Duchess in Borderland   作:M.T.

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はあとのに

チシヤside

 

 俺は人に関心が持てない。

 恋愛経験はあるけど、長続きはしなかった。

 

 きっかけは全部、向こうからの告白だった。

 そして別れ話を切り出したのは、大体俺の方からだった。

 彼女達の頭の悪さに疲れて、いつからか一緒にいる事さえ時間の無駄だと思うようになっていった。

 そうやっていらないものを切り捨てているうちに、俺の周りには誰もいなくなった。

 

 俺はバカに愛情なんて湧かなかったし、興味すら持てなかった。

 それでも彼女と付き合ったのは、俺にはない価値観に触れてみたかったからなのかもしれない。

 

 

 

「大丈夫?悪い夢でも見てた?」

 

 不意にツエダの声が聴こえて、思考を現実に引き戻される。

 キングサイズのベッドの上で、お互い全裸で余韻に浸っている俺とツエダ。所謂情事の後というやつだ。

 ツエダが「協力してやるからヤらせろ」ってしつこいから、情報料って事で一夜を共にした。

 『ビーチ』の内情に詳しい幹部を利用するに越した事はないからね。

 

 俺の隣でトレジャラーを嗜んでいる彼女は、初めて会った時よりリラックスしているように見える。

 サイドテーブルにガラスの灰皿と共に置かれている黒い箱は、内側が金色に塗られていて、彼女が前に持っていた黄色いラクダの箱とは一線を画した特別感を感じる。

 その隣に置かれているウイスキーのボトルは、ブラック・ボウモア42年 1964 シェリーカスク。一本300〜700万円はする高級品だ。

 セックスする相手の格によって嗜む酒やタバコの種類を変えているという彼女に、俺はかなりの期待を置かれているらしい。

 

 彼女は俺が来る前から役に立ちそうな奴隷を抱いてきたらしくて、彼女に抱かれたら生きて出国できる、なんてジンクスが噂程度に広がっている程だ。

 そうでなくても幹部である彼女の寝室に招かれるのは、『ビーチ』の奴隷達にとっては名誉な事だそうだが、俺にはその感覚がよくわからない。

 こんな世界でもなければ、こんな肩にタトゥー入れて臍にピアス開けてるような女を抱く事なんて一生なかっただろう。

 

 なんて考えていると、フィルターだけになったタバコを灰皿に捨てたツエダが、俺の顔を見つめてくる。

 紺色の髪が重力に従って顔にかかり、ヘーゼルの瞳と目が合う。

 白色人種の血が入っているであろう彼女の顔は、彫りが深く鼻筋が通っていて、白い肌に雀斑ができている。

 色素が薄くて瞼の皮膚の下の筋肉が透けているせいか、それとも眼精疲労のせいか、目の下には赤みの強い隈ができている。

 視線が鬱陶しくて寝返りをうつと、背中に柔らかいものが当たる。

 ツエダが、後ろから俺の身体を抱きしめてきた。

 

「ぎゅーってしてあげる」

 

「何さ急に…」

 

「ちょうど抱き心地のいい抱き枕があるなぁ〜って♪」

 

 ツエダは、俺の身体に腕と脚を絡めてガッチリとホールドしてきた。

 学生時代にスポーツをやっていたという彼女は、俺が思っていた以上に力が強くて、振り解きたくても振り解けない。

 ちょうど鼻のあたりに彼女の吐息がかかって、アルコールとタバコの臭いがキツいったらありゃしない。

 最初は鬱陶しいアル中ニコチン女を押し除けようとしたが、抵抗するのも面倒臭くなってきて、諦めてそのまま瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

 ―――Lullaby and goodnight,

 ―――With roses bedight,

 ―――With lilies o'er spread

 ―――Is baby's wee bed.

 ―――Lay thee down now and rest,

 ―――May thy slumber be blessed.

 

 ―――Lullaby and goodnight,

 ―――Thy mother's delight,

 ―――Bright angels beside

 ―――My darling abide.

