ハイスクールDxD Lane Age   作:楓栞

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38話

 それはある日の訓練の時のこと。

 お嬢様の屋敷。その地下で例の通り俺は宗方さんと特訓に励んでいた。

 この日は組手ではなく、座学ような形で教わっていた。

 

「時に月深さんに質問です。ある時、貴方の目の前にこれは勝てないと一目でわかるような存在が現れました。しかもそれは月深さんを標的として狙っています。さぁ、月深さんはどう対処しますか?」

 宗方さんの言う状況を頭の中で思い浮かべて整理してみる。

 俺より強い存在が狙っている。考えれども選択肢は1つしかないように思えた。

 

「逃げます。戦っても勝てないとわかりきっていますので」

「なるほど、それも1つの手でしょう。ではここで更に条件を足しましょう。逃げようとした月深さんですが、どうしても振り切ることができません。さぁどうしますか?」

 うーむ。逃げきれないときたか。

 

 ならもうこれしかないだろう。

「戦います」

「どうやって?」

「そりゃ、神器を出して、殴ったり蹴ったりです」

「なるほど、ですが相手は到底勝てない相手なので月深さんは死んでしまいました」

 

 はい、ちゃんちゃんと肩を大袈裟に竦める宗方さん。

 これには俺もちょっとムッとしてしまった。

 

「待ってくださいよ、そりゃまぁ、普通に戦ったらそうなるでしょうけど、いくらなんでも簡単にはやられませんよ」

「確かに今のはちょっと大雑把に過ぎましたね。ですがね、月深さんがアイデアを捻ろうがそれが結果ですよ。純然たる力を持つ相手に力で劣っているならほとんど勝敗はきまっているようなものです」

 

 宗方さんが一歩詰め寄る。

「例えば私が今この瞬間襲ってきたら月深は勝てますか?」

「それは……」

 

 今日まで宗方さんには一度だって勝てなかった。有効打ぐらいは当ててきたが勝利とまではいかなかった。

 それはやはり力の差故だろう。

 

 宗方さんは誇ったりはしないが、明確に差があるのは事実。

 戦えばその時点で勝敗は決したようなもの。認めたくはないが認めざるを得ない。

 

「勝てません」

 宗方さんは首を縦に振る。

 

「格上の相手に出会った時は逃走一択です。逃げるが勝ちというやつですね。でも、それも絶対ではない。どんなに頑張ろうと逃げられない時が来る。そうなれば今できるだけの力で抵抗するしかないでしょう」

 そう言って指を二本立てる。

 

「格上の相手に勝利するための確立を上げるために出来ることが大まかに分けて2つあります」

「2つもですか?」

「ええ、1つは自分が有利な環境に引き込むこと。例えば長物を振るう相手が苦手とする場所はどんなところがあると思いますか?」

 

 長物――つまりは槍とか剣とかの長い武器か。

 それらが苦手とする場所といえば、

「狭いところです」

「その通りです。厳密にいえば使えないわけではなく槍や剣であれば突くといった行為ができますが払うという動作がし辛くなります。相手の行動が制限されるだけで戦闘をやりやすくなりますし、隙を突いて逃走しやすくなります」

「なるほど……」

 

 相手の実力が発揮しづらくさせ、逆に自分は思うがままに力を振るう。そんな状況に持ってこれたのなら随分と有利になるだろう。無論、相手が自分に都合よく動いてくれるのが理想ではあるが。

 

「さて、2つ目ですが相手のペースを乱すことです」

「相手のペースを乱す?」

「はい。相手のやりたいことを先んじて潰して、相手の流れにさせない。あるいは相手を挑発し冷静さを奪うなどがありますね」

「理屈はなんとなくわかりますがどっちも、それが出来たら苦労しないって感じですね」

 

 宗方さんは苦笑した。

「確かに仰る通りです。それだけ格上の相手と戦闘を成立させるのが難しい証拠ですね。それでもこの先生き残る上では必要なことです。死なないためだと考えれば苦労だとも思わないでしょう?」

 

 そうですね、と頷く。

 生きることができるのなら、苦労がどうとかなんて言っていられない。やるだけのことを精一杯やって有利に立ち回るべきだ。

 

 

 

 そう、格上となった船堀さんと対峙する、今この瞬間も同様に。

 思考の焦点を徐々に現実へと戻していく。

 宗方さんから教わったことは、1つ、有利な環境に持っていく。2つ、相手のペースを乱すこと。

 

