ハイスクールDxD Lane Age   作:楓栞

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28話

 ゆさゆさと誰かにゆすられている。

 親の声とも違う聞きなれない声。どうやら起こされているようだ。

 まだ少し眠り足りないというのに。

 

「あと5分……」

「9分44秒前にその言葉はお聞きしました。これ以上の遅延は承服しかねます」

 なんと、記憶はないが過去の自分はそんなことを口走っていたらしい。

 

 言葉の主は怒っていないようだが、しかして、これ以上口答えするのはよくないと自分の中の何かが警鐘を鳴らしている。

 徐々に眠気も収まっていたこともあり、仕方なく起きることにした。

 

 目を開けると室内は明るく、窓からは朝日が射している。

 悪魔になってそこそこ経つがまあまあ日差しがきつい。

 やっぱり2度寝しようかなぁと掛け布団を探して、ベッド脇に誰か立っていることにようやく気付いた。

 

「母さん? 今日学校は……」

 体調が悪いから休む。と適当な理由をでっちあげようとして凍り付いた。

「心配には及びません。本日は校舎の改装工事の都合により、休講です」

「…………」

「どうかなさいましたか?」

「…………」

「我が王……?」

 きょとんと可愛らしく首を傾げる黒瀬。

 

 そう、俺の目の前にいたのは私服にエプロン姿の黒瀬だったのだ。

「えぇ~~~っ!!??」

 目の前の光景に目を疑い文字通り飛び起きて激しく天井に頭を打ち付ける。

 ドシンと鈍い音が大きく響いた。優れた身体能力が災いとなった瞬間であった。

 

「大丈夫ですか我が主!?」

 落ちてきた俺のそばにより頭をベタベタ触られる。

 俺は石のように固まって動けない。

 

 痛みからではない。お嬢様の存在が信じられず動けないのだ。

 頭が近い。俺が座っていてお嬢様が立っているから胸も近い。

 それといい匂いもする。女性の男性とはまた違う華やかな香り。

 この存在感。間違いなく現実だ。

 

「って、そうじゃなくて!」

「きゃあっ!?」

 休に俺が立ち上がったためにお嬢様が驚いて一歩後ずさる。

 

「いや、あの、なんでお嬢様がここに。というか俺死んだんじゃ……?」

 両手を開いて握って、それから腹や胸を触る。心臓は確かに規則正しく動いている。

 ゾンビになったといった超展開ではなさそうである。おそらくちゃんと生きている。

 

「最後の問いからお答えします。我が主は瀕死の重体となった責は私にあり僭越ながら治療させていただきました。此度の件、申し開きようもなく……どのような処罰をも甘んじてお受けする次第です」

「処罰ってそんな、お互いに五体無事なわけですし誰が悪いとか止めましょう」

「ですが……!」

「そんなことより、なんでお嬢様はこんなところに? というか親はどうしました?」

 

 お嬢様が家に上がっているということは、よもや俺の親に何かよからぬことをしたのではなかろうか。そんな疑念が頭をよぎる。

「なぜ、と言われましても私はクイーンなので主の身の回りの世話をしているだけです。クイーンはキングの側役ですのでなにも不自然なことはありません。ご両親に置かれましては既にお話をさせていただいてご了承済みです」

「は? 了承済み? というか……クイーン?」

 

 なにやら聞き捨てならない言葉をいろいろ聞いた気がする。クイーンっていったい何のことだ?

「ええ、魔力で少し……。ああ、ご安心してください少しばかり魅了(チャーム)を使わせていただいただけで危害は加えていません」

「ああ、そう……」

 

 魔力でどうこうと言われてしまってはもう驚くに値しない。危害は加えていないというし、きっとそうなのだろう。

 随分と悪魔慣れしてきたなと我がごとながら思うのだが、今、それは置いとくとしてだ。さっきからお嬢様の態度がおかしい。

 

 最初は気のせいと思い、次に罪悪感から殊勝な態度をとっていると考えていたが何やら妙に遜っているような気がする。

 我が王がどうとかっていったいどんな冗談だ?

