Duchess in Borderland   作:M.T.

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だいやのくいいん(2)

 『げぇむ』  『とらいある』

 難易度    『♢Q(だいやのくいいん)

 エントリー数 5名+『♢Q(だいやのくいいん)

 制限時間   なし

 

 『るうる』

 『ぷれいやぁ』が1人1回ずつ『♢Q(だいやのくいいん)』と対戦を行う。

 『ぷれいやぁ』が勝負の内容を決め、『♢Q(だいやのくいいん)』が了承した時点で『げぇむすたあと』。

 対戦に負けた方は、6本の注射器の中から1本を選んで打つ。

 

 6本の注射器のうち、5本は人体に無害なビタミン剤が、1本は致死量の猛毒が入っている。

 猛毒の注射器を打った参加者は『げぇむおおばぁ』となり、その時点で『げぇむ』終了。

 5回の対戦で『げぇむ』が終了しなかった場合、勝ち数の少ない方が6本目を打つ。

 

 『♢Q(だいやのくいいん)』が『げぇむおおばぁ』になった時点で、『ぷれいやぁ』の『げぇむくりあ』。

 『ぷれいやぁ』の誰かが『げぇむおおばぁ』になった時点で、『♢Q(だいやのくいいん)』のみが『げぇむくりあ』となり、『ぷれいやぁ』は全員『げぇむおおばぁ』。

 

 

 

 

 

「最後はアン、あなたね。勝負内容は何にする?」

 

 そう言ってレイカは、アンに目を向ける。

 アンは、ボードゲームの並んでいるテーブルに目を向ける。

 なんて考えていると、ボードゲームのうちのひとつを指差す。

 

「じゃあ……将棋で」

 

 アンが最後の勝負に選んだのは、将棋だった。

 あら意外。

 『ビーチ』でチェスをよくやってたから、てっきりチェスを選ぶのかと思ってたけど…

 

 ……あ、そっか。

 チェスだと、実力が拮抗してると引き分けになる事が多いからな。

 なんて考えていると、レイカがクスリと笑って口を開く。

 

「あら、奇遇ね。私も将棋は得意よ。制限時間は1時間、使い切ったら1手30秒でどう?」

 

「ええ、いいわよ」

 

 レイカの提案をアンが飲むと、レイカは将棋駒と将棋盤を対戦テーブルの上に置いた。

 レイカは、将棋駒の中から歩兵を5個取って手に握る。

 

「順番は公平に振り駒で決めましょうか。イーブンになった今、もうハンデは必要ないでしょう?」

 

「わかったわ」

 

 レイカの提案に対してアンが頷くと、レイカは手に握った歩をよく振って盤上に投げる。

 盤上に乗っているのは、歩が2枚、と金が3枚。

 えーっと……これ、どっちが先手になるんだっけ。

 

「……あら。じゃあアン、あなたが先手ね」

 

 振り駒の結果、アンが先手になった。

 お互いに駒を盤上に並べ、アンとレイカの対戦が始まる。

 私達は、アンの後ろで二人の対局を見守った。

 

 私、将棋はほぼトーシロなんだよなぁ。

 子供の頃、渡米する前に地元のおっちゃんにちょこっと教えてもらったっきりだし。

 ついてこれるか〜?

 

 最初は、先手のアンが2六歩、後手のレイカが8四歩と突く。

 そこから、二人は思いついた手を黙々と指し続けた。

 だけど対戦開始から10分ほどして、レイカが口を開く。

 

「楽しいわね。アン、あなたもそう思わない?」

 

「対局中にお喋りなんて、随分と余裕ね」

 

「だって、この対局が終われば、どちらかが死ななきゃいけないんですもの。せっかくだから、この際全部ぶっちゃけようと思って。例えば……元の世界で、誰にも言えなかった話とか」

 

 そう言ってレイカは、自分の話をし始めた。

 肝心の『今際の国』の『答え』ははぐらかされてしまったけど、その代わりに彼女は自分の過去を語った。

 かつての現実世界では、内科医をしていた事。

 職場では、男の同僚には頻繁にセクハラされ、女の同僚からはやっかみを受けていた事。

 ストーカーにレイプされそうになって、反撃したはずみでそのストーカーを殺してしまった事。

 それがきっかけで、不公平で不完全な元の世界に嫌気が差した事。

 だから元の世界を拒絶して、この『今際の国』で生きる道を選んだ事。

 

「そんな……」

 

「アンタ、元の世界でそんな事してたのかよ…!?」

 

