きこくみっかめ
くだらない日常からの解放。
現実逃避、中二病、ピーターパン症候群…
呼び方なんか関係ない。
どこでもいいから。
どこか知らない国へ行きたいと思った事はない?
東京行きの飛行機に乗った私は、ふとしたきっかけから、隣に座っていたお兄さんと会話を弾ませた。
私は、興味本位で彼に少し踏み込んだ質問をしてみた。
「自分が何の為に生きているのか…考えた事、あります?」
私が尋ねると、お兄さんは考え込むような仕草をしてから、少し戸惑ったように笑った。
「さぁ…分かりません」
「私もです」
お兄さんが笑いながら答えるので、私も笑いながら答えた。
何だか、今初めて会ったはずなのに、この人とは他人の気がしない。
私達、もしかしたら似た者同士なのかもしれないわね。
「……私、死のうと思ってたんです。生き甲斐にしていたものは、呆気なく消えちゃって…生きていても、いい事なんか何も無くて……でも、自殺する度胸なんかなくて…そんな最低な気分をズルズルと引きずったまま、ここまで来ちゃいました…」
私は、お兄さんに自分の話をした。
今会ったばかりの、名前も知らない赤の他人なのに。
いや…名前も知らない赤の他人だからこそ、こうして話せたのかもしれない。
「すみません…ホント、何やってんだろ…」
話しているうちに、泣きたくもないのに、涙が溢れてきた。
本当に、私らしくもない。
私が泣いていると、お兄さんがハンカチを差し出してくれた。
私は、お兄さんの話も聞いた。
お兄さんは国際弁護士をしていて、金を持たない貧困層の命が軽視され、富裕層ばかりが得をするこの国のシステムそのものに嫌気が差し、日本に帰る事にしたのだという。
「……私には、もうわからないんだ。何を決めていいのかも…」
お兄さんは、俯いて眉間に皺を寄せながらそう語った。
彼も、私と同じ…名前も知らない赤の他人だからこそ、悩みを打ち明けられたのかもしれない。
……どうしてだろう。
他人がどうなろうと知ったこっちゃないと思っていたのに。
こんな人生とオサラバしてやろうかとも思ったはずなのに。
無性に、余計なお節介をしたくなるのは。
「別に、無理に決める必要ないんじゃないですか?」
私がそう言うと、お兄さんは顔を上げる。
「きっと命の価値は、皆自分で決めていて、それは多分全部が正解で、納得できなくなったらまた別の答えを探せばいい。答えを出したくないなら、出さなくてもいい…そういうもんなんだと思います」
私は、お兄さんに自分なりの答えを伝えた。
そういえば…そんな事、一度も考えた事なかったな。
私は、自分さえ良ければそれで良くて、他人の事なんかろくに見ちゃいなかったから…
「……私、あなたと話せて良かったです。私は自分の事で精一杯だったから…そんな事、一度も考えた事ありませんでした」
私がそう言うと、お兄さんは少し不思議そうな顔をした。
東京に着くまでの間、私はお兄さんと会話をして過ごした。
◇◇◇
国際空港に着いた後、私はお兄さんにタクシーに相乗りさせてもらった。
この時間、全然タクシー走ってないんだもんなぁ。
「いやぁ、助かりました。この時間、全然タクシー走ってないから…そういえば、まだ名前聞いてませんでしたね。私、潰田っていいます。あなたは?」
「私は……九頭────
お兄さんが名前を言いかけた、その時だった。
「…ん?何あれ、花火?」
空に、夥しい数の花火が上がる。
こんな時間に花火?と思いつつも、花火を眺めていると…
「……は?ちょっと待って…なんか、デカくない…!?」
◇◇◇
《えー、こちらは、東京上空からの映像です!大気中で爆発した隕石が23区全域に降り注いで既に2日が経ちますが、依然として火の手が上がっている地区もあります!死者2千人、負傷者2万人を超える人的被害をもたらした隕石落下による災害は、歴史上初めてのものです!専門家の調査によると、分裂直前の隕石の直径は、推定で25m、重さは1.5万トンを超えるとも言われており、衝撃波によるガラスの破損報告は、東京都のみならず他県にまで…》
私が入院している病室に備え付けられたテレビから、女性アナウンサーの声が聴こえる。
画面には、焼け野原となった東京が映っていた。
うわぁ…やばぁ……
これだけデカい災害となると、CNNとかでも取り上げられてそうだなぁ。
なんて考えていると…
「Good morning, Ms.Tsueda. Are you awake?」
