Duchess in Borderland   作:M.T.

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すみません、尺の都合で一旦消して、追記したのを再アップしました。
最後の部分を追加してあります。


びいち(7)

 『今際の国』滞在50日目。

 

「ふわぁ……眠い…」

 

 朝の4時に起きた私は、眠い身体を起こしてシャワールームに行き、眠気覚ましに熱めのシャワーを浴びた。

 高級感のある厚手のバスタオルで身体を拭き、ワンピースタイプの競泳水着とローライズのジーンズを身につけ、そのままキッチンへ直行。

 お湯を沸かして、トースターでパンを焼いている間に、レタス、ハム、トマト、チーズをカットし、熱したフライパンに卵を投下してスクランブルエッグを作る。

 焼き上がったパンをカットしバターとケチャップを塗って、具材を挟んでサンドイッチを作っていると、ちょうどお湯が沸いた。

 沸いたお湯で薄めのコーヒーを淹れ、ついでに残ったお湯でインスタントのオニオンスープを作る。

 サンドイッチとスープ、コーヒーを盛り付けて、ダイニングで優雅に朝食を楽しむ。

 

 朝ごはんを食べ終わった後は、歯を磨いてマットな赤いリップを引けば、デキる女の完成。

 ライダースジャケットを羽織って、1階のラウンジに向かった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 午前5時、私達幹部9人は、いつも通りラウンジで幹部会議を開いた。

 つっても議題はいつも通り、ナンバーの振り直しだったんだけどね。

 幹部会議を終えた後は、プールで馬鹿騒ぎしている連中を眺めつつ、ボーシヤの近くのテーブルでマスカットのマティーニを嗜んでいた。

 カクテル・グラスの縁に添えられたシャインマスカットを、何気なく指で摘んで口に含む。

 するとだ。

 

「オイオイ、見ろよアレ」

 

「新入りじゃねーの?」

 

「うっそマジかよオイ!!何日ぶりだよ!?」

 

「なんだよ高校生じゃねーか」

 

「ハズレじゃねーの?」

 

「つっても、女の方はけっこーイケてんじゃね?」

 

「オレもモロ好みだ!」

 

 『ビーチ』の連中が騒いでいたので入り口の方に目を向けると、そこには、見知った顔の男女が立っていた。

 

 アリス、それにウサギ…?

 どうして今になってここに来たの……?

 カルベとチョータ、シブキがいないって事は…他の三人は『げぇむ』で死んだの?

 私が内心軽く混乱していると、ボーシヤ派の一人、ドレッドが二人に近づいて話しかける。

 

「オイ、お前ら!偶然ここを見つけたのか?それとも自力で探し当てたのか?まぁ…どう見ても前者だわな。見つけられちまったもんはしょうがねぇ。ついて来いよ。『ビーチ』の一員になる気があんのなら、ナンバー1に会わせてやる」

 

 そう言ってドレッドは、二人をボーシヤのもとへ案内した。

 二人は、迷いつつも『ビーチ』に入る決断をし、ドレッドについて行った。

 

「ナンバー1、新入りだ!まーた新入りが2人、迷い込んできやがった」

 

 アリスとウサギを連れてきたドレッドが、サンベッドに寝転がりながらシャトー・マルゴーの赤ワインをラッパ飲みしているボーシヤに話しかける。

 するとボーシヤは、ゲフゥッと大きくゲップをしてから高笑いする。

 

「カカッ!!そりゃあツイてる!!諸君は実にツイてる!!ようこそ!!理想の桃源郷(ユートピア)、『ビーチ』へ!!我々は諸君の求める、『答え』を知っているッ!!」

 

 ボーシヤは、大袈裟に両手を広げながら高らかに宣言し、ワインで濡れた口元を左手で拭った。

 

「『答え』…!!」

 

 ボーシヤの言葉を聞いて、アリスとウサギは目を見開き生唾を飲む。

 ドレッドは、二人を親指で指しながらボーシヤに話しかける。

 

「ナンバー1。こんな使えそうもない新入りに、アンタが時間を割くまでもない。説明ならオレが…」

 

 ドレッドは、高校生の二人を見縊り、ボーシヤによる通過儀礼を省こうとする。

 するとボーシヤは、カクテル・グラスに盛られたブドウを一つ手に取りながら口を開く。

 

「ノブレス・オブリージュ」

 

「…え?」

 

「『位高ければ徳高きを要す』。元は貴族の言葉だ。財力、権力、地位を持つ高貴な者には、それに応じた社会的責任と義務があるという道徳観だよ。下っ端は、少し黙っていてもらえるかね?」

