「ク〜イナ〜♪」
「やめぇやそれ、ええ加減鬱陶しいわ」
チシヤとクイナに『ビーチ』の事を説明した後、私は酒を飲みながらクイナにだる絡みをして過ごしていた。
今日は色んな事があった。
チシヤとクイナと一緒に『げぇむ』を『くりあ』して、二人を『ビーチ』に連れ帰って…
…あれ?
そういや、チシヤどこ行った?
着替えてくるって言ったっきり見ないけど、いくらなんでも遅くない?
男の着替えに時間かかりすぎでしょ。
「ねえクイナ。チシヤどこ行ったか知らない?」
「知らんな。1人でどっかほっつき歩いとるんとちゃうか?」
「あー…」
クイナの言葉に、ありそうだな、と勝手に納得した。
アイツ、見るからにこういうワイワイしたの嫌いそうだからな。
まあ勝手な行動するなとは言わないけど、新入りが一人で行動したら変な奴に目をつけられそうだし…
………アイツまさか、
この際
「しゃーない、探しに行ってやりますか」
「ウチも行ってええか?」
「ついてこない方がいいと思うけど?」
「アンタなぁ、今日ここ来たばっかのウチを1人にする気か?」
「…確かに」
クイナはこの国に来たばっかりだからね。
ここの事とかも、まだそんなに詳しく教えてないし。
しばらくは、一緒に行動した方がいいのかもしれないわね。
◇◇◇
私とクイナは、着替えてくると言ったきり出てこないチシヤを探しに、ホテルに戻った。
すると案の定、メインロビーの屋上に1人で突っ立っているチシヤを見つけた。
『ビーチ』のルールに則ってパーカーとハーフパンツタイプの水着を着てはいるけど、誰とも群れようとせず1人で何かを眺めている彼からは、どこか異質なものを感じた。
彼の視線を目で追うと、何を見ているのかをすぐに理解できた。
「あーあ、見ちゃったか」
「アンタ、ここで何しとんねん…?」
私とクイナは、下を眺めているチシヤに声をかけた。
私達を一瞥してから、再び視線を下に落とす。
「いや…これが『ビーチ』の真の姿か…って思ってさ。下、見てみなよ」
そう言ってチシヤが指差した方へと歩くと、肉が腐ったような異臭が漂う。
下を覗き込むと、屋外のゴミ捨て場には、大量の死体が散乱していて、蛆や蝿が無数にわいていた。
「ひっ、死体!?」
腐敗が進み骨が露出した死体を見て、クイナは小さく悲鳴を上げた。
私は、腐敗臭を誤魔化す為に、タバコの煙を強めに吸い込んだ。
「『ビーチ』のルールはたったの3つ。最後の1つは、『裏切り者には死を』。裏切り者は、こうして処分されるってわけ。脱走を企てたり、トランプを差し出さずに隠し持っていたり…あとはNo.1の座欲しさにボーシヤを暗殺しようとした馬鹿もいたっけ」
「物騒だねぇ……」
「まあぶっちゃけ見せしめはほんの数人で、ほとんどが『げぇむ』で致命傷を負ったり、『びざ』が切れたりした奴なんだけどね?でもこれでわかったでしょ?この世界は、どこまで行こうと地獄。楽園なんかどこにもありゃしないのよ」
そう言いながら多摩川の方へ視線を移すと、橋の上に車のヘッドライトの灯りが見える。
そろそろ、アグニ達が『げぇむ』から戻ってくる頃かしらね。
「そろそろ戻りましょ?もうすぐ武闘派がここに来る頃だろうし、鉢合わせたら面倒だからね」
「武闘派?」
「あー…そういえば説明してなかったわね。この『ビーチ』は、No.1のボーシヤ率いる『カルト派』と、No.2のアグニ率いる『武闘派』の二大派閥が勢力を握ってるの。この2つの派閥は対立関係にあってね。今はなんとか均衡を保っているけど、いつ崩壊してもおかしくない。特に武闘派は、関わると碌な事にならないから気をつけた方がいいわよ?」
「そういうアンタは、カルト派なの?」
「んー…どっちでもないわね。アタシ、権力争いとか興味ないの。誰かの下につくなんて、息苦しくて疲れちゃう」
「ははっ、オレと同じだね♪」
私がフィルターだけになった吸い殻を携帯灰皿に押し当てながら言うと、チシヤが笑った。
…っと、そろそろ戻らないと。
仲間の死体処理は武闘派の仕事なので、いつまでもここにいると武闘派とエンカウントする可能性が高い。
私は、二人を連れてメインロビーの屋上から降りた。
私達がホテルに戻ると、ちょうど『げぇむ』から戻ってきたアグニ、ニラギ、ラスボスの三人と鉢合ってしまった。
あっちゃー、間が悪いネ、ホント。
私がどうやり過ごそうか考えていると、ニラギが話しかけてくる。
