ハイスクールDxD Lane Age   作:楓栞

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26話

 私にはいったい何をしていたんだろうとこれまでの人生を振り返って反芻する。

 キングの駒の力に耐えられる器として造られた私は既定の値に届きうる史上最も成功に近い作品だとお爺様、大公は仰られた。

 

 そのお言葉がその通りであると証明するために誇り高いクロセルの悪魔の末裔としての自負を胸にひたすらに研鑽を積んだ。

 昼も夜も使った。寝る間を惜しみ努力し続けた。

 

 時に同輩と競い合うこともあった。

 性能評価を測るため比較の対象として選定されたのだ。

 失敗作と言われないためにライバルのすべてを蹴落とした。

 

 あからさまに殺意をぶつける彼らを、同胞の中で初めて優しくしてくれた彼女達もすべてをその手にかけた。

 一度慈悲をくれればそれは死となって返ってくるとわかっていたから一切の容赦はできなかった。

 

 その結果、同輩の中でも最も優れているとの評価を受けた。

 試験項目のすべてを修了した私は晴れて正式なクロセルの娘として迎え入れられ、ルーナの名前と領地を下賜された。

 ルーナ・クロセル。姫駒町を治める領主代行。未だかつて兄弟たちがたどり着けなかった光景がそこにはあった。

 

 嬉しかった、誇らしかった。

 勝ち組となったのだ。ようやくスタートラインへと立ったのだ。

 私の人生はすべてここから始まるのだと、世界のすべてを手に入れたかのような全能感がそこにはあった。

 

 薔薇色の人生が始まる。あの時はそう信じて疑わなかった。

 それが狂ってしまったのはいつからだろうか。

 あの日はとくに気持ちが舞い上がっていた日だった。

 

 上級悪魔と認められ、石碑に手を翳して悪魔の駒を与えられた。最近は奪われるだけでなく与えられることが多く続き毎日が新鮮で喜びに満ちていた。

 常に悪魔の駒を持参し、時間さえあればそれを見ていた。それくらい嬉しかったのだ。

 だからこそ、だろうか。浮かれていた私は愚物にぶつかった。いつもならありえないこと。

 

 そいつは魔力の波動が欠片もなく、つい反応が遅れてしまったのだ。

 非常に不愉快な気分だったが、大公との約束の時間が迫っていることもあり本来ならば誠意ある謝罪を求めるところを早々にその場を後にした。

 あの時ちゃんと確認しておけばと悔やんでならない。

 

 帰宅してから悪魔の駒がないことに気付き、あの愚物に盗まれたのだと怒り狂った。

 それから、私は初めての屈辱を味わった。

 誅罰を下さんとした相手はあろうことか悪魔としての矜持もなく姑息な手段に打って出たのだ。

 

 およそ誇り高い純血の悪魔にはまねできない術に翻弄され、しまいには気絶して介抱される始末。

 何度愚物の首をねじ切ってやろうと思ったことか。

 キングの駒を安全に摘出するまではと必死にこらえなんとか日々を送った。

 

 そして、しばらくしたころに愚物と決定的な出来事を迎える。

 ついに我慢の限界を迎えた私は愚物を処分しようとして正体不明な能力の前に敗れた。

 そう、初めて敗北したのだ。

 本気で戦ったというのに。

 

 完全に何の言い訳もできないほどに明確な、敗北の二文字を突きつけられた。

 敗北がこれほどまでに重いものだと私は知らなかった。こんな絶望的なことなのだと痛感させられた。

 今まで1つ1つ、血のにじむような思いで積み上げてきた人生のすべてをたった一瞬で否定されたような気分だった。

 

 呆然として何も考えられない。

 そんな眠れない夜が明けてあいつは私の前にやってきた。あの理解不能な存在がやってきたのだ。

 一目見ただけで恐怖に体を支配された。

 

 あんな恐ろしい悪魔を私は知らなかった。

 たった一度の敗北で輝かしい人生に泥を塗った不届きもの。

 だというのに奮い立つどころか、声を上げることすらもできず震えていることしかできなかった。

 

 ついに立ち直ることはできなかった。

 

 しばらく私は大公との定例会議を欠席し続けている。

 何度も通達はやってきていたがそのすべてを無視していた。

 そして、最後通達がやってきた。その内容は次の定例会議に参加すること、欠席した場合は廃棄処分になるとあった。

 

 

 何もかもを捧げたのに、これで私はもういらない者扱い。

 だって負けたのだ。誇りあるクロセルのものに敗北は似合わない。クロセルは常勝の存在でなくてはならないのだから。

 

 もう私は必要ない。用無しだ。何の価値もなくなったのだ。

 どうせ終わるというなら、すべての罪を告白し大公自ら処分してもらうというのも悪くない幕引きだろう。

 そう考えてなんとか定例会議の場所へと向かった。

 

 場所と言っても転移の魔法陣から大公が指定した部屋に跳ぶだけである。

 ただそれだけであっても千里の道を歩くかのような苦労があった。

 足取りは重く時間が近づくごとに心臓の鼓動が早まっていく。

 