 

 そう言ってボーシヤは、ブドウをぶちゅっと歯で噛み砕いた。

 ボーシヤに威圧するような視線を向けられたドレッドは、萎縮して黙ったまま俯く。

 そんな中ウサギは、ボーシヤの圧倒的なオーラに臆する事なく尋ねる。

 

「アナタが、リーダーなのね?」

 

「自己紹介が遅れたが、オレの名は、弾間。これでも昔は歌舞伎町じゃ名の知れたホストだったんだが、色々あって死んだオヤジの店を継ぐハメになっちまってね。地元の商店街の連中にはこう呼ばれていた。“ボーシヤ”」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 その後、アリスとウサギは、ボーシヤに案内されてホテルに向かった。

 一緒にいたクズリューとアン、そして私も同行する。

 

「久しぶりねぇ。アリス君、ウサギちゃん」

 

 ホテルに向かう途中、私はアリスとウサギに話しかける。

 するとアリスは、小声で私に質問してきた。

 

「アンタ、『ビーチ』の一員だったのか」

 

「まぁね♪こう見えても一応幹部なのよ?」

 

「オレ達と初めて会った時には、もう既に幹部だったのか…?」

 

Exactly.(ご名答)

 

 アリスの質問に対して、私はウインクしながら答える。

 

「できればカルベ君にも来てほしかったんだけどね……残念だわ」

 

 私がそう言うと、アリスはなんとも言えない表情を浮かべて俯く。

 つまり、()()()()()なのでしょうね…

 なんて思っていると、アンが小声で話しかけてくる。

 

「…知り合い?」

 

「この前の『げぇむ』で一緒だったの」

 

「そう」

 

 私が小声で言うと、アンが素っ気なく返事をする。

 話をしている間に、私達はホテル1階のエントランスに着いた。

 するとアリスとウサギは、照明のついたエントランスを見渡して驚愕した。

 

「ウソ…だろ!?」

 

「何これ…!?電気が、ついてる…!?」

 

「電気はガソリンで動く発電機から、水道は川の水を引いたポンプから、ガスは大量にあるプロパンガスのボンベから入手しているわ。それこそ際限無く、無計画にね」

 

 私は、驚いているアリスとウサギに、この『ビーチ』に電気や水、ガスが通っている訳を説明した。

 私の説明に、アリスが訝しげな表情を浮かべる。

 …ま、この国に来て日が浅い人間なら、馬鹿げていると思うわね。

 

「ここが漂流した無人島だったならば、畑をつくり子孫を残し、生き延びるべきなのだろうが、『今際の国』では3日先の命の保証もない。だったら遠い未来の算段など不要!!この東京中に残ったガソリンもガスも食糧も酒も、使えるだけ使って楽しもうではないか!!限りある命を!!」

 

 ボーシヤは、どこか芝居がかった口調で語る。

 アリスとウサギは、彼を不審がってはいたものの、彼の言葉に反論はしなかった。

 

「そしてこの『ビーチ』には、あらゆる人材が揃っている。医者(ドクター)警官(コップ)弁護士(ロイヤー)技術者(エンジニア)格闘家(グラップラー)猟師(ハンター)整備士(メカニック)自衛官(ソルジャー)!!教授(プロフェッサー)!!賭博師(ギャンブラー)プロスポーツ選手(アスリート)料理人(コック)まで!!政治家なんかもいたっけか?」

 

「アイツは早々に死んだよ。能書きばかり達者で、まるで役に立たなかった」

 

「そうだったか?」

 

 私はボーシヤとクズリューの会話を聞きつつ、そんな奴もいたっけな、と思い出す。

 アイツ下っ端のくせに態度がでかいわ、幹部の私に気安く触るわ、マジウザかったし、『げぇむ』で死んだって聞かされた時はざまぁって感じだったわ。

 名前忘れたけど。

 

「まぁいいや、つまりそう…完璧。『ビーチ』は完璧なのだよ。多様な『げぇむ』に備え、長所の異なる4人1組で『パーティー』を作る事で、『げぇむ』のリスクを最小限にし、皆が生き残る確率を上げる共同体!!それが『ビーチ』!!『ビーチ』が諸君に提供するのは、『安心』と『安全』だ。その為の『秩序』と『合理性』は、No.1であるこのオレが保証しよう」

 

 そう言ってボーシヤは、大袈裟な身振りをして笑ってみせた。

 その言葉を聞いてアリスとウサギは、半信半疑、といった表情を浮かべていた。

 するとボーシヤは、上半身の重心を僅かに後ろに傾けつつ、声高らかに宣言する。

 

