あの場で話すには少し落ち着かなったのでトレーニングルームを後にして俺と御供さんは食堂を借りて話し合うことにした。
ちなみに宗方さんには黒瀬の介抱をしてもらっている。
黒瀬は死んではいないものの、やはりというべきか重傷なようで当分目は覚まさないようだ。
そっちの方が邪魔にならなくて済むので助かったと言えよう。
お高そうな椅子に向かい合って腰を下ろすと、順番に今回の件について話し始めた。全てを包み隠くことなく。
当然そこには御供さんが死んだことや誰に殺されてしまったのかも含まれている。
少々、いや、かなりショッキングな内容ではあるがうまいこと嘘をつく自信はないし、下手に嘘をついて露見したときに疑心を招きかねない。
仮にこの場は隠し遂せたとしてもいつかは自分で気づくはず。今後悪魔として生きる上でもどのみち避けては通れない。
だからたとえ彼女に恨まれようとも話すことにした。それに隠すことは御供さんの信頼を裏切ることになる。いろいろ考えた末の決断というわけだ。
たどたどしく話始め最初に殺されたことについて触れた際、御供さんは信じなかった。
だが、俺が証拠をいくつも並び立てることで御供さんの理解が進んでいくと認めざるを得なかったようで、取り乱す真似こそなかったがひどく落ち込んでしまう。
ひどく胸が痛くなったが、もう1つ話さなければならない重要なことがある。
時間を置いて御供さんが落ち着きを取り戻したところで切り出した。
「死んで生き返った……? もう人間じゃない? 悪魔? 突然そんなことを言われても私はどうしたら……」
自分が人間でなくなった事実は殺されたことよりも響いたようで、魂が抜けたかのように呆然としている。
「重たい事実かもしれないけど、ごめん、すべて本当のことなんだ」
御供さんが死んでしまった原因を作ったこと、知りたくもない真実を突きつけてしまったこと。
そのどちらもが自らの行いだというのに、御供さんに背負わせてしまったことを考えて俺は胸が張り裂けそうな痛みを覚える。
「私、これからどうなるんでしょうか……」
ポツリと言葉を漏らす。
現状を受け止めたからか、あるいは受け止められなかったからなのか。御供さんは先のことを考え出しているようだ。
ズキリとさらなる痛みが走る。
御供さんはまだまだ将来がこれからの少女なのだ。人間として生まれて人間として育ったごく普通の少女。
ありきたりかもしれないけど、それでも周囲の人達と暖かな関係を築きながら寿命を全うする。
なのに、望んでもいないのに殺されて悪魔に成った。
確かにあったはずの未来を、可能性を俺が詰んだのだ。到底許される行為ではない。一生を懸けてでも償いきれないだろう。
だからこそ言うんだ。
「どうにもならない、これから御供さんはごく普通の生活を送るんだ」
「え、え、え? できるん、ですか……?」
「ああ。知ってた? 人間社会には多くの悪魔が紛れ込んでいるんだ。俺だってそうさ、少し前に悪魔になったけどきちんと学生生活を送っているよ」
誇張ではない純然たる事実を伝えてほんのちょっとでも前を向けるように努める。
「そう、なんですね。てっきり私地獄か何かに連れ去られてしまうのかと」
「ないない。確かに地獄、とういか冥界なんだけど。あるにはあるけど俺たちは転生悪魔だからね。むしろ冥界の方から門前払いされるかも」
「……そうですよね。少し安心しました」
まだ落ち込んではいるだろうけど表情から少し暗さは抜けてきたようだ。
それがうれしくて俺はつい言葉を漏らす。
「たとえ何があっても……」
「はい?」
キョトンとする御供さん。続く言葉を待っているようだがこの先は本来伝えるつもりはない俺だけの覚悟のようなもの。
故に言うべきか否か悩み、一度言ってしまったものは仕方ないと半ばやけくそ気味に語る。
「何があっても、絶対に君だけは守る。何人にも脅かさせはしない。だから安心してほしい」
「ふぇ…………」
ああ、言ってしまった。内心羞恥にもだえ苦しみながらも放った言葉の行方を知りたくて御供さんの顔を窺う。
「……どうして顔を覆っているの?」
御供さんはどういうわけだか手で顔を覆っている。
その行動の意図が読めず聞いてみたのだが返事をしてくれない。
「あの、御供さん?」
