ハイスクールDxD Lane Age   作:楓栞

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22話

 待ち合わせ場所は御供さんの自宅からほど近い公園。

 御供さんの送り迎えをするため自宅周辺の地理は頭の中に叩き込んでいる。

 迷うことなく公園へとたどり着いた。

 

 御供さんは俺より先についていたようで公園のブランコに所在なさげに座っている。

 俯いている彼女は俺が来たことにも気づいていないようで生気のなくなった表情でただ地面ばかりを見ていた。

 

「御供さん」

 声をかけるとようやく俺の存在に気付いたようで徐に顔を上げた。

 その目が俺を捉えて、やがて潤んでいく。

 

「月深さん……っ!」

 勢い良く立ち上がると俺の胸に飛び込んできた。

 流石にその行動は読めなかったため後ろに倒れないように必死に踏ん張りながらなんとか受け止める。

 

「私っ……私っ、どうしたら……!!」

 電話で聞いた時と同じように泣きながら訴えるがまったくもって説明になっていない。

 あれから少し時間が経って尚この調子ということは相当にショックなことがあったということで間違いないだろう。

 

 とはいえ、これではとても話を聞ける状態ではない。落ち着くまでしばらく胸を貸すことにした。

 しばらくして泣き止んだ御供さんは自分が何をしたのか気づいたようで慌てて離れた。

 

「ご、ごめんなさい。私、こんな……」

「いいよ気にしてないから、それで何があったのかな?」

 

 御供さんがこんな風になってしまったからにはただ事ではない何かがあったはず。

 慰めながら遠回しに聞いてもいいのだが、生憎と時間をかけていいことかもわからないので最初から直接聞くことにした。

 

「何から説明したほうがいいのでしょうか……」

「ゆっくりでいいから、全部話してほしい」

「わ、わかりました。昨日帰ってきてからのことなのですが……」

 途中つっかえながらも御供さんは何が起きたのかを声を震わせながらすべてを話してくれた。衝撃の事実を。

 

「ご両親の記憶から御供さんが消えた……? それは本当なのか?」

「はい。何度も確認しました。でもそこは間違いなく私の家で、出てきてくれたのはパパとママでした。なのに覚えてないって……そう……言ったんです」

「なんてことだ……」

 

 俺はそれを聞いて驚きの色を隠せない。

 御供さんの慌てように合点がいった。確かにこれはああも取り乱したとしてもおかしくはない。

 なんとか生き返ってようやくいつもの日常に戻れたかと思いきや今度は帰る家を失ってしまう。

 

 到底耐えられるような状況ではない。むしろ、よく保っている方だろう。

 しかし、まいったな。事情は分かったけどこの事態に対して俺ができそうなことは何もない。

 きっと御供さんは苦しみ迷い、その末に俺に相談を持ち掛けたはず。

 

 でも俺は魔力の扱いには全く詳しくないし、悪魔の知識に精通しているという訳ではない。

 なぜご両親が記憶を失うに至ってしまったのか皆目検討が付かなかった。

 ちゃんと解決してやりたくても現状手の施しようがないのだ。

 

 そもそもの話としてなんでこんなことになったんだ?

 たったの一日で愛娘の記憶を無くすなんて普通では考えられない。

 突発的な記憶喪失? 何かの病気? それとも虐待?

 

 いろいろ考えてはみるがどれもピンとはこない。唯一考えられるのは御供さんが攫われたときに何かをされたという点だ。

 となると黒瀬が原因という説が濃厚だろう。あの冷酷な黒瀬のことだ。嫌がらせまがいに人の記憶を弄るなんてこともしそうだ。

 

 仮にそうではなかったとしても何か知っていてもおかしくはない。

 確実なことは何も言えないが今はその言葉で何とか少しでも不安な気持ちを取り除くとしよう。

 

「事情は分かったよ。俺の知り合いに今回みたいなことに詳しい人がいるからちょっと待っててくれるかな」

「ほ、本当ですか? …………またいつものパパとママに戻ってくれるということですか?」

「それは……」

 

 俺は解決策を知らない。でも黒瀬なら知っているかもしれない。言えることがあるとすればそれくらいのもので確実性はない。

 だが、本当のことをそのままに伝えてしまえばまた沈んでしまうだろう。かといって嘘をつくというのも違う気がする。

 俺がなんて言うべきか悩んでいると御供さんが遮るように口を開く。

 

「月深さん、言いましたよね」

「え?」

「悪魔になってもまたいつものようにこれまでと変わらない生活を送れるって」

「そ、そうだね。でも……」

「何とかしてくれますよね……?」

 

