それはよく晴れたある昼下がりのこと。
今日は大学が休みということもあり、俺とお嬢様、それと宗方さんはお嬢様の屋敷、その応接室に集まっていた。
御供さんは普通に学校の授業があるためこの場にはいない。
それにしても、と思う。今日来たのはお嬢様から緊急の要件があるからとのことだった。
あのお嬢様が緊急と言うからには余程の事態に違いない。
勢い込んでいくとお嬢様は何やら神妙な顔をしていた。
「お越しいただきありがとうございます、我が王。本来ならばこちらからお迎えするところを恐縮です」
「いえ……それは構わないのですが緊急の要件とは何なのですか?」
「それは、ですね。その……」
視線を宙に漂わせ、指をもじもじとさせるお嬢様。
ふむ、どうにも様子が変だ。
宗方さんなら何か知っているだろうかと視線を送ってみるが、かぶりを振って知らないと返してくる。
「実は私も今朝方知ったばかりでして……その、驚かないでいただきたいのですが……」
お嬢様が言い切るよりも早く宗方さんがボソリと呟いた。
「転移魔法……」
瞬間、応接室の隅の方で魔法陣が現れ光始めた。
あれはクロセルの紋章だ!
突然の光景に驚く俺、一方のお嬢様は険しい顔をしていた。
やがて光が止むとそこには1人の少女が立っていた。
「やっほ~、待ちきれなかったから来ちゃったぜ☆」
その人は顔の前でピースを決めてそう言った。
俺は突然のことに固まっていた。勿論、唐突にやってきたことにも驚いているのだがそれ以上に、
「え、お嬢様……?」
黒髪のサイドテール、紫の瞳。その顔はお嬢様と瓜二つだった。
交互に見比べてみるとよりそっくりであることがわかる。
さっきの魔法陣がクロセルの紋章であることを考えると親戚なのかもしれない。
「ニーナ。予定とは違うようですが」
お嬢様は当の人物にハッキリとその名を告げる。どうやら彼女はニーナというらしい。
「だってだって~つい待ちきれなくってさ~。もう、ちょーこの日が楽しみだった的な?」
「だってではありません。しかも何ですかその言葉遣いは!?」
「うーん? これが現代日本での流行りのスタイルじゃないんですか~? 私ちゃんアレで勉強したんですよ~。なんだっけ……ああそうそう、漫画ってやつ!」
「漫画は教育用の資料ではありません。全く矯正担当は何をしているのですか……」
何やら目の前でコミカルなやりとりがされているが事情を知らない俺と宗方さんは以前置いてけぼりである。
そろそろ事情を聞きたいところだ。
「あのー、横からすみません、お嬢様そちらの方は?」
「……この者は私の妹です」
「はぁ、妹さんですか」
と、宗方さんが傍によると耳打ちしてきた。
「失礼、月深殿。あちらの方は以前お話しした人工的に造られた人造悪魔かと思われます」
言われ、ハタと思い出す。
宗方さん曰く、大公によって多くの悪魔が人工的に作られたとのことだった。
ならその妹ということはお嬢様より後に造られた存在ということだろう。
何千何万と造られた内の1人。それが今目の前にいる。意外だったのはお嬢様のような上級悪魔然としたものではなく現代かぶれのギャルっぽい性格をしていることだ。
全員が全員酷い扱いをされているという訳ではないということなのだろうか。
「おっとっと。そこでコソコソと話しているお二人は何なのかにゃ~?」
目を付けられて思考を中断する。