 この場合1番は無理。大学構内に有利になるような場所は思いつかないし、そもそも彼女の魔力弾は校舎の外壁だろうと容赦なく吹き飛ばしてしまう。それに今の船堀さんを外に出したくはないからできれば場所も変えたくない。

 

 すると消去法で2番になるわけだが……。

 機先を制したところで有効的な一撃を加えられるわけじゃない。どうしたものか。

 

 ふと、悪魔的な閃きが脳内に舞い降りた。かなり悪趣味なものだが、ともすれば俺の狙う目的に沿うものかもしれない。

 やってみる価値はあるか。

 

「なぁ、船堀さん」

 一定の距離を置いて話しかける。

 殺意を募らせながらもいつでも俺を殺せるという余裕があるためか、即座に攻撃に移らない彼女は俺の声に素直に反応した。

 

「なにかな、命乞いなら聞かないよ?」

「――お前、弱いな」

「…………は?」

「だってそうだろ? 2度も俺を殺す機会があったのに逃してるんだから。ドーピングっていっても大したことないんだな」

「随分と安い挑発だね」

「そうか? 気にならないなら好きに語らせてもらうぜ」

 

 宣言通り、次の言葉を口にする。

「というか、あれだな。元が大したことないから、ドーピングしても弱いままなんだろうな」

「…………」

「あーあ、これなら本気出すまでもないわ」

 

 右腕に出していた神器を消す。

「でも、お嬢様のお兄さんが船堀さんを見限った理由分かったかも」

「……ゃ……めろ」

「あれ、何か言いました? 気のせいですよね? 何言われても気にしないってさっき言ってましたもんね」

 

 黙り込む船堀さん。それをいいことに俺は畳みかけるように言い放つ。決定的な一言を。

「俺だがお兄さんの立場なら真っ先に船堀さんを切るだろうな。だって――弱いんですもん」

 

 その言葉を皮切りに、空気が氷のように冷たく重くなった。

 当然それは錯覚だ。彼女が放つ敵意がそう予感させているだけ。

 

「君を殺す」

 無機質に放たれた短い言葉。

 同時に、これまでとは比較にならないほどの魔力が船堀さんから放たれた。

 凄まじいプレッシャーだ。殺意が魔力となって噴き出ているかのよう。

 

 狙い通りの結果とはいえ、頭のてっぺんから足の先まで冷たくなるほどの恐怖が俺の全身を駆け巡る。

 彼女に手で滾る魔力は空間を歪ませるほどに圧縮され、発射の瞬間を待っている。

 

 放たれれば最後、俺の存在どころか背後の街まで消し飛ばしかねない。

 俺の眼前にいるのはそれほどの力を持つ正真正銘の化け物だ。

 

 そして、そうさせたのは俺だ。あの人の気持ちを受け止められずして救うことなんてできない。

 わかりやすい挑発を重ねて増長していた彼女を煽ることで怒りで周りを見えなくさせた。次に来る攻撃は全ての魔力を籠めた一撃になるはず。

 

 俺はそれを敢えて受け止める。そうすることで怒り心頭となっていた船堀さんは少なからず驚くはず。そうすれば相手のペースを乱すことにも繋がる。

 当然、普通では受けきれないだろう。だからこそこいつに頼る。

 

「なぁ、お前はどうだ? 俺は覚悟を決めたぜ、俺の気持ちに応える準備は出来たか?」

 神器を呼び出す。鈍く宝玉が点滅を繰り返す。

 未だにこいつが何なのかわからない。けど、俺の神器であるということに変わりはない。

 

 神器は持ち主の意思に応じて多様な変化を見せるという。

 お嬢様との2度目の戦いの際に、神器は俺の意思に応じて攻撃を無効化した。それが本物なら今回だって乗り切れるはずだ。

 

「行くぜ、力を寄越せ……!」

 強く念じる。神器が激しく明滅を繰り返す。

 

「死んじゃえっ!」

 船堀さんが吠える。

「こんなところで死ねるかぁぁっーー!!!」

「Unchangeable!」

 神器もまた眩い光と共に呼応した。

 

 発射される魔力弾。俺の身長を優に超えるそれは放っただけで空間を震わせ衝撃波を生んだ。

 ひび割れる校舎、割れる窓ガラス。その音を知覚する間もなく魔力弾は俺の下へとやってきた。

 