「おいババァ。誰だソイツら。知り合いか?」
ニラギは、チシヤとクイナを品定めするような目で見ながら私に尋ねる。
前はそんなに過激な性格じゃなかったのに、チンピラとつるんでからは暴力的な一面が顕著に現れるようになった。
「今日一緒に『げぇむ』を『くりあ』んだけどね、見込みがありそうだから連れてきたの。ボーシヤには2人の事を伝えてあるから、多分明日の会議にでも昇格の話が出てくるんじゃないかしら」
「あ?テメェ、オレらの知らねぇところで勝手な事してんじゃねぇぞ」
私がニラギに二人の事を紹介すると、ニラギは私にライフルの銃口を突きつけてきた。
私は、スッと目を細めてニヤリと笑うと、ライフルの銃口を口に咥えた。
私が銃口をしゃぶると、ニラギはドン引きして露骨に不快そうな表情を浮かべた。
「ノンノン、暴力はダメよボウヤ♪貴重なトランプ回収係を失ってもいいの?」
私が挑発するように言うと、ニラギが私の口からライフルを乱暴に引き抜く。
私の後ろでチシヤがニラギを小馬鹿にしたように鼻で笑うと、ニラギは面白くなさそうな表情を浮かべ、二人は至近距離でバチバチに火花を散らした。
そのままお互い半歩前に出て二人は幸せなキスをして終了、とかふざけてる場合じゃないよね〜。
そしてラスボスはというと、ハイライトのない目をじっとクイナに向け、クイナは顔を引き攣らせていた。
うっわぁ…完全に水と油じゃん。これ止めた方がいいよね?
そう考えたその時、この状況を見兼ねたであろうアグニが、一触即発の状態に終止符を打った。
「おい。ニラギ、ラスボス。何してる。行くぞ」
「はい」
アグニが命令すると、ニラギとラスボスは急にしおらしくなってアグニについていく。
ニラギは去り際に舌打ちをし、チシヤに「あんまり調子乗んじゃねぇぞ」と小声で捨て台詞を吐いた。
「ばいばぁ〜い♪」
私は、去っていく三人に笑顔で手を振った。
するとチシヤが、私に話しかけてくる。
「ねぇ、話があるんだけど」
「話?どんな話か聞かせてもらえるかしら?」
「いいけど…ここじゃちょっと話しづらいから、場所を変えてもいいかい?」
「そうね。じゃあアタシの部屋に来る?」
私は、チシヤとクイナを自分の部屋に案内する事にした。
あのイカ臭い部屋で話すのは嫌だしね。
二人を連れてエレベーターで9階まで上がり、906号室のドアを開ける。
No.1には最上階のロイヤルスイートが、そして私達幹部には9階のスイートルームが割り当てられる。
スイートルームは、リビングとベッドルーム、ウォークインクローゼット、ダイニングとミニキッチン、そして広いバスルームが完備された贅沢空間となっている。
今まで私しか使った事がないその部屋は、比較的綺麗に清掃されている。
「それで〜?話って何かしら」
私は、リビングのソファーにドカッと座り込み、脚を組みながらチシヤに尋ねる。
するとチシヤは、ニヤリと笑って話した。
「提案なんだけど、ここから抜け出さない?」
「………は?」
チシヤが言うと、クイナがポカンとした表情を浮かべる。
「絵札以外の全てのトランプがもうすぐ揃う。そうしたら、トランプを持ち出してここから出よう」
チシヤは、私達に脱走計画を持ちかけてきた。
正直、驚いた。
裏切りの種を蒔いておいて言うのも何だけど、まさかこんなに早く動くと思ってなかったから。
「…アンタ正気?さっきの話聞いてなかったの?裏切りがバレたら殺されるわよ。そんなリスキーな提案にアタシが乗ると思う?」
「今日一日アンタといてわかった事がある。アンタは、馬鹿正直にルールを守って自分にNo.1の座が回ってくるのを待てるほど、実直な性格じゃない。自分の得になるなら、平気で人を裏切る。違うかい?」
「そこまでアタシの事をわかってんなら、アタシが我が身可愛さに土壇場でアンタを裏切ってボーシヤに突き出すかも…とは考えなかった?」
「もちろん、突き出したければ好きにすればいい♪ただオレは、アンタが一生奴隷のままで我慢できる人だとは思わない」
「……へぇ?」
「アンタは今、1番いいポジションにいるんだ。幹部のアンタなら、いつでも
「何でウチに振んねん」
「仲間は多い方がいいからねぇ♪」
クイナが尋ねると、チシヤが目を細めて笑いながら答える。
『仲間』…ねぇ。
ホント、物は言いようだわ。
どうせ、トランプを盗む為に私とクイナを囮にするつもりなんでしょ?