何はともあれクロセルの者だ。迂闊な行動はお嬢様に迷惑をかける。
お兄さんの件もあるし慎重に行かないとな。
「お初お目にかかります。ニーナ様。私、ルーナ様の下僕を務めております月深結真と申します」
「同じく下僕の宗方と申します」
「んー。そっちの細目眼鏡君はともかくとして、もう一人の僕君は転生組かな?」
僕君とは俺のことだろう。
不味いな。初見から目を付けられるとはついていないぞ。
いや、ともかく返事をしないと。
「え、ええ。そうです」
「ふぅん。ね、悪魔歴どんなもん?」
「一ヶ月です」
「あはは、やっぱりね。さっきの悪魔式のお辞儀全然なってなかったもん。そーだと思ったよ」
ケラケラと笑い俺の肩をポンポンと叩いてくる。
邪気は感じられない。怒っているという訳でもなさそうだ。
「ね、ね。君フリー?」
「ふ、フリー? とは?」
「誰の眷属にもなっていない、かということです。私であればルーナ様のビショップの席を頂いているのでフリーには該当しません」
宗方さんの助け舟にようやく合点がいく。
そういう意味であれば俺は王でありフリーではない。先の宗方さんの説明だって他所向けの説明のためにお嬢様が主としているが実際のところは主は俺だ。
ともあれ、この場にニーナがいる以上は本当のことを言えない。ので俺の応えは無論1つしかない。
「俺はルーナ様の下僕ですが眷属ではありません」
「そーなんだ。ね、お姉様?」
ニーナがお嬢様の方を向く。
「この下僕ちょーだい?」
「なぁ!?」
「いいでしょ?」
「よ、よくありませんっ! それは私のものです!」
頬を赤くして声を荒げるお嬢様。
ニーナは頬を膨らませた。
「え~、眷属じゃないならいいじゃん。お姉様のけちんぼ。ま、いいや。お姉様がそんな態度なら私にだって考えがあるよ」
「ニーナ、何を?」
「私がここに来た理由、知っているでしょ?」
「それは……」
あのお嬢様が強気に出られない? ニーナが関係しているのか?
「あれれ~? もしかしてさぁ。下僕君達には説明していなかった感じぃ?」
俺や宗方さんの表情から読み取ったのかそんなことを言ってきた。
「じゃあ私の口から説明してあげるよ。私がここに来たのはお姉様の監視に来たのさ☆」
「監視?」
「そそ。ちょっと前にさぁ、アイザック兄様と一悶着あったんだって? それでさ兄様ご本人からお姉様が怪しいって通報があったんだよねぇ」
「お兄さんが……ん? それって言ってもいいんですけか?」
そういうのは所謂匿名によるものではなかろうか。
指摘されたニーナは開いた口を押えた。
「やべっ、言っちゃった☆」
舌を出してコツンと拳骨を頭に打つ。
見た目が美少女なので、多少あざとくとも可愛らしいのは卑怯の一言だ。
「ま、そーいうわけだからぁ。大公の心象も私の報告如何で決まる的な? 言っている意味わかるよねぇ、お、姉、様?」
お嬢様が不利になるような報告をしてほしくなければ私の言うことを聞け、そうニーナは言いたいのだろう。
自らの立場を人質に取られたお嬢様には抗う術はない。
「渡すことはできません。ですが貸すぐらいな、まぁ、認めましょう」
「さっすが、お姉様。わかってるぅ」
ニーナはその場でくるりと身を翻すと俺に向かって笑みを浮かべる。
「よろしくね。私の下僕さん☆」
「ええと、はい、よろしくお願いします」
「じゃ、そういうわけだからやろっか」
やる……? いきなり何のことだ……?
