担当ウマ娘との入れ替わり 作:any-unter
拳を作り、それを開く。何気ない、自分の力加減を確認する仕草。それから彼は、いつものようにゆったりと微笑んだ。
「本当に、入れ替わってしまいましたね」
「……うん」
ドリームジャーニーと、その担当トレーナーである俺。
現在、アグネスタキオンの薬で入れ替わり中です。
「やあやあ!その薬は1日もすれば自然と効果を失ってもとに戻るはずだねぇ!では私は忙しいからこれで!」
と、状況を引っ掻き回すのも、去り際も嵐のようなアグネスタキオンの笑い声が廊下に響く中、俺とジャーニーは、トレーナー室の一角で向かい合って座っている。
ジャーニーは小柄である。自分の体だと、ゆっくりと変わっていく視点の高さに体がうまく順応するが、いきなり他人の身体にもなれば、見える世界が急激に変わってしまう。
……なんだか、落ち着かない。
「どうかしましたか?」
こちらの視線に気づいたのか、ジャーニーが話しかけてくる。いつも眼鏡越しに見ていた、何もかもを見通すような、あの視線。
「あ、ああ。なんだか、自分の顔なのに自分の顔に思えなくてね」
「ふふ、私達が入れ替わった、というのもあるのでしょうね。こればかりは、別人ですから、仕方のないことでしょうけれど」
「……でも、何故だろうね。意外と、パニックになっていない自分がいるんだ」
なんていうかーーと、思っていたことをそのまま口に出す。
「見慣れない自分の顔なんだけど、面差しに、ジャーニーの仕草が現れていてーーそれが、落ち着くんだ」
少しだけ、ジャーニーが目を見開いた。
「あなたという人は……まったく」
立ち上がり、そっとこちらに歩み寄る。顔に落ちる影に、少し威圧感を感じてしまう。身長差というのは、人を緊張させてしまうものらしい。
もしかしたら、ジャーニーも同じように感じていたのかもしれない。
「……緊張、しているようだ」
なぜでしょうね、とジャーニーが首を傾げる。
「今の貴方はウマ娘で、抵抗すれば容易にこちらを振りほどけるはずなのに」
「あ、えっと……」
ジャーニーの手が、俺の顎の輪郭を撫でる。それから、くい、と顎を押し上げた。
「……今の貴方は、押し倒しても抵抗できなさそうだ」
「ジャ、ジャーニー?それを俺の体でされると、色々とまずいかなー、って……」
「ええ、わかっています。私としても、自分の顔にするよりも、本当のあなたの顔を見つめて行いたいですから」
名残惜しそうに、指が離れる。ホッと、安堵の息を吐いたのが、バレたのだろうか。
次の瞬間、ジャーニーは屈み込むと、額に唇を押し付けてきた。目を細めた男の顔が、してやったりとばかりの喜悦に歪んでいた。背筋がゾクッとして、なぜか身震いしてしまう。
チュッ、と軽い音ともに、影がゆっくりと離れる。
「ジャーニー……?」
「……トレーナーと、担当ウマ娘は一心同体、だということなので」
目だけが、笑っていないように見える。自分は決して作れない、壮絶な顔。
「……今のうちに、既成事実を作っておくのもいいかもしれませんね」
なにやら不穏なセリフが聞こえてきたような気がしたが、気のせいだろう。
その後、互いに慣れない相手の体でトレーニングするのは危険ということで、トレーナー室で、特にとりとめのない話をした。
ジャーニーとかけがえのない絆を感じたひとときだった。