若い看護師さんが、少し拙い英語で話しかけてくる。
「ああ、日本語で大丈夫ですよ」
私がそう言うと、看護師さんは安堵のため息をついてから、日本語で声をかけてきた。
「潰田さん。おはようございます。体温と血圧測りますね。どこか具合が悪いところはありませんか?」
「ところどころ痛みますけど、大丈夫です」
私がそう答えると、看護師さんが朝の検査をした。
どうやら私は、ところどころ火傷をしていて、お腹には鉄片が刺さって臓器を損傷し、右肩にも瓦礫が当たって貫通しているらしい。
看護師さんの話によると、私は2分間もの間心肺が停止していて、あと少しでも救助が遅れていたら助からなかったという。
だけど幸い、身体には特に後遺症は無く、怪我が治り次第退院できるそうだ。
心肺停止の重傷からよくここまで回復したものだと、看護師さんが呆れていた。
それはそうと、何でもいいから酒が飲みたい…あとタバコも吸いたい…
「あの…ビール買ってきちゃダメですか?」
「ダメです!」
私が言うと、看護師さんは鬼の形相で反対してきた。
うわ、怖ぁ……
「あなたは2分間も心肺停止の重傷に陥っていたんですよ!?まだお腹の傷も塞がっていないのに…飲酒なんてもってのほかです!あと、喫煙もです!とにかく、退院までは絶対安静ですよ、いいですね!?」
「………スイマセン」
看護師さんにありがたいお言葉をいただいた私は、小さな声で謝る事しかできなかった。
いや…本当にもう、おっしゃる通りで…
◆◆◆
大木場柊色side
「おはよう、柊色」
「兄さん…」
私がニュース番組を流しつつ、外の景色を眺めていると、英樹兄さんが見舞いに来てくれた。
兄さんは、お見舞いにブドウを持ってきてくれた。
「体調大丈夫か?」
「ええ…兄さんこそ、仕事は?」
「今それどころじゃねーっての。兄貴は仕事に追われてっけど」
そっか…一志兄さんは仕事か…
患者の治療に追われてるんだろうな…
なんて考えていると、英樹兄さんが苦笑した。
なんとなく、大切な人が亡くなって悲しいのを私に悟られないように気丈に振る舞っているように見える。
「……菱川先生の事、残念だったね」
私がその名前を出すと、兄さんの表情が曇った。
兄さんが片想い中だった女医さんだ。
私も一度だけ会った事があるけど、とても聡明で優しそうな人だった。
彼女が兄さんの事をどう思っていたのか、今となっては誰にもわからないけど…
「……いい人だったよ。こんな事になるなら、せめて気持ちくらいは伝えときゃあ良かったな…」
兄さんは、窓の外を眺めながらそう言った。
だけどすぐに気持ちを切り替えて、上を向いたかと思うと、今度は私に話しかけた。
「お前の担当の先生から聞いたんだけどさ。お前、レスキュー隊に発見された時、40秒くらい完全に心臓が止まってたんだと。それって、すげぇ事だよな。オレは、お前が生きててくれて嬉しい」
そう言って私の方を振り向く兄さんの目には、涙が浮かんでいた。
全然知らなかったな、兄さんが私の事をそんな風に思っていたなんて…
「柊色、今までごめん」
「え……?」
兄さんが、いきなり私に頭を下げてきた。
「お前が発作で倒れた時、初めて気づいた。オレにとって、お前は何よりも大事な存在だったんだって。お前を失いたくなくて、陸上をやめてほしくて、虐めた。けど本当は、羨ましかったんだろうな。オレには無いものを持ってるお前の事が。ここにはいねぇけど、兄貴も気持ちはオレと同じだ。今更謝って許される事じゃねぇと思うけど…」
……なんだ。
私、兄さん達の事、何も分かってなかったんじゃない。
自分の事ばかり考えて、自分の殻に閉じこもって…兄さん達が心配してくれてるなんて、考えた事もなかった。
「いいよ。もう怒ってない。自分の事ばっかりで、兄さん達の言葉に耳を貸さなかった私も悪かったの」
「柊色…お前、なんか変わったな」
私が笑って兄さんを許すと、兄さんは驚いたような顔をした。
変わった……か。
確かに、そうかもね。
心肺停止を経験して、見える景色が変わったかも。
「…あのね、兄さん。私、夢ができたの。私は、医者になりたい。私のように怪我や病気に苦しむ選手を、1人でも多く助けたいの。父さんとも、ちゃんと話をしないとな…」
「親父なら、きっと応援してくれるさ。だって親父、お前が意識を取り戻すまで、一睡もせずにそこでずっと待ってたんだぜ?」
嘘…父さんが……?
