「ふぃー終わった終わった」
互助サークルのリーダー國坂からの指令を終えた俺は凝り固まった肩を回す。疲れてこそいるがそれは心地の良い疲労感だった。
「お疲れさまでした。我が王」
「お嬢様もお疲れさまでした」
疲労を微塵も顔を出さずに俺を労うお嬢様。
最近ほとんど毎日のように互助サークルの活動をしている。下らない内容もあれば無理難題に近いものもあったりして心身ともに大変な目に遭っている。
今日も今日とてかなりハードだったはずだが、嫌そうな顔すら全く見せないのは流石といったところか。
「あの、もし嫌だったら言ってください。こっちでなんとかするんで」
元々俺が互助サークルに入ったのも、國坂に俺のことを助けてもらう代わりとしてサークルの手伝いをしているからだ。
俺が勝手にやっていることだし、恩に着せたいとも考えていないからわざわざ手伝ってもらう必要はないのだが……。
「そんなことを仰らないでください。私は嫌だなどとは思っておりませんし、何よりも少しでも我が王の一助になればこれに勝る喜びはありません」
屈託のない笑みと共にそう言った。
俺は何故だか頬が熱くなるのを感じてお嬢様から視線を切った。
本当、変わったよなぁ。ほんの少し前まで殺し合う仲だったはずなのに。
「我が王?」
急にそっぽを向いた俺を不審に思ったようだ。
お嬢様を直視できなかったのでそのまま口を開く。
「や、気にしないでくださいちょっと考え事を」
「なるほど、そうでしたか」
特に追及もされなかったのでそのまま歩く。今日は大学で講義終わりにサークル活動をしていた。
やることはやったので後は帰るだけだ。報告は、まぁ明日でもいいだろう。
奇妙な雰囲気のまま歩いていると、廊下の前方から騒がしい音がした。
本日分の講義も終了したので、生徒はもう帰ったものと思っていたので妙に騒がしいことを疑問に感じた。
「なんでしょうねあれ」
「……お兄様」
「え、お兄さん」
悪魔の視力で注視すると人だかりに囲まれてお嬢様のお兄さん、ルイ・クロセルがいた。傍にはもう1人知らない男性がいる。
「別のルートで出ます?」
絡まれたくなかったのでそう提案してみたがお嬢様は首を横に振った。
「お兄様を無視した、と万が一にでも思われると少々ややこしいことになってしまいます。お手数おかけしますがこのままがよろしいかと」
「了解です」
お嬢様の助言に従ってそのまま進むことにした。
願わくば挨拶だけして去りたい。しかし、お嬢様のお兄さんが俺たちに気付いた瞬間その願いは儚くも砕け散った。
「ルーナか」
「こんにちは、お兄様」
「ルイ殿、こちらの方は?」
お嬢様のお兄さんとお話をしていただろう男が問う。
随分な美形だ。光でも放ってそうなブロンドの髪に切れ長の瞳、スッと伸びた鼻筋と顔も整っている、まさにTHEイケメン。
彼らを囲っている人たちも全員が女性と考えるともしかしたらこの人だかりも彼の所為なのかもしれない。
そんなイケメン男にお嬢様のお兄さんが向き直る。
「これは失敬。不肖の妹です」
「おお、妹君がいるとは露と知りませんでした」
「出来の悪い妹でしてな。わざわざ紹介するまでもないと思っておりました」
「と言いつつ、このような見目麗しい妹君がいることを知られたくなかったのではありませんかな?」
冗談交じりにイケメン男が言った。
お嬢様のお兄さんはまさか、とおどけてみせるがその目は笑っていなかった。
ふむ、どうやら紹介できなかったのではなく、紹介したくないというのが本音だろうか。
兄妹の確執を目の当たりにしてお嬢様を盗み見たが、動じた様子もない。
どうやらよくあることらしいな。
「お兄様、お邪魔なようですから私はこれにて失礼させていただければと」
「邪魔だなんてとんでもない。是非お話ししたい」
空気の読めないイケメン男はこともあろうにお嬢様を引き留めようとした。
これにはお嬢様のお兄さんも苦い顔をした。が、抵抗はしなかった。
「ルーナ、折角の機会だ。挨拶なさい」
「はい、お兄様。お初お目にかかります。ルーナ・クロセルと申します。以後お見知りおきを」
「ルーナ殿ですか、なんとも美しい響きだ。おっと失礼。私はクライフ・テープェケスといいます。どうぞよしなに」
慇懃に一礼するクライフさん。
テープェケス。聞いたことのない家名だ。宗方さん教えてもらった悪魔の大貴族たる72家には含まれてはいないはずだ。
と、俺の心境を察したという訳ではないだろうがお嬢様のお兄さんが声のトーンを落として説明してくれた。
「クライフ殿は一般の出でありながら近年レーティングゲームで頭角を現しつつある方だ。最近ではその功績を認められて爵位も賜れている。」
「ははは、私など大したことなどは」
「まぁ、それは凄いですわ」
兄妹からの称賛の声に照れくさそうに後頭部を掻く仕草を見せるイケメン男。うーん、イケメンは何をしてもイケメンである。べ、別に悔しいなんて思ってないんだからね!
