Duchess in Borderland   作:M.T.

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今回は、オリ主が絡まないところは端折ります。
原作読めばわかる事なので。


はあとのじゅう(2)

チシヤside

 

 俺はニラギを殺るために、メインロビーの屋根に立って彼に近づいた。

 するとニラギは、俺の方を向いてニヤリと笑う。

 

「オレを…殺るだァ?お前はもう少し利口な奴だと思ってたんだけどな」

 

「実のところ、今日は1日…嫌な事がありすぎてね…流石のオレも、少々…苛立ちを隠せない♪ところで…狙撃銃の射程ってのはどれくらいのものなんだろうか?1kmとか?至近距離だと逆に狙い辛かったりするものなのかな?」

 

「試した事はねーが…弾の初速は毎秒1000m近い…避けられるなんて思わねー事だ」

 

「そう♪どっちにしろオレは、()()()()()()近づかないとね」

 

 そう言って俺は、ニラギに向かって全速力で走り出した。

 それとほぼ同時に、彼は俺にライフルの銃口を向けてくる。

 ニラギが引き金を引こうとした、その瞬間。

 

 

 

 ――バッ

 

 

 

「………!!?」

 

 俺は盗んだトランプを、宙へ放り投げた。

 

「ト…トランプ…!?テメェ…まさか…オレ達の金庫から…!?いつの間に…どうやって…!?」

 

 ニラギはトランプに気を取られ、ライフルで俺を撃つのも忘れて見上げていた。

 今がチャンスだ♪

 

「…な!?」

 

 俺は懐に入れた得物を、ニラギに向ける。

 

「なん…だよ?何なんだよそりゃァァ!?」

 

「お手製、火炎放射器♪」

 

 水鉄砲にオイルを入れて、先端にライターをつけた火炎放射器。

 俺は引き金を引いて、オイルをニラギ目掛けて噴射した。

 するとライターの火がオイルに燃え移り、ニラギに引火する。

 

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 火だるまになったニラギは、叫び声を上げながらのたうち回り、屋根から飛び降りた。

 そしてそのまま、真下にあったプールに落ちた。

 

「…アメリカの偉い、教育者が言ってたっけ…『暴力から希望は生まれない。絶望が一時的に紛れるだけである』。確かに…憂さ晴らし程度にしかならないね…」

 

 俺はニラギが落ちていったプールを眺めながら、ポツリと呟いた。

 するとその時、後ろから足音が聴こえてくる。

 

「一足、遅かったみたいね…」

 

 振り向くと、俺の後ろにはツエダが立っていた。

 そういえば、彼女もいたんだった。

 さっきまで、ニラギの次に殺ろうと思っていた女だ。

 

「せっかくアンタ達と殺り合ってストレス発散しようと思ったのに…どうする?残った2人で第2ラウンドやる?」

 

 そう言ってツエダが、ハンドガンを構える。

 彼女は殺る気満々のようだが、生憎俺はもう手持ちがない。

 それに、なんかもうそういう気分じゃなくなっちゃった。

 

「…やめておくよ。生憎、今はそういう気分じゃなくてね…」

 

「あっそ」

 

 俺が言うと、ツエダは少し不貞腐れた様子で銃を懐にしまう。

 

「一応聞いておくけど…アンタは『まじょ』なのかい?」

 

「ええ、そうよ」

 

 俺が尋ねると、ツエダは何の躊躇いもなく即答する。

 予想外の返答に、俺が僅かに目を見開くと、ツエダはニヤリと笑う。

 

「アタシがモモカを殺した『まじょ』よ。これでもまだ、アタシを殺る気にならない?」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

ツエダside

 

 私は、チシヤの前で自分が『まじょ』だと断言した。

 するとチシヤは、ふいっと私から顔を逸らして口を開く。

 

「…くだらない嘘つくのやめてもらえる?オレは今、気が立ってるんだ。主にアンタのせいでね」

 

「えへへ、バレた♡」

 

 あーあ、バレちゃしょうがない。

 彼が私の嘘をちょっとでも信じて殺る気になる展開、ちょっと期待したんだけどな。

 

「でも、『げぇむ』と無関係ってわけでもなさそうだけど」

 

