アリウススクワッドのリーダー、錠前サオリは唇を噛み締めた。
空崎ヒナを追い詰め、”先生”を抹殺する。計画達成は目前に思えた。
しかし
「サオリ姉さん…スコープを割られました。もう索敵は無理です…」
「どこだ…狙撃できる高さの建物なんてこの近くには…!」
——陸八魔アル。たった一人の生徒に全て邪魔された。
もしアルの邪魔が入らなければ、ヒナも“先生”も――計画は成功していただろう。
空崎ヒナに並ぶ戦闘力の持ち主を持つゲヘナ、そしてキヴォトス最強格の生徒の一人。
(しかし事前の調査では出てくることはないと言われていたはず…!何故ここに!?)
「サオリ!危ない!」
思わず立ち止まったサオリへ、アルの弾丸が飛来する。
ミサキの声に従い身を翻した瞬間、先程まで立っていた地面が爆発した。
「弾が爆発した…!?」
えぐれ飛ぶ地面を前に、サオリの背筋に冷や汗が伝う。避け損ねていれば、確実に無事では済まなかった。
続けざまに撃ち込まれる弾丸を避けながら、必死に思考を巡らせる。
いくらアルが強いといえど所詮は一人増えただけ。いくらでもやりようはある。
前衛はヒナが相手をしているが、あの様子ではもう限界だ。
陸八魔アルの狙撃は厄介だが、目の前の
——その判断は間違ってはいなかった。相手が
☆
「くっ…はぁっ!」
ヒナの愛銃”終幕・デストロイヤー”が、ギュインという独特の音とともに弾丸の雨を降らせる。
だが、動けていること自体が奇跡のような状態で、この銃を使い続けるのは自殺行為に等しい。
徐々に、しかし確実に体が限界へと近づいていくのが分かった。
アリウススクワッドもそれに気がついているのか、さっきから積極的に攻撃してこない。
恐らく勝手に潰れるのを待っているのだろう。しかし止まるわけにはいかなかった。
アルという邪魔者が現れた今、アリウススクワッドにとってヒナたちと戦う理由はない。
もしヒナの足止めがなくなれば、彼女たちは今度こそ先生を害するだろう。
それだけは阻止しなければならなかった。
体の軋む音が聞こえる中、それでもヒナは銃を振るい続ける。
逼迫する状況の中、ノイズを吐きながら無線機が起動した。
『ヒナ、そっちの状況は?』
「私は、大丈夫…だけど、このままじゃ逃げられる…!誰かこっちに来てくれれば…」
無線機越しにアルの声が響く。痛む体を押さえながら、なんとか返事を絞り出した。
アルが援軍を呼んでくれるだけでもだいぶ状況は変わるだろう。
しかし、返ってきた言葉は予想の斜め上のものだった。
『分かった。今からそっちに向かうわ』
「……向かう?そっちは狙撃中じゃ?」
思わず素っ頓狂な声を上げるが、言葉の続きを飲み込むことになった。
——遠くで轟いた凄まじい爆発音に遮られたからだ。
続けざまに、幾度も爆発が大気を揺らし響き渡る。
「何だ!?罠か!?」
サオリが咄嗟に視線を爆発源に向ける。だが、飛び込んできたのは目を疑うような光景だった。
「さ、サオリ姉さん……!
「なんだあれは……!?銃弾の爆発を足場にしているのか!?」
爆風に乗るようにして、人影が空を切り裂いていた。
その軌道上で次々と爆発が炸裂し、推進力のように彼女を前へと押し出していく。
常識では考えられない——こんな真似ができる者など、キヴォトス広しといえど一人しかいない。
爆発音がやんだ瞬間、衝撃波を上げながら人影が着地する。
土煙が晴れる中、サオリは後退りしながら呻いた。
「化物め…!陸八魔アル!」
アルは答えず、ただまっすぐにヒナへ視線を向ける。
その瞳に映るのは敵ではなく、戦場に並び立つ仲間だった。
「まだ動ける?ヒナ」
「…本当に無茶苦茶ね、アル」
短いやり取りの後、二人は並んで銃を構える。
ヒナ、そしてアルの銃口が狙う先にはアリウススクワッド。
緊張が張り詰める。
今、戦場の均衡が崩れた。
☆
サオリは猛烈な焦りに襲われていた。
ミサキ、ヒヨリ、
しかし、眼の前の化物に勝てる気はしなかった。
逃げようにも、大人しく逃がしてくれる訳が無い。仮に逃げ切れても、それはこの化物を自由にするということだ。
何を起こすかわからない不確定因子を残すわけには行かない。
ここで倒し切るしか選択肢は残されていなかった。
ヒナさえ始末できればどうにでもなるという考えがいかに甘かったかを、サオリは痛感する。
だが、勝機はゼロではない。アルは本来スナイパーであり、近距離戦は不得手なはずだ。
ヒナもボロボロでまともには動けない。
四人で一斉に近距離戦に持ち込めば、まだ勝てる可能性はあった。
——その考えは、一瞬で打ち砕かれる。
サオリたちはアイコンタクトを交わし、同時にアルへ銃口を向けた。
だが引き金を引くより早く、アルの姿が掻き消える。
「なっ…!?」
凍りつくような殺気を背後から感じた。
本能に従い身を捩った瞬間、地面にアルの銃床が叩きつけられ、地面にクレーターをつくった。
人間が出していい火力ではない。当たっていたらと思うとぞっとする。
