鹿目さんが亡くなって少しして俺たちは悲しみに暮れる間もなく次の拠点に移ることを余儀なくされた。
理由は当然、この拠点がエクソシストにバレている可能性があるからだ。
移動する前にせめて葬儀でも思ったが、光の力で消滅させられてしまった鹿目さんは肉体なんて欠片も残っていない。
ならばと墓を建てようものならそこから足が付きかねない。結局何もしないまま最低限の荷物を纏めて夜逃げ同然に皆で移動した。
倉前さんと小山内さんが用意した車にそれぞれ乗り込んだ。
車を走らせること1時間。車から降りると依然と似たようなマンションがそこにはあった。
「ここが次の拠点か」
ぼそりと呟くとそれを倉前さんが拾う。
「うん、いくつかある予備の拠点の1つさ。さ、皆行こうか」
先導する倉前さんは迷いなく先へ進む。
とある一室の前で止まると扉を開けて中へ入る。ぞろぞろとそのあとに続く。
既に家具は揃えていたようで前の拠点とあまり変わらない光景が広がっていた。
居間に集まった皆に向かって倉前さんは言う。
「皆、ここがこれからの拠点になる。……鹿目さんのことは残念だったけど心機一転して頑張ってもらいたい」
全員が真剣な顔をして頷いた。
その最中、一瞬だけ倉前さんと視線が合わさった。直ぐに逸れたがその行為が意味することを分からない俺ではない。
試されている。俺の今後の身の振り方を。
皆が前を向いて真剣に向き合っている中俺だけ1人取り残されたような感覚を覚えた。
「それからつい先ほどボスから今回の件について情報がきた」
ピリッと空気が張り詰めた。
「目標は件のエクソシスト。2人組で片方は聖剣使いらしい。元々この街にはここを管轄とするエクソシストが一名駐在していたらしいんだ。最近になってそこに新たに2名のエクソシストがようでこの二人が先の2人組に当たるみたいだね」
淀みなく語っていた口を止めて倉前さんが1人1人顔を見る。
「鹿目さんもこの聖剣使いにやられらとみている。今後もこのエクソシスト達に狙われる可能性は大きいだろう。皆、十分に注意してほしい」
聖剣使い? 何となく思い当たる節がある。あの廃工場で戦ったエクソシストが確か聖剣を使っていたような……。
皆無言ではあったが、闘志に満ちていた。やる気は十分のようだった。
そこから対エクソシストのための作戦会議が繰り広げられた。どうやら現在進行している任務はいったん中止して情報収集を行うようだ。この動き次第でエクソシストの対処を決めるらしい。
俺はその作戦に参加させてもらうことはなかった。未だ信頼が得られていないのだから当然なのだが意外だったのは古河さんや佐々木さんが外されたことだ。
拠点護衛の観点からある程度できる人が残るのはわかるのだがせっかくの人材が腐ってしまうのではないだろうか。
古河さんは特に反論するでもなく受け入れていたけど佐々木さんは猛反対した。
「おいおい、リーダー俺も参加させてくれよ」
「うーん、そうしたいのはやまやまだけどここを手薄にするわけにはいかないからね。ここはちょっと我慢してくれないかな」
温和な表現ではあるが絶対に首に縦を振らないであろうということは俺にも何となくわかった。
佐々木さんも同様だったようで不満そうではあったがそれ以上は何も言わなかった。
そうして、エクソシストの情報収集に動き出す人、拠点に残る人が決まり今日という日が再開された。
俺はどうしても話したい人がいたので周囲にバレないように視線を送る。
その人はちゃんと気づいてくれて頷き返すとお互いに示し合わせて外に出た。
人気がないことを確認してから浅科さんは切り出した。
「それで、どうかした?」
「鹿目さんが死んだ件、何か関わっているんじゃないんですか?」
「それは彼らが襲われたのは私が情報を漏らしたから、って言いたいのかな?」
「……はい」
「なるほどね。うん、その通りだよ」
あっさりと浅科さんが受け入れたので拍子抜けして俺は二の句を告げずにいた。
「で、それを確かめてどうしたいの?」
「……ボスの情報を掴むまでは何もしないんじゃなかったんですか?」
「そのつもりだったけどね。ボスの情報が中々掴めなくてね。これは埒が明かないと思ってちょっとリークしてみたの。残念ながらボスは姿を見せてくれなかったけどね」
「それじゃあ鹿目さんは死に損ってことですか」
「死に損も何も元々全員殺すつもりなんだからいいじゃない」
