部活辞めてから運動しなくなって久しいけどここまでとは…!
「ほら、時成くん。この服とか君に似合うと思うんだけど、試着してくれないかな?」
「はぁ…まぁいいですけど」
カフェで一休みした俺たちは何故か大型デパートにやってきていた。
あの後、胡桃さんは俺を連れてカフェを出た。胡桃さんの甘く深い瞳に見惚れてしまった俺は、ぼんやりとした足取りで彼に従った。
そして二駅ほど経由して訪れたのは大型デパート。日用品から大型家電、ファーストフードまで様々なものが売ってある。
学校が終わり放課後を迎えて少し。デパート内には主婦だけでなく、多くの学生でごった返していた。
そして、俺達が来たのは…というか、胡桃さんが俺を引っ張って来たのはお高めな服屋さん。先日、汐音と共に服を見繕った店でもある。
そして、そんな店に入って始まったのは俺の服を見繕うこと。
暫しの時間が経ち、幾らか冷静になれた俺は逃げられないであろうことを理解し、仕方なく付き合うことにした。
「おぉ~!結構似合ってるね!」
胡桃さんがそう言ってくれたのは、上は白のニットに黒のスキニーを履いたものだ。ニットの下には白のTシャツと靴はシンプルなスニーカー。
そんでもって、なぞに掛けられた首のネックレス。これいる?なんかチャラチャラしてて嫌いなんだけど…
「あの、そんなに似合ってます…?俺、正直こんな格好嫌なんですけど…
というかこのネックレスが嫌なんですけど」
「え〜、そう?なんだか大人っぽくてボクは好きだけどなぁ」
大人っぽいって言われましても。なんか大学デビューに気を張っている大学1年生感が半端ない。
「今は気に入らなくてもさ、いつかの未来で着たくなるかもしれないでしょ?奢るから買おうよ!」
う、うぅむ…まぁ、そこまで言うならいいか。
俺としてもタダで服が貰えるなら断る理由もない。これだってネックレスがだっさいだけで服自体は無難な物だと思うし。
「じゃあ、ご厚意に甘えますけど…後で取り立てたりしないでくださいよ?」
この人はまだ微妙〜に信用ならん。俺のことを好きでいてくれることそれ自体は嬉しいが、どうにも苦手意識が抜けきらない。
「そんなことはしないよ。少なくともお金ではね…その代わりに君の愛情を取り立てることは、あるかもね♪」
キャピッとした様子で胡桃さんは冗談めかしながら言った。こういうところで俺をからかいに…いや、もしかしたらマジかもしれないよなこれ。こ、怖…
「時間はまだあるし、他にどこ行こっか?」
服屋を出てデパート内を適当に歩く。胡桃さんは俺の顔をチラリと覗きながらそう言った。
「いや、まぁ…特に行きたいところとかないですけど…」
正直な話、本当に行きたい場所や店なんてない。このデパートには汐音と何回か来ているし、その時にほとんど回ってしまった。
隣で「う~ん…それじゃあどうしようっか…」と顎に指を当て悩む胡桃さんを見ながら考える。
やりたいこと、行きたい所…やっぱりないな。選択肢の幅を広げるならば知りたいことや、見たいものとかか?
うぅむ…あっ…
「そう言えば、前から思ってたんですけど汐音とか胡桃さんの実家ってどうなってるんですか?」
「え?実家?」
俺の問いに胡桃さんはコテッと首を傾げた。まるで「なんでそんなことをわざわざ?」みたいな視線が俺に向けられる。
「もしかして、汐音って何も教えてないの?いやまぁ、納得はできるけど…」
「なんも聞かされてないっすよ。時々汐音のマンションに行くんですけど、聞いてみたらはぐらかされました。」
そう、汐音は自身の家庭について意図して話題にすることを避けている。高校生で一人暮らしをしている時点で何かしらの事情があるのだろうとは思っていた。
本人がいない場で隠していた事を聞く…なんだか気分が悪いが、別に聞かないでほしいと言われたわけでもない。
「まぁ、それなら教えてあげるよ。汐音とボクの家のこと。」
胡桃さんはあっけらかんとした様子で答えた。
少し意外だな。汐音が一向に語ろうとしないので相当に深い事情があるのかと考えていたのだが、胡桃さんの様子からしてそういう訳でもなさそうだ。
「天宮グループって凄い大きな財閥あるでしょ?アレだよ、アレ。あそこがボクと汐音の実家ね」
「…へ?」
胡桃さんが言ったその名前に俺の思考は固まった。なんか最近こういうの多くないっすかね、いやホント。
――――――――――
俺達は適当なベンチに座り話し合っていた。手にはフードコートで買ったジュースが握られており、俺はイチゴのシェイク、胡桃さんはタピオカミルクティーだ。
イチゴシェイクをチロチロとストローで吸いつつ、その優しい甘さを楽しむ。
甘く酸っぱくもあるシェイクはイチゴの旨味を上手く引き出しており、スイーツ好きな俺からすれば極上の飲み物だ。
俺はそうやって気を緩みながらも胡桃さんの言葉を耳を傾ける。
「まさか汐音が時成くんに話してなかったとはね。随分と親しそうにしてたからもう知ってるのかと思ってたよ。」
タピオカミルクティーを飲みながらそう言った胡桃さん。その瞳には何だか冷たい感情が見て取れる。その声音も汐音に対する失望が込められている気がして…
「大方、時成くんとの関係が拗れると思ったんだろうね。本当に親友なら話してもいいだろうに、時成くんが可哀想だよ」
グサッ!