内心で首を傾げていると、その戸惑いを感じ取ったようでこんなことを言ってきた。
「決まってんじゃん。――はぐれ悪魔の討伐だよ」
「はぐれ悪魔の討伐命令!?」
驚きの声を上げたのは俺である。脳裏をよぎるのは船堀さんのこと。
彼女のような存在がこの姫駒町にいるんだろうか。そう考えるだけで心がざわめく。
「それ、間違いないんですか?」
「ええ、私も裏を取りましたが間違いありません。現在姫駒町には複数のはぐれ悪魔が終結をしているようで、大公からそのはぐれ悪魔の討伐命令が下されました」
そう言ってお嬢様は話が長くなりそうだからと、屋敷のメイドさんが用意してくれた紅茶の入ったティーカップを手に取ると口元へ運ぶ。
慌てふためくキングと違い我らがクイーンは何と堂々とした態度だろうか。見ろ、ティーカップをソーサーに戻す所作さえ美しい。
という感想はいいとして、でだ。
「はぐれ悪魔って強いんですか?」
俺にとって気になるのはそこである。
大公の命令であるから、引き受ける、引き受けないの選択肢はない。命令が下された時点で俺たちは"やる"しかないのだ。
だが、問題があるとすればそれは敵の強さである。
戦って怪我するぐらいならいい。いや、本当はよくはないのだがそれでも死ぬよりは断然マシである。
でも、もしも誰かが死ぬようなことになればと考えると俺はたまらなく恐ろしくなる。
ようやく、皆が通じ敢えて前に進みだしたところなのである。そんな拍子に誰かがいなくなるなんて嫌だ。
「そもそもの話ですが月深さんははぐれ悪魔のことをご存じですか?」
「多くは知りませんが、要は主に逆らって野に下った悪魔ですよね」
「ええ、その通りです。理由は様々ですが大抵のはぐれ悪魔は転生悪魔であり、主からの過剰な要求や自らの欲望に溺れてしまった結果主の下を離れ人間界でその力を振り回しています」
宗方さんがティーカップを手に取り口に含んだ。
「さて、肝心のはぐれ悪魔の強さについてですが、正直に申しましてピンキリです」
「戦ってみないとわからないと?」
「ですね。とはいえ、大体は雑兵です。元を辿れば主の下から離れていっただけの悪魔ですし。中には主を殺しているものもいますがほとんどは不意打ちと聞きますし、真っ向から上級悪魔クラスに歯向かえるのは一握りでしょう」
それに、と付け加える。
「強いはぐれ悪魔というのはそれなりに名の知れているものです。例えば一時世間を騒がせたはぐれ悪魔に黒歌という悪魔がいましたね。数少ない猫魈の生き残りだとかで、これがべらぼうに強かったとか」
「ふぅん、それでそいつは討伐されたんですか?」
「いえ、一時はテロリストになりはしたのですが、現在は悪魔側に回っています」
「ん? つまりは味方になったと?」
「そうなります、経緯はいろいろあったらしいのですが、詳しいことは下々の者にはわかりません。まぁそういった例もあるということですね」
「改めて思いますけど悪魔の社会も大概複雑ですよね」
「何分、悪魔の世界は他民族で構成されているものですから、いろいろと難しくなってしまうものなんですよ。……む、またもや話しが逸れてしまいましたね。話を戻しましょうか」
「そうですね、今回の件について複数といっていましたが構成はわかっているのですか?」
「不明です。あくまでも複数名確認されているとだけ。強さもまた未知数です。ですが、敵の強さについては余り考えなくともよいかと」
「というと?」
「我らが王の存在ですよ」
宗方さんがお嬢様を見やる。
「黒瀬様の強さは折り紙付きです。大抵のものには遅れは取りませんよ。ですよね黒瀬様」
俺の脳裏にかつて英雄派の残党を楽々と屠る光景が再生された。
なるほど、宗方さんの言うことにも納得である。期待を込めた目で俺もお嬢様を見る。
「あー駄目。それ駄目」