「……ハッ、あの、いえ、なんでも! なんでもありませんから気にしないでください! 大丈夫なのでっ!」
我に返った御供さんは必死にアピールしてくる。
そこまで言い切るからには本当に大丈夫なんだろうけどちょっと心配だな。
ところで、指の隙間から見える頬が少し赤みを帯びているのは何故だろう。
まあ、生き返ったばかりだし代謝のせいかもしれない。俺はそう判断することにした。
話しが逸れてしまったがこれで必要なことは伝え終わった。時間を確認するとそろそろ21時になろうという時間だ。
これ以上御供さんを拘束するのは俺としても本意ではない。早々に帰宅してもらうべきだろう。
「もう夜も遅いし今日はこのぐらいにしよう。今後のことについては要相談ということで」
「はい、そうですね。そうします」
「その前に帰り支度をしようか」
突然の事態の連続でそれどころではなかったけど御供さんの洋服はお腹の部分に穴が空いており其処を中心に血で塗れている。
いくら人通りが減る時間帯とはいえこのままでは悪目立ちしてしまうのは想像に難くない。
幸いにして黒瀬は女性。サイズに多少違いはあれど行き帰りに使う分には困らないだろう。
勝手に衣類を借りることになるが穴を空けたのは黒瀬だし少しくらい目を瞑ってもらうとしよう。
俺は御供さんを連れて歩こうとしてクラッときてしまいふらつく。慌てて壁に寄りかかり転倒を防ぐ。
「だ、大丈夫ですか?」
心配する声に対して何でもないように手を上げる。
「ごめん、少し疲れているみたいだ。もう平気。さ、行こう」
「あのっ!? 月深さんっ!?」
ヘンだなと思った時には視界が横に傾いていた。
「月深さん! 月深さんっ!」
「どうしました!?」
「あの月深さんが……!」
「やっぱり無理をしていましたか、月深さんは私が連れていきます。あなたはこの場で少しお待ちを」
「は、はい。あのっお願いしますっ!」
御供さんの切羽詰まった声が遠くなっていく。そうして俺は闇の奥底へと落ちていった。
「失礼します、御供さん。帰りの準備は大丈夫そうですかね」
「は、はい大丈夫です」
私――御供結乃は応接室で帰り支度を進めていると細目と眼鏡が特徴的な男の人が入ってきた。
確か名前は宗方さんといったはず。
今日初めてあった人だけど月深さんと同じ悪魔、らしい。
月深さんと違って不気味というか何を考えているのかがわからなくて少し怖いというのが正直な気持ちだ。
でも、行動は一貫して誰かのサポートばかり。さっきだって倒れた月深さんを手厚く介抱して、私には替えの服を用意してくれた。
他にも細かいところで気遣ってくれている。人(悪魔だけど)は見かけによらないということだろう。
「申し訳ございません。私お二人の看病がありますので御供さんを送って差し上げることができません。車は用意していますので問題はないかと思いますが何かあればいつでも連絡をください」
「は、はい。そうします」
ぺこりと礼をして私は執事の肩に連れられてその場を後にした。
私1人なら迷いそうな屋敷の中を何の迷いもなくスイスイと執事さんは歩いていく。
背丈に差があるため歩幅も違くて執事さんの方が歩くのは早いけど、ある程度私の歩調に合わせてくれているようで置いていかれることはなさそうだ。
程なくして外へと出ると、全長の長い車、所謂リムジンカーが停まっていた。
まさかこれで送ってくれるとかじゃないよね、と内心思っていると一歩前を歩いていた執事さんが後部座席のドアを開けた。
その動きは明らかに私をエスコートしてくれているもので、おっかなびっくり中へ入る。
私が乗車したことを確認した執事さんはドアを閉めると素早く運転席に乗り込み発進させた。
うわぁ、人生で初めてリムジンカーに乗っちゃった。
よく海外の映画なんかで目にはするけど私には関係のない世界だって思ってた。
でも、今はそれが現実となって同じ光景を同じ目線で経験している。
悪魔ってすごいんだなぁと、感心した。気づけばつい先ほどまで覚えていた不安や恐怖がどこかへといっていた。
滅多にないお金持ちな気分は間もなく停車したことにより終わりを告げた。
窓の外には見慣れた我が家がある。ちょっぴり残念な気持ちを覚えながらも出ていかないわけにはいかないので執事さんのエスコートに従って車外へと出る。