 爆発、轟音。

 巻き上がる土煙。それが晴れるよりも早く、煙の中から俺は駆け出した。

 無傷の俺を捉えた船堀さんが目を見開く。当然だろう、さっきの攻撃は本気の一撃。当たれば骨の欠片1つ残さず吹き飛ばす魔力だった。

 

 仮に直撃を避けたとしても致命傷を負いかねない威力だったというのに俺は無傷。

 弱いと言われ、それを裏付けるかのように俺は死なずこうして向かってきている。

 受けた衝撃は相当なはず。だから隙が生まれる。

 

 すぐさま距離を詰める。虚を突かれた彼女はまだ立ち直れていない。簡単に手の届く範囲までこれた。

 見れば先の攻撃でかなりの魔力を使ったのか、身体を覆っていた魔力に翳りがあるように感じられた。

 

 とかく殴る。だけどそれは相手に圧を与えるだけの意味のない行為だ。事実、俺の攻撃は未だ効いていない。

 でも、死ななかった俺が不気味なのか、強気な姿勢は消えて頭を腕でガードしている。俺が怖いなら魔力をでたらめに放つだけで済むのに。

 

 それに気付く前に俺は更なる手段で以って攻撃を仕掛ける。

 俺が本当に狙っていることは生まれた心の隙間に言葉のナイフを刺し込んでこじ開けることだ。

 

「情けないな、お前は! さっきまでの威勢はどこへいった!?」

 殴る手は止めない。とにかく殴り続ける。

 

「所詮力を得てもお前はその程度か。だからあんなダメ男に見限られるんだよっ!」

「……っ!?」

「馬鹿な女だ、大した力もなければ見る目もないときた」

「何をっ……!」

 

 よしっ! 話に乗ってきた!

 このまま船堀由美の内心を剥き出しにしてやる。

 

「俺がお前ならもっと上手く立ち回るね、いーや、そもそもあんな屑を好きになんてならない。もっと上等な男を手に入れてやる」

「好き勝手いってくれる……!」

「なぁ、冥途の土産に教えてくれよ。あの男の何が良かったんだ? 顔か? 金か?」

 

 

「そんなの……っ」

 目の前の下卑た笑みをしている男に問われ、私はどうしてだっけかと思う。

 出会いは単純で大学のコンパを通じて知り合っただけ。上京して初めて知り合った男がたまたまアイザック様だった。

 

 上京する前は大分いもクサイ女だったと思う。化粧なんてしたことないし、男も知らなかった。

 性格は控えめでそれが災いして高校時代は軽いいじめに遭っていた。といっても無視されたり、グループの輪に混ぜてもらえないぐらいで世間一般で言うほど酷い扱いを受けていたわけでもない。

 

 元々一人でいるのが好きなだけなのもあってそれほど苦痛とは感じていなかった。

 でも、ずっとこのままでいいんだろうかと漠然とした不安は抱いていたので大学に入ってからは自身を変えてみようと考えていた。

 

 進学先は上京したほうがこの先有利にもなると考えて姫駒大学を選んだ。

 都会の女の子たちは化粧をしていて華やかで輝いている。それを知っていた私は思いきって女の世界、その深奥に一歩を踏み出した。

 

 元々最低限の顔立ちをしていた私は、メイクをすることでそれなりの見た目に変身することができた。

 勢い勇んで踏み出した大学生活では周りの女子と比べて劣っているような気持ちを抱いていたが、誰も私になんか眼中になかったようで大して気にもされなかった。

 

 安堵すればいいのか、落ち込めばいいのかわからなかったが私なんてこんなものかと思い知らされた。

 それでもどこか諦めきれなかった私は、コンパに挑戦してみた。そこでも誰にも相手をされなかった私はもう黙って帰ってしまおうかと考えていた矢先にアイザック様に声をかけられた。

 

 可愛いね、どこから来たの。ありきたりな質問から始まり、気付けば酒と共に話はもっと進んで連絡先を交換するに至った。

 今度は2人でと言われ、フワフワとした気持ちで応じて、そして2回目の飲みの時に私は初めてを彼に捧げた。

 

 嫌じゃなかった。嬉しかった。求められることがこんなに幸せなことだとは知らなかった。それから彼の望むがままに褥を重ねて、ある時に偶然彼が悪魔だと知った。

 人間ではなかったことには衝撃を受けたけど、それで彼への想いが変わることはない。

 むしろ、彼の秘密を知る唯一の人間だと思うと満たされる何かがあった。

 

