ハイスクールDxD Lane Age   作:楓栞

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41話

「ん……」

 重たい瞼をこじ開けるようにして開く。

 視界がぼんやりとしているがこれはずっと瞼を閉じていたためだろう。

 この感覚からしてどうやら随分と長い間寝てしまったようだ。

 

 目蓋をこすり、はて、ここはどこだろうと視線を巡らす。

 知らない場所だ。

 俺がいるのはどこぞの家の洋室のようで、この部屋に物といえるのは今俺が横になっているベッドくらいなものだ。

 

 少なくともこの部屋には俺以外はいない。

 それにしても何故は俺はこんなところにいるのだろうか。

 最後に残っている記憶で辛うじて思い出せるのははぐれ悪魔捜索のためにニーナと共に廃工場に向かったこと。

 

 そこで何かあったような気がするのだが――、駄目だ、どうにもそれ以上の記憶が思い出せない。寝起きということもあり頭がシャッキリしないせいだろう。

 しばらくすれば思い出すだろうと諦めて、俺はベッドから降り立つ。

 

 身体は少々怠いが、動けないほどではない。

 ここでジッとしているのはなんだし、居間に行けば誰かいるかもしれない。

 状況から見て助けてもらったのだろうし、お礼もかねて状況把握をしたかった俺は早速、洋室から出ることにした。

 

 ドアに手をかけて僅かに押して隙間を作る。

 念のため、ドアの外を伺うと廊下があり、そこに人影はなかった。

 心臓の鼓動が速くなるのを感じつつ、廊下にでる。

 

 右を見ると玄関口があり、左を見るとおそらくは居間に続いているだろうドアがあった。

 少し逡巡してから黙って出ていくのはよくないだろうと思い、居間に続いているとみられるドアに手をかけた。

 

 無数の瞳が俺を捉えた。

 気が強そうで、あるいは弱そうで、もしくは何の感情のない。色んな目がそこにあって、とにかく居間にいた者たちから視線を投げかけられた。

 ひぃ、ふぅ、みぃ。ざっと6人。

 

 男もいれば女もいて共通して皆若そうだ。10代後半、高くても精精が20代ぐらい。

 お礼を言おうとは思っていたが思ったほど以上の人数と、そういえばなんて感謝したものか文言を考えていなかったことに気付き、どう声をかけたものかと固まっていると、

「あれ、もう起きちゃったよ。どーすんのこれ」

「どうもこうも……どうするんだろ」

「確かに。予定よりもっと先になるはずじゃ……」

 

 何やらぶつぶつと言い合っている。揉めているのだろか、参ったな、ますます話しかけにくくなかったぞ。

「全くもう、皆して冷たいわよ」

 視界の外からもう一人、女性の人が現れた。

 

 キッチンに最初からいたようだ。俺からは全くの死角なので気づかなかった。これで計7人だ。

 柔和そうでいて品のあるその人は俺を見てにっこりとほほ笑む。

 

「こんにちは、月深さん」

「あ、こんにちは。あの、どうして俺の名前をというか、俺、どうしてここに?」

 見るからに優しそうなこの女性が非常に話しかけやすそうなオーラを醸し出していたのでこれ幸いにと質問をぶつける。

 

「ああ、ごめんなさい。知らない人にいきなり出くわした上にこんなところに連れてこられてびっくりされましたよね。全部説明しますから、どうぞこちらに来てください」

 居間に来るようにと促され、俺はたじろぐ。

 

 目の前の女性の人はともかくとして、それ以外の居間の6人は疑心の目を向けており明らかに警戒の色を示している。

 それを知ってか知らずか、女性が手をパンと打ち合わせて言う。

 

「ほら、皆折角のお客さんですよ。そんな怖い顔をしないの。ほら、牧子ちゃん新しい椅子を出してあげて」

「下の名前でいうな! あと、ちゃんは止めろ!」

「佐々木君、伊野口君。スペース空けてあげて」

「うぃーす」

「は、はぃぃ」

「久場君、テーブルの物をどけてあげて」

「……ああ」

 

 女性はずいぶんと慕われているようで粛々と行動を起こしていく。

 そうして、準備は整い俺だけを残して7人がテーブルに着いた。

 女性が手で座るように合図する。

 

 俺は頷いて恐る恐る足を前にやり、座った。

 知らない場所で知らない人に囲まれるという状況が如何に辛いものかを味わい続ける。

 

