「モモカ!!モモカぁ!!いやああああ!!」
ホテルのメインロビーに、アサヒの泣き声が響く。
メインロビーの床の中心には、胸にナイフを突き立てられ、血を流して死んでいるモモカの姿があった。
あまりにも唐突な展開に、頭が追いつかないでいると、『るうる』説明のアナウンスが流れる。
《『げぇむ』の時間です。これから皆さんに参加していただく『げぇむ』は……『まじょがり』》
魔女狩り……?
《『るうる』の説明。皆様の前に横たわるのは、前途ある幼気な少女の亡骸。その少女の命を奪った、邪悪な『まじょ』が、皆様の中に隠れておられます。その『まじょ』を皆様自身の手で見つけ出し、『まじょ』の醜く穢れた魂を肉体諸共、裁きの『ごうか』で浄化する事ができれば、『げぇむくりあ』》
「ね…ねぇ、いつの間にか…野外ステージの篝火がついてるわよ…!」
その言葉を聞いて後ろを振り向くと、野外ステージの篝火が燃え上がっていた。
《なお、『まじょ』は殺人犯を指す名称に過ぎないので、女性とは限りません》
「な…なぁ、つまりこの『げぇむ』ってのは…この『ビーチ』の中にいる殺人犯を、あの篝火で焼き殺せってのか…!?」
《制限時間は120分。それでは、『げぇむすたあと』》
魔女狩り…魔女狩り、か。
『ビーチ』の連中にとっては、最悪の『げぇむ』。
だけど今の私にとっては、最高の『げぇむ』だわ。
「オレ達の中に人殺しなんて…マジでいると思うか…!?」
「言っとくけど、オレじゃねーぞ!」
「そんなの…どうやって見つけんのよ…」
「そもそも、何で殺しなんか…」
『げぇむ』が始まると、周りの奴等は顔を見合わせて話し始める。
皆が混乱している中、ニラギが手を叩いて全員の注目を集めた。
「そろそろ全員、頭ン中を『
ニラギは、周りの皆を見ながら言った。
当然、誰も名乗り出なかった。
「まぁ、そりゃそーだわな。だったら次だ。最初に疑うべきは身近な人物、そこの死体といつもつるんでたのは…お前だよな」
そう言ってニラギは、泣き崩れているアサヒを指差した。
ニラギに名指しされたアサヒは、困惑の表情を浮かべる。
「え…!?」
「大の仲良しが心臓にナイフブッ刺されてくたばる瞬間、お前、どこで何してた?」
「何…って、私は…何も知らない…!!」
ニラギが意地悪く質問すると、アサヒは首を振りながら答える。
アサヒは、モモカが殺された時のアリバイを説明できなかった。
すると他の奴等は、アサヒに疑念を向け始める。
「答えらんねーのかよ…」
「怪しくねーか?」
「ああ…!!」
「アイツが『まじょ』か?」
「あり得るわよ…!」
他の奴等は、よってたかってアサヒを疑い始めた。
あーあ、なんで人ってのはここまでバカになれるのかしらね。
ニラギの掌の上で踊らされてるって事が、なんでわからないの?