 あの人はいつも人気者だった。男は勿論のこと女にもいつも囲まれていた。

 仕方のないことだと思う。彼にはそれほどの魅力がある。でも、傍に女の影があることに心がざわめいた。

 

 そんな時は彼らの知る由もない情報を握っているという事実を思い出して嫌悪感を遠ざけていた。

 彼の女となって半年が経った頃。バーの席で眷属に誘われた。酔った頭で口にされた一言だったけれどもとても嬉しかったことを覚えている。彼と同じになれること、私を選んでくれたこと。最高に幸せを感じた瞬間だった。

 

 なのに、それが長く続くことはなかった。彼の側に私なんか及びもつかない美女が複数人居たのだ。

 ショックだった。私以外に女を侍らせていたことじゃない。私が1番じゃなかったことに衝撃を覚えた。彼にとって私はその他大勢の女の1人にしか過ぎないということに。

 それでも、選ばれたという事実には変わりはないし、少ない眷属の枠に収まったことは私の自尊心を支えてくれた。

 

 だけど――ある時に彼は言った。どうしてお前なんかを眷属にしてしまったのかと。全てはお前の所為だと声を荒げて私を詰る。

 駒を出せと嬲られた。痛かった。お前は間違いだったと言われるのが心に棘となって刺さった。

 ――私は選ばれてなどいなかったのだ。

 

 

「知らないっ!」

 どうして彼を好きでいられるのか。私にはわからない。憎んで当然の相手だ。それだけのことをした悪い男だ。

 好きなんかじゃない。殺してやりたいくらいだ。

 

「私はあいつのことなんてどうでもいい!」

「下手糞な嘘をつくな! 今だって忘れらないくせに!」

「そんなことっ……そんなわけが……っ」

「なら俺が代わりに殺してもいいよなぁ!? 丁度俺も鬱憤が溜まっていたんだっ! お前がやんないなら俺がやるさ!」

 

 こいつに、アイザック様が殺される……?

「そんなのいやぁぁ!!!」

 噴き出た魔力が円状に広がり、辺りのもの吹き飛ばす。

 だというのに、月深は平然と立っていて拳を繰り出してくる。

 

「あれだけのことをされて、それでも死なれるのは嫌か!?」

 そうだ。彼が今までどんな仕打ちをしてきたことか。

 到底受け入れられるものではない。なのにどうしてこうも心が落ち着かない……!?

 

「わからないって顔だな! なら教えてやるよ、お前に未練があるからだ!」

「未練……?」

「お前がこうしてやってこれたのはなぁ、お前があの人のことが好きで、認めてほしい一心だったからだっ! お前はな、あの人が好きで好きでたまらないだけなんだよ!!」

「っ、知った風な口を……!」

 

 

 無意味とわかっていながら俺は拳を振るい続ける。

「っ、知った風な口を……!」

 ああ、そうさ。俺に言えるのはわかっている振りだ。あてずっぽうでそれっぽいことを言っているだけ。

 

 でもな、外れているとも思っていない。

「違法な力を得たのはなんのためだ? あの人のためであり、自分のためだろう? 少しでもいいから振り向いてほしい、認めてほしかった。違うか!?」

「うるさい、うるさいうるさいっるさい!!!」

 

 魔力による攻撃が苛烈になる。そのほとんどが俺とは関係のない方向に飛んでいく。

 最早まともに狙いをつける余裕すらないようだ。

 

「あの人は私を裏切った。もう必要ないんだ。そうよ、だから私の方から見限るの……」

「いつまで嘘を吐き続けるつもりだ? お前がどうこう思っても本心はちっとも変わってないんだよ」

「違う、私は本当にあの人を……」

 

 その場で項垂れる船堀さん。俺の揺さぶりで迷いが生じているようだ。

 攻撃的な気持ちが消沈し、それに影響を受けてか幾分魔力も収まってきている。

 俺は振り上げた拳を下ろす。

 

「どんな目に遭ってもそれでもお兄さんが好きなんだろ?」

「…………」

「今までのことはその裏返し、俺には全部わかっている。だから正直にぶちまけろよ、好きなんだろ? それとも本当は大して好きでもなかったとか?」

「ち、違う!」

「じゃあ好きなのか?」

「………………ぅん」

 

 本当に小さく彼女は頷いた。

 ようやく本音を引き出せた。彼女の心が表に出ると同時に魔力はどこかへ霧散した。

 