 レイカの話を聞いて、アンの仲間は驚いていた。

 まさか、現実世界でも人を殺していたとはね……

 正当防衛とはいえ、それじゃこの国に残りたくなるのもわからなくはないわ。

 アンは、レイカとの対局を続けながら尋ねる。

 

「ストーカー被害の事は…警察には相談しなかったの?」

 

「したわよ。でも、まるで相手にしてくれなかった。事件が起こってからじゃないと動けない無能な連中をアテにしていた私が間違ってた。だから私に付き纏っていた男を殺した時も、警察署にだけは行きたくなかった」

 

「………」

 

 レイカが語ると、アンは複雑そうな表情を浮かべる。

 そういえば、アンも警察官だったっけか。

 なんて考えていると、レイカはフッと笑う。

 

「あらやだ、ごめんなさい。あなたを非難するつもりはなかったのよ」

 

「別に、気にしてないわ。あなたの言い分も、否定はできないもの。それでも、やっぱり警察を頼るべきだったんじゃないかしら。あなたのようなケースだと、きちんと事件当時の状況を話していれば、正当防衛で不起訴処分も望めたはずよ」

 

「そうね…確かに、正当防衛が適用されれば、刑事罰を受ける事はなかったかもしれない。でも、人を殺した私を社会が許すかどうかは、話が別よ。どのみち、かつての現実世界に私の居場所なんて無かった。だけどこの世界は、正しく私を肯定してくれた。『ぷれいやぁ』達は、この世界には絶望しかないと言うけれど、少なくとも私にとっては、この世界だけが救いだった。だから私は、この世界で正しく生きる事に決めたの」

 

 そう言ってレイカは、パチン、と音を立てて駒を置く。

 なるほどね……だから正しく生きる事に病的なまでに拘っていたわけか。

 この『今際の国』が彼女にとっての居場所だから、この国のルールに従って、国民としての責務を全うしようとしているってわけ。

 ここまでくると、筋金入りだわ。

 

「……そう。それがあなたなのね。でも、私にだって譲れないものがあるの。負けないわよ」

 

 そう言ってアンは、レイカに反撃をする。

 するとレイカは、ニヤリと不敵に笑う。

 これは……本気で楽しめる相手を見つけた時の顔、好敵手を見る目だ。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 それから、もうすぐ1時間が経つという頃。

 この時点では、レイカが圧倒的優勢だった。

 

「……5五角成」

 

「………」

 

「これで3七金、同金、同竜、4九玉、4八金までの詰めろになったわ。私の勝ちね」

 

 そう言ってレイカがフフッと不敵に微笑む。

 なるほど、そうきたか。

 確かに、これはもう勝ったと思うかもね。

 

「あ、アン……」

 

 他の三人は、不安そうにアンを見守っていた。

 このままだと、レイカの言った通りの戦局になってアンは負けてしまう。

 だけどレイカは、一つだけアンが逆転できる可能性がある手を見落としていた。

 そこに活路を見い出したアンは、起死回生の一手を打ってきた。

 

「2四……飛車!」

 

「え…?」

 

 アンの繰り出した一手に、レイカは一瞬戸惑う。

 だけどすぐに思考を切り替えて、駒を動かす。

 

「さ、3七金…!」

 

「2九玉」

 

 レイカの攻めに対して、アンは怯まず冷静に玉を逃がした。

 レイカはアンの玉を追い続け、アンはレイカの攻めを躱し続ける。

 そうしていくうちに、レイカの戦力がどんどん削られ、ついに王手が途切れる。

 そこへ、アンが1三香成を置く。

 

「形勢逆転ね」

 

「くっ……」

 

 そこから、アンの逆転劇が始まった。

 さっきまでとは形勢逆転し、今度はレイカの玉をアンが追い詰める。

 △同玉、▲1五飛、△1四歩、▲3五飛、△1七角、▲2四銀、△同玉と二人が駒を置く。

 

「2五金」

 

「ど…同飛」

 

「同飛」

 

「さ、3四玉!」

 

「5二角…」

 

 逃げるレイカを、アンが冷静に追い続ける。

 そしてとうとう、レイカに打つ手がなくなった。

 

「あっ…あああっ!」

 

 もう自分が詰んでいる事に気づいたレイカは、目を見開いて動揺する。

 レイカが次の手に合駒として4三銀を選んだとしても、▲4六桂の王手から、△3三玉、▲3四金、△同銀、▲3二飛、△4四玉、▲5五銀で詰み。

 

「私の勝ちよ」

 

 ほぼ勝ち目がない絶望的な状況から大逆転して、最後にはアンが勝った。

 1時間にも及ぶ対局の末、レイカがため息をついた。

 