やっぱり皆殺しコースに切り替えた私の判断は、間違ってなかったわね。
「おーおー、皆気が早ぇーなぁ。どうやらお前を『まじょ』にして、さっさと『げぇむ』を終わらせたいみてーだが…どうする?とりあえず試しに、『焼べて』みるか?」
ニラギは、そう言ってニタニタと笑いながらアサヒを見下ろした。
アサヒが泣きながら絶望の表情を浮かべた、その時。
「いい加減にしなさいよ!!」
ニラギの後ろから、誰かが叫んだ。
声の主は、ウサギだった。
「文明人のやり方とは思えないわ。『げぇむ』の思惑通り、本気で『魔女狩り』を再現させたいワケ?」
「まーたお前か……何もわかってねーんだな。頭を『
ニラギはウサギにそう告げると、他の皆の方を向いて叫んだ。
「よく知りもしねー女を急に庇っちゃってどーしたんだろーなァー!!裏があんのかな?コイツも怪しくねーかァ!?」
ニラギが叫ぶと、他の皆がザワザワし出す。
すると、誰かが手を挙げて言った。
「オ…オレも…ソイツらが怪しいと思う…ぜ」
「あたしも…そんな気がする…!」
「だ…だよな!」
皆の混乱と恐怖が、少しずつ伝染していく。
まるで、グラスに水が注がれていくみたいに。
「大体、いきなり大声出しておかしーぜ!」
「きっと何か隠してんのよ!」
「このロビーに最初にいたのも、あの、泣いてる子じゃなかった…?」
「確かに…そうだったかもしれねぇ…!」
水が、少しずつグラスを満たしていく。
満杯に注がれた水は、限界まで張り詰め──
「やっぱアイツらが『まじょ』なんじゃねーの…!?」
「『まじょ』かも…」
「そうだよ……」
「『まじょ』に違いないのかも…!?」
「『まじょ』だよ!!もうそれでいいじゃんかよッ!!」
── 一気に溢れた。
こうなったらもう、止まらない。
「そうだ!!アイツが『まじょ』だ!!」
「殺された女と昼間一緒にいるのを見た!!」
「私も見たわ!!」
「誰もアリバイを証明できねーんだろ!!」
「『まじょ』に違いねぇ!!」
「『まじょ』よ!!」
「そうだそうだ!!」
「『まじょ』は1人とは限んねーぞ!!」
「庇うからには何か理由があるに違いねぇ!!」
「2人で共謀して殺したのよ!!」
「『まじょ』だ!!」
「燃やせ!!」
「死んだ女と口論してるのを見たわ!!」
「もう疑いようがねぇ!!」
「焼き殺しちまえッ!!」
他の奴等は、よってたかってアサヒとウサギをスケープゴートにした。
その様子を見て二人は呆然とし、ニラギは楽しそうに笑った。
「溢れたっ♪」
「…まさに衆愚。ここまで来ると見事だね♪我が身可愛さに、同調して
私の隣で、チシヤがポツリと呟く。
時代とか場所とか、関係ないと思うけどね。
自分が生き残る為なら、親友だろうと我が子だろうと平気な顔して見殺しにする。
そんなの、人類が文明を持つずっと前から繰り返してきた事じゃん。
「皆をわざと焚き付けて…『げぇむ』を楽しんでるの…!?あなたは、獣ですらないわ…!!」
「遅かれ早かれこうなってた。『性』だからな。人は放っときゃあ…殺し合う生き物なんだよ」
ウサギがニラギを睨むと、ニラギは笑いながら言った。
その間にも、バカが絶えず罵声を浴びせ続ける。
「殺せ!!」
「アイツらが『まじょ』だ!!」
「そうだそうだ!!」
「『まじょ』に違いねぇ!!」
「焼き殺しちまえ!!」
「燃やせ!!」
「燃やせ!!」
「燃やせ!!」
「燃やせ!!」
バカ共が、ウサギとアサヒを『まじょ』に仕立て上げる。
その様子を少し離れたところで見ていると、近くにいたミラが口を開く。
「誰しも…自分の心の中に森がある。けれど誰しもが、決してその森に入ってはいけない事をわかってる。何故なら、森の奥には狼がいるから。獰猛で血に飢えた、狼の姿をした自分自身に出会ってしまうから…けれど、あの男はここにいる全員を、いとも容易く森の中に誘い込んだ」
そう言ってミラが視線を向けた先には、楽しそうに笑うニラギがいた。
「こうでなきゃな、やっぱ『
舌を出して笑うニラギに、ウサギが軽蔑の眼差しを向ける。
もう『げぇむ』開始から10分が経ったけど、バカは未だに二人に罵声を浴びせていた。
「殺せ!!」
「そうよ!!」
「『まじょ』を殺せ!!」
「そうだそうだ!!」
「そ…そうだそうだ!!ボーシヤとクズリューを殺したのも、ソイツらに違いねぇッ!!」
バカの一人がどさくさに紛れて叫んだ、その瞬間。
さっきまで罵声に満ちていたこの場が、シンと静まり返る。
ボーシヤとクズリューは『げぇむ』で死んだ事になっていて、彼等を殺した犯人がいる事は一部の人間以外誰も知らないから、バカ共の頭には当然疑問が浮かんでいた。
「あ…れ?」
ボーシヤ殺しの件をバラしたバカは、その発言の重要性が理解できていないのか、呆気に取られた顔をしていた。
するとアグニが、バカを睨みつける。
「……今、なんつった?」
「え…と、コイツとガソリン調達の途中で偶然ボーシヤの死体を見つけて…パニックになるからって上から口止めされてて、『げぇむ』で死んだ事にしろって…あれ…?あれ?」
そう言ってバカは、近くにいたタッタを指差す。
バカの失言をきっかけに、さっきまでの熱が、急速に冷めていく。
「ボーシヤが…殺された!?」
「クズリューさんも…」
「嘘だろ…!?」
「じゃあソイツが『まじょ』なのか…!?」
「『げぇむ』と関係あるとは限らないわよ…」
「アイツらにあのボーシヤが殺られるとは思えねぇ…!」
「じゃあ一体誰なんだよ!?」
冷静さを取り戻したバカ共は、アサヒとウサギをスケープゴートにするのをやめて、顔を見合わせて話し始める。
それを見て、ニラギが舌打ちをする。
バカの失言が、逆にアイツらの頭を冷やしたわね…
あーあ、せっかくバカの醜い本性が見られると思ったの──
――ゴッ
………に?
