光覇明宗の総本山を退出していく私を名残惜しむ声を聞きつつ、山の麓に降りると真っ黒な服と真っ黒な帽子、真っ黒な髪、真っ黒な眼をした女がバス停が石階段の真下に立っているのが見えた。
「お出迎えとは随分と白面の者も怒っているのね」
「ほほほ、一目で気付くなんて流石だわ」
私より大きな身体の黒い女と並んで一目を気にせず一緒に歩いている最中、ギチリと肉を詰め込んだ音を聞き、彼女の事を見上げる。
何十本と針のように尖った歯を剥き出して、私を見下ろす白面の者の分身。しかし、彼女の奥にあるのは私への怒りではなく悲しさと苦しみだ。
寂しいという感情が見えた。
「貴女、名前は?」
「斗和子。二十八宿の斗宿の『斗』に大和の『和』に子供の『子』と書いて、斗和子と言うわ。貴女の事はずっと見ていたから知っているわよ、糸色妙さん。あんな紛い物の妖怪に纏わり付かれて可哀想にね」
「奈落に関しては同意するわ。アイツ、私を母親にするとか訳の分からないことを言って、ネチネチと私の事を監視しているみたいなのよ」
そう言ってクスクスとお互いに顔を見合わせて笑っていると私の身体を縛り付けていた妖怪とあの時の男の子が「ママ!」と嬉しそうに笑いながら、斗和子の身体に抱き付いてきた。
チラリと私の事を見てきたが、あまりそういう視線を向けるものじゃない。君のデビュー戦を壊したりしたけど。そちらが喧嘩を売ってきたんだ。
「キリオ、今は彼女と話しているから」
「……うん、分かったよ…」
私を睨み付ける視線を無視して斗和子に「じゃあ、次に会ったときは覚悟していなさいね」と告げ、のんびりと長野県に帰ろうとした瞬間、あの男の子の連れていた妖怪が私の後を着いてくる。
参ったわね、完全に敵対してきた。
「何か用でもあるの?」
「キリオのお願いだ。お前を殺せ、と」
「そのキリオに伝えておきなさい。自分の嫌な事を友達に押し付けず、自分の意思で私を倒すつもりで掛かってきなさい。じゃあ、私は帰るから」
「待て、私の話は終わっていない」
「もう、あなたと話すことはないわ。友達なら間違った道に進むのは止めてあげることね。そのままじゃあなたは友達じゃなくて、ずっと人形のままよ」
私がそう言うと彼、あるいは彼女は動きを止めて考え込み始めた。悩めるときに悩めるのは良いことだって誰かが言っていたし、そのまま病んでいる彼の精神を安定させてあげなさい。
「(……それにしても光覇明宗の僧侶って色々と抱え込んでいて大変なのね。いきなり唇を奪って、いや、キスされただけで堕ちると思うなよ、流君め)」
私は糸色本家の当主だ。
あんな一度のキスなんかで堕ちるわけがない。