「変、だよね。気持ち悪いよね」

「うん、すっげーキモイ」

「なっ、そこはもっとなんかオブラートな言い方とかあるでしょう?」

「や、他人の惚気話とかちょっと……」

「ぐぬぬ、言わせたくせに……!」

 

 苛立っているが先ほどまでの危険な感じじゃない。

 ようやく本来の船堀さんに戻ったらしい。

 

「あーあ、他人に告白させられるなんて気分最悪」

 天を振り仰ぐ船堀さん。

 釣られて俺も空を見上げる。

 

「でも、すっきりしただろ?」

「まぁね」

 瞬間、どさりと鈍い音がした。

 

 見れば船堀さんが手を地面について倒れていた。

「船堀さん!」

 慌てて駆け寄る。

 

「平気。ちょっとふらついただけだから」

 何でもないかのように言うが、青白い顔で言われても説得力がない。

 

「安静にしててください。あんなに派手に魔力使った後なんですから」

「うん、そうさせてもらう」

 すんなりと受け入れると腰を落ち着けた。俺もまた並んで座る。

 

「――止めてくれてありがと」

「冷静になれました?」

「うん。――冷静になると本当私になにやってんだろって感じ。君が止めれくれなかったら多分もっと取り返しがつかないことなってた。だから、ありがとう」

「ちょっと手助けしたくらいですけどね」

 

 船堀さんがほんの少しでも理性を残していたおかげでお嬢様のお兄さんが殺されるという最悪の未来を回避することができた。

 結局のところは彼女にの中に迷いがあったからこそだ。そこを突くことでなんとか諫められないかと考えていたが、なんとかなって本当によかった。

 

「ちょっとというには大分体を張ってくれていたようだけど?」

「おかげであちこち痛いです」

「うっ……」

 

 自分で言っておいて精神的ダメージを負ったのか取り繕うように言った。

「本当ごめん……」

「気にしてないですってば、終わり良ければ総て良し、です」

「終わり良ければ、か」

 

 そう言って遠くを見る船堀さん。

「これだけのことをしておいて、全然良くないけどね」

 そうだ。彼女は違法な力に手を染めて主に牙を剝いた。それは決して許されることではない。

 

「船堀さん……」

「わかってる。私はもう逃げないよ。主を傷つけた。信頼を裏切った。その罪を背負って罰を受けるつもり。普通なら迷惑になるから自害とかしたほうがいいんだろうけど……」

「それは俺が納得できません」

「あはは。君ってばよくそんなこと迷いなく言えるよね。うん、だけど同感。私もまだ死にたくない。あの人のことを諦めきれないから……」

 

 罰はかなり厳しいものとなるだろう。でも、その経緯を考えれば十分に情状酌量の余地はあると考えている。

 いつになるかはわからないが船堀さんが折れない限りはきっと許される日は来るはずだ。

 

「ところでさ、君、ルーナ様のこと好きでしょ?」

「なっ!?」

 あまりに唐突な質問に頭が真っ白になった。

 

 何も言えず固まっていると船堀さんは意地の悪い笑みを浮かべた。

「あ、その反応やっぱり?」

「い、いや、そんなわけ……」

「そんなに頑張って否定しなくてもいいんじゃない?」

 

 慌てて否定しようとしたが時すでに遅し。船堀さんの中では確信に至ったようだ。

「人の本音を引き出しておいて君は隠すのってずるくない? 好きか嫌いか、あるいは興味ないかなんだから言っちゃいなよ」

 

 ここまで言われてようやく仕返しをされていることに気付く。

 まぁ、確かに人には散々言っておいて自分はというのはむしの良い話ではある。

 仕方なく俺は答えようとした。

 

「え……」

 それは果たしてどちらが言った言葉だったか。俺かもしれないし、船堀さんだったかもしれない。

 

 どちらにせよ、驚いたからこそ漏らした声だった。

 その理由は船堀さんにある。彼女の腹部から剣の切っ先が生えていた。

 

「こんなところで話し込んでいるなんて、悪魔っていうのは随分と不用心な生き物なんだな」

 背後、俺の知らない声がした。

 振り返ると、白のローブに身を包んだ誰かがそこにいて、その人の手は剣を握っていた。

 

 スッと手を引いて、船堀さんから剣が引き抜かれる。

 塞いでいたものが失われ、血液が穴から零れ落ちていく。

 船堀さんが地に倒れこんだ。

 

「船堀さん!」

 我に返り叫ぶ。止血を思ったが瞬間、俺の眼前に壁が生えてきた。

 それは見る間に左右、後ろ、更には蓋をするようにして上にもできた。あっという間に俺を拘束する檻が誕生する。

 

 よく見るとそれは幾重もの剣でできた檻だ。しかも、恐ろしい気を放っている。

 触れれば消滅させられる。そう感じさせるオーラを剣は秘めている。

 これでは船堀さん近づけない!