「それじゃあ、さっきの話の続きをしましょうか」

 女性が話を切り出す。

 

「その前に、月深さんの疑問にお答えする前に私たちの紹介をさせてください」

「ええ、よろしくお願いします」

 出来ることなら聞きたいことを聞いてさっさとお暇したいところだけど、まあ、お礼だけ言って帰るっていうのもなんだし仕方ないか。

 

「私は小山内優菜と言います。一応みんなのお姉さんやらせてもらってます。月深さんも気軽にお姉ちゃんって呼んでいいですからね」

 なんか、いきなり濃いのがきたな。

 

 小山内さんは腰にまで届きそうな茶髪に中肉中背ながら出るところの出た豊満なボディ、と雰囲気も相まって色んな意味で人、より具体的には男性の目を奪う女性だ。

 是非ともお近づきになりたいところだが、先のお姉ちゃん発言を考えて愛想笑いを浮かべて何も言わないことにした。

 

 それから順々に自己紹介が始まった。

「ほら、次は佐々木君ね」

「え、俺もですか。というか本名……まぁ今更だな。姐さんが言うならいっか。佐々木だ、よろしく」

 派手な金髪の頭に高い鼻、首元にはゴーグルを下げている彼が佐々木さんと。

 

「いい、伊野口です。よろしくです」

 初手から嚙みまくりの眼鏡でチェック柄シャツを着た彼は伊野口さん。

 

「古河。下の名前は牧子っていうけど、下の名前で呼んだら殺すから。あとちゃん付で呼んでも殺すから」

「……」

「返事!」

「アッハイ」

 気の強そうな目に淡い緑色の髪をした革ジャンを羽織ったレディースもどきみたいな彼女が古河さん。

 

 

「久場だ、よろしく」

 黒髪ボブヘアで切れ長の瞳が特徴的な不愛想な彼が久場さん。

 

「南です、よろしくです」

「鹿目と申します、よろしくお願いします。」

 

 これで7人全員の自己紹介が終了。最初のうちは頑張って覚えようと自分なりに特徴を捉えていた。

 だが、ここまで来ると最早、特徴を覚えるのも難しい。

 

 そもそも俺は人の名前と顔を覚えるのはそんなに得意ではない。

 とりあえずあとの二人は女性であると脳内のメモに記す。

 

「さて、これで皆の自己紹介は終わりね。それで本題なんだけど、まずなんで月深さんがここにいるのかについてから説明しましょう」

「はい……」

「その前に1つだけ聞きたいのだけど、月深さんは悪魔よね?」

 

 さらりと投げかけられた問いは、質問の体をしていたがその実、ただの確認だった。

 故に俺はこの場から離脱するため腰を浮かしかけて――、

「逃げるの禁止な」

 

 背後、耳元で囁くように呟いたのは先刻まで確かに座っていた佐々木という人物だ。

 両肩には手を添えられており、完全に背後を取られていた。

 いつの間に。嫌な汗を脇に掻いた。

 

「佐々木君」

 窘めるように言う小山内さん。

 ただ、名前を告げただけだがその意図を汲み取ったのか、佐々木は手を離すと元の席へと戻っていく。

 

「悪い、姐さん。反射的に手が出ちまった」

「うん、次は気を付けてね」

 穏やかな会話が繰り広げられる傍らで、俺は息が詰まるような思いをしていた。

 

 警戒していたつもりだった。もしかしたら敵かもしれない、その考えがあったからこそあの質問が来た時点で逃亡を選択した。

 玄関口に一番近かったのは俺だったし、逃げ切れる可能性は十分にあったはず。

 

 だというのに、逃走に移るその前に機先を制された。

 こいつらはただの人間ではない。その確信を得た俺は現状の不味さを嫌というほどに認識させられた。

 

 まず、俺はこの場において1人で、こいつらは7人もいる。圧倒的に数的不利なうえにここはやつらの居場所。

 よしんば外に出られたとしても、遠くまで連れてこられたのだとしたら土地勘がない俺は不利になる。

 

 加えて敵の能力は未知数。俺より早い奴が最低でも1人はいるから逃亡は不可能に近い。

 助けを呼ぼうにもスマホは取り上げられたようでポケットには何も入ってない。

 状況はあまりに絶望的。旗色が悪いなんてもんじゃない。戦場で何の装備をもなく敵陣の只中にいるようなもの。

 