などと脳内で負け惜しみをしてみる。
しかし、声量を落としているから周りの人達には聞かれることはまずないだろうけど、秘密の会話をするにはあまり向いてない場所だ。
それはクライフさん同感だったのだろう。一旦辺りを見回して口を開く。
「ここではあまり落ち着いてお話できませんね」
「そうですな、ではまたの機会にでも――」
「ですから、よければどうでしょう今日、ルーナ殿にもご参加いただくのは」
「は?」
お嬢様のお兄さんが目を丸くした。
なんだ? イマイチ話が見えてこない。1つわかるのはそこはかとなく嫌な予感がすると言うことだ。
「こうして会えたのも何かの縁。ルーナ殿、今夜の宴会に是非ともご招待したい」
何かわからないが誘われている。俺にはそれだけしかわからなかったが、これまでのやりとりから何が起きているかを感じ取ったお嬢様は即座に反応した。
「お誘いは誠に嬉しいのですがお二方のお邪魔をしてしまうわけには……」
チラリとお嬢様がお兄さんを見た。その意図を汲み取ったお兄さんが語を継ぐ。
「その通り、愚妹がクライフ殿にご迷惑となりますでしょう」
「いやいや、とんでもない。むしろ飾り気のない会場に相応しい華となりますでしょう」
「や、しかし……」
食い気味に力説するクライフさん。一体彼を何が駆り立てるかは不明だがこうもしつこく誘われては断り辛い。
断ることも出来るだろうが、このままでは却って相手に恥をかかせてしまう。
それを悟ったのだろう。お嬢様のお兄さんは観念したように言った。
「こうも熱くお誘いいただいてしまっては、断るわけにもいきませんね。ルーナ、行けるか?」
行けるか、と確認しているがそれは形式的なもので何と返そうが行くことに変わりはない。そんな重さが先の言葉には含まれていた。
「かしこまりました。是非参加させていただきます」
「うんうん、それがいい。実に華やかになるだろう。さ、じゃあ早速行こうか」
「今からですか? 出来れば一度戻りたいのですが……」
「それなら心配いらないよ。会場にはスタイリストもたくさんいるし、ドレスだって選びたい放題さ」
「そういうことでしたら……」
あまり納得していないが相手の厚意を断るわけにもいかず渋々承諾するお嬢様。
直後、俺は信じられないものを見た。
クライフさんは慣れた手つきでお嬢様の腰に手を回すとそのまま案内しようとしたのだ。
ちょっと気に障ったので思わず俺は声をかけてしまった。
「あの」
「ん? 君誰?」
「俺は――」
「ルーナ殿、お知り合いですか?」
って人の話を聞けよ! さっきからちょっと思っていたけど人の話をきちんと聞かないタイプなのかもしれない。
「あ、いえ、彼は……私の……下僕です」
「ふぅん、君も来るの?」
「当然です」
「そう、じゃあ荷物持ちよろしく」
俺の足元にバッグを放り捨てる。そして人だかりに手を振ってからお嬢様を連れていこうとして止まった。
「ルーナ殿?」
突如として足を止めたお嬢様を訝しげに見ている。
やばいと俺は直感した。クライフさんは気づいていないだろうが俺にはわかる。
お嬢様はキレる一秒前だ。
「に、荷物持ちですね喜んで! お、ではなくてルーナ様どうぞ先に行ってください!」
その言葉が辛うじてお嬢様の怒りを鎮めたようで振り返って一度頷くと何とかクライフさんと一緒に歩き始めた。
ふぅ、何とかなった。未だにお嬢様の沸点はわからないが今のは少しヤバかった。
気を取り直して鞄を手に取る。早くしないと置いていかれてしまう。
瞬間、俺の頬に鈍い痛みが走った。全く予期していなかったため思いっきり吹っ飛んだ。