……悪い男。
「……ウチは乗った。こないなとこでオカンに会えへんまま一生暮らすくらいなら、アンタの計画に賭けるわ」
「賢い判断だ♪……で、ツエダ。アンタはどうする?」
クイナが計画に乗ると、チシヤは私にも意思確認をしてくる。
私は新しいタバコにライターで火をつけ、タバコを強めに吸ってから煙を吐き、ニンマリと笑って答える。
「いいわよ。乗ってあげる♡」
思えば、最初の8人で過ごしていた頃が一番楽しかった。
少なくとも私は、あの頃のボーシヤは対等な仲間だと思っていた。
だけど今の彼には、あの頃の面影はどこにもない。
『希望』を謳っているけど、今の彼は孤独と絶望に怯えているように見える。
このまま希望に取り憑かれた化け物になってしまうというのなら、私がアンタを
◇◇◇
翌日。
私は早朝に部屋を出てメインロビーのラウンジに行き、毎朝恒例の幹部会議に出席した。
幹部会議には、No.1からNo.9までの上層部9名が参加する事になっている。
私は、眠い目をしぱしぱさせつつ、クズリューとアンが作った資料に目を通した。
議題は主に、『げぇむ』や制裁での人員の減少やカード集めへの貢献によるナンバーの振り直しと、次の『げぇむ』に参加するメンバーの振り分け、あとは未回収のカードに関する情報の共有。
今日の議題は、昨日の『げぇむ』で仲間が何人か死んだのと、新入りのチシヤとクイナがカード集めに貢献してくれたので、ナンバーの入れ替えをしようというお話だ。
「No.93とNo.94。この2名の昇格に異存は無いな?」
ボーシヤが尋ねると、皆は賛同の代わりに沈黙した。
そんな中、私が手を挙げると、クズリューが怪訝そうな表情を浮かべる。
「…何だ?何か不満でもあるのか?」
「いいえ。むしろその逆よ。ねぇ、ボーシヤ。最近長らく新入りが来てないし、今回は少し色をつけてみてもいいんじゃナイ?クイナは初めての『げぇむ』だったのにキビキビ動けてたし、チシヤは頭が切れる。この2人、この先何かと役に立つと思うの」
私は、チシヤとクイナのナンバーをもっと上げるようボーシヤに進言した。
幹部に近づけば近づくほど、行動範囲は広くなる。
脱走計画を立てている二人には、早いとこ幹部にリーチをかけてくれた方が都合がいい。
私がダメ元でボーシヤに提案すると、ニラギが私の提案に待ったをかけた。
「おい待て。『役に立つと思う』って、それテメェの感想じゃねぇか。そんな曖昧な根拠で、新入りをこれ以上昇格させんのか?」
「あら。競馬は期待値の高い馬に賭けるのが定石でしょ?車を直せる整備士も、傷を治せる名医も、『ビーチ』にスカウトしたのはこのアタシ。今までアタシが役立たずを連れてきた事がある?」
私がすかさず反論すると、ニラギは不機嫌そうに舌打ちをする。
彼が二人の昇格に苦言を呈したのは、多分この二人…特にチシヤが個人的に気に入らないというのが大きいと思う。
「もし期待外れだったら次の幹部会議で降格させればいいし、何ならアタシの事も幹部から外してくれて構わないわ。皆はどう思う?」
私は、自分を人質にして、改めて皆に意思確認をした。
もし二人が皆の期待を裏切ったら、二人を推薦した私を幹部から除名すればいい。簡単な事だ。