「…?」
何の前触れもなく、鈍い音が響いた。
違和感を覚えた失言バカが、自分の後頭部を触ると、その手は赤く濡れていて…
そして、ベシャッと音を立ててうつ伏せに倒れ込んだ。
ソイツの後ろには、血で濡れたゴルフクラブを持ったラスボスが立っていた。
「まどろっ…こしい…ボーシヤ殺しが…誰だろうと知るか…『くりあ』する気が…あるのなら、手当たり次第に焼けばいい…」
ラスボスは、生気のない目で足元の死体を見下ろしながら言った。
するとニラギが、不機嫌そうに舌打ちをする。
「あーあ、やってくれたなラスボス。おかげで楽しみにしてたショーが台無しじゃねーか」
「………アグニ」
ニラギが文句を言うと、ラスボスがアグニに意見を求める。
腕を組んで仁王立ちしたまま黙り込んでいたアグニは、徐に口を開く。
「ニラギ…テメェのやり方は、いちいち悪趣味だ。ラスボスのやり方でいく。この中の誰かが、『まじょ』だってんなら、オレの仲間以外は、テメェら全員、今から『まじょ』だ!!」
アグニが言うと、武闘派連中以外は皆、喚き散らしながら一目散に逃げ出した。
クイナはいつの間にか消えたチシヤを追う形で逃げ、ウサギもアサヒとタッタを連れて逃げる。
「姐さん…姐さんッ!!」
「バカ、逃げるぞ!!」
喧騒の中で、私のファンの子達の声も聴こえた。
こんな状況でも、私を心配してくれる子がいるなんて…ちょっと感動しちゃった。
武闘派以外が逃げて、私を含む武闘派だけがメインロビーに残った。
そんな中、一人だけ逃げ出さなかった奴がいた。
元カルト派のドレッドだ。
「テメーはボーシヤ一派だったろ?早く逃げねーと真っ先に狙われるぜ?」
ニラギがドレッドに声をかけると、ドレッドは躊躇いなく答える。
「悪いが…ボーシヤにも、『ビーチ』にも、恩義を感じた事は一度もない。オレも生きる為に、アンタらと
ボーシヤに恩義が無いと言い切るドレッドに、少しだけ殺意が湧いた。
今までボーシヤの金魚のフンだったくせに、よくもまあ恥ずかしげもなくそんな口叩けたもんだわ。
…コイツ、どさくさに紛れて殺すか。
「ひゃはは!大した忠義心だな。テメェが一番怪しいんじゃねーのか?わかってると思うが…全員狩っても『げぇむ』が終わらなけりゃ、最後はオレ達で殺り合うんだぜ」
「………」
ニラギが笑っている間、私はモモカの死体に目を向けた。
私は、モモカを殺した『まじょ』が誰か、既に見当がついてる。
私がこの『げぇむ』の運営なら、『
今ここでソイツを焚べれば、すぐにでも『げぇむくりあ』できる。
だけどそれじゃダメなのよ。
あのバカ共は、ボーシヤを死なせて、私から希望を奪った。
せっかく運営がお膳立てしてくれたチャンス、みすみす逃してたまるか。
「ねぇ。誰かナイフ持ってない?」
私が声をかけると、アグニが無言で軍用ナイフを手渡してくる。
私は、失言バカの死体を起こして、頸動脈をナイフで掻っ切った。
傷口から、血が大量に噴き出る。
「おい、何してんだ…?」
「ん?血を抜いて軽くしてるの」
「そんな事して、何の意味があんだよ…」
武闘派連中は、私の行動の意図が理解できずに困惑していた。
頭の悪い質問に、頭痛がしてくる。
私は、身体が血で汚れるのも気にせずに血抜きをしながら、ため息をついて答えた。
「アンタ達、やっぱりバカね。あのね、アタシ達以外の全員を殺しても、『まじょ』が見つからないかもしれないのよ?何十人もの死体を篝火まで運ぶのは、体力的にキツイでしょ?少しは効率とか考えなさいよ」
「ハッ、効率ねぇ…」
私が説明すると、ニラギが何かを思いついたようにニヤリと笑う。
効率で言うなら、ホテルごと篝火で燃やしちゃうのが一番早いんだろうけど…
