて黒瀬が宗方さんを見る。

「いや、失礼。大人しくどきますよ。クロセル様は実に短期で引け腰のようですから」

 一方の黒瀬はというと青筋を浮かび上がらせんばかりに頭に血が上っているようだ。さっきから目元を引きつらせながら歯ぎしりしている。

 

「答えろ、いつ、私が逃げたと?」

「今ですよ。たった今」

 烈火のごとく燃え盛る怒りに晒されて尚宗方は余裕を失わず笑みを絶やさない。

 

「つまるところあれなんでしょう? あなたは月深さんが怖いんだ。こんな不意打ちじみた真似をしないと勝てない。だからこのような手段に打って出たのでしょう」

「…………」

 黒瀬は静かだった。ショックを受けているからなんて生易しい理由からではない。今にも手を出さんばかりに宗方さんに向ける敵意を抑えるのに必死だからだ。

 

 そんな黒瀬を他所に宗方さんはその殺意の火を煽るように燃料を注いでいく。

「あ、そうそう。確かクロセル様って一度下級の悪魔に負けたことがおありなんでしたっけ。それも確か悪魔に成りたての……お名前はなんて言いましったっけね」

「そこの男共々どうしても私に殺されたいようね宗方……」

「死ぬつもりなんてありませんよ。ので、どうでしょうここは1つ賭けをしませんか?」

 

 ようやくといったところで本題を切り出した。相当怒っていた黒瀬だが宗方の提案に興味を覚えたのか先を促す。

「内容は?」

「クロセル様と月深さんの一騎打ち。勝ち負けはどちらかが気絶するか死亡するか。場所は地下のトレーニングルーム。あなた様にかけてもらうのは悪魔の駒」

「あんたたちが賭けるものは?」

「無論、月深さんの命、それと私の命でいかがでしょう」

 

 チラリと宗方さんが俺を見やる。

 相手が賭けるものとこちらが賭けるものは天秤にかけるものとしてはあまりに不釣り合いなものだ。

 

 でも、俺は迷わず同意の頷きを返す。宗方まで巻き込んでしまうことに抵抗を覚えなくもないがこの場で蒸し返す真似をするつもりはない。

 ここは宗方の判断に従うとして黒瀬の回答を待つ。

 

「いいわ、承諾する」

 迷わず黒瀬は誘いに乗った。

 これによってとりあえず今すぐに殺されるという窮地は脱した。

 どうせ殺されるという運命が、負ければ殺されるという運命にすり替えられたにすぎないかもしれないが。

 

 まぁ、この状況で贅沢は言わない。勝ちの芽が僅かにでも生まれた。それだけでも行幸というべきだろう。

 加えて言うなら勝てば悪魔の駒がつくというオプション付き。一縷の望みにかけるものとしては十分すぎると言える。

 

「ただし、条件があるわ」

「その条件とは?」

「宗方、あんたの呪符の使用を禁止させてもらうわ。だって、そうでしょう。1対1の戦いに他所の力を借りて戦うなんてフェアじゃない。違う?」

「仰る通りですね、月深さんはどう思われますか?」

「まったくもってその通りだな、いいぜお前の言う通りにしてやるよ」

 

 黒瀬から逃げ出せたのは俺の実力じゃない。宗方の呪符があってこそだ。それを取られるということは勝ち筋を奪われることに他ならない。

 だけど御供さんの命がかかっている以上俺はその条件をのまなければならない。そうでなければこのまま殺されるだけなのだから。

 

「お前は真っ向から倒してやる」

「ほんの少し寿命が延びたぐらいで大きく出たわね。この後どんな吠え面かいてくれるのか楽しみだわ」

 黒瀬が右手を振るうと自身の足元に魔法陣が現れる。いや、彼女だけではない、御供さんの方にも魔法陣が現れて発光している。

 

「その肉塊はもらっていくわ。大事なんでしょ、それ。これがある限りあんたは逃げられない。代わりに30分だけ待ってあげる、精々知恵を振り絞って殺されるに来ることね。では待ってるわ」

「なっ、おい待ちやがれ!」

 俺の制止を聞くことはなく光とともに姿を消した。

 

「くそ、御供さんをもっていくなんて、勝手な奴め」

「まあまあ、時間を頂けたのだからいいではありませんか」

 宗方さんが笑みを浮かべながら慰めの言葉をかけてきた。

 相も変わらず飄々としているというかつかみどころのない人というか。

 

 なんにせよ重苦しい雰囲気が少し緩和したような気がした。

「確かに体力を回復させられるのは嬉しいですが、所詮は焼け石に水っていうか、勝ち目にはあまり影響はないような……」

「お二人の間には歴然とした力の差がありますからねー」

 

 へらへらとまるで他人事のように喋る宗方さん。

「あの……わかってます? 俺が負けたら宗方さんも死んじゃうんですよ……?」

「安心してくださいちゃんと逃げますので」

 安心ってそういう安心かい!

 

 呆れればいいのか感心すればいいのか、いや、ここはプラスに考えよう。負けても自分の命で済むと。

「それで勝算のほどはいかに?」

「呪符が使えないのは痛いですね。でも発動までのインターバルを考えると精々ブラフにしか使えなかったでしょうし……、あとはもうこいつで頑張りますよ」

 

 右前腕あたりをポンと叩いて見せる。

 強がりであることは当然宗方さんにもわかっているだろう。本当は俺が死の恐怖に怯えていることも。

 

 それでも弱気になっていても仕方ない。空元気でも己を奮い立たせるしかない。賽はもう投げられたのだから。

 俺の強がりをどう受け取ったのかはわからないが真面目な口調で宗方は言った。

 

「月深さん、これは前にも言いましたが神器は使用者の思いに応じてその可能性を拡げます。それをどうか忘れないでほしい。勝利の女神がどちらに微笑むのかはクロセル様でもわかりません。神器はそれほどの可能性を有しているのです。……すみません、少し話が長くなりましたね」

「いえ、最後に激励をありがとうございます。少し勇気が出てきました」

「であればよかった。それでは私は席を外すとしましょう。時間が近づいたころにまた来ます。それまではどうぞゆっくりと体を休めてください」

 

 宗方さんが出ていく。

 それを確認してから俺は壁に背を預けて座り込んだ。

 実のところ限界だった、疲れもあるだろうが先ほどから足の震えが止まらないのだ。

 

 情けない、今になって黒瀬に歯向かうことの恐ろしさを認識したのだ。どうしようもないほどに怖い。死にたくない、胸中にあるのはそんな後ろ向きの感情ばかり。

 本当に情けないと思う。でも、逃げることだけはしないつもりだ。

 

 最低でも自らの全力をかけて黒瀬に立ち向かう。そうでなければ、……そうでもしないと彼女に顔向けできない。

 まあ、彼女が向かった先は天国で俺がこれから向かう先は地獄だが、と自嘲する。

 そんなことを考えてしまうのもやはり恐れからだろうか。これ以上意味ないことに思考するだけの力を費やしても仕方ない。

 

 眠れはしないだろうが目を瞑るだけでも多少は脳も休ませることができる。なるべく無心になるように努めながら俺は座ったままの状態で瞼を下ろした。

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