 俺の今の心境が顔にも移っていたのだろう。小山内さんは慌てたように言った。

「ごめん、ごめんね。びっくり、したよね? 何も驚かせようしたんじゃないの。本当にただの確認のつもりだったの。だって私たちも、”悪魔”だから」

「なに……?」

 

 小山内さんの背から蝙蝠のような悪魔の翼が出現した。

 それに続くように他のやつらも悪魔の翼を広げた。

 

「びっくりさせたせめてものお詫びに言うね、私たちは」

 まさか、まさかこいつらは。

「禍の団(カオスブリゲード)に所属する、はぐれ悪魔の一派。寂寥者の狂演(ストレイブラッド)」

 

 つまるところ、と彼女は語を続けた。

「テロリストです」

 当の探し求めていたはぐれ悪魔、その人たちだった。

 

 

 禍の団。

 駒王協定発足以後、各地で確認されるようになったテロリストだ。

 悪魔や堕天使、さらには天使と各種族に加えて各神話体系の危険人物の集まりで、非常に厄介な存在らしい。

 

 その目的は不明であり規模もわからないが、とにもかくにも多くの善良な人たちを困らせる、厄介者として周知されている。

 俺が知っているのはそれくらいで、それもお嬢様や宗方さんから教わったものに過ぎないが、まさかこんなところで出くわそうとは。

 さらには俺たちが追っていたのがまさか、はぐれ悪魔がそうだったとは思いもよらなかった。

 

「冗談、ではないですよね?」

「こんな時に、初めてお会いする方にそんなことは言いませんわ」

 ここで、初めて小山内さんの笑みの質が変わった。

 

 見る人を潤すような愛情に満ちていた微笑が、自嘲のようなどこな疲れた笑みへと変わったのだ。

 それも一瞬のことで、気づけば元に戻っていた。

 

「私たちがテロリストであることは間違いなく事実です。ですがどうか誤解をしないでほしいのですが、私たちは月深さんを害そうとする気持ちを持っていません」

「…………」

「月深さんがここにいらしたのは廃工場でうろつかれていた月深さんを佐々木君と牧子ちゃんが捕まえたからであり、そのまま私たちに預けたにすぎません」

 廃工場で捕まった、だと? だからここに連れ去られたのか……。

 

「私たちが月深さんのお名前を知っているのは単に所持されていた身分証を確認したためです。勝手に見てしまってごめんなさい」

 盲点だった。

 気絶している状態であれば何の抵抗もなく財布の中を盗み見ることが可能だろう。

 あまりに単純なことに気付けなかった浅ましさを呪いつつ、動揺していることを隠すように質問を重ねる。

 

「それで、あなた達は俺をどうするつもりなんですか?」

「どうもしません。先ほどもお伝えさせて貰いましたけども害するつもりは一切ございません。上からもどうしろとも言われていませんから、月深さんの処遇はこちらに一任されているものと解釈しています。ですから、すぐさまこの場から離れたいと仰られるのでしたら解放することをお約束します」

 

 意外な返答に俺は内心で疑心を深くした。

 テロリストが正体を突き止めた俺を見逃す、だって?

 

 到底信じられるわけない。きっと、何か裏があるに違いない。

 そんな風に思案しているとこれまで黙って成り行きを見ていた1人が口を開いた。

 

「姐さん、それはちょっと虫が良すぎるんじゃないですか」

「牧子ちゃん……」

「だから、それ止めてくれ! ……はぁ、いいですか? そいつ私たちの正体を知っちまったんですよ。顔も名前も、ね。それで見過ごせっていうんですか?」

「だって、同胞だし……」

「それが甘いっていうんです! こいつのせいで何かあったら俺だけじゃない、姐さんもリーダーもみんな粛清を受けるんですよ!?」

「あー、姐さん悪いけどマッキーに賛成すわ」

「てめぇ、佐々木、その名もやめろって言ってんだろが!」

「いいじゃねえの、マッキー、俺は可愛くて好きだぜ」

「てめぇの評価なんて聞いてねぇよ。私が止めろって言ったら止めろ」

「おうおう、今日は特に血気盛んだな。あれか? 女の子の日ってやつ?」

「喧嘩売ってんのか? なら買うぜ、表出ろや」

「やめとけよ、お前、俺についてこれねえだろ」

 

