ハイスクールDxD Lane Age   作:楓栞

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36話

 いくあてがあるというわけではない。ただもしかしたら船堀さんに会えるかもという一縷の望みを以て姫駒町を練り歩いた。

 でも、どこにも彼女はいなくて日もだいぶ傾いてきた頃、大学へと足を運んだ。

 

 今日は授業がない日なので構内は閑散としている。

 と言っても全くいないというわけではなく一部のサークルなんかは活動しているようで遠目に学生の姿が見えた。

 

 当然その中に船堀さんがいるわけもないのですぐに目を逸らす。

 俺は船堀さんに会ってどうしたいのだろうか。まだ出会って間もない、友人とすら言えない彼女と。

 自分でもよくわからない。わからないから話してみたいと純粋に思った。

 

「やっぱりいないか」

 校舎含めた敷地内を一周してみたが船堀さんは見つけられなかった。

 流石にこんな時に大学に潜伏するわけもない。すこしばかり浅はかな考えだったようだ。

 

 次はどうしようか、船堀さんの行き先なんてわからないしもう家に帰ろうか。

 空を見上げ考えていると、ふと、旧校舎の屋上に人影を見た。

 

 そういえば屋上にだけは行っていなかった。普段から解放されている場所ではあるが寄りつく必要のない場所でもある。無意識のうちに探す場所から外していたようだ。

 どうせいるわけもないと思いながらも、念のためと思い再び校舎へと足を向けた。

 

 錆びついた扉を開けて屋上へと足を踏む入れる。

「やぁ」

 扉の開く音を耳にしたのかその人は後ろを振り返ることもなくフェンスに腕を置いたまま言った。

 

「船堀さん」

 その人の名を呼ぶ。

「遠目に君じゃないかと思ったけどやっぱりそうだったんだ」

 ようやく船堀さんは振り返った。

 

 視線が交錯する。

「君も私を捕まえにきたのかい?」

「違う。君と話がしたかった」

「話なら昨日したと思うけど」

「そうだけどそうじゃない」

 

 このままだと船堀さんは俺とまともに会話してくれないだろう。そこで1つの疑問を口にすることにした。

 

「どうしてこんなところに?」

「ーー何でだろうね。あんまりいい思い出もないんだけど。多分最後にここを見たかったのかな」

「最後」

「だってそうでしょ、私お尋ね者だもん。主にも迷惑かけちゃったし」

「まさか自殺する気なのか?」

「これ以上は迷惑をかけられないからね」

「なら、どうして逃げたんだ?」

「それは」

 

 船堀さんが言葉を濁す。あるいはこの事態は船堀さんにとっても想定外のことだったのかもしれない。

 

「君には関係ないでしょ」

 そう言って突き放し彼女がどこか寂しげに見えるのは気のせいだろうか。

 途端に彼女は口を開いた。

 

「あーあ、時間切れか」

 瞬間、一際大きな風が吹いた。それから聞きなれない声がした。

「見つけたぞ」

 

 声の主は男だ。足元を見れば転移魔法陣があり、何処から跳躍してきたらしい。

 それも1人じゃない。転移魔法陣が立て続けに現れて最終的に6人となった。

 しかし、並々ならぬ魔力だ。肌でそうとわかるくらいに強い。恐らくは悪魔だ。

 

「船堀由美だな?」

「そうだって答えたら?」

「お前を捕まえる。大人しくするなら命はとらん。だがいうことを聞けないと言うのなら殺すことになる」

「そ、じゃあ後者で」

「無駄なことを」

 

 6人の悪魔が臨戦体制をとる。

 

「ところで貴様は何だ?」

 悪魔の1人がようやく俺の存在を認識したようで訊いてきた。

 

「私を追ってきた1人だよ」

 俺の代わりに船堀さんが答えた。

 