 

 俺が倒れていた間のたったの一夜で果たして何があったというのか。

 嫌な予感しかしないが確かめないわけにはいかないだろう。なので恐る恐る聞き返す。

 

「その、クイーンって何のことです?」

「おっと、失礼しました。我が主よ。無礼を承知の上で主が気を失われていた間に眷属化の儀を交わして、クイーンの席をいただきました」

「え、クイーンをいただいた? じゃあさっきから俺のことを我が王とかって呼ぶのも……?」

「ええ、私は主たる月深結真様の下僕となりますね。ですから眷属である私が主たる月深様を我が王とと呼称するのは当然のことかと。どうぞ御用の際はご命令ください。いかなる万難をも排しましょう」

「いや。いやいやいやいや、え、何で? え、何でぇ!? キングはどうしちゃうんですか!?」

「あ、差し上げます」

「すごいあっさり!?」

 

 あんなこだわっていたのに急な方向転換にとてもついていけそうにない。

 どうしたってそんなことを言うのか、俺は聞かずにいられなかった。

 

「どうして平然としていられるんですか? 俺はお嬢様にとっての障害そのものじゃないですか。だっていうのにどうして……?」

「我が王に教えていただきましたから。誰かから信じられること、誰かを信じることの尊さを。我が王、月深結真様は正しく私の心を置くにふさわしいお方であると判断いたしました」

 

 おおう、およそお嬢様から出てきたことは思えない発言である。やっぱりこの人偽物ではなかろうか。

 1つ、試してみることにした。

 

「お嬢様、お聞きしたいことがあります」

「はい、どうぞ」

「俺とお嬢様が一番に最初に出会ったのはどこですか?」

「新校舎3階の踊り場ですね。急いでいた私が我が王を突き飛ばしてしまったこと、深くお詫び申し上げます」

「あ、えっと、謝ってほしいわけじゃないから大丈夫です。えっと、じゃあ次の質問です。俺が初めて行った先の依頼主の方とどんな内容の話をしていたか覚えていますか?」

「マスクドライバー、ですよね。誠心誠意取り組まれていた我が王を怒鳴りたててしまったこと重ねてお詫び申し上げます」

「ですから、責めているわけじゃないので頭上げてください!」

 

 お嬢様に頭を下げられるとなんだか落ち着かない。

 とはいえ、これで確信したぞ。このお嬢様は間違いなく本物だ。断言できる。

 しかし、だ。本物だとするなら腑に落ちないことがある。

 

「俺を王とするということはこれまでやってきことのすべてが無駄になるっていうことですよ? それでもいいですか?」

 彼女はこれまでクロセルの娘として奮闘し続けたはずである。だというのにこれまで築いた努力も掴んだ栄光も投げ捨てるような行為をしている。

 今までは考えられない行為、その理由がどうにも見えてこないのだ。

 

 故に真意を問う。彼女の言葉が嘘か誠かを。

「誰かのために何かをする。私も自身の心境の変化に驚いていますが、そうしたいと初めて心の底から思ったのです。いえ、今まできっと思いこそすれど目を背けてきたのかもしれません。我が王に秘めた心を暴かれることでようやく前に進むことができました。そのことに後悔はありません。いずれは大公にも説明しご理解をいただきたいと考えています」

 

 真正面から真っすぐに見つめられては何も言えない。

 殺し文句が過ぎるだろう。

 それ以上は問いただす真似をはしないで別の質問を飛ばすことにした。

 

「それがお嬢様の決断なら、わかりました、従いますよ。それで、えー、なんでそんな恰好をしているんです?」

 この部屋で初めて見た時からお嬢様のエプロン姿は不可解なものであった。

 お嬢様が普段からエプロンを付けているなんてことはなかった。

 

 らしからぬ行動ではあるが、もともとが美人なだけあって些かもその美貌が衰えはしていない。

 まとめるとよく似合っているのだが、なんで彼女はそんな恰好をしているのだろうか。

 まさか、料理でもしていたとでもいうのか。いや、ありえない。あのお嬢様に限って。

 

 彼女はどう考えても作る側ではなく作ってもらう側の存在だからだ。

 よって、ただの考えすぎなのである。そうでなければいけないのだ。

 だが、お嬢様は俺のあり得ざる妄想を簡単に肯定した。

 