 佐々木がニヒルな笑みを浮かべる。

 対する古河はというと相当頭にきているようで眉をヒクつかせている。

 一触即発の状況に割って入るものがいた。

 

「お前ら、どうでもいい喧嘩は後にしてくれ」

 久場だ。腕を組んで古河をじろりと睨みつける。

 

「あん?」

「今がどういう状況か分かっているのか? 建設的な会話をしているんだから水を差すな」

「ちっ」

 古河が舌打ちをすると頬杖をついてそっぽを向く。

 

「小山内。俺からもいいか?」

「うん、お願い久場君」

「俺はそこの男は危険に思う。出来ることなら今、この場で処分すべきだと考えている。」

「随分と苛烈な意見だね」

「俺たちの身の安全を考えたうえでの結論だ。蔑みたかったら蔑んでもらって構わない」

「ううん、私たちのことを思っての発言だから悪く言うなんてできないよ、ありがとね」

「くく、どうするよ姐さん。あんた不利だぜ」

 佐々木がからかうように言った。

 

「そうだね、だからといって譲るつもりはないよ、わかってもらうまで説得するだけだから」

「頑なだねぇ、おいお前らはどう思うよ?」

 

 お前らとは未だ何も言わない伊野口、南、鹿目の三名だろう。

 彼らは顔を見合わせると、そのままに口を噤んだ。

 

 どちらの意見にも加担できない、という意思表示のつもりらしい。

 佐々木は肩をすくめた。

 

「つーかさ、お前はどうしたい?」

 突然に佐々木は俺に話題を振った。

 咄嗟のことに俺は固まった。

 

「お、俺?」

「そう、お前だよ。当のお前さんはどう思う訳よ? っていうか命乞いするなら今がチャンスだぜ?」

 

 命乞いって言われても……何でもするから許してくれって言えばいいのか?

 出来ることなら小山内さんの言う通りになってほしいと願うばかりだがそれは消極的に過ぎるだろう。

 

 今や自身の命がかかっている以上は何らかのアクションを起こさざるを得ない。

 といっても小山内さん曰く大人しくしてさえいれば見逃してもらえそうな雰囲気だ。このままのらりくらりと知らぬ存ぜぬで行けば無傷で開放してもらえるかも。

 

 淡い期待を抱いていると、脳内に音が響いた。

『やほー、下僕君。聞こえているかな?』

「…………っ」

「……?」

 

 怪訝そうな顔をする小山内さん達。

 俺は慌てて取り繕う。

 

「や、すみません、色々と考えてしまってちょっと悪い想像をしてしまいました」

「そうよねこんな状況ですもの。落ち着いてとはいかないけど正直に話してね」

 小山内さんが優しい言葉を投げかけてくれる。彼女が応じてくれたことで周囲も納得しそれ以上は追及されなかった。

 

 なんとか誤魔化せたことに胸を撫で下ろす。

『おーい、聞こえているかにゃ~?』

『聞こえていますニーナ様』

 テレパスで声をかけてきたニーナに応じる。唐突なことに先ほどはつい顔に出してしまったが今はなるべく自然な様子を振舞う。

 

『おけおけ。感度良好ってところね。んで状況は今どんな感じぃ? あ、攫われるところまでは知っているからね~』

 この人、俺が攫われるのを黙って見ていたのかよ。ま、助ける義理もないだろうか彼女としては当然なんだろうが。

 やるせない気持ちを抱きながらも状況をかいつまんで説明する。一応は考え事をしている体だがずっと黙ったままというのよろしくない。

 

『ふぅん、そーいう状況か。りょーかい、なんとなくわかったわ~』

『断っておきますがここで暴れろと言われてもお断りしますので』

 ニーナなら言いかねないと判断して先手を打っておく。

 

 流石にこの人数だ。それも実力者ぞろいときている。どう足掻いても勝ち目はない。

 抗うという選択肢は絶対に取るつもりはなかった。

 

『あはは、心配しなくても特攻なんてさせないって』

『ならいいんですが』

『うん、だから、ちょっと潜入捜査してよ』

『……は?』

 

 危うく声に出しかけたがなけなしの自制心がなんとか最悪の事態を避けた。

『だーかーらー。潜入捜査だよ。そのなんとかっていうチームに仲間入りしてさ、色々と探って来てよ』

『んな……無茶な……』

『無茶でも何でもやんなさいな。それとも何? この街がどうなってもいいっていうの?』

『それは……』

 

