Duchess in Borderland   作:M.T.

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いよいよ不穏になってきます。
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びいち(3)

「あ〜…だるい……」

 

 そう呟きつつ、私は汗でびしょびしょになったパジャマを脱いで、濡らしたタオルで身体を拭いた。

 新入りのタカトラと一緒に『♠︎10(すぺえどのじゅう)』の『げぇむ』を『くりあ』してすぐ、私は熱を出して寝込む羽目になった。

 『♠︎10(すぺえどのじゅう)』でお腹を怪我したせいで、傷口からバイ菌が入ったみたい。

 アグニが応急処置してくれたし、アンとマヒルが傷を塞いでくれたけど、アグニが見つけてくれるまでは生き埋めになってたから、多分その時かな…

 こんな事もあろうかと、『びざ』を補充しといてよかった。

 けど、しばらく『げぇむ』はお休みだね。

 

 ふと姿見を見ると、お腹に包帯を巻いて、紺のレースの下着を身につけた自分の姿が見える。

 特に意味はないけど、鏡の前でセクシーポーズをしてみた。

 あーつらいわぁ、いい女って何着ても似合うから罪だわぁ。

 なんてアホな事をしていると、コンコンとドアをノックする音が聴こえたので、慌てて新しいパジャマに着替えてベッドに潜り込んだ。

 

「大丈夫?」

 

「ミラ…」

 

 ミラが、ティーセットを持って医務室に入ってきた。

 毎晩何も言わずにふらっと消えるし、たまに何考えてるかわからないのが不気味だけど、私みたいな変わり者と仲良くしてくれるし、話が面白いから、彼女の事は好きだ。

 あと美人だし。えへへ。

 

「お茶淹れてきたんだけど、飲む?気分が落ち着くわよ」

 

「……ありがとう」

 

 本当は酒がよかったけど…文句言ってる場合じゃないよね。

 こうなったのは完全に私の自業自得だし。

 

 そんな事を考えつつ、ミラが淹れてくれた紅茶に口をつける。

 …あ、いい香り。

 カモミールかな。

 

 落ち着いたせいか、紅茶を飲んでいるうちに瞼が重くなってくる。

 そのまま目を閉じて、深い眠りの中に落ちていく。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「ねぇ、まだ目ぇ開けちゃダメ?」

 

「ふふっ、まだダメよ」

 

 目を閉じると、いつも同じ夢を見る。

 暗闇の中で、ぼんやりと曇った声が聴こえる。

 

「もう開けていいよ」

 

 目を開けると、ピンぼけしたモノクロの世界が目に飛び込んでくる。

 目の前にあるのは、火の灯った蝋燭が立てられた誕生日ケーキと、美味しそうなご馳走。

 

「誕生日おめでとう、  !」

 

 クレヨンで顔を黒く塗り潰された男女が、顔を覗き込んでくる。

 誕生日おめでとう、そう言われるけど、いつも名前にノイズが入って聴き取れない。

 表情はわからないけど、多分笑っているんだと思う。

 目の前のローストチキンを掴んで、かぶりつく。

 味がしない。

 匂いも感じない。

 それなのに、おいしいね、なんて会話を交わしながらチキンを頬張る。

 

「ママ、大好きだよ」

 

「ママもだぁいすき」

 

 女の人が、抱きしめて優しく笑いかけてくる。

 温かさも、抱きしめられる感触も、何も感じない。

 

 画面が切り替わって、カラーの世界が映る。

 目の前には、よく知った顔の女が生気を失った顔で倒れていた。

 私の母親だ。

 母親の身体から赤い液体が滲み出て、地面にじわじわとひろがっていく。

 生臭くて、嫌なにおいがする。

 

「……ママ」

 

 私が女に呼びかけたところで、いつも目が覚める。

 

 

 

 

 

「んん〜〜…ぅ……」

 

 身体に違和感を覚えて、目を覚ます。

 パジャマを脱がされて、下着姿になっていた。

 最近入ってきたチンピラが、5人がかりで私の身体を押さえつけている。

 動こうにも、両手両足を押さえつけられて動けない。

 

「あーあ、流石に起きちまったか」

 

 チンピラのリーダー格の男が、私の顔を覗き込んでニヤニヤしていた。

 ソイツは、下着越しに私の胸を揉んでいた。

 痛いんだよ、下手くそ。

 垂れたらどうしてくれんだふざけんな。

 