咄嗟にミサキがロケットランチャーを放とうとした。しかしアルはそれを許さない。
スナイパーライフルとは思えぬ速度で連射し、徹底的に牽制する。
だがその無理な体勢のせいでアルにわずかな隙が生じた。
そこを逃さず、ヒヨリの弾丸が脳天を正確に撃ち抜く。
しかし——
「…そこね」
「ノ、ノーダメージ…!?」
アルは微動だにしなかった。
逆にヒヨリの銃を完全に叩き割り、続く2発目でヒヨリの頭に弾丸をぶち当てる。不意に食らった強烈な一撃に、ヒヨリが倒れた。
ヒヨリは決して弱いわけではない。むしろアリウスでも指折りの強者だ。
その彼女が一瞬で無力化された事実に、サオリは思わず戦慄した。
だがアル相手には、その一瞬の隙が命取りとなる。
体勢を立て直したアルが、容赦なく銃床を叩きつけた。
「がっ…!?」
激しい衝撃で視界が一瞬暗転する。だがそれだけでは終わらない。
頭を、腕を、足を——目にも止まらぬ速度で滅多打ちにされていく。
最後の一撃が決まった瞬間、数メートルふっ飛ばされ壁に叩きつけられた。
意識が飛びそうになるのを必死に抑え、よろめきながらも立ち上がる。
(この化物に正攻法は通じない……あれを使うしか…!)
懐の感触を確かめる。残された最後の切り札——ヘイロー破壊爆弾。
懐に手を差し入れ、指先でそれを確かめる。残りは一つ。
正直、使いたくはなかった。だが、ここで倒すには他に手はない。
遠距離で投擲する手は、狙撃手のアルの前では通用しないだろう。
ならば——自爆覚悟で詰めるしかない。
決死の覚悟を決め、サオリはアルへと全力で突進した。
当然、銃床の一撃が迫る。だがそれより早く、懐から爆弾を取り出す。
アルの瞳が驚愕に見開かれた。
だがこの至近距離では、さすがの彼女も反応が遅れる。
サオリが「いける」と確信した瞬間だった。
「させない!」
ギュインという音が響くと同時に銃弾の雨がサオリに向かって降り注いだ。
ヘイロー破壊爆弾はヒナの銃撃によって撃ち抜かれ、サオリの手から離れ宙を舞う。
「——ッ!」
掴み直そうとした時には遅く、爆弾は空中で爆ぜる。
轟音と閃光に戦場が揺れ、サオリは思わず硬直した。
その隙を逃さず、アルの銃口がサオリの額へと突きつけられた。
次の瞬間、渾身の銃撃が脳天を撃ち抜く。
「ぐっ……!」
脳を揺さぶる衝撃に全身の力が抜け、サオリは崩れ落ちた。
再び立ち上がろうと必死に足掻くが、もはや体は一ミリたりとも動かない。
そんな彼女に向かって、アルは無言のまま、ゆっくりと歩み寄っていった。
「…!」
「あなたの相手は私よ」
サオリを庇おうとしたアツコに、ヒナの終幕・デストロイヤーが火を噴いた。
突如として浴びせられる弾丸の雨に、アツコは防御に徹するしかない。
「こいつ、まだ動けるの…!?」
驚愕の声を上げるミサキも、すでに戦線離脱寸前だった。
先程アルの牽制射撃を受け、全身に走る激痛でまともに動けない。
アルが目の前で立ち止まる。
それでもサオリは必死に立ち上がろうとした。
「まだだ…まだユスティナ聖徒会が残っている。無限に湧くあの軍勢の前では、すべてが等しく無意味だ…!」
「……それはどうかしら?」
静かに割り込んだのはヒナだった。サオリが驚いて視線を向ける。
そこには——倒れ伏したアツコの姿があった。
ヘイローは点灯しているため意識はあるようだが、すでに身動きひとつ取れない。
相手は手負いとはいえ、ゲヘナ最強の名を背負うヒナだ。
いかに訓練を受けているとはいえ、戦闘の本質からは外れているアツコが勝てるはずもなかった。
「貴様…姫に何をした!」
「この子を撃ったら、あの亡霊たちの動きが鈍った…その反応を見るに、あの軍勢の鍵はこの子みたいね」
押し黙ったサオリの表情が、答えを物語っていた。
——ユスティナ聖徒会の
その顕現は、アツコが持つ「ロイヤルブラッド」と呼ばれる特殊な血筋と神秘に依存していた。
ゆえにアツコが弱れば、あるいは危機にさらされれば、
「くっ…まだ…こんなところでは…!」
最終兵器のヘイロー破壊爆弾を失い、頼みのユスティナ聖徒会も揺らいでいる。
それでも足掻こうとするサオリに、アルは静かに問いかけた。
「あなた達の、目的は何?」
「…お前たちに何が分かる。トリニティにも、ゲヘナにも、私達の恨みを、この世界の真実を思い知らせてやる」
そう語るサオリの言葉に熱がこもる。拳が、音を立てるほど固く握りしめられた。
「全ては虚しい。殺意に、憎しみに満ちた世界ではあらゆる努力は無駄になる。何をしようと、全て意味などないのだと!」
その言葉はやがて叫びとなり、空気を震わせた。
☆
一方その頃、先生はセナ率いる救急医学部の救急車に乗せられ、街を爆走していた。
「幸い、撃たれる前に助け出せました。ですが今ここは危険です。安全な場所までお連れします」
セナがそう説明する。
だが先生の胸には、どうしても引っかかるものがあった。
”ヒナは……大丈夫なの?”
