「いろいろあったからなぁ」
大学からの帰り道。すっかり日が暮れた夜道を歩きながら誰もいないことをいいことにため息交じりにぼやく。
今にして思えば御供さんをかなり強引であったが、説得できたことは幸運としかいいようがなかった。
先刻のお嬢様の提案。
御供さんに合わせてほしい。確かに彼女はそう言った。
あの様子からして御供さんをどうこうするつもりがないことはわかる。
だからといって合わせられるかというとかなり微妙なところだ。
御供さんは俺の説得に応じ、なんとか落ち着いてくれている。
國坂の助力をお願いし御供さんは國坂の下でお世話になっている。恐らくはもう死のうだなんて思うことはないだろう。
ようやく心の平穏を取り戻した御供さんにお嬢様が出会った時果たしてどうなることやら。
お嬢様は過去、御供さんを殺した。その事実を御供さんは既に知っている。きっとひどく取り乱すに違いない。
とても合わせることはできない。
と、少し前の自分ならそう思っただろう。
だけど、俺はこれを好機ととらえた。
あのお嬢様が少しでも罪悪感を感じ、その上で御供さんに会いたいというのであれば後押しするのも悪いことではないのでないか。
そう思う自分がいた。
だから、俺はお嬢様の提案を迷った末に承諾した。
同じ眷属である以上はいずれ避けては通れない道だ。いつかは会うことになっていたのであれば今会ったとしてもあまり変わりはない。
とはいえ、どのような結果が訪れるか。
考えれば考えるほどに胃がキュッとなった。
これ以上は考えるのはよそう。その時になれば結果はわかる。根回しは当然として、やれることをやったらあとは祈るのみだ。
天を仰ぎ見て流れる星がないか探した。
見つかりこそしなかったが久しぶりに見た夜空は悪魔の視力も相まってとても綺麗だった。
それから時は流れあっという間に皆が集まる日になった。
集まるメンバーは俺、お嬢様、宗方さんに御供さんの計4名。俺と御供さんはお嬢様のリムジンカーに回収してもらい向かう。
場所はお嬢様の屋敷の応接室を借りる手はずとなっている。
最近はお嬢様にお願い事すると二つ返事で了承してくれるため助かる反面、怖くもある。
いい加減慣れないと思いつつもどうしても最初の印象がぬぐえていなかった。
さて、そんなこんなで俺と御供さんはリムジンカーに乗り込み屋敷へと向かっていた。
その車内。
一応、お互い腹の底を見せ合い理解しあえた間柄のはずだがあれから間が空いたこともあり、どう接したものかと苦慮していた。
目も合わせず、しかし、時折互いにチラチラと相手を見やっては視線が重なり目を逸らす。
それをいくつか繰り返していい加減疲れた俺は半ば自棄になって切り出す。
「さ、最近調子はどう?」
一瞬の空白が訪れる。
気まずかった空気は冷たく口を閉ざしたくなる冷気へと様変わりである。
これはまずいと思ったその時。
「な、なんとかやってます」
かぼそい声ではあったが確かに御供さんがそう答えた。
「國坂さんがよくしてくれるので……と、とても助かってます」
現在御供さんは國坂のもとに居候中である。女性である御供さんに寄り添えるのは俺の知り合いでは國坂しかいなかった。
幸いなことに國坂は人助けのプロである。俺の頼みを快く承諾してくれ、御供さんに衣食住を提供するとともに心のケアをしてくれている。
とはいえ、タダではなく國坂は御供さんに自身が抱えている依頼を兼任させている。俺もまた國坂からとある頼みごとをされている最中だ。
それから御供さんは今のところ学校に通っていない。
理由はもちろんご両親のことに起因する。
ご両親が御供さんのことを忘れている状況で通学した場合どんなことが考えられるだろうか。
今すぐには影響はないだろう。しかし通い続ければどこかで齟齬が生じる。
学費を払っているのは当然ご両親だ。子供がいるわけでもないのにどうして学費を払っているのだろうかと首をひねるはずだ。
一方で学校側はご両親の承諾を受けたうえで各種資料を受諾し学費まで貰っている。なのにある日突然娘はいないというご両親の言葉に困惑することだろう。
全員を確認したわけではないため確実なことは言えないが記憶の処理が施されていたとしても交友関係のあった人物だけ限られるはず。
つまり、学校関係者には確実に御供さんを知る人物が複数いる。