「同業者か。悪いが邪魔だそこで大人しくしていろ」

 一目で自分達の方が強いと見切ったのか強気に物腰だ。

 無論反論できるわけもなく後ろ足で距離を取る。

 

 高まる緊張感。闘争心に火をつけた悪魔たちから魔力が迸る。

 船堀さんも決して弱いわけではないが地力の差は一目瞭然だ。

 戦うことを宣言した船堀さんだが勝とうと言う気概が一切ない。

 

 粛々と自らの死を受け入れているそんな状態だ。

 例えここで船堀さんに手を貸したところで戦いの趨勢は変わらない。精々寿命が数秒伸びだけに過ぎない。

 

 黙ってみているのが正しい選択だ。

 なにしろこうなる原因を作ったのは船堀さんだ。加害者であって被害者ではない。

 どちらが正義なのかは火を見るよりも明らか。

 

 ーーなんて言うのは言い訳だ。

 俺は今どうしようもないほどに船堀さんを助けたがっている。理由はない。ただ純粋にそうしたいだけ。

 

 どちらが正しいと悪いのかなんて思考も俺の気持ちから逃げるためだけのものだ。

 本当はどうしたいかなんてわかっていたのだ。

 

 戦いが間も無くして始まろうとしていた。いや、戦いというにはあまりに一方的で勝敗が始まる前から決しているものが。

 だが、それはその勝負に水を指すものがいなければという前提がつくが。

 

 今まさに飛び出さんと悪魔が構えたその時、閃光が迸った。

 目も眩むようなそれは予期していなかった悪魔達に回避することはできなかった。

 やがて網膜を焼く光が収まると屋上には自分達を除いて誰もいなかった。

 

「謀ったな!」

「探せまだそう遠くには行っていない!」

 

 

「はぁはぁっ」

 船堀さんの手を引いて直走る。

 悪魔の身体能力全開で走っているためちょっとの時間でも相当な距離を稼いでいると思われるが相手は悪魔である。マージンはいくらとっても取りすぎということはない。

 

「ねぇちょっと」

 いくらか走ったところで急制動がかかった。船堀さんが足を止めたようだ。

 

「どうかしました?」

「どうもこうも君何してんの?」

「何って敵から逃げてます」

「いや、意味わかんないけど。何で君まで逃げてんのさ。さっきの話聞いてた? というか庇う理由は? 全然意味わからないんだけど」

 

 色々と俺の行動に疑問があるようだ。まぁ、当然か。

「答えたいところは山々ですけど、ここだと何ですしもうちょっと安全なところに行きません?」

「安全ってまだ逃げる気なの? しかもそんな場所ある?」

 

 問われ頭の中で安全と思われる場所をピックアップしてみる。

 パッと思いついたのはお嬢様の屋敷だが、無理だと即座に却下する。

 

 脅威が及ぼないという点では破格の場所だが、お嬢様は船堀さんを見つけたらすぐに大公に突き出すだろう。

 匠や國坂には迷惑がかかるだろうから行けないし、そうなると消去法で、

「俺の家かな」

 

 幸いというべきか、都合がいいことに父親は出張で、母親は友人と旅行で共に家を出払っている。

 流石にずっととはいかないが数日くらいであれば問題はないはずだ。

 妙案だと思い船堀さんを見ると何とも微妙な顔をしていた。

 

「君ってばやっぱり悪い男の子?」

 その意を察した俺は慌てて否定した。

 

「いや、そういうんじゃなくてっ! もっと純粋な提案です!」

「わかってるって。冗談だよ。でもご両親は大丈夫なの?」

「問題ありません。しばらくは帰ってこないので」

「ふぅん、それは都合のいいことで」

「で、どうします?」

 

 来るのか来ないのか、どっちか改めて尋ねる。

 船堀さんは少し悩むような素振りを見せて嘆息した。

 

「なーんか色々どうでもよくなったからお呼ばれされるよ。さっきの質問に答えてもらいたいし」

「了解です。じゃあ俺の家あっちなんで」

 了承も得られたので俺の家と進路を向けた。

 