 …えっと、コイツ名前なんだっけ。

 ああ、そもそも名前聞いてないような気がする。

 だって、いちいちチンピラの名前を覚えるのも、記憶のメモリの無駄遣いだから。

 とりあえず、チンピラAって呼んでおくか。

 

「っ、アンタ達何してんの?」

 

「へへっ、見てわかんねぇか?大人しくしてろよ。弱ってるアンタとか珍しいからな」

 

「ったく、マジかよ…無理矢理ヤられる趣味はないんだけど…」

 

 私が諦めたように顔を逸らすと、チンピラAが私の顔を掴んで正面を向かせてきた。

 

「黙ってろよ。ちょっと長くこの国にいるからって、偉そうにしやがって。オレはな、アンタみてぇな強い女を見ると無性に犯してやりたくなるんだよ」

 

 うわ、コイツ言ってる事メチャクチャじゃん。

 強い女を犯したいとか言ってるくせに、弱ってる時に襲うんだ、だっせ。

 何つうか、自分が襲われてるのにこうやって冷静に俯瞰できてる時点で、どっかぶっ壊れちゃってんだろうなって自分でも思う。

 やっぱりここは空気読んで「きゃあ〜誰か助けて〜」とか言った方がいいんかな。

 

「あーあ、いつもこうなら可愛げがあるのによ」

 

 そう言ってチンピラAが、ワンポイントタトゥーの入った私の肩を舐め、ブラを引っ掴む。

 ブラを引きちぎられて、おっぱいを丸出しにされる。

 直接クーラーの冷気に晒されたせいか、小さなサクランボがピンと勃って主張していた。

 それを見て何を勘違いしたのか、チンピラAが舌なめずりをする。

 

「ヒュ〜、乳首ピンク〜」

 

「ビッチのくせに綺麗な色してんじゃねぇかよ」

 

 チンピラどもが、私の裸を見て下卑た笑みを浮かべる。

 おや、息子さんがお元気そうですね。

 なんて呑気に思っていると、チンピラAが、見るからに怪しい茶色い小瓶をズボンのポケットから取り出した。

 チンピラ達に怪しまれて私が不利にならないように、怯える演技をしながら尋ねる。

 

「何それ…」

 

「ん?セックスが100倍楽しくなる薬♡」

 

 そう言ってチンピラAは、瓶の中身を口に含むと、私の唇に無理矢理口付けてきた。

 苦い液状の薬が、舌と共ににゅるっと口内に入ってくる。

 …うわ、コイツ下手くそだなぁ。

 キスの間に胸を揉みしだかれて、男の手が腰へスルスルと降りてくる。

 パンツをずらされて、局部に直接指が触れた、その瞬間。

 

 

 

 ――ぞりっ

 

 

 

「あ゛ぁあああぁぁっ!!?」

 

 チンピラAが、口からボタボタと血を流しながらベッドから転げ落ち、床の上でのたうち回る。

 それを見て、他の4人が顔面蒼白になって私に視線を移したので、にんまりと笑いながら口の中のものをもぐもぐ咀嚼してやった。

 そして口の中で血や唾と混ざり合った媚薬と一緒に、()()を吐き出す。

 医務室の床に、ズタズタに咀嚼された肉片が吐き捨てられる。

 あー、タン美味しいわぁ♪

 

 舌を噛みちぎられたチンピラAは、怯えた目で私を見てくる。

 私はいつだってヤる側なんだよ。

 私がオマエら如きに大人しくヤられると思ってんぢゃねぇ〜〜〜よ、ゔぁ〜〜〜〜〜か♪

 ああでも、なんか楽しくなってきたわ。

 薬でハイになっちゃったかな?

 

「ほら、早くヤれよ。今なら楽しめそうな気がするからさ」

 

「ひっ…!な、何なんだよこのイカレ女…!」

 

「失礼ね。淑女(レディ)を乗り気にさせておいて、途中でやめるなんて」

 

 私がクスクス笑うと、奴等は尻尾を巻いて逃げていった。

 あーあ、逃げられちゃった。

 てか、逃げるくらいなら最初から襲うなよな、意気地なし。

 

 医務室に一人取り残されると、急に気分が冷めてきて、怠さが襲ってくる。

 私は、熱で重い身体を起こして、医務室の洗面台でうがいをして口の中の血と薬を洗い流してから、脱ぎ捨てられたパジャマを着てベッドに潜り込んだ。

 なんか最近、『ビーチ』の治安が悪くなってきたなぁ。

 てかこうなったの、チンピラばっかり連れてくるニラギのバカのせいじゃね?