 ―――They will guard thee at rest,

 ―――Thou shalt wake on my breast.

 

 

 

 どこかで聴いた事があるような曲のメロディーと共に、目を覚ました。

 レトロなデザインの蓄音機型レコードプレーヤーから、クラシック音楽が聴こえる。

 再生されている曲は、ヨハネス・ブラームスの『子守唄』。

 

 レコードプレーヤーの曲に乗せて、キッチンの方から歌声が聴こえてくる。

 ビブラートのかかった柔らかいハスキーボイスが眠気を誘ってくる。

 ……音程が外れてて聴くに堪えない歌じゃなければ、眠れたんだろうけどね。

 

 水着とパーカーを着てキッチンを覗くと、紺のワンピースの競泳水着とエプロンを身につけたツエダが、戸棚を漁りながら子守唄を歌っていた。

 

「…朝っぱらから下手くそな歌聴かせないでくれる?」

 

「あら。起きてたの?」

 

 俺が声をかけると、ツエダは戸棚を漁る手を止めて振り向く。

 彼女は、昨日あれだけ激しかったのが嘘のようにケロッとしていた。

 

「今から朝ごはん作るけど、食べる?」

 

「何があんの?」

 

「そうねぇ…これとかどう?」

 

 そう言ってツエダが戸棚から取り出したのは、腕を組んだ虎の絵が描かれたシリアルの袋だった。

 そういえば子供の頃、CMで見た事があったな。

 確か、色が変わるスプーンか何かがおまけでついてくるやつだっけ。

 

「コーンフレークか…」

 

 俺が言うと、ツエダがドヤ顔しながら人差し指を左右に振って「チッチッチッ」と口を鳴らした。

 その仕草、リアルでやられるとうざいな。

 

「ノンノン、腕組んでる虎のやつはFrosted Flakesよ。Corn Flakesは緑の鶏!」

 

「どうでもいいんだけど」

 

 ツエダが無駄にいい発音で指摘してくるが、ハッキリ言って全く興味が無い。

 本人は面白い事言ったつもりだろうが、全然面白くない。

 というか、シリアルを食べるなんて一言も言ってないし。

 俺がつまらないものを見る目を向けると、ツエダは俺の思っている事を察したのか、冷蔵庫を開けて開封されたトーストの袋を取り出す。

 

「あと、トーストとかあるわよ。食べかけだけど」

 

「じゃあそっちがいいかな♪」

 

「……チッ」

 

 俺がトーストの袋を指差すと、ツエダは露骨に嫌そうな顔をして舌打ちした。

 ああ、楽したかったんだな。

 

 結局ツエダは、冷蔵庫にあった食材でベーコンエッグを作った。

 舌打ちして文句を垂れつつも手間をかけて朝食を作ってくれるあたり、料理が嫌いではないんだろう。

 

 油を引いたフライパンに厚めのベーコンを乗せて強火で炒めると、パチパチと油が弾ける音が聴こえる。

 ベーコンの脂が融け出して表面に焼き色がついた頃に、ベーコンを端に寄せて空いたスペースに生卵を4つ落とす。

 一昨年だったか、テレビをつけたらたまたま放送されていたアニメ映画に、こんなワンシーンがあったっけ。

 

 トースターからチンッと軽快な音が鳴ると同時に、こんがりと狐色に焼けたトーストが2枚飛び出す。

 ツエダは、トーストを1枚ずつ皿に移してから、ベーコンエッグに塩胡椒を振って別の皿に盛り付けた。

 

 まだ空が少し暗い明け方、俺とツエダは、スイートルームのダイニングで向かい合わせで食事をとった。

 トーストとベーコンエッグ、チーズの盛り合わせ、マスカットやオレンジといったフルーツ、そして薄めのコーヒー。

 俺の目の前ではツエダが、スライサーで薄切りにしたエメンタールとゴルゴンゾーラをトーストに乗せて蜂蜜をかけたものを、眠そうな目で瞬きをしながら齧っていた。

 目を瞑り「んー」と唸りながらトーストを頬張る彼女を視界の端に入れつつ、トーストを齧る。

 かつての現実世界だったら特段美味いとは感じなかっただろうが、この世界では希少な生の食材を久しぶりに食べたという事もあって、いつにも増して美味く感じた。

 半分くらい食べ終わったタイミングで、クイナが部屋に入ってくる。

 