 これから私は自らの罪を告白する。そうしたら大公は間違いなく廃棄処分を言い渡すだろう。

 ああ、早く楽になりたい。胸中にあるのはただそれだけ。

 程なくして大公が現れた。いつもの通り時間ピッタリに。

 

 私は流れるような動作で跪いた。

 氷よりなお冷たい目で私を見下ろす。

「ルーナよ。まずはこれまでの度重なる要求を断り続けたその理由を聞こう」

 

 ただの言葉が目に見えない重圧となってのしかかる。

 たったの一言で体が崩れ落ちそうになるがなんとか踏ん張ると顔を上げる。

 

「理由をお答えする前に私から申し開きたい事項がございます」

「ほう、我の言葉を遮りたいと申すか。不遜な物言いだな。……いいだろう、許す。疾く申すがよい」

「はい」

 

 言えば終わる。ようやく解放される。これ以上嘘を重ねなくてよくなる。

 言い切るのに数秒あれば十分。何をどう言えばいいのかもすべてわかっている。

 なのに——。

 

 言葉にならない。

 口は開く。でも音が一向に出ない。

 

「我は疾く申せと言ったはずだが?」

 大公の声音に僅かにではあるが苛立ちが乗る。

 彫刻のように固まっていた私はその言葉に突き動かされ返事をする。

 

「は、はい」

 何かがおかしい。

 どうしても自分の言いたいことが言葉として出てこない。

 

「ルーナよ」

 再度私の名前が呼ばれる。

 名前だけしか呼ばれなかったがその一言に込められた意図は痛いほどに伝わってくる。

 早く言わねばならない。でなければ何の言い訳もできないままに消される。

 

「そ、れは……私は……」

 なのにやっぱり言えない。

 どうして——?

 

 何が私を躊躇わせるのか。

 この期に及んで私を押しとどめようとするものがあるとでも。

 そんなことは絶対にありえない。

 

 完璧無比なる私は感傷なんて持たない。ただ大公の意のままに動く機会のような存在は自己なんて価値観を持ってはならない。

 所詮、ルーナ・クロセルとはこれまでの経験から醸成された仮初の人格に過ぎないのだ。

 

 ルーナ・クロセルとして振舞い、その末に怒り恐れることはあっても決して自らの生命を顧みることはない。

 死ねと命じられれば死ななければならない。存在価値がないのであればそう気づいた時点で申告し、即刻廃棄を待たなければならない運命にある。

 

 だから、今こうして両の目から流れる液体もただの反射的な機能でしかない。

 どんなに取り繕うとも結局は贋作の失敗作に過ぎないということだろう。

 流れる液体が不思議と不安や焦りを取り払ってくれる。まるで洗い流すかのように。

 それでようやく決心の固まった私は口を開く。最後は潔く胸を張って。

 

「私、ルーナ・クロセルは告白します。内容は――」

 その時、背後の転移魔法陣が唐突に光り輝いた。誰かがこの場に向かって転移してこようとしているらしい。

 それはわかる。しかし、いったい誰が?

 

 今までこの場に私と大公以外が揃うことはなかった。

 何事かと思い大公に目を向ける。

 大公は眉をひそめている。明らかに困惑しており、事態を掴めていないようだ。

 やがて光が収まりそれは現れた。

 

「あ、間に合った? ……間に合ったよな?」

「お前は……」

 

 視界に収めることすら不快な愚物がそこにはいた。

 見ただけで膝が震える。嫌な汗が頬を伝う。

 それでも視線をそらさずにいられたのは大公がいる場であったから。

 この場に揺蕩う独特の緊張感こそが彼女の意識をつなぎ、なんとか奮い立たせていた。

 

「あんたなんでこんなところに、ここがどこだかわかっているのっ!?」

「わかってますよ。わかってきたんです。あ、どうも大公様。突然の訪問失礼いたします。私ルーナ・クロセル様の下僕の1人、月深結真と申します。どうぞ以後お見知りおきを」

 

 愚物が前に進み出て渡りの隣に立つと恭しく腰を折る。

 あろうことか愚物は私に忠告を無視して不躾にも大公に自己紹介まで始めた。

 これは非常にまずい。

 先ほどとはまた違った汗が噴き出るのを感じる。

 

「赤龍帝の童子といい近頃の転生者はなっておらんな」

 大公の眼が愚物に差し向けられる。

 この場に残っていた重圧が軽くなったような気がするがその実私に対する関心が薄れたがためにそう感じるだけで愚物に対する圧は相当なものだろう。

 

 愚物は不敵な笑みを崩さない。指先は震えていることから恐怖してはいるようだが表情には表れていない。

 大したものだと思い、頭を振る。

 

 愚物は所詮愚物。評価に値するような存在ではない。

 それよりも、だ。これ以上の蛮行を許すわけにはいかない。何とかして止めねば。

 

