屋敷の外を出ると真っ暗に染まっていた空が白みだし始めていた。
もう一日起きているってことになるが不思議と全然眠くない。
むしろ考えていることが多すぎて頭が回りっぱなしで頭痛すら覚える。
「くそっ、何が黒瀬を立ち直らせるだよ。自分でやれよそれくらい。なんで俺がそんなことしなきゃいけないんだ」
ムカつく。なにがムカつくってその提案を完全に無視できない自分が一番ムカつく。
今や使い物にならない黒瀬なんて放っておいて御供さんのことだけを考えればいい。
そのはずなのに……。
「ああ、くそっ。くそくそくそっ」
御供さんか黒瀬かを選べないでいた。
悩む必要がない2択をどうするかでずっと揺れ動いている。
御供さんは苦しんでいる。一刻も早く解決して普通の日常に戻してやりたい。
黒瀬もまた苦しんでいる。あのままではきっと挫折したままで失敗作の烙印を押されることだろう。できることなら――。
いや、ダメだ。そんなことにかまっている時間はない。御供さんが最優先だ。
それでいい。いいはずなんだ。そうでなくてはいけないんだ。
朝日が昇り始め朱と黒が入り混じる空を睨みながらそう心に誓ったのだった。
それから2日が経った。
その間、俺は大学には行かず図書館で悪魔や魔術に関連する書籍を読み漁った。調べても大したことはわからず詳しいことは宗方さんの調査待ちとなった。
昨日御供さんのご両親には一時的に眠ってもらい冥界へと移送した。その後すぐに検査が行われた。
結果は翌日にはわかるとのことで俺は今日その結果を聞きに黒瀬邸へとやってきたのだ。
宗方さんはすぐに迎え入れてまた応接室へと通してくれた。
早速宗方さんは報告を始める。吉報を信じて俺は耳を傾けた。
「昨晩行った検査は無事に終わり、ご夫妻には既にご自宅へと帰還されています。その間の記憶処理は無事に終了しており問題なく日常生活に復帰しています」
「そんなことはどうでもいいです、早く検査の結果を教えてください」
事務的な回りくどい報告に苛立ち、先を促す。
俺が聞きたいのはそんなことではない。御供さんの両親の状態だ。
宗方さんは眉一つ動かさない。それから一拍置いてまた話し出す。
「わかりました。肝心の検査結果ですが……残念ながら原因の特定には至りませんでした」
「……え」
「記憶の消去がなされていることは確実です。しかし、巧妙に処理の痕跡が消されており、どのような方法で消されたかがわからなかったとのことです」
「消去? 封印ではなく?」
聞き間違いかと思い聞き返す。
だが、宗方さんは首を縦に振った。
「そうです。ご夫妻の記憶は完全に消去されました。復元も叶いません」
告げられた残酷な真実に俺は言葉を失った。
「どうにも、ならないんですか……? 本当に……?」
宗方さんが目を伏せたまま何も言わない。
それが意味することは口に出されなくとも十分すぎるほどに伝わった。
「そんな……そんな……」
「諦めるのは早いかと。まだ可能性は――」
宗方さんが何か言っている。多分慰めてくれているのだろう。でも俺にはそれが理解不能な外国の言葉にしか思えなかった。
それから俺がどうしたのかは覚えていない。多分呆然自失となりつつ反射的に家へ戻ったんだと思う。
こうして自分の部屋で膝を抱えているのが何よりの証拠だろう。
今が何日なのかがわからない。
報告を受けて以来俺は御供さんと一切やり取りをしていない。ご夫妻の記憶が戻らないことも伝えられていない。
伝えられるわけがない。きっと御供さんが悲しむとわかっているからだ。
日常に戻れないと知った御供さんが果たしてどうなってしまうのか。
ついそれを想像してどうにも決心がつかない。誰にも言えず解決策も思いつかない、わからない。完全な手詰まり。
引き続き記憶消去に関する症例について調べてみると宗方さんは言ってくれたが何とかなる可能性は望み薄だろう。
「くそっ」
ギリギリと奥歯を噛みしめる。
守ると誓っておきながらこの体たらく。なんてざまだろうか。
もう合わせる顔がない。
ピロン。電子音が鳴った。びくりと肩を震わせて音の出所を探る。ベッド脇に置いてある携帯からだ。
音からして電話ではなくメッセージの着信だ。まさか、と思い履歴を確認する。
送り主は匠だ。御供さんではない。俺はドッと息を吐いた。