「すまんな、朝飯中やったんか」

 

「クイナ〜♪」

 

 聞き込みをしていたクイナが戻ってくると、ツエダは俺の時とはガラッと態度を変えて、猫撫で声でクイナに抱きついた。

 俺がクイナにヒラヒラと手を振ると、クイナは俺とツエダの間にナニがあったのかを察して呆れ顔を浮かべた。

 

「……アンタら、ウチが聞き込みしてる間に何しとんねん」

 

「あら。アナタも混ざりたかった?アタシは別に3Pでも構わないわ♡」

 

「そんなキショい事しとうないわ」

 

「あら残念」

 

 ツエダが自分の胸を寄せながら気持ち悪い発言をすると、クイナが嫌そうな顔をしながら首を横に振った。

 俺がコーヒーを飲みながら本を読んでいると、ツエダは皿を片付けて水を溜めたシンクに突っ込みながら話しかける。

 

「そういえば、今更なんだけどさぁ。アンタ、この国に来る前は何してたの?」

 

「医大通ってたけど」

 

「ふぅん、そうなんだ」

 

 ツエダは、俺の元の世界での肩書きに対して、ほとんどリアクションをしなかった。

 ここまでリアクションが薄い女は初めてだった。

 まあ、肩書きでしか人を見れないバカよりは幾分かマシだけどさ。

 

「っていうか、そんなにゆっくりしてていいの?幹部会議があるんじゃなかったっけ?」

 

「ウフフ。心配いらないわ。できるオンナはねぇ、時間の使い方が上手いのよ♪」

 

「腹立つわコイツ」

 

 俺がツエダに声をかけると、ツエダは得意げな表情を浮かべながら、腰回りを強調するようなポーズをした。

 俺もクイナと同意見だ。いちいち顔と仕草がうるさい。

 歯磨きと化粧を済ませたツエダは、レザージャケットを羽織ってローライズのジーンズを穿き、ヒールのついたサンダルを履いて部屋を後にした。

 彼女の後ろ姿を見てある事に気付いたけど、別に俺の知ったこっちゃないので引き留めはしなかった。

 …どうなっても知らないよ♪

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

ツエダside

 

「〜♪」

 

 チシヤと朝ごはんを食べた後、私は少し駆け足で1階のラウンジへ向かった。

 それにしても、昨日のセックスは最高だったわぁ♪

 何よアイツ、人に興味ありませんみたいなふてぶてしい顔してるくせに、なかなか上手いじゃない。

 あんなに身体の相性が良かった相手なんて、6、7年ぶりだわ。

 

 せいぜい『ビーチ』破滅計画の役に立ってくれればいいくらいに思ってたけど、思わぬ掘り出し物を見つけたわ♪

 昨日彼のモノが入っていた下腹部のあたりを撫でると、お腹の奥がきゅんと疼いて、思わずぶるっと身震いする。

 身体が少し熱くなって、どこがとは言わないけど濡れてきた。

 なんか心地よくなって、ふふっと笑いながら廊下を歩いていると、ちょうど同じタイミングで、アグニ、ニラギ、ラスボスの三人が廊下を歩いてきた。

 ヒラヒラと手を振ってみるも、アグニとラスボスは私をガン無視し、ニラギは露骨に嫌そうな表情を浮かべた。

 つれないなぁ、と思いつつも前を歩くと、だ。

 

「プッ」

 

 さっきまで私を邪険にしていたニラギが、私が前を歩いた途端に突然笑い出した。

 自分に対する嘲笑をいやでも感じ取った私は、少しムッとして振り向いた。

 

「…何よ?言いたい事があんならハッキリ言いなさいよ」

 

 私の後ろ姿を見て笑っているニラギに、私はハッキリと言ってやった。

 すると彼は、私の背中…正確には、それよりもう少し下を指差しながら言った。

 

「お前…ケツ破れてんぞ」

 

「ファッ!?」

 

 ニラギに笑いながら言われて、咄嗟に上半身を捻って左手でお尻を触った。

 うわ、ガチじゃん!?