 先ほどの悪魔に追いつかれることもなく俺たちは目的地に辿り着いた。

「どうぞ遠慮なく入っちゃってください」

「お邪魔しまーす」

 

 靴を脱いでもらい上がってもらう。

「喉乾いてませんか? インスタントでよければお茶とかコーヒーとか出せますけど」

「じゃあ、コーヒーで」

「了解です。あ、適当にリビングでくつろいでいて下さい」

「わかった」

 

 さて、インスタントコーヒーの入った瓶はどこだったかな?

 自分ではあまり飲まないのだが父が常飲しているのであることだけは知っている。

 あの人の性格からいって取り出しやすいところにしまうだろうから、適当に棚を開けていけばいつかは見つかるはず。

 

 キッチンの手近な棚を一つずつ開けていると3つ目でようやく見つかった。

 瓶の書かれている説明通りに粉を掬ってカップに入れてお湯を注ぐ。

 出来上がったそれをスティックシュガーと一緒にリビングに持って行った。

 

「すみません、ミルクがないので砂糖しかないんですが」

 父は普段から砂糖なしのブラックでしか飲まない。なのでミルクはないわけだ。申し訳なさそうに伝えると「全然大丈夫」と言ってくれた。

 湯気が立ち上るカップを受け取ると手を温めるように持ってから口へと運んだ。

 

「温かい」

 作りたてなのだから当然なのだが、彼女にとっては何か感じ入るものがあったようだ。

 感慨深く呟いてから更にコーヒーを口に含む。

 

 それから嗚咽混じりの吐息が聞こえた。目尻に浮かんだ涙を手で擦って無くそうとしているがとめどもなく出てきて一向に途絶える気配はない。

 

「おかしいな、私、どうしちゃったんだろう。ごめん、ずっと何も口にしていなかったせいかも。すぐ泣き止むから」

「いつまでも待ちますよ」

 

 しばらく泣きじゃくったあと、ようやく泣き止んだ船堀さんは謝罪の言葉を口にした。

「ごめん、もう大丈夫。ちょっと情けないところ見せたね」

「あれだけの目に遭えば当然ですよ。気にしないでください」

「うん、ありがとう」

「それで何だけど」

 

 船堀さんが姿勢を正す。

「改めてなんだけど聞いてもいいかな? どうして私を助けたの? 関係ない君が巻き込まれる危険を冒してまで何故?」

「正直にいうと自分でもよくわからないです。さっきも考えるよりも先に体が動いていて、自分でも何が何やらって感じです」

 

 でも、と続ける。

「納得がいかないんです。船堀さんは主のために行動しているのにそれが全部裏目になってしまうだなんて」

 

 船堀さんは主の虐待にずっと耐えてそれでも慕い続けて今日まで生きてきた。

 違法なドーピング行為は許されないこともわかるがそれだって主のためがゆえのことだ。

 同情と理解した上でその頑張りを否定されるが俺は嫌だった。そのはずだ。

 

「そっか」

 船堀さんが顔を伏せた。

 

「どうかしました?」

「ううん、何でも。ずっと誰からも必要とされてないと思っていたからそういうことを言ってくれる意外だっただけ。ありがとね」

「いや、感謝されるようなことは何もしてませんよ」

「……君がそう言うんならいいんだけど」

 

 それきり言葉が途切れる。話題を見つけることもできず、お互いにコーヒーを静かに飲む。

 このまま、ずっと重たい雰囲気というのも気疲れする。可能ならこの重苦しさを取り払える何かが欲しいところだ。

 どうしたものかと思案する。……そういえばあれがあったか。

 

「船堀さん、よかったらゲームでもしません?」

「ゲーム? ああ、あれね」

 船堀さんがテレビの前のゲーム機に目を向ける。

 