大学に行かなくなってから匠から毎日メッセージがやってきていた。内容は何があったのか、どうして大学に来ないのかと俺の身を案じている内容ばかりだ。
今は少し放っておいてほしいのだがいい加減鬱陶しいものがある。
そろそろガツンと言っておくべきだろう。
俺はメッセージで頼むから放っておいてくれと送り返すと携帯を放り投げてベッドに伏せた。
ピンポーン。
遠く彼方でそんな音が聞こえたような気がした。
閉じていた瞼を開くとなんだか薄暗い。
どうやら眠っていたようだと気づくのに10秒を要した。
先ほどの音は玄関のチャイムの音のようだ。
宅急便かもと思ったが最近通販は利用していないのでセールスの類かもしれない。
居留守を使おう。しばらくすれば諦めるはず。
安易な憶測は再度のチャイムに裏切られる。立ち上がる気力も湧かない俺は当然居留守を決め込む構えだ。
だが、相手はしつこく何度もチャイムを鳴らしてくる。
セールスにしてはしつこすぎる。ドアの向こうの相手が誰だか予想をしていると今度はドアをどんどんと叩き始めた。
「いったい何なんださっきから」
あまりのしつこさに重たい腰を上げる。
玄関まで向かいドアスコープを覗くとそこには目玉が張り付いていた。
「うわぁ!?」
予想だにしない光景に俺はひっくり返った。
「ん~? 今音がしたわ! やっぱりいるんでしょ、つくみん! 居留守使ってないで出てきなさい」
俺が覗くと同時、向こうからも誰か覗いていたらしい。目玉のお化けかと心底驚かされた。
ようやく立ち直った俺はドアの向こうの相手に向かって声を張り上げる。
「その声……その呼び方、國坂か!?」
「返事をしたわねつくみん! そうよあなたの大親友、國坂真希よっ!」
ただの友達だろうが勝手に格上げしやがって。
いつもならそうツッコむところだが今はそんな気分にもならない。
「帰ってくれ國坂。今は誰とも話す気分じゃないんだ」
「却下するわ!」
「せめて理由を聞けよ!?」
「じゃあ理由を教えて頂戴!」
「じゃあってなんだよ、じゃあって!?」
「話すのか話さないのか、早く決めて!」
「なんでお前が仕切ってんだよっ!」
ドア越しのはずなのにまるで対面しているかのような圧を覚える。
國坂は面と向かってなくても疲れるな。
「いいからもう帰ってくれ……頼む」
「そう。ところで早くドアを開けないと大変なことになるわ」
「なに?」
「具体的に言うとチャイムを連打してやるわ」
「姑息が過ぎる!?」
なんてことしようとしていやがる。
「さあ、どうするのかしら」
解決策を求めて頭を巡らせるがとんと思いつかない。一瞬通報するかと真面目に考えたが國坂は警察がやってきた瞬間に何食わぬ顔で連打するのをやめるだろう。
仮に録音して証拠として突き付けたところで初犯ということもあり、口頭の注意で済まされる可能性が大。
パッといい方法は思いつかずこれ以上疲れるぐらいならと大人しく國坂の脅しに屈するのだった。
「で、なんで学校に来ないの?」
我が物顔で人の家に入り込みリビングの一角を占領すると開口一番問いただしてきた。
「なんでって、ちょっと体調が悪くて」
「ふーん、どんなふうに?」
「どんなって、風邪っぽいんだよ。熱もあるし」
「そうなんだ、で、なんで学校に来ないの?」
「いや、だから、体調が悪いって言っているだろ」
「うん、それはもう聞いた。だから別の理由を聞いているの」
「はぁ? 体調が悪かったら学校に行かない理由になるだろ」
「じゃあ、学校に来ないのは体調が悪いからでいいんだ?」
「あたりまえだ。何度も言わせるな」
國坂は固い表情で俺を見る。その視線がまるで俺の嘘を見破って糾弾しているかのようでバツが悪くなった俺は國坂を正面から見られなかった。
「も、もう十分だろ帰ってくれ他人に風邪をうつしたくない」
もっともらしい理由を挙げて國坂を追い返そうとする。
ところが、國坂は退かなかった。
「帰らないよ。本題はこれからだもん」
「え?」
「――何があったの?」
「別に、何も」
「黒瀬さん」
何気なく呟かれた一言に俺は目を見張る。
「……ッ、お前」
どこまで知っている。最初に頭に浮かんだのはそんな疑問。
匠も俺のことで何かを感づいているようだった。でも匠は俺との付き合いが長い。隠し事を抱えていることに気付くのはわかる。
でも、國坂は大学に入ってからの知り合いであったりした機会は決して多くはない。
だのに、どうして――?