……はは、私も父さんの事、何もわかってなかったって事だね。
今なら、父さんとちゃんと話ができそうな気がする。
「コーヒー買ってくる」
「おい待てよ、お前脚怪我してんだぞ?無理するなよ」
「……なんでかな。今は外に出て、誰かと話したい気分なんだ」
そう言って私は、松葉杖をついて、病室の外に出た。
病室の外は、お医者さんや看護師さん、隕石災害で負傷した人達が行き交っていた。
私が廊下を歩いていると、どこからか声が聞こえてくる。
「手を尽くしましたが、あなたの妹さんは……」
「そんな…っ、ハル、ハル……!!」
高校生くらいの女の子が、担当医の先生と看護師さんの話を聞いて涙を流していた。
彼女もきっと、大事な人を亡くして心に深い傷を負っているのだろう。
早く、良くなるといいな……
身体の傷も、心の傷も。
そんな事を考えていると、別の病室の前に辿り着いた。
1504号室の名札差しには、『苣屋 駿太郎』『韮木 傑』と書かれた名札が入っていた。
ここにも、隕石災害で負傷した人が入院してるんだな…
早く元気になるといいな……
なんて考えつつ、名札差しに差された名札をそっと撫でた、その瞬間。
「ニラ……ギ……?」
一瞬頭の中で、ノイズがかかった。
なんでだろう。
一度も会った事がない他人のはずなのに…
この人の事、知ってる気がする。
この人にずっと、会いたかったような気がする。
「アンタ、そんなとこで突っ立ってどうしたの?」
突然、後ろから声をかけられた。
振り向くと、後ろには車椅子に座った女の子がいた。
「あ…いや……ここにも患者さんが入院してるんだなって…」
そう答えつつ、視線を下に落とす。
女の子の左脚は、脛から下が無くて、切断面に包帯が巻かれていた。
「ああ、これ?崩れた屋根にグシャリよ。まー心臓も止まっててやばかったらしいから、生きてるだけマシってやつ?」
「そっか……あなたもなのね。実は私も、心臓が完全に止まってたんだ」
「マジ?チョー奇遇じゃん」
私の話を聞いた女の子は、あっけらかんと笑った。
彼女は、本当に強い人だ。
脚を失ったのに、笑っていられるなんて…
「アタシさ、前より生きてる事が嬉しいんだ。キラキラした未来を夢見ちゃってる感じ?」
「……私も。やっと夢が見つかったんだ」
私と女の子は、お互いの顔を見て笑い合った。
…どうしてだろう。
この子とはなんだか、他人の気がしないな。
「私、柊色っていうの。大木場柊色。あなたは?」
「塀谷よ。塀谷朱音」
私が尋ねると、塀谷ちゃんは明るく笑顔を浮かべながら答えた。
二人で談話室に向かいながら話していると、塀谷ちゃんが何かを思い出して、私に話しかける。
「ねぇ、せっかくだしお互いマイミクしようよ。死にかけたもん同士、アンタとは仲良くなれそうな気がするんだよね……って、実際死んでる人もいるのにフキンシンか」
「いいんじゃない?私も、塀谷ちゃんとはいい友達になれそうな気がする」
ばつが悪そうな顔をする塀谷ちゃんに私が微笑みかけると、塀谷ちゃんも笑顔を浮かべた。
私も、死にかける前より生きてる事が嬉しい。
だって、こんなに気の合う友達に会えたんだもん。
彼女ともっと仲良くなれたらいいな。
塀谷ちゃんと一緒に談話室に向かう途中、私がさっきまで立ち止まっていた病室を振り向く。
……なんだろう。
気のせいかもしれないけど…
私は、韮木さんという人と、どこかで会った事があるような気がする。
あの人に、何か恩があるような……そんな気がする。
赤の他人にこんな事を思うのも、おかしな話かもしれないけど…
早く元気になってほしいな。
◆◆◆
潰田千寿side
《亡くなられた被災者の方々には、心よりご冥福をお祈り申し上げます》
私は、ニュースに映っていた、犠牲者の一覧に目を向ける。
ーーー
井上萌々花さん 佐村隆寅さん
久間欣治さん 山根魁翔さん
芹沢毅斗さん 弾間剛さん
竜田康大さん 柏木謙介さん
椎羅日勲さん 九条朝陽さん
苅部大吉さん 九頭龍慧一さん
勢川張太さん 如月詩さん