「王のための料理を作るためです、変ですか?」

 エプロンの裾を掴んでクルリとその場で回る。

 何気ない所作であるがお嬢様がすると、こうも艶めかしくなるのは不思議である。

 と、見惚れている場合ではない。

 

「お、俺のために?」

「そうです、キングの身の回りの御世話も下僕の仕事ですから」

「えぇ……」

 

 なんというか違和感しかない。

 あの傲岸不遜なお嬢様があれやこれやとしようとしてくる。しかも俺のために。

 夢なら覚めてほしい。

 

 そうか、夢。きっと俺は悪い夢を見ているんだ。

 あるいは死後の世界とか。神様——は悪魔の世話なんかしないだろうから魔王様の計らいだろうか。

 

「ハハハ、そうだ。そうに違いない」

「あの、先ほどから頭を抱えられてどうかなさいましたか? ――ハッ、まさか私の施術になにか不備でも……」

 

 突然の衝撃。

 気づけば俺はベッドへ仰向けになっていた。

 疑問が形になる前に影が俺を覆う。

 

 俺が見上げる先にお嬢様の顔がある。端的に言うなら俺は押し倒されていた。

 突然のことに体は硬直したまま、頭もうまく働かない。なんとか口だけを動かす。

 

「あの、お嬢様?」

「どうか動かずに、触診しますから」

「しょ、触診!?」

「我が王の不調は、先の私の施術が関係しているかもしれません。確認いたしますのでどうかそのままで」

「いや、大丈夫! 全然元気だから! ちょっと考え事していただけだから!」

「そう、なのですか? でしたらよいのですが」

 

 そういうとすんなりとどいてくれた。

 かつて感じたことのない緊張を覚えつつも上体を起こす。

 

「えと、なんだっけ。そうそうご飯作ってくれたんだっけか」

「はい、準備は終わっていますのでいつでもいらしてください」

「じゃあ着替えが終わったら行きます」

「かしこまりました」

 

 と、勝手にタンスを漁りだすお嬢様。

 慣れた手つきでシャツを取り出し——。

 

「って、おかしいでしょう!?」

 なんで自分の家みたいにどこに何があるのかを把握しているのこの人!?

 もしかして、俺が寝ている間に物色を済ませていたとでもいうか……?

 

「はい?」

「いや、はい、じゃなくて!」

「すみません、何か不手際でも……?」

 

 シュンとした様子で伏し目がちに言う。

 まるで俺が何かしてしまったかのようないたたまれなさを感じる。

 しかし、ここで挫けてはいかないのだ。勇気をもって切り出していく。

 

「何をされようとしていました?」

「お手伝いをと思いまして、お洋服のご用意をば」

「いや、いいですから。自分で用意できますから」

 

 強引にシャツを奪い取る。

「遠慮なされなくとも」

「全然遠慮なんてしていません!」

 

 もう、なんだって今日のお嬢様は変なんだろう。

 ため息をつく。まだ起きたばかりだというのに気が重い。

 やっぱり2度寝しようかと考えてしまう。

 それにしても早く着替えたいというのにお嬢様は一向に出ていく気配がない。

 

「其処にいられると着替えられないんですけど……」

「お構いなく」

「いや、構うんだが!?」

「…………お手伝いはいりませんか?」

「一人でできますから!」

 残念そうな顔をするお嬢様を何とか説得して部屋から出てもらった。

 

 

 

「ったく……」

 お嬢様が自ら殻を破って素直になってくれたのは嬉しい。

 けれども俺の予想に反して想像以上に突然下僕だとか言ってきたり、かいがいしく世話をしてきたりとか。

 

「調子狂うぜ、いや、ほんと……」

 つい少し前までのお嬢様と今のお嬢様が同一人物だととても信じられない。

 あの高圧的なお嬢様はどこへ行ってしまったんだろう。

 

 一体何があってああなってしまったのを考えるとその原因はやはり自分にあるのだろうが、大したことをしたつもりはない。

 ただ、ちょっとばかり凹んでいたお嬢様を元気づければまたいつものお嬢様になると思っただけなのに。

 

 いっそ、宗方さんのドッキリでした~って言ってもらえた方が納得するぐらいの変わりようである。

 寝起きドッキリならそろそろネタ晴らしを食らってもいいころである。今のところそんな気配ない。

 なんにせよいつまでもこうしているとまたやって来かねないし早く支度を済ませよう。

 

