闇雲に探しても彼女には会えないだろう。
行くとしたら関係者専用の場所しかない。さぁどう侵入したものかと考えを巡らしていると階下は蜂の巣をつついたような騒ぎだった。
スタッフが喚き散らしながらあちこち走り回っている。
労せずして侵入することに成功した。
風体からして関係に見えないためかすれ違うスタッフからジロジロと見られたがそれどころではないのか呼び止められるまでには至らなかった。
ウロチョロと歩き回ったが肝心の船堀さんは見当たらない。まさかもう人間界に転移してしまったんだろうか。
それにしてもなんだ? 通路のあちこちに破壊された跡があるしどこからか焦げ臭いにおいがする。スタッフの様子といい何か不測の事態でもあったのか?
「おい、お前そこで何をしている!?」
終ぞ警備員に呼び止められしまった。
「すみません、俺、クロセル様のファンでしてサイン貰いたいんですけど」
警備員は舌打ちをすると俺の腕を掴んだ。
「ここは関係者以外立ち入り禁止だ。全くこの忙しい時には手をかけさせるんじゃない!」
精一杯の言い訳も虚しくしっかりと追い出された。
結局お兄さんたちの所在もわからずじまいだ。
出直すかとお嬢様たちの戻ろうとして通路を歩いていると見覚えのある後ろ姿が見えた。
「船堀さん」
手を付いてうずくまるその人は船堀さんだった。
駆け寄り再度声をかける。
「船堀さん……?」
応答はない。明らかに様子が変だ。駆け寄り様子を窺う。
「君か……」
玉のような汗をびっしりと浮かべてダルそうに顔を向ける。
「凄い汗ですよ。こんなところにいないでちゃんと休まないと」
「放っておいて」
「でも……」
「いいからっ!」
差し伸べようとした手を船堀さんは乱暴に振り払った。
「……いいから放っておいて」
壁に手を付いてなんとかといった形で立ち上がると外に出ようとして、前に大きくバランスを崩した。
そうなると予期していた俺は咄嗟に彼女を受け止めた。
「何のつもり?」
「そっちこそどういうつもりですか?」
「どうって、帰ろうとしているんだけど? 邪魔しないでよ」
「とても1人では帰れそうにないように見えますけど」
「だったらなによ? 君には関係ないでしょ」
「こんなフラフラな人を放っておけるわけないだろうが!」
思わず怒鳴ってしまった。言ってからやべっと思う。
船堀さんも怒られるとは思っていなかったのか目を見開いている。
「大きな声だしてすみません。でも本心なんで……せめて医務室行きません? 戦い終わったばかりなんですしちゃんと休まないと」
「医務室は止めて」
「え、でも」
「いいから。ここからもう少し進んだ先に倉庫があるの。そこまで連れていってくれないかな」
釈然としないが無茶をしようという訳ではなさそうだったので彼女を倉庫まで運んでいくことにした。
最初は肩を貸そうとしたのだがそれではやり辛かったので、おんぶすることにした。
「悪いね」
「いえ」
悪魔になった今ならこれくらい何ていうことない。
少し進んだところで彼女の言う倉庫があった。鍵はかかっておらずすんなりと中に入れた。
倉庫の名の通りゲームに関すると思われる備品の類が保管されている。
「適当なところで降ろして」
あまり休むに適した場所とは思えなかったのだが運がいいことにマットを見つけてそこに横になってもらうことにした。
「ありがと」
起き上がる気力もないのか横になったままだ。
放っておくのもあれだったのでせめてちゃんと歩けるようになるまでは傍にいようと決めた。
「ねぇ」
「何ですか」
「何で親切にしてくれるの?」
「人を助けるのに理由っていりますか?」
「私悪魔だけど」
「悪魔を助けるのに理由はいりません」
「言い直しただけじゃん」
「何か文句でも?」
「ううん。……あのさ」
「はい?」
「私に惚れたの?」