「やっぱりそうなんだね」
「お前、どこまで」
立ち上がって國坂を問い詰める。
「いっておくけど全然知らないから。でも、つくみんが来なくなってから黒瀬さんも来てないから。最近さ何かと黒瀬さんと一緒にいたでしょ、だからそうじゃないかなって」
「そうか」
また腰を下ろすとため息を吐いた。
「らしくないね。つくみん」
「何が」
「つくみんっていつも他人にそんな興味を示さないよね。斜に構えているっていうかさ」
「なんだよ俺の悪口を言いに来たのか」
「私が来た理由? ううん、違うよ私はつくみんを助けに来たんだよ」
「はぁっ!?」
驚きすぎて声が裏返る。
國坂はにっこり笑う。
「依頼主は匠だよ」
「な、んで、……匠?」
「単に会うと多分喧嘩になるからだって」
「なるほど、って納得している場合じゃねえ。どうして俺を助ける必要がある?」
「友達だからでしょ」
即答された。俺は言葉に詰まって何も返せない。
「友達は助け合うもの、支えあって一緒に隣に並んでくれる大事な存在。違う?」
「ち、違わない。けど……」
「なら、もう理由はそれで十分。単純明快だね。つくみんと匠は友達同士。匠が困ってたらつくみんが助ける。つくみんが困っていたら匠が助ける。もちろん私も助ける。だから来たんだよ、つくみん。もう安心していいよ私が助けるから」
「いや、意味が分からん。何を言っているんだお前は」
「およ? だから助けに来たんだって」
「お前ひとりでどう俺を助けんだよ。というか別に困ってねえよ」
「ふーん。結真は私にしてほしいことはないの?」
「今すぐ帰ってほしい」
「それ以外」
「無い」
「それ以外」
「だから、無いって」
「それ以外」
「うるっさいんだよ! お前っ!!」
それまで保っていた平静は崩れ去り俺は怒鳴った。
我慢の限界だった。嫌がらせして部屋に入り込んできて意味の分からない理屈を並べ立てる國坂が心底から鬱陶しかった。
「お前に何ができんだよ、俺ができないことがお前にできんのかよ! 出来ねえだろお前なんかに! ただの人間の癖に、どこにでもいる一般人の癖に! お前が神様なら早くそう言ってくれよ、土下座でも何でもしてやるから。ほら早く言え、俺を助けて見せろよおおおっ!!!」
とうとうこらえきれなくなったいろいろと口走る。
言ってしまってからマズイことも口にしてしまったと思うが、そんなことを気にしてもしょうがない。
流石に懲りただろうと國坂を改めて見る。
國坂は困ったような笑みを浮かべていた。初めて見せる表情に俺は自分が怒っていたことを一瞬忘れた。
「國坂?」
「あ、うん。その通りだね。うんそうだね。私は神様じゃない。神様にもなれない。だからそういう意味ではつくみんを助けてあげられない。ごめん」
「急に謝んなよ、調子狂うだろ」
いつもあいつは笑っていた。楽しい時も苦しい時もとにかく笑うやつだった。それがあいつのいいところであり不気味なところだった。
どんな時もそうだから、今もそうだろうって思っていたけど國坂ってあんな表情もするときがあるのかと少し衝撃だった。
「ごめんごめん。でもつくみんが困っているのは本当なんだよね。だったら私も手助けできるかも」
「手助け?」
またこいつは。と思うが怒りは湧いてこない。少し毒気を抜かれたようだ。
あいつなりに俺の力になろうとしてくれているのがわかったからかもしれない。
「お前の力なんて借りない。さっきも言ったかもしれないけどお前にどうこうできる問題じゃないし。まあ、なんだ。でもお前が本気で心配してくれたのは伝わったよ。それは……その、ありがとな」
友達に本気で礼を言うのってちょっと面映ゆいな。
なんだか顔も熱い。その感覚が悪くないのだからまたなんとも言えない。
「お礼は最後に取っておきなよ。何しろ助けるのはこれからなんだからさ」
「そうか、最後にか。……え?」
「うん、最後。じゃあ始めようか」
「始める? 何をだ……?」
「だから言ってんじゃん。君を助けるって」
「いや、助けるも何もお前にはどうすることもできないって」
「うんその通り、だからそれは君に全部任せるよ」
「はぁ、はぁっ!?」
「君が悩んでいるのはよくわかった。私にどうしようもないことはわかった。だからつくみんが何とかするんだ!」
「???????」
頭の中で「?」が一杯浮かんでいる。?が空想の大地を駆ける。海を渡る。空を羽ばたく。
