俺には時折、孤独を実感するときがある。
ゲームをしているときや汐音と話しているとき、胡桃さんと出かけているときにはない。
だが、ふと意識が途切れたとき、俺はとことん独りだと実感できる。
俺は自分を悪人だと思っている。最低最悪のクズ野郎。それが俺だ。
昔、俺は独りだった。友人もおらず、小学校の授業が終わるとすぐに家へ帰っていた。
宿題をやってNHKの番組を見る。遠い大学に通うため一人暮らしをしている兄も当時はいたが、彼は俺のことを嫌っていたため両親が帰って来るまでは俺はずっと一人だった。
兄は昔から俺を嫌っていた。兄は努力をすることが好きで、勉強も進んでやっていた。俺は努力が嫌いで、よく兄に疎まれていた。
だが、俺はそんな兄を嫌いになれなかった。努力は嫌いだが、必死に頑張る兄の姿には憧れた。その度に突き離され、俺は兄の後ろに倒れた。
両親は兄に期待した。兄はその期待に応え、今は偏差値の高い大学に通って日々勉学に励んでいるそうだ。
両親は俺に期待しなくなった。もちろん、表面的には優しいし、思いやりもある。だが、兄に抱く期待を俺に向けることは決してなかった。
それを不満と思うことはない。適材適所、兄にはできて俺にはできないことがある。それだけの話だ。だが、俺は決して兄と同じ所には行けないのだと言われた気がして、寂しかった。
小学生の頃、俺は学校が嫌いだった。当時の担任の教師が厳しい人で、勉学嫌いな俺のことをよく叱っていた。
腕を掴まれ、無理やり学校へ向かわされる。教師に引き取られ、面倒そうにイラついたような表情を浮かべる教師に教室に連れて行かれる。
学校が終わり家に帰っても、俺は全く楽しくなかった。
兄には疎まれ、両親が夜に帰って来るまでは一人きり。宿題をやればNHKの子ども向け番組を繰り返し見る。
毎日毎日、繰り返されるだけの日々。NHKの番組は再放送や似たような企画のものばかりで、俺の心は段々と廃れていった。
しめて四時間程度、両親が帰って来るまで待つ。たった四時間しかない。だが、当時の俺からすればその四時間は何時間にも感じられるほど長く孤独なものだった。
中学に上がり、俺は自身の無力さ、無知さを知った。小学生までは高得点だったテストも難易度が跳ね上がった中学のテストでは意味を成さなかった。
中学に入り、俺は大人になった。ただ単純に自身の無力さを知り、諦めることに慣れただけだが、きっとそれが大人になることなのだろうと思う。
そして、中学三年生のあるとき、俺の中で変革が起きた。
受験を控えた十二月。学年全体で面接練習の時間があった。その前日のことだ。
俺は必要だった書類を忘れてしまい、急いで家に戻って書類も回収し教師に提出した。
だが、受験があるということで教師も鬱憤が溜まっていたのだろう。彼は書類を提出しに来た俺にこう言った。
『お前は今まで努力をしてこなかった!だからこうなるんだろう!
何も好きなものがないから面接の自己紹介だって適当な薄っぺらいものになる!面接練習しないで帰るか!?』
あぁ、そうだ。そうだとも。
才能がない俺は少しの努力では秀でたものを出せなかった。努力が嫌いな俺では才能を引き出すまで頑張れなかった。
いつも口だけだ。それっぽいことを長々と話して言い訳しているだけだ。俺はちっぽけで無好意な人間だ。
ゲームが好きだ。――俺の場合、努力しなくてもある程度まで上手くなれたからだ。
屁理屈が好きだ。――俺はクズだから、他の人間のボロを見つけるのが得意なだけだ。評論家気分になると自分が偉い人間になったみたいで気分が良くなる。
プラモが好きだ。――無意味な人生を送っている俺でも、何かを作り残せていると思えるからだ。
俺は俺が嫌いだ。こんな最低な俺が嫌いだ。自分を嫌っているのに自分を変えられない俺が嫌いだ。
俺は兄が嫌いだ。いつも俺をバカにしてくるアイツが嫌いだ。毎度毎度会う度に見下しやがって、頭が良いだけで偉そうにしている所が嫌いだ。
俺は親が嫌いだ。こんな俺を作りやがった親が嫌いだ。アイツらがいなきゃ、俺もここまで悩まなかった。そもそも悩むことさえなかった。
俺は祖母祖父が嫌いだ。親戚の連中も嫌いだ。うちの学校の教師が嫌いだ。学校が嫌いだ。クラスメイトが嫌いだ。道端の通行人が嫌いだ。店の店員が嫌いだ。テレビの芸能人が嫌いだ。医者が嫌いだ。イケメンが嫌いだ。可愛い女が嫌いだ。人気なYouTuberが嫌いだ。アニメのキャラが嫌いだ。テレビのヒーローが嫌いだ。犬や猫が嫌いだ。さえずる鳥が嫌いだ。地に潜む虫が嫌いだ。政府とか国のお偉いさんが嫌いだ。金が嫌いだ。デブが嫌いだ。お化けが嫌いだ。勉強が嫌いだ。死ぬことが嫌いだ。暗い所が嫌いだ。高すぎる所が嫌いだ。大きいものが嫌いだ。逆に小さ過ぎるものが嫌いだ。ネットが嫌いだ。苦いものが嫌いだ。辛いものが嫌いだ。バカが嫌いだ。天才が嫌いだ。雨が嫌いだ。晴れが嫌いだ。春も夏も秋も冬も嫌いだ。日本が嫌いだ。地球が嫌いだ。宇宙が嫌いだ。世界が嫌いだ。