 実際のところこうしてはぐれ悪魔と対面することで彼らが只者ではないことを思い知った。

 少なくとも俺一人じゃ到底太刀打ちできそうにない。どうしたってお嬢様や宗方さんの力が要る。

 

 だからこそ潜入して構成んの数やどんな力を持っているかを確かめることが有効だというのはわかるのだが。

 しかし、それをやらせようとする彼女の気が知れない。

 

『無理です、俺にそんな重要なことが務まるとは思いません』

 慣れないことをすれば必ずボロが出る。その時支払う対価が俺の命なら、納得はできないが我慢できる。

 だけど、それが街を危機に陥れ、御供さんや……あるいは匠や國坂まで波及するようであれば看過できない。

 

『務まるとか務まらないとか考えてるだけナンセンスよ? 状況が呑み込めてないんじゃない?』

『なんだって?』

『相手を知ることのできる絶好の機会。これを活用できずしてどうするのかしら?』

『だけど俺の所為で皆に危険が及ぶかもしれません……』

『危険ならもう及んでいるでしょう? その証拠に君の目の前に敵がゴロゴロいるでしょうに。そんなことも分からないの?』

 

 それは――そうだ。遂、後ろ向きに考えてしまっていたが、この状況はむしろ考えようによっては皆を守ることのできる千載一遇の好機かもしれない。

 少し考えた末に結論を出す。

 

『わかりました。その役目謹んでお受けいたします』

『よろしい。物分かりの良い子は好きだゾ。お姉様には上手いことを言っておくから。じゃそゆことでよろしく~☆』

 って丸投げかい!

 

 それきりいくら念じようともテレパスが返ってくることはなかった。

 全く発破をかけるだけかけて後は関与しないとか人任せにもほどがあるだろう。

 ともあれ、やるべきことは決まった。逃げるのではなく潜入して、彼らを知ろう。

 

 そのためにどうすべきかを考えてみよう。この局面を乗り切れるの方法を。

 使えるものすべて使って何とかして俺が生き残るための切り口を見つける。そのための突破口は彼らの境遇にあると思う。

 

 共通することと言えば彼らがはぐれ悪魔であること。

 何らかの理由で主のもと離れて、こうして危険分子として集まっている。

 であるならば、だ。

 

「俺も、あなた達と一緒なんだ」

「あん?」

 怪訝そうな顔をする佐々木。

 

 思いもよらぬ返答にどうやら戸惑っているようだ。

 気になっているからの反応だ。畳みかけるなら今しかない。

 

「俺、今の主にちょっと辟易しているというか……つい最近悪魔になったんですけど主がそこそこ大きな家の出身ですごい傲慢な奴で、いろいろ迷惑をこうむっているんですよ、だから」

「だから、俺たちと一緒ってか?」

 俺は首肯する。

 

「一生このままかなってときにあんた達の存在を耳にして、それで気になっただけなんだ、誓ってそれだけであんた達を害そうとするつもりはないんだ」

「ほーん、存外ありきたりな理由だなぁおい。もうちょっとマシな理由用意できないんか?」

「それが全部ですよ」

「まぁ? 確かに嘘をついているって感じでもなさそうだよなぁ」

「……わかるのか?」

「何となく? 同じやつってそういう雰囲気纏っているもんさ。特にあんたは相当な目に遭ったか遭っているか、そのどちらかな気がする」

 

 今でこそお嬢様に思うところはないが……そう思っていた時期も確かにあり、全くの嘘ということでもないのがここにきて活きているのが何とも言えないところだ。

 何にせよ通用しているのであれば重畳。

 このまま同情を引きつつ、うまいこと取り込みたいところだ。

 

「んで、おたくは俺たちに興味があるんだよな?」

「そうだ」

「なら、俺たちの仲間になるってのどうよ? くそウザい主様なんて裏切って殺しちまって俺たちのところへ来いよ」

「そ、それは……でも、殺すというのは……」

 

 殺すだと?

 そんな通過儀礼みたいなことをする必要があるというのか?