「『ビーチ』での『ルール』は3つ!!1つは、『『ビーチ』内では、水着着用』!!」

 

「…は?」

 

「カカカ、気持ちは身なりからだ!ここでは酒におぼれるも、クスリでキマるも、女を抱きまくるも、諸君の自由!!好きに謳歌したまえ、『生』を!!」

 

 ボーシヤは喉を軽快に鳴らして笑い、バスローブを翻しながら振り向くと、後ろにいたアンに声をかける。

 

「ロッカーキーをここへ」

 

 ボーシヤが命令すると、アンがロッカーキーを二つ差し出す。

 キーを受け取ったボーシヤは、青いバンドのついたキーをアリスの手首に、ピンクのバンドのついたキーをウサギの手首につけた。

 

「ナンバー71!!ナンバー72!!これで諸君は『ビーチ』の同志だ!!」

 

 二人にロッカーキーを渡したボーシヤが、両腕を大きく広げながら宣言する。

 これで二人は、晴れて『ビーチ』の一員になった。

 ()()()()()を終えた後、ボーシヤは二人をメインロビーの最奥へと案内した。

 

「さぁて、着いたぞ諸君。これが諸君の、待ちかねた『答え』!!『今際の国』から脱出する為の、唯一の『答え』だ!!」

 

 そう言ってボーシヤは、二人に例の壁の絵を見せた。

 メインロビーの壁には、赤いペンキで52枚のトランプが描かれていて、回収済みの37枚のカードにバツ印がつけられていた。

 

「トランプ…!?」

 

「や…やっぱり、そういう事だったのか…!!」

 

 壁の絵を見たウサギは目を見開き、アリスは自分の仮説が正しかった事を確信した。

 そんなアリスを見て、ボーシヤが喉を鳴らして笑う。

 

「カカカッ。君には察しがついていたようだな。そう。この地獄のような悪夢を終わらせる方法はただ一つ。それは、全てのトランプを集める事」

 

 ボーシヤの言葉を聞いたアリスは、どこか嬉しそうな表情を浮かべて震える。

 ずっと元の世界に帰る方法を探していたであろう彼にとって、ボーシヤから語られた言葉は、砂漠に突如垂らされた一雫の水のようなもの。

 綻んだアリスの顔には、確かに希望が宿っていた。

 

「皆でコイツを揃えりゃあ、オレ達は、元の世界に戻れるんだな!?」

 

「そうとも。選ばれたただ1()()だけがな」

 

 ボーシヤがそう言うと、アリスの表情からさっきまでの希望が消える。

 アリスはボーシヤの方を振り向き、徐に口を開く。

 

「…………1人?」

 

「1人…?本当にそれが、『答え』…なの!?」

 

情報源(ソース)は明かさないが、信憑するに足る根拠はある!我々は、諸君の来る遥か以前から、この国についての情報を調べ尽くしている」

 

「1人…1人…」

 

「アリス!?」

 

 ボーシヤの言葉に、アリスは目眩を起こしてよろめき、ウサギが慌ててアリスの身体を支えた。

 ボーシヤの語った『答え』は、確かにアリスにとっては砂漠に垂らされた一雫の水だった。

 そう、たったの一雫。

 それだけじゃ、渇きを潤すのには全然足りない。

 

 アリスは、絶望の表情を浮かべつつも、胸を押さえて乱れた呼吸を整えた。

 ウサギは、そんなアリスを介抱しつつ、ボーシヤを睨みつけて口を開く。

 

「1人…そう、その為のナンバー制度」

 

「ご名答。たった1人で全ての『げぇむ』を『くりあ』して、52枚のトランプを集める事など限りなく不可能。1人では出国できない。だからこそ同志諸君が一丸となる事で、ただ1人を出国させるのだ。それこそが、この『ビーチ』の真の目的!!『ビーチ』の『ルール』はたったの3つ。もう1つは、『カードは全て『ビーチ』の財産』!!諸君の持ってるカードを1枚残らず、『ビーチ』の為に献上していただこう」

 

 ボーシヤが迫るも、当然二人は素直に「はいわかりました」とは言わず、無言でボーシヤを睨みつけていた。

 すると、いつまでも結論を出さない二人に痺れを切らしたクズリューが口を開く。

 

「知るべき情報は得ただろう。拒むのは、虫のいい話だと思わないか?」

 

