その後、俺は最初に横になっていた部屋で待機となった。
なんでもストレイブラッドのメンバーはここにいるのが全員ではなく別動隊がいるようで顔合わせすることになったのだ。
そういうわけで残りのメンバーが来るまではひとまず待機となったのでベッドに腰を掛けて休んでいた。
といっても俺にとっては敵地も同然であり心休まる瞬間はない。
いつどこから攻撃を受けてもおかしくはない、そんな考えが頭をよぎって仕方なく、ほんの少しの物音がするだけでも過敏に反応していた。
一応は彼らの仲間になったのだから今すぐに襲われる心配はないのだし、リラックスとは言えないまでももうちょっと落ち着きたいところだ。
生憎なことにこういう時に頼りになるスマホは取り上げられている。
当然と言えば当然だがまだ信用できないということでしばらくは返せないと明言されていた。
なくても困りはしないが、暇つぶしができないというのも酷な話だ。
このままではいざという時に疲れて対処できない可能性が出てくることを考えるとなにがしか方法を見つけなければならない。
うーん、こういう時は、そうだ! 瞑想をしよう!
「色即是空、空即是色。痛ってえ!?」
すべての煩悩を取り払い無の境地に達する。
はずが、直後に頭にキーンとした頭痛が走る。
かき氷を食べた時に感じる痛みを百倍ぐらいにしたぐらいの痛みだ。
「そうだ、俺、悪魔だからお経というかそういうの全般駄目なんだった……」
ついうっかりで唱えてしまったが、悪魔に念仏や聖書に記された文言とかは全て悪魔にダメージを与える代物であり禁句なのだ。
言われるのはもちろんのこと口に出すのもアウトである。
「いかん、いかん。ちゃんとしないとな……」
ようやく頭痛が引いたとき、ドアがガラッと開いた。
「何してんだお前」
そこに現れたのは佐々木だった。
「落ち着かないからお経を唱えて自滅したってか、ハハハ面白いなお前」
事の次第を話すと佐々木に盛大に笑われた。
「そんなに笑わなくてもいいじゃないですか」
「悪い悪い、こんな逸材に会えるとは思ってなかったからな」
「馬鹿にしてます?」
「めっちゃ褒めてるよ。……そんなことよりだ。改めて入団おめでとう。これでお前は晴れてテロリストの仲間入りという訳だ」
つくづく鼻につく物言いである。
さっきといい今といい、人を小馬鹿にするのは好きなようだ。
「わざわざそれを言いに来たんですか」
「なに、未来ある後輩君と親睦でも深めようと来ただけ、今のはただの前置きサ」
「何か質問でもあると?」
「端的に言えばそういうことになる。例えば昨日のこととかな」
「……っ」
「怯えなくてもいい。あの時は立場が立場だったからな、お互いに不可抗力ってやつだ」
「そういってもらえると助かりますが……佐々木さんは一体あそこで何をされていたんですか?」
「佐々木でいい、あの時俺は俺たちは作戦行動中だったんだ内容は言えんがな。なぁ、マッキー?」
佐々木の目線はドアへと向けられている。
マッキーと呼んでいたのは古河さんのことに違いない。
突然その名を呼んだということはつまり。
ドアが一人でに開き、古河さんが現れた。
「相変わらず勘のいいやつだ」
「鼻が利くものでね、用があんだろ? こっち来て話そうぜ」
「別に話すことはない、俺はお前を監視しに来ただけだからな。あと、マッキーはよせ不快だ」
言いつつ、傍によると壁に背を預けた。
「ツレねーなー、どう思うよあの女」
「いや、どうと言われても、どうも思いませんけど」
「かー、お前はお前でつまんないやつだなー」
「月深、あまり佐々木の言葉を真に受けるなよ。そいつは口先だけの奴だから」
「おいおい、新人に悪評を流すなよお蓮の心象が悪くなったらどうすんだよ」
「態度からもわかるように口も軽いから、今度からはあまり耳を貸すなよ」
「って話を聞けい!」
色々と言い合いつつも、単に遠慮がないという単純なものではない何かがやり取りの間にはあった。
「仲がいいんですね」
思わずそんなことを呟いていた。
「「よくない」」
口をそろえて言うものだから余計に変だった。
そうこうしていると、不意に玄関から物音がした。
「帰って来たみたいだな」
「ああ、意外に早いな」
「帰ってきた?」
「ああ、リーダーたちの御帰りみたいだ、リビングに行くぞ」
リビングに出ると見覚えのない面子が6人もいた。
併せて小山内さんも帰って来ていたみたいで窮屈な居間が更に狭く感じられた。
「皆ただいま」
見知らぬ男が言う。
「おかえりなさい、倉前君」
「留守番ありがとう、問題はなかった?」
「ええ、特には。そうそう、新しいメンバーを紹介したいのだけどいいかしら?」
「もちろん、そのために全員集めたからね」
小山内さんが手でこちらに来るように合図してきたので距離を詰める。
「初めまして月深です。今日からお世話になります」
「よろしく月深さん」
そういうのは赤茶色の髪をした若い男の人だ。
虫も殺せなさそうな人の良い雰囲気を纏っている。
「僕は倉前、一応ストレイブラッドのリーダーやってます。よろしく」
ニコリと笑う。爽やか具合では匠といい勝負ができそうなぐらいのイケメンである。
「リーダーと言ってもバイトリーダーみたいなもんだけどな」
「ははっ、確かに似たようなものかもね佐々木君」
倉前さんは苦笑して、次々に残りのメンバーを紹介した。