 そう言ってチシヤは、私をチラッと見る。

 そして深くため息をついてから、うんざりした様子で口を開いた。

 

「…もっと早く気づくべきだったよ。アンタ、はじめからトランプを集めてこの国から出る気なんて無かったんだろ?」

 

「どうしてそう思うの?」

 

「ずっと引っかかってたんだ。アンタがトランプに全然興味なさそうだった事。アンタ程の策略家が、何の見返りも求めずにオレにトランプを盗ませて逃がすなんて、怪しいと思ったんだよね。でもアンタがもし『げぇむ』の主催者だったとしたら、全ての辻褄が合うんだ。アンタは、このタイミングで、この場所で、記念すべき最後の『げぇむ』を開催する為に、わざとトランプをオレ達に集めさせた。武闘派は、『げぇむ』を難解にする為にアンタが焚きつけたんだろ?違うかい?」

 

 チシヤは、私がこの『げぇむ』の主催者だという考察をした。

 ……主催者、ねぇ。

 随分とよくできた推理だこと。

 

「ハッ、アタシがこの『げぇむ』の主催者?面白い考えね」

 

 本当に彼の推理通りなら、どんなに良かったか。

 私は、タバコの煙をフゥッと吐いてから答えた。

 

「残念だけど不正解。アタシは主催者でもなんでもない。アンタ達と同じ、『げぇむ』に巻き込まれただけの、ただの女よ。この『げぇむ』を利用しようとしたのは、事実だけれど」

 

 私は、この際彼に全部打ち明ける事にした。

 『ビーチ』を壊せるなら、その後の事なんて知ったこっちゃないって思ってたけど、死ぬ前に少しはスッキリしたかった。

 

「今まで、くだらない嘘ばっかりついてきたけど…最期くらいは正直でいようと思う。アタシはね、ずっと、『ビーチ』を壊したかったの」

 

 そう言って私は、屋根の縁に腰掛けたチシヤの隣に座る。

 

「『ビーチ』はね、皆に希望を与える為に、ボーシヤとアグニが人を募って作ったのが始まりなの。アタシも、最初のメンバーの1人だったわ。あの頃は、くだらない『答え』も、物騒なルールも無くて、ただ普通に毎日バカ騒ぎして過ごしてただけだった。元の世界に戻る方法なんて無いのかもしれないけど、そんなのどうでも良かった。少なくともあの頃は、帰る場所があったから。でもね、おかしくなったの」

 

 私がそう言うと、チシヤが私の方を見る。

 私が側から見たら理解し難い奇行に走った理由を、ポツリポツリと彼に語る。

 

「後から『ビーチ』に来た連中が、住まわせてもらってる立場だって事も忘れて好き勝手したせいで、『ビーチ』はどんどん治安が悪くなっていったわ。だからボーシヤは、『トランプを全種類集めれば元の世界に戻れる』なんて嘘をついて、『ビーチ』の皆を纏め上げたの。だけど『ビーチ』の王としての重圧と、『今際の国』の絶望は、到底彼一人で背負い切れるものじゃなかった。彼はこの国で絶望と戦っているうちに、壊れてしまったのよ」

 

「だからオレにトランプを盗ませて、『ビーチ』を壊そうとしたわけか…守るものがなくなれば、ボーシヤが正気に戻るとでも考えた?それとも、彼があのまま絶望に苦しみ続けるくらいなら、いっその事全部ぶっ壊して楽にしてやろうとでも?」

 

「さぁねぇ。もう全部どうでも良くなっちゃった。ボーシヤは殺されるし、『ビーチ』の連中はバカだし…もうね、ここの奴等を生かしたい理由がどこにも無いの。アタシも含めて」

 

「ボーシヤの死は、アンタが仕組んだ事じゃなかったんだ」

 

「ええ。誰が殺したのかは知らないし、今となってはもうどうでもいい。どのみち『げぇむおおばぁ』になったら、全員死ぬしね」

 