娘などいないはずなのに学費を払い続けている事実とご両親がいることを知っていて学費も受領している学校側。
なんともめんどくさい構図が出来上がってしまう。
その時まで御供さんが通い続けていた時にどのような目を向けられるかは想像に難くない。
なのでその事実が発覚する前に御供さんには雲隠れしてもらうことにした。
いずれ面倒な事態になるにしてもその時に当の本人がいないのであればいつかは時の流れが沈静化してくれる。
加えて今はお嬢様の助力もあるためより穏便に事が済むように調整中でもある。
そのために俺らのような関係者を除いてあらゆる連絡先を削除してもらった。
色々と苦労を強いることに最早なんと詫びればいいのか言葉すらも見つからない。
だからこそ、少しでも御供さんが前を向いて歩み始めてくれていることがうれしい。
「ならよかった。困ったことがあったらなんでもいってくれ。極力何とかしてみせるから」
御供さんがコクリと頷いた。
冷たい雰囲気はいつの間にか払拭され、屋敷に着くまでの間近況について話し合った。
間もなくして屋敷の前にたどり着くとリムジンカーから降りて、侍従の案内のもと中へと足を踏み入れる。
そこには侍従全員が並び立ち、さらにその一歩前に屋敷の主たるお嬢様の姿もあった。
俺と御供さんを確認するとお嬢様含め全員が恭しく頭を下げた。
「ようこそ、お待ちしておりました月深様、御供様。当館の主、ルーナ・クロセルでございます。此度は急な招待にも関わらずご来訪いただき誠にありがとうございます」
「お招きいただき感謝します。ルーナ様」
俺もまた折り目正しく礼をする。それも悪魔式の作法でだ。
それを見てお嬢様の表情に僅かではあるが変化が訪れる。
よく見てないとわからなかったが笑みを深めたのだ。これまで悪魔の作法なんて披露したことなどなかったからか少しは驚いてくれたようだ。
宗方さんにお願いして練習した甲斐があったというもの。内心でガッツポーズして外面はポーカーフェイスを保つ。
と、横を流し見ると御供さんの表情が硬いことが伺えた。
無理もない。殺した相手を眼前に平静でいろというのが土台無理難題なのだ。
むしろ、怒りや恐怖を露にしないあたり大したものだとほめるところだろう。
お嬢様もまた御供さんの様子に気付いているようで一瞥すると、歓待の挨拶を早々に打ち切り応接室へと誘導してくれた。
宗方さんは住み込みのため俺と御供さんが揃えばそれで全員集合である。
けれども、応接室にはいるもんだと思っていた宗方さんの姿はない。
お嬢様は応接室の扉を閉じると御供さんに視線を向ける。
その視線をいち早く感じ取った御供さんが俺の背中に隠れる。
それを気にした風もなく語りかけた。
「改めてご挨拶を。初めましてルーナ・クロセルです。我が主、月深結真様のクイーンを務めております。色々と複雑ではありましょうがまずはこうしてお目見え出来てよかったと思います」
捉え方によっては煽っているともとられても仕方ない物言いではあるが、お嬢様の言葉に毒は感じられない。
それは御供さんにも伝わったことだろう。俺の背中に隠れるのを止めて俺の隣に立った。
「ど、どうも」
蚊の鳴くような声ではあったが御供さんが返事をしてくれた。
貴族であるお嬢様に対しては些か礼を欠いているが、彼女は気を悪くした様子もなかった。
「まずはこうしてお話しさせていただきたかったので宗方には一旦待ってもらうことにしました。我が王にもいてもらった方が御供さんのためにもなると思いますし構いませんか?」
俺は迷うことなく頷いた。
「ありがとうございます」
軽く頭を下げて御供さんに向き直る。
いつもであれば一切の躊躇なく切り出していくお嬢様ではあるがどこか迷うように口を開きかけては閉じている。
指と指を絡ませて所在なさげにしていた。
ありえないと思うがあのお嬢様でも緊張するといったこともあるようだ。
心の中で応援しつつ、決して手は出さずに見守る。
やがて、決心がついたのか徐に切り出した。
「御供さん。私はあなたに謝らなければならないことがあります」
「……」
御供さんが息を呑む。
「私はあなたに取り返しのつかないことをしました。私は……私欲に取り付かれあなたを…………殺してしまった」
だんだんとか細くなる声。最後はなんとか絞り出したようでさらに小さい声だった。それでも3人以外誰もいない部屋にはよく響いた。