「まあ待て。誤解しないでもらいたいが、『ビーチ』の恩恵は平等なものだ。皆で1人を出国させると決めた以上、そこには当然優先順位が生まれる。新しく『ビーチ』の同志となった者が、一番最後のナンバーを与えられるのは仕方のない事なのだよ。そして悲しいかな、ここでは毎晩『げぇむ』で多くの同志が命を落とす。長く生き残れば自然とナンバーは上がるし、カード集めに貢献した者にはナンバーの昇格もある。見事、1人を出国させた後も大量にダブったカードを利用して、第2第3の出国者が現れる日も遠くない。『ビーチ』の同志諸君が、全員出国できる日は必ず訪れる!!」

 

 「全員出国できる」、ボーシヤは甘い言葉を二人に囁いた。

 それがいつになるかなんて、誰にもわからないのに。

 当然アリスは、ボーシヤの命令を拒否しようとした。

 

「………それでも、断ったらどうなるん………」

 

 アリスが断ろうとすると、ボーシヤは殺気を放ってアリスを威圧する。

 長らくこの国で生き延びている私ですらピリッと震えるのを感じる程の、張り詰めた空気が流れる。

 獰猛な肉食獣のような鋭い視線に気押されたアリスは、萎縮して何も言えなくなる。

 

「『ビーチ』の『ルール』はたったの3つ。最後の1つは…『裏切り者には死を』!!同志諸君が命を懸けて1人の出国者を誕生させる事が、『ビーチ』の悲願!!使命!!大義!!それを侮辱する者を、『ビーチ』は絶対に許さない…!!」

 

 ボーシヤは、気の小さい人間ならプレッシャーで死んでしまいそうな程の殺気を、アリスとウサギに向けながら言った。

 ここで断ったら殺される。

 そう確信したアリスは不本意ながらも、ズボンのポケットを漁ってトランプを取り出した。

 

「…………ウサギ…悪ィ…君を巻き込んだ…」

 

 アリスは、トランプの束を握りしめ、俯きながらウサギに謝った。

 するとウサギは、スカートのポケットからトランプを取り出し、アリスの手からトランプを奪い取った。

 

「あなたが、謝る必要なんてない。全ては、私が選択した事だから」

 

 そう言ってウサギが差し出したトランプを、クズリューが受け取る。

 回収したトランプを確認したクズリューは、僅かに目を見開いた。

 

「ボーシヤ」

 

「何だ?」

 

 クズリューがボーシヤに話しかけるので、余程の事だろうと思い、若干遠くからクズリューの持っているトランプを覗き込む。

 彼の手の中には、未回収だった『♡7(はあとのなな)』のトランプがあった。

 それを見たボーシヤは、両手を広げて高笑いする。

 

「カッ、カカカッ、カカカカッ!!ツイてる!!我々は実にツイてる!!また一歩近づいたぞ!!『ビーチ』のナンバー1が出国者となる日が!!この『♡7(はあとのなな)』の献上者には、上層部でナンバーの昇格を検討しよう。で?これはどっちの所有物だったのかね?」

 

 ボーシヤは、右手の人差し指と中指でお目当てのカードを掴み、ヒラヒラと振りながら二人に尋ねる。

 

「…それは、ア…」

 

「彼女のだ」

 

「アリス…!?」

 

「オレには見覚えがない…それは…彼女の功績だよ」

 

 アリスは、俯いて目を逸らしながら言った。

 多分、これがウサギの手に入れたカードというのは嘘。

 本当はカードを手に入れたのはアリスで、しかもそのトランプと引き換えに犠牲になったのはカルべ達だった…といったところでしょうね。

 親友の死と引き換えに手に入れた功績を譲ってまで、彼はウサギの出国を優先した。

 いつの間に、彼にとってウサギがそんなに大切な存在になったのかしら。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 その後、私はボーシヤの命令で、アリスとウサギを部屋に案内した。

 そもそもボーシヤが私に命令してきたのは、私が案内役を買って出たからなんだけど、元々新入りのお世話係は私がやる事になっていたから、何もおかしな事はない。

 私は慣れた手つきでエレベーターを操作し、二人を4階の402号室と403号室に案内した。

 

「ついたわ。アナタ達の部屋はここよ」

 

 そう言って私は、402号室と403号室の間で立ち止まる。

 するとアリスは、ドアの鍵穴に刺さったルームキーを引っ張ろうとして、固定されていて動かない事に気がつく。

 

「このキー、接着剤で固定してあるのか…?」

 