 チシヤには、誰が殺したのか知らないと言ったけど、ボーシヤを殺した犯人が誰かは見当がついてる。

 ボーシヤを殺したのは、アグニだ。

 ボーシヤが殺された日の彼の目が、全てを物語っていた。

 親友を殺す事でしか暴走を止められなかった、自己嫌悪、自暴自棄。

 彼は、『げぇむ』に乗じて『まじょ』の守護者(ガーディアン)に徹し、ボーシヤをおかしくした『ビーチ』と心中しようとした。

 そうする事でしか、親友を手にかけた自分への怒りを手放せなかった。

 

 私は、アグニが間違ってるとは思わない。

 だからこそ、武闘派の殺戮に加担した。

 敵は殺す。

 私の仲間(ボーシヤ)を殺した奴は、全員私の敵だ。

 

「最初から、オレを殺すつもりだったんだね」

 

「……ごめんね」

 

 軽蔑の眼差しを向けてくるチシヤに、私は謝る事しかできなかった。

 彼に対して、申し訳ないと思っているのは本心だ。

 彼は、ボーシヤをおかしくした『ビーチ』の連中とは違う。

 彼をここに連れて来たのは私だ。

 それでも、だから殺しちゃいけない、なんて判断ができるほど、今の私は冷静じゃない。

 

「つくづく、理解に苦しむよ。何がアンタをそうさせたのか」

 

 チシヤは、ぼんやりと夜空を眺めながらポツリと呟く。

 ついさっきクイナが言った言葉を、自分が言う羽目になるなんてね。

 なんて思いつつ、タバコの煙を吐きながらチシヤに言い放つ。

 

「そんなだから、こんな女に引っかかったんじゃない?」

 

「……そうかもね」

 

 私が言うと、チシヤは眉間に皺を寄せて答える。

 ある意味一番可哀想なのは、このボウヤとクイナかもね。

 私の言う事を聞いてホイホイこんなところまでついて来たりしなければ、二人は長生きできた。

 彼ほど頭の切れる人間なら、私がトランプに興味ない事くらい、すぐに見抜けたはずなのに。

 何でもかんでもわかった気になって人を見下してばかりいるから、私の真意を見抜けなかった。

 賢ぶってるアンタには、バカの考える事なんてわからないわよ。

 

 なんて考えていると、後ろからザッと足音が聴こえてくる。

 振り向くと、私達の後ろにはミラが立っていた。

 

「拾わなくていいの?大事なトランプ。『ビーチ』を出し抜いて金庫のトランプを持ち出そうとして、すんでのところで『げぇむ』に巻き込まれた…概ねこんなところかしら?」

 

 ミラが私達の隣に立って尋ねると、チシヤは落ちていたトランプを一枚拾って眺めながら答えた。

 

「もう、いいんだ…トランプを集めても意味がないって、わかったから」

 

「それはそうと、残り時間は10分よ。最後の悪あがき、しなくていいの?」

 

「今回は、『彼』に任せるよ。やっぱどうしても『(はあと)』は、性に合わなくてね…人の心なんて、理解したくもない」

 

 彼……きっとアリス君の事ね。

 ウサギちゃんは、アリス君を助けられたのかしら?

 まあ、助けたところで今更アグニを止められるとは思えないけど。

 そう思っていると、ミラが私に話しかける。

 

「あなたは、邪魔しに行かなくていいの?あなたが気にかけてた彼、この『げぇむ』を終わらせようとしてるみたいだけど」

 

「…いいのよ。アタシが直接何かしなくたって、どうせ『くりあ』なんてできっこないわ」

 

 私は、野外ステージの篝火を見下ろしながら口を開く。

 する為ミラは、スッと目を細めて微笑む。

 

「そう…だったら、ゲームでもしない?」

 

「ゲーム?」

 

「この『げぇむ』を『くりあ』できたら彼の勝ち。『くりあ』できなかったらあなたの勝ち。やる?」

 

「…それ、アタシが負けたらどうなんの?」

 

「そうねぇ…負けた方には、それ相応の罰ゲームが必要よね。あなたが負けたら、『ビーチ』と心中しようとした罪を、背負って生きていくっていうのはどう?」

 

 その言葉に、私は思わず僅かに目を見開いてミラを見上げる。

 するとミラは、クスッと笑って言い放つ。

 