そんな中アグニが、二人の資料に目を通してから、私に鋭い目を向けて尋ねる。
「……コイツら、本当に信用できるんだろうな?」
「Of course♪」
二人に対して懐疑的なアグニに、私は口角を吊り上げて答える。
すると高級感のあるソファーに鎮座し会話を聴いていたボーシヤが口を開く。
「…フム、ツエダの言う事ももっともだ。新人の活躍に期待して、今回は特別にナンバーを上げておこう!君達もそれで構わないかね?」
ボーシヤは、二人の昇格に異存はないかを他の幹部に尋ねる。
建前では意思確認をしているけど、王の決定は絶対。
『はい』以外の返事は許されない。
「私は…No.1の決定に従うよ」
「私も」
「あなたがそこまで言うなら…私も賛成♡」
「僕からも特に言う事は無いかな」
クズリュー、アン、ミラ、マヒルの4人は、特に不満げな様子もなくボーシヤの決定に賛成した。
アグニ、ニラギ、ラスボスの3人も、思うところはあるようだけど反対はしなかった。
結局、私の提案は採用され、チシヤとクイナの昇格が決まった。
とにかく、賭けには勝った。
事がうまく運び、私は心の中でほくそ笑んだ。
その後は、幹部以外のメンバー全員のナンバーの入れ替えを行った。
昨日他の参加者から回収したカードと、未回収のカードを『ビーチ』に献上した功績が評価され、チシヤはNo.42、クイナはNo.49に昇格した。
期待値込みとはいえ一気に50近くも跳ね上がったのは、『ビーチ』始まって以来の快挙だわ。
「おめでとう。次も頑張ってね♪」
私は、昇格を素直に祝福しながら二人にロッカーキーを渡した。
その後も幹部の業務を片付けているうちに日が暮れて、今夜も『げぇむ』が始まる。
ボーシヤは、新入り二人を見極めたいと言って、今夜も二人を『げぇむ』に参加させた。
私は今夜はお留守番だから、普段はカルト派のクズリューとアンが担当している書類の作成を手伝った。
「あ〜かったるい。パソコンが使えりゃ楽だったのに。使わせろよなぁ〜文明の利器〜」
私は、書類を作りながらぶつぶつと愚痴を吐いた。
この世界、確かに自由ではあるけどパソコンが使えないのが地味に痛い。
職業柄、事務作業は全部パソコンでやっていた事もあって、こういうアナログ作業は苦手だ。
もしネット依存症だったら、入国1日目で発狂してたでしょうね。
なんてどうでもいい事を考えていると、クズリューが話しかけてくる。
「不満があるならハッキリ言ったらどうだ」
「何が?」
「君は、今のボーシヤのやり方に不満を抱いているんじゃないのか?でなければ、あれほど『ビーチ』に貢献してきた君が、ボーシヤの下につかない理由が思いつかない」
「…ちょっと意外。ボーシヤの側近のアナタが、そんな事言い出すのね」
「私にだって感情はある。あんなやり方は本意ではない」
あんなやり方、というのは、ボーシヤが人を殴り殺し、『裏切り者には死を』というルールを作った事だろうか。
思えばあの日から、ボーシヤは悪霊か何かに取り憑かれたように変わってしまった。
「心配しなくても、ここで話した事は誰かに話したりはしないよ」
「別に…不満があるってわけじゃないけど……この国に来る前の事、思い出しちゃってさ」