大門妃納子さん 紫吹小織さん
加納未来さん 設楽颯胡さん
菱川玲香さん 富庭暖さん
剣崎貴那さん 野茨荊太さん
蝶野葉太さん 蝶野白帆さん
布良明悟郎さん 布良針子さん
黒葉蘭寿郎さん 鷲見蓮紫さん
砂布龍飛さん 四葉真里さん
木馬栄美さん 相川夏琉さん
剣立雄士さん 赤鉾楯兵さん
七海悠斗さん 仙田五郎さん
ーーー
亡くなった人の名前を見ていると、『九頭龍慧一』という名前が目に留まる。
私がタクシーに相乗りさせてもらったお兄さんだ。
主治医の先生から聞いた。
レスキュー隊に救助された時、彼が私の上に覆い被さっていたそうだ。
本来私を即死に追いやるはずだった瓦礫や炎のほとんどは、彼の身体に堰き止められ、そのおかげで私は致命傷を負わずに済んだらしい。
私が無理を言ってタクシーに相乗りさせてもらわなければ、彼が私を庇って死ぬ事もなかったのかもしれない。
私のくだらない愚痴を聞いてくれた優しい彼が、亡くなってしまった。
私の命と引き換えに……
そんな事を考えながら、私がテレビを眺めていると、看護師さんがテレビを消した。
看護師さんは、複雑な感情を抱いている私に対して話をした。
「
看護師さんは、私に優しい言葉をかけてくれた。
彼が亡くなって、自責の感情が無いわけじゃない。
だけどあんな経験をした今、もう死んで楽になろうという気持ちは微塵もない。
どうして私が死の淵から帰ってこられたのかはわからない。
私は死の淵で、何を見たんだろう。
希望か、絶望か……
もし死の淵で絶望を見て、それでも戻ってこられたのだとしたら…きっと、それでも生きたかったのかもしれない。
生きていても、いい事なんて何も無いのかもしれない。
同じ過ちを、また繰り返すのかもしれない。
それでも、この命がある限り、精一杯生きていこう。
「…すみません…カーテン、開けてもらえませんか?」
「え…?」
「外の景色を、見たい気分なんです」
私がそう言うと、看護師さんはカーテンを開けてくれた。
窓の外には、雲ひとつない青空が広がっていた。
あぁ……
今まで下ばかり見て生きてきたから、気づかなかった。
空って、こんなに綺麗だったんだな。
◇◇◇
「酒が飲みたい」
「ダメです」
「飲ませてください」
「ダメです」
「1滴だけでも」
「ダメです」
「もう治りました」
「ダメです」
「祝い酒って事で…」
「ダメです」
「飲ませてくれなかったら夜泣きします」
「他の患者さんに迷惑なのでやめてください」
ハァ〜イ、アタシ、潰田千寿!この前30歳になったばっかりの無職の酒カスヤニカスギャンカスのカス三冠王で〜す。
どうしてもお酒が飲みたいので看護師さんに訴えてみたけど、見ての通りメチャクチャ怒られてま〜す。
東京に未曾有の被害を出した隕石災害から、2ヶ月が経った。
9月も半ばだというのに、まだまだ暑い日が続いている。
お腹や肩の傷は癒えてきて、今では外を自由に歩き回れるようになっている。
念の為検査をしてから、近日中に退院する予定だ。
この調子だと、多分今週中には退院できるだろう。
「でさぁ、酒止められたんだよ〜。マヂ酷くね?」
『あたりめーだろ。バカかテメェは。大体テメェ、酒とタバコやりすぎなんだよ。肝臓と肺やられてもしらねぇぞ』
「へいへい」
朝の検査を終えた後、私は中庭のベンチに座って、元同僚のヘンリーに電話をした。
学生時代からの腐れ縁で、私達が起業するのをサポートしてくれたのもコイツだ。
『会社の事なら心配すんなよ。オレらで立て直してやっから。そっちは身体の心配だけしてろよ』
「……うん。苦労かけたな」
ヘンリーが会社の話をするので、私は彼に礼を言った。
あの後、私とサムで立ち上げた企業は呆気なく倒産した。
私が会社を辞めて程なくして、金に目が眩んで暴走したサムに便乗して私腹を肥やしていたバカ共の悪事が明るみになったそうだ。
それを受け、国防総省は企業との契約を解消し、私の開発した軍用AIを使った新兵器開発もお蔵入りになったらしい。