「……あのとき、ヒナ委員長まで助ける余裕はありませんでした。ですが、アコ行政官から“頼りになる人”に依頼したとの報告を受けています。その人物が誰かまでは分かりませんでしたが……」
少なくとも、あの場で完全に見捨てられたわけではない。そのことにわずかに安堵する。
だが、もう一つどうしても胸に重くのしかかるものがあった。
――アリウススクワッド
彼女たちは確かに自分を撃とうとした。
けれど、それが“大人”としての義務を投げ出す理由にはならない。
大人として、先生として、彼女たちを救わなければならない。
その機会は、今を逃したら二度と訪れない気がした。
”…セナ”
「はい。お体に不調でも?」
断られるのは承知の上だった。それでも、言わなければならない。
先生としての“責任”を果たすために。
”……今から私が言う場所に、行ってほしいんだ”
☆
サオリの叫びを聞いたアルはしばし沈黙し、静かに息を吐く。目を閉じ、ゆっくりと開いた。
アルにサオリの葛藤や信念は分からない。しかし、これだけは言いたかった。
「殺意とか、憎しみとか、それがこの世界の真実だとか、あなた達は言うけど…私は人殺しになりたくない。あなた達にもなってほしくない」
「……は?」
突拍子もないことを喋りだしたアルに、サオリは困惑の視線を向けた。
それに構わずにアルは続ける。
「そんな暗くて憂鬱なのは、私の目指すアウトローなんかじゃない。全てが虚しいことが真実だとしても」
その姿には不思議な力があった。
気づけばミサキも、アツコも、ヒヨリも、そしてヒナまでもが動きを止め、アルの言葉に耳を傾けていた。
「私には夢があるの。ワルくて、かっこよくて、誰もが一目置くような……そんなハードボイルドなアウトローになりたい」
アルが語る、笑い飛ばせばいいだけの夢物語。
だがサオリの胸の奥で、何かが軋む音がした。
「失敗するときもある。報酬をもらえなかったり、達成できなかったり…それでも、私の夢だけは絶対に譲れない」
サオリは思わず耳をふさぎたくなった。これを聞いてしまったら、何かが壊れてしまう。
「仲間と一緒に苦難を乗り越えて、どんな依頼でも格好良く決めて、どんなことがあっても——信念を貫き通すような、そんなアウトローに私はなりたい」
「誰が何と言おうと、何度だって言い続けるわ。私たちの行く夢は、私たちが決める。終わりになんてさせない、まだまだ続けていく」
アルはゆっくりと、銃を片手に手を掲げた。
「私たちの物語…私たちの、
——奇跡は起こらなかった
空が急に晴れ渡るようなことも、光に包まれるようなことも起こらない。
しかし、アルの言葉は確かに戦場に響いていた。
「ふざけるな!何が夢だ…!それだけで、この憎しみが、この虚しさが変わるとでも言うのか!?」
サオリが激昂し、声を張り上げる。
だがその叫びは、誰かに向けたものではなく、自らに言い聞かせるかのようにも聞こえた。
サオリは必死に思考を巡らせる。この状況を切り抜けるために、アルの言葉を否定するために。
——そして、思い出してしまった。
古聖堂に眠る、最悪の兵器を。
☆
サオリの叫びに、アルは答えられなかった。
彼女の苦しみも、過去も……アルには理解できない。
それでも、何か言葉を返したかった。
葛藤の末、気づけばアルは銃を下ろしていた。
その瞬間——サオリが腕を振り上げた。
「アル!危ない!」
ヒナが叫ぶ。しかし止めるには遅かった。
アルははっと我に返り、とっさに身を翻す。
次の瞬間、サオリの手から何かが投げ放たれる。
爆ぜるように閃光が広がり、視界が一瞬で真白に覆われた。
「閃光弾……!?」
咄嗟にアルが声を上げる。
だが至近距離で炸裂した光は、アルの反射神経をもってしても避けられるものではなかった。
視界を焼き尽くす閃光に思わず目を閉じ、全身の動きが一瞬止まる。
その隙を、サオリは逃さない。
地を蹴り、全力で駆け出す。
向かう先は古聖堂——あの