今俺の胸に見えない言葉の刃が刺さったよ。クソ痛えっすわ…
まぁ、胡桃さんの言葉も事実だ。俺は汐音から完全に信頼されていると思っていた。それほど共に同じ時間を過ごし、共に笑い合ってきた。
だが、それでも汐音は俺との関係が拗れるのを怖がり、話してはくれなかった。
その事実が僅かに悲しい。汐音が隠したがるのも理解できるし、それを責める気はないが胸にはモヤモヤがかかっている。
「汐音は皆に隠してたっすけど…胡桃さんは誰かに話したことあるんですか?」
ふと、疑問に思ったことを尋ねる。
あの天宮家の者であると言ったのなら胡桃さんは大学で様々な人に言い寄られることになるのだろう。そのことが何だか悲哀なものに思えて聞いてしまった。
「今のところ、誰にも話してないよ。もちろん一部の教員になら教えてるけど…生徒には誰も喋ってないかな」
と、俺の不安も無用の産物らしい。そのことに安堵しつつ、俺は続く胡桃さんの言葉を受け止める。
「君はさ、ボクや汐音が天宮家の人だって知って…どう思った?」
その瞳は僅かに揺れていて、不安を抱えていることが分かる。声も震えていて、俺の言葉を重々しい雰囲気で待っている。
正直、衝撃がデカくて自分でも分からない。だから、少しだけ考え方を変えてみよう。
もし、俺が汐音の立場だったら。もし、俺が胡桃さんの立場だったら。
唯一の友人が突然、媚を売るようになったらどうだろう。自分を崇めるように、讃えるようになってしまったらどうだろう。家の事ばかりを気にして自分を見てくれなくなったら、どう思うだろう。
初めて恋した人が、自分の言うことばかり聞いて服従の意を示すのはどうだろう。自分は相手とただ深い愛情で繋がりたいだけなのに、自身の家庭がそれを許さないとなると、どれほど苦しいのだろうか。
結局、俺が今やっていることは仮定に過ぎない。汐音や胡桃さんがこの様に考えている保証なんて何処にもない。ただ…
そう、ただ…俺は悲しいと思うだろう。悔しいと思うだろう。認めたくないと…寂しいと、思うだろう。
だから、俺は…
「俺はどうも思いません…だなんて、言い切れないけど…
でも、俺のせいで汐音や胡桃さんに悲しい思いはして欲しくない。
俺はただ、好きな人と好きなように過ごせればいいんです。その時に相手が自分のせいで泣きそうな顔してたら、俺は死にたくなるくらいに後悔するから。
だから、後悔しないようにしたいです。その…上手く言えないんですけど…とにかく、俺はその人を見てたいんです。
家とか血とか、そう言うのじゃなくて…好きな人を好きになりたい。」
言い詰まりそうになる唇を何とか動かして俺は言い切った。
そうだ、これが俺の本音。俺が願うもの。優しくて、温かな生活。俺はただそれが送れれば満足なのだ。
「すいません、俗っぽい言葉しか言えなくて…」
「…ううん、全然俗っぽくないよ。普通の人はそこまで考えきれないと思うし…それに」
と、胡桃さんはベンチから立ち上がってクルリと回りながら口を開いた。
「ボク、更に君に惚れちゃった♪」
その姿はまるでお城のお姫様。照明に照らされながら満面の笑みを浮かべる彼女…いや、綺麗過ぎてつい彼女と言ってしまったが、彼は…
彼は、とても綺麗だった。心を奪われた。その微笑みは俺まで笑顔になってしまいそうなほど、心地の良いものだった。
普段とのギャップもあるのかもしれない。人を見透かしたような瞳も、自信満々な笑顔も、俺は苦手だった。陽キャ特有のオーラダダ漏れで、なんだか萎縮していた。
今の彼はそんな雰囲気は纏っていない。優しく、温かく、兎に角嬉しいのだと全てを以て伝えてきた。
ご機嫌そうに踊る彼を見つめて、俺は少しの間、見惚れて動けなかった。
胡桃が段々と正ヒロインの立場を奪っていく気がする俺くん。時成は結局、どっちを選ぶんですかね…