最後の一言でびくりと肩を震わせる御供さん。
俯いており今、どんな表情をしているかはわからない。
「なんと愚かなことをしてしまったのかと思います。どんな言葉を重ねても許されないとわかっております。ですが言わせてください。ただの自己満足かもしれませんがそうしたいのです」
お嬢様が深々と頭を下げて謝意を示す。
「申し訳ございませんでした。あなたが望むのであればいかなる罰をも甘んじて受けます」
さて、御供さんはなんて返す。固唾をのんで見守る。何かあればいつでも割ってい入れるように片足を浮かす。
御供さんがお嬢様に歩み寄る。
「顔を上げてください」
その言葉通りに顔を上げたお嬢様に対して御供さんは何の前置きもなく平手打ちをかました。
危うく飛び出しそうになるがグッとこらえる。
御供さんにそれ以上お嬢様を傷つけようとする害意を感じられなかったからだ。
「謝らないでください。ムカつきますので」
「御供さん――」
「月深さんは黙っていてください」
「アッハイ」
「ルーナさんはすごい人――悪魔なんですよね、多分。それに比べて私はちっぽけな存在なんでしょう。でも、私にだって意地があります。ルーナさんから見て吹けば飛ぶようなものでも意地があるんです。だから言わせてもらいます」
きっぱりと前を向いて御供さんは放った。
「私、あなたが思うほどに可哀想な女じゃありません」
お嬢様が一歩後ずさった。
目を見開き僅かに怯えを覗かせ、口を真一文字に結んだ。
「一本取られちゃいましたね、お嬢様」
「我が王……、ええ、どうやらそのようです」
苦笑を浮かべ、退いた分だけ足を前に出す。
「大変失礼いたしました。御供さん。私はあなたという存在を見誤っていたようです」
「ぅえ、ああ、わ、たしもちょっと言い過ぎました、ご、ごめんなさい」
お嬢様相手にかっこよく啖呵を切った姿勢はどこへやら、顔を真っ赤にして御供さんは謝罪の言葉を述べる。
「どうか謝らないでください、すべては私の不徳といたすところなのですから。あなたを軽んじた私に対する正当な指摘ですわ」
「うぅ……」
御供さんを持ち上げれば上げるほどに御供さんの顔が更に赤くなっていく。
わかっていてやっているのであれば大したものだが、まぁ、あの様子から見るに本心から言っているのだろう。
「とはいえ、だからといって私の罪が消えるものではありません。一生をかけてその業を背負うつもりです。ですから、困ったことがあればなんでも仰ってください。クロセルの名に懸けてご助力いたします」
「え、えぇ、そこまでは……」
「数々の無礼を帳消しにできるとは思いません。ですが、私がそうしたいのです、どうかお願いいたします」
「は、はい」
遂に御供さんが押し負ける。渋々といった体で頷いたが、それでお嬢様は満足したようだ。
それ以上は何も言わず、ただ薄く笑う。
憑き物が少し取れたような晴れやかなものだった。
きっとお嬢様も今日この日を迎えるまで不安に思っていたに違いない。
よかった、と俺は思う。まだまだ自分たちの関係は始まったばかりではあるが、ほんの少し理想の形に近づけたような気がした。
「それで、その、電話番号を交換しませんか? 有事の際は連携が取れたほうが良いでしょうし」
頬を赤らめお嬢様はそう提案した。
なんというか実にしおらしいというか、たどたどしい。
見ているこっちが照れるくらいだ。
御供さんもまた、お嬢様の様子に面食らっているようで固まっている。
そこにさらに畳みかけるようにお嬢様が言う。
「これは私の電話番号です」
お嬢様が紙片を差し出す。
予め書いていたのだろう。
御供さんは少し迷うそぶりを見せてからおずおずとそれを受け取った。
お嬢様が顔を輝かせて、笑みを見せた。
「ありがとうございます。些細なことでもよいのでいつでも、24時間365日おかけいただいて構いません」
コールセンターかよ。ツッコミそうになるがシリアスな雰囲気の中、言葉に出すのは憚られたので黙っておく。
それからはぎこちないながらもちょっとした食事会となった。
たどたどしく話し合うお嬢様と御供さんの様子を横目で楽しみつつ、食事を楽しむ。
いつの間にか宗方さんも現れて全員で話を咲かせた。
そんなこんなで宴も酣。
久しぶりな穏やかな時間を過ごした俺たちは、解散と相成り次の日を迎えたのだった。