 ズボンの後ろがパックリ割れてんだけど!?

 おいラスボス、お前今笑ったろ!?

 お前いっつも感情を失くした哀しきモンスターみたいなキャラでやってるくせに、こういう時だけ笑うなコミュ障童貞が!!

 

「ズボンのサイズ合ってねーんじゃねぇのか?デカケツババァ」

 

 ニラギが馬鹿にしたように笑って私のお尻を指差しながら、聞き捨てならない言葉を口にした。

 その瞬間、怒りのボルテージが瞬間湯沸かし器みたいに一気に沸点まで達して、目の前が真っ赤になった。

 

Shut up(うるせぇ黙れ)!! You're a bag of shit(このクソ野郎), whose ass is big(誰のケツがデカいって)!?」

 

「事実だろうが!テメーを客観視できねーのかバァカ!」

 

Huhhh(ハァァァ)!? You wanna step outside(テメー表出ろや)!? I’m gonna fucking kill you(ブチ殺すぞ)!!」

 

 私が怒りのあまり日本語を忘れて英語で捲し立てると、ニラギは発音を崩した早口のスラングもしっかり理解して罵倒で返してきやがったので、私も負けじと中指を立てて罵り返した。

 こっ、このクソ野郎、よくも人が気にしてる事を…!

 しかもこういう時だけ無駄に英語力の高さ発揮すなクソインテリ舌ピ野郎!!

 

 お互いを罵り合ってるうちにヒートアップしてきて、廊下にBワードやFワードが飛び交った。

 まあ英語と日本語で争ってる時点で、口汚さの一点に関しては私の圧勝なんだけどさ。

 すると私達の罵り合いを見兼ねたアグニが、間に入って地を這うような声で威圧してきた。

 

「おい。うるせぇぞテメェら」

 

「「…すいません」」

 

 アグニに怒られた私とニラギは、罵り合いをやめて謝った。

 そのまま4人でラウンジに行ったわけだけど、きたねえラップバトルに時間をロスした結果、幹部会議に数分遅刻してしまった。

 ……主にニラギのせいで。

 

「遅刻だぞ。会議は時間厳守と言ったはずだ」

 

「コイツらが喧嘩しやがったんだ」

 

 遅刻を咎めてきたクズリューに、アグニが私とニラギを指差しながら事情を説明した。

 …いや、だってさぁ?

 

「「全部コイツが悪い」」

 

 私とニラギは、お互いを指差しながら言った。

 ……あ゛?

 ニラギお前、まだテメーの非を認めない気か?

 どう考えても悪いのオメーだろうがよふざけんな。

 

「はぁーいい歳した男がレディにマジギレするとか、大人気ないわぁ」

 

「アンタこそ、歳下相手にムキになるとか流石っすわぁ()()

 

 私とニラギがまたレスバを始めると、アグニがギロリと睨んできたので休戦した。

 他の幹部が呆れる中、ミラだけは私達を見て「あなた達仲良しね」だなんて他人事のように言っていた。

 結局私とニラギは、喧嘩して会議を遅らせた罰として、二人でラウンジの掃除をさせられた。解せぬ。

 しかも私のズボンの尻が裂けたという黒歴史は、幹部全員に知れ渡ってしまった。

 

 あ゛〜もうまぢで最悪。

 下が水着だからまだ良かったけどさ。

 

 まあでも、今冷静になって考えてみたら、ニラギの言う通りズボンのサイズが合ってなかったのかもしれない。

 私の骨格は父親譲りの欧米型で、日本人の骨格とは違う構造をしている。

 でもこの国にあるのは、日本人の体型に合わせて作られた服がほとんどだから、着こなせる服を探すのが難しいのよね。

 その中でも比較的私の体型に近い服を選んできたつもりだったんだけどなぁ。

 前から若干お尻がキツい気はしてたけど、かといってサイズを上げると今度は脚周りがダボダボして動きづらいし…うぅむ…

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「さて…と。今日はアタシも『げぇむ』に参加しますか」

 