 御供さんは俺のことを信頼してそう言ってくれたのだろう、だけどその言葉はまるで俺を逃がさないように追い詰めているかのようにも思えた。

「約束、しましたよね……?」

 再度念押しするように御供さんが俺をまっすぐに見つめながら言った。

 

 俺はその視線を切ることができず頷くことしかできない。

「ああ、何とかする。……するから少し時間が欲しい」

「…………わかりました。私、月深さんのことを信じていますから。だから月深さんも私を信じてくださいね」

「もちろん」

 

 言葉とともに放たれる圧に気圧されそうになりながら同意する。

「それでは何かわかったらお電話ください」

 くるりと背を向けて公園から出ていく。

 

 何処へ行くのか。声をかけたいが御供さんはそんな間を与えず足早に行ってしまう。

 その背中が消えるまで俺はただ立ち尽くしていた。

 

 少しして我に返った俺はこれからどうしたものかと考え悩んだ末に黒瀬に電話することにした。

 やはり今回の件黒瀬が関わっているとしか思えてならないからだ。

 もしも黒瀬の嫌がらせなら何としてでも辞めさせなければならないだろう。

 

 あのお黒瀬が素直に応じるとはこれまでの経緯のことを思えば到底信じられない。

 場合によってはまた戦う羽目になるかもしれないが、そうもいっていられない状況なのだ。

 

 連絡先のリストから黒瀬の電話番号を探して電話をかけてみるも一向に繋がらない。

 電源を切っているのかあるいは着信拒否になっているようだ。

 まあ、当然か。2人であんな殺し合いをしたばかりである。相当腹に据えかねているだろうし俺の声を2度と聞きたくないと思ったとしてもおかしくはない。

 

 かといってじゃあ諦めますとすんなり引き下がれるわけもない。こうなれば直接会って直談判しよう。

 俺は再び黒瀬邸へと足を運ぶことにした。

 

 正門に据えられたインターホンを鳴らすと宗方さんがやってきた。

「どうかされましたか?」

 扉越しに問われる。

 

「黒瀬に話したいことがあります。ここを通してください」

 みだりに他人に話して不必要に話を大きくしたくない。相談すれば宗方さんも乗ってくれるとは思うが、とにかく黒瀬に直接確かめるのが先決。そのため理由は伏せて開けるように頼み込む。

 

 宗方さんなら事情を察してきっと入れてくれるはず。

 だけど、一向に開けてくれる気配はなくどころか険しい顔をしている。

 

「そうしたいのはやまやまですが、現在黒瀬様は屋敷にはいません。また今度にしてもらえませんか」

「いない? いつ帰ってくるんですか?」

「私にもわかりません。戻り次第連絡します」

「いいえ、緊急の要件なんです。戻るまで中で待たせてください」

「それはできません。申し上げにくいのですが黒瀬様からあなたを通すなと言われています」

 

 いつになく頑なになっている宗方さんの様子を不審に思い尋ねる。

「いやに黒瀬の肩を持つんですね」

「食客というのもなかなかに大変なんですよ、どうかご理解いただきたい」

「その割にはこの前は俺に協力してくれましたよね、それはどう説明するつもりですか?」

 

 その質問はつらつらと理由を並べ立てる宗方さんに対するせめてのもの攻撃だったが同時に今まで踏み込めずにいた純粋な疑問だった。

 宗方さんは本人の言う通り食客であり、わざわざ俺を庇う必要はない。知らぬ存ぜぬで過ごせば火の粉が降りかかることもない。

 

 だというのに宗方さんはまったくの他人と言っていい俺のことをことあるごとに気にかけて時に助けてくれた。

 優しい人柄であることを今更疑うつもりはないが得たいが知れないのも事実。

 果たして宗方さんはなんて答えるのか。

 

「納得がいかないことがあれば当然口を挟ませてもらいますよ、それにあれは邪魔をしたのではなく提案をしたにすぎません。でなければ黒瀬様の琴線にとっくに触れて消されていますよ」

 なるほどごもっともだ。それに黒瀬が宗方さんを物理的に排除しなかったのも納得がいく。

 

 単に意見するのであればそれが全くの的外れでもない限り消しはしないというのはあり得ることだ。

 とりあえず宗方さんのスタンスは理解した。でも、それは宗方さんが俺を助けてくれた事情を説明する一部であり、今回黒瀬を庇う理由とは繋がらない。

 