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 あれから3日が経って、私はすっかり身体が治って元気になった。

 お腹の傷も、目立たなくなってきた。

 なんかこの国って、元の世界より傷の治りが早い気がする。

 やっぱり元の世界と時間の進み方が違うからなんかな。

 

 ちなみにあの後、チンピラが私を逆恨みしていきなり私が重傷を負わせてきたとかぬかしやがったので、風邪引いてる時に襲われかけた事をボーシヤとアグニに話したら、責められるどころかむしろ庇ってもらえた。

 よっしゃあ、やっぱり正義は勝つんや。

 チンピラも私にちょっかいを出してこなくなったし、自衛の手段としては最適解だったんじゃね?

 なんて考えていると、タカトラがチンピラを連れて『げぇむ』から帰ってきた。

 

「アイツやばくね?」

 

「あぁ…まるでラスボスみてぇだよな」

 

「ラスボス!ラスボス!」

 

 あの後タカトラは『♠︎7(すぺえどのなな)』を『くりあ』して、その強さに畏敬の念を抱いたチンピラ達を従えるようになった。

 私より後輩のくせに、『ラスボス』なんて呼ばれちゃってさ。

 タカトラ…もといラスボスが来てから、元々良くなかった治安がさらに悪化した。

 

 

 

「ごめんなさい…私が『げぇむ』から帰ってきた時には、もう……」

 

「あ〜あ、やだねぇホント」

 

 空き部屋の掃除をしていたアンと私が、天井から吊るされた首吊り死体を見ながら呟く。

 初期メンバーが『げぇむ』に参加している間、新入りの高校生カップルがチンピラ集団に目をつけられて、彼氏の方はボコボコにされて両手足を折られて、彼女がレイプされるのを目の前で延々と見せつけられたらしい。

 彼氏の方は、両手足を折られたせいで『げぇむ』に参加できなくて、そのまま『びざ』切れで死亡。

 彼女も、彼氏の後を追ってホテルの一室で首を吊って死んでしまった。

 

 ここ最近、私達が『げぇむ』や物資調達でホテルを離れている間を狙って、チンピラ集団が『ビーチ』の仲間に危害を加える事が増えた。

 アイツらに目をつけられれば、男は『げぇむ』に参加できなくなるまで執拗に拷問を受け、女は飽きるまで慰み者にされる。

 私は先日の一件でアイツらにイカレババァ認定されてるから、あれから一回も被害に遭ってないけど。

 『ビーチ』に付き纏う問題は、それだけじゃなかった。

 

 

 

「…ねぇ、アンタ達、最後に『げぇむ』参加したのいつだっけ?そろそろ『びざ』やばいんじゃないの?」

 

「知るかよ!オレ達はもう、『げぇむ』から降りる…!あんな目に遭うくらいなら『びざ』が切れるまでここで嫌な事全部忘れて過ごした方がいいに決まってる!」

 

「そうよ、みんながアンタみたいに喜んで『げぇむ』に行けると思わないでよ!」

 

「………ああそう。じゃあ死ね」

 

 私が『びざ』切れ間近のバカップルを『げぇむ』に誘うと、バカップルが『げぇむ』への参加を拒否してきたので、私はバカップルを突き放した。

 この様子じゃどうせ『げぇむ』に参加させたところで足を引っ張るだけだし、見ず知らずの奴等にお説教して生きる希望を与えてやれるほど、私もお人好しじゃない。

 バカップルは、その晩『びざ』切れで呆気なく死んだ。

 

 ここ最近、『げぇむ』から逃げて『ビーチ』での安楽死を選ぶ奴が増えた。

 自殺したり、『びざ』が切れるまで快楽に溺れたり、オーバードーズでそのまま逝っちゃったり。

 これって、私達が『ビーチ』を快適な場所にしすぎた弊害よね。

 皆に生きる希望を与える為の楽園が、皆に安楽死を選ばせるなんて、皮肉もいいとこだわ。

 だから私は、『ビーチ』に人を増やすのが嫌だったのよ。

 

 

 