「良かったら、聞かせてくれないか?」
私が独り言を呟くと、クズリューが話に乗ってきた。
彼は資料作成の手を止めて、私の為にコーヒーを淹れてくれた。
備え付けのキッチンから、手挽きのミルで豆を挽く音が微かに聴こえてくる。
本当はウイスキーが飲みたかったけど、彼に頼んでも身体に毒だと怒られるのがオチだ。
「ミルクか砂糖は?」
「要らないわ。ありがとう」
コーヒーを淹れながら尋ねるクズリューに対し、私は首を横に振りながら答える。
しばらくして、キッチンの電気ケトルから、沸騰を報知する電子音のメロディが鳴る。
この曲…確かメヌエットだっけ。
ぼんやりと窓の外を眺めると、すっかり暗くなった街にひとつ、ひとつと明かりが灯る。
今頃チシヤとクイナは、『げぇむ』に参加している頃かしら。
などと考えつつ、私はクズリューに自分の過去を話した。
私が勤めていた企業は、学生時代の友達と立ち上げたのが始まりだった。
彼は当時博士を取ったばかりの私に声をかけて、起業の話を持ちかけてきた。
超がつく程のお人好しで、たとえ裏切り傷つけてきた相手でも、迷わず救けるような人だった。
「困っている人を救けるのがオレの幸せだ」と、いつも口癖のように語っていた。
馬鹿で無能な大人を見下していた私が、元の世界でただ一人、心から尊敬する人だった。
彼に認めて欲しくて、私は寝食を忘れて研究に励んだ。
私は、彼のブレーンとして、対等なパートナーとして、生涯彼を支え続けるつもりだった。
だけど会社の規模が大きくなればなるほど、彼はおかしくなってしまった。
本当に、金は人を変えるとはよく言ったものだわ。
金と名声に目が眩んだ彼は、大金を落としてくれる富裕層以外を見捨てるという暴挙に出て、それに反発した社員を全員クビにした。
ちょうど、希望に取り憑かれて裏切り者を殴り殺した、あの日のボーシヤのように。
彼は、ボーシヤとよく似ていた。
豪快な笑い方も、理想に一途でお人好しなところも、そして気が狂って変わってしまった目つきさえも。
そんな折、国防総省のお偉いさんが私の研究に目をつけ、彼に声をかけてきた。
彼の意向で、私達の会社は国防総省と契約を結び、軍用AIプロジェクトに着手した。
私自身も、人を大勢殺す為の計画だとわかっていながら、一研究者としてプロジェクトに加担した。
だけど彼の暴走は、それだけに留まらなかった。
彼は、あろう事かまだ試作段階のAIを勝手に売り込んだ。
まだ安全性が担保できていない試作品を運用すればどうなるか、開発者の私ですら予測がつかなかった。
彼を止めようとしたら、彼は私に人格否定レベルの暴言を吐いてきた。
私は、彼の全てに絶望した。
私にとって、ソイツの全てに絶望したら、ソイツは死んだのと同じ。
金の亡者と化して私の研究を好き勝手に悪用しようとする彼に嫌気が差した私は、研究を中止して会社を辞め、日本に逃げてきた。
私は、あのクソ野郎に心の中で悪態をつきながら、クズリューが淹れてくれたコーヒーに口をつける。
その次の瞬間、私は思わず眉間に皺を寄せて、への字に曲げた唇からべっと舌を出した。
にっっっが、コーヒーってブラックで飲むとこんな苦かったっけ?