「ゲホゲホっ」
突飛な発言によって気管に唾が入った。
「大丈夫?」
誰のせいだと。
「ええ、平気です。というか何ですか今の」
「や、ごめん。君が助けてくれる理由がわからなかったから。それでどうなの?」
俺が船堀さんを好きか、か。答えは勿論。
「残念ながら違いますよ」
「そか。ならいいんだけど」
何がいいのかわからないけど納得してくれたのならよかった。
「ねぇ」
「まだ何か?」
「聞かないの?」
驚いた。まさか船堀さんから切り出してくるとは。俺としては無理に聞き出すつもりはなかったんだが。
「いいんですか? 一応俺なりに気を遣ったつもりなんですけど」
「君ならいいかも、人生で最後に会う人かもしれないから」
随分と不穏な物言いだ。途端に聞きたくなくなったが、迷ってからやっぱりたずねることにした。
「じゃあ聞きます。船堀さん。あなたは何をしたんですか?」
「何を、ね。端的に言うとズルかな」
「具体的には?」
「悪魔歴の浅い君にも伝わるように言うと違法なドーピングをした」
それはきっとあの時のことを言っているのだろう。一番に会敵した船堀さんは敵の攻撃でほとんど戦闘不能に陥っていた。
そして終盤になって持ち直したかと思えば戦場を圧倒的な力で蹂躙してしまった。あれはやはり本来の実力ではなかったようだ。
「何故そんなことを?」
「力が欲しかった。あの人に認めてもらえるような力が」
手を伸ばす。そこには無い何かを掴むようにして空を握り締めた。
「結果はこの様。主の不興を買って折檻を受けたよ。高望みなんてするもんじゃないね」
「……これからどうするんです?」
「さぁ? どうしようか。きっと今頃運営も動いていることだろうし間もなく捜索が始まるでしょ。そうすれば私も収容所送りかね」
「他人事みたいに言うんですね」
「それは多分本心からどうでもいいと思っているからだろうね」
やっぱり他人事みたいに船堀さんは言った。
寄る辺もない彼女はこの後どうするんだろうか。捕まるまでこの場にいるんだろうか。
なんとなくそれは嫌だと思った。
「なら俺の家に来ますか?」
「……大胆な発言だね。女を家に連れこもうだなんて悪い男にでも目覚めたの?」
「茶化さないでください。別にどうこうしようなんて考えていませんよ。ただの提案です」
「わからないな。どうしてそこまでして私の肩を持つ?」
「理由なんてどうだってよくないですか? ご自分でもさっきそう仰っていたじゃないですか」
本当は何故自分でもそんなことを口走ったのかわからなかった。考えても理由が思いつかなかったので最早考えることを諦めた。
「まぁそうだけど。君に迷惑かけるからいいよ。私のことは放っておいて」
「でも」
食い下がろとする俺に彼女は拒絶の意を示す。
「いいから。1人にさせて」
決して強い言葉ではなかったが、俺を退かせるには十分だった。
「わかりました。助けが必要でしたらいつでも呼んでください」
「うん、ありがと」
俺は名残惜しさを覚えつつもその場を後にした。
お嬢様達のとこれに戻ると皆が一斉に俺を見た。
「我が王、戻られましたか」
周りに聞こえない程度に声量を落として言う。
「すみません、お待たせしました。それにしてもちょっと騒がしいですけど何かありました?」
戻るまでに少し時間が経っていたため、観客達も大分帰りつつあるが、どうにも会場には緊張感が残ったままだ。
先に見てきた光景を踏まえるとなんとなく予想はつくが……。
「ええ、それが私も噂を耳に挟んだ程度ですが……」
一度断りを挟んでから説明してくれた。
「どうやら先のレーティングゲームに不正疑惑があったようで、その件に関して船堀由美に関与の疑いがあると……。現在、船堀由美は逃走したらしく目下捜索中とのことです」
「そう、ですか……」