「インフラは充実、食糧も酒もクスリも腐るほどある。かつての現実世界以上の楽園(ビーチ)が、ここに実現したわけだな!」

 

 ある日の事、私達初期メンバーはホテルのロビーに集まって会議を開いた。

 そんな中、ボーシヤが誇らしげに語った。

 ボーシヤの言う通り、私達が最初の頃に頑張ったおかげで、確かにインフラや娯楽は充実している。

 『今際の国』ではほとんどお目にかかれない新鮮な野菜やフルーツ、牛乳や卵なんかの生ものも、私達が『げぇむ』会場から調達したものを、ホテル内の業務用冷蔵庫で冷やしてあるし、元の世界とほとんど変わらない食生活を送れている。

 酒もタバコもギャンブルもやりたい放題。

 かつての世界以上の楽園が、今ここにある。

 だけど少なくとも私にとっては、前より確実に生きづらくなったと思う。

 私がその事を指摘しようとすると、先にクズリューが口を開く。

 

「しかしいくら『今際の国』の絶望から目を背けたところで、日々迫る『びざ』切れの死の恐怖からは逃れられない。事実、『ビーチ』の連中は刹那的な生き方を求めるようになり、『げぇむ』に参加するのをやめ、自殺や、クスリ漬けで『びざ』切れを待つ者も出てきた。規模を拡大し、粗暴な連中も増えた事で、傷害や強姦事件も後を絶たない」

 

「………そうね」

 

 クズリューの挙げた課題に、私は無表情で頷く。

 私も襲われかけたし、他人事じゃないからね。

 なんて考えていると、ボーシヤが何かを考え込む。

 

「…フム、まだ、希望が足りねーって事か」

 

 ボーシヤは、何かを思いついたようだけど…

 何か現状を打破できる考えでもあるのかしら?

 

 

 

「フゥ〜……」

 

 その晩、私は部屋の窓を開けて、夜風に当たりながらタバコを吸っていた。

 すると下の方に人の気配を感じたので、少し身を乗り出して外を覗いてみると、ボーシヤとアグニが、プールサイドに二人きりで話をしていた。

 ボーシヤは、ホテルの9階の窓からでもわかるほど、アグニに親しげに接していた。

 

 うっは!BL!

 私でなきゃ見逃しちゃうね。

 

 …とまあ冗談はさておき、何を話してるのかしら?

 う〜ん…この距離じゃ、窓を開けても聴こえないわね。

 盗み聴きするのも趣味悪いし、諦めて寝ましょ。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

アグニside

 

「『答え』…!?」

 

 俺は、夜中に剛にプールサイドに呼び出され、昼間に考えていた事を聞かされた。

 俺とボーシヤ…剛は、昔馴染みのダチ同士だ。

 『ビーチ』の仲間にも相談できねぇような話を、こうやって俺を呼び出して話してくる。

 剛から聞かされた考えというのは、全てのトランプを集めたらこの国から脱出できる、それこそがこの国の『答え』だと、ここにいる皆に信じ込ませるというものだった。

 

「快楽だけじゃ『ビーチ』の連中の心は救われねぇ。皆の気持ちが一つになって、生きる活力が湧いてくるような、もっとドデケェ、希望が必要なんだよ!!」

 

「だから皆に嘘をつくのか…?『全てのトランプを集めれば、この『今際の国』から出国できる』と」

 

「『答え』は…必要だろ?情報源(ソース)は伏せて、信憑性があるように装えば問題ねぇべ。秩序も必要だ。ナンバー制度を導入し、『ルール』を制定しよう。悪ガキ共の面倒は任せる。奴等を統率しつつも、鬱憤が溜まらねぇ程度に騒がせてくれ。必要なら、オレと対立している体を取ってくれても構わねぇ。ダチとして…汚れ役を…引き受けてくれるか?」

 

「…剛。お前は…王にでも、なるつもりか…?」

 

 結局俺は、ダチの頼みを断れなかった。

 この日から、剛は変わっちまった。

 この時、力ずくでも止めてやるべきだったんだ。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

ツエダside

 

 翌日、私達初期メンバーはボーシヤに呼び出されて、ある話を聞かされた。

 

「『答え』…!?」

 

「本当に、この国から出られるの…!?」

 

「そうとも、オレは『答え』を知っている!全てのトランプを集めれば、この国から脱出できる!それがこの国の唯一の『答え』だ!」

 