「……ここまでね。投了します」

 

 そう言ってレイカが、アンに頭を下げる。

 レイカが投了し、5回戦の決着がついた。

 

《5回戦が終了しました。勝者、アン様》

 

 最後の対戦が決着し、合成音声のアナウンスが鳴り響く。

 勝ったアンは安堵のため息をつき、負けたレイカは諦めたようにフッと笑う。

 

「……あーあ。負けちゃった。でも、楽しかったわ」

 

 そう言ってレイカは、箱に入った注射器に手を伸ばした。

 箱に入った注射器は、残り2本。

 今回の対戦分の1本をレイカが打ち、そしてこの時点で勝ち数の少ないレイカが最後に残った毒薬を打てば、『げぇむ』が終わる。

 これから死ぬというのに、態度一つ変えないレイカに対して、アンは怪訝そうな表情を浮かべる。

 

「……あなた、これで『げぇむおおばぁ』が確定したのよ?なのにどうして、そんなに平然としていられるの?」

 

「これ程の強者と戦えたんだもの、悔いはないわ。それに私はね、『ぷれいやぁ』に負けて死ぬなら、別にそれでもいいと思ってたの。『げぇむ』に負けた私が死ねば、この世界の正しさを、この身をもって証明できる。それが、私の選んだ生き方だから」

 

 そう言ってレイカは、ビタミン剤……ではなく、アンが避けておいた猛毒の注射器を手に取る。

 そして躊躇なく自分の首筋に注射器の針を刺した。

 するとアンは、血相を変えて対戦席から立ち上がる。

 レイカは、そんなアンを見て不敵に笑うと、注射器のプランジャーを親指で押して毒薬を体内に注入した。

 その直後、レイカの身体に異変が起こる。

 

「ぅぐ……!!」

 

 レイカは、口の端から血をポタポタと垂らし、右手で心臓のあたりを押さえて苦しみ出す。

 

「ハァ……ハァ……ゲホッ、ゴホッ……!!」

 

 そして、顔を真っ青にしてガクガクと震え出し、激しく咳き込んだ。

 咄嗟に口を押さえた左手の隙間からは、血が滴り落ちる。

 

 みるみるうちにレイカの息が荒くなり、そして、椅子ごと床に倒れ込む。

 アンは、倒れたレイカに駆け寄ると、レイカを横抱きにして話しかける。

 

「あなた、何のつもり…!?」

 

「だって……あなたに負けた時点で、私は……『げぇむおおばぁ』になったも同然……ビタミン剤を…打つ意味が無いもの……」

 

 アンが尋ねると、レイカは息も絶え絶えに答える。

 確かに、ここでビタミン剤を打っても、どのみち6本目は勝ち数の少ないレイカが打つから、レイカの『げぇむおおばぁ』は変わらなかった。

 でも、だからってこうも躊躇なく自分に毒を打てるもんかね。

 そんな事を考えていると、アンは、レイカを見て口を開く。

 

「……あなた、さっきツエダに『あなたなら優秀な『♢Q(だいやのくいいん)』になれる』って言ったわよね。あなたも、元々は私達と同じ『ぷれいやぁ』だったの?」

 

「え……!?」

 

 アンが言うと、他の三人が驚く。

 アンの仮説は、私が立てた仮説と同じだった。

 レイカ達『今際の国』の国民は、()()()『ねくすとすてぇじ』を生き残った『ぷれいやぁ』。

 さっきまでの『げぇむ』での彼女の勝負強さは、知能や運だけじゃ説明がつかない。

 彼女が私達にあれだけの苦戦を強いた最大の理由は、私達と同じように、『ぷれいやぁ』として『げぇむ』を乗り越えてきた経験者だから。

 

「もしそうなら、全ての『げぇむ』を『くりあ』した先に待っている『答え』は、私達があなた達に成り代わって永遠にこの国で殺し合いを続ける事だって事になる。本当にそんなものが、私達の求める『答え』なの…!?」

 

「さぁね……全ての『げぇむ』を……ゲホッ、『くりあ』したら……わかる事よ……」

 

 アンが尋ねると、レイカは咳き込んで血を吐きながら答えをはぐらかす。

 こうしている間にも、レイカの顔は青白くなっていく。

 もう永くないのは、誰の目にも明らかだった。

 私は、せめて死ぬ前に、さっきの対戦で言いそびれた事を口に出す。

 

「なんか、勝手に満足しちゃってるけどさぁ。『ぷれいやぁ』と真剣に勝負して死ぬとか、バッカじゃないの?なんでそこまでして正しい生き方に拘るんだか……マジで意味わかんねぇ」