「今のあなたには、一番重い罰でしょ?」

 

 ミラはよりにもよって、一番嫌な罰ゲームを提案してきた。

 死にたくない皆が負けたら死んで、生きる理由がない私が負けたら一生背負って生きていく。

 負けた方が、一番重い罰を負う…か。

 面白い賭けね。

 私は、タバコの煙をフゥッと吐いてから口を開く。

 

「………いいわよ。そのゲーム、乗るわ」

 

 私は、この『げぇむ』がどうなるかを賭ける事にした。

 フィルターだけになったタバコを捨て、懐からタバコの箱を取り出す。

 箱の中に残っていたのが、ちょうど最後の一本だった。

 これが最期の一本か……

 そう考えつつ、新しいタバコを咥えて火をつけた、その時。

 ピィン、と赤いレーザーがホテルを貫いた。

 

「レーザー…?『びざ』が切れてもいないはずなのになんで…」

 

 そう言いつつ振り向くと、いつの間にかミラがいなくなっていた。

 …あら。もう行っちゃった。

 そして私の隣に座っていたチシヤも、すっくと立ち上がって移動を始める。

 

「さて…オレもそろそろ行かないと」

 

「そうね」

 

 私とチシヤは、『げぇむ』の結末を見届けに、メインロビーの屋上を後にした。

 メインロビーで待ち伏せしているであろうアグニに見つからないように裏口から外に出て、外からぐるっと回り込む。

 その途中、チシヤが私に尋ねる。

 

「ところでさ、アンタは『まじょ』が誰だかわかってるのかな」

 

「ええ。『まじょ』はおそらく、殺されたモモカ自身よ」

 

 私がそう言うと、チシヤは私の方を見る。

 馬鹿な、とでも言いたげな表情だ。

 

「多分だけど…モモカは、運営側の人間だったのよ。そして今回の『げぇむ』で白羽の矢が立って、『まじょ』として自殺する役を負わされた。最後の1人になるまで殺し合っても『げぇむ』が終わらず、『げぇむおおばぁ』。本当は、誰一人死ななくていい解決法があったはずなのに。アンタ達にとっては、それが一番嫌な結末でしょ?アタシが主催者なら、この『げぇむ』はそう作るわ」

 

「自殺…か」

 

 私が言うと、チシヤはどこか怪訝そうな表情を浮かべる。

 なんで『げぇむ』の為に自殺なんかしたのか、腑に落ちないのはそこでしょうね。

 だけどモモカが『まじょ』役をやる理由なら、無いわけじゃない。

 彼女と仲が良かったアサヒだ。

 多分アサヒとモモカは、この『げぇむ』の主催者に命を握られていたのだろう。

 自殺しないとアサヒが死ぬと脅されて『まじょ』をやらされたのか、それとも彼女を守る為に自ら『まじょ』役を志願したのかはわからない。

 自分でも信じられないけど、おそらくこれがこの『げぇむ』の真相。

 

「尚更、理解できそうにないな…♪人間ってやつは」

 

「そう?」

 

 チシヤが眉間に皺を寄せながら言うので、私は肩を竦めた。

 そのまま二人でメインロビーに向かおうとした、その時。

 どこからか、ヒュッと炎が飛んでくる。

 何事かと思っている間にも炎は、次から次へと、ホテル目掛けて飛んでいく。

 炎が飛んできた方を見ると、篝火が設置された野外ステージに、誰かが立っていた。

 

「ひゃは…ひゃは…ひゃはは!!なァーんで思いつかなかったんだろうなァ…!!裁きの『ごうか』で浄化しろってんなら…はじめからこの篝火の炎で、『ビーチ』ごと全員焼き殺しゃあ済む話じゃねーかよォ…!!」

 

 見ると、全身をボロボロに火傷し、顔に黒いボロ布を巻いた男が、高笑いしながら篝火の中に手を突っ込んでいた。

 言うまでもない、ニラギだ。

 生きてたのか……

 ニラギは、篝火の炎で自分の手が焼けるのもお構いなしに、火のついた木の棒を持っては次々とホテルへ放り投げる。

 

「なぁんだ…彼、生きてたんだ♪」

 