 『びざ』はまだあと20日くらい残ってるけど、定期的に参加しておかないと身体が鈍るからねぇ。

 ちなみに二人は、今日はお留守するらしい。

 ま、2日連続で『げぇむ』に参加してたし、そりゃそうだわな。

 はぁ〜孤独だわ〜。

 

 私は『げぇむ』が行われる駅の山手線ホームでキャメルを吸いながら、他の参加者が来るのを待っていた。

 すると男女三人組が『げぇむ』会場に入ってくる。

 ロン毛のお兄さん、眉ピのお兄さん、そしてレディーススーツを着こなした茶髪ロングの可愛いお姉さん。

 お姉さんは、服や爪が全然汚れていないから、多分今日ここに迷い込んできたばかりだと思う。

 私がサングラスを下にずらして視線を合わせると、ロン毛のお兄さんが話しかけてくる。

 

「アンタ、この国に来て長いのか?」

 

「まあね。お互い頑張りましょう♪」

 

「ああ、そうだな」

 

 私がウインクをすると、眉ピのお兄さんは特に私を警戒する様子も、ヤラシイ視線を向ける事もなく素直に頷いた。

 良い人だなぁ、と小学生みたいな感想を抱いていると、どこからか接近メロディが鳴る。

 電光掲示板を見てみると、『電車がまいります』と表示されていて、オレンジと黒に点滅していた。

 それから数秒ほどで、ホームに5両編成の電車が到着した。

 山手線っていつから5両編成の電車が走るようになったんだっけ?

 まあ、この国じゃ現実世界じゃあり得ない事が起こってるし、気にしたら負けか。

 なんて考えていると、5両目だけドアが開いた。

 

「この電車に、乗れって事だよな…!?」

 

 私達は、4人で電車に乗り込んで、電車の中を調べた。

 電車を外から観察してから最後に乗った私は、ある事に気付いた。

 

「ねぇ。この電車、運転手が乗ってなかったんだけど」

 

「え…?」

 

 私が言うと、お姉さんは驚いたような表情を浮かべる。

 電車に乗る前にチラッと運転席を見たけど、私の見間違いじゃなければ運転手が乗っていなかった。

 

「無人で…動いてるの!?」

 

「ATOで管理室から遠隔操作しているのかもな」

 

 お姉さんが驚いていると、ロン毛のお兄さんが車内を調べながら言った。

 ふと見上げると、車内の中吊りポスターには、『エントリー数 1人ずつ』『制限時間 なし』『賞品 なし』と書かれていた。

 

「エントリー数が1人ずつって事は、おそらくこの電車は、2人以上が乗ると発車しないようだな。オレがまずこの電車に乗る。君らは降りて、様子を見て次の電車で来てくれ」

 

「ええ…」

 

 ロン毛のお兄さんが言うと、お姉さんが頷く。

 確かに、それしかなさそうね。

 

「誰も死ぬなよ!必ず4()()で生き残ろうぜ!」

 

「…そうね」

 

 眉ピのお兄さんがウインクしながら爽やかな笑みを浮かべるので、私は思わずクスッと笑みを浮かべた。

 ちゃんと私も数に入れてくれるんだ…ホントいい人。

 

 ロン毛のお兄さんを残して、私達三人は電車から降りた。

 その次はお姉さん、眉ピのお兄さんの順に1人ずつ電車に乗って、私は最後に来た電車に乗った。

 私が一人で電車に乗ると、電車の自動ドアが閉まって発車し、車内アナウンスが鳴る。

 

《ご乗車ありがとうございます。次は、どこにも止まりません。それでは『げぇむ』の時間です。『げぇむ』、『でんしゃ』。『げぇむ』難易度…『♡2(はあとのに)』》

 