 

「ちょっと、ツエダ…!」

 

 敗者に鞭を打つような発言をする私を、アンの仲間が止めようとする。

 私は、頭を掻きながら、思ってる事を全部言った。

 

「なんつーか…アンタ、マジでバカだし、アタシとは気が合いそうにないけどさ……」

 

 信念の為に命を捨てるなんて、筋金入りのバカだ。

 そんな生き方をする奴の気が知れない。

 だけど……

 

「正直、そういうの嫌いじゃないわ」

 

 私はずっと、そういう青臭い奴が羨ましかった。

 これだけは、紛れもない本心。

 私が思った事をそのまま伝えると、レイカが優しく微笑む。

 

「ありがとう」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

レイカside

 

 ――わたしレイカちゃんきら〜い。もう遊ばない!

 

 ――菱川さん、調子乗ってるから無視しない?

 

 ――金持ちのお嬢様だからって、どうせ私らの事見下してるんでしょ?

 

 私は、理不尽な元の世界が大嫌いだった。

 何も悪い事なんてしてないのに嫌われて、仲間外れにされて、友達ができた事なんて一度もなかった。

 

 ――レイカちゃん、こんなに難解な数式を解けるなんてすごいね。()()()()()()

 

 ――君さぁ、仕事熱心なのはいいけど、もういい歳なんだからいい加減結婚したらどうなの?

 

 ――ハァ、ハァ…先生が悪いんですよ…僕を誘ってるんでしょ?

 

 中学の頃の塾講師からは女だからというだけで下に見られ、嫌いな上司からは嫌味を言われ、好きでもない男には付き纏われ襲われた。

 それでも、やりがいのある仕事に就いて、院長や先輩、大木場君……優しい人達に恵まれたから、私は元の世界でも生きてこられた。

 だけどストーカーを殺してしまったせいで、その生きがいすらもなくしてしまった。

 私は、正しく生きたかっただけなのに。

 元の世界は、それを許してはくれなかった。

 

 私は、この美しくて正しい世界が好き。

 この世界では、男女も貧富貴賤も関係ない。

 非合理なルールに縛られて不利益を被る事もない。

 名誉だとか、世間体だとか、人付き合いだとか、そんなくだらないものを気にする必要もない。

 強者も、弱者も、『げぇむ』に負ければ死は平等に訪れる。

 この『今際の国』は、まさに私が理想としていた世界だった。

 だけど私と同じように考える人は、そう多くはなかった。

 

 ――ふざけんな……っ!!お前らみたいな奴のせいで、どれだけの人が死んだと思ってる!?

 

 ――強者だけが残って、何の罪もない優しい人達が殺される…そんな世界の、何が正しいの!?私は、あなたのような冷酷な殺人者になんかならない!

 

 ――何ヘラヘラ笑ってんだよ……テメェが死ねよクソアマ!!

 

 私が『ぷれいやぁ』だった頃、『♢Q(だいやのくいいん)』の『げぇむ』に参加した。

 彼女も私と同じように、この『今際の国』が正しく美しいと考えていた。

 だけど他の『ぷれいやぁ』は、どいつもこいつも彼女を悪者にした。

 自分だって人を殺して生き残ってきたくせに、いざ負ける側になると自分の事を棚に上げて、国民を人殺しだのなんだのと罵っていた。

 彼女の思想を理解できたのは、私だけだった。

 口を開けば、矛盾だらけで何一つ響かない感情論ばかり。

 この世界では、元の世界で培われた価値観なんて、何の意味もない。

 元は同じ『ぷれいやぁ』のはずなのに、どうしてこうもわかり合えないんだろう。

 だけど……

 

 ――確かにアンタ、筋は通ってるよ。元の世界に適合できないからこの国で暮らす、それは別に何も間違ってないわ。

 

 ――……そう。それがあなたなのね。でも、私にだって譲れないものがあるの。負けないわよ。

 

 ツエダとアンは、私を否定しなかった。

 真剣勝負でこそ相手の本性が見えると『♣︎K(キューマ)』が言っていたけど、彼女達はどんなに窮地に立たされても、私を悪者扱いしたり、私の生き方を非難したりしなかった。

 『今際の国』の国民になって初めて、自分を晒け出せるライバルに出会えた。

 

 ――なんつーか…アンタ、マジでバカだし、アタシとは気が合いそうにないけどさ……正直、そういうの嫌いじゃないわ。

 

 私は最期まで、『今際の国』の国民としての責務を果たした。

 最期に、私を認めてくれたライバルと戦って、華々しく散る事ができた。

 それだけで、もう充分。

 

 