痛ってぇ、顔を上げると拳を振り抜いていたお嬢様のお兄さんがいた。
「下賤な下僕風情が口を開くな、空気が不味くなる」
おまけにとばかりに俺の頭を蹴っ飛ばすと、お嬢様たちの後を追った。
少し、いや、かなりカチンときたがこらえる。問題を起こせばお嬢様の顔に泥を塗ることになる。ここは我慢だ。
「大丈夫?」
不意に声をかけられた。
「あ、はい、って誰?」
見知らぬ女性の人だ。多分同い年くらいでダウナー系な感じだ。
彼女は声を潜めて言った。
「船堀。ルイ様の眷属でビショップやってる」
「そうなんですね。俺、月深結真って言います。ルーナ様の下僕です。それと心配してくれてありがとうございます」
「え? ああ、ごめん。大丈夫っていうのは体のことじゃなくて荷物持てるかって意味なんだけど」
あ、そういうね。てっきり俺のことを心配してくれているのかと。ちょっと恥ずかしい。
「あ、大丈夫です、持てます」
「そ、じゃ、早くしないと怒られるから行こうか」
船堀さんは果たして何人分かもわからない、荷物を抱えた。
「あの、大丈夫ですか?」
いくら悪魔といえども女性の身でそれはきつくないんだろうか。
「平気、慣れているから。君も早くして」
あの気に喰わないイケメン男の分だけ持てばいいのかと思いきや廊下には鞄が無造作に置かれている。小物が取り付けられており種類からして女性ものに思える。
「まさか、あれも?」
だとするなら俺も彼女に負けないぐらい背負う必要があるが。
「当然。早くして本当に怒られちゃうから」
「さっきから怒られるって言ってるけど誰に?」
質問してみたが船堀さんは取り合うこともせずさっさと行ってしまう。
「まじか」
ポツンとその場に置き去りにされた俺は大慌てで荷物を掴んで走り出した。
ようやっと船堀さんの背中が見えたと思いきや、彼女はどういうわけか教室へと入っていく。
はて、こんなところにきてどうするのか。ともあれ黙って見送るわけにもいかない。俺も中に入った。
「は?」
俺は間抜けな声を漏らした。
船堀さんが振り返る。
「なに驚いているの?」
「いや、これ驚くでしょ」
だって俺の目の前には中世ヨーロッパにでもありそうなお城が鎮座していたのだから。
思い返してみよう。俺は船堀さんの後を追って教室に入っただけ。なのに本来あるはずの教室はそこにはなく、外に続いていた。
後ろを見る。廊下はない。どこまでも草原が広がっている。これもおかしい、後者の中にいたはずなのに草原? 気が変になりそうだ。
おまけに空は紫色でどこから薄暗い。天変地異でも起きて地球環境が一変してしまったのだろうか。
「もしかしてだけど、冥界初めて?」
「冥界ってあの冥界?」
「あのも何も冥界は1つしかないけど」
「じゃあ、ここが冥界なのか」
宗方さんからは冥界がどういう場所なのか聞いていたし、いつかは来るだろうとは思っていたけどまさかこのタイミングで来ることになろうとは。
「観光はまた今度にして、先を急がなきゃ」
「すみません、すぐ行きます」
先を急ぐ船堀さんに続いた。
「あの、お嬢様たちは?」
「転移魔法陣でとっくに城内」
「え、じゃあ俺たちは?」
「私たちは直接中に入れないの。外に関係者用の出入り口があるからそこから入る」
「何だってそんな面倒を?」
一緒に行ってしまえば楽なのに。
「そんなことも知らないの?」
「さ、最近悪魔になったばかりなもので」
「あんまりものを知らないと恥をかくよ。今日は私の指示に従って、怒られたくないから」
怒られたくない、ね。何やら訳アリのようだが踏み込んで聞くのも躊躇われたので、了解ですとだけ答えておいた。