あれから数日。俺と汐音はいつもの生活に戻りつつあった。
胡桃さんは蛍祭りの件から俺達に関わりに来ることがなくなった。あれ以降、俺も汐音も胡桃さんと会っていない。
「ねぇ、時成…本当によかったの?」
学校への登校中、汐音は俺の隣を歩きながらそう言った。その言葉は冷たさも温かさもなく、平坦な感情のまま放たれたものだった。
「いいんだよ。俺は胡桃さんより好きな人がいたんだ。」
胡桃さんのことを忘れることはないだろう。いつ会えるのかも分からないが。
だが、きっと胡桃さんが俺に思い出させてくれたのだ。愛することを、恋することを。だから、俺はずっと胡桃さんに感謝し続けよう。
「僕はさ、兄さんに憧れてたんだ。カッコよくて強くて優し…いか、はまぁ、置いといて。本当に、憧れたんだ。
だから、兄さんが時成に告白したときは驚いたよ。」
汐音は優しく微笑みながらそう言った。その言葉に俺も答える。
「だな。女装してないときの写真、前に見せてもらったんだがな。結構なイケメンで驚いた。あれなら学校でも相当モテモテだろうな。」
そんな彼がこんな俺に告白したというのだから、現実というものは分からない。今更ながら、意外なことばかりでまさに驚きの連続だ。
だが、日々は続いていく。誰かが居なくなり、または誰かが居るようになり、変わりながらも変わることのない日常。
それが、俺達が生きている日々なのだ。
「ねぇ、時成。今日の放課後さ、ちょっと話があるから屋上に来てくれないかな?」
「ん、まぁいいが…話って何のことなんだ?」
突然、汐音が提案してきたことに疑問を返す。汐音は頬を若干赤らめながら、困ったように笑って答えた。
「悪いんだけど、それはまだ話せないかな…でも、僕たちのこれからについての…重要な、話だよ。」
汐音は優しい瞳で俺を見上げて囁いた。その瞳には確かな覚悟が秘められていて…
「そっか…なら、ちゃんと行くよ」
あぁ、きっともう時期終るんだろうな。胡桃さんとの関係を清算した直後にこれか…なんだか疲れたような気もするが、汐音の気持ちはちゃんと聞かないと。
最近はなんだか憂鬱な気分だ。胡桃さんや汐音と様々なことを経験し、色々なことを知った。
無知は罪というが、無知であることは同時に安寧でもあると俺は思う。
さぁ、再び終わりのときを迎えよう。今日こそ、長かった俺たちの関係に、終止符を打つときだ。
俺達は、もう、友達同士ではなくなるのだろうな。
―――――――――
屋上に爽やかな夕焼けが立ち込む。ゆらゆらと揺れる日の光は街全体を照らしていて、その様子はなんだか神秘的だ。
静かな風が吹く。せせらぎの様に吹き抜ける風は心地よい温かさを運んできて、心がスッと落ち着いていく。
目の前には一人の少年がいる。その見た目は可憐な少女にしか見えないが、時折覗ける骨格は彼が男であることを示している。
その名は、天宮汐音。
俺の唯一の友人にして、天宮胡桃の弟。今まで多くの体験を共にし、これからも多くの体験を共に重ねていくであろう人。
彼は俺の前でゆっくりと口を開く。
「時成…今日はね、言いたいことがあって呼んだんだ。ずっと前から伝えたかったこと…どうしても抑えられない僕の気持ち」
汐音は俺を真っ直ぐに見つめて口を開く。
「時成。好きです。君を愛しています。僕と、付き合ってください」
最近似たような言葉を聞いた。今回のと前回の、そんなに違いはないだろうに、俺の心には別々の感情がある。
なんだか懐かしいような気分になってしまうな。兄弟から告白されてしまうようなことが俺の人生にあるとは、驚きだ。
あぁ、やはり怖いな。今までの関係を壊すのは。今までの積み重ねを生贄とし、新たな関係を始めるというのは。
でも、進めなくちゃ。進めなくちゃ俺たちは変われない。日々は変わらなければいけない。変わらない関係、変わらない日々には意味なんてない。
俺はそれを知っている。意味がないということがどれだけ残酷なことか知っている。
だから、始めよう。俺達の新たな関係を。
「はい…俺も汐音が大好きです」
涙がこぼれる。喜びの嗚咽が屋上に響く。
抱き合う二人。心には様々な感情がある。
喜び、悲しみ、愛情、憧れ、楽しみ。数え切れな様々なモノが俺と汐音の間で渦巻いて、新たなカタチを作り出す。
きっと、この瞬間を、俺も汐音も忘れない。
俺達は終わったのだ。そして始まったのだ。
やけにサッパリとした終わり方だって?文句は言うな。人間なんてそんなもんだ。いつだって、気づいたら終わってて気づいたら始まってる。
「愛してるよ、時成。」
「俺も愛してる。汐音。」
今回は俺達が終わらせて始められた。俺達の意識で決めることができた。
それが嬉しい。俺達の積み重ねたものは、もうないけれど、それがきっと薪となり新たなものが出来上がる。
さようなら、今までの俺達。おめでとう、新たな俺達。
行ってきます。
次が最終回になるかな…?