それまで黙って話を聞いていたニーナが間に入ってきた。
「お姉様が出張ったら直ぐ決着ついちゃうじゃん?」
「それの何がいけないのです?」
「つまんないじゃないですか~」
「ほう……」
腕を組む宗方さん。態度にこそ現れないが困惑しているようだ。
俺もちょっと戸惑っている。何しろ彼女の発言は出鱈目だからだ。普通こういう場合はすぐにでも対処するべきことではないのか。
お嬢様が乗り気でないというならともかくとして、彼女とて放っておくつもりはないようだし協力してもらえるならこれほど有難い存在はないというのに。
「で、でも、相手がどんなかわからない以上は戦力の出し惜しみは避けるべきでは?」
もっともらしい言い訳を述べてみるがニーナは納得しない。
「普通ね、こういう時の王様ってのはどーんと構えとくもんなの。下僕と一緒になって討伐なんて泥臭いじゃない」
「ニーナ。彼の言い分にも理はあると思います。敵の規模は不明。ましてや私の土地で狼藉を働こうというのであれば私とて黙って見ているわけにはいきません」
「うーん、でも……」
初めて困ったような表情を見せるニーナ。
しばらく思案する素振りを見せていたニーナだったが思いついたことがあるのかやがて口を開いた。
「そうだ、じゃあ私が手伝うわ」
「「「は?」」」
俺、お嬢様、宗方さんが異口同音に声を揃える。
「うん私が手伝う。これなら文句ないでしょう?」
「いや、しかし、ですねぇ御身に少しでも危険がある可能性を考えますと……」
宗方さんが説き伏せようとするがニーナは効く耳を持たない。
「へーきへーき。私強いから。じゃ、早速行きましょうか」
ニーナが俺の手を取ると歩を進めようとする。俺は理解が及ばず足が動いていない。
「ニーナ、待ちなさい!」
お嬢様がニーナを阻むように立ち塞がる。
「なぁに、お姉様?」
「一体どういうつもりですか、私の下僕を死地に連れていこうだなんて……」
「死地とは大袈裟な。ちょっとした社会勉強じゃないですかぁ」
「やはりここは私が……」
「たかが下僕一人程度で熱くなってどうしたんですぅ? いいじゃないですか別に。眷属でもない下僕が死んじゃっても」
「なんだと……」
お嬢様が眦を吊り上げる。俄かに魔力が波となって漂い始める。
ヤバいな、よくない雰囲気だ。
「お嬢様、俺なら大丈夫です」
胸を張り、問題ないとアピールする。
お嬢様が心配そうに俺を見る。
「下僕君もそういっているじゃないですか、ね、お姉様?」
お嬢様は大きく息を吸うとニーナに向き直る。
「くれぐれも慎重に行動なさい。もしも彼を危険な目に合わせたらどうなるかわかっていますね?」
「はーい、気を付けまーす」
本当にわかっているんだろうかこのお転婆姫は……。
というわけで早速俺とニーナは街へと繰り出した。
名目ははぐれ悪魔探しなのだが……真昼間から行動を起こすとは考えづらいんだよなぁ。
それをわかっているのかわかっていないのか、隣を歩くニーナは呑気なもので緊張感無く散策している。
「ね、あれってさファストフードってやつ?」
ニーナが指さすのはハンバーガーチェーン店だ。
「え? ええ、そうですが」
「ふぅん、よし、入ろう」
「え、で、でも……」
どう考えても何の変哲もない店だ。少なくとも魔力の気配は欠片も感じない。
「いいからいいから」
俺の腕を引っ張る力は強く抵抗できなさそうにない。
仕方なく俺はついていくことにした。
「これどうやっての食べるの?」
ハンバーガーとポテト、それからジュースの乗ったトレーを前にニーナはそんなことを言った。
これには俺もびっくりだ。
ハンバーガーを食べたことがないのだろうか。いや、待てよくよく考えると彼女たちは曲がりなりにも貴族の出。
ファストフードなんて食べる機会がなかったとしてもおかしくはない。