私の開発した軍用AIが誰かに悪用され、大勢の人の命を奪う未来は、永遠に来なくなったというわけだ。
そもそも開発者の私が研究を中止して退職した時点で、例のプロジェクトはとうに破綻していたのだけれど。
さらには先日の東京での隕石災害が拍車をかけ、株価が大暴落し、企業は巨額の赤字を抱えた。
私はその事を、CNNで知った。
幸い、サムの異変に気づいた賢い社員はずっと前から脱却する準備をしていて、大打撃を受けたのは金に目が眩んだバカ共だけだ、とヘンリーは笑っていたけど。
ヘンリーは……まぁ、アイツなら自分でなんとかするだろうな。
なんて考えていると、ヘンリーが話を変える。
『ああ、そうそう。それと、お前に伝えとかなきゃいけねぇ事があるんだった』
「何よ」
『お前の父親が、お前に会いたがってる』
「え……?」
ヘンリーが、思いがけない報告をした。
私には、父親というものがいない。
男嫌いで潔癖症の母が、精子バンクを利用して私を産んだからだ。
だけど私は、幼い頃、父親というものに関心を持って、自力で父親を調べて一度だけ会いに行った事がある。
私の父親が医療界では有名な外科医だったおかげで、父親はすぐに見つかった。
私が彼の家に行った時、彼は既に新しい家庭を持っていて、私の腹違いの妹までいた。
家庭を持って幸せそうな彼が、母や私の事を気にかけているなんて、一度も考えた事がなかった。
『何でも、賞を取ってニュースに取り上げられてるお前を見て、お前が母親のファミリーネームを名乗っていたから、お前が娘だって事に気付いたんだと。今は退職して田舎町で娘と2人暮らししてるらしいぜ。2人とも、お前に会いたいって言ってる。会いに行くか?』
その話を聞いて、私は、かつて見たその家族の幸せそうな光景が脳裏に浮かんだ。
よく陽の当たる庭を歩く夫婦と、生まれたばかりの小さな娘。
お姫様みたいに大事にされている彼女を見て、私が無駄な時間を過ごしている間、あの子はどれだけ幸せだったんだろうと絶望した。
日陰者の私には、一生縁がない世界だと思っていた。
陽の下しか歩いた事がない彼等が、私に関心を向けるはずがないと思っていた。
彼等はきっと、善意で私に会いたいと言ってくれているのだろう。
だけど……
「…やめておく。アタシの家族は、これから自分で探すわ」
『そうか』
私は、ヘンリーの提案を断った。
今の私には、陽の下は眩しすぎる。
まだ、私はそこを歩けそうにない。
もし彼等に会う日が来るとすれば、私が自分の力で家族を手に入れた後だ。
『センジュ。お前は自分が思ってるほど、無価値でくだらねぇ人間じゃねぇぞ。お前の事は、アイツが命懸けで守ったんだ。お前は、絶対幸せになれよ』
ヘンリーはそう告げると、電話を切った。
サムは最期まで、私を守ってくれていた。
散々人を裏切り傷つけてきた私を、最期まで信じ抜いたんだ。あのバカは。
「……言われなくたって、なってやろうじゃねぇの。幸せによ」
私は、空を見上げて決意を固めた。
この先、つらい事が数えきれないくらい待っているのかもしれない。
その度に、また懲りもせずに誰かを傷つけたり、自暴自棄になったりするかもしれない。
それでも、最期まで足掻いて、全力で生きて、絶対幸せになってやる。
私の命は、私1人のものじゃない…サムと九頭龍、二人の男が生かしてくれた命だから。
ここから退院したら、まずは何をしよう。
まずは、九頭龍の遺族に挨拶をして、お墓参りに行こう。
それから、仕事と家も探さないとな。
隕石災害の被災者用の仮設住宅があるから、しばらくはそこに住まわせてもらうとして…仕事はどうするかなぁ…
いっその事、自分で新しい事業を始めてみるのもアリだな。
私って才能はある人だから、なんか上手くいきそうな気がする。
「こんにちは」
不意に、声をかけられた。
振り向くとそこには、青い院内着を着た髪の長いお兄さんが立っていた。
プラチナブロンドの細い髪が、陽の光を反射してキラキラと輝き、風を受けて揺れていた。
「…こんにちは」