 いくらなんでもそんなことはできない。どうにか躱す方法は無いだろうか。

 

「主に不満があんだろ? なら殺っちまえよ、一人じゃ怖いっていうなら俺たちも手伝ってやるからサ」

「いや、でも……」

「おやおや、不満はあっても所詮はその程度かい? あんまし安い同情で気を引こうとすると――」

 

 佐々木の目に剣呑な光が宿る。

 背筋が凍り付きそうな悪寒が走った。

 

「火傷するゼ?」

 口調こそ軽いが、放たれるプレッシャーは言葉ほどに軽くない。

 返答次第ではこの場で殺される。それを嫌というほどに肌で感じた。

 

「佐々木君」

「ああ、嘘嘘。嘘ですよ姐さん」

 小山内さんの窘める声に慌てて佐々木は姿勢を正す。

 

「月深さんの事情はわかりました、そういった境遇であるならば尚のこと私は傷つけたくないと思います、皆はどう?」

「俺は反対だね。事情はわかったけどさ、だからって見逃す理由にはならないと思うね俺は」

「佐々木に賛同する。いかな背景があろうと俺たちを知ってしまった以上は処分すべきだ」

 

 佐々木と久場はやはり反対か。

 この分だと古河も反対だろう。

 穏便に切り抜けようと思っていたが何も差し出さずにやり過ごそうとするのは無理があったようだ。

 

 そう思っていたのだが、

「まぁ、いんじゃない見逃してあげても」

 てっきり反対するだろうと思っていたが古河はあっさりと掌を裏返した。

 

「おいおい、マッキーちゃんよ、どういう風の吹き回しだよ?」

「次は殴るぞ」

「怖い怖い、んでその心は?」

「どうもこうも、こいつんところの主は厳しいんだろ? ならこうしてここにいるのだって危ないってコトじゃん。あんまし拘束するのもよくないしさっさと解放してやってもいいんじゃない」

「まさかあの与太話で絆されたって言うんじゃないだろうな?」

「だったらなに?」

 意外にもこれまでの様子から激昂すると思われた古河は冷静に切り返した。

 

 それは佐々木も同様だったようで、

「およよ? 怒んねえの?」

「なんで怒る必要があんだよ。あんたの言う通り私はこいつに同情している、だから見逃したいと思っている、ただそれだけだ」

「怒ってない古河ってなんか調子狂うな」

「いいから話を進めるぞ。これで2対2、あとの奴らは中立として、どうする?」

 

 俺をこのまま開放すべきだという小山内さんと古河。片や俺を排除すべきだという佐々木と久場。

 残りの三人はどちらにも組するつもりはないようで静観を保っている。

 

 完全なる膠着状態。

 この均衡を崩すにはさらなる判断材料が必要となる。

 そして、そのための一手を俺はもっていた。

 

「ちょっと、いいですか?」

 手を挙げて視線を集める。

「なんだい、弱虫君。まだ命乞いしたりないのかい?」

「そうです。俺の命乞いはまだ終わっていません」

「へぇ?」

 

 ゆっくりと息を吸って吐いてから覚悟を決めると言った。

「俺を仲間にしてください」

 ほんの少しの間だけ誰も何も言えなかった。

 

 真っ先に口を開いたのは小山内さんだった。

「どういうおつもりですか?」

 ちょっとだけ怒ったような、気のせいでなければそんな感じがする。

 

「さっきも言った通りです。今の主が不満があるのではぐれになりたいんです」

「先にもお伝えしたはずです。私たちはテロリストです。何の覚悟もない一般人を巻き込むつもりはありません」

「人じゃないです、悪魔です」

「揚げ足を取らないでくださいっ!」

「すみません、もちろん冗談です」

「仲間に入るというのも冗談ですか?」

「いえ、そっちは本気です。本気で仲間に入りたいと思っています」

「なぜ、どうしてです!?」

 

 何故、か。

「今のままじゃいけないと思うからです、虐げられたまま長い生を送るのは嫌だからです」

 虎穴に入らずんば虎子を得ず。

 

 リスクを恐れてはリターンは得られない。

 危険があるのは覚悟のうち。それを承知の上での提案だ。

 問題は彼らがそれに乗っかってくれるかどうかだが。

 大分疑われているみたいだから仲間に入れるかは微妙ではあるが、俺としては可能性に懸けてみたい。

 

「まさかテロリストだなんて想像だにしていなかったから、ちょっと踏ん切りつかなかったですけど……皆さんが悪い人たちじゃないのはよくわかりましたので、だから俺を仲間に入れてください」

