羽赫?いいえ、禁鳥翼です 作:たるんたるん
「よろしいですか」
いつまでも『箱』を抱きかかえ離そうとしない母にCCGの職員は遠慮がちに言った。
その光景を見ながら美佳はその日もいつもと変わらない日常を過ごすものだと夕方の電話に出るまで思っていたことを思い出した。
「今日の夕飯なにー?」
ソファーに寝転びスマホをいじりながら母に問いかける。小学校の頃嫌いだった女子が通っている高校でなにやら事件起こったようだとグループ内で盛り上がっている。
「お母さん奮発して高いお肉買っちゃった!」
お父さん今日は早く帰れるみたいだから久しぶりに皆で夕食食べれるのよ。と上機嫌に母は言う。
「はぁ~?別にいいよ。つーか結局何つくるわけ?」
まったく。家にいる時間は少なく家族サービスも皆無な男のどこに惚れたんだか。
どうせまた残業で遅くなるんだから先に食べちゃおうよ。
我ながらナイスアイデアである。早速母に提案しよう。
そう思い口を開きかけた時である。
prrrrrr prrrrrr
「美佳~?電話出てくれる~?」お母さん今手が離せないの。
しょうがないなっと。
ソファーはからのそりと起き上がり電話機へ向かう。
「CCG捜査局のものですが……」
やっぱりだ。残業の電話を部下にさせてるんだ。お母さんに怒られるのが嫌でまた姑息な手段を使っているな。
あれ?でも小島さんの声じゃない。
どうやらお母さんに伝える事があるようで変わって欲しいと告げられた。
もしもし、お電話代わりました。
はい。そうです。
はい。
………は、はい。…………。
母が相づちを打つたびに顔が青ざめていく。
ただ事ではないと思った。しかし父は残業はしても必ず日が変わらない時間には帰ってくるひとだった。扉越しにおやすみを言ってくれる人だった。
それから何回か。相づちを繰り返した後
「伺います」と母は小さく震えた声で言った。
嫌な予感がした。
テレビ画面には○○高校爆発テロのテロップが写し出されていた。
「つらいですね」
隣に佇む職員は母娘の啜り泣く音を聴きながら言う。
あぁ。と男はやるせない気持ちでいっぱいだった。
それは、仇を取れなかったことか。それともあんな状態の遺体と対面させてしまった事なのか。
「井上さんの遺体が発見されました。DNA 鑑定をしていますが、本人に間違いないと思われます」
そう職員は事務的に言った。
今は何回目だろう。あと何回言わなければならないのだろう。
「あ、あの……これだけ、ですか」
左手である。
捜査局支部に到着した母娘が案内されたのは霊安室だった。美佳が驚くのも無理はないだろう。
そのベッドの上には腕が入れられた保存容器が鎮座していた。形だけの枕元には線香があげられていた。死の匂いが漂ってくるようだった。
覚悟はしておりました。職員に声をかけられようやく保存容器の傍から離れた奥さんは少しの間合掌をしながらぽつりと呟いた。
娘さんの方はまだ信じられないのだろう。いや、理解していないのだろう。左手だけだよ、きっとお父さんは生きてるよ。だってお父さんだもん。そう母親に声を掛けているが。
喰種に襲われた死体がきれいな状態で発見されるのは稀だ。残るのは食べ残しのみ。
それに______
井上準特等の最後は記録されていた。右手のみであの喰種と打ち合っているのを。丸飲みにされるのを。
職員から奥さんに遺書が手渡される。CCG捜査官は大規模作戦の他にも一年に一度は遺書を書き直す事が義務付けられている。
「篠原さん」
井上の奥さん、弘子さんが此方を見つめながら言う。
「主人をこ、殺した喰種は……!?」
聞かれなくなかった。
「もちろん。既に駆除されていますよ。」
嘘だ。上層部から箝口令が敷かれている。必死に顔に出ないように、ばれないようにした。
そんな自分に腹が立った。
先日にはかつての旧友を。
今日はアカデミー教官時代の同僚を喰種によって失った。
《ラビット》
20区の事件が起こったばかりでそちらに喰種対策局の捜査の重点が置かれ、他《美食家》《大食い》など大物喰種の未解決のヤマを崩そうとしていた矢先の出来事だった。
------12区新型喰種高校襲撃事件
まだ実際に現場に居たものとCCG捜査官でも上位の者しか知られていない事件。このあと1区CCG本部で新型喰種特別対策会議が行われる。情報共有が主な目的とされているが、おそらく限られた事のみであろうと篠原は考える。
篠原が独自の情報網で知り得た事は既存のクインケで歯が立たないということだ。にわかには信じられない。が、確かな情報筋である。CCGの虎の子である0番隊、有馬貴章でさえ一太刀も入れられず。いや、正確には幾度と攻撃を背中に叩き込んでいた。だが戦果なし。
きっと明日の朝刊には爆破テロ事件、犯人は射殺。という見出しが躍ることだろう。
今回の会議でSS級以上、もしくは討伐レーティング最上位のSSS級の喰種が誕生するはずだ。篠原はそう確信している。
そういえば、
12区っていえば11区の隣じゃないか。
例の件で騒ぎになっている問題の区と隣接していることを篠原は思い出す。
やれやれ、これ以上面倒事は御免したいものだよ。しかし____
篠原は何か恐ろしい事態が起こるような、そんな予感めいた考えが浮かんだ。
いかんいかん、とそんな考えるを振りほどくように頭を動かし、1区へ向かうべく歩みはじめた。
だがその思いは頭の隅にこびりついたままはなれなかった。
あーあー
11区 廃墟
----おい下っ端!そのアホガキを黙らせろ!イライラすんだろ!