「こんな時にゲーム?」

「嫌ならやめますが……」

「いいよ、やろ」

 

 

「よぅし、どんなもんよ!」

 船堀さんが快哉を上げる。

 画面に出力された映像では、動物をモチーフにした愛らしキャラクターがカートに乗った状態で万歳をしている。遅れて1位の文字が映し出された。

 

「ま、敗けた」

 俺は船堀さんの隣で肩をガックリと落とした。

 

「ふっふーん、ま、こんなところかしら」

 胸を張って勝ち誇る船堀さん。

 

「次は負けない……!」

 現在、俺たちはレーシングゲームに興じていた。

 なんとなく提案してみただけだったが、これが思いのほか盛り上がり既にレースは4回目に突入していた。

 

 俺が予想していた以上に船堀さんは上手く、僅差で負け越していた。

 気付けば熱中していて、この瞬間だけは何もかもを置き去ってゲームに興じた。時間を忘れるほどに。

 

 気付けば太陽は地平線の向こうに沈み、代わりに月が昇っている。

 ゲームにのめりこんでいた俺たちを止めたのは空腹だった。

 

「おなか減ったね」

 船堀さんの一声で夕飯にすることにした。

 

「今、親がいないんでご飯ないんですよね。出前でも取ります?」

 自分で料理でも出来ればいいんだろうけど、生憎とそういうのはからっきしだ。

 

「万が一人目に触れたら面倒じゃない?」

「じゃあカップ麺にします? いくつかストックがあったはずです」

「それも悪くはないけど……。ねぇ、冷蔵庫に食材ある?」

「母が家を出る前に生もの類は使い切ったはずですけど冷凍なら何かあるかもです」

「ちょっと借りてもいい? 使いすぎないようにするから」

「それは構わないですが……」

「心配しなくても料理は人並みにできるよ」

「そうじゃなくて、そこまでしてもらうのは恐縮というか、申し訳ないというか」

「匿ってもらっておいて、何にも恩返しできない方が辛いし、それにこれくらい大したことない。いいから座って待っててよ」

 

 そうまで言われては俺に反論することはできない。船堀さんが作るご飯も興味があったし待たせてもらうことにした。

 

 程なくして出来上がったご飯が食卓に並べられた。

 早速いただくと、中々の腕前であっという間に平らげてしまった。

 

 それから船堀さんはシャワーを浴びに行った。

 船堀さんの後に続いて俺もシャワーを浴びた。

 リビングに戻って、酒を呑むか聞いてみたが気分じゃないとのことで、再びゲームを再開した。

 

 ゲームの行方は概ね船堀さんの圧勝で、時々俺が偶然勝ちを拾うくらいだ。負けっぱなしは悔しいので何度となく再戦を挑んだ。

 今夜はこのままオールだろうか。それも悪くないと思いコントローラーを握る。

 

「ねぇ、しない?」

 唐突に船堀さんがそんな言葉を放ってきた。

 発言の意図を一瞬読めず、困惑のままに聞き返す。

 

「するってなんです?」

「言わせたいの?」

 

 両者の間にあった人が1人分収まるくらいのスペースを船堀さんが詰めた。

 女性特有の甘い匂いが最初にして、憂いを帯びた潤んだ瞳と目が合った。

 距離が近い。肌と肌が触れ合うギリギリだ。

 

 ここまでくれば彼女の言わんとすることが理解できる。しかし、あまり突然なことにどうにも頭は回らない。

 その隙を突くかのように船堀さんは続ける。

 

「いつになったら来てくれるのかなって思っていたのに全然アクション起こさないよね。もしかしてするよりもされる方が好きなの?」

 甘く蕩けるような囁きが耳元でした。

 

 俺は沸々と湧いてくる欲望を自覚しながらも言葉を返す。

「や、何言ってるんですか。俺には全然なんのことだか……」

「うそ」

 