「だって、キーを持ち出したまま『げぇむ』で死なれたら困るじゃん?鍵かけたかったら、内側からアームロックかけてね」

 

 そう言って私は、402号室のドアを開けた。

 部屋の中は、ゴミや脱ぎ捨てられた服、あとは空いたビールの缶やゲーム機なんかが散乱していた。

 

「や〜散らかっててごめんネ?下の階は入れ替わりが激しいから、掃除してる暇がないの」

 

 あまりの部屋の汚さに二人が引いていたので、私は頭を掻いて笑いながら言い訳した。

 私が能天気に笑っているのを異様に感じたのか、ウサギは私に疑いの目を向けてくる。

 

「アナタ…最初からここに連れてくるつもりで、あの時私を誘ったの?」

 

「やぁねぇ、アタシが悪者みたいな言い方しないでよ。アタシは親切のつもりで誘ったのよ?1人で全てのトランプを集めて元の世界に帰るなんて、無理に決まってるわ。1人しか出国できないっていうのは理不尽かもしれないけど、皆で協力する事でトランプを集めるって考え自体は、理に適ってると思わない?」

 

「…………」

 

 私が正論を垂れると、アリスとウサギは納得するのは難しくても理解はできたようで、反論はしてこなかった。

 皆で協力する事で1人でも多くの滞在者を生き残らせ、1人ずつ確実に出国させるという『ビーチ』のやり方は、一見すれば合理的ではある。

 もっとも、トランプを全種類集めたら帰れるっていうのが本当だったら、の話だけど。

 本当はそんなの、ボーシヤがでっち上げたまやかしでした、なんて暴露したら、大ブーイング待ったなしでしょうね。

 

 二人とも『ビーチ』に不信感を抱いているこの状況で今、ヘラヘラしている私だけが浮いていて、なんか気まずくなってくる。

 普段ならジョークのひとつでも言ってのけたのでしょうけれど、大事な計画の駒に不信感を抱かせるような失言をするほど、私もバカじゃない。

 

「まぁ、いいわ。アタシはこれから幹部の仕事があるから、水着に着替えて好きに遊んでなさい。水着は1階の売店に一通り揃えてあるのを好きに取ってっていいし、タオルとかも新しいのが欲しかったら同じとこに置いてあるわ」

 

 そう言って私は、エレベーターの方を指差す。

 このまま立ち去っても良かったんだけど、先輩として、もうひとつアドバイスしておかなきゃいけない事があった。

 

「あ、そうそう。ウサギちゃん、多分これから野郎共にたくさん話しかけられると思うけど、相手にしない方がいいわよ。ここ、flashyな奴多いから」

 

 ウサギに忠告してみるも、彼女はきょとんとしていた。

 …あ、そっか。スラングじゃ何言ってるかわかんないか。

 えーっと、flashyとか、shallowとか、そういうの日本語でなんて言うんだっけ?

 

「えーっと、アレよアレ。なんつうか、軽い感じ?はしゃいでそうな奴っていうか…パーティーとかでウェ〜イとか言ってそうな…ほら、あるじゃん、そういうの。あークソ、日本語出てこない」

 

「チャラい…とか?」

 

「そう、多分それ!」

 

 日本語が出てこなくてモヤモヤしていると、アリスが私の言いたいニュアンスにピッタリな日本語を口に出したので、私はアリスを両手の人差し指で指差して頷いた。

 するとウサギは私の言いたい事を理解してくれたのか、腑に落ちたような表情を浮かべた。

 

 あとはアレね。気をつけなきゃいけないのが、食べ物とか飲み物にレイプドラッグを混ぜる奴がたまにいるのよね。

 こういうのって、信頼できるパートナーに代わりに取ってきてもらうのが一番いいんだけど…

 …あ、そうだ。いい事思いついた。

 

「とにかく、なんか話しかけられてもスルーでOKよ。あと飲み物とか欲しかったら、そうねぇ…アリス君に取ってきてもらうのがいいんじゃナイ?」

 

「え…!?」

 

 私がアリスとウサギを交互に見ながら言うと、名指しされたアリスはびく、と肩を跳ね上がらせる。

 ウサギがアリスを見ると、アリスはほんのりと頬を赤らめた。

 やっぱりね〜、そんな事だろうと思ったわ。

 だからさっき功績をウサギに譲ったりしたワケね。

 惚れた弱みよ、素直に認めちゃいなさい。

 

「なんてね♪じゃ、行ってくるわね」

 

 そう言って私は、ヒラヒラと手を振った。

 二人と別れた後、私は軽い足取りでメインロビーに戻った。

 