 ボーシヤは、『トランプを全種類集めればこの国から脱出できる』、私の前でハッキリそう言った。

 だけど私には、どうもその話が嘘臭く感じられた。

 私は、ボーシヤの話を遮って尋ねた。

 

「ちょっと待って、それって本当なの?情報源(ソース)は?どこで知ったのよ、そんな話」

 

「悪いが情報源(ソース)は明かせねぇ。オレも()()()()()()()()からな。だが、『全てのトランプを集めれば、この『今際の国』から出国できる』、これは確かな情報だ」

 

 『排除されたくない』…それって、情報源(ソース)をバラしたら、『びざ』切れで死ぬ時みたいにレーザーで撃たれるって事?

 情報源を誰にも明かさない代わりに出国条件を訊くっていう取引を運営側と交わして情報を聴き出したとかなら、『ソースは明かせないけど確かな情報』っていう彼の発言も、一応説明がつく。

 まあ私は、全てを完全に信じたわけじゃないけどね。

 

「それが本当の話だったとして、どうして今まで皆に話さなかったの?」

 

「トランプを巡って殺し合いになるのを避けたかった。だが今は、そうも言ってられない状況になってる。お前らもわかってるだろ?オレ達皆で一丸となって、元の世界に帰るんだよ!」

 

「…………」

 

 私は、ボーシヤの発言に対して半信半疑だった。

 正直今になって急に言い出したのが怪しいけど、私達の誰もボーシヤの状況を完全には把握していない以上、彼の証言の真偽を確かめるのは悪魔の証明だ。

 殺し合いを避けたいから今まで黙ってたけど、『今際の国』の絶望に苦しんでいる『ビーチ』の皆を見て考えが変わった、というのも理屈としては理解できなくもない。

 だけど、何か引っ掛かるのよね…

 私がどこか腑に落ちないでいると、クズリューがボーシヤに尋ねる。

 

「君の言い分はわかった。だが、トランプを全種類集めたとしても、元の世界に帰れるのはせいぜい1人か2人…出国者をどうやって決めるつもりだ?皆が納得できる形で決めないと、結局争いは避けられないんじゃないのか?」

 

「だろうな。そこで、これだ」

 

 そう言ってボーシヤは、私達にホテルのロッカーキーを配った。

 私に配られたピンク色のロッカーキーには、『007』の数字が印字されている。

 

「今日からナンバー制度と、秩序を守る為の『ルール』を制定する。ナンバーが小さい奴ほど、先にこの国から出国する権利を得られる。お前ら初期メンバーのナンバーは固定で、それ以外の奴は『ビーチ』への貢献度に応じてナンバーを入れ替える。それなら誰も文句ねぇべ?」

 

 確かにそれなら、とクズリューとアンが納得した。

 一番『ビーチ』に貢献してきたのは私達初期メンバーなんだから、他の連中より先に出国する権利を得られるのは当然。

 私に与えられた『007』のナンバーも、『ビーチ』に加入した時期を考えれば妥当ではある。

 ミラとマヒルも、ボーシヤの提案に文句は無いようだった。

 アグニとニラギは納得していなかったけど、今はそれしか元の世界に帰る手がかりがなかったので、最終的にはボーシヤの提案に従った。

 

 

 

「聞け!!同志ら!!希望は確かに存在する!!我々は諸君の求める、『答え』を知っている!!」

 

 ボーシヤは、その晩『ビーチ』の皆に向かって演説をした。

 私は大袈裟に演説をする彼を遠くで見ながら、深くため息をついた。

 

 あの後、私達はすぐ全員にナンバーを割り振る作業に取り掛かったわけだけど、ちょうど『009』のキーが余っていたので、もう1人幹部に入れようという話になった。

 話し合いの末、No.2のアグニとNo.4のニラギの推薦で、ラスボスが幹部に入る事になった。

 ボーシヤが二人の推薦をあっさり採用したのは、あの狂犬を野放しにするよりは手元に置いてリードをつけておいた方が安全っていう考え故でしょうね。

 

 何か、私が『ビーチ』に来た時とは、随分と変わってしまった。

 あの頃のボーシヤは私達と対等な仲間で、『答え』なんか無くても、この国での絶望を忘れられた。

 それで良かったはずなのに。

 ……何でこうなっちゃったのかしらね。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 『今際の国』に来てから、一ヶ月が経つ頃。