 彼女の左手が俺の太ももに置かれる。その手が這うようにして上へと昇っていく。

「女が男の家に行くってそういうことでしょ?」

「ちがっ、俺はそんなつもりじゃ……」

「じゃあどういうこと?」

 

 気付けば目と鼻の先に船堀さんの顔がある。まつ毛の本数まで数えられそうなほどに。

「しようよ」

 文字通り悪魔の囁き。耐えようのない誘惑だ。

 

 何も言わない俺を合意と捉えたか、あってないような距離を更に詰めてくる。

 1秒後には唇が重なり合う、その刹那の間に俺は寸でで手を差し込んだ。

 

「どういうつもり?」

 僅かに怒気を含んだ声。

 俺を手を降ろして答える。

 

「どうもこうも俺にはする気はありませんよ」

「何それ。紳士ぶっているつもり? それとも私、魅力ない?」

「そういうんじゃありません」

 

 言葉を切り、言うか言うまいかちょっと考えてから語を重ねる。

「船堀さんが俺のことを真剣に求めてくれるのなら、俺だって応じようと思いますよ、でも……」

 

 あの人が見ていたのは俺じゃなかった。俺ではないどこかを見ていた。そして、それは恐らく……。

 それを聞いた船堀さんの目は一気に冷めた色になった。

 

「つまんな……」

 コントローラーを放り出して俺に背を向けた。

「もう寝る。私ここで寝るから放っておいて」

 決定事項だと言わんばかりの発言。その背にかける言葉もわからず俺は自分の部屋に向かった。

 

 

「やっちまったかなぁ」

 1人部屋の中で悶々としながら呟く。

 勿論その後悔はできなかったことではなく、船堀さんの誘いを断ったことの経緯にある。

 

 傷つけない断り方とかあったんじゃないかと考えてしまう。でも、あの局面で俺は絶対に誘いに乗ることはできなかった。

 推測になるけど船堀さんは多分誰でもよかったんだと思う。

 

 主から見捨てられて、そこでたまたま男である俺と出会って、慰められたかった。ただそれだけ。

 だけど、本当に問題なのは船堀さん自身が未練を断ち切れていないことだ。彼女の心の中心には未だあの人の姿がある。

 

 だから俺のことを見ているようで眼中になかった。

 俺のことを代替品にして少しでも気分が晴れるのであれば協力するのは吝かではないが、あれではそうはならないだろう。

 

 一時の快楽だけを得て同等か、あるいはそれ以上に虚しくなってしまうだけ。なんだって好きでもない男が隣にいて本当に想う人はいないのだろうかと。

 それがわかってしまったからこそ、ああして断るしかなかった。

 

 とはいえ、やっぱりもっといい方法がと色々と考えてしまう。グルグルと終わりのない思考のループに囚われて輾転反側すること10分ばかり。

 寝ることもできず、ただ反省するだけの状況に嫌気が差した俺は、本人と話をすることを決意した。

 

 何というかこうしていてもどうにもならないと判断したためだ。そうと決まればとリビングへと向かう。

 もし、寝ているのならまた明日。起きていれば納得のいくまで話し合い。

 

 覚悟を決めてリビングに踏み入るとそこには誰もいなかった。横になっているはずのソファはもぬけの殻だ。

 トイレか? なら都合がいいかも。少し待たせてもらうとしよう。

 

 待つこと数分。船堀さんが戻ってくる気配がない。単に長いだけなら気にしないが……もしかしたらトイレで転寝している可能性もある。

 ちょっと様子を見て来よう。

 トイレのドアの前に立って、ノックする。

 

「船堀さん」

 応答はない。もしやと思いドアノブに手をかけてほんの少し力をかける。

 鍵はかかっていない。ソッと引いて中を見る。予想通り船堀さんの姿はない。

 

 嫌な予感がした。

 直後、リビングから光が迸った。

 何事だと、行ってみると何かが勢いよく覆いかぶさってきた。

 

「ご無事ですか、我が王!」

「うわっ、だ、誰ってお嬢様ぁ!?」

 

 目の前のその人は間違いようもなくお嬢様。なら先ほどの光は転移魔法陣だったのか。

 でも、なんでお嬢様がここに?

