「旅館に一人暮らしとは景気良しね」
「……嫌みは聞きたくないわよ、類」
当たり前のように旅館の部屋に入ってきた艶やかで美しく私のように癖の無いサラサラとした髪を揺らす元・糸色分家の当主たる才賀類を見上げる。
ゆっくりとベッド脇の椅子に腰掛け、彼女が私の顔の傷を指先でなぞった瞬間、痛みと苦しさが消える。正確には元通りに治して貰ったという方が正解だけど。
「聞いたわ。白面の者と戦ったんでしょう」
「その欠片とね。蛮竜があれば少なくとも傷を負うことはなかっただろうけど、アレを倒すために冥道残月破を無理やり乱発する必要があった」
「大変そうねぇ~っ、御当主様も。でも私が蛮竜に認められなかった理由も貴女を見ていると察しが付くわ、土壇場になったら私は逃げる」
類はそう言って私の浴衣の帯を解き、淡い蛍火色の光を手のひらに集める。これこそが糸色類の異能であり百年前に神子となった彼女のご先祖様の権能「癒やしの力」だ。
糸色家には二つの本家が存在する、一つは私が当主を務める蛮竜と二重の極み、様々な禁書を管理する霊能大家。もう一つは糸色景の持つ超能力を色濃く受け継ぎ、強さより慈しみを尊ぶ異能大家。
陰陽の様に対極に存在している。
強い
「んッ…!」
「あら、お腹が弱いのかしらぁ?」
ゆっくりと上半身の治癒を終えた手は足へと伸びていき、歩くことも出来なかった両足の痛みは引いて、指先の感覚も分かるようになってきた。
「ほら、次は背中よ。全く結婚も恋愛もしたことない癖に暴れすぎじゃないの?」
背中からお尻、太もも、脹ら脛、足の裏まで治癒を受けた身体は癒やしを受ける前より軽くて動きやすく感じてしまうほどに万全すぎる。
「はあ、やっぱり癒やしって疲れるわね。……ところで、さっきから私と貴女のやり取りを食い入るように見ている男達は誰なのかしら?」
「え?」
類の言葉でまさかと思った瞬間、流君、杜綱悟、強羅の三人が浴衣のはだけている私の事を見つめて、慌てて部屋を出ていく光景を見送ることしか出来なかった。
「これは『まいっちんぐぅ~!』ってヤツね」
そう言ってケラケラと類が笑った。
「る、るいのばかあっ!!?」
「いったぁ!?なんで私を叩くのよ!!」
「ドアの鍵ぐらい閉めてよ!!」
「それはごめん」
「あ、うん、こっちもごめんね」
お互いに素直に謝る。
しかし、私だけ代償が大きすぎる気がする。
「まあ、昭和のラブコメってこんなのばっかりだし。流石にリアルで起こると私も戸惑うわね、なんなの?ハレンチの呪いでも受けてるの?」
「ひ、否定したいけど。否定できない」
そう呟くと類に哀れみの視線を受けた。「ああ、こいつはこれからもハレンチな事に巻き込まれるんだな」という、あからさまに哀れんだ眼差しだった。