ここは1つ。ニーナに恥をかかせないように俺が一肌脱ぐべきだ。そう判断して俺はバーガーを手に取る。
わざとらしいくらいにゆっくりと包み紙を取っていく。
そして、ハンバーガーにかぶりついた。
「うん、うまい。やっぱりハンバーガーはこういう風にかぶりついて食べないとな」
俺のやり方を見て、自分のハンバーガーに視線を落とすと、たどたどしく真似るように食べ始めた。
「……おいしい」
一口食べてから以降は止まることなく食べ進め、あっという間に平らげてしまった。
「ふぅ、美味しかったぁ」
「ハンバーガー、初めてだったんですか?」
気になったので尋ねてみる。
「うん? まあね。向こうじゃ出ないし」
悲観そうにするでもなく淡々と答えた。
「さてと、行きますか」
トレーと紙屑を片付けて、店を後にした。
そこからはもう怒涛だった。
はぐれ悪魔を探すという目的はどこへやら、目に映るすべてに興味を示した彼女は俺を振り回しながら果敢に挑戦した。
ボーリング、カラオケ、ゲームセンター等、他にも色々行ったがとにかく大変な一日だった。
夜20時になろうかというところでようやく解放された俺は真っ直ぐに家へ帰宅した。
もう全身くたくたである。本当はこの後課題に取り組みたかったがそんな余裕はなさそうだ。
風呂入って飯食って、ベッドにダイブしよう。それがいい、そうしよう。
「ただいまー」
「おかえりー」
「ああ、ただいまってニーナ様!?」
たった一日で聞きなれた声は誰であろう、ニーナその人だった。
慌ててリビングに行くとニーナが飯を食っていた。
両親が気にしていないところを見るに大方魅了(チャーム)を使ったんだろう。
ニーナは俺に気付くと手を振った。
「やほー、ご馳走になっているよー」
「はぁ……ってそれ俺の分じゃないですかー!」
「ご馳走様でしたー!」
抗議も虚しくニーナは食べ終わってしまった。
俺の夕飯が……。仕方ない今夜はカップ麺だな。
「というかニーナ様なんでこちらに? お嬢様の屋敷に戻られたのでは?」
「私もそう思ったんだけどさ。こっちの方が楽しそうだから来ちゃった☆」
「えぇ……」
まさか家の中までついてこられるとは。
「あ、君の部屋のベッドは私が使わせてもらうから」
「俺はどこで寝ろと?」
「さぁ、あ、リビングのソファとかいいんじゃない? じゃね、おやすみ~」
傍若無人とはまさにこのこと。俺の家でありながら、部屋を追い出された寂しくリビングで夜を明かした。
「おっはよー!」
寝起きの俺にニーナのキンキン声が響く。
声音から察するに昨夜は熟睡したに違いない。
「おはようございます……」
対する俺はというとソファで寝たせいで体中がバキバキだ。
「さぁ、今日も張り切っていくわよー!」
「そうですか。頑張ってください」
ニーナがどれだけ張り切ろうと関係ない。俺には抗議があるのだから。
いそいそと準備を進めようとしていると、ニーナが来ているシャツの襟をむんずと掴んだ。
「よし行くわよ、下僕君っ!」
「え、や、俺講義が」
「何言っているのこの街のピンチなんだよ。授業どころじゃないって!」
「ぎゃー、待ってください。最近サボりがちだったから単位が! しかも今日必修の講義なんですぅー!」
「あははは」
なんという馬鹿力だ。踏ん張ろうとしているのにズルズルと引き摺られていくではないか。
結局抵抗は無意味となった。
そんなこんなで某有名なテーマパークに来ていた。
はぐれ悪魔探すって言ってんのに電車で浦安の方まで来て何すんのかと思ったらこれである。
「あの、こことはぐれ悪魔と何の関係が?」
「そうねぇ、私の直感がここが怪しいと訴えて仕方ないような気がする!」
「そこまで言うからにはもう断定してくれませんかねぇ!?」
この人ときたら……。ん? 待て、あの人どこ行った?