それだと、『ビーチ』が全滅しないうちに『げぇむくりあ』してしまう可能性があるから、あえて言わないでおいた。
「チッ、偉そうに……」
武闘派の下っ端の一人が、私の発言に対して不満を漏らした。
私は、懐に隠しておいたハンドガンを抜いて、ソイツに銃口を向けた。
「無駄口叩く暇あんなら、死体運んでよ。それとも今すぐ死ぬ?」
私が銃で脅すと、連中は不服そうに舌打ちをしながらも、死体を外へと運び出した。
体力のある奴が死体を運んで、それ以外のメンツは、金庫からありったけの武器を回収してきた。
当たり前だけど、失言バカを燃やしても、『げぇむくりあ』のアナウンスは流れなかった。
「何も…起こらねぇな…」
「コイツは…『まじょ』じゃなかっただけだ…金庫の銃は全部ここへ集めたか?間違ってもオレ達以外に奪われるようなヘマはするなよ。最上階からローラーをかけて1Fずつ制圧しろ!部屋のキーは接着されているから、中からの鍵はアームロックだけだ。チェーンソーでもバーナーでも使って、1人残らず引き摺り出して殺せ!!」
アグニが命令すると、連中は次々と武器を手に取った。
そんな中、下っ端の一人が、92Fを手に取りながら口を開く。
「マジに…やんのか?皆殺しなんて正気じゃねーぞ…」
「何だよ、今更ビビってんのか?」
「そうじゃねーが…仮に『げぇむ』を『くりあ』して元の世界に戻れたとしても…こんな事しちまったら…二度と元の暮らしには戻れねーんじゃ…」
下っ端がそう言いかけたその時、アグニがソイツの顔面を正面から殴った。
ソイツは、ボタボタと口や鼻から血を流して膝をつく。
「いつまで…眠ってるつもりだ…?
アグニが脅すと、ソイツは俯いて押し黙る。
するとその時、ニラギがクマダに声をかける。
「オイ、殺っちまうのは構わねーが、出来るだけホテルの外まで誘き出せ」
「何故だ?」
「オレがあそこからライフルで仕留めてやる。死体を運ぶのは重てぇだろ?なるべく火の側まで、自分の足で歩いてもらおうぜ」
ニラギは、メインロビーの屋上を指さして楽しそうに笑いながら言った。
それを聞いたクマダは、迷いながらも頷く。
「時間がねぇ、始めるぞ!!」
アグニの合図を皮切りに、武闘派連中が武器を持って他の奴等を襲い始める。
そこからは、地獄絵図と呼ぶに相応しい大虐殺が始まった。
プールサイドには、私とアグニだけが残った。
アグニが「お前も早く行け」と言わんばかりに睨みつけてくるので、私はアグニに歩み寄って話しかける。
「ねぇ…アグニ。アンタさ、『まじょ』を探す気無いよね?」
「……何が言いたい」
「心配しなくても、あんなクズ共にこの『げぇむ』は『くりあ』できっこないわよ。アンタだって、アイツらの思考停止ぶりを見たでしょ?」
私は、予備のマガジンをパーカーのポケットに詰めながら言った。
私の知ったような口ぶりに、アグニは僅かに目を見開いていた。
「
そう言って私は、ハンドガンを持ってホテルのエントランスへと向かう。
『ビーチ』の連中は、全員ぶっ殺す。
アイツらは、ボーシヤを殺して、彼から優しい世界を奪った。
こんな事したってボーシヤは生き返らないし、あの頃の日常は帰ってこない、そんな事わかってる。
もう、理想も、希望も、未来も、何も要らない。
アイツらが先に奪った、殺す理由なんてそれだけで充分。
やられたから倍返しする、それの何が悪いのよ。
この『げぇむ』を作った奴に全部見透かされてるのが癪だけど、『げぇむ』を生き延びてもどのみちいつか死ぬ運命なら、気に入らない奴を全員殺してから死んだ方がいくらかマシ。
アンタらの思惑通り、『まじょ』の
ほら、笑えよ。
お望みの展開でしょう?
