「はぁ…」
ドサっと保健室のベッドに倒れこむ。保健室には誰もいなくて、とても静かだ。空いた窓から入り込むそよ風が頬を撫でる。
そのほのかに冷たい風が心地よくて小さく息を吐いた。
あれは…あの時の汐音は、一体何だったのだろうか。
まるで、発情した獣。
瞳の奥が深く、暗く、どこか妖しい光を宿していて――見つめられるだけで、体の奥が竦んだ。
その瞳に支配されそうで、怖かった。
真っ白な保健室の天井を眺めて思う。俺はあのとき、汐音に恐怖した。その瞳を怖いと思った。
僅かに手が震える。体育後の疲れ故か、それとも汐音へ抱いていた恐怖の余韻か…それは俺でも判別できない。
ただ、一つ確かなことがある。
俺は、どんな汐音でも受け入れる。汐音は俺の唯一の友人で、とても大切な人だ。
真っ暗で灰色だった俺の世界に色をくれた。アイツがいるから俺は学校でも楽しく過ごせるし、日々を前向きに生きていくことができる。
いずれは、俺も汐音から離れる時が来るだろう。人生とは別れと出会いの繰り返し。俺達だっていつかは離れ、忘れ、無関心になってしまうのかもしれない。
でも、それまでは…せめて、俺達がまたお互いを友人だと思えている間だけは、真正面から汐音を受け入れたい。
パチン!
「いって…」
自分で自分の頬を叩く。強く叩きすぎてしまって口からは苦言が漏れてしまったが気にしない。
何が怖かった、だ。怖くても、恐ろしくても、分からなくても…俺は汐音の友達だ。
だから、俺はもう怖くない。どんなことがあっても…汐音と過ごした時間を恐怖によって塗り固められたものにはしたくない。
もう十分休めた。俺はベッドから起き上がり、若干フラつく足に力を入れて立ち上がる。時計を見れば体育の授業から1時間ほど…教室では既にSHRが終わり、生徒たちは下校し始める頃だろう。
さっさと着替えないとな、と思い自分の容姿を鏡で見返す。体操着には転んだ際に付いた土や砂が付いていてすっごい汚い。
俺はまだ僅かに残る頭痛を引きずりながら保健室を出た。
――――――――――
教室に戻ると既に何人かの生徒は帰宅していたようで教室内はどこか閑散としていた。真っ先に汐音の席に目線を向けると、制服姿に戻った汐音がいた。
「汐音」
汐音の名前を呼び、彼の肩に手を置く。すると汐音はビクッと肩を震わせて驚きながらも振り返り、俺の姿を確認するとホッとしたように微笑んだ。
「時成、戻ったんだね!もう、体調は大丈夫なの?」
「あぁ、1時間以上も休んだからな。まだ少しだけ頭痛が残るが…まぁ、問題ない!」
えー、本当に大丈夫?と心配そうに俺を見上げる汐音。まぁ、僅かな頭痛が残るだけで他に何かあるわけでもないのだ。再度問題ない、と頷いて俺は自分の机に掛けられた鞄に手を伸ばす。
中から制服を取り出して着替えを始める。汐音はそんな俺の姿を謎にまじまじと見つめながら口を開いた。
「あの時はごめんね。クラスの皆に誤解されちゃったみたいで…本当のことを言っても茶化されて終わっちゃったんだ」
俺達が共々転けて汐音に押し倒されたように見えた時のアレか。気にしない、とは言わないが汐音が悪いわけではないのだ。そこまで申し訳けなさそうにしなくてもいいのに…
「そんなに気にするなよ。俺も汐音も悪くないんだ。クラスメイトに誤解されちまってるのは…まぁ、いつか忘れられるだろ。」
俺は全く気にしていない声音でそう言った。汐音は眉を下げたまま、瞳を震わせている。これは何かあったなぁん?
「汐音、何かあったなら遠慮なく言え。俺はお前のどんな言葉だって受け止めてやる」
汐音は俺の言葉を聞くと目を見開いて顔を上げた。どこか嬉しそうに、小さく頬を染めて。
そう、お前には暗い顔なんて似合わない…いや、単純に俺が暗い顔の汐音なんて見たくないだけだが。
「えっとね…なんというか、自分の醜さを思い知ったと言うか…僕は本当に、君の友達でいて良いのかなって、思っちゃって…」
ふむ、何がどうなってそういう考えになるのか知りたいところだが…今は不安そうに肩を震わせる汐音に言葉をかけるべきだろう。
「友達でいていいのかって…そりゃ、いいに決まってるだろ。友達でいるのに資格も何も必要ないって」
汐音は俺の言葉を聞いても肩を震わせたまま、不安と怒りを滲ませたように拳を固めていた。
「でもっ!僕は…僕自身が、君の友達でいることを、許せないんだ…!」
本当に何があったのか隅々まで聞きたくなってきたな。自分自身を許せない…か。その気持ちは理解できるが、思い詰めるのはいけない。
「自分を許せない…ね。なら俺が言ってやる。」
汐音よ肩を強く掴んで見つめ合う。瞳を正面から見つめて俺の内心を吐露する。
「俺がお前を許してやる。たとえどんなことになっても、どんな事をしても、俺がお前を許してやる。側にいていいって、そう言ってやる。
だから、お前も少しずつでいい…お前自身を、許せるようになってくれ。どんなに時間がかかっても、俺はそれを待ち続ける。
お前とまた、笑い合えるようになりたいから。」
汐音は俺の言葉を受けると瞳を潤わせて、小さく嗚咽し始めた。すると、泣き声を上げながら俺に力強く抱き着いた。
「とぎなり…ありがとう…!本当に、ありがとう…!」
俺の胸で涙を流す汐音を優しく抱き留める。
そんなお礼を言うほどのことでもないのに…友達の心配をするなんて、友達のことを認めることなんて、当たり前のことなんだから。
俺は汐音の頭をなるべく優しく撫で、もう片方の手で背中をさする。汐音が泣き止むまで、俺は汐音を抱き締め続けた。
やっぱり曇らせのあとには晴らさないとね☆!
どうでもいいっすけど書くことなくなってきたので俺の癖を開示したいと思います。ヤンデレと曇らせと男の娘が大好きなのでこれからの話でもそういう要素が出る可能性はあるのであしからず。