予想外の人物の登場に、僕も時成も一瞬声を失った。
天宮胡桃――兄さんに、発言の主導権を奪われてしまう。
「久しぶりだね〜、時成くん。汐音も元気してた?こんな所で会うなんて、偶然だね」
偶然、と兄さんは言うがそれは嘘だ。確かに偶然を装い、たまたま見かけたような口調だけど…
兄さんの目を見れば分かる。絶対の自信と全てを見通したような瞳。カラーコンタクトによって赤く惑うように輝く瞳は、前と全く変わらない強さがある。
その瞳が全ては嘘だと告げている。
「久しぶりだね、兄さん。兄さんこそ、なんでこの遊園地に?」
ひとまず、なぜ兄さんがここにいるのか、それから知るべきだろう。どんな悪巧みをしているのか知らないが、時成にだけは手を出させない。
「ん、別に特別な用があるわけでもないよ?休日で暇だったから遊びに来ただけでね」
これまた嘘。天宮家次期当主として忙しいはずの兄さんが、こんな場所でのんびり過ごせるはずがない。それとも――時成のためなら、家の仕事すら放り出すということなのか。
「それそうと、立ってばかりなのも疲れるから隣いいかな?」
兄さんはそう時成に言って彼の隣に座った。時成は僕と兄さんに挟まれるような形になっている。
「い、いや…あの、距離近くないっすか…」
時成の声が少しだけ上擦っている。その反応に、僕の胸がチクリと痛んだ。
兄さんは時成に肩を寄せて小さく微笑んでいる。頬は少しだけ赤く、その微笑みは純粋で優しげなものだった。
「そんなことはないよ、時成くん。ボクたちは男同士なんだから…むしろ、もっと近付いてもいいくらいだと、思わないかい?」
そう言うと兄さんは時成の腕にそっと手を当てて頬を寄せた。その様子はまるで恋する乙女のようで、とても綺麗だった。
「え、あの…胡桃さん…?」
困惑する時成の声が聞こえる。彼は僕の方をチラリと見て、助けを求めるような視線を向けてきた。
胸の中で、ふつふつと沸き上がるものがある。拳をギュッと強く握り締めて何とか我慢してみるけど、それもついに抑えがきかなくなってきた。
「兄さん、ちょっとあっちでお話しない?」
時成の隣に座る兄さんの前に出る。兄さんの手を掴んで力任せに立ち上がらせる。兄さんは時成から離されるときに残念そうに小さく声を出したけど、それも無視する。
「ん、いてて…汐音ってば力強いよ?まぁ、久々に兄弟でちゃんとお話するのも、悪くはないけどね」
兄さんはそう笑って言うと、怪しい瞳で僕を見据えた。僕は時成に向き直って口を開く。
「時成、兄さんとちょっと話してくるから、少しだけ待ってて」
「まぁ、別に構わないが…前みたいに胡桃さんと喧嘩したりすんなよ?」
時成は心配そうに僕を見つめた。その優しい眼差しに、僕は小さく頷く。
「大丈夫、すぐ戻るから」
兄さんの手を引いて時成の下から僕たちは離れた。
――――――――――
僕たちは大きな噴水の前で向かい合っていた。
さっきまで時成と座っていたベンチから、ほんの数分歩いた場所だ。
「それで――兄さん。本当は、何の用で僕たちのところに来たの?」
正面から問い詰めるように言うと、兄さんはいつものように涼しい顔で答えた。
「ボクはただ、時成くんに会いに来ただけだよ。住所を調べてお家に行ってみたんだけど居なくてね。
もしかして汐音と一緒にいるのかなって思って、今度は汐音の方を調べたら……ここにいた、というわけ」
「……は?」
一瞬、頭が真っ白になった。
時成の住所を調べて直接家まで行った?
それで居なかったから、今度は僕を調べて追いかけてきたってこと?
言葉を失った僕を見て、兄さんは微笑む。
その笑みは、どこか歪で、底が見えない。
「そんなの……ただのストーカーでしょ。時成が知ったら、気持ち悪がると思うからやめてくれない?」
ようやく絞り出した声に、兄さんは小さく鼻で笑った。
「お断りするよ。ボクは時成くんの迷惑になるつもりはないし……
それに、時成くんはボクのものだからね」
「……は?」
今度こそ、言葉が止まった。
時成が兄さんの"もの"?