あっけらかんと浅科さんは言う。
そう、確かに彼女の言う通りなのだ。どうあれストレイブラッドの皆を殺すことに変わりはない。
無い、のだが。
「不服、って感じだね。感情移入しちゃった?」
「そんなことは……」
ないと本当に言い切れるだろうか。
俺は今、彼らを敵として見れるのだろうか。答えに出すことはできなかった。
「あんまり入れ込みすぎないようにね。じゃないと……」
浅科さんが近づき、俺の耳元で呟く。
「君が死ぬよ」
背筋がゾワリとした。鳥肌がたって仕方がない。
浅科さんが離れる。
「果たして君はどっちの味方なのかな?」
じゃあねと言って浅科さんは戻っていった。
しばらく物思いに耽り、ようやく戻った頃どういうわけだか佐々木さんが現れて手招きしてきた。
「何ですか佐々木さん」
「いや、なに、秘密の会議のお誘いさ」
「はぁ?」
「声が大きいぞ月深。古河に聞かれたらどうする」
「どうもしませんけど」
「俺がどうかするんだよ」
「はぁ……それで一体何なんですか。大した用事でもないならさっさと修業を始めたいんですけど」
「安心しろ重大な話だ」
「重大なら古河さんも入ってもらった方がいいのでは?」
「最もだな。だが却下する」
「どうーー」
「何故ならばっ!」
遮るように大きな声を上げる佐々木さん。自分で大きな声を出すなと言っておきながらである。
本人も言ってから気づいたのか声のトーンを下げて言う。
「何故ならこれはシークレットミッションだからだ」
「シークレットミッションですか……」
「そうだ、いいか、これは古河には言えない。言ったらシークレットではなくなってしまうからだ」
「怒られるからの間違いじゃないですか」
「それもある」
あんのかい。
「じゃあバレたら不味いじゃないですか」
「バレたらな。ならバレなきゃいいんだ」
「そうですか、じゃあ一人でやってください。俺怒られたくないんで」
踵を返そうとした俺の肩を佐々木さんは勢いよく掴んだ。
「せめて内容は聞いてくれてもいいんじゃないかね!?」
「しつこいですね……わかりました話だけは聞きます。聞いたうえでどうするか判断するそれでいいですか?」
「おぉけい、おぉけい。それでいこう。で、本題なんだが俺たちでエクソシスト見つけねえか?」
いきなりのとんでもない爆弾発言に少しの間俺は凍ってしまったかのように何も言えなかった。
ようやく佐々木さんの提案を咀嚼した俺は尋ねた。
「今、なんと?」
「あん、聞こえなかったか? だから俺たちで糞のエクソシストを見つけんだよ」
「俺たちって俺と佐々木さんでですか?」
「当ったり前よ。つーか他に誰がいんだ」
「それヤバくないですか、なんかあったら死ぬってことですよね」
光の力で肉体すら残さず死んでしまった鹿目さん。それが俺たちの身にいつ降りかかったとしてもおかしくないのだ。
拠点から出なかったら絶対安心とは言わないまでも外よりは格段に安全であることに違いない。
「かもな、でもやられっぱなしっていうのは性には合わないし。それに俺たちだけ仲間外れなんて納得いかねえよな」
「まぁ、そうかもしれませんが……でも適材適所って言いますしやっぱり危ないですよ」
「平気さ、何も俺たちだけで倒そうっていうんじゃねえ。見つけたら連絡、全員で速攻囲って殺せばいいのさ」
「殺す……」
「なになにビビってんの?」
「そういうわけじゃ……」
「お前も鹿目みたいになりたいか? 何も残さず無に消えたいか?」
「……嫌です」
「だろう? ならやられるまえにやればいいのさ。さっきも言ったが実際に戦おうという訳じゃない単に探すだけさ」
「…………」
バレたら古河さんに怒られるだろうな。倉前さんや小山内さんにも心配をかけるだろう。
でも結果を残せばみんな認めてくれる。久場さんだって許してくれるかもしれない。
それにもしもそのエクソシストが船堀さんを殺したやつなら敵を討てる。
やってみる価値はあるか。逡巡し、それから決断を下す。
「わかりました。やりましょう」
返事をしてからどうしてかまだ引き返せるという倉前さんの言葉が脳裏をよぎった。
が、佐々木さんの次の言葉にそれは掻き消される。
「よぅし、生贄ゲットぉ」
「あの今聞き捨てならないこといいませんでした?」
「気のせいだ。さて早速作戦会議と行こうじゃないか」