そんな幻想に頭を支配されること数秒。ようやく現実に戻ってきた俺は國坂に問う。
「つまり、どういうことだ?」
「だーかーら、つくみんは悩みごとがあるんでしょ、じゃあそれをつくみんが解決すればいいじゃん」
「そうだな、そうしよう。ってそんなわけあるか!?」
「好きなの、ノリツッコミ?」
「お前がそうさせてるんだろうが!」
「これおいしー」
「話聞けよ!?」
勝手に人の家のお茶請けをむさぼり食らう國坂の頭頂部めがけてチョップを繰り出す。
「あいたー」
頭を抑えながらわざとらしく痛そうなふりをして恨みがましく俺を見つめる。
「だからさ、つくみんは何か悩んでいるんでしょ。だから困っているんでしょ。ならちゃちゃっと解決しちゃえばいいんだよ。それが君が助かるための近道だ!」
「それができれば俺はこんなに悩んでいない、お前が考えているほど簡単にはうまくいかないんだよっ!」
何もわからずただ当たり前のように語る國坂に憤りの念を隠せない。
「じゃあ、どうするの?」
「どうするって、なんだよ」
「解決できないはわかった。それでつくみんは——結真はどうするの?」
「解決できないなら、俺は……」
俺にどうにもできないなら、俺は一体どうすればいいんだ。
言われてこの後なんて考えていないことに気付かされた。
「いつまでもうじうじして考えているふりを続けるの?」
その言葉はまるで現実の刃として心臓に刺さったのではないかと錯覚するほどに鋭かった。
「お前……っ!!」
一瞬で頭の血が沸騰する。立ち上がり、國坂に掴みかかる。
「お前、俺がどんな気持ちでっ!!」
「そんなの知らないよ。私エスパーじゃないし。結真は口がついているのに全然喋ってくれないもん」
激昂する俺に対して何ら動じることのない國坂。異質なものを感じて逆に怯みそうになる。
「國坂、お前は……」
「いつまでそうしているの?」
「ああ?」
「いつまでそうやって下向いて後ろ向きになっているのって聞いてるの。そんなに怖いの?」
「怖い? 俺が?」
「そうだよ。怒られるかも見放されるかもってブルブル震えてる」
「そんなこと――」
途端、黒瀬や御供さんの顔が脳裏を掠める。
死にそうな目に遭った時、頼られたとき俺はどんな俺であったのか。どんな心情でいたのか。
俺はそれを今更になって振り返る。
知らないうちに悪魔になって毎日が必死だった。だけど、全く余裕がなかったかって言うと嘘になる。
多分だけど俺は少し浮かれていたんだ。
幼稚園生とか小学生になったばかりのころに漠然と抱えていた遠い憧れの存在に近づけたような、そんな甘い高揚感を持っていた。
死闘を繰り広げて死んでしまうんじゃないかってときもあった、でも生き残って自分が少し特別なんじゃないかって頭のどこかで感じていた。
だから、自分が悪魔になってからやってきたことも間違いなんてなくて、当然だと思って自分の気持ちに正直になって行動してきたつもりだった。
そうして気づいたんだ。自分の甘さに。
黒瀬の考えを否定し、良く知りもしないのに御供さんの事情に首を突っ込んだ。
それがどんな結果をもたらすなんかまるで考えず。
そうやって一人突っ走って現実にぶつかって立ち止まってしまった。
自分がやってきたことの結果を目の当たりにして、これまでのことはいったい何だったんだろうと自問自答する羽目になったのだ。
急に怖くなった。少し冷静になって何をやってしまったのかを考えてしまう。
自分は正しいことをしたのか、それとも悪いことをしたのか。判断ができない、ましてや自信を持つことも適わない。
でも、今更間違いでしたなんて言えないからとりあえず原因を解決するふりをして、どうやってやり過ごそうか自分を守ることだけをひたすらにこだわった。
「そうだ――。そうだったんだ、俺は怖かったんだ。自分がやっちまったことが。なんで、どうしてこうなったんだろうってずっと考えてて……でも考えれば考えるほど自分が悪い気がして。それが正しいって認めるのも嫌で、だから、だから……」
気落ちして塞がっていた。俺も被害者であるかのようにふるまっていた。
本当はとっくに加害者だったのに。
「う、うぅぅぁ……」
涙で視界がにじむ。
國坂の服を掴んでいた手は力が入らなくなりだらりと垂れ下がる。
足にも力が入らなくなった俺はその場に膝をついた。
「俺、俺……」
俺はなんて情けない奴だろうか。
自分がこんな意地汚い奴だって知っていればあの時潔く死んだっていうのに。