「アホ」

 

 私は、他人事のように言うチシヤを睨みながら舌打ちした。

 元はと言えば、アンタがニラギを仕留め損ねたせいでしょ。

 別に『ビーチ』はどうなろうと知ったこっちゃないけど、モモカが燃えて『げぇむくりあ』しちゃったらどうすんのよ。

 せっかくの賭けが台無しじゃない。

 なんて思っていると、ホテルの中に残っていた生き残りが、ゾロゾロとホテルから出てきた。

 その中には、アリスとウサギ、アンとマヒル、そしてモモカを抱えたリーゼントの男の姿もあった。

 

 アグニが止めないって事は…

 ……やっぱりアグニ、絆されちゃったんだ。

 ボーシヤを狂わせた『ビーチ』を壊すんじゃなかったの?

 

 あーあ、あとちょっとだったのになぁ…

 …いえ、アグニ一人だけを責めるのはお門違いね。

 思えば、私にも原因があった。

 

 なんで、素直にアリスの居場所をウサギに教えちゃったんだろう。

 そもそも…なんで、囮にしたあの時に殺しておかなかったんだろう。

 どっちにしろ、アリスを見縊って殺さなかった私の負け。

 

 リーゼントのお兄さんは、意を決してモモカの遺体を篝火の中に放り込む。

 すると、その直後。

 

《……ガガッ…『こんぐらちゅれいしょん』…ガガ…ガ…『げぇむくりあ』。『げぇむくりあ』。『げぇむくりあ』》

 

 どこからか、『げぇむくりあ』を知らせるアナウンスが鳴る。

 何よ…私は、今日死ぬつもりでいたのよ。

 なのに…どうしてくれんのよ。

 よりによって私が、生き残っちゃったじゃない。

 

「あーあ…負けちゃった」

 

 私は、目の前に広がる炎を見ながらポツリと呟いた。

 思い返してみれば…この国で色んな事をしたなぁ。

 一緒に命懸けの『げぇむ』を乗り越えたり、プールサイドで焼肉やったり、皆で持ち寄った服でファッションショーしたり…

 

 目を瞑れば、浮かんでくるのは、美しかった思い出ばかり。

 最初の8人で過ごしたあの頃が、一番楽しかった。

 元の世界に帰る方法なんて無くても、別に良かった。

 あの頃は、『げぇむ』さえも楽しいと思えたから。

 何の偽りもない楽しい時間だけが、私にとっては本物の希望だった。

 ずっとあのままやっていけると思ってたんだけどな…

 

 

 

 ――はい、これアンタにあげる。

 

 ふと、『今際の国』に来たばかりの頃に皆でパーティーをやった時、ボーシヤにお酒をプレゼントした事を思い出した。

 私が見つけてきてプレゼントしたウイスキーのボトルを見て、彼は大喜びしていた。

 

 ――ありがとな!けど、なんでお前がオレの好きな酒知ってんだべ?

 

 私がプレゼントしたお酒は、偶然にも彼のお気に入りだった。

 別に、知っていたわけじゃない。

 私がプレゼントしたのは、かつて私が本気で好きになった人が、「オレのお気に入り」と語っていたお酒だった。

 なんでそのお酒をプレゼントしたのかと言われれば、特に理由は思いつかなかった。

 今思えば、無意識のうちにボーシヤに、彼によく似た想い人を重ねていたのかもしれない。

 

 ――ウフフ♪アタシ、実はエスパーなの。人の心が読めるのよ♪

 

 そんな冗談を言ったのも、特に理由はなかった。

 多分、ちょっとした悪戯心だったんだと思う。

 

 

 

 ――あっ、ああっ!!あ、あ、あぁんっ!!