◆◆◆
???side
『げぇむ』が始まってすぐ、俺達は部屋の中へと逃げ込んだ。
外は、銃声や悲鳴が響いている。
武闘派連中が、俺達を殺しにここまで来やがったんだ。
「クソッ、アイツらイカレてやがる…!」
「姐さん、どこ行っちまったのかな…無事だといいんだけど…」
ツエダさん…姐さんは無事かな。
いくらあの人でも、この混乱の中で生きているとは限らない。
生きていたとしても、危険な状況かもしれない。
そんな状況で、あの人を一人にはできない。
「オレ、姐さんを探してくる」
「は…!?無茶だよ、アイツらに見つかったら殺される!!」
俺が立ち上がってドアを開けようとすると、他の皆が止めてきた。
確かに皆の言う通りだ。
だけど俺は、姐さんの事だけは、何に代えても守りたいんだ。
「関係ねぇよ…姐さんに
俺は、この国に来るまではずっと燻っていた。
図体ばかり大きくて、口下手で、グズで、小心者だった俺は、子供の頃から馬鹿にされてきた。
中学を出てすぐに就職した整備工場でも、いつも怒られてばかりだった。
そんなだから、女の人にも相手にされなくて、親には完全に見放された。
だけど姐さんは、そんな俺を必要としてくれた。
女の人の温もりを教えてくれた。
生きる意味を与えてくれた。
強くて、綺麗で、とても心の優しい人だと思った。
できる事なら、一緒に元の世界に帰って、ちゃんと好きだと伝えたかった。
それができないなら、せめてツエダさんだけでも元の世界に帰したい。
あの人は、俺にとって希望なんだ。
俺は意を決して、姐さんを探しに部屋の外に飛び出した。
他の皆も、俺に続けて部屋の外に出た。
下の階に降りると、階段のすぐ近くに姐さんがいた。
「姐さん!!」
…よかった。
俺の光は無事だ。
「アナタ達…」
「よかった、無事で…!」
姐さんは、血で汚れていたけど怪我はしていなかった。
一人で武闘派から逃げてきたのか…
俺があの時、姐さんをロビーに置いて行ったりしなければ…
「姐さん、ごめんなさい…オレ、あの時……!」
「いいのよ。そりゃあ誰だって、自分の命が惜しいもの」
俺が謝ると、姐さんは笑って許してくれた。
もう二度と、姐さんを一人にはしない。
俺が姐さんを、元の世界に帰すんだ。
「とにかく、すぐにどこかに隠れて作戦を考えましょう。冷静に話し合えば、『まじょ』が見つかるはずです。姐さんの事は、オレが守りますから」
俺は、姐さんの手を引いてすぐにその場を離れようとした。
だけど姐さんは、俺の手を振り払って口を開く。
「残念だけど、それは無理よ。だってアタシ、『げぇむくりあ』する気なんてないんだもの」
「え…?」
姐さんは、赤いリップを引いた唇で弧を描いて笑った。
その表情は、色っぽくて、どこか不気味だった。
姐さんは、そのまま踵を返して階段を駆け登った。
「あっ、姐さん!!」
俺達が姐さんを追いかけて階段を登った、その瞬間。
武闘派が降りてきて、銃を構えた。
一瞬光が見えて、すぐに視界が歪んだ。
薄れていく意識の中、銃を持った武闘派の後ろに、俺が一生守ると決めた人の姿が見えた。
姐…さ……
◆◆◆
ツエダside
自分を囮にしてファンの子達を逃げ場のない階段に誘き寄せた私は、銃を持った下っ端に続きを任せて、5階にまだ生き残りがいないか探す事にした。
そんな中、サブマシンガンで撃たれた男子が目に留まる。