「すみません、少々取り乱してしまいました」

 我に返ったお嬢様が俺から離れる。

 

「ご無事で何よりです、お嬢様」

「さっきも無事がどうとか言ってましたけど、何か心配されるようなことをしましたか?」

「ええ、そのことなのですが……その……」

 

 妙に歯切れの悪いお嬢様。

「その?」

「ここに船堀由美が来ませんでしたか?」

 ドキリと心臓が跳ねた。

 

 一体どうやって……いや、お嬢様はこの土地の管理者。何らかの形で把握していたとしてもおかしくはない。

「俺が家に連れてきました」

 嘘をつくことも考えたがここは素直に暴露したほうがいいと判断して本当のことを口にする。

 

「やはり……何かされませんでしたか?」

「この通りピンピンしていますよ」

 肩をグルグルと回して健康さをアピールする。

 

「要件は終わりですか? 俺これからちょっと出かける用事があるのでこれで失礼してもいいですか?」

「お待ちを、我が王。船堀由美を追われるつもりですか?」

 俺は頷く。

 

「ちょっと目を離した隙に逃げられましたので」

「ご存じの通り、船堀由美ははぐれ悪魔として認定されています。我が王の慈悲深さに感服するほかありませんが今回ばかりはどうか控えていただきたく」

 

 黙って匿っていたことを責めるでもなく俺の身を案じてくれるお嬢様。

 その気持ちは本当にうれしいのだが、すんなりと応じられなかった。

 

「すみません、どうしても放っておけないんです」

「あれはもう敵です。敵にまで情けをかけるおつもりですか!?」

「船堀さんは倒すべき敵じゃありません、救うべき仲間です!」

「我が王……っ!?」

 

 尚諫めようとするお嬢様の言葉を遮ったのは突然の爆発音だった。

 音は家の外からだ。俺はお嬢様を見た。

 

「敵襲です。魔力からして悪魔が数人います」

「攻撃を受けているってことですか!?」

「はい。ですがご安心ください。防護結界を展開しておりますのでお怪我をされるような事態にはなりません。ともあれ、このままというわけにはいきませんから打って出ます。跳躍しますので掴まってください」

 

 差し出されたお嬢様の手を掴む。

 一瞬にして景色が変わった。ここは家の外の通りか!

 上空を見ると羽を広げた悪魔が6人いた。

 よくよく見るとそいつらは数時間前に船堀さんを襲おうとしていたあの悪魔の集団だった。

 

「ふん、巣穴からようやく出てきおったか」

 襲撃してきた悪魔の1人が鼻を鳴らす。

 と、そいつが姿を現したお嬢様を見て眉を顰めた。

 

「なんだ貴様は……」

「随分なご挨拶ですね。私をルーナ・クロセルと知っての狼藉か?」

「クロセル……この土地の管理者か」

「ほう、それぐらいの分別はあったか」

「これは失礼した。何分他所者ゆえにな勝手がわからなかった。とはいえこのような事態になったのもそちらの不手際からくるものだぞ?」

「というと?」

 不機嫌さを滲ませながらお嬢様は先を促す。

 

「そちらの下級悪魔だよ」

 声の主は俺を指さす。

「貴様の下僕が船堀由美の捕縛の邪魔建さえしなければこのような事態には陥ってはいなかった。早々に事態は収束し我らがまみえることもなかったであろう。これは偏に貴様がその下僕の管理が行き届いていなかったがためのこと。むしろ我らこそが無用な手間を踏まされた被害者と言えよう」