車内の快適な環境にいたせいか冬の夜の寒さが体に沁みた。
「ありがとうございました」
最後に礼くらいはしておいた方がいいだろうと思い頭を下げると執事さんもまた恭しく礼をしてくれた。
流石お金持ちの執事さんだなぁと何度感じたかもわからない感嘆を覚えつつ走り去る車を見送った。
「っくしゅんっ」
と、くしゃみが出た。
いつまで寒空の下にいては体にこたえるというもの。
いろいろあって疲れたし早く横になりたい。それにパパもママも心配しているはず。
まったく連絡してなかったから怒っているかも。言い訳はどうしようと考えながらズボンのポケットを探る。
「あれ、鍵がない……あ、そっか。着替えちゃったからか」
屋敷を出るときに宗方さんの厚意で上下の衣類は全て変えてしまっている。
その時に前の服のポケットに入れっぱなしにしてしまったようだ。ということは携帯も一緒ということ。
「また明日取りに行けばいいか」
今日のところは事情を説明して中に入れてもらおう。
自分の家のインターホンだというのに妙な緊張を覚えつつチャイムを鳴らす。
少しして、スピーカーから「――はい」という声がした。その声は聞きなれたママの声だ。
「あ、ママ? 私だよ。帰るの遅くなってごめんなさい。鍵を友達の家に置いてきちゃったから入れてほしいの」
ちょっとだけ嘘を交えて開けてほしいと訴える。
だけど、1分経ち、5分が経っても玄関の扉が開くことはない。
確かに私の声は届いたはず。もしかして鍵を忘れたことを怒っているの?
ママがそれくらいで腹を立てるなんて想像がつかない。パパと何かもめているのだろうか。
不安に思い再度インターホンを鳴らす。それでも何も起きない。念のためともう1度鳴らす。
ガチャリ。玄関の扉の鍵が開錠した。
ようやくだと胸をなでおろし近づくと、扉が内側から開いてパパが出てきた。
ブスッとした表情で苛立ちを隠そうともしていない。
時間が遅くなってしまったことを怒っているのだろうか。
できれば早く中に入って暖を取りたいけど言い訳を先にした方がいいかもしれない。
そう思って口を開こうとした矢先。
「こんな時間に何度もインターホンを鳴らして悪戯とは何事かね」
「い、悪戯? な、何のことなの?」
てっきり遅くなったことに対して怒るものと思っていたばかりにその言葉は寝耳に水だった。
よくわからず聞き返すと、パパはさらに苛立ちを募らせて語調を強める。
「悪戯は悪戯だ。他人様困らせてそんなに楽しいか!?」
「何を言っているの? 怖いよパパ……」
パパは普段私に対して滅多に怒らない。私がパパを困らせるようなことをしてもいつも優しく諭してくれる。
なのに今日は変だ。声を荒げて叱責を飛ばしてくる。虫の居所が悪いのだろうか。
これでは埒が明かないと考えママを呼んでほしいと言おうとしたら当のママが自らやってきた。
「あなた、これは一体何の騒ぎです?」
「いや、この子がね」
「まあ、さっきの。まだいらしたのね」
「ああ、そういうわけだ」
なにやら2人で言葉を交わしているがそんなの関係ない。ママならきっとパパを説得できるはず。
「ママ、聞いて。パパが変なの。ママからも説得してよ」
「さっきも聞いたけどそれ何なの……?」
ママが困惑したように私を見やる。その視線は恐ろしいまでに冷たくまるで、そうまるで他人を見るかのようだ。
「ママ、パパ?」
何かが変だ。ようやくそれに気づく。2人は至って真面目に対応してくれている。それがもうおかしい。
違和感が背後から忍びより私に纏わり付いてくる。
そして、1つの疑問が浮かび上がってくる。その疑問を解消する質問も思いつく、聞くも恐ろしい質問が。
聞きたい、信じたい。でももしかしたらと思うと聞きたくなかった。考えただけで耳をふさぎたくなる。
迷って戸惑い、聞かざるを得ないと判断して口をパクパクと開いて言葉を絞り出す。
「パパ。……私が誰だかわかる?」
「さっきから君はなんだね、何故君は私たちをパパとママと呼ぶ? ふざけるのもいい加減にしたまえ」
「ママ。……私は2人の子供なんだよ」
「子供? 何を言っているの。――私たちに子供なんていないわ」
聞きたくなかったその一言を私は耳にしてしまった。
「…………………………………………嘘つき」