彼は、私が初めて『ビーチ』に連れてきた整備士だった。
彼のおかげで、この国でも車が使えるようになった。
何回かヤッたくらいで、バカ犬みたいに尻尾振ってどこまでもついてきて、私の言う事は何でも聞いてくれた。
「バカね…アタシが武闘派とすれ違った時点で、奴等に寝返ったって事くらい、少し考えればわかるじゃない」
私は、階段に倒れている彼が死んでいると思って、彼を見下しながら口を開いた。
すると彼は、指先をぴくりと動かし、掠れた声で何かを言った。
驚いたわ。銃で撃たれたのに、生きてたのね。
もう虫の息でしょうけど。
「いいこと、ボウヤ。冥土の土産に教えてあげる。優しくしてくれる人が、必ずしも優しいとは限らないのよ」
優しく見せて利用したいだけかもしれないし、見返りが欲しくて恩を売りつけただけかもしれない。
次からは、私みたいな女に引っかからないように、賢く生きる事ね。
…って、もう次なんて無いか。
◇◇◇
5階に上がった私は、銃を構えて生き残りを探した。
するとだ。
「ひいいっ!!」
銃を持った私に気づいたタッタが、部屋の中に逃げ込んだ。
昨日まであんなに私を慕ってくれてたのに、ちょっと男を鞘替えしたくらいで随分と嫌われたものだわ。
なんて考えつつ、部屋のドアを開けると、部屋の窓が割れていた。
殺されるのが嫌になって飛び降りた……いや、違う。
だったら、誘き寄せられた私を後ろから突き落として殺すつもり?
…舐めた事考えてくれるじゃない。
後ろを警戒して飛び退こうとしたその瞬間、窓から勢いよく何かが飛んできた。
ウサギが飛び蹴りしてくるのがスローモーションで見えたので、私は咄嗟に腕でガードした。
……
なかなかイカレてるね。
「っ、ツエダ!?」
飛び蹴りを喰らわせたウサギは、罠にかかったのが私だとは思っていなかったのか、私を見るなり驚いていた。
ウサギの蹴りをガードした私の腕は赤くなっていて、ジンジン痛んだ。
いったた、これ腕折れてないよね?
なんて考えていると、アサヒが物陰から飛び出してきて、私がガードの時に投げ捨てた銃を拾った。
あ、しまった。
銃奪られちゃった。
ウサギ、タッタ、アサヒの三人は、私を警戒しながら歩み寄り、アサヒは私が余計な真似をしないように銃を突きつけた。
私は、両手を挙げてすぐに降参した。
私は別に殺し合ってもいいんだけど、三人とも私を殺すつもりはないみたいだし、無駄なエネルギー使わずに済むならそっちの方が良い。
まあ銃を奪ったくらいで、2ヶ月くらいこの国で生きてきた私に勝てるとは思えないけどね。
「アリスはどこ!!」
「……知ってどうするの?」
「答えて!!」
ウサギは、私を睨みつけながら尋ねた。
イライラしているのは、単純にアリスを早く助けたいからっていうのもあるだろうけど、私がアリスを売って武闘派に寝返った事を恨んでいるのでしょうね。
まあ裏切ったのは事実だし、しょうがないか。
「4階のどこかよ。何号室かは忘れちゃった」
私は、ヘラヘラ笑いながらも、本当の事を教えた。
私の言葉が本当だと判断したのか、アサヒは銃を下ろした。
ウサギは、私には何もせずに部屋のドアへと駆け出した。
「殺さないの?」
「あなた達と同じ土俵には上がらない」
ウサギは、私の方を向いてそう言い放つと、アリスを探しに走り出した。
他の二人も、ウサギを追って部屋の外へと飛び出した。
…………あれっ?