「この土地の管理者たる我らにこそ対象を追う権利があったと考えたとしても無理はないと思うが?」

「わざわざ庇うような真似をしておいてよく言うな。どのような理由があったかは知らんが船堀由美がここにいることは割れている。無用な被害を出すつもりはない、大人しく差し出せば命は保証しよう」

「であれば一手遅かったな。既に対象はここにはいないぞ」

「何? おい確かめろ」

「――あの者の言う通りです。既に目標はここにはいません」

「何処に行ったかわかるか?」

「目的地はわかりませんが、南西方向に向かっているようです」

 

 あいつらの中には相手の居場所を突き止めるような能力があるらしい。

 しかし漏れてきた声からして、船堀さんは南西の方向へ向かっているらしい。

 

 目的もなく逃げているという訳でもなければ彼女の向かう先にあるものは――。

 思考は俺たちを襲った悪魔の声で中断された。

 

「どうやら本当にここにはいないようだ。お互い言いたいことはあるだろうが、このままでは対象を取り逃すことになろう。そちらとてそれは本意ではあるまい?」

「確かに。その点は同意する」

「よろしい。であればここから先は競争だな。どちらがより早く首級を上げるか勝負と行こう」

 

 悪魔たちの足元に転移魔法陣が現れる。跳ぶつもりらしい。

 このまま見逃せば船堀さんが危ない。けど俺には彼らを止める権利はないし、仮に止めてしまえば今度はお嬢様に迷惑がかかる。

 黙って見逃すのが正解。奥歯をグッと噛みしめて、今まさに跳ぼうとする悪魔を見据える。

 

「我が王よ」

 声量を落としてお嬢様が呼ぶ。

 

「お嬢様?」

「差し出がましいとは承知の上で確認させてください。……我慢をなさっていませんか?」

「…………っ!」

 思わぬ一言に俺は息を呑んだ。

 

「本当は船堀由美を助けたいのではありませんか? ですが私に迷惑がかかるとは考えていませんか?」

「それは……その通りです。俺は船堀さんを助けたい。でも助ければ今度はお嬢様の立場が……」

「我が王が私を想ってくれたこと、嬉しく思います。しかし、私はあなた様の下僕。どうか私のことは気になさらず思うがままになさってください」

「いいんですか……?」

「それが私の望みです。どうぞご命令を」

「――俺に船堀さんを助けさせてください」

「喜んで。我が王」

 

 恭しく礼をしたお嬢様が悪魔たちに向き直り、乱雑に腕を振るう。

 ただそれだけの所作で展開されつつあった悪魔たちの転移魔法陣は砕け散った。

 

「な、何を!?」

 狼狽える悪魔たち。

 

「これはどういうことだルーナ・クロセルよ!」

「どうとは?」

「とぼけるつもりか!? 何故邪魔をする!?」

「何故とは異なことを。先ほど言っていたではないか。競争だとな?」

「くっ、気でも違ったか!? 我らとことを構えるなど!」

「少しの間大人しくしていただくだけのことだ。ことが終わるまでな」

「ぐっ……」

 

 埒が明かないと判断したのだろう。悪魔たちは目標をお嬢様にして戦意を滾らせる。

「ここは私が抑えます。お行きください」

「ありがとうございます、お嬢様」

 お嬢様に託して俺は駆け出す。ありがとうお嬢様。待ってろ船堀さん!

 

 主の背を見送り、私はその名を呼ぶ。

「宗方」

「はい、黒瀬様」

 

 この場所に宗方の姿は影も形もない。だが、あの男のことだ。いると思っていた。

 案の定呼んでみたところ宗方は返事を寄越した。

 

「後を追って頂戴。もしもの時はわかるな?」

「仰せのままに」

 その返事に満足し、今度こそ目の前の相手に意識を向ける。

 

 さぁ、我が王のためだ。

「お前たちはここから先にはいかせない」

 この場にやつらを絶対に足止めしてみせよう。全ては主のために。

 

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