 

 いや、泣き言を言っている場合か、叱咤し神器を呼び出す。

 すかさず殴りつけるが、ビクともしない。

 

「ぐぅっ!?」

 どころか、籠手越しなのに灼けるような、熱さと痛みを与えてくる。これにはたまらず籠手を離した。

 

「止めとけよ。悪魔に聖なる力は効くだろ」

 突然現れた白ローブの人は忠告してくる。

 

「なに?」

「生憎とお前は討伐対象に含まれていない。死にたくなかったら大人しくしていろ」

 

 俺に背を向けて白ローブの人は船堀さんに迫る。

 依然と倒れたままの船堀さん。先の攻撃が致命的だったか動く気配はない。

 

「船堀さん、逃げてくれっ!」

 読んでみるが、しかし、立ち上がることすらない。

「おい、押さえててくれ」

 

 白ローブの人が誰かを呼ぶ。すると、もう一人の白ローブがどこからともなく現れた。最初の奴より頭一つ分くらい小さい。

「りょーかい」

 

 後から現れた白ローブは船堀さんの背後に回ると両腕を後ろに引っ張って無理やりを膝立ちにさせると、片足を彼女の背中に置いた。

 その様子はさながら断頭台に置かれた罪人のようだ。

 

「ほい、どうぞ」

「ああ」

 

 彼らがこれから何をしようとしているのかは火を見るよりも明らかだ。

 だからこそその結末を俺は許すことはできない。なのに剣の檻の中で何もできず見ていることしかできない。

 唯一の手段は最早ただ懇願することだけだ。

 

「頼む、止めてくれ」

 剣を持つ白ローブが俺を見た。目深に被っているフードの中は漆黒であり表情はわからない。

「止めてくれ、だと?」

「そうだ、その人はもう抵抗するつもりはない。だから」

「勘違いするなよ悪魔。こいつは人じゃない。だろう? それに、だ。こいつはお尋ね者のはぐれだ。殺して問題ない屑なんだよ」

 

 返ってきた言葉はあまりに無慈悲だった。取り付く島もない。

 どうする? このままだと船堀さんが。

 

「……っ」

 やるしかない。自傷覚悟で、吶喊するんだ。

 腹を括り、四肢に力を籠めていると船堀さんが顔を上げた。

 

「いいんだよ結真」

 真っ白な顔で、今にも消え入りそうな声で言う。

「船堀さん……!?」

「おい、勝手に喋るな」

 

 白ローブが船堀さんの頭を蹴り飛ばす。額が切れて血が伝う。

 だが、船堀さんは止まらない。

 

「ルーナ様と仲良くね。それから自分の気持ちを偽らないで」

「黙れ」

「主と下僕。その溝は深いかもしれないけど決して埋められないものじゃないから」

 

 何とか黙らせたかったようだが船堀さんが止めるつもりはないと知った白ローブが諦めて剣を構える。

「チッ。おい、やるぞ」

「いつでもどうぞ~」

「頼む、止めてくれっーー!!!」

 

 剣を掴み何とか壊そうとするがどうにもならずただ手のひらを焦がす。

 その痛みを感じる余裕など今の俺にはなかった。

 白ローブが剣を上段に構える。

 

「止めろおおおっーー!!」

「――先に行きます、アイザック様」

 

 その声が誰にも届くことなく、無情にも剣は振り下ろされた。

 寸断され、コロコロとそれは転がって、あろうことか俺の足元まで来た。

 俺を留めていた剣の檻がガラスのように砕け散った。遮るものが無くなり、俺はそれを手に取る。

 

 光を失った瞳と視線が合う。それも一瞬のことで、砂のように崩れて風に吹かれると後には何も残らなかった。

 俺はその場に崩れ落ちた。何もない空を抱く。

 

「船堀さん……」

 彼女はただお嬢様のお兄さんに振り向いてほしかっただけなのに。

 自らの罪を認めて新しい一歩を踏み出そうしたのに。あいつはその未来を簡単に摘み取った。

 