 

 ボーシヤが殺された日の前日、私は彼の寝室に呼ばれて一夜を共にした。

 彼は出国する為に私の幸運にあやかりたいって言ってたけど、そんなのは本心じゃなかった。

 快楽に溺れながらも、あの時、私は見てしまった。

 彼が一瞬だけ、正気だった頃の優しい目に戻ったのを。

 

 ――やっぱり…嘘だったんだな。人の心が読めるなんて。

 

 彼が悲しそうな顔で言った言葉に、私はハッとした。

 私が何気なく言った冗談を、彼は死ぬ間際まで覚えていた。

 

 アイツは、最初からわかってた。

 もう死ぬ事でしか止まれないって。

 他の誰でもない、アグニに殺してもらうつもりだったんだ。

 

 私は、何も知らないくせに、ただ自分が気に入らないからって『ビーチ』をぶっ壊そうとしてた。

 かつて私を救ってくれたボーシヤがいない『ビーチ』(ニセモノ)になんか、何の価値もない。

 だからぶっ壊したくて仕方なかった。

 ボーシヤを救う為ですらない、ただの自己満足。

 

 私には、『ビーチ』の連中を見下す資格すらない。

 ボーシヤが与えてくれた希望に縋って、彼を対等な人間として見ていなかったのは、私も同じだから。

 

 

 

 元の世界でもそうだった。

 サムはずっと、私を守ってくれていた。

 彼と一緒に開発していたAIプログラムが完成した時は、まるで彼との子供ができたみたいに嬉しかった。

 それは画期的な研究だったようで、金の亡者が、私の研究を巡って我先にと利権を争い始めた。

 サムはずっと、私を買収しようとしていた連中と戦っていた。

 ウジ虫のように次から次へと湧いて出る奴等と戦っているうちに、彼の人格は歪んでいった。

 きっと、バケモノと戦い続けるには、自分もバケモノになるしかなかったんだと思う。

 私の研究が世に認められるほど歪んでいく彼に嫌気が差した私は、彼を裏切って、研究を中断して逃げた。

 

 彼はわかってた。

 ずっと側で支えてきた私に裏切られる事でしか、止まれないって事を。

 

 彼は、私の頭脳を狙っていた組織の人間に殺された。

 彼は私の事を、最期まで守ってくれていた。

 

 私は彼の事を、何もわかっていなかった。

 勝手に持ち上げて、背負わせて、最後には死なせた。

 あろう事か、見たくない現実から目を背けて、自分の不幸を全部彼のせいにした。

 あの頃から、私は何も学んでいない。

 私が生き抜いたところで、何になるって言うんだか…

 

 なんて考えていると、柔らかくて温かい何かがふわっと頬に触れた。

 ふと顔を上げると、ぼんやりと炎の光とは違う光が視界に映り込む。

 そこには、ボーシヤ……いや、私がかつての世界で裏切った人が立っていた。

 

 

 

「……なんでここにいんだよ、オマエ」

 

 私は、目の前にいるサムを睨みつけて悪態をついた。

 さっきアンとクイナをアグニに突き出そうとした時、邪魔してきたのがコイツだ。

 この期に及んで、賭けに負けた私に嫌味でも言いに来たか。

 

「オマエこそ、何だそのツラ。いつものふてぶてしい態度はどうした?」

 

 サムは、私を見下ろしてカカッと笑う。

 この笑い方も、ボーシヤとそっくり。

 こんな時に彼の幻覚が出てきたのも、私への罰…なのかしらね。

 

「まったく、いい気味だぜ。クズを大勢踏み台にした結果がこれか?オマエのせいで、一体何人が死んだと思ってんだか……マジで()()だな、オマエ」

 

「…だったら、アタシにどうしろっていうのよ。一生謝り続ければいいわけ?」

 

 サムが笑いながら皮肉を言ってくるので、私はヤケクソ気味に尋ねる。

 謝っても許してもらえない事くらい、わかってる。

 というか、もうどうでもいい。この先の事なんて…

 そう思っていると、サムが私の頭に握り拳を置いた。

 

「アホか。残りの命を、最期の一秒まで使い切れっつってんだよ。死んだ奴に詫びて許しを乞おうなんざ100年早え。オマエが巻き込んだ奴等の命を無駄にしてんじゃねぇよ」

 

 サムは、いつになく真剣な表情を浮かべて言った。

 彼の眼は、私が憧れていた頃のサムの眼そのものだった。

 

「…アンタも、ひどい事言うわね」

 

「そうかぁ?今もオレには、オマエが生きたいって叫んでるように見えるけどな」

 

