担当ウマ娘との入れ替わり 作:any-unter
この体勢に、君は気づいているだろうか。いや、とてもそうは思えないーーストイックで、真面目な君のことだ。わざとじゃないのはわかっている。
慣れない人間の男の体で、走り出したはいいものの、いくらなんでも昨日までのメニューをそのままこなすというのは、無理があったはずだ。健全な精神は、健全な肉体に宿る、なんて言いながら、僕の体でそのまま飛び出していったのだから、本当に、君の生真面目さには恐れ入る。
一方の僕はと言えば、
「私の体で、鈍ってしまったなんてことがあったら、許さないから」
なんて、君の懸念に押し負けるようにして、いつも君がこの身体でこなしているトレーニングを根性で乗り切ったけれど、魂の部分は馴染めなかったのか、トレーナー室でうとうとしていた。
アスリートとして自分を高めることだけに集中してきた君も、まず間違いなく眉をひそめるだろう、いわゆるバタンキュー……今の子は、もうこんな言い方はしないのかな?……という状態にあって、羞恥より先に、いいからシャワーを浴びてきなさい、なんて一喝されるのが今からでも目に見えている。
そのお叱りがなかったのは、単純に君が、僕の体でスパートをかけすぎて、フラフラになって帰ってきたからだ。
何度でも言わせてもらうけれど、僕はトレーナーであって、アスリートではない。君の意志の強さは認めるけれど、僕の体でウマ娘のトレーニングをこなすのはあまりにも無茶だ。
だから、こんな具合になった。
僕が目を覚ましたときの驚きが、君にはわかるかな。僕の体にぎゅうっと抱きつきながら、ううん、と寝言を言っている君の姿を見たとき、僕は、なんというか、緊張で頭が真っ白になった。
そして恐るべきことに、次に意識に上ってきたのは、自分が臭くないか、と考えることだった。
すうすうと寝息を立てる君ーー外面というか、外見は僕の体で、いい年したオッサンなんだけれどもーーが、僕の体に顔を埋めているようにも見えたから。
うん、まるで考えていることは、女の子寄りだ。これはもしかして、君の考えなのかもしれない。魂ではなく、君の体が本能として、訴えかけている何か、なのかもしれないね。
それにしても、自分の顔をまじまじと見ながら、そこに君の面影を見るのは、なんというか不思議な話だ。君と入れ替わった僕だから、2人の絆のようなものがそうさせるのか……こんなこと言ったら、君はまたそっぽを向くだろうけど。
普段君がこんなにリラックスした姿を見せてくれることはないから、新鮮だったし、同時にトレーナーとして、まだまだ未熟だな、とも思ったよ。
君はまた少し、寝返りを打つ。少しだけ、お互いの体がぶつかった。緊張がほぐれた顔が少し緩やかになって、ふわふわ、とか言い出すものだから、僕はどうしたものだろう、と天井を見上げる羽目になる。
確かに男にとって、女の子の体は、ふわふわだ。いかがわしく感じるなら、あまりにも華奢だ、と言い換えてもいい。
多分君は、僕と入れ替わったことで、そこを自覚してくれたんだ、と思いたい。日ごろ君が鞭打っている女の子が、自分の体が、どれほど危なげにギリギリのところで均衡を保っているか、それを、君の同期やトレーナーの僕が、はらはらしながら見守っているか、少しでもわかってくれたらなあ、と思う。難しいだろうけど。
さて、時間は刻一刻と過ぎていく。沈みかけていた夕日はもう、完全に地平線に消えてしまった。ブラインドのすき間から見えてくるのは夜の景色だ。トレーナー室に掛けられた時計の針が、こちこちと無情な響きとともに進んでいく。
このまま起こさないように、そっと抜け出して、それからーーなんて考えていた僕は甘かった。君はぐっと腕を回すと、この身体……君本来の体、今の僕の体を自分の方へと抱き寄せてしまったのだから。
扱いは本当に、抱き枕のそれだ。
でも僕は、胸の鼓動が高鳴っているのがわかる。体が緊張して、なんて次元を飛び越えて、完全に石になってしまっている。心臓の鼓動はうるさいし、今にも何か叫びだしそうで、咄嗟に自分の口元を覆った。自分の顔が、赤くなるのがわかる。
確か入れ替わって最初に自分の顔を見たとき、君はこう言ったね。私の顔で、そんな表情、できるんだ、って。その後こうも言った。あまり、ヘラヘラとした顔をしないで、とも。
さて、今の僕の表情はどうだろう。君が目を覚ましたとき、僕は、忘れずにそれを聞いてみたい。