 『(はあと)』か…

 『(はあと)』は1回しかやった事ないんだよなぁ。

 まあやるしかないけどさ。

 

《『るうる』の説明。4両先の先頭車両までドアを開けて進めば、最寄り駅に停車して『げぇむくりあ』。ただし、4つの車両のうちどこか1つだけに、

呼吸すると呼吸器官を侵す致死性の猛毒ガスが充満しており、ドアを開けてガスを吸い込めば『げぇむおおばぁ』》

 

 振り向いて座席を見ると、ガスマスクとボンベが置かれていた。

 ボンベの数は、全部で3つ。

 ボンベには、デジタルタイマーがついていて、時間が5分に設定されている。

 

《次の車両へ移動する際は、お手元のガスマスクと酸素ボンベをお好きなタイミングでお使いください。ボンベをセットすると、5分間だけ新鮮な酸素を摂取する事ができます。ただし、ボンベは1度セットすると、使い切るまで外す事ができません。そしてドアを開けてから次の車両のドアへは、5分間ロックされます。車内にガスが充満している場合、5分でガスは車両の外に排出されます》

 

 あ〜、そういう『げぇむ』か。

 車両の数が4つに対して、ボンベの数は3つ。

 って事は、最低でも一回は、ガスが充満しているかもしれない車両にボンベなしで行かなきゃいけないって事か。

 もしボンベを使用できる3回のうちのどれかにガス車両があれば、その時点で『げぇむくりあ』。

 ボンベ無しで渡った車両が、もしガス車両だったら……死…ってワケ。

 

《それでは、『げぇむすたあと』》

 

 1車両目でボンベを使わなかったら、生き残れる確率は75%。

 もし賭けに出るなら、ここでボンベを使わない選択をするのが一番心理的負担が少なくて済む。

 それに1車両目がガスだったら、あまりにも簡単に『くりあ』できてしまうから、1車両目にガスは撒かないはず。

 でもそう考える事まで織り込み済みで、もし1車両目がガス車両だったら……?

 

「…………」

 

 私は、ガスマスクとボンベを装着して1車両目のドアを開けた。

 仮に外してもあと2回チャンスはあるし、まだ死に急がなくても大丈夫でしょ。

 

 1車両目に移動した瞬間、ドアが自動で閉まりロックされる。

 何回かドアをガチャガチャやってみたけど…やっぱり開かないか。

 ドアにロックがかかって移動できない事を確認していると、どこからか鳥の囀りが聴こえる。

 

「ピィ〜、ピッ、ピィィ…」

 

「!」

 

 囀りが聴こえる方向へ歩くと、ちょうど車両の外からは死角になる位置に、鳥籠が置いてあった。

 鳥籠の中では、カナリアが元気に動いていた。

 

「カナリアが死んでない…ここはガス車両じゃない」

 

 あーあ、ボンベ1つ無駄にしちゃったよ。

 これで残り3車両を、ボンベ2つで渡らなきゃいけなくなっちゃった。

 

 もしボンベをつけて2車両目がガス車両じゃなかったら、状況はさらに悪くなる。

 勝負に出るなら、ここだろう。

 でも逆にその心理を利用して、2車両目に毒ガスを撒いてる可能性もある。

 

 私は2車両目のドアも、ボンベを装着して開けた。

 2車両目も、カナリアは死んでいなかった。

 

「ハァー……」

 

 あー、これで確率は50%か。

 もう1回も間違えられない。

 もし3車両目のドアをボンベなしで開けてガス車両だったら、死……

 

 ……。

 

 ………。

 

 ………………………。

 

 あ、違うわ。

 

「………もしかしてこの『げぇむ』って、そういう事…?」

 

 わかったわ、どっちがガス車両か。

 私がこの『げぇむ』の主催者ならこの『げぇむ』をどう作るか、そこに気づければ簡単な『げぇむ』だった。

 

 私は、ガスマスクとボンベをつけずに、迷わず3車両目のドアを開けた。

 私の読みは、間違っていないはず。

 

 死のリスクなんて、知った事か。

 勝てば実力、負ければ運命…!!