 

 ――ねぇレイカ、アタシはこの世界が楽しいから好きよ。でもアタシは、元の世界が無駄だとは思わない。

 

 今になって、ツエダの言葉を思い出した。

 私は、元の世界が無駄だと思っていたけど、今になって考えが変わるなんて、自分でも不思議。

 嫌な事ばかりあった世界だったけど、やりがいのある仕事と、優しい人達に恵まれていた。

 何かがひとつでも違っていれば、元の世界で幸せになれていた未来もあったのかもしれない。

 

 それでも私は、最後の『げぇむ』をしている時間が、人生で一番幸せだった。

 ずっと何の為に生きているのかわからない時間を過ごしてきたけど、ようやくわかった。

 私は、この最期を迎える為に、今日まで生きてきたんだ。

 

 もう、身体の感覚がない。

 目が霞んで、何も見えない。

 これが死か……

 案外、悪くないわね。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

ツエダside

 

 レイカは、私への感謝の言葉を最期に言い残して事切れた。

 彼女の表情には、一切の苦悶や後悔もなく、綺麗な死に顔だった。

 彼女が死んだ直後、検査室のスピーカーからアナウンスが鳴る。

 

《『♢Q(だいやのくいいん)』が『げぇむおおばぁ』になりました。生き残っている『ぷれいやぁ』は、全員『げぇむくりあ』》

 

 『げぇむくりあ』のアナウンスと共に、検査室の奥に置かれていたレジが動く。

 レジからは、5人分の『びざ』と『♢Q(だいやのくいいん)』のトランプが発行された。

 『びざ』が発行されている間も、アンはレイカの亡骸を抱き抱えたまましばらく動かなかった。

 

「『げぇむ』の為に、こんなに躊躇なく命を懸けられるものなの…?」

 

「正気じゃねぇよ……」

 

 アンの仲間は、レイカの亡骸を見て言った。

 正気じゃない……か。

 『♡Q(はあとのくいいん)』が言うところの、『病気』ってやつなのかしらね。

 なんて考えていると、アンが口を開く。

 

「そうね……でも彼女も私達と同じ、ただの人間だったわ。油断も手加減もせずに戦ったけど…私は彼女を、敵として見れなかった」

 

 アンは、半開きになったレイカの瞼を閉じながらそう言った。

 レイカは、『♢Q(だいやのくいいん)』の座に相応しい知能と、狂気とも呼ぶべき信念で、私達を追い詰めてきた。

 だけど蓋を開けてみれば、彼女も私達と同じ、たった一人の人間だった。

 

 アンは、レイカの亡骸を抱えて検査室の奥へ行き、検査用のベッドにそっと寝かせた。

 そして口の周りの血を拭いて、身体の上に白衣をかける。

 ベッドの上に横たわる彼女は、ただ眠っているだけに見えるくらい、綺麗な顔をしている。

 アンと仲間三人は、レイカの亡骸に向かって静かに手を合わせた。

 そんな中、私はレイカを一瞥してから、ひと足先に検査室を後にした。

 やけに静かな病院内の廊下を歩きながら、天井を見上げてポツリと呟く。

 

「はぁ〜……タバコ吸いてぇ」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 『♢Q(だいやのくいいん)』を『くりあ』した後、レジで『びざ』とトランプを受け取った私は、『げぇむ』会場の外でタバコを吸った。

 

「ぷぁぁぁ〜…ヤニが美味え」

 

 美味すぎ、2時間ぶりのタバコ……

 普段はギアを上げる為に『げぇむ』中でもスパスパ吸うんだけど、今回は『げぇむ』中ずっと我慢してたから、余計に美味くかんじる。

 いやぁ、生きてるって素晴らしいね。

 タバコの味に感動していると、上の方からゴゥッと音が聴こえる。

 

「ん?」

 

「何の音?」

 

 上を見ると、飛行船に吊るされた『♢Q(だいやのくいいん)』のタペストリーの表示が、『げぇむくりあ』に変わる。

 そしてその直後、飛行船が内側から大爆発した。

 

「おわっ」

 

 『♢Q(だいやのくいいん)』の飛行船が、炎を上げながら病院へと墜落する。

 うわ、火の粉とか破片とかがこっちまで飛んできてるんだけど。

 つーかこれ、こっちに飛んできてねぇ?

