婢妖を追い出した筈なのに気を抜けば蒼月君の顔を思い出すことが出来なくなる。全身に婢妖が入り込んでいるなら蛮竜を身体に突き刺してでも追い出す事は出来るけど。それだけは最終手段だ。
そう考えながら蒼月君の居なくなったお寺を出て、一人で街を歩いているとハンバーガーショップを覗き込んでいるとらを見つけたものの、蒼月君の姿はなかった。別行動、あるいは彼も忘れている?
「とら、蒼月君は?」
「うしおならまだ学校だろうぜ」
「……ハ、ハハ、本当に流石だよ、大将さん!」
ドンと彼の大きな身体に抱きついて、私だけが蒼月君の事を覚えている訳じゃなかったことを喜び、何かを訴えるように鳴動する蛮竜にとらの目付きが鋭くなる。
ゆっくりと顔を上げると白童子とは違う、赤子を抱いた白い少女を連れた女が其処に佇んでいた。妖怪、どことなく奈落に似た気配を感じる。
「チッ。本当にコイツなんだろうね、神無」
「……うん、懐かしい…匂い…」
「てめぇら、随分とハラん中まで邪悪なガキを抱えてるじゃねえか。オイ、さっさと儂の背中に乗れ、うしおんとこに行くぞ」
「ありがとう!誰かは知らないけど、私と戦いたいならいつでも受けて立つわよ。私は糸色妙だもの!」
そう言って金色の背中に飛び乗ると同時に私の視界は高速で移り変わる景色に染まる。蒼月君を探して飛んでいる訳じゃない、彼を追い掛けているんだ。
もしかして、東京を出ているの?と考え込み、静かに安心できるとらの背中に身体を預ける。なんだか、ずっと昔にもこうしてもらった覚えがある。
────あり得ない事だけどね。
「オイ、ありゃあなんだ!なんだってこんなに人が集まってばか騒ぎしてやがる!」
その言葉に首を傾げながらも肩口に頭を動かして、地面を見下ろすと光覇明宗の総本山の境内に大量の車両が入り込み、大型のライトを幾つも使って、周囲を警戒しているのが見えた。
あの時、飛行機で出会った人もいる。
「……とら、確かめたいことがあるわ」
「あぁ?何するつもりだよ」
「蒼月君だけが忘れられてるとは限らないでしょう?」
「おめえも忘れられたって言いてえのか?」
「だから、それを試すのよ」
私はとらの背中を飛び下りる。
「よっ、と……こんばんは」
「妖怪か!?」
「空から降ってきたぞ!」
「総員銃を下げろ!彼女は違う、人間だ!」
蛮竜の熱風を使って地面に着地すると同時に大量の銃を突きつけられる。が、すぐに駆け寄ってきた飛行機で出会った自衛隊の人───厚沢恭治に向かって、しっかりと目線を合わせて敬礼してきた。
「お久し振りです、糸色さん」
「えぇ、お久し振り。厚沢さん」
最悪のパターンは回避したけど。
「此処に槍を持った男の子が来ませんでしたか?私の知り合いで、これから大事な話があるんだけど」
「槍を持った男の子、それなら車両の中に」
「ありがとう。あと槍を返して貰える?」
そう言うと獣の槍を返してくれた自衛隊の人に感謝の言葉を告げ、車両のドアを開く。
「お、お妙さん…!」
「迎えに来たわよ、蒼月君」
「お、おれ、おれを、うわあああああっ!!」
にこりと微笑みを浮かべ、不安に押し潰されずに頑張って孤独に耐えていた彼を抱き締める。蒼月君はまだ子供なのに、みんなに忘れられるなんていう恐怖に頑張って耐えていたんだ。
「遅れて、ごめんね。もう大丈夫だから…」
大丈夫、私は覚えている。
絶対に忘れるものですか。