 私は、『げぇむ』から帰ってきた仲間から回収したカードをチェックして、新しく回収したカードがあれば、壁に書かれたトランプの絵に赤いペンキでバツをつけた。

 

 『ビーチ』のルールはたったの2つ。

 一つは、『『ビーチ』内では水着着用』。

 もう一つは、『カードは全て『ビーチ』の財産』。

 要は、『げぇむ』でトランプを手に入れたら、それを全部『ビーチ』に差し出せって事だ。

 その二つのルールさえ守れば、安心で快適な生活が約束されている。

 このルールのおかげで、以前よりはだいぶ治安が良くなった。

 

 

 

「505、異常なし。次」

 

 回収したカードを全てチェックした後は、『ビーチ』内の見回りをした。

 私達『ビーチ』のメンバーには、ナンバーに応じて部屋が割り振られている。

 鍵を持ち出されたまま『げぇむ』で死なれると下のナンバーの者に部屋の引き継ぎができないので、鍵をかけられないように、ホテル内は全室鍵穴を接着剤で潰してある。

 だからこうして一部屋一部屋ドアを開けて、異変がないかを確認しているのだ。

 

 あ゛〜、なーんか…飽きてきたな。

 私、やっぱり単純作業って嫌いだワ。

 心の中でそう呟きながらドアを閉めた、その時だった。

 

「あなた達、どういうつもり!?」

 

 廊下の奥から、アンの声が聴こえた。

 

「アン?」

 

 私が様子を見に行くと、そこには信じがたい光景が広がっていた。

 

「ん゛ーっ!!ん゛ーーー!!」

 

「ここで見た事、誰にも言うんじゃねぇぞ?じゃねぇと腹割いちまうぞ」

 

 男二人が、アンをベッドに押さえつけて手で口を塞ぎ、ナイフでアンを脅していた。

 部屋のテーブルには、トランプが散乱している。

 …なるほど、隠し持ってたトランプがアンに見つかったから、口封じしようとしたってわけ。

 

「やめなさい」

 

 私は、アンを脅している男の頭に、ハンドガンの銃口を向けた。

 

「両手を挙げて、彼女を離しなさい。余計な事したら撃つよ」

 

「そうかよ、撃ってみろよ」

 

「ん゛ーーーー!!」

 

 私が銃を突きつけて警告すると、男二人はアンの口を塞いだまま人質にしてきた。

 私が撃つのを躊躇うと、二人が私を睨みつけながら口を開く。

 

「お前らどうせ、オレ達を元の世界に帰す気なんかねぇんだろ?『ビーチ』の為とか何だとか言って、結局自分が助かりてぇだけじゃねぇか!」

 

「このトランプは、オレ達が命懸けで手に入れたんだ…誰がお前らなんかの為に渡すか!オレ達は、お前らの奴隷じゃねぇ!!」

 

 二人が必死に叫ぶのを聞いて、私は彼等を撃てなくなってしまった。

 この人達は、おかしくなってしまったんじゃない。

 生きて元の世界に帰りたいだけなんだ。

 じゃあ、私がこの人達を撃つ理由は…?

 私が銃を下ろそうとした、その時だった。

 

 

 

「今の言葉は…本当かね?」

 

 背後から、血を這うような声が聴こえた。

 私を押し除けて部屋に入ってくるボーシヤの威圧感に、男二人は言葉を失って固まる。

 私はこれを、チャンスと捉えた。

 

「アン!!」

 

 私が叫ぶと、男二人の隙をついてベッドから転げ落ちたアンが、私の胸の中に飛び込んでくる。

 私はアンの身体をしっかり受け止めて、すぐにその場を離れた。

 その直後だった。

 ボーシヤが男の顔に右ストレートを叩き込んでぶっ飛ばしたのは。

 

「がぁっ…!!」

 

 殴られた男は、血と折れた歯を吐き出しながらベッドから転げ落ちる。

 その時に男がぶつかったテーブルが倒れ、トランプが宙に舞って床に落ちた。

 ボーシヤがもう一人の男に視線を向けると、彼はビクッと肩を跳ね上がらせて後退りする。

 

「ひぃっ!ま、待っ…!!」

 

