「儂の家来に何しようとしやがったあっ!!」
その怒声と共に飛び出したとらの動きよりも素早く迅く符と鏢を叩きつけ、憎悪と歓喜の混ざり合った声が弾け、黒い妖怪の身体を吹き飛ばす。
が、しかし、おじさんの攻撃は効いていない。
いや、効いている筈なのに平然と笑みを浮かべ、まるで嘲り嗤う様に黒い妖怪は「随分となまっちょろい攻撃じゃねえかよ」と呟いた。
「かかか。俺を殺りてえらしいが、今はその美味そうな匂いを出してやがる女が先だァ!!」
「お生憎様、私は食べ物じゃないわよ!!」
北落師門を足を刈り取るように横に薙ぎ払い、飛び上がった刹那に蛮竜を叩きつける。──けれど。黒い妖怪は顔を貫く刀を引き伸ばし、蛮竜を受け止めた。
それだけで分かる、あれは妖刀だ。
ただし妖気ではなく霊気を纏った刀身、破邪必滅の霊刀。本家の倉でも数本しか存在しない最上級の武具。それをどうして顔に三本も突き刺しているの?
そう疑問を抱きながらも蛮竜を振り下ろし、霊気を纏った衝撃波を放ち、黒い妖怪を退ける。ハッキリと言えるのは強さだけなら私以上の強敵だ。
「カァーッ、頭に響きやがるぜ!」
「糸色、お前は退いていろ。アレは私の獲物だッ」
「……約束、守ってよね?」
私の言葉に小さく笑った鏢のおじさんは静かに怒気を込めて符を構えて黒い妖怪を睨み付ける。私は黒い妖怪を一瞥して蒼月君の隣に移動して、北落師門と蛮竜を縁側に立て掛ける。
「お妙さん、鏢さんなら大丈夫だよな?」
「彼の強さは君も知っているでしょう。何も心配しなくて問題ないわよ。それに、私と交わした約束を守って貰わないといけないもの」
「とら、お前も手ぇ出すなよ」
「けっ。アイツが負けたら儂のもんだ」
おじさんは強い。
それでも、あの黒い妖怪に届くのかはギリギリだ。負けたら私が打って出る。恨まれようと憎まれようともう誰かが死ぬところは見たくない。
「ごちゃごちゃとうるせえなあ。だが、おめえの事は思い出したぜ、おめえのつれあいと娘っこ、ありゃあ骨の髄までうまかったぜ」
「十五雷正法『七排』ッ!!」
怒りで霊気の爆ぜる光景は何度か見たことがあるけれど。おそらく、私はおじさん以上の憎悪と殺意を込めて溢れ出す霊気を見ることはない。
おじさんは七本の鏢を繰り出し、符咒の札を貼り付けて攻撃を食らわせるけど、黒い妖怪は左手の五指を折り曲げ、鏢を掴み受け止める。
赤黒い雷撃を迸らせる。
強い。私だったら蛮竜を盾にして防ぐか、飛び退いて躱すことを選ぶのにアイツは符咒の霊気をものともせず受けきり、おじさんを苛烈に攻める。
「けけっ。人間なんざこんながっ!?」
「掴んだぞ、紅煉。
土煙に隠れながらも鋼線を首に巻き付け、黒い妖怪の背中を踏みつけて渾身の一撃を放つ。ボコボコと黒い妖怪の身体が膨れ上がり、決まったと思った刹那、おじさんの身体が殴り飛ばされ、斬り倒された。
「鏢さんっ!!」
「行くんじゃねえよ、うつけが」
「ダメよ、蒼月君」
「でも、鏢さんが…!」
まだ、おじさんは倒れても折れてもいない。
だから、まだ動いちゃダメよ。