「なら、今回も俺に力を貸してはもらえませんか?」

「そうできたらいいのですが、そうもいかない事情が私にもありましてね。また、後日にしていただきたい」

 

 黒瀬、いや、宗方さんはどういうわけだか俺を通したくないようだ。

 いや、それはこの状況を説明するには足りない。正しくは――。

「宗方さんはどうして俺を黒瀬と合わせたがらないのですか?」

 

 ここまであからさまに避けられれば嫌でも宗方さんの真意に気付く。わからないのはその理由だ。

 なぜ、黒瀬と合わせようとしないのだろうか。

 宗方さんは迷い悩むようなそぶりを見せた後に躊躇うように口を開く。

 

「それはですね」

「それは?」

「……いえ、やめましょう。月深さん、認めます。私は確かに黒瀬様と顔を合わせてほしくないと思っています。当然あなたはその理由を求めることでしょう。ですから先んじて言わせていただきます、理由は言えません、言う訳にはいかないのです。特にあなたには」

「俺には? それは一体……?」

「言ったはずです。言えないと」

「それじゃあ困るんです。宗方さんは知らないのは無理もないですけど大変なことが起きているんです!」

 

 こうなってしまってはいつまでも事情を伏せているわけにもいかない。こちらから腹のうちを明かすしかない。

「御供さんの両親が記憶失くしています。そして、それに黒瀬が関与しているかもしれないんです。どうか確かめさせてください」

「だとしてもです、あなたを通すわけにはいきません。お引き取り願いたい」

 

 強くそう言うとそれ以上は成すことは何もないと言わんばかりにその場を離れて屋敷へと戻っていった。

 理由を話せばきっと納得してくれるそんな淡い期待が儚く砕け散る。

 

 一体なにが宗方さんをそうさせるのか。いまいち腑に落ちない。

 こうなれば仕方ないか。また1つ覚悟を決めると俺はため息を1つ吐いてその場に座り込む。簡単に退いてやるつもりはない。徹底抗戦である。

 

 宗方さんが根を上げてやってくるまでこの場に居続けるのだ。

 それにもしかしたら黒瀬が呆れてやってくることがあるかもしれない。

 腹を括った俺はずっとその場に座り込んだ。

 

 朝が昼になり、昼が夕になっていく。

 黒瀬邸の前は人通りが少ない。比較的という話であり一日いればそれなりの数の通行人と出会う。

 正門前で座る変な男が気にならないはずはなく、いくらかの視線を集めながらも俺は気にせず残り続けた。

 

 とはいえ、ずっとこの場にいれば警察に通報されるの時間の問題。

 どう足掻いたところでストーカーまがいの男にしか見えないのだから。

 沈んでいく夕日を眺めながら、諦めないと決めつつあった心が翳りを見せていくのを感じていた。

 

 一度は出てくるまで諦めないつもりだったが何にも進展がないまま無為に時間を費やしている。

 今、この瞬間にも御供さんは苦しんでいるのにただずっと座ったままでいいのか、何か他にできることがあるのではないか。

 

 そんな事を考えているうちに完全に陽が沈む。

 悩んだ末にまた明日にするかと立ち上がる。

 ずっと同じ座り方をしていたため足の痺れに顔を顰めつつ屋敷を見上げる。

 

「まだいたんですね」

 この後何をしようか、御供さんのご両親に直接会ってみるかと思案していると屋敷の向こうから声をかけられた。悪魔の目なら薄暗闇でも問題なくその人物が見える。

 

「宗方さん?」

「どうも、こんばんは」

 俺のことをからかいに来たのだろうか。いつもと変わらない様子で接してくる宗方さんにムッとするものの苛立ちをぶつけても仕方ないので表向き冷静に応える。

 

「こんばんは、といっても今日はこのくらいにして帰ります。また明日きますよ」

「それは止めた方がいいでしょう」

「会わせるつもりがないのは重々承知していますよ、でも、俺諦めませんから」

「あ、いえ、そうではなく。付近の住民から通報がありましてね。曰く若い男性が屋敷の前にずっと座っていると。このままでは警察のご厄介になってしまいますよ」

 

 思いがけない方向からの指摘に面食らう。

 俺とてその可能性が頭に浮かんだがまさか宗方さんから飛んでくることまでは想像していなかった。

 

 また別の手立てを考えないとな。

 ポリポリと頭を掻きながらその場を後にしようとする。

 

「どちらへ?」

「さっき言った通りです。いったん帰りますよ。明日のことは……まあまた明日考えます。では」

「お待ちを」

「……?」

 