――
嫌いなことばかりだ。好きなことなんて何もない。
取り繕っている。自分は普通なんだと、ここにいてもいいのだと思いたいから、いつも隠している。
そんな俺はきっと空っぽで…だから生きてちゃいけないクズ野郎だ。
汐音に話しかけたのだって、同じく一人だったアイツに絡んで孤独を紛らわそうとしただけだ。
アイツを利用して自分を癒そうとしてた。孤独から逃げたかった。
俺は俺が許せない。俺は俺が認められない。生きていてはいけないのだと、何度だって思ったし実行に出ようかと迷った。
あぁ、でも…いつも思うことがある。
『寂しいな…』
学校では友人がいた。俺は基本的にボッチでそいつと話すことが多かった。だが、そいつには俺以上に大切な友人がいた。
いつもそうだ。
俺が友人だと思い、
俺にはお前しかいないのに、お前には俺以外にもいる。
笑えてしまうだろう?なんて面倒くさいメンヘラ野郎だ。これが美少女とかならまだしも、こんな平凡な男では喜ぶ奴なんていやしない。
だから、ずっと寂しかった。
俺は、誰かに許してほしかったんだ。誰かに認めてほしかった。俺は俺を認められないし許せないから。
誰かに許してほしかった。誰かに認めてほしかった。そうして、誰かに
だが、そんな薄汚れた感情ではダメだ。
愛が必要だ。――好きなものがない俺には分からない。
優しさが必要だ。――他人に対して何も思えない俺には分からない。
魅力が必要だ。――何もない俺には魅力なんて毛ほどもない。
俺には、何も分からない。だから、俺はずっと独りだ。
『でも、でも…!』
でも、
『やっぱり、寂しい…!』
独りは、嫌なんだ。
――――――――――
俺は目の前にいる胡桃さんを見る。彼は揺れる瞳をそのままに、真っ直ぐ俺を見つめている。
差し出された右手は震えていて、静かに俺の言葉を待っている。
蛍が緩やかに舞う。その姿はフワフワと雲のように舞い散り、夕焼けのように気付かぬ間に消えていく。
その風景はとても綺麗で、逆にその綺麗さが残酷に映る。
はぁ…答えなければいけないのはわかっている。だが、やはり言いたくはないな。残酷だ。あまりにも…
俺は、独りが嫌いだ。だから、誰かに愛してほしかった。胡桃さんの手を取れば、俺の望みは叶えられる。
でも…俺は何故躊躇う?なぜすぐに彼の手を取れない?
そんなの、もう分かりきっている。きっと、彼よりも好きな人がいるからだ。好きな人ができたからだ。
「ごめんなさい。貴方の手は、取れません」
胡桃さんの瞳を見つめ返してそう告げる。俺には貴方よりも大切な人がいる。大切な人が出来てしまった。
奇しくも、胡桃さんがかつての俺のような立場になるだなんて、予想もできなかった。
「そっ…か…まぁ、大体わかってたけど…ぅ…ぁ…」
胡桃さんは俺の言葉を聞き遂げると、最初は優しく笑った。だが、すぐに俯いて、静かに嗚咽しだした。
俺は、何も言えない。彼にかけられる言葉は、もうない。
だが、それでも何かしたい。なんでもいいから、何とかして彼の涙を止めたいと思うけど…きっと、それは傲慢なことだ。
「時成くん…少しでいいから、抱き締めてくれない…?」
胡桃さんは俯き、涙を流しながら小さく言った。俺はそれに頷いて彼に歩み寄る。
「あぁ…温かい…」
俺は胡桃さんを強く抱きしめる。せめて涙が止まるまで、こうしていたい。
胡桃さんも俺に強く抱き着いた。離したくないと、独りは嫌なんだと、まるでかつての俺のように。
「兄さん…」
汐音は悲しそうに俺達を見ていた。最近まで邪険だった関係性では考えられない、優しい瞳。
「時成くん…愛しているよ…ずっと、永遠に…」
腕の中で涙を流す彼の言葉に頷く。人を愛する権利、人を求める権利は誰にだってある。だから、俺はその言葉を否定しない。
ただ…誰かに愛してもらうことができるか。誰かに求めてもらうことができるか。それが違うだけだ。
その違いが、心に大きな穴を生むのだろう。決して埋められない奈落ができてしまうのだろう。
「俺も…貴方は好きでしたよ。二番目に…」
きっと、汐音よりも胡桃さんと先に出会っていたら俺は胡桃さんを受け入れただろう。彼の愛に答え、愛し合っただろう。
だが、今の俺は違う。
「……ありがとう、時成くん。」
そう言って胡桃さんは俺から離れた。未だに涙で潤んでいる瞳を俺に向けて、口を開く。
「本当にありがとう…!君を愛し、求めた数週間は…とても、楽しかったよ!」
胡桃さんは俺にそう笑いかけると背を向けて何処かへ歩き出した。俺も汐音もそれを止めることは出来ない。
終わってしまったのだ。
終わらせたのだ、俺が…
一つの恋が終わった。
今日、一人の天才は初めて、求めたものを自ら諦めたのだ。
胡桃との関係はハッキリさせました。さてさて、次は汐音の番ですぞぉ〜
チェンソーマン面白すぎでは?漫画読んでるんすけど面白すぎる