やっぱりそうだったのか。そして、違法をしたと語る彼女の言葉もまた真実であったというこど。
だとするなら俺は彼女の逃亡に手を貸したことになる。
「その、船堀由美には会えましたか?」
不安げに問うお嬢様に俺は少し迷ってから答えた。
「いいえ、見つけられませんでした」
「であれば良いのですが……」
抱いた不安を拭いきれなかったようでどこか釈然としないお嬢様。
俺は誤魔化すように言った。
「一応ゲームも終わりましたし、もう帰りませんか? 俺、腹減っちゃいました」
「そうですね、ずっとここにいても捜索の邪魔になりますし、そうしましょう」
成り行きを見守っていた宗方さんも同調した。
「承知しました。では、人間界に戻りましょう」
お嬢様も同意し、俺達は転移魔法陣で人間界に帰還した。
一夜が明けて、お嬢様より連絡があった。
船堀由美が人間界へ逃亡した。姫駒町に潜伏した可能性があるため大公より捜索命令が下ったとのこと。
命令の内容は船堀由美の潜伏場所の特定及び捕縛。場合によっては殺害も止むなしとのことだった。
お嬢様からの一報を受けて俺はお嬢様の屋敷へと足を運んでいた。
「おはようございます。我が王」
「おはようございます」
邸宅内に迎え入れてもらい応接室へと向かう。
中に入ると既に宗方さんがいて、ソファに腰を下ろしていた。
「おはようございます、月深さん。お先に失礼してます」
「おはようございます」
俺とお嬢様もソファに腰掛けた。
お嬢様が俺と宗方さんを一度見てから切り出した。
「それでは早速ですが昨日大公より下された命令について、改めて報告させていただきます」
お嬢様は大公の命令を読み上げるが、その内容は事前に連絡したものと相違はなかった。
「現在、この捜索命令は悪魔側のみ通達されています。が、一部の人間にも伝わっているようで、所謂賞金首ハンターと呼ばれる悪魔狩りが姫駒町に入ってきていることを確認しています」
「賞金首ハンター?」
聞き慣れない単語に俺は眉を顰めていると宗方さんが説明してくれた。
「人間のなかにはエクソシスト以外にも悪魔に対抗できる力を持っている方達がいます。彼らはその力を以って悪魔や日本で言うと妖怪といった人外のものと戦うことを生業としているのです」
「その彼らがたった1人の悪魔を倒すためにやってきたと??」
「そうなりますね。恐らくは懸賞金目当てでしょうが。そして我らもそれに加わらねばなりません」
「すでに使い魔を放っていています。頼る術もない以上はすぐに見つかることでしょう。我が王におかれましてはどうかご安心いただきますよう」
俺を安心させるかのように言ってくれるがお嬢様にとって船堀さんは獲物の1つに過ぎないらしい。
最悪の場合彼女が殺されるかもしれない。俺はそのことをどう受け止めたらいいのかわからなかった。
「わかりました。俺の方でも探してみます」
「わざわざそのようなことをせずとも私の方で対処いたしますが」
「いえ、俺がそうしたいので」
「そういうことでしたら私も同行いたします」
「や、お嬢様に申し訳ないので俺1人でさせてください」
「しかし、万が一ということもあるかもしれませんし」
「本当に大丈夫です。じゃ、もう失礼するんで」
何か言いかけたお嬢様を置いてそそくさと応接室を出た。
「我が王」
「心配なのはわかりますが、月深さんなら大丈夫かと」
「何故そう言い切れる? この街には悪魔狩りがやってきているのよ? 万が一のことでもあれば」
「駒王協定もありますし迂闊な真似はしないでしょう。破ればDxDを敵に回すことになるのですから。一応何か会った時のために隠形を忍ばせています」
それよりも、と宗方は語を継ぐ。
「気になるのは、船堀氏が使用したと思われる力の源の方です。ともすれば此度の件荒れるやもしれませんね」
宗方は目を鋭くして彼方へと視線を投じた。