冗談でも聞き捨てならない。
――彼は誰のものでもない。
時成は、彼自身の意思で生きている人間だ。
怒りがこみ上げ、思わず兄さんを睨みつける。
「時成は誰のものでもないでしょ。と言うかなんでそうなるの?兄さんが時成と出会ったのなんて今回で2回目でしょ?」
僕がそう兄さんに問いただすと兄さんは頬を赤らめ、ウットリとした表情で答えた。
「そうだね、時成くんと出会ったのは今回で2度目…関係は浅い。でもね…」
兄さんはそう言葉を区切ると両手を頬に当て、恍惚とした声音と"女の子の顔"を浮かべて答えた。
「彼に腕を掴まれ、壁に押し付けられたとき…胸がドキドキしたんだ。低い声で詰め寄られると下腹部がキュンとしてね…好きなんだ…彼のことが」
兄さんの声が次第に熱を帯びていく。
「また彼に詰め寄られて壁に押し付けられて腕を強く掴まれて…そうしてねじ伏せられたい。初めてだったんだよ、ボクにあんな対応をするような人はさ…それでボクはようやく理解したんだ。ボクには彼が必要だってね」
兄さんは一度息を継ぎ、さらに続けた。
「彼を手に入れるためなら何だってしよう。彼はボクのものになるべきなんだ。ボクの隣でボクの言う事を聞き、またボクをねじ伏せてほしい…彼との生活を想像するだけで幸せが胸を満たすんだ」
声は次第に甘く、危険な響きを帯びていく。
「彼にイジメられて、逆に優しくされて、ボクは彼に痛いくらいに抱き締められて犬のように弱く鳴くんだ。彼がくれるものなら全て受け入れられる。暴力でも性欲でも、彼の心を支配して、彼に心を支配されて、二人きりで愛の巣に閉じ籠もれたら…あぁ、どれだけ幸せか」
兄さんは陶酔したような表情で僕を見た。
「これがどれだけ凄いことか分かるかい、汐音。ボクは誰よりも優秀で誰にだって勝つ男だ。そんなボクが彼には負けた、負けてしまったんだよ。彼にはボクを支配する資格がある。あのとき分かったんだ…彼にねじ伏せられたあのとき、ボクは彼に惚れてしまったんだ」
ようやく終わった口上に思わず吐き気がした。
なんだ、なんなんだ、この男は…本当に兄さんなのか?あの、自信過剰で横暴で…でも、確かに憧れていた兄さんは、こんなんじゃなかった。
「兄さん…気持ち悪いよ、本当に…気持ち悪い…」
後退りしながら僕はそう言った。この人が本当に天宮胡桃か疑いたくなる。時成への異常を超えた愛情に恐怖する。
「ボクは汐音になんと思われてもいいよ。ただ…時成くんは、いずれボクのものになるから…」
兄さんはそこで言葉を止めると僕に歩み寄って耳元で囁いた。その声音は信じられないくらいに冷たくて、骨の芯から凍り付くようだった。
「ツバを付ける程度なら許してあげるけど…勝手に付き合ったりしたらダメだよ?」
兄さんはそう言って僕の横を通り過ぎていった。時成の所へ戻るのだろうか。出来れば帰ってほしいと願いながら僕は膝を付く。
恐怖した。兄さんは昔から強くて、カッコよくて、そして負けず嫌いだったから。本当に時成を奪われちゃうんじゃないかって、恐怖した。
でも、何があっても時成だけは渡せない。兄さんが時成を想うように、僕だって時成を思ってる。だから…
「時成は、僕が守る」
小さく決意を固めて立ち上がる。小さくなっていく兄さんの背中をゆっくりと追いかける。
もう渡さない。もう譲ってあげない。時成だけは、何があっても離さない。僕が時成を兄さんから守る。
自分でも歪んでいると自覚はあるが…新たな覚悟を決めて僕は兄さんの隣まで駆け出した。
隣に歩く兄さんを軽く睨みつける。兄さんはまるでそれに気付いていないかのように平然としている。
いいよ。今は余裕をこいているがいいさ。今度こそ、兄さんを負かしてやる。
ヤンデレっていいっすよね。
ほんっとうに申し訳ない。違うんすよ…胡桃をこんなにヤンデレにするつもりはなかったんすよ…ただ俺の中の胡桃が暴走しちゃって…次回からは甘々ラブコメに戻すつもりなので、どうかお許しを…