一瞬目を離した隙にどこかへ消えてしまった。
視線を巡らすと着ぐるみのキャラクターと戯れているのが見えた。
「見て見て、凄いよこれ、めっちゃ可愛いっ!」
ニーナはその着ぐるみと密着して嬉しそうにしている。
俺にはその良さがわからないが彼女が楽しそうにしているのであれば何よりだ。
着ぐるみもまたお客さんの様子に合わせてオーバー気味のリアクションで対応してくれている。
「ハハッ」
「おっとそれ以上は止めるんだ」
そこから先は色んな意味で危ない。五感を閉じてニーナが満足するのを待つ。
ひとしきり触れ合ってようやっと満足したニーナは着ぐるみから離れる。お互いに手を振りあって別れを告げると彼女は園内のアトラクションへと目を向ける。
「さぁてどこから攻めましょうか」
「やっぱりそうなりますよねぇ」
チケットを買っておいて入口で満足なんてしないよねー。
そんな調子で閉演ギリギリまで付き合わされる俺なのだった。
3日目、4日目も同様に色んなところに連れまわされてはぐれ悪魔の捜索なんて欠片も行わなかった。
そしても5日目もーー。
「よぅし、下僕君。今日はどこにいこっか」
呑気な発言に俺も苦言を呈さざるを得なかった。
「あのこれでもう5日目ですよ? いい加減遊び惚けるのは止めていただきたいのですが……」
「遊びって何さー。視察だって立派なお仕事だよ~」
「しかし、はぐれ悪魔の件はどうするのですか?」
「あーあれね。ま、お姉様の方で上手いことやるでしょ。私たちはそんなことよりも今日も行きたいところあるんだよねー」
「そんなことって……」
はぐれ悪魔がこの街で悪さをしようとしているのかもしれないのに悠長なことを……!
大公からの命令でもある以上早々に取り掛からないと査定にも関わることことなのに、何もできないこの状況がなんとも歯痒い。
「あのさぁ、さっきからあーだこーだ言ってるけどさ、私の立場わかってる? 私の行動如何でお姉様の評価が決まるんだよ? いいのかにゃ~?」
ニーナは俺の胸に人差し指を当てると"の"の字を書く。
蠱惑的に囁きながら行われるそれは生来の美しさと相まって淫靡でほんの一瞬頭がクラッとした。
「……それでも、俺はお嬢様の役に立ちたいんです。どうかご協力ください」
「……ふぅん」
嬉の色が失せた冷めた目で見た。
「君ってさ兄妹いる?」
「急に何ですか?」
「いいから答えて」
突然の質問に俺を困らせようとしているのかと考えたが、ニーナの様子からしてそんな感じはしない。
俺は渋々答えることにした。
「弟がいます」
「意外、長男なんだ。でも家にいなかったよね? その子は今どうしているのかな?」
「いるとは言いましたが正直どんなやつなのか知りません。引き取られてすぐに家出してそのまま行方知れずになったので」
そう、俺には弟と呼べる存在がいた。
俺が中学生の頃だろうか。親戚の子だと親が連れてきたことがあった。
不愛想な男子だった。挨拶もなく自室に籠るとそのまま家出をしてそのまま帰ってくることはなかった。
生きているのか死んでいるのかわからない。
両親は以降は弟に触れることはなく俺もまたそういうものかと気づけば忘れていた。
生きていれば今頃高校生ぐらいだろうか。いや、今はそんなことどうでもいい。
「それとこれが何の関係があるんですか?」
「あるといえばあるし、無いといえば無い、かな」
発言の意図がわからず俺は眉を顰めた。
「君に兄弟がいて比べられて育てばちょっとはわかってくれたんだろうけど、私には優秀な姉がいるのはわかるでしょ?」
「お嬢様が何だって言うんですか?」
問うとニーナは肩を竦めた。
「優秀な姉を持つとその妹や弟は苦労するってお話だよ」
ニーナはため息をついた。するとそれまでの冷たさとは打って変わって愛想よく笑みを作った。
「さて、じゃあ行きましょうか下僕君?」
「行くってどこへ……?」
「決まってんでしょ、はぐれ悪魔のところに、だよ」