 ボーシヤは、男が許しを乞うのを無視して、男の顔を力いっぱい殴った。

 拳が顔にめり込んで、グシャ、と嫌な音が響く。

 私は、生々しい暴力の光景を見て腰を抜かしているアンを、部屋の外に連れ出した。

 するとそこへ、クズリューとマヒルが駆けつけてくる。

 

「何があった…!?」

 

「ぼ、ボーシヤが…ボーシヤが…!!」

 

 クズリューが尋ねると、アンが過呼吸を起こしながら部屋を指差す。

 私がアンを介抱している今もなお、ゴッ、ゴッと骨同士が強く衝突する音が響いている。

 

「クズリュー、マヒル…アグニを呼んできて。ボーシヤを止められるのは、彼しかいない」

 

「あ、ああ…」

 

「わかったよ…」

 

 私が言うと、二人がアグニを呼びに行く。

 それから5分とかからず、二人がアグニを連れてきてくれた。

 

「アイツは…この中か?何が……あった?」

 

 アグニは、私の腕の中でガタガタ震えるアンを見て、全てを察した。

 

「テメェらは、入ってくるな…」

 

 アグニはそう言って、一人で部屋の中に入る。

 部屋の中には、全身を返り血に染め、荒れた呼吸を整えるボーシヤがいた。

 彼の近くには、原型を留めない程に顔が潰れた男二人が力なく倒れていた。

 恐らく彼等はもう、息をしていない。

 

「…殺したのか?素手で…」

 

「コイツらは…同志などではなかった…隠し持ってやがったんだよ…皆の希望…出国の為のトランプを。彼等は侮辱したんだ。同士が一丸となり、命を懸けて1人の出国者を誕生させるという、『ビーチ』の希望を…!!本日をもって、3つ目の『ルール』を制定する!!『裏切り者には死を』!!」

 

 この日から、ボーシヤはおかしくなっていった。

 …いえ、元々壊れかけていて、今回の件がそれに拍車をかけた、と言うべきかしらね。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「全ては『ビーチ』のため!!大義のために!!戦おう!!同志諸君ッ!!!!」

 

 その日の夜、私は幹部の一人としてボーシヤの演説を聴きつつ、心の中で舌打ちをした。

 私の知るボーシヤは、こんな奴じゃなかった。

 こんなボーシヤなんか、見たくなかった。

 『ビーチ』の連中も、どいつもこいつもバカばっか。

 コイツら、自分達のせいでボーシヤがおかしくなってしまった事に気づきもしてない。

 

 これのどこが理想郷なのよ。

 今の『ビーチ』は、ただの地獄よ。

 

 私は、この国に帰る場所さえあれば、『答え』なんか要らなかった。

 それだけが、私にとっての希望だった。

 だけどボーシヤ、あなたにとってはそうじゃなかったんだね。

 楽しかったあの頃に戻れないなら…もう、いいよ。

 このまま理想から遠ざかるくらいなら、こんな楽園(じごく)、ぶっ壊れちゃえばいいんだ。

 

 あーあ。

 誰か『ビーチ』をぶっ壊してくれないかなぁ。

 そんな事を心の中で呟きつつ、今夜も『げぇむ』会場に入る。

 いつも通り他の参加者を観察していると、一人だけ気になる参加者がいた。

 パーカーのフードを目深に被ったお兄さんが、『げぇむ』会場のコンセントでiPhoneを充電しながら音楽を聴いている。

 

「〜♪」

 

 わぁお、鼻唄まで歌っちゃって、度胸あるわ〜。

 もしかして、彼なら…?

 いや、まさかね?

 

 

 

 ───今際の国滞在34日目

 

 残り滞在可能日数 

 

 潰田千寿 21日

 

 

 

 

 

 




この作品には、襲われそうになって泣き喚くかわいそうかわいいオリ主ちゃんも、くっころする姫騎士系オリ主ちゃんもいません。
うちのオリ主は、風邪引いてる時に襲ってきたレ◯プ魔の舌を噛みちぎって逆レしようとするキ◯ガイババァです。

原作とドラマを見て、『ビーチ』の人達がフルーツとかをどこでどうやって手に入れたのか疑問だったんですが、『げぇむ』会場から大量にパクって『ビーチ』に持ち帰って業務用冷蔵庫とかに保管していると考えれば納得できました。
あと『ビーチ』のナンバーですが、初期メンバーにオリ主がいるので、ミラとラスボスが1個下がってます。
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