「何で、殺した……!」

「理由はさっき言ったはずなのにな。最近の悪魔はおつむが悪いようだな」

「うわぁぁ―!!」

 

 最後まで聞くことなく、弾かれたように飛び出して殴ろうとした。

 だけど、それはあえなく防がれ、代わりにというように剣の柄で俺の腹部を殴りつけた。

 

「ぐあぁっ」

 痛ぇ。殴られた時の衝撃もそうだが、熱々に熱した棒に触れたかのような灼熱感に襲われていた。

 

 とても動けそうにない。無様にもうずくまったまま立ち上がることすらできない俺は格好の的だ。

 動けと必死に念じるがそれ以上に全身の痛みで言うことを聞かない。

 

「刃の部分じゃなくてもよく効くだろ? 聖なる力はお前らにとっての毒そのものだ」

 ゆらりと余裕のある足取りで白ローブが近づいてくる。

「さて、俺に逆らうってことがどういうことかわかっているよな?」

 

 剣の先を俺の首元にあてがう。軽く触れているだけなのに肌を焦がしている。

「止めなよ、■」

 白ローブの片割れが諫める。

 

「邪魔するな」

「それは標的じゃない。正当防衛っていっても限度はあるよ」

「…………」

 

 押し黙る剣を持つ白ローブ。一拍間を置くと、手元から剣が消失した。

「帰るぞ■■」

 一度俺を睨みつけるとどこかへ歩き去っていく。

 

 白ローブの片割れが俺に歩み寄る。

「……ごめんね。君の仲間だったかな? これ君に預けとくね」

 そう言うと俺の手に何かを押し付けてから相方を追っていなくなった。

 

 ようやく動けるようになり、俺の手を見るとそこにあったのはビショップの駒だった。

 船堀さんはビショップだった。つまりこれは彼女の駒。

 肉体が消え去ってもこれだけは残ったらしい。

 

「船堀さん……」

 最後の時まで俺は何もできなかった。彼女が殺されるのをただ見てるだけしかできなかった。

 俺は無力だ。

 

「ごめん……ごめん……」

 1人、グラウンドで嗚咽を漏らす。

 誰もいないこの瞬間がとてもありがたかった。

 

 

 

 酷い喪失感が心を巣食う。

 それでも、いつまでも泣き崩れているわけにはいかない。

 まるで自分のものじゃない体を機械のように動かし、お嬢様のお兄さんの下へと向かう。

 

 とてもひどい状態だっただけに気にかかる。

 それに、と自分の手を見る。彼女が最後に残したものはちゃんと返さなければ。

 きっと彼女もそれを望むだろうから。

 

 最後にお兄さんを見た場所に着くとそこには複数の悪魔がいた。

「くそぉ、いてぇ、いてぇよぉ」

 苦悶の声を上げているのはお兄さんだ。どうやら無事らしい。

 

 そして、そのお兄さんを囲っているのは眷属であり介抱されているようだ。

「あの……」

 声をかけると一斉に皆が視線を向けた。

 

「お、お前は……っ! おい、あいつはどうなった!?」

 あいつ、とは船堀さんのことだろうか。安否を心配しているというよりも、自身の身を気にしているようだ。

 

 まぁあれだけの目に遭えば無理もないか。

 だけど、お兄さんの不安も杞憂となる。だって彼女はもうどこにもいないのだから。

 その事実を伝えることをなによりも俺自身が嫌だったが起きたことを隠すわけにもいかない。

 

「彼女は……亡くなりました」

「何? お前がやったのか?」

「いえ、そうではなく……」

 

 事の顛末をかいつまんで説明する。

「なるほど、そういうことか……」

「すみません、俺がいなが――」

「誰かわからないがよくやってくれたな……おかげで直接始末をつける必要がなくなった」

「え?」

「なんだ?」

「いえ、その、失礼ながら悲しくないのですか?」

「悲しむ? 何故その必要がある?」

「そんな……眷属がいなくなったんですよ……?」

 

 こういった場合の反応は人それぞれだとは思うが、お兄さんの反応はあまりに淡白だ。

 まるでいなくなってよかったみたいに感じられる。

 

「だから何だという。あいつはこの俺に歯向かったのだぞ? あのような厄介者など死んで同然だ」

 そういう人だというのは元々わかっている。それでも頭は怒りで沸騰しかけていた。

 