 そそくさと着替えを済ませ、顔を洗ってからリビングに向かう。

 洗面台は一階にあるのだがその時から廊下までいい匂いがして腹の虫が鳴りっぱなしだった。

 

「起きたか、結真」

 リビングに着くと目に入った食卓には既に所狭しと料理が並んでいて、それをつつく父がいた。

 

「おはよう」

「ああ、おはよう。先にいただいているぞ」

 と言って、視線をテーブルに落とす。釣られて俺も視線を投じる。

 食卓にはごはん、みそ汁、お新香、だし巻き卵、焼き魚、唐揚げ、ハンバーグ、ステーキにお好み焼きと並べられていてなかなかのラインナップだ。

 

「うん、おかしい」

「え、何か不手際でも……?」

 

 思わず零れた心の声をお嬢様に拾われる。

 しまった、と思った時は既に時遅し。

 慌てふためいてやってきたお嬢様が深々と頭を下げた。

 

「お気に召しませんでしたでしょうか。す、すぐに作り直しを!」

「待って、違う! おかしいっていうのは――、その、頭がおかしくなりそうなほどおなか減ったって意味ですから! 断じて気に喰わないとかそういう意味ではありません!」

「朝から騒がしいぞ、結真。折角黒瀬さんが作ってくれたというのに」

 

 嘆息する父。その手には味噌汁がよそられているお椀があり何食わぬ顔で箸を進めている。

 魅了(チャーム)がかかっているとはいえ、馴染みすぎだろう。

 

「朝からすみません、息子が失礼してしまい申し訳ない。黒瀬さん」

「そうよ、黒瀬さんごめんなさいねぇ」

 キッチンから母が顔を覗かせていた。

 

 いつもなら母が料理を作ってくれているのだがその母も今日ばかりはベンチ入りのようだ。

 だが、大して気にした様子もなく母はご飯が乗った茶碗を手に席に着いた。

 

「いえ、こちらこそ早とちりをしてしまい申し訳ございません。さ、我が王。どうぞ、席についてくださいませ」

 何とかお嬢様を誤魔化せたようだ。席に着き改めて食卓を見る。やはり、おかしい。

 和食メインなのはきっと俺に合わせてくれたのだろう。

 

 その心遣いは嬉しいのだがなにしろ量が多い。朝からこんな量を出されてもとても食べきれそうにない。

 流石貴族の令嬢。やることのスケールが大きい。

 いくら食べ盛りと言えど限度がある。まぁ、言っても始まらない。やるだけやってみるとしよう。

 

 手を合わせていただきますと、小さく呟いて箸を手に取る。

 これだけいっぱいあると何から手を付けようか迷いどころではあるがとりあえずだし巻き卵からいくことにした。

 お嬢様が不安そうな目で見ていることを意識しないようにしながらだし巻き卵を口に運ぶ。

 

「うまい」

 噛んだ瞬間に華やかな出汁の香りが口いっぱいに広がり、程よい塩気と甘さが舌で感じられた。

 たった一口でわかる、なんという完成度。

 

 もはや言葉にしているのが惜しくなり2切れ目を口に運ぶ。

「……うまい」

「本当にねぇ」

「全くだ」

 正直な感想が口を突いて出てくる。父も母も同様の感想を述べる。

 

「よかったです」

 お嬢様が微笑んだ。なんて絵になる笑顔だろうか。過去を知らなければ胃袋だけではなく心も掴まれていたことだろう。

 

「お嬢様は料理も上手なんですね」

「毒殺を警戒するために覚えました。それ以外も大抵のことは自分でこなせるように訓練していますから」

「はは、毒殺とは黒瀬さんも大変だ」

「本当にねぇ。立派なものだわ」

 

 やはり魅了(チャーム)の所為でお嬢様に関する判断能力が著しく低下しているためか何とも呑気な返事をする両親。

 動機が物騒ではあることが少し引っかかるが、その腕前は確かにケチのつけようがない。

 この瞬間にこんなおいしいものをいただけるのであれば些細なことである。

 俺は唐揚げやハンバーグにも手を出し心ゆくまで堪能するのだった。

 

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