私は、いきなり話しかけられた事に少し戸惑いつつも、ぺこりと会釈をして挨拶を返した。
彼は、雲ひとつない晴天を仰ぎながら口を開く。
「いい天気ですね」
「そうですね…」
「空がこんなに綺麗なんだって…死の淵から戻ってきて初めて、気づくことができました」
彼が空を見ながら言った言葉に、私は思わず僅かに目を見開いた。
同じだ。
私が病室から窓の外を見て初めて思った事と。
…なんだか、彼とは有意義な話ができそうな気がする。
「よかったら少し、話しませんか」
今度は私の方から、話を振ってみた。
私と苣屋さんは、中庭のベンチに腰掛けて話をした。
「あなたも、心肺停止を経験されたんですか?」
「ええ、まぁ…2分くらい…ですかね。隕石が降ってきた時、うわー死んだー、って思いませんでした?…って、死んでる人もいるのにこういう事言っちゃ不謹慎か」
「いや、別にいいんじゃないですか?実際僕達も巻き込まれたわけですし、不謹慎も何もないでしょ」
私が不謹慎な発言を反省すると、苣屋さんは正論で私の感想を肯定した。
どうしてかな…
こうして人と話していると、とても落ち着くのは。
「入院生活はどうですか?何か面白い事とかありましたか?」
「賑やかな同室者のおかげで、毎日退屈しませんよ。さっさと退院したいけど、当分は一緒に過ごさないといけなさそうだなぁ…」
「話し相手がいるだけいいじゃないですか。私の病室なんて、皆退院しちゃって今私1人なんですよ?」
「僕はそっちの方が羨ましいですけどね」
私が愚痴を言うと、苣屋さんは苦笑しながら返した。
苣屋さんの部屋には韮木さんという人がいるそうで、彼も私達と同じように心肺停止を経験したらしい。
少しうんざりした様子で韮木さんの事を話す苣屋さんだけど、案外満更でもなさそうだ。
そんな話をしていると、風が強く吹きつけた。
風に揺れる木から落ちた葉が、風に乗って舞い上がる。
そのうちの一枚が、苣屋さんの髪に引っかかった。
「風が強くなってきましたね。そろそろ戻りましょうか」
「あ、待って」
私は、病院に戻ろうとする苣屋さんを呼び止め、髪に引っかかった落ち葉を取った。
落ち葉を取る時、少しだけ手が彼の頭に触れた。
「取れた。すみません。落ち葉が付いてたものですから…」
そう言って私は、取った落ち葉を彼に見せた。
すると彼は、僅かに目を見開いて、私に話しかける。
「あの…オレ達、どこかで会った事ありましたっけ?」
彼にそう訊かれた私は、ほんの一瞬、思考が止まった。
まるで、ほんの一瞬だけ時が止まったみたいに。
なんだか私も、彼に会った事があるような……気がする…?
「…さぁ?面白い事言うのね、キミ」
そう言って私は、肩を竦めて微笑んでみせた。
私達は、そのまま二人で病棟に戻った。
その途中で通りかかった中庭のテーブルで、ウルフカットの女の子が、顔を火傷したお兄さんに楽しそうに話しかけているのを見かけた。
女の子が飲み物を渡しながらお兄さんに話しかけると、お兄さんは少し困惑した様子で飲み物を受け取る。
女の子は、院内着じゃなく普通の服を着ていて、杖をついている事以外に目立った外傷もない。
具合から見て、退院してからかなり経つはずだ。
わざわざ彼に会いに、この病院に来たんだろうか。
私がその様子を眺めていると、苣屋さんが口を開く。
「彼も外に出てたんだ」
「あの人が韮木さん?」
「はい」
「……ふーん」
どんないけ好かない野郎かと思ってたら…
聞いてた話と全然違うじゃん。
可愛い女の子に話しかけられて、鼻の下伸ばしちゃって。
見せつけてくれてんじゃないわよ。
なんて思っていると、苣屋さんが話しかけてくる。
「退院したら、映画でも見に行きませんか」
苣屋さんは、笑顔を浮かべながら私に話しかけてくる。
「言っとくけど、アタシ結構映画にはうるさいよ」
そう言って私は、ニヤリと笑って苣屋さんに右手を差し出す。
すると苣屋さんは、少し戸惑いつつも、探るように私の手を握った。
私は、思いの外温かい彼の手を、そっと握り返した。
澄んだ秋風が、私達の間を吹き抜けた。