扉の向こうから怒鳴り声を上げられ、男ははっと我に返った。
いつの間にか、深く思考に沈んでいた。ある女性の行方を案じていた。
----す、すいません!
と、組織のメンバーに慌てて頭を下げたガタイのいい男は振り返りあの子を探した。
その女の子はケイさんが連れてきた。なんでも路地裏で倒れているのを息子が見つけ保護したそうだ。
年は若く丁度高校生くらいだろう、肌の色は珍しい褐色。それに赤毛の少女だ。その異国めいた姿とスタイルの良さからかなり大人びてみえる。
ただ静かにしていればの話だが。
あーあ、あー。はら、へた。
----大丈夫よ。明日には至急品がもらえるわ。それまでお水で我慢しよ、ね?
----おねえちゃん僕の分もあげるよ。だから泣かないで……。
ショックな出来事でも受けたんだろう。失語症、または幼児退行の症状がみてとれる。
つたない単語を用い空腹を訴える少女を母子が励ましている。
何週間に一度来る配給。俺の元に集っていた仲間達は彼女を受け入れ、少ない肉を分け与えている。
ここにいるメンバー、彼女含め皆がみな家族のように暮らしている。助け合っていきている。
メイトちゃん加わってまだ数ヶ月。
だが娘のように思ってきているのを男は感じた。
ばんじょ、にく。にく。
俺の名前を呼ぶメイト。
最近やっと覚えてくれたのだ。
---ほら、食べ物だぞ。少しですまんが加工場からくすねてきたんだ。これで我慢な。
そう言って差し出したのは100gにも充たない人肉。俺の太股の肉。
幸運にも俺の身体は再生力に優れている。いまだ赫子が発現していないためかどうかは知らないが、おそらく赫包に回される栄養が身体の修復にいっているのだろうと万丈数壱と自分を納得させる。
もちろん仲間達には秘密である。
とりあえず満足したのだろう。腕を組み足をたたみ身体を丸くし床に横になる少女。
これで一先ず安心だな。
万丈はメイトの頭を人なでし立ち上がり自分の定位置の席へ座り20区の事をまた考えはじめた。
やはり直接探しに行くしかない。
いくら考えても心配は募るのみ。ならば俺が実際に行ってリゼさんを探しだそう。数ヶ月間あの《大食い》と呼ばれた女性の消息が掴めない。なにかあったに違いない。もしリゼさんが無事で俺がうざがられようとそれはそれでよし。
----待っててくださいリゼさん。今会いに行きます!
----け、ケイさん……その子は?
面倒は掛けません、お願いしますこの子を匿ってください。ボクからもお願い!おねえちゃんを助けて。
ケイのコートを着せられた少女を見る。
----俺は構わねぇけどよ。 ケイが連れてきたんだ。皆も納得するさ。
ちら、ともう一度新しい仲間を見る。
ちくちく、いーやー
コートを脱ぎ出そうとする少女。慌てて止める女性。鼻血を出す万丈。
----じゃあ、まずは自己紹介からだな
_____?
----俺は万丈、万丈数壱だ。よろしくな!
_____……ば?ばー!
----ははっお前さんの名前は?
_____?
名前だよ名前。皆からなんて呼ばれてたんだい?
…………
…………せ、せ
…………せ、せこめとっ…!
そうかそうか 瀬古 メイトちゃんだな。
これからよろしくな。
第一話 、《予感》 完