「アンタが邪魔してきたくせに」

 

「カカカ、何言ってんだか。オレは何もしちゃいねぇよ」

 

 私が唇を尖らせると、サムは豪快に笑った。

 彼は優しく微笑むと、私の頭をクシャッと撫でた。

 

「ごめんな、千寿。ダチなのに、ひでぇ事言って悪かった」

 

 そう言い残すとサムは、踵を返して『ビーチ』の方へと歩いていく。

 ハッとして、彼を追いかけて前に飛び出す。

 するとサムは、顔だけ私の方を振り向いて口を開く。

 

「じゃあな。今こっち来たらぶっ飛ばす」

 

 そう言ってサムは、炎の中へと消えていった。

 私がぼんやりと炎に包まれた『ビーチ』を眺めていると、チシヤが話しかけてくる。

 

「この期に及んでもまだ、死にに行くつもりだった?」

 

「…まさか。アタシが賭けに負けたら背負って生きていく、そういうルールだもの」

 

 チシヤがそう尋ねるので、私は首をふるふると横に振った。

 今でも、死んだ方がマシだと思ってる。

 でも賭けに負けたら背負って生きるって、ミラと約束しちゃったしなぁ。

 それにアイツにも、今あっちに行ったらぶっ飛ばすって言われちゃったし。

 

 

 

「『ビーチ』が…オレ達の…『桃源郷(ユートピア)』が…」

 

 『げぇむ』を『くりあ』した私達は、離れた場所から『ビーチ』を眺めた。

 希望を奪われた『ビーチ』の連中は、立ち尽くしたまま泣いていた。

 

 私はタバコを吸おうと、パーカーの内ポケットを弄る。

 ポケットからは、キャメルの黄色い空箱が出てきた。

 

 …あ、そっか。

 さっき吸ってたのが最後の一本だった。

 くそ、ホテルからパクっときゃよかったな…

 私が自分の計画性の無さに少しばかりうんざりしていると、チシヤがクイナに話しかける。

 

「やぁ♪ひどい様だね。けどまあ、無事で何より♪」

 

「去んでくれへんか…?今アンタの顔見たら、手ェ出してしまいそうやさかい…」

 

 チシヤが話しかけると、クイナは彼に背を向けたまま鬱陶しそうに口を開く。

 トランプ奪還作戦の時にあわよくば自分を囮にしようとして、しかも『まじょがり』の時に自分を置いて逃げた事を恨んでいるのだろうか。

 

「そう邪険にしないでくれないか?こう見えてオレも…流石に今回の『げぇむ』には…辟易してるんだ……『桃源郷(ユートピア)』の、語源を知ってるかい…?イギリスの思想家トマス・モアが、皮肉を込めて作った言葉さ。ギリシャ語で、意味は……『どこにもない場所』。これで良かったのさ…楽園なんて…人の手で創ろうとするものじゃない…」

 

 『ビーチ』を眺めながらそう語るチシヤは、不機嫌そうに眉間に皺を寄せていた。

 ……あーあ。帰る家なくなっちゃったな。

 せっかく頑張ってインフラ整えたのに…また野宿に逆戻りか。

 とりあえず、寝るとこ探さないとな。

 なんて考えながら、ふと横を見るとだ。

 

「チシヤ…アイツ…まだ『ビーチ』にいたのか…」

 

「ツエダ…!」

 

 ちょうど、遠くにいたアリスとウサギの二人と目が合った。

 ウサギは、私とチシヤをキッと睨みつけて早歩きでこっちへ向かってくる。

 

「アリス…ちょっとここで待ってて!」

 

「ウサギ…?」

 

「アイツらを一発、ブン殴らないと気が済まない…!!」

 

 そう言ってウサギは、私達に殴りかかろうとした。

 アリスを囮にした上に、私に至ってはアリスを拘束したし、当然か。

 なんて考えていると、アリスが後ろからウサギを抱きしめた。

 お人好しだねぇ…

 ……ま、生きてりゃなんでもいいか。

 

 

 

 ───今際の国滞在57日目

 

 残り滞在可能日数 

 

 潰田千寿 44日

 

 

 

 

 

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