いや、今からでも遅くない。どこか1人になれるところを探して罪を償うんだ。そうしたら、きっと――。
「苦しいよね。辛いよね。でもね、許されないんだ。君は一生その責任から離れることはできない。だって私が結真を助けるから、絶対に死なせないから」
膝をついていた俺は立ち上がる。否、立たされる。
國坂が襟をつかんで持ち上げたのだ。
そのまま顔を近づけて言う。
「苦しいのはわかる。でもその苦しさは気づいた時から君のもので一生抱えていかなきゃいけない。その時だけ背負った気になって終わったと思った時に下ろすなんて許されないよ」
「どうして……?」
俺は死んでも許されないっていうのか。何もできないまま針の筵にされて生き地獄を味わう必要があると言いたいのか。
「無理だ、俺にはそんなの到底耐えられない……」
「できるよ、そのために私がいるんだから」
國坂の瞳と俺の瞳が合わさるんじゃないかというほどに近くなる。
吸い込まれそうな瞳の奥に俺の顔が映っていた。今にも泣きだしそうなとても情けない顔をした俺が。
俺は呟くように言う。
「どうやって?」
「君が背負った責任はもうどうにもならない。でも責任の重さだけ報われる方法はある。最初に言ったでしょ、結真が抱えている問題を結真自身で解決すればいい」
「解決なんてできない。だって俺には何もない。何もできない。言っても悲しませるだけだ」
御供さんが悲しむ。ならせめてこれ以上期待も何も持たせないほうがいいんじゃないか。
黒瀬だって、傷つけた当の本人が何を言ったところでその心に響くことはない。
何をしたって無意味なんだ。
「それじゃ誰も助からないよ結真」
そんな思考を國坂は切って捨てた。
「助かるさ。これ以上辛い思いをしなくて済む」
咄嗟に出た返事は果たして誰を思ってのことか言った本人ですらよくわかっていない。
きっとそれは今だけのことなんだろう。先延ばしにしても行く行くは御供さんも察する。
最後くらい黒瀬だって静かに穏やかな気持ちで過ごしたいはず。俺はいない方がいい。
2人ともいまだけはきっと嫌な現実を見なくて済む。
「本当にそう?」
「逃げてることってくらいわかってるさ。それでも彼女にはこれ以上――」
「そうじゃなくてさ、それで結真は本当に救われるの?」
「俺……、が……?」
「そんなに一杯抱えてさ、結局誰も救われなくて結真もつらい思いしたのにもっと辛くなってそれで結真はいいの?」
「俺はそれでも、俺だけは」
「どうしたら辛い思いをしなくて済むのか、じゃなくてさどうしたら皆が幸せになれるかを考えようよ」
「そんなことできるのか?」
「結真が救われるとしたら……、そうだね何となくしか状況は見えないけど多分結真は正直であればいいと思う。結真の強さも、弱さも全部相手に吐きなよ」
「包み隠さず何もかもを吐いてしまえっていうのか」
國坂がコクリと頷く。次いで俺を掴んでいた手を離す。
抜けてしまった力はいつの間にか戻っていて支えがなくても立つことができていた。
「泣くだろうな……、うん、絶対泣かれる。二度と口も聞いてもらえないかも」
泣き叫ぶ彼女たちの姿が目に浮かぶようだ。
「そしたらまた私の仕事だよ。きっと助けてみせるから」
「そりゃ頼もしい」
「えへへ、でしょでしょ」
「お前なぁ」
さっきまでの泰然とした姿はどこへやら、あっけらかんとした態度だ。
「どう? 頑張れそう?」
「ああ、最初から全部諦めてたら何にもならないし、やれることはちゃんとやりきらないとな」
もう少しだけ頑張ってみるとしよう。へこたれるのも諦めるのもすべては自分の責任を果たした後にすればいいのだから。
それを國坂から教わるというのがちょっとだけ癪だが。
「お、ちょっとやる気出てきたって感じ?」
「どうやらそうらしい」
皆が幸せに。夢物語かもしれないが追いかけてみる価値はあるだろう。
途方もなく長い道のりにはなる。きっとさらに重い荷物を背負うことになるかもしれない。
でも——。
「俺、約束したからさ。ちょっとは頑張ってみるよ」
「茨の道だってわかっているのに君は行けるのかい?」
「やるしかないさ、誰かさんの所為で尻に火を付けられちまったからな」
「ふーん、悪い人もいたもんだねぇ」
「ああ、悪い奴だ。だから罰としてそいつにも背負ってもらうことにしたよ。何しろ重いからな」
そう言って俺は弱弱しい笑みを浮かべた。
「いいよ、少しだけね」
國坂は屈託のない笑みを見せた。