 彼女が残したものを手にしていなければ掴みかかっていたかもしれない。

 少なくとも今この瞬間だけはことを荒立てるつもりはない。なんとかこらえて口を開く。

 

「アイザック様にお渡ししたいものがあります」

「俺に……?」

 お兄さんに俺は手に持っていたビショップの駒を見せる。

 

「船堀さんのものです」

 差し出すとお兄さんは乱暴に振り払った。

 駒は俺の手を離れ、宙を舞うと床に落下した。

 

 俺は呆然とその光景を見ていることしかできなかった。

「あの女のものなど見せるな無礼者がっ!」

 これには我慢の限界に達して俺は声を荒げた。

 

「貴方は、船堀さんが最後までどんな気持ちだったかを考えてはくれないのですか!?」

 お兄さんをあんなに思ってくれていたというのに。

 どうして、この人はこんなことができるのか。ちょっとは船堀さんの気持ちを考えはしないのか。俺には信じられなかった。

 

「気持ちだと? 何故、転生悪魔風情の気持ちとやらを斟酌する必要がある!?」

 唾を吐きながらお兄さんは俺を糾弾する。

 反省の色1つない相手に俺は何も言えなかった。

 

「不快だ、不愉快極まりない。おい、こいつを殺せ」

 お兄さんの発言に彼の眷属たちがギョッとした気配を見せる。

 誰もが様子を窺うなかでお兄さんは言った。

 

「何をしている。殺せといったら殺せっ!」

 更なる命令に、流石に実行に移す気となったのか一様に敵意をこちらにぶつけてくる。

 冷めた心でそれをどこか他人事のように捉える。

 

 俺を指さして興奮気味に叫ぶお兄さんも、魔力や武器の準備をする眷属も全てがどうでもいい。

 ただ、虚しい。

 いっそのこと、と脳裏をそんな考えが掠めるがそれは最も望まないこと。

 

 なら身の安全を最優先にしてここから逃げよう。

 身体のダメージは癒えておらず、本調子とはとても言い難いがやらなきゃいけない。

 ここで死ぬわけにはいかないのだから。

 

 まさに一触即発。最初に口火を誰かが切ってしまえば戦闘へと昇華される状況。

 殺意と緊張感が絡み合う刹那の間に、その人は割って入った。

 

「お兄様。これはどういう状況ですか」

「ルーナか」

 お嬢様はどこからともなく現れると物怖じすることなく俺と彼らの間に立った。

 

「庇い立てるつもりか?」

「必要とあらば」

「どけ、これは命令だ」

 

 お兄さんは退くつもりはないようだ。強気に詰め寄る。

「恐れながら例えお兄様といえども、その命令に応じるわけにはいきません」

「俺と事を構えるつもりか?」

「誤解なさっているようですが争うつもりはありません」

「お前……」

 

 意地でも退かない様子のお嬢様に険しい表情をつくるお兄さん。

 見かねたお兄さんの眷属の1人が取りなす。

 

「アイザック様、お気持ちはわかりますが治療に専念した方がよろしいかと」

「っ……そう、だな。こんな状況だそれがいいだろう」

 お兄さんが俺を一瞥する。

 

「命拾いしたな」

 捨て台詞を吐いて、転移魔法陣の光ともに消え去った。

 

「ぅっ……」

 お兄さんがいなくなった途端お嬢様がその場に崩れ落ちた。

「大丈夫ですか!?」

「すみません、少々気が抜けてしまったようです。問題はありません」

 手を上げて問題ないとアピールする。

 

「俺のために……すみません」

「下僕が主のために尽くすのは当然のことでございます。お気になさらないでください」

「ありがとうございます。おかげさまで助かりました」

 お兄さんの間に割って入ってもらったことじゃない。俺をここまで行かせてくれたのだってお嬢様のおかげだ。

 

 この人には感謝しても感謝しきれない。

「いえ。過分なお言葉です。……私達も戻りましょう」

「そうですね」

 遠くポツンと取り残されたビショップの駒を拾い上げる。

 

「戻りましょう、お嬢様」

 気付けば彼方の空が白み始めていた。

 こんなにも長く、そして短くも感じられた夜は初めてだった。

 俺はもういない彼女を思い返しながら帰路に着いた。

 

 

 

 

 その日以降、かつて船堀さんのものだったビショップの駒は忽然と消えた。

 誰にも、そして、俺にも気づかれることなく。

 

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