 いつまでもここに長居してられないわね……

 

「じゃ、アタシはもう行くわ。『げぇむくりあ』した今、いつ『♠︎K(すぺえどのきんぐ)』が飛んできてもおかしくないし。次は近くの『げぇむ』にでも参加してくるわ」

 

「ええ。気をつけて」

 

 私がリュックを背負ってひと足先に『げぇむ』会場を後にしようとすると、アンが私に声をかけた。

 さて…と。

 『♢Q(だいやのくいいん)』は倒した。

 次はどの『げぇむ』に参加しようかしら。

 本当は『♢J(だいやのじゃっく)』に参加したいけど、ここからだと遠いんだよなぁ。

 んーと、こっから一番近いのが…新宿の『♣︎Q(くらぶのくいいん)』か、渋谷の『♡K(はあとのきんぐ)』か…

 

 でも、まずはその前に腹拵えだな。

 腹が減っては何とやらって言うし。

 つーかどのみち『げぇむ』会場まで2時間近くあるし、今日はしっかり休んで『げぇむ』は明日やろーっと。

 

 

 

 ───今際の国滞在61日目

 

 残り滞在可能日数

 

 潰田千寿 56日

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

アリスside

 

「何の手品だ!?アリスッ!?」

 

 俺は『げぇむ』終了までの残り3分間で、キューマから500点を奪った。

 俺達のチームは、キューマ達に10000点のリードを許し、その後何とかニラギがキューマ達の『じんち』から10000点を奪ったけど、それでもあと500点足りずに、絶望的な状況に追い込まれていた。

 その状況から逆転する為に、タッタが自分の腕をコンテナの扉で切断して、腕輪を外して俺に持たせてくれた。

 驚いているキューマに、俺はタッタの腕輪を見せた。

 

「その…腕輪は…!!そういう事か…!!」

 

 俺は、キューマから500点を奪う為に、タッタの腕輪を握りながらキューマと握手した。

 キューマが俺の頼みに応じてくれたのは…俺の言葉がハッタリや出まかせなんかじゃなく、本心だったからだ。

 

「やっぱすごいね。君の方がよっぽどFREAK(ブッ飛んでる)じゃん。…結局、負けるのは、オレ達の方か…」

 

 そう言うキューマは、海を眺めながら涙を流していた。

 

「さすがのアンタでも…死ぬのは…怖い…よな…」

 

「いや…ただ…約束してたから…あの世でブン殴られるのは…痛いからヤダなァ…と思って…」

 

「……キューマ。アンタ、言ったよな…『オレを知りたきゃ、オレと『真剣勝負(げぇむ)』しろ』…って。アンタの、言う通りだったよ…オレ達はこの『げぇむ』を通じて、互いに、本心で、全力でぶつかった…そしたら…見えたんだ…オレの知りたかった『答え』が…キューマ…アンタ達は、元々は…『ぷれいやぁ』なんだろ?」

 

 俺が尋ねると、キューマは俺を見る。

 『げぇむ』を通じて見えたものは、きっと間違いじゃない。

 キューマ達があんなにも『げぇむ』が強かったのは、仲間を信頼できたのは…彼等もまた、元は『ぷれいやぁ』だったからだ。

 

「アンタらの…仲間への想いは、オレ達と同じ…いや…それ以上…!!それは、共に命懸けの『げぇむ』を潜り抜けてきたからこそ培われた…信頼…情愛…アンタ達『今際の国』の国民は、オレ達と同じように『げぇむ』を勝ち進んできた『ぷれいやぁ』…違うのか…!?頼むから…答えてくれッ!!もし…違うのなら…」

 

「君がそう感じたのなら、きっとそれが真実だよ」

 

「……だ…だったら…オレ達が…元は同じ『ぷれいやぁ』だったなら…何の為に…こんな事を…オレは…オレは…!!オレはアンタに…死んでほしくないッ…!!」

 

「ここで2人が出会った時点で、どちらかは必ず命を落とす。そういう『るうる』だったんだから、しょうがないよね」

 

「こんな場所で…こんな『げぇむ』でさえ出会わなかったら、オレ達…」

 

「こんな場所で、こんな『げぇむ』で出会えたからこそ、オレ達は解り合えたんだ」

 

「オレ達は…友達になれたかもしれなかったのに…!!」

 

「オレ達はとっくに、友達じゃないか」

 

 俺が言うと、キューマは笑顔で言った。

 何で…死んじまうってのに…オレが死なせるも同然だってのに…

 何でそんなに、笑ってられるんだよ…!?

 俺は、アンタを殺してまで生きられそうにねぇよ…!!

