ある日の昼休みのことだった。
「時成、これ知り合いからもらったんだけど、一緒に行かない?」
そう言って汐音が指先でひらひらと振って見せたのは、遊園地のチケット。
某ネズミが支配する夢の国…そのパスポートだ。
あれから数日、すっかり元気を取り戻した汐音は、どこか嬉しそうにその提案をしてきた。
う、うぅむ…正直あまり乗り気じゃない。
人混みは苦手だし、ああいう急降下だの急上昇だのする乗り物は、心臓に悪い。
…とはいえ、俺のカレンダーが常に真っ白なのも事実だ。
一日中ベッドでぐーたらしてるのにも、そろそろ飽きがきていた。
「まぁ、別にいいが…俺、人混みは苦手だからな。キツくなったら汐音に助けを求めると思うぞ」
「全然いいよ。むしろ僕から誘ってるのに、気を遣わせちゃってごめんね」
そう言って、汐音は少しだけ申し訳なさそうに笑った。
…まぁ、汐音と遊園地ってのも悪くないかもしれない。
娯楽施設なんて久しぶりだし、汐音と一緒に行くなんてそれこそ初めてだ。
そんなことを思いながら、俺は僅かな期待と不安を胸にその日の授業を過ごした。
――――――――――
数日後の土曜日。
俺たちは駅前で合流し、そのまま夢の国へと向かった。
汐音は淡い水色のワンピースに白のカーディガンを羽織っている。
柔らかく光を反射するその色合いは、見ているだけで涼しげだった。
細い腕や首筋を伝う汗が、きらりと光って消えていく。
その仕草ひとつで、目を逸らしたくなるほど綺麗だった。
…また視線を向けにくい服装を。
男のはずなのに、どうしてこんなに可愛いんだ。
見惚れたら負けだと思いつつ、つい目で追ってしまう。
そんな俺をよそに、汐音は楽しげに談笑しながらバスや電車を乗り継ぎ、気づけばもう目的地に着いていた。
チケットは特別なやつらしく、入場の待ち列をスルーして入園できた。
園内の地図を広げ、二人でのんびりと歩き出す。
「汐音はどこか行きたいところ、あるか?」
「ん〜特に決めてないけど…やっぱり、最初は目玉のアトラクションから行くのがいいんじゃない?」
汐音が指差した先には、巨大なジェットコースターだ。
上下に激しく動くタイプ。見ているだけで胃が浮く。
う、うぅ……乗りたくない。あれは絶対に叫ぶやつだ。
でも、そんなことを言える空気でもない。
汐音は目を輝かせて、わくわくした表情で見上げている。
ここは、男としての意地を見せる時か…!
「分かった。まずはアレから行こう」
俺がそう言うと、汐音はぱっと顔を輝かせて、
ふわりとワンピースの裾を揺らしながら俺の手を取った。
「なら早く乗ろう! 僕、こういうのずっと楽しみにしてたんだ!」
その笑顔は、満開の桜みたいに眩しくて。
思わず俺の頬も、少しだけ緩んでしまった。
汐音に引かれるまま、俺も少しだけ覚悟を決めて、この遊園地という非日常を、楽しみつくしてやろうと思った。
――――――――――
「ウギャーーー!!!」
俺は今、ジェットコースターに乗っている。
汐音がとっても楽しみそうに俺の手を取り、駆け出して向かったジェットコースターだ。
正直に言うぞ?
もーーう!!無理だぁ!!
速いし、急降下するし、グルングルン回るし!
山の中に突っ込んだかと思えば突然暗くなるし!!
「あははっ! 時成ってば変な声出しすぎだよぉ!」
汐音ぇ!なんでお前はそんな楽しそうに笑えるんだよ!
こっちは命がけ(なお実際は全くもって安全)なんだぞ!?
俺は震える手で安全バーにしがみつきながら、なんとか意識を保っていた。
すると、隣に座る汐音が俺の頭に手を伸ばしてきた。そのまま、見つめ合うように顔を近づけてくる。
「そんなに怖いなら、僕を見ててよ。流れてく景色を見るから怖いんだよ。
だから…今は、僕だけを見てて」
優しい微笑みで囁く汐音。
いや、いやいやいや!
怖いのも問題だが、汐音を見続けるのも別の意味でダメージがデカい!!
頬は赤いし、手の力は強くなるし、距離は段々と近づいてきてるし!?
はっ、そうだ。目を瞑ればいいんだ!
そうすればジェットコースターも汐音も怖くない!
「あっ! ちょっと! 目を瞑ったらダメだよ!」
汐音が何か言ってるが、知ったことかぁ!
精神的限界突破中なんだよ俺は!!
「もう……! そこまで意地張るなら……」
む、汐音が急に黙った。
目を瞑ってるから、何をしてるのか分からん――
「キス……しちゃうよ」
冗談なのは分かる。だが、その声音はどこか真剣味を帯びていて、予想打にもしていなかった発言だった。
「…はっ!?」
その囁きに反射的に目を開くと、汐音の顔がすぐ目の前にあった。
危うく本当に触れそうな距離で。
「って、危ないだろ! 身をそんなに乗り出すな!」
俺は慌てて汐音の肩を押して、席に戻らせた。
汐音は微笑みながら俺の手に身を任せ、静かに座り直す。
やがてジェットコースターが止まると、俺たちは近くのベンチで休憩していた。
「はぁ…もう無理だ…あんなの二度と乗らん…」
ぐったりと背もたれに寄りかかる俺の横で、汐音はどこか残念そうに呟く。
「えぇ…僕はまた時成と乗りたいよ。何度でも、一緒に」
…また、あれに乗るのか? 嫌だぁ…
サルミアッキ(世界一まずい飴)とジェットコースター、どっちを取れと言われたら俺は迷わずサルミアッキを選ぶぞ。
でも、汐音の悲しそうな顔を見るのは、もっと嫌だ。
「はぁ…分かったよ。またいつか乗ろう」
俺がそう言うと、汐音は嬉しそうに笑った。
「でもな、ああやって無理やり視線を引きつけたり、キスするとか冗談言ったり…そういうのはやめろよ!」
「ふふっ、わかってるよ。あれは怖がってる時成を励まそうと思ってやっただけだから。
時成が怖がらなくなったら…やめてあげる」
…それって、俺が怖がる限りずっと続くってことじゃないのか?
抗議しようとしたそのとき…
「あれ? 時成くんと汐音じゃーん。久しぶりだね」
声をかけてきたのは、サラサラな茶髪のロングヘアに白い肌。
サラサラの髪からぴょこんと伸びたアホ毛が、幼さと可憐さを同居させていた。パチリと輝く瞳はカラコンでも使っているのだろうか、赤く光っている。
「兄さん…」
汐音が驚いたように呟く。
そう…彼は汐音の兄、天宮胡桃である。
どうでもいい無駄話part2
汐音は前回の時成の発言もあってちょっとだけはっちゃてる状態です。キスしちゃうよとかがその代表っすね。時成も自分で許しちゃうよ発言したんであんまり強く出れないって感じで。