 呼び止められた理由がわからず黙って宗方さんを見つめる。

「根負けです。はっきりいって想像以上ですよ。どうやらあなたは相当なまでに我慢強いお方のようだ」

「それは……合わせてもらえるという解釈をしていいんですか?」

「まあ、状況も状況です。と、いいますか事態は私が考えている以上に悪い方向へと転がっている。今更月深さんに隠そうとも思いませんよ。どうぞ中へ。道すがら私がお調べしたことを話しながら行きましょう」

 

 そう言うと宗方さんは正門の扉を開錠して中へ迎え入れる。

 突然の心変わりに当惑しつつ庭を歩きながら聞き返す。

「調べたって何をです?」

「無論御供結乃さんに起きた出来事について、ですよ」

「……っ!? 本当ですか? 何かわかりましたか?」

 

 思いもよらぬ言葉に沸き立つ俺。

「まず今回の事件の背景には英雄派が動いていた、それはご存じですか?」

 その問いに俺は迷わず首肯した。

 

 黒瀬から聞かされていたことだ。

 英雄派。素質のある人間を攫ってかき集めて俺たち悪魔や天使にといった人間以外の超常の存在に牙をむくものたちのことだ。

 

 彼らの手によって御供さんは攫われ、その行いが災いして逆に黒瀬の逆鱗に触れてしまい壊滅してしまった。

 壊滅とはいっても組織に属する1グループが消えただけに過ぎないが、まぁ、大打撃には変わらない。

 

 おかげで御供さんに対する脅威が1つなくなったわけなのだから。

 はて、そこまで振り返ったところで俺は今更な疑問を抱く。

 

 あまりにいろんなことが起きてしまっていたがゆえに失念していたが、英雄派が御供さんを狙っていたのは彼女が実は神器所有者だったからだ。

 名前はなんていったか忘れたが英雄派が興味を持つくらいなのだからきっと相当なものだろうが一体どんな神器なのか。

 

「確か御供さんが持っている神器に目を付けていたんですよね。英雄派が狙うくらいなんですからすごい神器なんでしょうか……」

「そこは何とも言えませんね。できることなら彼女から直接お聞きしたいものですが」

「あー、ちょっと今は……」

「それどころではない、ですよね」

「はい、その通りです」

 

 残念ながら御供さんの俺に対する評価はがた落ち中である。とてもこちらの話を聞いてくれるとは思えない。

 つまり本人話を聞けない以上は想像で話を進めていくしかないのだ。

 

「それにしても本人は自分が神器所有者だと知っているんでしょうか。よくよく考えればそこら辺のことについて全く知らない上に聞いてもいませんでした」

「どうでしょう。生まれてすぐに扱える方もいれば月深さんぐらいの年になってようやく気付く方もいますし。その逆に全く気付くことなく一緒を終えられる方もいます」

 

 いろいろあるということか。御供さんのケースを考えると本人も自覚はなく、発動している気配も感じられなかった。

 十中八九気づいていないパターンだろう。む、だというならどうやって英雄派は御供さんの存在に気付いたのだろうか。

 

 俺はそれを宗方さんに質問した。

「そうですね……、いくつか方法は考えられますが、グリゴリのような監視システムを構築しているとは考えられませんし何らか方法で神器を探し出す方法を持っているのでしょう。例えば予言だとか」

「予言というと、巫女さんとかがある日お告げを聞いて、とかですか?」

「概ねそんなイメージで問題ないかと。英雄の中には予言に精通しているものも少なくありませんしそういった方たちを英雄派が抱えていたとしてもおかしくはありませんね、ってどうされました?」

 

 と、突然頭を抱え始めた俺を見て首を傾げる宗方さん。

「いや、なんというかこの世界って本当何でもありですね」

 漫画やアニメのような用語が現実として飛び交っている。なんとも頭の痛い事実であり、ついていくのもやっとである。

「無理もありません。ですがこれは紛れもない現実。いつまでも受け入れられなければ何が起きたのかもわかることなく無へと消え去ることになるでしょう」

 

 その言葉が重く心に突き刺さる。

 まったくもってその通りだったからだ。俺はこれまで悪魔や天使が現実にいるなんて知らないまま育った。

 

 こんな目に見える脅威がすぐそばにあったのに気づく事もなくただ当たり前のようにハリボテの平和を享受していたんだ。

 それが悪魔になってもずっとこれまでのように過ごしていた。悪魔になった自覚もあまりないまま呑気に人間のように。

 