私、なんで素直に答えちゃったんだろう。
…まあいっか、残り時間はもうすぐ半分を切る。
どうせ今更アリスを助けたところで、どうにもならないでしょ。
私は、部屋に置かれていた双眼鏡を覗き込んで、割れた窓から外を眺めた。
プールサイドでは、武闘派連中がせっせと死体を篝火に放り込んでいた。
それを見て、私は少し安心した。
あの様子じゃ、絶対に時間内に『げぇむくりあ』できない。
『ビーチ』で唯一『まじょ』の正体を知っている私が、アンタ達を殺す為に安全地帯で高みの見物してるとも知らずに。
無駄な努力、ご苦労様♪
「なぁんか、やる事なくて暇だわぁ」
なんて呟きながら、キャメルを吸う。
今から残ってる奴を殺しに行っても、意味ないのよね。
1時間殺し回っても死なない奴は、これ以上必死こいて追い回しても時間内に殺せない。
下手したら今みたいに返り討ちに遭うリスクすらあるし。
だったら、ここで大人しくしといた方が得策。
でもここでじっとしてるってのも、性に合わない。
私、退屈って大嫌いなのよね。
暇だし、ちょっかいをかける相手を探しましょっと。
外を双眼鏡で観察していると、テニスコートからホテルへと向かう人影が見えた。
あれは…アンとクイナ…?
なんで一緒に行動してんの?
というか、何してんの?
……まさか、事件現場から証拠を集めて、平和的に『まじょ』を探そうとしてる?
あり得ない話じゃない。
アンは元の世界で鑑識をやっていたし、クイナの性格を考えれば、平和的解決をしようとしている人についていくはず。
どうする?アグニに
もしアンとクイナが平和的に『まじょ』を探す気なら、『げぇむくりあ』の確率は1%でも下げておくべき。
私はパーカーのポケットからトランシーバーを取り出して、アン達の居場所をアグニに知らせようとした。
するとその時、私の視界に人の形をした光が映り込む。
そこに立っていたのは、かつて私の人生を滅茶苦茶にしたクソ野郎だった。
あーマジクソムカつく。なんでいんだよ、お前。
こんなとこにまで、私を邪魔しに来たのか?
そんなに、アンタを裏切って逃げた私が憎いのね。
でもね、元はと言えば、金欲しさに私を巻き込んだアンタが悪いのよ。
私も、アンタの事なんか大嫌い。
「クソッ」
私は、手に持ったトランシーバーを窓の外に投げ捨てた。
あー、やめだやめ。
バカバカしい。
そもそもアン達が平和的に『げぇむくりあ』しようとしてるっていうのだって、私の妄想じゃない。
くだらない妄想にマジになっちゃって、バカみたい。
こうしている間にも、ホテル中から悲鳴が聴こえてくる。
私は、篝火に死体を放り込む武闘派連中を眺めながら、ポツリと呟く。
「うすら寒い…」
無意識のうちにアリスと同じ事を呟いた、その時。
逃げた奴等をメインロビーの屋根で狙い撃っているニラギのもとへ、チシヤが歩み寄っているのを見つけた。
「さて…と」
私は、いつの間にかフィルターだけになったタバコを投げ捨て、新しいタバコに火をつけてメインロビーの屋根へと向かった。
『今際の国』に来てから、碌な事がない。
ボーシヤはおかしくなるし、『ビーチ』の連中はバカだし、クソ野郎の幻覚は邪魔してくるしよ。
飄々とした態度で苛立ちを誤魔化してきたけど、もう限界。
このストレスを手放さないと、私までおかしくなりそう。
ちょっくらストレス発散でもしてきますか。
げぇむ 『まじょがり』
難易度 『
残り時間28分
生存者 33/66名
♡10でアリスを活躍させるためには、主人公を都合よく無能化せざるを得ないんですよね。
でも都合よく無能になる主人公とか書きたくなかったので、『主人公が有能な事』と『♡10の殺戮をアリスが止める事』を両立させるために、ボーシヤの弔いの為に殺戮に加担したと見せかけて結局自分の事しか考えてないクズ、という要素を盛り込みました。