 

 

 

「ピ……ピィ、ピピッ、ピ?」

 

 耳を澄ますと、カナリアの鳴き声が聴こえてきた。

 急いで鳥籠を確認しに行くと、止まり木に片足立ちしたカナリアが、こちらを見上げて首を傾げていた。

 

 キタはい勝ち〜!

 これで『げぇむくりあ』確定〜!

 この『げぇむ』作った奴、ざまあみろ〜!

 

 私は、その場で両手を広げて思いっきり深呼吸した。

 あ゛〜〜〜空気が美味い。

 とにかく、これで私は生き残れた。

 いやぁ〜生きてるって素晴らしいワ。

 

 私は、車両のロックが解除されるまでの5分の間に、リュックに入れてきたビスケットを完食した。

 だってちょうど腹減ってたし、毒ガスで汚染されて食べれなくなるの嫌なんだもん。

 袋に残ったカスを鳥籠に撒くと、カナリアは止まり木から降りて、鳥籠の底に散ったビスケットのカスに喰らいついた。

 人間の食べ物って、動物にあげちゃいけなかったような気がするけど、私しらなーい。

 

 それから間もなくして、3車両目に入ってから5分が経ち、ドアのロックが解除される。

 あとは最後の1両を、最後のガスボンベで凌ぐだけだ。

 私はガスマスクとボンベを装着して、4車両目のドアを開けた。

 

 4車両目は、一見今までの車両と見た目は変わらないけど、今度はカナリアの鳴き声が聴こえない。

 恐る恐る座席の横に置かれた鳥籠を確認すると、カナリアは鳥籠の底に仰向けに転がって動かなくなっていた。

 暴れたのか、籠の底には羽根が大量に散っている。

 鳥籠を上からバンバン叩いてみても、動く気配がない。

 ……どう見ても死んでる。

 

「あーあ、アンタもカワイソウだねぇ」

 

 私は、鳥籠の前でしゃがみ込んで、カナリアの死骸に話しかけた。

 最後に入った車両は、ガス車両だった。

 やっぱり、私の読みは正しかった。

 

 1車両目から3車両目のうちのどれかがガス車両である確率は75%。

 つまり1車両目から3車両目の全車両でボンベを使って、リスクを取らずに生き残れる確率は、75%もある。

 それがわかってて、それでも死のリスクを取れる奴なんていない。

 皆死ぬのが怖いから、1車両目から3車両目でボンベを使い切ってしまう。

 

 『(はあと)』は、『生きたい』と願う人の心理を巧みに利用し、弄び壊す、心理型の『げぇむ』。

 死ぬのが怖くて3回連続でボンベを使ってしまったら、最後の1両でボンベが足りなくなる。

 でもって、生き残る為に渡らなきゃいけない最後の車両はガス車両。

 この『げぇむ』には、制限時間が無い。

 つまり、最後の車両のドアを開けない限りこの列車は、餓死するか『びざ』が切れて死ぬまで、永遠に環状線を走り続ける。

 それが嫌なら、毒ガスが充満した車両のドアを自分で開けて、『げぇむ』を()()()()()しかない。

 それがこの『げぇむ』の主催者が私達に与えたかった、最大の絶望。

 

 ボンベの酸素が切れる頃、窓が開いてガスが排出される。

 それからしばらくして、私の乗っている電車が、最寄り駅で停車した。

 

《ご乗車ありがとうございましたー》

 

 ドアが開いて、ホームに降り立った。

 すると駅のホームに、アナウンスが鳴り響く。

 

《こんぐらちゅれいしょん。げぇむ『くりあ』》

 

 駅の電光掲示板には、『げぇむくりあ』と表示されていて、ホームの隅にはレジが置いてあった。

 レジから発行された『♡2(はあとのに)』のトランプと、『びざ』のレシートを受け取ったその時、どこからか啜り泣くような声が聴こえた。

 振り向くと、ホームのベンチにさっきのお姉さんが座っていた。

 彼女しかいないって事は、お兄さん二人は『くりあ』できなかったのか…

 

