担当ウマ娘との入れ替わり 作:any-unter
「入れ替わりというのが、一時的な異常にすぎないのだとしたら、私達は異常も異常、言い換えるなら、極めて不安定『不健全』な状態にあると、そう言えないか?」
シュガーライツ博士はそう言って、グラスの中のアイスを回した。
最初の入れ替わりは混乱に満ちたものだった。3年間、再び走りたいという彼女の夢を応援しながら育んだ絆がなければ、到底乗り越えられなかったものだろう。
突如車椅子生活を余儀なくされたトレーナーと、反対に、自由な体を手に入れてしまった博士。
もちろんウマ娘の強靭な体ではない。しかし、走りたいときにはいつでも走ることのできる自由を得た体。
サティでようやく得られた再生とは程遠い、「チート」のように取り戻した夢は、その手軽さ故に、博士をひどく懊悩させた。
その、与えられた自由に罪悪感を覚えていた彼女に、今後もう元に戻ることはないだろうと覚悟して、励ましたーー後に博士にプロポーズだとからかわれ、否定をしなかったためにおかしな空気になったーーその後で、タキオンの手であっさりと元の体に戻されたときは、拍子抜けした。
しかしそれ以来、シュガーライツ博士とトレーナーの間には、なにか奇妙な関係が生まれたのか、頻繁に体が入れ替わるようになってしまった。
「これでは入れ替わりではなく、体のシェアリングだ」
博士が語る。
「不快ですか?」
「いや、とても。それをきっかけに、時々自由になる体と、素敵な旦那を手に入れることができたんだ。私には、もったいないくらいの幸せだ」
「俺も、幸せです」
あなたのつらさを、苦しみを、文字通り共有することができて。仮初でも、それが己が事だと意識を変えることができたから。
ギムレットが、シェイカーを振っている。シュガーライツ博士の薬指に、指輪が光っている。二人は再び、グラスを軽くぶつけた。
「幸せ、か……ふふ、本当に」
「博士は本当に、ゆっくりと飲まれますね」
「日頃、作業をしているときは、そちらの方にリソースを割いているから、飲み物は意識の外なのさ。だから、飲み物を楽しむときは、あえてゆっくりと飲むように心がけている」
「俺は……味が消えると、なんだか口が寂しくなって、また一口……と続けていると、いつの間にか……」
「楽しみ方は人それぞれだ。君が体まで私の方に合わせてくれたのだから、私は何も文句はないよ」
とはいえ、と博士が付け加える。
「酔っ払うとしても程々にしておいてくれ。お互いに、君だけの体ではないのだから」
「ははは、そうですね」
世界で最も歪な関係。生まれ育った体と、他人の体とで、週に3回は必ず入れ替わってしまう、行ったり来たりの生活だ。夫婦になることでその距離を縮めたが、社会的な関係を縮めても、他人の体、という原始的な関係は、変わらない。
博士がウマ娘たちのトレーニングを見ることもあれば、トレーナーが適度に運動を挟みつつ、プログラミングに勤しんでいるときもある。初めは奇異の目を向けられたこの関係も、トレセン学園ではおなじみの光景になりつつある。
「さて、そろそろお暇をしようか」
博士が一瞬だけ、車椅子の上で腰を浮かせた。しかし、踏ん張れずに尻餅をつく。トレーナーが仕方ないな、というように微笑んだ。
「君。飲み過ぎだ」
「そうみたいですね。失敗したな……」
「まったく。車椅子は私が操作しよう。ではギムレット、礼を言う」
店の外に車椅子を出す必要があった。一旦無人にしたそれを、注意しながら外に出す。その間、トレーナーが、シュガーライツ博士をお姫様抱っこしていた。
「次こそは、私にしてもらいたいものだ」
トレーナーが、呟いた。もちろんですよ、と博士が言った。ぎゅっと首に腕を絡めて、膝の後ろに腕を回され、抱き上げられている。自分の体に入っている博士を見上げ、トレーナーは、改めて不自由さというものを実感する。
しかし一方で、こうしてパートナーを支えられる博士は、すごく嬉しそうなのである。微かに鼻の穴を膨らませながら、トレーナーは、パートナーの体を抱えて、少しだけ夜の街を歩いた。無人の車椅子が後ろからついてくる。首に回す力に腕を込めた。
「幸せですね」
「ああ、幸せだ」
二人は、夜の家路をゆっくりと、行進するように進んでいった。