 頭を下げる。誠心誠意、心を込めているかのように振舞う。

 

 後はもう返答を待つばかりだ。

 断頭台に首を置き、刃がいつ振り下ろされるのか、そんな気分の中ただ頭を下げて沙汰を待つ。

 果たして、俺の嘘が通じたのか否か小山内さんがこう言った。

 

「頭を上げてください」

 言われた通り頭を上げる。

 小山内さんは沈痛な表情を浮かべ何か迷うそぶりを見せてから口を開いた。

 

「月深さんの気持ちはよく理解できました。上のものにお伝えする必要があるので今すぐどうこうできませんから、少しお待ちを――」

「ちょっと待てよ」

 小山内さんに待ったをかける声が一つ。

 古河だ。

 

「ボスなら多分了承してくれるだろ。アンタ何を勝手に判断しようとしている?」

「牧子ちゃん……」

「…………困っているやつを見捨てるつもりか?」

「それは、その……」

「だからって、じゃあOKともいえんだろ」

「何が言いたい? 佐々木」

「こいつがスパイの可能性があるだろ」

「さっきてめえはこいつが嘘を言っていないって言っていたよなぁ?」

「ああ、こいつが言っていることは本当だろうさ。だからって全幅の信頼が寄せられるとは限らない」

「……続けろ」

「こいつが本心から主を恨んでいるからって、主が命令すればそれに果たして逆らえるか? これまで散々犬のように躾けられてきた恐怖に逆らえると思うか?」

 

 別に家畜のような扱いは受けていない――、いや家畜のように見られていた時もあったかもしれない。

 そう考えると中々にひどい扱いを受けていたのだろうか。

 勝手に想像が広がっていく会話に今更ながら嘘がバレないよなと不安に思っていると、佐々木には俺にも話を振ってきた。

 

「お前はどうだ? 今こんなに疑われているわけだがお前は主を本当に裏切れるのか?」

「やれます」

 いや、ちょっとそれは、などと言ってしまったら最後、不信感が拭えなくなってしまうので絶対言えない。

 根拠はなくても断言してみせるのが吉と見た。

 

「口だけなら何とでも言えるが……口にすらできないのであればそれはもう使えねぇ。最低限の心構えはあるわけだ」

 佐々木は腕を組むと姐さんと名を呼んだ。

 

「俺はこいつをアリだと思う。今はまだどっち側かはわからないが信頼は作ってもらえばいいし、もしもスパイなら相応の痛みを覚えさせればいいだけだ」

「佐々木君……」

 

 まさかというべきか、佐々木は俺の仲間入りを後押しした。

 俺のことを全く信用していない、というか現在進行形でこれぽっちも気を許していないんだろうけど、それでも許すとは思っていなかった。

 

 これで佐々木と古河は賛成派の2人となった。小山内が反対派であることを考えると久場がどう判断するかでまた、状況が膠着することになる。

 それは佐々木も同様だったようで久場の方へと顔を向ける。

 

「久場、アンタはどう思う?」

「どちらかと言えば反対だが、強く反対したいとは思わない。最初のうちだけ何らかの制限を設けるといった具合で調整してくれるのであれば妥協できる」

 久場はどちらかというと反対らしいが、条件付きで許す構えのようだ。

 

 ひとまず中立派として置くのであれば賛成が二人に反対が一人で趨勢は決まったことになる。

「これで2対1だけど、どうする?」

 古河が小山内さんに対して静かに問う。

 

 今更だが小山内さんはこのチームにおいては相当な発言力を持っているようだ。

 流れとしては決まっているようなものだが、古河にしろ佐々木にしろ必ず勝手に決めようとはせず、最終的な判断を任せている節がある。

 

 それだけ信頼されているということなのだろう。

 その彼女は、今悩んでいた。目を伏せて考える素振りを見せている。

 少しして考えが纏まったのか佐々木を見て、次に古河を見て、最後に俺を見た。

 

「分かりました。月深さんの仲間入りを認めたいと思います。最終的な判断はボスが決められるでしょうが牧子ちゃんの言う通りほぼ間違いなく認められるでしょう」

 小山内さんは1つ息を吐いた。

 

「よろしくお願いしますね、月深さん」

 どこか疲れた様子で歓迎のあいさつを以って語を締めた。

 こうして俺は正式にはぐれ悪魔の、それもテロリストの仲間入りを果たした。

 

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