 その結果が今だ。

 俺が御供さんを襲った奴らのことを知っていればもっとうまい対処ができたはず。

 御供さんが攫われることも、御供夫妻の記憶だって奪われることなく普通の日常に戻れただろう。

 

 すべては俺の怠慢が原因。今後も英雄派のような存在が襲ってくることも十分に考えられる。その時今の状態で望めば今度こそ人死にが出る。それも俺のせいで。

「そんなことはさせるもんか」

 

 知らないなら知ればいい。生きているならそれができる。

 死なないために、死なせないために今度こそ俺はやってみせよう。

 一人息巻いている俺だったが、宗方さんがコホンと咳を打つ。

 

 我に返った俺は慌てて謝罪した。

「さて、話を戻しますが今回の事件の裏には英雄派がいた。これは間違いなく事実です」

 黙って宗方さんの説明に耳を傾ける。

「そして今回御供さんのご両親が記憶を無くされたのもまた英雄派の仕業です。素質のある若者を拉致する際の常套手段のようで親の記憶を無くすことで子供が万が一戻ってしまってもいいようにあらかじめ帰る場所を失くしてしまうようです」

「記憶をですか……」

「彼らはそうやって半ば無理矢理に従わせる、まこと度し難いと言えましょう」

「でもそういう事なら黒瀬は御供さんのご両親の記憶を奪ったってことはないですね。つまりは関係ないってことか」

 

 黒瀬ほどの悪魔なら他人の記憶を操作することは造作もない。

 御供さんのことについて黒瀬は相当ご立腹な様子だったしその腹いせにやったとしてもおかしくはない、そう考えていたがよくよく考えると腑に落ちない点もあった。

 

 ようは黒瀬らしくないのだ。

 効率を重視する彼女であれば不要なものは何であろうと処分して回ることだろう。わざわざ記憶だけ奪って生かしておくなんて手間を踏んだりはしない。

 

「ええ、断言します」

 宗方さんも同様の気持ちのようだったのか頷くとそう答える。

「今回の事件の背景には英雄派がいてその手口もわかっている。ならもうどうにかなりますよね」

「それは……」

「宗方さん?」

 

 言いよどむ宗方さん。俺はその様子に少しばかり悪い予感がした。

「大丈夫ですよね、悪魔なら記憶を取り戻すくらいなんてことないですよね?」

 追求してみるも渋い顔をしたまま一向に色良い返事がない。宗像さんの表情は以前渋いままだ。

 

「駄目なんですか? 悪魔の技術でも?」

「手口がわかったからとどうにかなるものではないのです。どうやって消失したのかにもよりますが記憶は消えてしまった。それを復元するというのはとても困難なことです。それこそ、無から有を創り出すといってもいいほどに……。記憶のバックアップがあればまた別でしょうが、英雄派がそんな手間を踏むとは思えません」

「そんな……」

「それに、です」

「まだ何かあるんですか」

「……記憶というのは人格を形成するうえで非常に重要な要素となります。仮に記憶のバックアップがあったとしても今現在記憶を失っている自覚がないにも関わらず、本人とって身に覚えのない記憶を植え付けてしまった場合、人格にどんな影響が出るのか想像もつきません」

「……」

 

 もはや何も言えなかった。悪魔ならどうとでもできる。そんな人任せの期待があったが宗方さんは木っ端微塵になるほど安易な期待を打ち砕いてくれた。

「どうにもなりませんか?」

「記憶の消失とは言いましたがこれにもいくつかのパターンがあります。もしかしたら消去されたのではなく記憶を封印されて一時的に思い出せなくなっているということもあり得ます。まずは冥界の病院にて診察してもらいましょう、おそらくはただの一般人であるご夫妻に心労をかけてしまうわけにはいかないので気づかれないように内密に、となるでしょうが」

「そうしてもらえたら助かりますが、大丈夫なんですか?」

 

 ここ最近何かとあれば宗方さんに頼りきりになっていた。それに加えて御供さんのことにまで巻き込んでしまうだなんて。これ以上借りを作るのもよくないだろう。

 とはいえ、宗方さん以外に頼れる人がいないのも事実。どうすべきか悩み迷っていると宗方さんが救いの手を差し伸べる。

 

「問題ありませんよ、そうかしこまらないでください。黒瀬様の食客となると決めた時からできることには最善を尽くすと決めていましたから」

 宗方さんの申し出に俺は深々と頭を下げた。

 

「ありがとうございます、本当になんとお礼をすればいいのやら……」

「それはいつかの機会で構いませんよ。今は問題が山積みですからね。そっちから片づけていきましょう」

「はい、よろしくお願いします」

 

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