 チシヤはカルベが生き残ると思って貸しを作ったけど、私は最後に生き残るのはアリスだと思ってた。

 実際、『ビーチ』に来たのはアリスの方だった。

 今回賭けに勝ったのは私ね♪

 近いうちに、あの二人も計画に誘おうかしら。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 二人を部屋に案内してから1時間くらいが経った頃、私はメインロビーで今日の『げぇむ』のパーティーの割り振りをしていた。

 もうそろそろ日没が近いわ…なんて思っていると。

 

 

 

 ――ズンッ♫

 

 

 

 外から、喧しい音楽と、『ビーチ』の連中の雄叫びが聴こえる。

 連中は、忙しなく『げぇむ』の準備をし始めた。

 その間に、ボーシヤと私達幹部は、メインロビーの屋上に立った。

 

「篝火を燃やせェェッ!!!」

 

 メインロビーの屋上からボーシヤが叫ぶと、下にいた奴等が篝火を灯す。

 喧しい音楽と共に、熱狂が巻き起こる。

 そんな熱苦しい空気の中、ボーシヤは大袈裟な身振りをしながら演説を始めた。

 

「諸君!!同志諸君!!今宵もこの時がやって来た!!決して怯む事勿れ!!これは恐怖との戦争だ!!諸君には、恐怖に打ち勝つ勇気がある!!絶望を払い除ける執念がある!!それらは生きる意味を確信した時に、より絶対的なものとなろう!!全ては『ビーチ』のため!!大義のために!!戦おう!!同志諸君ッ!!!!」

 

 ボーシヤが叫ぶと、周りに居た奴らは雄叫びを上げた。

 熱狂が熱狂を呼び、ここにいるほとんど全員の士気が高まる。

 私は、演説をしているボーシヤの後ろで咥えたキャメルに火をつけ、両腕を組んだまま連中を見下ろした。

 いつ見ても寒いわ、この演説。

 

 圧倒的なカリスマ性を持つ『ビーチ』の王の演説に、BPMの速い音楽と、篝火の熱と光が加わる事で、下にいる奴等は一種の集団洗脳に陥る。

 焚きつけられた奴等は、『ビーチ』は完璧で、自分達は無敵だと錯覚する。

 自分達が代えのきく奴隷だという事にすら気づかず。

 人は群れる事で、ここまで愚鈍になれるものなのかしらね。

 私は、下で馬鹿騒ぎしている連中を見下して、心の中で舌打ちをした。

 

 ………もう、いい。

 もうすぐ、絵札以外の全てのカードが揃う。

 そうしたらトランプを全部奪い取って、『ビーチ』を破滅させてやるわ。

 私はアンタ達の希望を目の前でぶち壊すけど、間違っても私を悪者だなんて思わないでね。

 先に私から希望を奪ったのは、アンタ達の方だから。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 演説を終えた後、今日『げぇむ』に参加するチームが、次々と駐車場へ向かう。

 皆それぞれ、私の作成したチーム分けの紙を持って車へと乗り込む。

 その中には、アグニ、ニラギ、ラスボスの三人もいた。

 ヒラヒラと手を振って武闘派集団の車を見送り、ようやく仕事を終えた私は、プールサイドに戻る。

 プールサイドでは、下っ端連中が、誰が生き残るかを賭けていた。

 呑気なものだわ、明日は我が身とも知らずに。

 なんて思いつつも、私は端の方にいたチシヤに気付いて、ヒラヒラと手を振りながら近づいた。

 

「やっぱり来たわね、あの2人」

 

「オレはてっきり、ガタイのいいお兄さんの方が来ると思ったんだけどね。貸し作って損しちゃった」

 

「ウフフ、じゃあ賭けはアタシの勝ちね♪今日一日、アタシの言う事聞きなさい」

 

「そんな賭け、した覚えないんだけど」

 

「はい、今したの」

 

「後出しじゃんそれ」

 

 私はチシヤに勝ったのをいい事に、調子に乗って罰ゲームをしようとしたけど、あっさり躱された。

 何よ、ノリ悪いわね。

 こんな美女に好き放題されるとか、喜ぶとこでしょ普通。

 

「…でも、なんか機嫌良さそうじゃない?どうしたの」

 

「『うすら寒い』…」

 

「?」

 

「アンタが目をつけてた彼、演説中の熱狂の中でそう呟いたんだよ。彼は『ビーチ』のまやかしには染まらない。使えるかもしれないね、オレ達のプランに」

 

「…へぇ、そう」

 