アメリカにいた頃に飲んでたコーヒーは、もっとマイルドだった記憶があるんだけど。
そんなに濃くないだろうと思って油断してたわ…マジで苦い。
「
「だからミルクか砂糖が要るかどうか聞いただろう?」
「ミルクと砂糖の味のコーヒーなんか飲めるか!アタシはコーヒーを甘くしたいんじゃなくて、苦くないコーヒーが飲みたいんだよっ!」
「それはもうコーヒーではないんじゃ…」
私が自分の意見を主張すると、クズリューは呆れ顔を浮かべた。
私は苦味を感じずにコーヒーの風味を味わいたいんであって、ミルクと砂糖の味でコーヒーを飲みたいわけじゃないんだよ。
あーあ、苦くないコーヒーがあれば喜んで飲むのに。
◇◇◇
「ふぁぁ、さっぱりするわぁ」
クズリューのお手伝いが終わった私は、自室に戻ってお風呂に入った。
風呂場の窓からは、広いプールを一望できる。
広いお風呂に入れるのは、幹部の特権だ。
この『今際の国』に来た初日は、ちゃんと毎日お風呂に入れるなんて思ってもみなかった。
向こうにいた頃はずっとシャワーだったけど、半分日本人の血が入っている私としては、たまにはゆっくり湯船に浸かるのも悪くない。
お風呂に浸かって身体の疲れを癒した後は、バスタオルで身体を拭いて、ネイビーのホルターネックビキニを着てバスローブを羽織り、ドライヤーで軽く髪を乾かした。
地味に頭を使って腹が減ってきたので、ミニキッチンを漁る。
戸棚からは、12年もののマッカランが出てきた。
冷蔵庫を漁ると、さっきお手伝いのお礼にクズリューに貰ったチョコレートと、この前ミラに貰ったアイスクリームが出てきた。
『げぇむ』会場と『ビーチ』以外に冷蔵保存技術がないこの世界では、チョコレートやアイスクリームは贅沢品だ。
私今日資料作るの手伝ったし、これくらいの贅沢でバチは当たらないでしょ。
まあ手伝ってない日も酒は飲むんだけどさ。
私は、砕いたチョコとナッツ、それからドライフルーツをアイスに振りかけて、それをつまみにマッカランを飲んだ。
うん、美味しい♪
やっぱりウイスキーとバニラアイスの組み合わせは盤石だわぁ♫
至福のコンボに思わず頬を緩ませていると、ドアをノックする音が聴こえる。
「あら?」
バスローブの前を閉めてドアを開けると、ドアの前にはチシヤが立っていた。
どうやら無事に『げぇむ』を『くりあ』できたみたいね。
まあそう簡単に死なないだろうとは思ってたけど。
私は彼が一人で来た事に疑問を抱きつつも、部屋に招き入れた。
「…アンタ1人?クイナは?」
「『ビーチ』の連中に聞き込みしてくるってさ」
「へぇ、そう」
結局チシヤとクイナは、作戦会議の時以外はお互い別々に行動する事にしたらしい。
まあ手分けして情報を集めた方が効率的だし、あんまり一緒にいすぎるとあらぬ誤解をされるかもだし、その方がいいのかもね。
誰がどう見ても怪しいチシヤよりは、明るくカラッとしててしかもまだこの国に来て日が浅いクイナの方が、『ビーチ』の連中も警戒心を抱かずに情報をくれるでしょうし。
この日の夜、チシヤは『
運が良いのか、今回二人が手に入れたのは未回収のカードだった。
『
「で、幹部のアンタから見てどうなんだい?トランプを奪うチャンスはありそう?」
「無理。そもそもトランプを保管してある金庫の暗証コードは、幹部のアタシ達も知らないの。ボーシヤの隣には、常に2人以上側近がいるから、彼を1人にして聞き出すのも難しいわね」
「でもNo.1が『げぇむ』から帰ってこない事だってあるわけじゃん?暗証コードの引き継ぎはどうしてる?」
「『黒の封筒』よ。暗証コードが書かれた紙を、透かしの効かない黒い封筒に入れて保管してあるの。金庫の隠し場所は、No.2だけは知らされてる。No.1が出国を果たすか死ぬかしてNo.1が入れ替わる時は、新たなNo.1が幹部全員の前で封筒を開けて暗証コードを確認してから、新しい封筒に暗証コードの紙を入れて封蝋をし、幹部全員がサインをするのよ」
「………ふぅん」
私が説明すると、チシヤは悪い笑みを浮かべる。
ボーシヤが暗証コードを黒の封筒に入れる時は、私も立ち会ってはいたけど、その時は暗証コードを確認できなかった。
そもそも金庫の隠し場所すら、アグニ以外の幹部は知らない。