 あの三人の中ではどう見てもお姉さんが一番弱かったのに、どうして彼女だけ『くりあ』できたのか、わかった気がする。

 初心者の彼女が私のように主催者側の意図に気付いたとは思えないし、自ら死のリスクを取れる頭のネジが飛んだ人にも見えない。

 彼女は、生き残れたんじゃなくて──

 

「……死ねなかった?」

 

 私は、ベンチで項垂れて啜り泣いている彼女に、そう尋ねた。

 彼女はきっと、生きる事を諦めて、自分から『げぇむ』を降りる事を選んだんだと思う。

 差し詰め、ボンベなしでガス車両に入って死のうとしたけど、皮肉にも死ぬつもりで入った車両はガス車両じゃなくて、ボンベが最後まで残ってしまった…といったところか。

 

 私は、駅構内のコンビニで新鮮な食糧を調達した。

 リュックに入れてきたビスケットは、3車両目で全部食べちゃったからね。

 服も毒ガスで汚染されてるだろうし、お気に入りだったけど捨てるしかなさそうだ。ちくせう。

 

 コンビニで調達した食糧を持ってホームに戻ると、さっきのお姉さんは、まだベンチにいた。

 別に余計なお節介する義理もないけど、放置するのもアレなので彼女に歩み寄った。

 

「もう嫌…こんなの、耐えられない…!」

 

「…………」

 

 お姉さんは、俯いて肩を震わせながら泣いていた。

 私にはわかる。

 彼女はきっと、この国では永くは生きられない。

 私は彼女の座っているベンチに、水と少量の食糧が入ったビニール袋を置いて声をかけた。

 

「死にたいなら止めないわ。どうせアナタはあと2日で死ぬ。でもその前に、残りの命をどう使うか考えたら?せっかく生き残ったんだから」

 

 そう言って私は、お姉さんに背を向けてライターでキャメルに火をつけると、そのままホームから立ち去った。

 彼女の事は、『ビーチ』には誘わなかった。

 彼女には、囮としての利用価値すらない。

 この先の地獄を見せるくらいなら、このまま『びざ』切れか『げぇむ』で死なせた方がまだマシ。

 

 

 

「………あ゛っ!?」

 

 …しまった。

 スタートの駅にバイク置きっぱだったの、すっかり忘れてた。

 一応スタートの駅は、ここから『ビーチ』に向かう通り道にあるけど、スタートの駅まで歩いてバイクを取りに行こうと思ったら、最低でも3時間は歩かなきゃいけない。

 うぐぅぅぅぢぐじょぉぉぉぉぉ歩きたくねぇよぉぉぉ…!!

 『くりあ』後もなお参加者を絶望させにかかるなんて、ホント『(はあと)』ってクソだわ!!(関係ない)

 

 ………あ。

 そういえばここから近い会場で、アンのチームが『げぇむ』に参加してたっけ。

 無線で連絡したら、ワンチャン迎えに来てくれるかも。

 

 私は一か八か、自分のトランシーバーでアンに連絡を試みた。

 すると数分ほどで、アンに繋がった。

 

「アン〜!よかった繋がった〜!」

 

『……どうしたの?』

 

「かくかくしかじかで、帰る足がない。迎えに来て♡」

 

『…はぁ、仕方ないわね』

 

 アンは、呆れつつも車で私を迎えに来てくれた。

 やっぱり仲間の存在って大きいわね。

 

 

 

 ───今際の国滞在36日目

 

 残り滞在可能日数 

 

 潰田千寿 23日

 

 

 

 

 




シーズン3の内容を逆輸入しました。
原作では毒ガスのゲームで毒かどうかを判別するのに花が使われていましたが、本作ではドラマ版と同じカナリアにしています。
花だったらフェイクかも(造花とか)とか余計な事考えちゃうので、カナリアの方が判断材料としてはわかりやすいのかなと。
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