 

「…い…やだ、もう…こんなの、たくさんだッ…!!だったらアンタが生きてくれ!!さっきの『ばとる』はナシだ!!オレ達の負けでいい!!絵札を全て『くりあ』しても『今際の国』の国民として『げぇむ』の日々が続くだけなのなら…そんなものが『答え』だったんなら…!!オレをもう…この『げぇむ』から降ろしてくれ…!!オレには無理だ…オレは…アンタみたいに強くはなれない…オレは…アンタのようには生きられないッ…!!」

 

「君はオレにはなれないし、なる必要もない。選択肢は常に、君だけのものだ。早く見つかるといいね…誰かの真似じゃなく…君にとっての本当の、生きる意味が。友人として、心からそう願ってるよ」

 

 キューマがそう言った瞬間、タイマーが0になった。

 

《制限時間を過ぎました。現時点で合計点の少ない『♣︎K(くらぶのきんぐ)』チームは全員…『げぇむおおばぁ』》

 

「…うん。これが…『死』か。…うん、思ってた通り、案外悪くない…一つの後悔もない。THE IDEAL LIFE(いーい人生)だった!」

 

 キューマがそう言った、直後だった。

 

 

 

 ――ピィン…

 

 ――ズッ

 

 ――ドボォォン

 

 

 

 レーザーで頭を撃ち抜かれたキューマは、そのまま前のめりに倒れて海に落ちた。

 

《『ぷれいやぁ』チーム、『げぇむくりあ』》

 

 港の上に浮かんでいた飛行船から吊り下げられていた幕の表示が、『♣︎K(くらぶのきんぐ)』から『げぇむくりあ』に変わる。

 その直後、飛行船が内側から爆発して、炎を上げながら海に落ちた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

ヒーロside

 

 『ねくすとすてぇじ』開催から3時間が経とうとしていた頃。

 『♠︎K(すぺえどのきんぐ)』を撒いた私とジュンさんは、江東区のビルの中にいた。

 『ねくすとすてぇじ』が始まってすぐに『♠︎K(すぺえどのきんぐ)』の襲撃を受けた私達は、ミツキさんやコータ君とはぐれてしまった。

 二人とも、無事だといいんだけど…

 

「ジュンさん、大丈夫ですか?」

 

「ああ…」

 

 私が声をかけると、ジュンさんが返事をする。

 ジュンさんは、ゼエゼエと息を切らしていた。

 もう痛みは無いようだけど、足の怪我のせいで、走るだけでも苦しそうだ。

 

「…あの。ジュンさん。提案があるんですけど…私達も『げぇむ』に参加しませんか?」

 

「は!?まだ『びざ』は残ってんのに、『げぇむ』に参加すんのかよ!?」

 

「『げぇむ』会場の中なら、『♠︎K(すぺえどのきんぐ)』も追ってこないと思うんです。それに絵札の主なら、元の世界に帰る方法を知ってるかも…」

 

 このまま隠れていても、『♠︎K(すぺえどのきんぐ)』に見つかるのは時間の問題。

 元の世界に帰る為にも、早く全部の『げぇむ』を『くりあ』しないと…

 すぐに参加できるのは、『♣︎K(くらぶのきんぐ)』か、『♠︎Q(すぺえどのくいいん)』か、『♣︎J(くらぶのじゃっく)』だけど…

 

「……ヒーロちゃんさ。そんなに元の世界に帰りたいか?」

 

「え?」

 

「いいよな、キミは。オレはキミみたいに強くねぇし、元の世界に帰ってやりたい事も無ぇ。今だって正直、さっさと撃ち殺された方が、楽になれるんじゃねぇかって…思ってるよ」

 

 ジュンさんは頭を掻きながらため息を漏らす。

 きっとジュンさんは、この国に来てからずっと命懸けの『げぇむ』をやらされて、もう限界なんだと思う。

 私は、元の世界に帰りたいからって、ジュンさんの気持ちを全然考えてなかった。

 

「……いや、何でもねぇ。ただの独り言だ。どの『げぇむ』に参加する?」

 

「えっと…」

 

 ジュンさんの質問にどう答えようか迷っていた、その時だった。

 外で、何かが爆発する音が聴こえた。

 窓の外を見ると、有明方面に浮かんでいた『♣︎K(くらぶのきんぐ)』の飛行船が内側から爆発して海に落ちていた。

 『♣︎K(くらぶのきんぐ)』の飛行船に吊るされていたタペストリーの表示は、『げぇむくりあ』に変わっていた。

 

「あ、飛行船が…!」

 

「『♣︎K(くらぶのきんぐ)』…誰が『くりあ』したんだ…!?」

 

 嘘でしょ、まだ初日なのに…誰かが『♣︎K(くらぶのきんぐ)』を倒したの…!?