常に側近二人に護衛されたボーシヤを一人にするのは至難の業だし、仮にうまくいったとしても、あのトランプ狂いが暗証コードを素直に教えてくれるわけがない。
暗証コードを確認するチャンスがあるとすれば、それは次の政権交代のタイミングしかない。
「まあでもどのみちトランプが揃わないとここからは出られないし、今焦ってボーシヤを刺しに行く事ないでしょ。アタシはもう少しボーシヤの事を探ってみるわ」
「よろしく♪」
私がマッカランを飲みながら話すと、チシヤがいたずらっぽく笑みを浮かべる。
酔いが回ってきたのか、頭がくらっとして、身体が熱くなってくる。
酒飲むとムラムラするのはいつもの事なんだけど、今日はいつにも増して酷い気がする。
そういえば、チョコレートは中世スペインでは媚薬だったってどっかで聞いた事があるような気がする。
チシヤは聞きたい事だけ聞き終えると、ソファーから立ち上がって部屋を出て行こうとする。
私は咄嗟に、去ろうとするチシヤに迫った。
「ちょっと〜。話聞くだけ聞いて帰る気?話聞いたからには、情報料置いていきなさいよ」
私はチシヤを壁際に追い詰め、壁に手をついた。
背丈が同じくらいだからか、目線がちょうど同じ高さに来る。
チシヤは、この状況でも余裕そうな笑みを浮かべながら口を開く。
「こういうのってさ、普通男女逆じゃない?」
「あのねぇ、女だって溜まるものは溜まんのよ。仮にも運命共同体なんだし、一回くらい付き合いなさい。とびっきりイイ思いさせてあげるから♡」
バスローブの紐を解いて、チシヤの胸元を人差し指でなぞって誘惑する。
するとチシヤは、スッと目を細めて尋ねてきた。
「アンタ、誰にでもこういう事してんの?」
「ええ、するわよ」
「何で?」
「セックスが好きだから」
「ただの淫乱じゃんそれ」
「うるさいね。男は黙って出すもん出しときゃいいんだよ」
聞き捨てならない事を言ってくるチシヤに対して、低い声で威圧するように吐き捨てて黙らせた。
自分で言っといてなんだけど、本当に男女逆な台詞だな、と思う。
「まあ、その方が後腐れなくていいけどさ」
「あら。アンタ、恋愛経験あるの?」
「一応ね♪長続きしなかったけど」
「どうして?」
「相手がバカだったから」
「ははっ、アタシと一緒♪」
人を馬鹿にしたような態度を取るチシヤに、どこか自分と似たものを感じた私は、思わず笑みをこぼした。
私は、チシヤの両頬に手を添えて、緩やかな弧を描いている唇に思いっきり口付けた。
寝室の明かりを消し、サイドテーブルの上のスタンドランプを点す。
暖色の光が、ぼんやりと枕元を照らした。
私がバスローブを脱いでベッドの上に座ると、チシヤもベッドの上に乗ってパーカーを脱ぎ捨てた。
私は両手で胸を寄せて、上目遣いで彼を見た。
「ねぇ、チシヤ。アタシの事…好き?」
「いいや、全然」
「奇遇ね。アタシもよ♪」
「オレ達、似たもの同士なのかもね♪」
そう言ってチシヤは、右側の髪を耳にかけると、私を押し倒してきた。
何の感情も乗っていない瞳が、私に向けられる。
冷たくて、暗くて、水の底に沈んでいくよう。
――ああ、ほっとする。
私達は、お互いに騙し合い利用し合う関係。
彼はこの国から出国する為に、私はこの『ビーチ』という虚構をぶち壊す為に。
そこに愛情や、相手を尊び敬う気持ちなんて欠片もない。
一日でも長く生き延びられるようにお互い最低限協力はするけど、別に死んでも心は痛まないし、殺し合いになったら躊躇なく殺し合える。
もし何事もなくお互い目的を果たせたら、あとは他人同士に戻るだけ。
優しさとか、真実の愛とか、そんな綺麗事いらない。
自分の合理の為に必要とし合う、この関係性が一番安心する。
マジでごめんなさい。
でも個人的には、この頃のチシヤはウサギみたいな正統派ヒロインと純粋に恋愛するより、♢6のババァやダイモンさんみたいな強者感のあるお姉さんとライアーゲームしながらワンナイトラブしてる方が脳内再生余裕なんです。
そもそもいい子ちゃんに絆されて惚れるような奴なら、アリスを囮に使ったり、ニラギに八つ当たりして燃やしたりしないはずなんです。
比較的性格がマシなドラマ版はともかく、原作版は特に。
R18版は、需要があるなら書くし、無いなら書かん。