「何をしに来たのかはわからないけど、退きなさい。あんたの出る幕はないわ」

「いや、そうはいきませんよお嬢様。せっかくの月次報告だっていうのに資料を置いていってしまうんですから」

「資料? 何を言っているの」

「忘れたんですか? お嬢様が言ったのに。ああもうはいこれどうぞ。あ、大公もどうぞ見てくださいませ」

 

 私が頼んだなどとのたまう愚物に一瞥くれてから、渡された資料に目を通す。

「こ、これは……」

「ほう。そこの転生悪魔よ、発言を許す。報告するがよい」

 愚物が一歩前に出た。

 

「は、大公様。僭越ながらお嬢様に代わり報告させていただきます。先月の活動報告なのですが――」

「あんた、何を」

「ルーナ。お前に発言を許可した覚えはない」

「……は、はい」

 

 そう言われてはもう愚物の発言を遮ることはできない。

 それにしても、この愚物は一体何を考えているんだ?

 活動報告をまとめたであろう資料の中身には直近の事業成果が記載された。

 

 どれも私の知らない事項ばかりであり、おそらくはその場しのぎのでっち上げ。

 そんな付け焼刃の対応が果たして大公に通じるとはとても思えなかった。

 この場においてそんな嘘をつけば大公は大層お怒りになることだろう。私はそれが恐ろしい。

 

 固唾をのんで状況を見るしかない。審判の時を待つしかないのだ。

 私は跪いたまま顔を上げることもできず地べたを見ながら報告を聞く。

「今月の業績についてですが、グラフの通り前月よりも18%程向上しており――」

 ただ見守るしかない私を他所に愚物はよどみなく報告を進めていく。

 

 いつしか私は顔を上げて愚物を見ていた。

 跪いているがゆえに自然見上げる格好になる。

 愚物の顔をはよく見えない。でもその背中はよく見える。

 小さく頼りない背中なのに、何故だか段々と愚物が大きく感じられた。

 

「――以上で報告を終わらせていただきます。ご清聴ありがとうございました」

「ふむ。ご苦労」

 愚物が言い終わると同時に大公が手に持つ資料をデスクに投げ捨てる。

 

 ただそれだけの所作が恐ろしく感じられるのは何故だろうか。

 いよいよもって沙汰が下されるせいかもしれない。

 退路はなく前には処刑台。わかりきった末路だ。

 

 まさか、余計な横槍のせいで罪を告白することもなく死に果てるとは思わなかったけれども。

 それも、また私に課せられた罰の1つと納得するしかない。

 

「なかなかどうして面白い」

 そう思っていたのに、大公は意外なことに面白そうに笑った。

「いい下僕を得たなルーナよ」

「え、あ……、はい」

 

 半ば反射的に言葉を返す。

 あの大公が笑うどころか褒めた? どうして、何故?

 

「先月はどうしたものかと思うたところだが、なるほどそういうことであれば今回に限り許そう」

「は、はぁ」

「今後もこの調子で励むがよい。此度の定例会議はこれにて終了とする、期待しているぞルーナ」

 

 瞬きの刹那に大公が消え去る。部屋に充満していた重圧と緊張感もまるで元からなかったかのように掻き消えた。

 それが意味することは1つしかない。

 

「やり過ごせたの……?」

 私は力が抜けてしまいその場にへたり込んだ。

「ふぃ~、何とかなったぁ。危ないところだったなお嬢様」

「あんた、どうして!?」

「全部説明するよ。でも、ここじゃなんだし早く戻ろうぜ」

 

 愚物の言う通りにするのは釈然としないがその通りであったので私は立ち上がりかけて、ペタンとその場に座り込んでしまった。

「ぁ……」

 どうにも足に力が入らない。

 緊張や不安、様々な感情が一気に押し寄せては消えて感情の整理がつかないせいだ。

 もう何が何やら。どうしていいのかも、どうしたいのかも何かもがわからなくなってしまった。

 

「立てないんですか?」

「放っておいてちょうだい。すぐに歩けるようになるわ」

 愚物にましてや敵に情けをかけられる謂れはない。

 

「いやいや、手を貸すぐらいしますよ」

「不要よ」

「どうしてです?」

「どうして、ですって?」

 

 決まっている。私は誇り高い純血の悪魔。

 今まで1人でずっと戦い続けてきたのだ。それは今後も変わらない。

 他人の手を借りることは絶対にしない。

 

「私が私だからよ。あんたの手は絶対に借りない」

「そうですか、じゃあちょいと失礼」

「何を、きゃあ!?」

 

 愚物は抵抗のできない状態であることをいいことに私を無理矢理に抱えた。

 しかも、お姫様抱っこである。

 こんな辱めを受けのは初めてだ。

 

「は、離しなさいっ! 不敬ですよ!?」

「お断りします。さ、行きますよ」

「このっ、手は借りないと言っていますでしょう!?」

「貸してません、単純に奉仕しているだけですから」

 

 減らず口を……!

 歯をギリギリと噛みしめながら恨みを込めて愚物を睨みつける。

「やっぱりお嬢様はこうじゃなくちゃな」

 何やらおかしなこと言う愚物は屋敷に戻るまで決して私を下ろさなかった。

 

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