その中には俺にも見知った人物が1人混ざっていた。が、相手が目で俺を制してきたので無関係を装った。
「……さて、これで全員かな」
全員を紹介し終えると倉前さんはふぅと息を吐いた。
「意外に大所帯なんですね」
はぐれ悪魔が集まっているとは聞いていたがこんなにいたとは。流石に予想外だ。
「まぁね。報われない境遇にいる同胞は多いし、そういった人たちを僕らの上司が集めてくるから」
「上司……?」
「文字通り、僕らの上に立つ人さ。僕たちはあの人から仕事を請け負って生活しているんだ。いずれ君も会うと思うよ」
もしも、その上司とやらが今回の首謀者であるならば会ってみる価値はあるかもしれない。
そのためにも彼らの信頼を得ることから始めないと。
「でも、その前に……横井君お願いできるかな」
「了解したリーダー」
先ほど倉前さんの紹介にあった横井という男が俺に近づいてくる。
「悪いな新入り。ちょっとばかり不自由になってもらうぜ」
聞き返す間もなく俺に向かって手を突き出す。
瞬間、俺は首に違和感を覚えた。
何か重たいような窮屈な感覚。それが首をぐるっと囲っているのだ。
手で触れると金属質な触感があり、俺はそれが首輪であると直感した。
「いったい何を」
「まぁ、待てよ。ちゃんと説明するから。で、どうするよリーダー」
「そうだな。重たいものにするのは可哀想だから破ったら近づけないでいいと思う」
「じゃあそれで」
横井がコホンと空咳を打つ。
「月深よく聞け。今から俺の神器について説明する」
「せ、説明?」
「自分から手の内を明かすのが変か? 俺も同感だがそれがこの神器の能力なんでな。いきなりだが心して聞いてくれ」
横井の言い分が真実なら世の中には説明しないと発動しない神器もあるらしい。
何とも不便なものだがそういうことなら聞くとしよう。
雰囲気からして攻撃を仕掛けられるという感じではなさそうだし。
「今、お前の首についてる首輪は俺の神器、不自由なる自由(フリーダムジェイル)によるものだ。対象に首輪や鎖といったものを付け、発動者と対象者に約束を交わす。そして、その約束を破った際の罰則を設ける。最後に約束と罰則について対象者が同意したところで条件が整う」
つまり、俺みたいに信用の置けないやつにはこうして首輪をかけて約束を守らせる。で、約束を破ったやつにペナルティを科すというわけだ。
能力の対象になったやつは何としても相手から信用を得たいのだから約束を守ろうとするだろう。
おまけにペナルティが重たいほどに何としても遵守する必要が出てくる。なんともうまくできた能力である。
「それで、約束は?」
この場合重要なのはペナルティの方ではなく約束だ。一体彼らが俺に何を守らせようとするのか。
内容如何によっては折角の機会を不意にしてでも脱出を敢行する必要がある。
決して怯えていることを表に出さないように何喰わない顔で横井を見る。
「気になるか? そんなに構えなくてもすぐに教えてやるよ。約束は俺らの存在を誰にも漏らさないこと、俺たちに害を及ぼさないこと、許可なくこの拠点から離れないことの三点だ」
漏らさない、か。
俺の事情を全て明かせ、といった最悪の想定は避けられたようだ。
とはいえ、何か情報を手に入れられてもお嬢様に伝えられないのはかなり苦しい。
いや、方法は後で考えよう。ペナルティの方も重要だ。
「ペナルティは?」
「約束を破ったら――お前には死んでもらう」
「……っ」
「というのは冗談だ。約束を破ったらお前には俺たちのことを忘れてもらう」
「それだけですか?」
「意外か? これがリーダーの方針なんでな。ボスからはよく甘いって言われるよ。ああ、ボスってのはリーダーが言っていた上司のこと。それでリーダーっていうのが倉前さんのことね」
なんという肩透かしというか俺としては命まで取られなくて都合がいいんだがどうにも安心しきれない。
「それで、後は君の同意だけですべての条件が成立するんだけど、どうする?」
「もちろん、同意する」
「即答か、大した度胸だな。OKだ。これで能力は発動した。くれぐれも約束を破らないように気を付けてくれ」
依然として首周りの違和感は拭えないがどうやらきちんと発動しているらしい。今後は迂闊な行動をしないようにしないと。
ニーナからの命令もあることだしな。
「わかった」
「ちなみにだが、この能力俺でも解除できないから」
「え」
「少なくとも俺は解除方法を知らん。死んだら解除されるかもしれないけど……」
なるほど、今更ながらに約束や罰則が軽い理由が判明したな。
解除できないのであればここで重い誓約をかけた場合、将来的に使える人材が却って使いづらくなる可能性がある。
「となるとこれずっとこのままってわけか」
首元に手を添える。
息苦しさを感じることはないのだが、あると少しばかり気になる。
「そこは我慢してくれって感じだな。じゃあ俺の仕事はこれで終わりだから。リーダー悪いけど少し休ませてもらうよ」
「うん、ありがとう。ゆっくり休んで」
倉前さんが向き直る。
「改めてようこそ、月深君。これで正式に僕たちの仲間入りだ。どうぞよろしく」
そう言って手を差し出してきた。
俺はおずおすと手を出し握る。
倉前さんの手は温かく、また曇りのない屈託な笑みを見せてくる。
少しだけ後ろめたくて目を合わせづらかった。