「まぁ、いいでしょう。それで作戦決まっているんですか?」
「うーん、あんまりだな」
「それで一体大丈夫なんですか……」
もうちょっとこう方向性が固まってから提案してほしいところだ。
「まぁまぁそのための作戦会議よ」
「じゃあまずは何時からやるかですね。といっても任務の重要性を考えると今日からですかね」
「ま、そうだな。捜索は夜を中心にやろう」
「夜ですか? 日中ではなく?」
「ああ、悪魔が最も活発になる時間帯はどこだ?」
「え、それは夜に決まってます」
「だろう、当然エクソシストもついてくるわけだ。つまりやつらも悪魔を本格的に探そうとするなら夜になるわけだ。実際俺たちが任務を行う時間帯は夜が多い」
佐々木さんは何故ならと付け加える。
「悪魔が活性化する時間なのはもちろんとして、最も人目に付きにくいのは夜だからだ」
「なるほど、道理ですね。隠れ潜まなきゃいけないはぐれ悪魔にとっては2重の意味で夜は都合がいいわけですか」
「そういうこと。ついでにドンパチするなら夜が都合がいいのはあいつらエクソシストにとっても同様のわけだ」
「敵同士だっていうのに変なところで利害が一致しているんですね」
「というわけでだ。お互いがお互いを探すのに都合がいいのは夜。だから捜索も夜に行う。いいな?」
「了解です」
その後も話は進み、今日の夜19時から2人で行動を起こすことで決定した。
それから俺はスマートフォンを充電して、メッセージを確認することにした。
案の定、家族や友人、それからお嬢様から届いていた。特にお嬢様からは着信の件数が凄まじいことになっている。これはきちんと返事をしなければ。
家族は一旦無視するとして友人らには適当に風邪で寝込んでいたと嘘を吐いていた。大分長い体調不良だがとにかくここは丸わかりの嘘でもいいからメッセージを送っておこう。
お嬢様は……少し悩んでかいつまんで事情を説明した。ストレイブラッドの皆のことに触れると神器の効果が発動してしまうのでそのあたりのことは避けねばならないからかなり婉曲な表現になってしまった。
頭の回るお嬢様ならきっと大丈夫だろう。
こんなところか、と息を吐く。
すると、スマートフォンが震えた。着信が入ってきたのだ。かけてきているのはお嬢様だ。
俺は周りに誰もいないことを確認してから電話に出た。
「もしもし」
「ご無事ですか!?」
「うおっ!?」
耳元で大音量で言われた俺は思わずスマートフォンを離した。
「あ、すみません……つい……」
「いや、大丈夫です。長いこと電話できなくてすみません、色々ありまして、でも俺は何ともないです」
「そうですか……安心いたしました。……メッセージを拝見しました。今、連絡ができるということはもうお戻りなっていただくということですよね」
徐々に弾みのついていく声音に何故か俺は少しの罪悪感を抱いた。
「まだそれはできません」
「な、何故ですか? もう十分にお役目を果たされたのではありませんか?」
「いや、まだだ。もっと情報を集める必要がある、もっと確実なものとするために」
「どうしてそこまでする必要があるというのです? 場所さえわかってしまえば私の手で如何様にも」
「そうなんですけど……」
言われて思う。何が自分をそうさせるのだろうかと。
皆の能力がわからずとも拠点さえわかれば確かに十分なのだ。
伝えてしまえば不自由の自由(フリーダムジェイル)で忘れてしまうが逆に言えばそれだけである。後のことはお嬢様が何とかしてくれる。
だから、今行ってしまえばそれで全てが終わる。そして、それをお嬢様はきっと待っている。
「我が王……?」
黙る俺に不安そうに問うお嬢様。
「す、すみません。中途半端は嫌なので! 俺ちょっと呼ばれているんで切りますねまた今度!」
「え、我が」
まだ何かを言いたげにしているお嬢様だったが無理矢理に通話を切った。
スマートフォンをそこら辺に放り投げて天井を仰ぎ見る。
動揺していると自分でもわかっていた。あれ以上お嬢様と話しているとそれがバレそうだったので苦しい言い訳を使って切ってしまったわけなのだが。
俺はどうしてそうしたのか、そこがわからなかった。
ストレイブラッドは敵なのだからさっさと情報を流して終わりにしてしまえばよかったのに自分はどうしてそうしなかったのか悶々とした気持ちで約束の時間になるまでそればかりを考えてしまった。