 『うすら寒い』…か。

 アリスがそう言ったのね。

 彼らしいと言えば、彼らしいわね。

 

 ふとアリスの方に目を向けると、さっきまでチシヤと一緒にいたクイナがアリスの隣に座って気さくに話しかけた。

 明るくて人柄が良いクイナは、初対面のアリスともすぐに馴染んで、色んな事を根掘り葉掘り訊いていた。

 ウサギの事でも訊かれたのか、顔を赤くしているアリスをクイナが揶揄うと、本を読んでいたウサギがじっとその様子を見つめて、心なしか面白くなさそうな表情を浮かべた。

 あら、もしかして妬いてる?可愛いわ。

 なんて思っていると───

 

 

 

「車が戻ってきた!!『げぇむ』から生還者が戻ってきたぞォーっ!!」

 

 下っ端の一人が、そう大声で叫んだ。

 すると、プールサイドがガヤガヤと騒がしくなる。

 

「マジかよもう!?」

 

「早ぇっ!!」

 

「どこの組!?」

 

「No.2だ!!」

 

「スゲェよ!!」

 

「流石だなァ!!」

 

 アグニ達の武闘派チームか…帰ってくんの早くない?

 今回の『げぇむ』は簡単だったのかしら。

 なんて考えていると、クイナが小声でアリスに忠告した。

 

「新入りに…1つ忠告しといたるわ。『ビーチ』で平穏に過ごしたいなら、アイツらには関わらん事や」

 

 そう言うクイナの視線の先には、アグニ、ニラギ、ラスボスの三人がいた。

 ……これは、一悶着ありそうだわ。

 

「あれが…No.2!?」

 

「『ビーチ』随一の武闘派連中や。これだけ大人数の組織や。上層部の中には、当然いくつかの派閥が生まれる。実質、今『ビーチ』で権力を握っとるのは、No.1率いるカルト派集団と、No.2率いる武闘派集団の2大派閥。いくつかの派閥が互いに抑止力になる事で、今の『ビーチ』はかろうじて秩序が保たれとるんや。忘れんなやアリス、ここは法治国家でも何でもない。奴等は支配の手段に、『暴力』と『恐怖』を好むならず者の集まりや。どこの派閥にも入れず、何の後ろ盾も持たん新入りは、目ぇつけられんように大人しくしとくんが賢明や」

 

 クイナは、アリスにアグニ達の事を説明した。

 アグニは、プールサイドを見渡して、見ない顔がいる事に気づく。

 そしてアリス──

 

 

 

「見ねぇ顔だな。新入りか?」

 

 ではなく、ウサギの前に立って話しかけた。

 ウサギは、周囲の視線を気にも留めず、アグニを見上げて口を開く。

 

「…そうだけど、何か用?」

 

 うわぁ、武闘派連中の事を知らないとはいえ、この状況で「何か用?」は度胸あるわぁ。

 なんて考えていると、ニラギがウサギに話しかける。

 

「わかんねーか?ウチのボスが()()してぇんだとよ。『げぇむ』の後は、血が火照って仕方ねぇんだ」

 

 ニラギが下卑た目でウサギを見ると、アリスがプールサイドから立ち上がった。

 

「ウサギ…!!」

 

「やめとき!!『ビーチ』におれば、()()()()()()もある」

 

 ニラギを止めに行こうとするアリスを、クイナが止めた。

 

「なーに、そう難しく考える必要なんてねーさ。そのうちお前も楽しくなる。ここじゃ誰もが明日死ぬかもしれねぇ恐怖を抱えて生きてんだ。ストレスはどっかに逃がさねぇとな。たとえ、誰かが少々ワリを食ったとしてもだ!」

 

 そう言って、ニラギが笑った。

 周りの奴等も、「可哀想」とでも言いたげな表情は浮かべていたけど、誰も助けには行かなかった。

 もちろん私も助けには行かない。

 別に私が助けに行く義理なんか無いし。

 つくづく人間ってのは、自分の事しか考えられないもんだね。

 

「…あ?」

 

「アリス…!?」

 

 アグニは怪訝そうな表情を浮かべ、ウサギは目を見開いていた。

 アリスが、ウサギを庇って武闘派連中の前に立ちはだかったからだ。

 …さっきの人間どうのってのは、撤回するわ。

 まあ、ただのバカかもしれないけどさ。

 

「お前も新入り?驚いたな。まだこの国で頭の切り替えができてねー奴がいたとは」

 

 そう言ってニラギは、アリスにスマホを差し出した。

 