 私が驚いていると、ジュンさんが双眼鏡を持って部屋を出て行った。

 

「あ、ジュンさん!どこ行くんですか?」

 

「屋上で他の飛行船を見張ってくる。今日か明日にでも、もう一機落ちるかもしれねぇからな。なに、『♠︎K(すぺえどのきんぐ)』に見つかるようなヘマはしねぇよ」

 

「だったら私も行きます」

 

 私は、ジュンさんと一緒にビルの屋上に向かった。

 双眼鏡で東京23区の上空を観察していたジュンさんは、練馬区方面を見て声を上げる。

 

「おい見ろ、『♢Q(だいやのくいいん)』も落ちてるぞ!」

 

「嘘……!?」

 

 ジュンさんが驚いた様子で言うので、双眼鏡を借りて練馬区方面の空を眺める。

 すると、『♢Q(だいやのくいいん)』の飛行船が炎を上げて病院の上に落ちているのが見えた。

 初日から二つも……

 

 そういえば、昨日『げぇむ』会場で会ったおじさんが、ロッカーキーをつけた『ぷれいやぁ』がトランプを集めてるって言ってたな…

 ……もしかして、今日『げぇむ』を『くりあ』したのは、アグニさんかニラギさんだったりするのかな。

 なんて考えていると、ジュンさんが話しかけてくる。

 

「……ヒーロちゃん。オレ、なんだかやれる気がしてきた。オレ達も、『げぇむ』に参加しよう」

 

「ジュンさん…」

 

 ジュンさんは、私の手を握って、私の目を見ながら言った。

 ……大丈夫。

 ミツキさんもコータ君も、きっと生きてる。

 皆で、生きて元の世界に帰るんだ。

 

 

 

 ───今際の国滞在12日目

 

 残り滞在可能日数

 

 大木場柊色 14日

 

 

 

 『ねくすとすてぇじ』開催1日目

 

 『げぇむ』 残り10種

 

 『ぷれいやぁ』 残り255人

 

 

 

 

 




本作の将棋対決は、第73回NHK杯決勝を参考にしました。
あと、『♢Q(だいやのくいいん)』のプロフィール載せときます。


♢Q(だいやのくいいん)

◆プロフィール

本名:菱川(ひしかわ)玲香(レイカ)/レイカ
性別:女性
年齢:29歳
身長:160cmくらい
出身地:東京都
職業:内科医
得意ジャンル:『(だいや)』(知能型)
好きなもの:ボードゲーム、医学書、和菓子


◆容姿

濃藍色のロングヘアーをハーフアップにしており、水色の瞳を持つ。
同性のツエダから「凄い美人」と言われる程の美女。

◆服装

ブルーのシャツと紺色のスカートの上に白衣を着ている。
対戦中は、イカサマ防止のため白衣を脱ぎシャツの袖を捲る事が多い。

◆人物

♢Q(だいやのくいいん)』の絵札の主。
豊富な化学知識に加え、ボードゲームをはじめとする頭脳戦からポーカーやダイスなどのギャンブルまで、あらゆるジャンルのゲームにおいて隙がなく、特に囲碁や将棋に関しては全国大会出場者をあっさり破る程の実力を持つ。
他の絵札の主同様、躊躇なく人を殺せる非情さを持ち合わせるが、『げぇむ』を公正に進行する為に『ぷれいやぁ』に勝負内容を決めさせたり、『げぇむ』を攻略する為のヒントを与えるなど、懐は深い。

元の世界では、大きな病院で内科医をしていた。
良家の令嬢で、容姿端麗、頭脳明晰、品行方正と非の打ち所が無く、同僚や患者からの憧れの的だった。
自身の知能や家柄を鼻にかける事なくストイックにキャリアを積んでいたが、嫉妬による嫌がらせやストーカー被害に悩まされていた。
ある日、夜道でストーカーに強姦されかけ、抵抗したはずみでストーカーを殺害してしまい、罪の意識と将来への絶望を抱えて公園で途方に暮れていた時に、花火を見て『今際の国』に迷い込む。
『ぷれいやぁ』として滞在しているうちに、地位や能力、容姿を理由に迫害される事のない『今際の国』で生きる事を望むようになり、全ての『げぇむ』を『くりあ』して永住権を獲得した。

開催初日、アン達4人にツエダを加えた5人と、カウント30、丁半、囲碁、オマハハイロー、将棋で対戦した。
アンとの対戦に敗れ『げぇむおおばぁ』が確定し、自ら毒薬を注射して死亡した。

名前の由来は、ドキドキ!プリキュアのキュアダイヤモンドこと菱川六花と、ダイヤのクイーンのモデルになった旧約聖書のラケル(レイチェル)。



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