「ほれ、かけろよ。110番。オマワリサンが助けに来てくれるかもよ?」

 

 ニラギが言うと、他の武闘派連中も笑い出した。

 アグニは、アリスを一瞥すると、アリスに背を向けて口を開く。

 

「くだらん。女だけ、オレの部屋に連れて来い」

 

「このガキはどうします?」

 

「次の『げぇむ』で死ねるように、足の骨でも折っとけ」

 

 ニラギがアグニに指示を仰ぐと、アグニはニラギに命令した。

 するとアリスの表情が強張る。

 だけどその直後、アリスが何かに気がついて僅かに目を見開くと、口角を上げて話し始める。

 

「やっぱ、()()()()()()につかねーで、正解だったわ!」

 

 アリスが言うと、アグニが足を止めてアリスの方を振り向く。

 

「……何?」

 

「よっぽど暴力が好きみてーだな。もしアンタらの方につこうとしてたら、今頃ひでぇ()()にでも遭ってたと思うとゾッとするよ」

 

 アリスがあえてもったいぶった言い回しをすると、痺れを切らしたニラギがアリスを睨む。

 

「さっきから、何が言いてえんだテメェ…!?」

 

「いやなんつーか、こんな碌でもねぇ組織の中にも、ちゃんと見合った()()()をくれる善良な連中もいるんだって事を…ただアンタらに、伝えときたくてさ」

 

 拷問?見返り?

 何言ってんのアイツ。

 苦し紛れのハッタリにしちゃあ、やけに落ち着きすぎてる。

 アリスのあの余裕は何…?

 なんて考えた、その時だった。

 

「揉め事かね?」

 

 人混みの中から、ボーシヤが現れる。

 ボーシヤの後ろには、クズリューが立っている。

 ボーシヤが仲裁に入ると、アグニがボーシヤに言い放つ。

 

「引っ込んでろボーシヤ。テメェにゃ関係ねぇ…!!」

 

「そういうワケにもいくまい。カカカ、オレはNo.1として、『秩序』を守る義務があるのだよ。オレの顔に免じて、新入りいびりは程々にしてくれまいか?」

 

 ボーシヤは、アグニを威圧するように言った。

 クズリューも、腰に差した拳銃に手を伸ばそうとする。

 

 …………ああ、なるほどね、そういう事か。

 アリスは、ボーシヤが助けに来てくれると踏んで、自分がもう既にボーシヤ一派だっていうハッタリを暗に示したわけ。

 

 『ちゃんと見合った見返りをくれる善良な連中』、それは紛れもなくボーシヤ一派の事だ。

 『今頃ひでぇ拷問にでも遭ってた』って言うセリフには、武闘派が拷問してでも聞き出したいような重要な情報をアリスが握ってるって意味。

 要はアリスは、重要な情報を見返りにナンバー1をバックにつけたって言いたいわけ。

 

 …まあそんなのはもちろんハッタリで、ボーシヤが仲裁に入った本当の目的は、ただのカッコつけ。

 彼が好む支配は、『暴力』でも『恐怖』でもなく、『安心』と『快楽』。

 それを維持する為の秩序と合理性は保証するって約束しちゃった手前、助けないわけにはいかないよねぇ。

 新人の分際でそれを一瞬で見抜くとか、アリスやるじゃん♪

 

 ……もちろん私もわかってたわよ?

 アリスとアグニに集中しててボーシヤの方を見てなかったから、何言ってんのかすぐにはピンと来なかっただーけーでーすー。

 

「…くだらねぇ。行くぞ!」

 

 アグニは、踵を返して去っていった。

 ニラギとラスボスも、不満そうな表情を浮かべつつもアグニについていく。

 血の気の多い連中が去っていくと、アリスは緊張が解けたのか安堵の表情を浮かべる。

 

「アリス…あなた…何をしたの?」

 

「たまには利用させてもらったのさ。いつも大勢を利用してる大物をね」

 

 ウサギが尋ねると、アリスはボーシヤを見ながら答える。

 …さて、行きますか。

 私とチシヤは、クイナの方へと歩いていく。

 

「で、どうだった、彼♪」

 

 チシヤが、クイナの後ろに立って話しかける。

 するとクイナは、ニヤリと笑いながら振り向く。

 

「気に入った!」

 

 …決まりだね。

 これで、計画に必要な駒は揃った。

 ここからどう料理しようかしら…?

 

 

 

 ───今際の国滞在50日目

 

 残り滞在可能日数 

 

 潰田千寿 35日

 

 

 

 

 

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